説明

乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキット及びその利用

【課題】人間や動物の腸内で、簡便に且つ安定してRNAiを起こす。
【解決手段】本発明の乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキットは、ファージ由来のプロモーターを含むベクターを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキット及びその利用に関するものである。さらに詳しくは、二本鎖RNAをコードするDNAを発現可能とした乳酸菌によって二本鎖RNAを生成するための、乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキット及びそれを利用した技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
RNAiとは、RNA interference(RNA干渉)によって特定の遺伝子の発現を抑制する技術である。例えば、二本鎖RNAを細胞、組織、器官、個体等に導入することによりRNAiを引き起こすことができる。標的遺伝子のmRNAに二本鎖RNAがハイブリダイズすると当該mRNAの分解が促進される。これにより、標的遺伝子の発現が抑制されるのである。
【0003】
従来、遺伝子発現抑制法としては、アンチセンス法やリボザイム法等が知られていたが、これらの方法と比べて、RNAiは遺伝子発現を抑制する効果が長時間持続することが判明してきた。
【0004】
そのため、近年、RNAiは分子生物学・細胞生物学研究において急速に広まりつつある。さらに、人間や動物にも適用できることが明らかになったことから、分子生物学における哺乳動物研究の新手法として脚光を浴びており、医薬品及び食品への応用が期待されている。
【0005】
RNAiの医薬品及び食品への応用として、(1)がん、高脂血症、糖尿病等の、特定の遺伝子の過剰な活性発現を原因とする疾患の治療に利用すること(例えば、特許文献1参照)、(2)人間や動物の体内に寄生している線虫や回虫等の寄生虫を、その生存に必要な遺伝子の発現を抑制することにより駆除すること等が提案されている。例えば、dsRNAをコードする遺伝子の発現ベクターを導入した大腸菌を、土壌生息性の線虫であるCaenorhabditis elegansに食べさせて、当該線虫の有する特定遺伝子の発現を抑制する方法も提案されている(非特許文献1参照)。
【0006】
また、RNAiを行なうための方法として、合成高分子やウイルスを二本鎖RNA発現ベクターのキャリアとして細胞等に導入する方法や、動物の受精卵に二本鎖RNA発現遺伝子を導入する方法等が報告されている。特許文献2には、キャリアとして細菌ミニ細胞を用いる方法が提案されている。
【特許文献1】特開2006−246787号公報(2006年9月21日公開)
【特許文献2】特表2005−505296号公報(2005年2月24日公表)
【非特許文献1】Lisa Timmons and Andrew Fire, Specific interference by ingested dsRNA, NATURE, 1998, vol. 395, 29 OCTOBER, p. 854
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の方法では、人間や動物の腸内で、簡便に且つ安定してRNAiを起こすことが困難であるという問題を生じる。
【0008】
例えば、非特許文献1に開示の、二本鎖RNAをコードする遺伝子を発現可能な大腸菌を用いる場合、人間や動物の腸内でRNAiを起こさせるために当該大腸菌を経口投与すると、当該大腸菌は腸内に到達することなく胃酸等により死滅してしまう確率が高い。また、大腸菌を経口投与することは安全性の面でも問題があり、特に、大量投与は困難であるため、腸内で効率よくRNAiを起こすことが困難である。一方、経口投与以外の方法により腸内に当該大腸菌を導入することは簡便ではない。よって、腸内でRNAiの効果を簡便且つ安定に得ることはできない。
【0009】
また、特許文献1及び2に開示の、ウイルス、合成高分子又は細菌ミニ細胞をキャリアとする方法でも、胃酸等の影響により、当該キャリアを腸内に到達させることが困難であるため、腸内で安定してRNAiを起こすことはできない。
【0010】
なお、ウイルスや合成高分子をキャリアとして用いる方法では、キャリア自体の安全性も問題となるため、そもそも人間や動物に投与することは好ましくない。また、細菌ミニ細胞は細菌細胞から核を除去したものであり、細菌細胞とは全く異なる物質である。そのため、細菌ミニ細胞をキャリアとして用いる方法では、当該キャリア自体は増幅せず、RNAiによる効果を長時間安定して得ることができない。
【0011】
そもそも、非特許文献1、特許文献1及び2のような従来のRNAiに関する報告からは、人間や動物の腸内でRNAiを起こすという課題すら想到し得ない。例えば、非特許文献1で適用した線虫は土壌生息性であり、土壌は人間や動物の腸内とは全く環境が異なる。そのため、非特許文献1から、腸内でRNAiを起こすという課題に想到することすら困難である。
【0012】
本発明は、上記の問題点に鑑みて、上述のように全く新たな課題を解決するためになされたものであり、その目的は、人間や動物の腸内で簡便に且つ安定してRNAiを起こすために、乳酸菌において二本鎖RNAを生成させるキット及びこれらを利用した技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明に係る乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキットは、ファージ由来のプロモーターを含むベクターを備えていることを特徴としている。
【0014】
本発明に係るキットでは、上記プロモーターは、T7プロモーターであることがより好ましい。
【0015】
本発明に係るキットでは、ファージ由来のRNAポリメラーゼをコードするDNAをさらに含んでいることがより好ましい。
【0016】
また、本発明に係る乳酸菌は、ファージ由来のプロモーターに二本鎖RNAをコードするDNAが作動可能に連結されたベクターを、含有していることを特徴としている。
【0017】
また、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は、上記の本発明に係る乳酸菌を含んでいることを特徴としている。
【0018】
また、本発明に係る腸内疾患用治療組成物は、上記の本発明に係る乳酸菌を含んでいることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキットは、以上のように、ファージ由来のプロモーターを含むベクターを備えているので、人間や動物の腸内でも安定して且つ簡便にRNAiの効果を得ることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
<1.本発明に係る乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキット>
本発明に係る乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキット(以下、単に「キット」と表記する)は、ファージ由来のプロモーターを含むベクターを備えていればよい。
【0021】
本発明に係るキットを用いれば、二本鎖RNA(以下、「dsRNA」と表記する。)を乳酸菌に生成させることができる。乳酸菌は、人間や動物に経口投与しても、生きたまま腸内に辿り着くことができる。よって、本発明に係るキットを用いれば、dsRNAを生成することができる乳酸菌を作製して、これを経口投与するだけで、人間や動物の腸内で安定してdsRNAを生成することができる。これにより、例えば、dsRNAとして、腸内寄生虫の生育を阻害するdsRNA(寄生虫に対してRNAi効果を発揮する長鎖dsRNA)や、腸内疾患の原因タンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制するdsRNA(siRNAやshRNAと呼ばれる、哺乳動物細胞に対してRNAi効果を発揮する短鎖dsRNA)を用いれば、腸内の寄生虫駆除や腸内疾患の治療を行なうことも可能となる。
【0022】
従来、dsRNAをコードするDNAを発現することが可能な乳酸菌に関する報告は無かった。これは、大腸菌等と比べ、乳酸菌を宿主細胞として用いた遺伝子操作および形質転換技術に関する知見が極めて少ないことが理由の一つとして挙げられる。また、従来、乳酸菌にdsRNAをコードするDNAを高発現させるためのプロモーターに関する報告は無く、数多く存在するプロモーターの中から、当該DNAを乳酸菌に高発現させることが可能なプロモーターを見出す指標は全く存在しなかった。実際に、本発明者らは、後述する実施例において、乳酸菌で使用可能なことが報告されているEmプロモーターを用いても、dsRNAをコードするDNAの発現を確認することができなかった。このように、dsRNAをコードするDNAを乳酸菌に高発現させることが可能なプロモーターは、当業者の通常の創作能力によっても見出すことができなかった。しかし、本発明者らは、ファージ由来のプロモーターを用いれば、これが可能であることを見出した。
【0023】
なお、本明細書において用語「dsRNA」は、上述の通り二本鎖RNAを意図する。「dsRNA」は、長鎖の2本鎖RNAを指して用いられる場合もあるが、本明細書ではsiRNA及びshRNA等の短鎖の2本鎖RNAをも含めて「dsRNA」と表記する。
【0024】
〔1−1.ベクターの構成〕
本発明に係るキットが備えるベクターは、ファージ由来のプロモーターを含むものであればよい。当該ベクターに含まれるファージ由来のプロモーターとしては、ファージに由来するプロモーターであれば限定されるものではなく、例えば、T7プロモーター、T3プロモーター、SP6プロモーター等を例示できる。中でもT7プロモーターが好ましい。T7プロモーターを用いれば、高い効率でdsRNAをコードするDNAを発現させることができ、さらに、T7プロモーターを用いれば、短鎖のdsRNAをコードするDNAも長鎖のdsRNAをコードするDNAも共に好適に発現させることができる。従来、dsRNAをコードするDNAの発現において、短鎖のものと長鎖のものとでは、適切なプロモーターは異なると考えられてきたが、本発明者らはT7プロモーターを用いれば、短鎖のdsRNAでも、長鎖のdsRNAでも好適に生成することができることを見出した。
【0025】
本発明に係るキットが備えるベクターの種類は特に限定させるものではなく、当該ベクター中に導入されたファージ由来のプロモーターが作動可能であればよい。例えば、プラスミド、ファージ、またはコスミド等を用いる方法が挙げられるが特に限定されない。
【0026】
本発明に係るキットが備えるベクターは、ファージ由来のプロモーターの下流にdsRNAをコードするDNAを導入するための領域を設けていてもよく、キットの用途等に応じて予めdsRNAを導入していてもよい。
【0027】
ファージ由来のプロモーターの下流にdsRNAをコードするDNAを導入するための領域を設けておく場合、従来公知の制限酵素部位等を設けることにより、当該領域を形成すればよい。予めdsRNAをコードするDNAを導入しておく場合、当該dsRNAとしては、後述の、線虫等の駆除のためのdsRNA、腸内の疾患の原因となるタンパク質をコードするDNAの発現を阻害するdsRNA等を例示できるが、これに限定されるものではない。
【0028】
本発明に係るキットが備えるベクターは、dsRNAをコードするDNAの下流、又は当該DNAを導入するための領域の下流にターミネーターを含んでもよい。ターミネーターとしては、特に限定されるものではなく、プロモーターの種類等に応じて適宜選択すればよい。例えばファージ由来のプロモーターとしてT7プロモーターを採用した場合、T7ターミネーターを採用することが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0029】
本発明に係るキットは、ファージ由来のRNAポリメラーゼをコードするDNAをさらに含んでいることが好ましい。ファージ由来のRNAポリメラーゼとファージ由来のプロモーターとの共発現系を構築することで、dsRNAの生成効率を向上させることができる。
【0030】
ファージ由来のRNAポリメラーゼの種類としては、特に限定されるものではないが、上記ファージ由来のプロモーターの起源であるファージに、近い属種のファージに由来するRNAポリメラーゼ、好ましくは同一種のファージに由来するRNAポリメラーゼがよい。例えば、本実施例では、ファージ由来のプロモーターとしてT7プロモーターを採用し、ファージ由来のRNAポリメラーゼとして、T7由来のRNAポリメラーゼを採用した。
【0031】
本発明に係るキットに含まれる、ファージ由来のRNAポリメラーゼをコードするDNAの形態は、特に限定されるものではなく、種々の形態で含むことができる。例えば、ファージ由来のプロモーターを含むベクターに、さらにファージ由来のRNAポリメラーゼをコードするDNAが導入されていてもよいし、ファージ由来のRNAポリメラーゼをコードするDNAを含むベクターが別途備えられていてもよい。
【0032】
このような本発明に係るキットが備えるベクターは、従来公知の制限酵素及び/又はリガーゼ等を用いる慣用的な手法によって作製することができる。
【0033】
本発明に係るキットの構成は、ファージ由来のプロモーターを含むベクターを備える限り、特に限定されるものではなく、他の試薬や器具を含んでもよい。例えば、ベクターを安定的に保持するための試薬、バッファー等を含んでもよいし、当該ベクターにdsRNAを導入するための制限酵素、リガーゼ等の試薬を含んでもよい。また、当該ベクターの宿主細胞である乳酸菌を含んでもよいし、当該ベクターを乳酸菌に導入するためのリン酸カルシウム、リポソーム等の試薬を含んでもよい。また、本発明に係るキットは、複数の異なる試薬を、適切な容量及び/又は形態で混合していてもよいし、それぞれ別の容器により提供してもよい。
【0034】
また、本発明に係るキットには、ベクターにdsRNAを導入するための手順及び/又はdsRNAを導入した後のベクターを乳酸菌に導入するための手順等を記載した指示書を含んでもよい。紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは磁気テープ、コンピューター読み取り可能なディスク又はCD−ROM等のような電子媒体に付されてもよい。
【0035】
〔1−2.本発明に係るキットの使用方法〕
本発明に係るキットは、当該キットに備えられるベクターに、適宜選択したdsRNAを導入して用いればよい。つまり、本発明に係るキットが備えるベクターには、使用者の目的に応じて様々なdsRNAをコードするDNAを挿入することができる。なお、予めベクターにdsRNAが挿入されている場合は、そのまま乳酸菌に導入すればよい。
【0036】
本発明に係るキットが備えるベクターにdsRNAを挿入する場合、dsRNAの種類としては、特に限定されるものでない。例えば、RNAiによって腸内寄生虫の駆除を行なう場合には、寄生虫の生育に必要なDNAのmRNAにハイブリダイズするように設計したdsRNAを生成するようにすればよい。
【0037】
また、哺乳動物等の細胞におけるタンパク質遺伝子の発現を抑制するためには、当該タンパク質をコードするDNAに由来するmRNAにハイブリダイズするように設計したdsRNAを発現するようにすればよい。腸内疾患の原因タンパク質を標的として、当該原因タンパク質の遺伝子の発現を阻害することで、腸内疾患の治療が可能となる。
【0038】
なお、上述した線虫等の寄生虫の駆除に用いるdsRNAにおける、RNAの二本鎖領域の長さは、一般に400〜1000bpの長さの長鎖dsRNAが採用されることが多い。また、哺乳動物等の細胞におけるタンパク質遺伝子の発現を抑制するためには、dsRNAにおけるRNAの二本鎖領域の長さを20〜30bpとした短鎖dsRNAが採用されることが多い。このようにdsRNAにおける二本鎖領域のサイズは用途によって異なるが、本発明に係るキットによれば、上述のように、短鎖dsRNAでも長鎖dsRNAでも好適に、乳酸菌に生成させることができる。
【0039】
本発明に係るキットが備えるベクターに、dsRNAをコードするDNAを挿入する方法は限定されるものではなく、従来公知の制限酵素及び/又はリガーゼ等を用いる慣用的な手法に従って方法により行なえばよい。
【0040】
dsRNAをコードするDNAが導入されたベクター(以下、「dsRNA発現ベクター」と表記する。)は、乳酸菌内に導入すればよい。dsRNA発現ベクターの宿主細胞として用いる乳酸菌の種類は特に限定されるものではなく、Lactobacillus casei、L. rhamnosus、 L. plantarum、 L. delbrueckii、L. acidophilus、Lactococcus lactis等の従来公知の乳酸菌を例示できる。中でも、L. caseiは、胃酸に対する抵抗力が強く、生きたまま腸内に届く確率が高いため、好ましい。
【0041】
dsRNA発現ベクターを、乳酸菌に導入する方法、即ち形質転換法は、特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。
【0042】
人間や動物等の被験体の腸内で、本発明に係る乳酸菌にdsRNAを生成させるためには、dsRNA発現ベクターが導入された本発明に係る乳酸菌を、当該被験体に経口投与すればよい。乳酸菌は胃酸に対して強い抵抗性を有しているので、生きたまま腸内に到達する。腸内に到達した乳酸菌は、例えば腸内の寄生虫に食べられ、寄生虫体内でRNAiを起こし、生育に必要なタンパク質遺伝子の発現を阻害することで寄生虫を駆除する。また、例えば、腸内で疾患を生じている細胞に取り込まれ、当該細胞内でRNAiを起こして、当該疾患の原因となるタンパク質遺伝子の発現を阻害することで腸内疾患を治療することができる。
【0043】
なお、本発明に係るキットにより作製した乳酸菌の利用方法は、被験体への経口投与に限定されるものではない。また、乳酸菌は様々な生物に対して安全に腸内送達しうるので、様々な生物におけるRNAiの研究に用いることができる。
【0044】
<2.本発明に係る乳酸菌>
本発明に係る乳酸菌は、ファージ由来のプロモーターにdsRNAをコードするDNAが作動可能に連結されたベクターを、含有していればよい。換言すれば、本発明に係る乳酸菌は、dsRNAをコードするDNAがファージ由来のプロモーターによって発現可能なように、当該DNAと当該プロモーターとが連結されたベクターを含有していればよい。
【0045】
dsRNAをコードするDNAがファージ由来のプロモーターに作動可能に連結されているので、本発明に係る乳酸菌は、dsRNAをコードするDNAを発現することができる。また、宿主細胞は乳酸菌であるので、胃酸に対して優れた耐性を有している。そのため、本発明に係る乳酸菌を人間や動物に経口投与しても、胃を通過して、生きたまま腸内に到達する。よって、本発明に係る乳酸菌によれば、人間や動物の腸内に簡便に導入することが可能で、且つ腸内で安定してRNAi効果を得ることができる。
【0046】
本発明に係る乳酸菌が備えるベクター及び宿主細胞としての乳酸菌に関する説明は、上述の本発明に係るキットの説明に準ずる。
【0047】
本発明に係る乳酸菌は、従来公知の方法により作製することができる。例えば、まず、ファージ由来のプロモーター及びdsRNAをコードするDNAを、当該DNAが当該プロモーターによって作動可能に連結されるように、制限酵素及び/又はリガーゼを用いてベクターに導入することでdsRNA発現ベクターを構築する。そして、当該dsRNA発現ベクターを電気穿孔法等によって乳酸菌に導入しても、本発明に係る乳酸菌を作製できる。また、本発明に係るキットを用いれば、ファージ由来のプロモーターを含むベクターが備えられているので、このような方法を極めて容易に行なうことができる。
【0048】
<3.本発明に係る乳酸菌の利用>
本発明は、人間及び動物の腸内の寄生虫を駆除することができる腸内寄生虫駆除用組成物、及び腸内における癌等の疾患を治療するための腸内疾患用治療組成物を提供する。
【0049】
〔3−1.本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物〕
本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は、本発明に係る乳酸菌を含んでいればよい。
【0050】
本明細書において「腸内寄生虫駆除用組成物」は、本発明に係る乳酸菌を含む組成物であって、人間や動物の腸内に寄生する線虫等の寄生虫を駆除する用途に用いる組成物を意図する。
【0051】
本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物に含まれる乳酸菌としては、上述の本発明に係る乳酸菌であればよい。例えば、本発明に係る乳酸菌であって、腸内寄生虫の生育を阻害するdsRNAを生成するように作製した乳酸菌を含めばよい。
【0052】
腸内寄生虫の生育を阻害するdsRNAとしては、腸内寄生虫の生育に必要なDNAに由来するmRNAにハイブリダイズするように設計したものを用いればよい。このようなmRNAの配列は、当業者であれば容易に得ることができる。例えば、寄生性線虫の近縁種の線虫(Caenorhabditis elegans)ではDNApolymerase εサブユニットのノックダウンは致死的な影響を及ぼすことが知られているので、当該サブユニットをコードするDNAの配列に相補的な配列を有し、二本鎖領域が400〜1000bpとなるようなdsRNAをコードするDNAを挿入してもよい。dsRNAにおける二本鎖領域の長さは、当該dsRNAがRNAiを起こしうる限り限定されるものではないが、例えば、線虫の生育を阻害する目的でRNAiを起こす場合、一般に400〜1000bp程度の長さの長鎖dsRNAがよく用いられる。dsRNAの配列は、駆除の対象とする線虫の種類に応じて適宜設計すればよい。対象の線虫は限定されるものではなく、Caenorhabditis elegans、Ascaris iumbricoides、Ascaris suum等の寄生性線虫、羊の腸内に寄生するTrichostrongylus colubriformis等を例示できる。例えば、本発明者らは、C. elegansのDNApolymerase εサブユニットをコードするDNAによりコードされるmRNAの配列に基づいてdsRNAの配列を設計した。
【0053】
本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物に含まれる乳酸菌の形態は、腸内でdsRNAを生成可能である限り限定されるものではない。例えば、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は、本発明に係る乳酸菌を含有する培養液、当該培養液から菌体を回収して粗精製物又は精製物を含んでもよく、本発明に係る乳酸菌を凍結乾燥等により休眠状態としたものを含んでいてもよい。
【0054】
本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は、本発明に係る乳酸菌以外の組成を含んでもよい。本発明に係る乳酸菌以外の組成としては、人間、動物等の投与対象に対して害が少なく且つ当該乳酸菌の機能を損なわないものであれば限定されない。
【0055】
例えば、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は、水、生理食塩水、湿潤剤又は乳化剤、pH緩衝化物質、安定化剤、抗酸化剤等のような補助物質を含み得る。
【0056】
また、本発明に係る乳酸菌を経口投与しても、腸内まで生きたまま到達して、腸内の寄生虫駆除が有効に行なわれるので、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は経口投与用に調製されることが好ましい。つまり、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は、腸内にて腸内寄生虫を駆除するために好適に用いられる。
【0057】
そして、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物を、経口投与用に調製する場合、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチを含み得る。また、さらに結合剤、崩壊剤、界面活性剤、潤滑剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を配合してもよい。
【0058】
上述のように、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物は経口投与用に調製されることが好ましいので、その形態としては錠剤、カプセル等の形態が好ましいがこれに限定されるものではない。
【0059】
本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物の投与量は、その製剤形態、投与方法、使用目的および当該医薬の投与対象である患者の年齢、体重、症状によって適宜設定され一定ではない。投与は、所望の投与量範囲内において、1日内において単回で、または数回に分けて行ってもよい。また、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物はそのまま経口投与するほか、任意の飲食品に添加して日常的に摂取させることもできる。
【0060】
〔3−2.本発明に係る腸内疾患用治療組成物〕
本発明に係る腸内疾患用治療組成物は、上記の本発明に係る乳酸菌を含んでいればよい。以下に、本発明に係る腸内疾患用治療組成物の実施形態について説明するが、ここでは主に、上述の本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物との相違点について説明するものとし、ここに説明しない構成は、本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物の説明に準ずるものとする。
【0061】
本明細書において「腸内疾患用治療組成物」は、本発明に係る乳酸菌を含む治療組成物であって、人間や動物の腸内疾患を治療の対象として用いる治療組成物を意図する。
【0062】
本発明に係る腸内寄生虫駆除用組成物に含まれる乳酸菌としては、上述の本発明に係る乳酸菌であればよい。例えば、本発明に係る乳酸菌であって、腸内の疾患の原因となるタンパク質遺伝子の発現を阻害するdsRNAを生成するように作製した乳酸菌を含めばよい。
【0063】
腸内の疾患の原因となるタンパク質遺伝子の発現を阻害するdsRNAとしては、対象の疾患に応じて適宜設定したものを用いればよい。例えば疾患として大腸癌を対象とする場合、K−Ras変異体タンパク質のmRNAにハイブリダイズするように設計したものを用いればよい。K−Ras変異体タンパク質は、例えば、ヒト大腸癌細胞SW480で高発現しているタンパク質であり、通常のヒト細胞が発現するK−Rasタンパク質の変異体である。具体的には、12番目のコドンがGGT(グリシン)からGTT(バリン)に変異している。K−Ras変異体mRNAの配列は、当業者であれば容易に得ることができる。例えば、K−Ras変異体mRNA配列の一例として、GenBanKのaccession No.M54968が挙げられる。また、Matilde E. Lleonart, Santiago Ramon y Cajal, John D. Groopman and Marlin D. Friesen, Sensitive and specific detection of K-ras mutations in colon tumors by short oligonucleotide mass analysis, Nucleic Acids Research, 2004, vol.32, no.5 e53にもK−Ras遺伝子の変異について開示されている。
【0064】
また、本発明に係る治療用組成物が治療の対象とする腸内疾患はこれに限定されるものではなく、例えば、ウイルスの関与する腸内疾患が挙げられる。つまり、当該ウイルスの遺伝子発現を抑制することで、当該腸内疾患を治療することができる。dsRNAにおける二本鎖領域の長さは、当該dsRNAがRNAiを起こしうる限り限定されるものではないが、例えば、一般に哺乳動物細胞の中でRNAiを起こすために、20〜30bp程度の長さの短鎖dsRNAがよく用いられる。
【0065】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された特許文献及び非特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0066】
<実施例1:実験材料の調製>
〔プラスミド〕
本実施例では、乳酸菌に導入するプラスミドとしてpUCYIT-T7-shRNA_DsRed及びpUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEを用いた。
【0067】
(1)pUCYIT-T7-shRNA_DsRed
まず、pUCYIT356N(Genbank accession No. AB119527)に、erythromycin耐性遺伝子及び乳酸菌内での複製に必要なrepB遺伝子が導入されたベクター(ヤクルト株式会社中央研究所より供与された)に、T7 RNA polymerase遺伝子を導入した。次に、EcoRI-BamHIサイトに、T7プロモーター、shRNAをコードするDNA、T7ターミネーターを導入した。当該shRNAは、赤色蛍光蛋白質DsRed(Genbank accession No. DQ493888)のmRNAを標的とし、DsRedコード領域の276-296位に相補的な配列を有するものである。
【0068】
作製したpUCYIT-T7-shRNA_DsRedの配列を配列番号1に示し、その構造を図1に示す。図1はpUCYIT-T7-shRNA_DsRedの構造を模式的に示す図である。
【0069】
図1に示すように、pUCYIT-T7-shRNA_DsRedはT7プロモーター、shRNAをコードするDNA、T7ターミネーターが導入されており、shRNAをコードするDNAが、T7プロモーターにより作動可能となっている。
【0070】
T7プロモーター、shRNAをコードするDNA、T7ターミネーターの、それぞれの塩基配列は、配列番号1に示す塩基配列のうち、4042位〜4058位、4059位〜4113位、4114位〜4161位である。なお、4036位〜4041位はEcoRIサイトであり、4162位〜4167位はBamHIサイトである。また、T7 RNA polymerase遺伝子の塩基配列は、配列番号1に示す塩基配列のうち1060位〜3714位である。なお、pUCYIT-T7-shRNA_DsRedの発現によって、得られるshRNAは配列番号2に示す塩基配列となる。
【0071】
なお、同様にして、T7プロモーター及びT7ターミネータの代わりに、エリスロマイシン耐性遺伝子(Em)プロモーター及びpolyTを用い、T7 RNA polymerase遺伝子を導入しないベクターも作製した。得られたベクターを「Emベクター」と表記する。本実施例で用いたpolyTは、T(チミン)が6個連結したTTTTTTの配列を有するターミネーターである。Emプロモーターは、タンパク質遺伝子の転写を乳酸菌内で引き起こすことが知られているプロモーターである。
【0072】
また、同様にして、T7プロモーター及びT7ターミネータの代わりに、リポプロテイン(LPP)プロモーター及びrrnCターミネーターを用い、T7 RNA polymerase遺伝子を導入しないベクターも作製した。得られたベクターを「LPPベクター」と表記する。なお、LPPプロモーター及びrrnCターミネーターは、大腸菌でよく用いられるtRNA発現用のプロモーター及びターミネーターである。なお、Emプロモーター、LPPプロモーター、rrnCターミネーターの配列をそれぞれ配列番号3〜5に示す。
【0073】
(2)pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolE
まず、pUCYIT356N(Genbank accession No. AB119527)に、erythromycin耐性遺伝子及び乳酸菌内での複製に必要なrepB遺伝子が導入されたベクター(ヤクルト株式会社中央研究所より供与された)に、T7 RNA polymerase遺伝子を導入した。
【0074】
次に、EcoRI-BamHIサイトに、T7プロモーター、dsRNAをコードするDNA、T7プロモーターを導入した。当該dsRNAは、Caenorhabditis elegans(線虫)が有するDNA polymeraseのεサブユニットAのmRNA(Genbank accession No. Z81526)を標的とし、3588-4569位に相補的な配列を有するものである。
【0075】
作製したpUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEの配列を配列番号6に示し、その構造を図2に示す。図2はpUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEの構造を模式的に示す図である。
【0076】
図2に示すように、pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEは、2つのT7プロモーターが、shRNAをコードするDNAを挟むように導入されており、当該2つのT7プロモーターによって、図2に示す矢印方向に、dsRNAをコードするDNAの転写が起こる。2つのT7プロモーターの塩基配列は、配列番号6に示す塩基配列のうち、4042位〜4058位、5061位〜5077位である。dsRNAをコードするDNAの塩基配列は、配列番号6に示す塩基配列のうち4059位〜5060位である。なお、4036位〜4041位はEcoRIサイトであり、5078位〜5083位はBamHIサイトである。また、T7 RNA polymerase遺伝子の塩基配列は、配列番号6に示す塩基配列の1060位〜3711位である。
【0077】
〔乳酸菌〕
乳酸菌として、Lactobacillus caseiを用いた(American Type Culture Collectionより購入した(ATCC27139))。
【0078】
〔エレクトロポレーションによるプラスミドの導入〕
本実施例では、L. caseiに対するベクターの導入を、エレクトロポレーション法により行なった。
【0079】
まず、MRS液体培地2mlに、L. caseiのグリセロールストック20μlを加えて、終夜37℃で静置培養した。次に、MRS液体培地から100μl採取して、10mlの新鮮なMRS液体培地に添加して培養した。次に、L. caseiの対数増殖期に、MRS液体培地から4ml採取して、2000g×5minで遠心して上清を取り除いた。得られた沈殿物に、10%グリセロール溶液40μlを加えて懸濁させた。このグリセロール溶液に、導入するベクター(500ng/μl)を1μl加えて、ピペッティングすることで攪拌した。
【0080】
次に、キュベット(BIORAD社製 0.2cm)に溶液を移し氷上で5分間静置した後、Gene Pulser (BioRad社製)を用いて、1.5kV、200Ω、25μFでエレクトロポレーションした。その後、すぐに、0.9mlのMRS培地(+Em 20μg/ml)を加えて37℃で2時間培養した。次に、培養後のMRS培地をMRSプレート(+Em 20μg/ml)上に播いて、MRSプレートが乾かないようにタッパーの中に入れて37℃静置培養した。2〜3日培養すると、コロニーが生えた。このようにして、ベクターの導入されたL. caseiを得た。
【0081】
なお、ベクターの導入の確認はコロニーPCRにより行なった。まず、8連チューブに2×TE (20mM Tris−HCl pH8.0 2mM EDTA 1% TritonX−100)を10μl入れた後、爪楊枝を用いてコロニーを軽くつつくことで菌体を採取して、上記2×TEに懸濁させた。次に、95℃で5分間インキュベートした後、卓上遠心機で5分間遠心して、上清1μlを回収した。これをコロニーPCRの鋳型として用いた。
【0082】
次に、当該上清1μl(鋳型)に、Vent DNA polymerase 0.1μl(New England Biolabs社製)、10×Vent Buffer 1μl(Vent DNA polymeraseに付属)、2mM dNTPs 1μl、正鎖プライマー 0.2μl、逆鎖プライマー 0.2μl、超純水6.5μlを混合して、全量を10μlとした。なお、正鎖プライマーの塩基配列を配列番号7に示し、逆鎖プライマーの塩基配列を配列番号8に示す。また、上記超純水とは、Milli−Qシステム(ミリポア社製)を用いて精製した超純水であり、以下「Milli‐Q水」と表記する。
【0083】
温度条件としては、95℃で3分間インキュベートした後、95℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で30秒間を30サイクル行なった。コロニーPCRを行なった後、反応後の溶液5μlを3%アガロースゲルによる電気泳動に供して、エチジウムブロマイド染色を行なうことによって、コロニーPCRの結果を確認した。
【0084】
コロニーPCRの結果の例として、Emベクターを導入した場合のコロニーPCRの結果を図3に示す。図3はEmベクターを導入して得たコロニーをコロニーPCRに供した結果を示す図であり、レーン2〜4はベクターを導入したコロニーの結果を示す。最も左のレーンは分子量マーカーである。また、レーン1は、2本鎖DNAのサイズマーカー(New England Biolabs社 2−Log DNA Ladder)を示す。当該コロニーPCRでは、260bpのPCR断片が得られればプラスミドが導入されたコロニーであることを示す。図3に示すように、レーン2〜4に供したコロニーから260bpのPCR断片が確認できた。よって、L. caseiにEmベクターが導入されたことが確認できた。同様に、pUCYIT-T7-shRNA_DsRed、pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolE等の他のベクターについても導入を確認できた。
【0085】
<実施例2:ドットブロットハイブリダイゼーションを用いた、shRNAをコードするDNAの発現の確認>
pUCYIT-T7-shRNA_DsRed、Emベクター、LPPベクターのそれぞれのベクターが導入されたL. caseiによる、shRNAをコードするDNAの発現をドットブロットハイブリダイゼーションにより確認した。
【0086】
まず、shRNAをコードするDNAの発現をドットブロットハイブリダイゼーションにより確認する方法について図4を用いて説明する。図4はshRNAをコードするDNAの発現をドットブロットハイブリダイゼーションにより確認する方法の概要を模式的に示す図である。
【0087】
図4に示すように、ドットブロットハイブリダイゼーションによるshRNAをコードするDNAの発現の確認では、shRNAの二本鎖領域を構成するRNAの一方に相補的な配列を有し、放射性標識されたプローブを用いる。shRNAを高温(例えば、本実施例では65℃)でインキュベートすると、図4に示すようにshRNAの二本鎖部分が解離する。そして、温度を下げたとき、放射性標識されたプローブが周囲に存在すると、図4に示すように、解離していた二本鎖RNAの一方の鎖にプローブが結合する。これをナイロン膜上で行なえば、図4の下段に示すようにナイロン膜上にスポットが形成される。つまり、スポットの形成が確認されればshRNAをコードするDNAの発現を確認できる。
【0088】
〔プローブの放射性標識〕
次のようにしてドットブロットハイブリダイゼーションに用いるDNAプローブの放射性標識を行なった。なお、当該DNAプローブの塩基配列を配列番号9に示す。
【0089】
まず、10×BAP buffer 10μl、DNAプローブ(50 pmol) 1μl、BAP(TOYOBO社製) 0.5μl、残部をMilli‐Q水として混合して、全量100μlとした。これを37℃で30分間静置した後、フェノール処理を2回、エタノール沈殿を2回行ない、次に減圧乾燥することで、脱リン酸化(BAP処理)を行なった。減圧乾燥の後は2pmol/μlになるように超純水で溶解して、DNAプローブ溶液を得た。
【0090】
次に、脱リン酸化したDNAプローブを5’末端標識した。まず、上記DNAプローブ溶液4μl(DNAプローブ8pmol分)、10×kination buffer 1.5μl、γ−32P labeled ATP 1μl、T4 kinase (TOYOBO社製) 1μl、Milli‐Q水 7.5μlを混合した。次に、この混合物を37℃で1時間静置した後、CentriSep(Princeton Separations, Inc.(Adelphia, N.J.))で夾雑物を除去することで、プローブを精製した。次に、放射能を測定することで標識を確認した。
【0091】
〔RNAの抽出〕
各ベクターを導入したL. caseiからの全RNAの抽出は、次の方法で行なった。
【0092】
まず、爪楊枝を用いてL. caseiのコロニーをつつくことで菌体を採取して2mlのMRS培地(+Em 20μg/ml)に植菌した。終夜37℃で培養した後、50mlのMRS培地(+Em 20μg/ml)に移して、再度培養した。A600が0.6〜1.0になったところで集菌して、集菌した菌体に0.3mlのTRIZOL(Invitrogen社製)、ガラスビーズ(0.17mm)0.1gを加えた。次に、室温で2〜3分間ボルテックスを用いて攪拌した後に、0.7mlのTRIZOLを加えた。
【0093】
次に、15℃〜30℃で、5分間インキュベートして、0.2mlのクロロホルムを加えた。次に、15秒間ボルテックスで攪拌した後、15℃〜30℃で2〜3分間インキュベートした。これを12000g、4℃で15分間遠心して、水相(上層)を別のチューブに回収した。そして、当該チューブに0.5mlのイソプロパノールを加えて、12000g 10min 4℃で遠心した後、上清を取り除き、75% EtOH 1mlで洗浄した。これを7500g、4℃で5分間遠心してEtOHを取り除き、5〜10分間減圧乾燥した。
【0094】
〔ドットブロットハイブリダイゼーション〕
各ベクターを導入したL. caseiから抽出した全RNAを、次のようにしてドットハイブリダイゼーションに供した。
【0095】
まず、抽出した全RNAを7M Urea 10% PAGEで電気泳動した。BPBが流れきる寸前で泳動を止め、目的の位置のゲルを切り出した。
【0096】
例として、pUCYIT-T7-shRNA_DsRedを導入したL. caseiから抽出した全RNAを電気泳動した結果を図5に示す。図5は、pUCYIT-T7-shRNA_DsRedを導入したL. caseiの全RNAを電気泳動した結果を示す図であり、レーン1はpUCYIT-T7-shRNA_DsRedを導入したL. caseiを用いた結果を示し、レーン2はネガティブコントロールとしてpUCYIT-T7-shRNA_DsRedの内、shRNAをコードするDNAが導入されていないベクター(pUCYIT-T7)が導入されたL. caseiを用いた場合の結果を示す。
【0097】
図5に示すように、複数のバンドが確認された。そこで、本実施例では、pUCYIT-T7-shRNA_DsRedを導入したL. caseiを用いた場合、B、C、Dの領域のゲルを切り出した。pUCYIT-T7を導入したL. caseiの場合、Aの領域のゲルを切り出した。
【0098】
切り出したゲルからのRNAの回収は、次のように行なった。まず、ゲルを1.5mlチューブに入れ、さらに2mM EDTAの水溶液を400μl程度加え、室温で2時間振騰した。その後、ゲルを取らない様に上記水溶液のみを別のチューブに取り、エタノール沈殿法によりRNAを回収した。
【0099】
次に、回収したRNAの溶液を、ナイロン膜(Amersham社 Hybond−N+)に3μlずつ滴下して風乾させた。その後、UVクロスリンカー(波長254nm、Vilber Lourmat社(ドイツ)製 クロスリンカー(BLX−254))を用いて紫外線を480mJ/cm照射した。滴下した量は、図5のA、C、Dの領域のゲルから抽出したRNAは50ngであり、Bの領域のゲルから抽出したRNAは50ng、100ng、200ngとした。また、ポジティブコントロールとして、人工的に合成した配列番号2に示すshRNAを、5pg、50pg、500pg、5ngの量で滴下した。
【0100】
紫外線の照射後のナイロン膜を、1mlのプレハイブリダイゼーション溶液(5×Denherdt’s solution、3.6M NaCl、0.2M NaHPO、20mM EDTA)に浸漬させることで37℃、1時間洗浄した。
【0101】
次に、ナイロン膜を、2mlハイブリダイゼーション溶液(6×NET(0.9M NaCl、90mM Tris‐HCl(pH8.0)、6mM EDTA)に、使用直前に10%SDSを60μl、200,000cpmのDNAプローブを加えた溶液)に浸漬させて、65℃で18時間インキュベートした。次に、室温で3×SSCを用いて15分間洗浄した。この洗浄を4回繰り返した。その後、ナイロン膜を感光して結果を確認した。
【0102】
〔ドットハイブリダイゼーションの結果〕
ドットハイブリダイゼーションの結果を図6に示す。図6はドットハイブリダイゼーションの結果を示す図であり、A〜Dは、上記図5の電気泳動で切り出したゲルの位置に対応している。また、B−50ng、B−100ng、B−200ngと付したスポットは、図5のBの領域から抽出したRNAを、それぞれの量でナイロン膜に滴下した結果を示している。また、上段の4つのスポットは、上記ポジティブコントロールの結果を示している。
【0103】
図6に示すように、Aの位置ではスポットが確認されず、Bの位置にスポットが検出された。このことから、shRNAをコードするDNAが発現していることが確認できた。つまり、shRNAを生成する乳酸菌の作製に成功した。
【0104】
同様に、Emベクター又はLPPベクターを導入したL. caseiを用いて、ドットブロットハイブリダイゼーションを行なった結果を図7に示す。図7はEmベクター又はLPPベクターを導入したL. caseiを用いて、ドットブロットハイブリダイゼーションを行なった結果を示す図であり、DがEmベクターを導入したL. caseiを用いた結果を示し、EがLPPベクターを導入したL. caseiを用いた結果を示す。A及びBはポジティブコントロールであり、shRNAを抽出してドットハイブリダイゼーションに供した結果である。また、Cはネガティブコントロールであり、上述のpUCYIT-T7を用いた場合の結果を示す。
【0105】
図7に示すように、Emプロモーター及びLPPプロモーターでは、shRNAをコードするDNAの発現を確認することができなかった。
【0106】
<実施例3:RT−PCRによるdsRNAをコードするDNAの発現の確認>
本実施例では、pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEを導入したL. caseiの細胞内における、C.elegansのDNA polymeraseのεサブユニットAのmRNAを標的としたdsRNAを、逆転写PCR(RT-PCR)により確認した。
【0107】
具体的には、RT-PCRにより、dsRNAのセンス鎖・アンチセンス鎖の両方が形成されているか否かを調べた。RT−PCRは次のようにして行なった。
【0108】
まず、実施例2に記載の方法と同様にして、L. caseiから全RNAを抽出した。次に、抽出した全RNA0.25μg及び正鎖プライマー又は逆鎖プライマー10pmolを混合し、さらに全量が12μlとなるまでMilli‐Q水を加えて、よく攪拌して、RNAサンプルとした。次に、RNAサンプルを、65℃で5分間インキュベートした後、急冷した。なお、プライマーの配列を配列番号10及び11に示す。配列番号10が正鎖プライマーの配列であり、配列番号11が逆鎖プライマーの配列である。
【0109】
次に、RNAサンプルに、5×RT Buffer4μl、10mM dNTPs 2μl、RNase inhibitor 1μl、ReverTra Ace 1μl(TOYOBO社製)を加えた。次に、これをよく攪拌して、42℃で60分間インキュベートして、さらに、85℃で5分間インキュベートすることで逆転写を行なった。
【0110】
つまり、本実施例では、RNAサンプルを、上記正鎖プライマー、逆鎖プライマーのそれぞれにより逆転写を行ない、これにより得られたものをPCR用反応液とした。
【0111】
次に、PCR用反応液10μlに、KOD dash 0.5 μl(TOYOBO社製)、10×PCR buffer 5μl(上記KOD dashに付属)、10mM dNTPs 1μl、正鎖プライマー10pmol、逆鎖プライマー 10pmolを混合して、Milli‐Q水を加えて全量を50μlとした。
【0112】
RT−PCRを行なう装置として、ReverTra‐plus(TOYOBO社製)を用いた。温度条件は、98℃で10秒間、55℃で2秒間、74℃で20秒間を30サイクル行なった。RT−PCRを行なった後、3%アガロースゲルによる電気泳動を行ない、エチジウムブロマイド染色によって結果を確認した。この結果を図8に示す。
【0113】
図8は、RT‐PCRの結果を示す図であり、レーン4はRNAサンプルを正鎖プライマーで逆転写を行なって得たPCR反応液をRT−PCRに供した結果を示し、レーン5はRNAサンプルを逆鎖プライマーで逆転写を行なって得たPCR反応液をRT−PCRに供した結果を示す。なお、レーン1〜3はポジティブコントロールであり、それぞれ、RNAサンプルの代わりに10pg、100pg、1ngのpUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEをPCR反応液に混合して、RT−PCRに供した結果を示す。また、レーン6及び7はネガティブコントロールである。具体的には、レーン6は、実施例2に記載のpUCYIT-T7を導入したL. caseiから抽出したRNAを、正鎖プライマーで逆転写したRNAサンプルを用いた結果、レーン7は、当該RNAを逆鎖プライマーで逆転写したRNAサンプルを用いた結果を示している。
【0114】
図8に示すように、レーン4及び5にdsRNA由来のPCR産物が確認された。このことから、dsRNAをコードするDNAのセンス鎖・アンチセンス鎖共に発現していることが確認できた。
【0115】
〔大腸菌と乳酸菌とのdsRNAの発現量の比較〕
実施例1に記載の方法と同様にして、大腸菌(Escherichia coli HT115(DE3)株、岡山大学理学部 作部保次博士から供与された。)にpUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEを導入した。次に、実施例2に記載の方法と同様にして、E. coli HT115(DE3)から全RNAを抽出した。抽出した全RNAの内0.25μgを用いて、上述の方法と同様に、正鎖プライマーを用いて逆転写した上で、RT−PCRを行なった。この結果を、pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEを導入したL. caseiから得た全RNAを用いて、正鎖プライマーで逆転写を行ない、RT−PCRを行なった結果(上記図8のレーン4の結果に相当)と比較した。この結果を図9に示す。図9はE. coli HT115(DE3)とL. caseiとのdsRNAの発現量を比較した結果を示す図であり、レーン2はE. coli HT115(DE3)を用いた結果を示し、レーン3はL. caseiを用いた結果を示す。また、レーン1はポジティブコントロールであり、pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEを発現させて得られるdsRNAを精製してRT−PCRに供した結果を示し、レーン4及び5はそれぞれ、pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEを導入しなかったE. coli HT115(DE3)及びL. caseiを用いた結果を示す。
【0116】
次に、レーン2及び3のバンド強度をImageJ program Ver.1.34s (National Institutes of Health, U.S.A., URL;http://rsb.info.nih.gov/ij/)によって測定して比較した。E. coli HT115(DE3)を用いた結果を示すレーン3の強度は、L. caseiを用いた結果を示すレーン2のバンド強度の22%に過ぎなかった。この結果は、pUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEを導入したL. caseiによるdsRNAの発現効率が極めて高いことを示している。
【0117】
<実施例4:shRNAによるRNAiの確認>
本実施例では、実施例2で構築したpUCYIT-T7-shRNA_DsRed由来のshRNAによるRNAiを確認した。
【0118】
まず、shRNAとしては実施例2で得たL. casei由来のものを使用した。具体的には図5のBの位置に示されるバンドに含まれるRNAをゲルから抽出したものを用いた。
【0119】
次に、得られたRNA115ng及びDsRedのmRNA100ngを、CHO細胞に導入した。当該CHO細胞はInvitrogen社より得た(製品名:Flp−In−CHO細胞)。また、RNAの細胞内導入については、Effectene(登録商標) transfection regent(QIAGEN社製)を用いて、これに添付の取扱説明書に従って行なった。
【0120】
RNAを導入したCHO細胞を室温で24時間、培養した後、DsRedの蛍光を確認した。結果を図10に示す。図10は、実施例2で得たL. casei由来のshRNAによるRNAiを確認した結果を示す図である。図10の(a)はL. casei由来のshRNAの効果を示し、図10の(b)及び(c)はそれぞれポジティブコントロール及びネガティブコントロールの結果である。ポジティブコントロールでは、実施例2で得たshRNAの代わりに、実施例2でポジティブコントロールとして合成したshRNA10ng用いた以外は本実施例に記載の方法と同じ方法を行なった。また、ネガティブコントロールでは、実施例2で得たshRNAを用いなかった以外は本実施例に記載の方法と同じ方法を行なった。図10に示されるように、実施例2で得たL. casei由来のshRNAは、人工的に合成したshRNAと同等のRNAi効果を示した。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明に係るキットは、乳酸菌にdsRNAを生成させることができる。このため、dsRNAを生成可能な乳酸菌を用いて、人間及び動物の腸内で安定してRNAiを起こすことができる。よって、本発明は、製薬産業、食品産業及びその関連産業に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】実施例において得たpUCYIT-T7-shRNA_DsRedの構造を模式的に示す図である。
【図2】実施例において得たpUCYIT-T7-dsRNA_DNApolEの構造を模式的に示す図である。
【図3】実施例において得たEmベクターを導入して得たコロニーを、コロニーPCRに供した結果を示す図である。
【図4】shRNAをコードするDNAの発現をドットブロットハイブリダイゼーションにより確認する方法の概要を模式的に示す図である。
【図5】実施例において得た、pUCYIT-T7-shRNA_DsRedを導入したL. caseiの全RNAを電気泳動した結果を示す図である。
【図6】実施例で行なったドットハイブリダイゼーションの結果を示す図である。
【図7】実施例において得たEmベクター又はLPPベクターを導入したL. caseiを用いて、ドットブロットハイブリダイゼーションを行なった結果を示す図である。
【図8】実施例で行なったRT‐PCRの結果を示す図である。
【図9】実施例で行なった、E. coli HT115(DE3)とL. caseiとのdsRNAの発現量を比較した結果を示す図である。
【図10】実施例4で行なった、L. casei由来のshRNAによるRNAiを確認した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ファージ由来のプロモーターを含むベクターを備えていることを特徴とする乳酸菌において二本鎖RNAを生成するキット。
【請求項2】
上記プロモーターが、T7プロモーターであることを特徴とする請求項1に記載のキット。
【請求項3】
ファージ由来のRNAポリメラーゼをコードするDNAをさらに含んでいることを特徴とする請求項1に記載のキット。
【請求項4】
ファージ由来のプロモーターに二本鎖RNAをコードするDNAが作動可能に連結されたベクターを、含有していることを特徴とする乳酸菌。
【請求項5】
請求項4に記載の乳酸菌を含んでいることを特徴とする腸内寄生虫駆除用組成物。
【請求項6】
請求項4に記載の乳酸菌を含んでいることを特徴とする腸内疾患用治療組成物。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−301812(P2008−301812A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−117884(P2008−117884)
【出願日】平成20年4月28日(2008.4.28)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】