説明

二輪車のステアリング装置

【課題】少ない操舵量で前輪を大きく舵取りできるようにして、周辺部品の配置の自由度を高める。
【解決手段】ヘッドパイプ3に支持されたステアリングステム2を上部ステム9と下部ステム11とから構成する。上部ステム9と下部ステム11にはボール溝16、17がそれぞれ形成され、このボール溝16、17に適合するボール18a、18bを収容したボールねじナット18と上部ステム9および下部ステム11とを係合させる。ボール溝16のリード角は操舵角が小さい領域では小さく、操舵角が大きい領域で大きくしている。操舵角が小さい領域では、操舵角と舵角との比が1:1であるが、操舵角が大きい領域では、この比を例えば1:3とする。上部ステム9の回動をボールねじナット18の直動に変換し、ボールねじナット18の直動を下部ステム11の回動に変換するように、ボールねじナット18とボール溝16、17とを係合させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二輪車のステアリング装置に関し、特に、ステアリングハンドルの操舵角と車輪舵角との比をステアリングハンドルの操舵角によって変化させるようにした二輪車のステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ステアリングハンドルの操舵角と車輪舵角との比を操舵角に応じて変化させることができる自動車のステアリング装置が知られている。例えば、特開昭61−122075号公報には、ステアリングハンドルとステアリングギヤ装置との間の操舵力伝達経路中に伝達比可変機構を設け、操舵角に応じてアクチュエータを作動させてステアリングギヤ装置のギヤ比を変化させるステアリング装置が提案されている。
【特許文献1】特開昭61−122075号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記従来技術は自動車用のステアリング装置であり、ギヤ比を変化させるステアリングギヤ装置やアクチュエータを収納するためのスペース確保が比較的容易である。しかし、自動二輪車においては四輪自動車と異なりステアリング装置のために大きいスペースを容易に確保できない。
【0004】
また、従来は、車速との関連で車速が大きくなった場合に、操舵角に対して舵角を小さくして操舵安定性を維持するようなギヤ比変化機構がとられていた。しかし、自動二輪車では、四輪自動車とは違った観点から操舵角と車輪の舵角との比を変化させることが望まれる場合が想定される。例えば、四輪車の円形ハンドルは操舵角に応じて周辺のスペースが制限されるということがない。つまり大きく操舵しても小さく操舵してもステアリングハンドルの動作軌跡に変化がないので、操舵角を大きくしてもステアリングハンドル周辺に配置される部品とステアリングハンドルとが干渉することがない。しかし、バーハンドルを備えた自動二輪車の場合は操舵角に応じてステアリングハンドルの動作範囲が変わり、操舵角が大きい場合はステアリングハンドルの動作範囲が大きくなるので、ステアリングハンドルとその周辺部品と干渉するおそれが大きい。特に、駐車に際して大きく舵角した状態でハンドルロックをする構成では、大きい操舵角を確保する必要がある。
【0005】
本発明の目的は、上記課題を解決するために、ステアリングハンドルの操舵角が大きい領域では操舵角が小さい領域に比べて車輪の舵角を大きくすることができる機構を有する二輪車のステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するために、本発明は、ステアリングハンドルの操舵角と前輪の舵角との比の値を、操舵角が予定値までの領域と、前記予定値より大きい領域とで異ならせることができる操舵角/舵角変換手段を具備した点に第1の特徴がある。例えば、操舵角が予定値までの領域では比の値を1.0とし、該予定値を越えた領域では1.0以上とする。
【0007】
また、本発明は、前記操舵角/舵角変換手段が、ステアリングハンドルに結合された上部ステムと、上部ステムと同軸上に配置されて互いに回転方向および軸方向で摺動自在に設けられ、前輪を枢支しているフロントフォークに接続された下部ステムと、前記上部ステムおよび前記下部ステムの外周にそれぞれ予定のリード角で形成されたボール溝に係合するボールねじナットとを含んでいるとともに、前記ボールねじナットは前記上部ステムおよび前記下部ステムに対して軸方向には摺動自在であり、かつ回転方向の動きが規制されており、前記上部ステムに形成されたボール溝のリード角が、操舵角がゼロから前記予定値の領域までの値α1と、該領域より操舵角が大きい領域での値α2とからなり、α1<α2である点に第2の特徴がある。
【0008】
また、本発明は、前記操舵角/舵角変換手段が、自動二輪車のヘッドパイプ内に配置されている点に第3の特徴がある。
【発明の効果】
【0009】
第1の特徴を有する本発明によれば、ステアリングハンドルの操舵角が小さい領域では操舵角の変化量に応じて、予定割合(例えば1:1)で前輪の舵角が変化し、操舵角が大きい領域では操舵角の変化量に応じて予定割合(例えば1:1)以上で舵角が変化する。したがって、前輪を大きく舵取りする場合でもステアリングハンドルの操舵角は小さくてよいので、例えば、大きく舵取りして駐車する場合にステアリングハンドル周囲の物と干渉しにくくなる。その結果、ステアリングハンドル周りの部品の配置自由度が向上するし、大きく舵取りした状態でハンドルロックをして駐車する場合に駐車スペースを小さくすることもできる。
【0010】
また、操舵角が小さい領域では操舵角に対する舵角の割合を1:1(つまり比の値を1.0)とすることによって、操舵角が小さい走行中においては従来のステアリングハンドルの操舵感覚と同じ感覚で操舵できる。
【0011】
第2の特徴を有する本発明によれば、ステアリングハンドルを操作して上部ステムを回動させると上部ステムのボール溝のリード角に応じてボールねじナットが直動し、この直動が下部ステムのボール溝のリード角に従って下部ステムの回動つまり前輪の舵取りに変換される。同軸上に配置された上部ステムからボールねじナットを介して下部ステムに動きを伝達するようにしたので、コンパクトな構造を実現できる。
【0012】
第3の特徴によれば、ヘッドパイプに支持される従来のステアリングステムの変形により操舵角/舵角変換手段を構成することができるので、大きいスペースを確保することが容易でない自動二輪車に操舵角と前輪の舵角との比を変化させる機構を採用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態を説明する。図3は、本発明の一実施形態に係るステアリング装置を備えた自動二輪車の要部フレーム構成を示す左側面図である。同図において、自動二輪車1は、ステアリングステム2を回動自在に支持するヘッドパイプ3と、ヘッドパイプ3に先端が接合されて斜め下後方に延びている上部フレーム4と、上部フレーム4が接合されている部位よりも下方でヘッドパイプ3に先端が接合されてほぼ下方に延びている下部フレーム5とからなる。なお、下部フレーム5は途中から水平に延び、その後端が上部フレーム4と接合される。ステアリングステム2の上部にはステアリングハンドル(以下、単に「ハンドル」という)6が設けられ、ステアリングステム2の下部には前輪WFを回転自在に支持する前輪軸7を有するフロントフォーク8が連結される。
【0014】
ステアリングステム2の構造を詳述する。図1はステアリングステム2の左側面の拡大断面図であり、図2はステアリングステム2の正面断面図である。図1および図2において、ステアリングステム2は、ハンドル側部分(以下、「上部ステム」と呼ぶ)9と、フロントフォーク側部分(以下、「下部ステム」と呼ぶ)11とからなる。下部ステム11は筒状であり、上部ステム9の下部が下部ステム11に遊嵌されている。つまり上部ステム9は下部ステム11に対して回転方向および軸方向に摺動自在な状態で結合されている。
【0015】
上部ステム9および下部ステム11はヘッドパイプ3内に収容され、上部ステム9の上部が軸受12を介してヘッドパイプ3に支持され、下部ステム11の下部が軸受13を介してヘッドパイプ3に支持されている。上部ステム9の上端は前記ハンドル6に結合され、下部ステム11の下端はボトムブリッジ14に結合されている。上部ステム9の下端は下部ステム11を貫通してボトムブリッジ14まで延長され、軸受15でボトムブリッジ14に支持されている。
【0016】
上部ステム9および下部ステム11にはそれぞれボール溝16、17が形成されている。このボール溝16、17は上部ステム9および下部ステム11の外周に適合するように配置されたボールねじアウタつまりボールねじナット18によって保持された複数のボールからなる複数のボール列に対応し、これらのボール18a、18bを案内するボールねじ溝である。ボール18a、18bはそれぞれボールねじナット18内に設けられる図示しない保持器(リテーナ)内の溝を移動可能である。
【0017】
ボールねじナット18は、ヘッドパイプ3に設けられたボールねじナット受け19で回転止めされ、かつヘッドパイプ3の軸方向に摺動自在に構成される。また、ボールねじナット18は、上部ステム9のボール溝16に対応するボール列を収容した上ナット部分181と、下部ステム11のボール溝17に対応するボール列を収容した下ナット部分182とを有する。
【0018】
図4は、ボール溝16の展開図、図5は図4の拡大図である。ボール溝16は複数本(この例では4本)形成される。そして、4本のボール溝16が円周方向に3列設けられている。ボール溝の列はボールねじナット18内のボール列の数に対応している。つまりこの例では3列4段のボールで上部ステム9を保持している。
【0019】
各ボール溝16は山型をしており、頂部ではリード角がα1であり、裾部ではリード角α2に設定してある(α1<α2)。山型ボール溝16の裾部には、ボールねじナット18を上部ステム9に組み付けるときにボール18aを案内するための直線溝16aを設ける。山型ボール溝16の頂部にボールねじナット18のボール18aが位置しているときは、舵角はゼロつまり前輪WFは自動二輪車1を直進させる方向に舵取られるように調節しておく。
【0020】
一方、ボール溝17は下ナット部分182に設けられるボール列に対しても複数本(ここでは4本)形成される。但し、ボール溝17はボール溝16と異なりそのリード角が全長にわたり均一になるよう配置されている。
【0021】
上記構成のステアリング装置の動作を説明する。舵角ゼロからハンドル6を例えば左方向に回動させると、上部ステム9が回動し、ボールねじナット18のボール18aがボール溝16を案内される。そうすると、ボールねじナット18はボール溝16のリード角に従って下方に変位する。つまり上部ステム9の回転がボールねじナット18の直線動に変換される。
【0022】
ボールねじナット18が下方に変位すると、下ナット部分182のボール列を構成しているボールがボールねじ17に案内される。しかし、ボールねじナット受け19で回転止めされているボールねじナット18は回転せず、代わりに反力で下部ステム11が回動される。つまり、ボールねじナット18の直線動が下部ステム11の回転に変換される。その結果、下部ステム11と一体に形成されているボトムブリッジ14が回動し、前輪WFが操舵される。なお、ボールねじナット18の直線動を下部ステム11の回転に変換するために、ボール溝17のリード角はフリクションが小さくなるように大きく設定する。
【0023】
ハンドル6の回動角度(操舵角)が小さいときは、ボール溝16のリード角α1に従った比でハンドル6の操舵角に対して前輪WFは舵取られる。そして、ハンドル6の操舵角が大きくなった場合、リード角α2に従った比で操舵角に対して前輪WFが舵取られる。つまり、上部ステム9の回動量に対するボールねじナット18の変位量が大きくなり、下部ステム11の回動角が大きくなる。したがって、操舵角に対する前輪WFの舵角は、操舵角が小さいときより操舵角が大きくなったときの方が大きい。ハンドルを右に切ったときにも同様である。
【0024】
図6はハンドル6の操舵角と前輪WFの舵角との関係を示す図である。同図において、操舵角θsがθs0からθs1変化するまでは、前輪WFの舵角θwはボール溝16のリード角α1に従って直線的に変化し、操舵角θsがθs1の位置から操舵角θsの変化量に対する舵角θwの変化量がそれまでより大きくなり、わずかな操舵角θsの変化によって舵角θwの変化量が極端に大きくなる。したがって、例えば、前輪WFが大きく舵取られたときにハンドルロックがかかるように設定している自動二輪車において、小さい操舵角で前輪WFを所定位置まで大きく舵取ることができ、例えば図示しないソレノイドで駆動されるピンを、下部ステム11の図示しないピン孔に係合させることができる。なお、図6において、従来技術の操舵角と舵角との比の設定に従って操舵した場合の操舵角と舵角との関係を点線で示している。
【0025】
上述のように、本実施形態によれば、ハンドル6の操舵角が小さい場合は操舵角と前輪舵角とが一定の比(例えば1:1)に維持され、ハンドル6の操舵角が予定の角度よりも大きくなった場合、操舵角と前輪舵角との比は大きくなり(例えば1:3)、わずかなハンドル6の動きで、前輪WFは大きく舵取られる。操舵角と前輪舵角との比を変化させるための基準操舵角は、自動二輪車1の走行中に発生する角度ではなく、一般に停車中にのみ可能な角度に設定する。
【0026】
なお、本発明は上記実施形態に限定されない。例えば、ボール溝16に関して操舵角と前輪舵角との比を変化させるのではなく、ボール溝17に関して操舵角と前輪舵角との比を変化させるようにしてもよい。すなわち、ボール溝16は上部ステム9の回動量に対するボールねじナット18の変化量が一定となるように設定し、ボール溝17はボールねじナット18の変化量に対する下部ステム11の変化量が途中で大きく変化するように設定する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態に係るステアリング装置の側面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るステアリング装置の正面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係るステアリング装置を有する自動二輪車の要部側面図である。
【図4】ステアリングステム表面の展開図である。
【図5】図4の要部拡大図である。
【図6】ハンドルの操舵角と前輪の舵角との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1…自動二輪車、 2…ステアリングステム、 6…ハンドル、 9…上部ステム、 11…下部ステム、 16、17…ボール溝、 18…ボールねじナット、 19…ボールねじナット受け

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリングハンドルの操舵角と前輪の舵角との比の値を、操舵角が予定値までの領域と、前記予定値より操舵角が大きい領域で異ならせる操舵角/舵角変換手段を具備したことを特徴とする二輪車のステアリング装置。
【請求項2】
前記操舵角/舵角変換手段が、前記比の値を、操舵角が予定値までの領域では1.0とし、前記予定値より操舵角が大きい領域では1.0以上とするように構成されていることを特徴とする請求項1記載の二輪車のステアリング装置。
【請求項3】
前記操舵角/舵角変換手段が、
ステアリングハンドルに結合された上部ステムと、
上部ステムと同軸上に配置されて互いに回転方向および軸方向で摺動自在に設けられ、前輪を枢支しているフロントフォークに接続された下部ステムと、
前記上部ステムおよび前記下部ステムの外周にそれぞれ予定のリード角で形成されたボール溝に係合するボールねじナットとを含んでいるとともに、
前記ボールねじナットは前記上部ステムおよび前記下部ステムに対して軸方向には摺動自在であり、かつ回転方向の動きが規制されており、
前記上部ステムに形成されたボール溝のリード角が、操舵角がゼロから前記予定値の領域までの値α1と、該領域より操舵角が大きい領域での値α2とからなり、α1<α2であることを特徴とする請求項1または2記載の二輪車のステアリング装置。
【請求項4】
前記操舵角/舵角変換手段が、二輪車のヘッドパイプ内に配置されていることを特徴とする請求項1または2記載の二輪車のステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−238864(P2008−238864A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−79058(P2007−79058)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】