説明

亜鉛徐放性リン酸カルシウムを用いた皮膚欠損治療用剤

【課題】亜鉛徐放性リン酸カルシウムを用いた皮膚欠損治療用剤の提供。
【解決手段】亜鉛含有量0.005重量%〜0.8重量%である高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムまたは亜鉛含有量0.005重量〜7.0重量%である低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム[βCa(PO]からなる微粒子を含有する液体であることを特徴とする懸濁液または粒子溶媒混合系を用いた皮膚欠損治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難溶性亜鉛含有リン酸三カルシウム含有粉末による骨修復促進用硬化体、及び亜鉛欠乏または境界性亜鉛欠乏が関与する、骨疾患、皮膚疾患、味覚障害、免疫低下などの病気や欠乏状態の治療用剤に関する。この促進剤又は治療薬は、亜鉛徐放性の難溶性リン酸三カルシウムを有効成分とするものであり、骨形成促進や、亜鉛欠乏又は境界性亜鉛欠乏が関与する皮膚疾患や欠乏状態の改善のために有効である。
【背景技術】
【0002】
亜鉛は、生体内において骨芽細胞を刺激すると共に、破骨細胞の活性を抑える作用があることが知られている(Res Exp Med 186, 337, 1986; Bio Pharmacol., 36, 4007, 1987; Biochem Pharmacol, 48, 1225, 1994; J. Biomed Mater Res. 50, 184, 2000)。このことから、亜鉛は、骨形成を促進させるものであるということができる。
【0003】
亜鉛が欠乏すると、具体的には、骨吸収の促進、骨形成能低下、皮膚疾患、味覚障害、免疫低下等の疾患や欠乏症が生じることも知られている(Endocrinol 114, 1860, 1984; Newer trace elements in nutrition, p.255, 1971; Am J Clin Nutr, 68, 447S, 1998)。
【0004】
健康な体を維持するためには、成人の1日の亜鉛必要量は約15mgといわれている。偏食や外食などに依存する生活を送っていると、この必要量を摂取することは、意外に難しく、亜鉛は不足しがちになる金属元素とされ、皮膚障害や味覚障害のある人は増加しているとされている。
【0005】
不足する亜鉛を補う具体的な方法としては、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、リン酸亜鉛、リン酸水素亜鉛(PCT/US91/05496)、酸化亜鉛(08.12.88 AU 1849/88)、アセキサム酸亜鉛(特開平10−218767号公報)、L-カルノシン亜鉛塩(特開平3−120257号公報)、アラニルLヒスティディン亜鉛(12.04.91GB910783)、アミノ酸キレート(PCT/US87/00310)、クエン酸亜鉛、グリシン亜鉛(12.04.91GB9107833)、水溶性亜鉛化合物(特開昭61−282317号公報)を用いることが知られている。これらの方法では、前記の化合物を薬剤とし、経口投与又は非経口投与で用いることが提案されている。
【0006】
これらを用いることにより治療が施されるが、これらの従来知られている化合物を投与すると、投与箇所近傍の組織(口腔、消化管、注射部位)や患部組織の亜鉛濃度が短時間に急激に高まり、やがて時間と共に徐々に減少するという亜鉛濃度変化を繰り返す。このとき、投与箇所近傍の組織(口腔、消化管、注射部位)や患部の亜鉛濃度が高くなりすぎると、亜鉛過剰投与となり、副作用として毒性を発現する結果となり、満足する結果を得ることはできないことが指摘されている。
【0007】
そこで、本発明者らは指摘されている点を解消することを目的として研究を進め、新たに亜鉛の含有量を減少させ、一定量の亜鉛を長期間徐放させることによって、亜鉛の過剰投与の問題を克服した亜鉛徐放性亜鉛含有リン酸カルシウムセラミックス(特許第3143660号公報、特許第3360122号公報)を開発した。さらに亜鉛含有リン酸カルシウムからなる微粒子を含有する液体であることを特徴とする懸濁液または粒子溶媒混合系(特開2002-138042号公報)を開発した。さらに、亜鉛を含有させたプラズマ溶射リン酸カルシウムも開示されている(特開2000-143219号公報)。これらの亜鉛徐放性亜鉛含有リン酸カルシウムは、当該物質が、体内に存在する限り、亜鉛を徐放することが可能で、極めて長期的にわたり、過剰にならない量の亜鉛を体内の必要とされる部位に徐放できるものであり、かつ、生体適合性を有するものであるから、亜鉛欠乏症などに対する処置を、的確に施すことができることとなった。具体的には、このセラミックス及びけん濁液は、用いた場合には生体適合性が高く、生体代替材料や亜鉛徐放性製剤として利用できるものであるため、亜鉛徐放性リン酸カルシウムセラミックでは人工骨として骨形成の促進、亜鉛含有リン酸カルシウム懸濁液または粒子溶媒混合系では亜鉛欠乏性骨粗鬆症の治療を行なうことができた。
【0008】
しかしながら、亜鉛含有リン酸カルシウム懸濁液または粒子溶媒混合系の場合は、人工骨のような適当な形状を付与することが困難である。さらに、亜鉛欠乏性骨粗鬆症以外の疾患に対しては利用されていない。
【0009】
高温型リン酸三カルシウムは体内で硬化するリン酸カルシウムセメントの主要成分であるため(H.Monma,T. Kanazawa, Yogyo Kyokai Shi, 84, 209(1976)、特開2001-95913号公報他多数)、亜鉛を高温型リン酸三カルシウムに含有させて粒子溶媒混合系とすれば、硬化性を付与し、その結果、適当な形状を付与することができるようになる。しかし、骨形成促進及び生体適合性の観点からの最適亜鉛量はいまだに知られていない。
【0010】
以上は主に骨組織に対する効果について述べたものであるが、その他にも、亜鉛は、タンパク合成に重要な役割を果たしており、成長と発育に不可欠なものである。また、生化学的及び生理学的観察から、種々の動物のいくつかの器官系の細胞分裂に亜鉛が重要であることが報告されている。特に術後あるいは創傷が作られている時期には、タンパク合成やコラーゲン形成あるいは酵素系への亜鉛の取り込みが促進されることが報告されている。従って、創傷や皮膚欠損の治癒過程など、細胞分裂の激しい時期には亜鉛が多量に必要であると考えられる。しかし、亜鉛含有リン酸カルシウム懸濁液または粒子溶媒混合系が皮膚欠損治癒剤に利用できるかどうかはいまだに知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3143660号公報
【特許文献2】特許第3360122号公報
【特許文献3】特開2002-138042号公報
【特許文献4】特開2000-143219号公報
【特許文献5】特開2001-95913号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】H.Monma,T. Kanazawa, Yogyo Kyokai Shi, 84, 209(1976)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、難溶性の亜鉛徐放性亜鉛含有リン酸三カルシウム粉体をリン酸カルシウムセメント硬化体の粉体成分として含有させて、硬化性の亜鉛含有リン酸カルシウム粒子溶媒混合系とし、身体の切開を行わずに身体に注入でき、注入後に硬化して亜鉛徐放体とせしめ、骨形成を促進して骨折の治療に利用することができる治療用剤、及び亜鉛含有リン酸カルシウム粒子をけん濁液のまま利用し、皮膚欠損修復に使用できる治療用剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、亜鉛含有量が少ない特定亜鉛含有量と特定結晶相のリン酸三カルシウムを合成し、微粒子とすることにより、液体と練和して粒子溶媒混合系のペーストにでき、あるいは液体に懸濁できるリン酸三カルシウム粒子の製造に成功した。結晶相を高温相とすることで、体温程度の温度で硬化するリン酸三カルシウム粒子とすることもでき、硬化体を動物に埋入すると、亜鉛を過剰投与することなく、体内において亜鉛を徐放した状態で骨折治療用剤として機能することを見出した。また特定亜鉛含有量のリン酸三カルシウム微粒子懸濁液は、亜鉛を過剰投与することなく、体内において局所のみに亜鉛を徐放して、皮膚欠損治療用剤として機能することを見出した。
【0015】
この知見に基づいて、亜鉛含有高温型リン酸三カルシウム微粉体を、リン酸カルシウム硬化体の前駆体粉末に含有させ、亜鉛が硬化に支障をきたさず、なおかつ亜鉛を生体に投与することができ、過剰投与することなく、骨組織に対して生体適合性を有する、硬化体前駆物質に関する発明を完成させた。あわせて、亜鉛含有高温型三リン酸カルシウム微粉体および亜鉛含有低温型リン酸三カルシウム微粉体の懸濁液を、皮膚欠損治療用剤に用い、長期間にわたり亜鉛を徐放しつつ 、過剰投与することなく亜鉛を局所に補給することができ、組織再生を促がし、生体適合性を有する皮膚欠損治療用剤に関する発明を完成させた。
【0016】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)亜鉛含有量0.004〜0.075重量%である高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末からなるリン酸カルシウムセメントの硬化前駆体。
(2)硬化後の亜鉛含有量が0.004〜0.05重量%となるリン酸カルシウムセメント。
(3)硬化後の亜鉛含有量が0.004〜0.05重量%となるリン酸カルシウムセメントが骨修復用充填剤であるリン酸カルシウムセメント。
(4)亜鉛含有量0.005重量%−0.8重量%である高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる微粒子を含有する液体であることを特徴とする懸濁液または粒子溶媒混合系を用いた皮膚欠損治療剤。
【0017】
(5)亜鉛含有量0.005重量−7.0重量%である低温型亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる微粒子を含有する液体であることを特徴とする懸濁液または粒子溶媒混合系を用いた皮膚欠損治療剤。
(6)液体が、 生理食塩水、食塩濃度2.5重量%以下の食塩水、リンゲル液、精製水、注射用水、蒸留水、生理的塩類溶液、プロピレングリコール、エタノール、これらの水を含有するプロピレングリコール、又はこれらの水を含有するエタノールから選ばれた水溶性溶媒であることを特徴とする前記(4)から(5)記載のいずれかである皮膚欠損治療用懸濁液または粒子溶媒混合系。
【0018】
(7)液体が、トリグリセロイド、サフラワー油、大豆油、ごま油、菜種油、落花生油から選ばれた非水溶性溶媒又はポリエチレングリコール(マクロゴール)から選ばれたものであることを特徴とする前記(4)及び(5)記載のいずれかである皮膚欠損治療用懸濁液または粒子溶媒混合系。
(8)液体が、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アラビアゴム、トラガント、メチルセルロースナトリウム、単シロップ、グリセリン、ソルビットから選ばれた懸濁安定剤を含有していることを特徴とする、(4)から(7)記載のいずれかである皮膚欠損治療用懸濁液または粒子溶媒混合系。
【発明の効果】
【0019】
以上のように本発明による特定亜鉛濃度の亜鉛含有リン酸三カルシウムによれば、リン酸カルシウムセメントの硬化前駆体として使用して、硬化性であり、骨形成促進機能を有する骨充填剤を提供することができ、さらに、懸濁液又は粒子-溶媒混合系のまま使用すれば、生体適合性が高く長期的な亜鉛徐放性に優れ、経口投与は無論のこと非経口投与においても投与することができ、なおかつ接触する組織に対して生体適合性が高い皮膚欠損治療薬剤を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1A】図1Aは、高温型リン酸三カルシウムの粒度分布を示す。
【図1B】図1Bは、高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムの粒度分布を示す。
【図1C】図1Cは、リン酸水素カルシウム2水和物の粒度分布を示す。
【図2】図2は、亜鉛含有量0重量%の硬化体周囲に形成された骨組織を示す。
【図3】図3は、亜鉛含有量0.03重量%の硬化体周囲に形成された骨組織を示す。
【図4】図4は、亜鉛含有量0.06重量%硬化体周囲に形成された骨組織を示す。
【図5】図5は、亜鉛含有量0.105重量%の硬化体周囲に形成された骨組織を示す。
【図6】図6は、硬化体の粉末X線回折パターンを示す。
【図7】図7は、血漿亜鉛濃度の径時変化を示す。
【図8】図8は、総アルカリ性フォスファターゼ活性値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の亜鉛含有リン酸三カルシウム微粉末は、カルシウム化合物又はカルシウムイオン、燐化合物又はリン酸イオン、並びに亜鉛化合物又は亜鉛イオンによる固相反応、液相反応又はメカノケミカル反応によって、調製することができる。
【0022】
固相反応で亜鉛含有リン酸三カルシウムを製造するためには、リン酸成分を含む原料物質とカルシウム成分を含む原料物質と亜鉛成分を含む原料物質を高温で反応させる。具体的にはリン酸成分を含む原料物質として、リン酸アンモニウム、リン酸カルシウム、無水リン酸、リン酸水素カルシウム、グリセロリン酸、グリセロリン酸カルシウム等を挙げることができる。カルシウム成分を含む原料物質としては、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、リン酸カルシウム、酸化カルシウム、硝酸カルシウム、グリセロリン酸カルシウム、乳酸カルシウム、酢酸カルシウム、カルシウムエトキサイド等を挙げることができる。亜鉛成分を含む原料物質としては、酸化亜鉛、硝酸亜鉛、リン酸亜鉛、炭酸亜鉛、水酸化亜鉛、乳酸亜鉛、酢酸亜鉛等をあげることができる。さらに、亜鉛含有リン酸カルシウム自身を原料物質にすることもできる。
【0023】
メカノケミカル反応で亜鉛含有リン酸三カルシウムを製造するためには、リン酸成分を含む原料物質とカルシウム成分を含む原料物質と亜鉛成分を含む原料物質を摩砕、粉砕によってメカノケミカル反応させ、必要に応じて加熱して反応させる。リン酸成分を含む原料物質とカルシウム成分を含む原料物質と亜鉛成分を含む原料物質には、固相反応で使用する上記原料物質を使用することができる。さらに、亜鉛含有リン酸カルシウム自身を原料物質にすることもできる。
【0024】
液相反応により亜鉛含有リン酸三カルシウムを製造するためには、リン酸成分を含む原料物質を溶解させたときに、酸性または中性の水溶液の状態でリン酸イオンを放出できるものであれば、原料物質として使用することができる。具体的には、無水リン酸、リン酸及びリン酸塩を挙げることができる。リン酸は通常不純物を含有しているので、アルコールなどの有機溶媒により精製して得られる精製リン酸を用いる。リン酸塩には、リン酸カリウム、リン酸アンモニウム、リン酸二水素カルシウム、グリセロリン酸、グリセロリン酸カルシウム、リン酸カルシウム等を挙げることができる。
【0025】
カルシウム成分は中性または酸性の水溶液の状態で、カルシウムイオンを放出できるものであれば、原料物質として使用することができる。具体的には、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、硝酸カルシウム、グリセロリン酸カルシウム、乳酸カルシウム、酢酸カルシウム、などを挙げることができる。
【0026】
亜鉛成分は中性または酸性の水溶液の状態で、亜鉛イオンを放出できるものであれば、原料物質として使用することができる。具体的には、硝酸亜鉛、水酸化亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、酢酸亜鉛、乳酸亜鉛などを挙げることができる。さらに、亜鉛含有リン酸カルシウム自身を原料物質にすることもできる。
【0027】
液相反応により亜鉛含有リン酸三カルシウムを製造するには、上記の水溶液反応法の他にも、アルコールを用いたゾル-ゲル法を利用することもできる。例えば、カルシウムエトキサイド、リン酸、酢酸亜鉛を窒素雰囲気下アルコール中で反応させる方法も、その一例である。
【0028】
原料物質として前記のリン酸、カルシウム、及び亜鉛を含有する化合物を用いて、(Ca+Zn)/Pモル比が1.48〜1.52になる割合で、固相反応またはメカノケミカル反応を行なうと、得られる難溶性の亜鉛含有リン酸カルシウム化合物は、亜鉛含有低結晶性アパタイト、亜鉛含有高温型リン酸三カルシウム、亜鉛含有低温型リン酸カルシウムまたはこれらの混合物が得られる。亜鉛含有低結晶性アパタイトは室温付近でのメカノケミカル反応で生成するが、加熱により亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムや亜鉛含有低温型リン酸カルシウムにすることができる。
【0029】
原料物質として前記のリン酸、カルシウム、及び亜鉛を含有する化合物を用いて、(Ca+Zn)/Pモル比が1.48〜1.52になる割合で、液相反応を行うと、亜鉛含有低温型リン酸三カルシウム、亜鉛含有非晶質リン酸カルシウム、またはこれらの混合物が得られる。亜鉛含有非晶質リン酸カルシウムはその後加熱により亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムや亜鉛含有低温型リン酸カルシウムにすることができる。
【0030】
本発明で用いられる亜鉛含有の高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末は、硬化前駆体として用いる場合は、亜鉛含有量が0.004〜0.075重量%、好ましくは0.006〜0.05重量%となるように調整されるが、このような特定の範囲の目的生成物を得るためには、各々の原料使用量を選択して、目的生成物中の亜鉛含有量を、特定の範囲に調整するかあるいは、亜鉛含有量の異なる2種類以上の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子を混合しても良い。皮膚欠損治療用の懸濁液または粒子溶媒混合系に用いられる高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子粉末の場合は、亜鉛含有量が0.005重量%〜0.8重量%、好ましくは0.1重量%〜0.6重量%となるように調整されるが、このような特定の範囲の目的生成物を得るためには、各々の原料使用量を選択して、目的生成物中の亜鉛含有量を、特定の範囲に調整する。皮膚欠損治療用の懸濁液または粒子溶媒混合系に用いられる低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子粉末の場合は、亜鉛含有量が0.005重量%〜7.0重量%、好ましくは0.63重量%〜6.5重量%となるように特定されるが、このような特定の範囲の目的生成物を得るためには、各々の原料使用量を選択して、目的生成物中の亜鉛含有量を、特定の範囲に調整する。
【0031】
前記のリン酸、カルシウム、及び亜鉛を含有する化合物からなる原料物質を用いて、固相反応で得られた生成物を微粉状とする。メカノケミカル反応で得られた生成物は必要に応じて加熱してから微粉状とする。液相反応で得られた生成物は濾別し、乾燥させ、場合によっては加熱した後、得られた生成物を微粉状とする。ジェットミル、ボールミル、乳ばち、アトマイザー、インパクトミル、ハンマーミル等の粉砕機等により微粉状にする。
【0032】
前記亜鉛含有リン酸三カルシウム製造のための固相反応の加熱温度及びメカノケミカル反応や液相反応による亜鉛含有リン酸三カルシウム生成後の加熱処理温度は作製する微粒子によって異なる。
【0033】
亜鉛含有低温型(β)リン酸三カルシウムを作製する場合の加熱は、通常酸素の存在下で、通常700℃から1250℃の範囲、好ましくは700℃から1050℃で行う。加熱温度の下限を通常700℃としたのは、700℃未満の加熱温度では亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムは非晶質リン酸カルシウムであったり、低結晶性の亜鉛含有カルシウム欠損水酸アパタイトであったりするためである。加熱温度の上限は理論的には亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムが一部相転移して、亜鉛含有高温型(α)リン酸三カルシウムに変化する相転移温度で規定されるが、相転移温度は亜鉛0重量ppmで1130℃、亜鉛300重量ppmで1180℃、亜鉛0.7重量%で1250℃のように、亜鉛含有量によって異なる。亜鉛0.7重量%以上では1250℃以上で加熱することも可能であるが、1250℃以上で加熱すると粒成長と、結晶の完全性の向上が著しく、亜鉛放出速度が低下するために、特段の利点がない。以上の理由により加熱温度の範囲は700℃から1250℃の範囲とする。
【0034】
亜鉛含有高温型(α)リン酸三カルシウムを作製する場合の加熱は、通常酸素の存在下で、通常1150℃から1500℃の範囲、好ましくは1200℃から1450℃で行う。加熱温度の下限を1150℃としたのは、1150℃未満では0.6ppm以上の亜鉛を含有した亜鉛含有高温型リン酸三カルシウム単相を得ることができず、亜鉛含有低温型リン酸三カルシウム単相または、亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムと亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムの混合物になってしまうからである。加熱温度の上限を1500℃としたのは、1500℃以上では亜鉛の含有量に関わらず、固相としては亜鉛含有スーパーαリン酸三カルシウムが唯一の安定相であり、亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムは存在し得ないからである(E.R. Eric & F.A. Hummel, Inorganic Chem, 6, 524, 1967)。
【0035】
亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムと亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムの混合微粒子を作製する場合の加熱は、通常酸素の存在下で、通常1150℃から1500℃の範囲、好ましくは1150℃から1400℃で行う。加熱温度の範囲を1150℃から1500℃としたのは、亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムと亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムの安定共存領域が1130±5℃から1500℃の範囲にあるからである(E.R. Eric & F.A. Hummel, Inorganic Chem, 6, 524, 1967)。
【0036】
例えば、カルシウム成分を含む原料(水酸化カルシウム)、リン酸及び亜鉛成分を含む原料(硝酸亜鉛)の割合を、モル比(カルシウム成分を含む原料(水酸化カルシウム):リン酸:亜鉛成分を含む原料(硝酸亜鉛))=(1.53:1.20:0.27)〜(1.26:1.20:0.54)として水中で反応させ、空気中で850℃で加熱すると、亜鉛含有リン酸カルシウム粉末は、亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムとCaZn2(PO4)2の混合物として得られる。このようにして得られる混合物に純粋な低温型リン酸三カルシウムを添加して焼成すると、固相反応が生じて亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムからなる粉末とすることができる。
【0037】
例えば、カルシウム成分を含む原料である酸化カルシウム、リン酸及び亜鉛成分を含む原料である硝酸亜鉛6水和物を、(Ca+Zn)/Pモル比=1.50を維持しながら、重量比(酸化カルシウム:リン酸:硝酸亜鉛6水和物)=(83.36:97.99:4.05)〜(84.10:97.99:0.09)として水中で反応させ、沈殿を濾別、乾燥後、空気中で1400℃で加熱すると、亜鉛含有量0.5重量%から120重量ppmの亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムからなる粉末とすることができる。沈殿を濾別、乾燥後、空気中で1000℃で加熱すると、亜鉛含有量0.5重量%から120重量ppmの亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムからなる粉末とすることができる。
【0038】
前記のように、得られる亜鉛含有リン酸三カルシウムは、低温相(β相)又は高温相(α相)単独の化合物として得られるか又は低温相(β相)及び高温相(α相)の化合物の混合物として得られる。
【0039】
リン酸カルシウムセメントの硬化前駆体とは、リン酸カルシウム粉体であり、硬化用の液剤と練和すると、液剤及び共存する他のリン酸カルシウム相と反応して低結晶性アパタイトに変化し、硬化するものである。
【0040】
本発明の硬化前駆体では高温相のみを用いる。それに対して、皮膚欠損治療剤では高温相単独又は低温相単独でも使用できるが、低温相と高温相の混合物としても用いることができる。したがって、前記の合成工程で得られた化合物は、皮膚欠損治療剤の場合は、成分単独に分離して用いることもできるし、分離することなく混合物としても用いることができる。これらの各成分について、低温相と高温相がどの程度含まれているかは、粉末X線回折により確認することができる。
【0041】
得られた生成物を微粉にするためには、粉砕機により粉砕し、篩い分け、水ひを利用して、粒径0.1μm〜2000μm、好ましくは0.1μm〜32μm程度とする。粉砕機としては、この程度の粒径を得ることができるものであれば、適宜用いることができる。通常、300μm〜20μmまでは篩い分けによって粒径を揃える。それ以下の粒度については、水溶性または非水溶性の溶媒中での水ひや乾式気流分級機を利用して粒径を揃えることができる。
【0042】
本発明の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の粒径は、硬化体の硬化反応、硬化時間に影響を与える。前記範囲の粒径を超えて、より大きものを用いると、硬化反応が遅延する結果となり、さらに亜鉛の放出量が少ない結果となる。
【0043】
本発明の亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の粒径は、液体に分散させた皮膚欠損治療用剤として用いられたときには、亜鉛の放出量に影響を与える。前記範囲の粒径を超えて、より大きものを用いると、亜鉛の放出量が少ない結果となる。
【0044】
硬化体用前駆体であっても、液体に分散させた皮膚欠損治療用薬剤であっても、前記範囲の粒径を超えて、より大きものを用いると、注射針やカテーテルの穴を通過することができず、非経口投与の場合は身体の切開が必要になってしまう。粒径をこの範囲のもとすることにより、亜鉛の放出量を良好に保つことができる。この範囲に満たないものを用いると、液体は事実上コロイド溶液の状態となり、亜鉛の急激な放出、タンパク質等の生体成分の吸着や変性、体液局所pHの急変などが生じ、好ましくないことがある。
【0045】
このようにして得られる高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子粉末からなる硬化前駆体の亜鉛の含有量は全体として、0.004重量%〜0.075重量%、好ましくは、0.006重量%〜0.04重量%の範囲である。この微粒子粉末は単一亜鉛含有量の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子からなっていても良いし、亜鉛含有量の異なる2種以上の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の混合物でも良いし、さらに、高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子と高温型リン酸三カルシウム微粒子の混合物でも良い。
【0046】
高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末からなるリン酸カルシウム硬化体前駆体の亜鉛含有量を0.004重量%〜0.075重量%と限定したのは、以下の理由による。
【0047】
亜鉛は、骨組織中では低結晶性アパタイト結晶中に含有されていて、その含有量は健常人で0.0126重量%〜0.025重量%である。亜鉛による治療効果、亜鉛の補給効果を達成する観点から、放出亜鉛量は骨組織中の低結晶性アパタイト結晶から放出される亜鉛量を上回る必要がある。亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムの溶解度はアパタイト結晶の2〜3倍であるため、硬化体前駆体用の亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムの亜鉛含有量の下限は0.004重量%とした。一方、硬化体前駆体の亜鉛濃度の上限は、粉末の骨髄腔組織内における生体適合性が損われない上限の値を求めて、規定したものである。具体的には本発明の亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムで硬化体を作製し、家兎大腿骨髄内に埋入し、生体適合性を損なわない亜鉛の含有量を確認したものである。本発明者らの実験によれば、亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムの亜鉛含有量が0.08重量%以上では生体適合性が損なわれる結果が得られることを確認した。
【0048】
亜鉛含有高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末が硬化すると、硬化時に亜鉛が放出され、さらに加水分解反応でOH基や水分子が加わるため、硬化後の亜鉛含有量は5〜25%減少する。具体的には、例えば、亜鉛含有量0.08重量%の亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムが水環境下で硬化すると亜鉛含有量0.06重量%の硬化体が生成する。
【0049】
このようにして得られる硬化体の亜鉛含有量は全体として0.004〜0.05重量%であり、好ましくは0.006〜0.028重量%である。リン酸カルシウムセメントにあっては、硬化前駆体に高温型リン酸三カルシウム以外の硬化前駆体、具体的にはリン酸4カルシウム、リン酸水素カルシウム、非晶質リン酸カルシウム等を使用しても、最終的な硬化生成物は全て低結晶性アパタイトである。上記硬化体の亜鉛含有量の値は硬化後の低結晶性アパタイト中の亜鉛含有量に相当する。本発明者らは亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムの硬化試験から、上記硬化体中の亜鉛含有量を求めたが、これは、硬化前駆体を亜鉛含有高温型リン酸三カルシウムに制限するものではなく、最終硬化生成物の亜鉛含有量が0.004〜0.05重量%の範囲にするものであれば、使用する亜鉛含有の硬化前駆体は高温型リン酸三カルシウム相以外の相、具体的には、リン酸水素カルシウム相、リン酸4カルシウム相、非晶質リン酸カルシウム相であっても良いし、硬化液中に亜鉛が含有されていても良い。
【0050】
リン酸カルシウムセメント硬化後の亜鉛含有量を0.004〜0.05重量%としたのは以下の理由による。硬化体の亜鉛濃度は硬化前の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムの亜鉛濃度より5〜25%程度減少するので、硬化体亜鉛含有量の下限値は、亜鉛含有高温型リン酸三カルシウム亜鉛含有量下限値の95〜75%の値を採用することができる。そこで95%の値を採用した。95%値は正確には0.0038重量%であるが、この程度の差は問題にならない。上限は、粉末の骨髄腔組織内における生体適合性が良好である値を求めて、規定したものである。具体的には本発明の亜鉛含有高温型リン酸三カルシウム硬化体前駆体を利用して、硬化体を作製し、家兎大腿骨髄内に埋入し、生体適合性を損なわない亜鉛の含有量を確認したものである。ここで、生体適合性とは長期間にわたって生体に悪影響も強い刺激も与えず、本来の機能を果たしながら生体と共存できる材料の属性をいう。生体適合性は硬化体を生体に適用した後に、生体の細胞、器官、組織等を観察し異常がないことを調べることにより確認することができる。本発明者らの実験によれば、硬化体の亜鉛濃度が0.06重量%以上では生体適合性が損なわれる結果が得られることを確認した。
【0051】
前記硬化体の亜鉛含有量上限値0.05重量%は、体外で硬化体を作製し体内に埋入した実験で求められたものであるが、実際の臨床使用では、硬化前の練和物を体内に埋入し、硬化反応は体内で行なわれる。このとき、硬化前の亜鉛含有高温型リン酸三カルシウム粒子から放出される亜鉛の放出速度は、硬化体から放出される亜鉛の放出速度より大きい。亜鉛の放出速度と亜鉛含有量は正の相関がある。したがって、硬化体埋入試験で骨形成促進と生体適合性が最適となる亜鉛含有量が発見された場合には、臨床使用を想定した好ましい亜鉛含有量範囲は硬化体埋入試験で発見された最適値を越えないように設定するほうが好ましい。
【0052】
前述の方法で得られる皮膚欠損治療用の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子粉末の亜鉛含有量は全体として、0.005重量%〜0.8重量%、好ましくは、0.1重量%〜0.6重量%の範囲である。この微粒子粉末は単一亜鉛含有量の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子からなっていても良いし、当該範囲の亜鉛含有量の異なる2種以上の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の混合物でも良い。
【0053】
皮膚欠損治療剤用の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムの亜鉛含有量を0.005重量%〜0.8重量%と限定したのは、以下の理由による。ヒト成人の乾燥表皮の亜鉛含有量と乾燥真皮の亜鉛含有量は平均で0.0012重量%と0.007重量%である。亜鉛による治療効果、亜鉛の補給効果を達成する観点から、本発明の懸濁液に用いる高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子中の亜鉛含有量は、表皮組織の亜鉛濃度よりも高い亜鉛濃度とする必要があり、さらに真皮組織の亜鉛濃度より極端に低いものであってはならない。
【0054】
表皮平均亜鉛含有量と真皮平均亜鉛含有量の中間値は0.0041重量%である。この結果に基づいて亜鉛濃度の下限は、0.005重量%とした。この程度の差によって治療効果に差が生じるとは考えにくいので、0.005重量%として差し支えない。
【0055】
一方、高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の亜鉛濃度の上限は、合成工程の効率性によって決めた。具体的には、亜鉛含有量を変化させた低温型リン酸三カルシウム10gを1300℃以上の種々の温度で熱処理して、高温型リン酸三カルシウムが得られる条件から確認したものである。本発明者らの実験によれば、亜鉛含有量が高くなればなるほど、高温型リン酸三カルシウム合成に必要な温度が上昇する。さらに、粉体量が多いと粉体全体を室温まで急冷することができず、室温に冷却する際に、加熱粉体バッチ内部は低温型リン酸三カルシウムに戻ってしまう。このため、亜鉛含有量が0.8重量%より多い高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の場合は、10gを得るのにも1600℃以上の高温が必要であり、一般に工業的に使用されている電気炉では限界があるからである。この結果に基づいて、上限を0.8重量%としたものである。
【0056】
前述の方法で得られる皮膚欠損治療用の低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子粉末の亜鉛含有量は全体として、0.005重量%〜7.0重量%、好ましくは、0.63重量%〜6.5重量%の範囲である。この微粒子粉末は単一亜鉛含有量の低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子からなっていても良いし、当該範囲の亜鉛含有量の異なる2種以上の低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の混合物でも良い。
【0057】
皮膚欠損治療剤用の低温型亜鉛含有リン酸三カルシウムの亜鉛含有量を0.005重量%〜7.0重量%と限定したのは、以下の理由による。亜鉛含有量の下限は、ヒト成人の乾燥表皮の平均亜鉛含有量と乾燥真皮の平均亜鉛含有量の中間値から決めた。一方、皮膚欠損治療剤用の低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム粉体の亜鉛濃度の上限は、懸濁液の生体適合性が損われない上限の値を求めて、規定したものである。具体的には本発明の低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム粉体を用いて、損傷皮膚組織の生体適合性を損なわない亜鉛の含有量を動物実験により確認したものである。本発明者らの実験によれば、6.2重量%までは生体適合性が損なわれない結果が得られることを確認した。この結果に基づいて、上限を7.0重量%としたものである。この程度の差によっては生体適合性を損なうことはないと考えられるので、その上限を7.0重量%であるとして差し支えない。この範囲にあるものを、用いていれば安全性が確保される。
【0058】
本発明の硬化前駆体、セメント及び皮膚欠損治療剤の亜鉛含量は、硬化前駆体、セメントの場合は、110℃で乾燥後、重量を正確に測定し、その後塩酸に溶解させて、ICP発光分光分析(高周波誘導結合型プラズマ発光分光分析)装置で測定することにより正確に定量することができ、皮膚欠損治療剤の場合は、亜鉛含有リン酸三カルシウムが溶媒中に分散しているので、まず、分散粒子を濾過、沈降濾過などで分離することにより、同様に定量することができる。
【0059】
リン酸カルシウムセメントの硬化前駆体の硬化用液剤は単なる水のほか、生理食塩水及び中性リン酸緩衝液等が例示できる。これらの液剤にはさらに、操作性を向上する目的で硬化促進剤、増粘剤、pH調整剤を添加することもできる。硬化促進剤にはリン酸等の無機酸、酢酸、乳酸、コハク酸、クエン酸、リンゴ酸、マロン酸、グルタル酸、グリコール酸、酒石酸、テトラヒドロキシフランテトラカルボン酸等の有機酸、アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等の不飽和有機酸の単独重合体もしくは共重合体、尿素等が例示でき、これらのうち1種または2種以上を混合して使用できる。この際の濃度は特に限定されないが、好ましくは0〜55重量%、より好ましくは0.5〜15重量%である。増粘剤としてはグルコース、フルクトース等単糖類、サッカロース、マルトース、ラクトース等少糖類、カルボキシメチルキチン、カルボキシメチルセルロース、デンプン、グリコーゲン、ペクチン、キチン、キトサン等多糖類、デキストラン、デキストラン硫酸塩、アラビアゴム等生物由来多糖類及びその誘導体、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸などムコ多糖及びその塩、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等多価アルコール、ソルビトール、マンニトール、キシリトール等糖アルコール、ゼラチン、ポリビニルアルコール、無水マレイン酸等水溶性あるいは親水性の高分子材料等が例示でき、これらのうち1種または2種以上を混合して使用できる。この際の濃度は特に限定されないが、好ましくは0〜10重量%、より好ましくは0.05〜8重量%である。pH調整剤としては水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア水、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、酢酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸アンモニウム、クエン酸カリウム等が例示でき、これらのうち1種または2種以上を混合して使用できる。この際の濃度は特に限定されないが、好ましくは0〜50重量%、より好ましくは15〜30重量%である。このような液剤と練和して前駆体が硬化するかどうかは、JIS T6602に規定される歯科用リン酸亜鉛セメントの硬化時間測定試験方法によって確認することができる。硬化後の生成物が低結晶性アパタイトであるかどうかは、粉末X線回折法によって調べることができる。
【0060】
亜鉛を含まない高温型リン酸三カルシウムは既に、リン酸カルシウムセメントの硬化前駆体として使用できることは広く知られている(H.Monma,T. Kanazawa, Yogyo Kyokai Shi, 84, 209(1976)、特開2001-95913他多数)。一方、亜鉛イオンは低結晶性水酸アパタイトの成長を阻害し、硬化を遅延させる効果があることが知られている。亜鉛含有量0.004〜0.075重量%である高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末がリン酸カルシウムセメントの硬化前駆体に利用できるかどうかは、JIS T6602に従って直接試験することもできるが、0.075重量%より亜鉛含有量の高い高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末がJIS T6602の硬化試験で硬化し、全て低結晶性アパタイトに変化すれば、亜鉛含有量0.004〜0.075重量%の高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末も硬化前駆体に利用できるということができる。
【0061】
具体的には、亜鉛含有量0.18重量%、粒径20μm以下の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム粉末は、12%コハク酸ナトリウム溶液と粉液比2で練和し、JIS T6602で硬化時間を測定すると1−3時間で硬化し、硬化後1週間で全て低結晶性アパタイトに変化する。したがって、亜鉛含有量0.004〜0.075重量%の高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末はリン酸カルシウムセメントの硬化前駆体として利用できる。
【0062】
リン酸カルシウムセメントは、硬化前駆体の種類すなわち、高温型リン酸三カルシウム、リン酸水素カルシウム(特に2水和物)、リン酸四カルシウム、非晶質リン酸カルシウム等によらず、硬化後は低結晶性アパタイトになる。したがって、硬化後の亜鉛含有量が骨形成促進作用を有する特定亜鉛含有量であれば、使用する硬化前駆体の種類によらず、リン酸カルシウムセメントに骨形成促進作用を持たせることができる。
【0063】
上述のようにして得られた高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムまたは低温型亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる微粒子を、液体媒体中に分散懸濁させることにより、本発明の懸濁液または粒子溶媒混合系を得ることができ、これを皮膚欠損治療用剤として使用することができる。液体媒体中に分散させることにより、液体媒体中に含まれる亜鉛含有リン酸三カルシウムを、人や動物に投与できるようにすることができる。このように液体に分散懸濁または混合することが、本発明では重要な点である。その結果、本発明の懸濁液または粒子溶媒混合系は、経口投与剤、非経口投与剤、添付剤、軟膏、坐剤等として用いて生体に直接投与することが可能となり、又、用いた結果、高い生体適合性を得ることができるようになる。
【0064】
液体媒体中に、亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる微粒子を分散懸濁させるために添加する前記微粒子の添加量は、必要とされる亜鉛量から、用いるリン酸三カルシウムの全体量を算出し、算出結果を投与量とすることとなる。
【0065】
懸濁液中の粒子の割合、または粒子と液体溶媒の混合比は、投与等の治療行為を可能にさせる亜鉛含有リン酸三カルシウム懸濁液または粒子溶媒混合系の粘性の観点から規定される。すなわち、懸濁液または粒子溶媒混合系の全体の粘度は、室温で、2秒間以上、好ましくは10秒以上にわたり、3000Pa・s以下、好ましくは300Pa・s以下に保つことができるようにする。これ以下の場合には格別問題はない。懸濁液の粘性は限りなく水に近い場合であっても特に問題無く使用可能であるため、粘性の下限の値は、20℃の水の粘性値に相当する1.00mPa・sである。
【0066】
粘度の上限を3000Pa・sとしたことは以下の事柄を考慮したことによる。すなわち粘度3000Pa・sは分子量4万のポリアミドMXD6-Gの260℃における溶融粘度に相当し、仮に、これ以上粘度が高い状態の液体とは、事実上流動性を失い、加圧しても注射器やカテーテルを通過することができなくなる状態、または軟膏のように手で変形することができなくなる状態である。このことから明らかなように、懸濁液または粒子溶媒混合系の粘度が3000Pa・sを超えるような場合には、注射器やカテーテルを使用して体内に投与したり、添付剤、軟膏として使用することのできない状態を意味する。
【0067】
懸濁状態の継続時間は粒子の沈降速度で決定される。沈降速度の測定には、懸濁液に半導体レーザー光を照射して、光路が目視できるまでの時間を測定し、測定された時間をもって、沈降速度を定めることが行われる。照射する半導体レーザーには1mW未満半導体レーザー(JISクラスII650nm)を利用し、懸濁液に入射したレーザー光が粒子によって全て散乱して、懸濁液中に光路を確認できない最小粒子濃度をまず求める。次ぎに、この最小粒子濃度の懸濁液を静置すると、時間が経過して、一部懸濁粒子が沈降してくることにより、入射レーザー光が懸濁液中を通過できるようになり、懸濁液中に残っている懸濁分散して存在する微粒子にレーザーが当たり、チンダル現象による直線光路が出現してくる。
【0068】
1mW未満半導体レーザー(JISクラスII650nm)を懸濁液に照射し、懸濁液中を通過する入射光の光路が目視で確認できるまでの時間を測定し、これと粒子沈降距離から粒子の沈降速度を算出できる。
【0069】
このようにして得られる、亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子が分散懸濁状態にある、本発明の懸濁液または粒子溶媒混合系では、亜鉛含有リン酸三カルシウムは、少なくとも、2秒間以上、好ましくは10秒以上の時間にわたり、懸濁状態が保たれることが必要である。人や動物等に投与する場合には、分散懸濁状態で投与することが必要であり、投与する際に、特定の時間、懸濁状態が保たれることにより、亜鉛含有リン酸三カルシウムを前記のように人や動物に投与することが可能となる。
【0070】
例えば、亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子の分散懸濁液組成物は、注射器などの容器に注入したり、充填することにより利用される。これらの容器又は注射器では最大でも8cm程度の深さ又は高さを有するものである。亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子は、粒子沈降速度が4cm/s以下、好ましくは0.8 cm/s以下となるように、調節される。その結果、前記容器内では2秒以上、好ましくは10秒以上の時間にわたって、分散懸濁状態が保持される。この程度の時間が確保されると、人や動物に投与するために必要な時間が保持される。
【0071】
この条件を満たす上では、前記のように、懸濁液の流動性を確保する観点から、懸濁液または粒子溶媒混合系の粘度が3000Pa・s以下、好ましくは300Pa・s以下となるような液体が選択される。具体的に用いられる液体としては、生理食塩水、食塩濃度2.5重量%以下の食塩水、リンゲル液,精製水,注射用水,蒸留水,生理的塩類溶液、プロピレングリコール,エタノール,などの水溶性溶媒、又トリグリセロイド、サフラワー油、大豆油、ごま油、菜種油、落花生油等の非水溶性溶媒、各種のポリエチレングリコール(マクロゴール)等を挙げることができる。プロピレングリコールやエタノールなどは生理食塩水、リンゲル液、精製水、注射用水、蒸留水などを適度に含有させた状態で用いることができる。
【0072】
懸濁液または粒子溶媒混合系には、粘度を調節して治療や投与に十分な時間、粒子の懸濁状態を安定化させる懸濁安定剤を添加することができる。このような、懸濁安定剤としてアルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アラビアゴム、トラガント、メチルセルロースナトリウム、単シロップ、グリセリン、ソルビットを挙げることができる。
【0073】
このようにして、経口又は非経口投与によっても投与できる、生体適合性が高く且つ持続性の長い、皮膚欠損治療用の亜鉛含有リン酸三カルシウムの懸濁液または粒子溶媒混合系を得ることができる。
【0074】
本発明の皮膚欠損治療用亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子懸濁液または粒子溶媒混合系の効果は、以下のようにして確認する。すなわち本発明の亜鉛含有リン酸三カルシウムを投与したことによる皮膚欠損治療結果と、徐放性でない硫酸亜鉛を投与したことによる皮膚欠損治療結果の対比を行う。このようにして徐放性亜鉛の効果を確認することができる。
【0075】
また、亜鉛含有リン酸三カルシウムを投与した後、用いた細胞や組織の観察を行って生体適合性があることを確認する。
【0076】
亜鉛含有リン酸三カルシウムを投与したものと、硫酸亜鉛を投与した結果の比較を行うには、以下のように行う。7週齢Wistar系雄性ラットを1週間低亜鉛低ビタミンD食にて飼育する。皮膚欠損の作成には流動パラフィンを充填した円柱型ガラス製平底バイアルを用い、これを流動パラフィンで満たしたビーカー内に入れホットスターラーで加熱する。加熱の間にラットの背部被毛を電気バリカンで刈り、更に脱毛クリームで脱毛する。その後、バイアルの底が100℃となったときにビーカーから取り出しエーテル麻酔下でラットの正中線右側に10秒間おしつけ、熱傷による皮膚欠損を作成する。皮膚欠損作成直後に、欠損部の上下2ヶ所に高温型リン酸三カルシウム、低温型リン酸三カルシウム、硫酸亜鉛を皮下注射する。総投与量が亜鉛量にして2mgとなるように、高温型リン酸三カルシウムと低温型リン酸三カルシウムは単回投与し、硫酸亜鉛は易水溶性であるため1日1回で14回に分けて投与する。皮膚欠損作成部位は滅菌ガーゼに消毒用アルコールを塗布して保護し、伸縮包帯を巻き固定する。これらのラットの尾動脈から経日的に採血し、その血漿成分を分離し、血漿中亜鉛濃度、アルカリ性フォスファターゼ活性を測定し、傷口の治癒経過を目視で観察し、皮膚欠損部位に形成された痂皮が脱落するまでに要した日数を効果の指標とする。
【0077】
このようにして、亜鉛含有リン酸三カルシウム懸濁液を皮膚欠損近傍に投与することで、亜鉛含有リン酸三カルシウムから亜鉛が徐放され、皮膚欠損治療剤として機能することを検討する。
【0078】
本発明のリン酸カルシウムセメント前駆体は、前述の硬化用液剤と混合し練和物とし、生体内に埋入して使用する。例えば、前記練和物を骨形成を行わせようとする骨の骨髄に埋入すると、亜鉛を放出しつつその部分で骨形成を促進する。またリン酸カルシウムセメント前駆体は、本発明のリン酸カルシウムセメントの材料として利用することができる。
【0079】
また、本発明のリン酸カルシウムセメントも同様に生体内に埋入して使用する。このように、本発明のリン酸カルシウムセメント前駆体およびリン酸カルシウムセメントは、骨修復用充填剤として用いることができる。
【0080】
さらに、本発明の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる微粒子を含有する懸濁液もしくは粒子溶媒混合系または低温型亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる微粒子を含有する懸濁液もしくは粒子溶媒混合系を用いた皮膚欠損治療剤は、前述のように経口投与剤、非経口投与剤、添付剤、軟膏、坐剤等として生体に投与することにより使用する。
【0081】
この際の投与量は、経口投与剤の場合、成人体重60kgで、亜鉛として1日当り40mgを超えない量とする。非経口投与の場合は、投与された亜鉛含有リン酸三カルシウムからの亜鉛溶出量が1日当り40mgを超えない量とする。亜鉛含有リン酸三カルシウムからの亜鉛溶出量は、pH5.0からpH7.4の擬似体液中での溶解速度を測定することにより、in vitro で求めることができる。pH5.0は、患部の炎症状態が激しい場合を模擬し、pH7.4は患部が正常に近い場合を模擬する。
【実施例】
【0082】
以下実施例により更に詳細に本発明の内容を説明する。しかしながら、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0083】
〔実施例1〕
Ca(OH)2、 H3PO4、及びZn(NO3)2を混合し、得られた混合物の(Ca+Zn)/Pの原子比が1.50になるような割合で、超純水に加えて撹拌混合させて、沈殿を生成させた。
【0084】
これを濾別、乾燥、粉砕し、1400℃5時間加熱して、亜鉛含有高温型型リン酸三カルシウムを得た。亜鉛含有量はZn(NO3)2の混合量で調整し、0、0.11、0.126、0.18、0.56重量%の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムを得た。これを粉砕し、ステンレス製ふるいを使用して、粒子径38μm以上106μm以下、38μm以下、及び20μm以下の3種類に分級した。
【0085】
〔実施例2〕
Ca(OH)2 3.24 mol、 H3PO4 2.40 mol 、及びZn(NO3)3・6H2O 0.360molを、超純水0に加えて、撹拌し、沈殿を生成させた。
これを濾別、乾燥させて、得られた生成物を、850℃で加熱し、粉砕することにより、12.07重量%の亜鉛を含有する低温型リン酸カルシウム粉末を得た。
この亜鉛含有リン酸カルシウム粉末は、X線回折の結果、低温型亜鉛含有リン酸三カルシウムとCaZn2(PO4)からなる混合物であることを確認した。
【0086】
この亜鉛含有リン酸カルシウム粉末に、純粋なリン酸三カルシウム粉末を混合し、850℃で5時間、次に1000℃で5時間にわたって処理することにより反応させて、亜鉛含有量0.0316重量%から6.17重量%までの粉末を得た。この亜鉛含有リン酸カルシウム粉末は、亜鉛含有低温型リン酸三カルシウムであることを確認した。このようにして得られた粉体を、粉砕しステンレス製ふるいを使用して粒径38μm以下に分級した。
【0087】
〔実施例3〕
リン酸水素カルシウム2水和物を粉砕して、ステンレス製ふるいで分級し粒径20μm以下の粒度にした。このリン酸水素カルシウム2水和物粉末、及び実施例1で得られた粒径20μm以下、亜鉛含有量0及び0.18重量%の高温型リン酸三カルシウム粉末の粒度分布をレーザー光散乱型粒度分布解析装置で測定した。その結果を図1に示す。亜鉛含有量0及び0.18重量%の高温型リン酸三カルシウム粉末に粒度分布の大きな差異がないことを確認した。これらの粉末を使用し、硬化用の液剤に12%コハク酸ナトリウム溶液を使用し、JIS T6602に準じて硬化時間を測定した。すなわち、粉末と液剤を混合練和してスライドガラス上の内径10mm、高さ5mmのプラスティック製型に充填した。練和開始後3分後に、充填された型をスライドガラスごと50ml遠沈管にいれ、37℃ウオーターバスにいれた。1分ごとにスライドガラスと型を取り出し、質量300g、針の面積1mmのビガー針を静かに落とした。この作業を繰り返して、練和物に針跡を残さなくなった時を、練和開始時間から起算して硬化時間とした。得られた結果を表1に示す。
【0088】
【表1】

【0089】
前記表1は、粒度分布のほぼ等しい高温型リン酸三カルシウム粉末と、亜鉛0.18重量%含有高温型リン酸三カルシウム粉末の硬化特性を比較すると、亜鉛含有による硬化時間遅延効果が認められるものの、両者はほぼ等しい硬化時間で硬化し、両者ともリン酸カルシウムセメントの硬化前駆体に使用できることを示している。このことは、亜鉛含有量が0.18重量%より少ない亜鉛含有量0.004〜0.05重量%である高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末も同様に、リン酸カルシウムセメントの硬化前駆体として使用できることを示している。
【0090】
〔実施例4〕
実施例1で得られた粒径20μm以下で、亜鉛含有量0.11重量%及び0重量%の高温型リン酸三カルシウム粉末を混合し、亜鉛含有量0、0.04、0.08、0.11重量%の4種類の高温型リン酸三カルシウム粉末を得た。12重量%コハク酸ナトリウム溶液を硬化液に使用してこれら4種類の粉体を練和し、直径3.5mm、長さ5mmのプラスティック製型内に充填して、37℃1日間硬化させた。その後、硬化体を型から取り出して、37℃生理食塩水中で15日間養生して動物実験用の試験片とした。硬化体の亜鉛含有量は、0、0.03、0.06、0.105重量%に減少していた。ここまでの操作においては、練和棒、容器、養生液、練和液は全てオートクレーブ滅菌し、粉体、カバーガラス、スライドガラス、ピンセット等は乾熱滅菌し、プラスティック型は紫外線滅菌し、操作はクリーンベンチ内で無菌的に行なった。養生後の試験片は乾燥後再度ガス滅菌を行ない、動物実験の試料とした。実験動物には体重3Kg、雄のニュージーランド白色家兎を使用した。吸引麻酔、剃毛、消毒、腰側よりの侵襲、直径3.6mmドリルでの大腿骨穿孔を行った。硬化体の長軸が大腿骨の長軸と平行になるように硬化体を骨髄腔に埋入し、縫合した。埋入作業は硬化体が目的の位置にあるかどうかをレントゲンで確認しながら行なった。埋入期間4週間後にと殺して大腿骨を摘出し、ヘマトキシリン−エオジン染色にて脱灰組織標本を作製した。脱灰組織は生物顕微鏡で検討した。各硬化体の周囲に形成された骨組織を図2から図5に示す。その結果、全ての亜鉛含有量において、硬化体周囲で新生骨形成が認められた。特に0.03重量%亜鉛を含む硬化体周辺部では、活発な骨形成の様子が観察された。亜鉛含有量が0.06重量%、0.105重量%の硬化体でも活発な新生骨形成が見られたものの、髄腔中には炎症性細胞の浸潤が認められ、亜鉛量が過剰であることが解った。
【0091】
前記の硬化体埋入試験の結果は、亜鉛含有量0.105重量%と亜鉛含有量0.06重量%の硬化体で生体適合性を損ない、亜鉛含有量0.03重量%で骨形成促進と生体適合性が最適となることを示している。したがって、硬化体の亜鉛含有量の範囲は0.06重量%を越えない範囲でありであり、好ましくは0.03重量%を越えない範囲である。またこれに対応する高温型リン酸三カルシウム微粒子粉末の亜鉛含有量の範囲は0.08重量%を超えない範囲であり、好ましくは0.04重量%を超えない範囲である。
【0092】
〔実施例5〕
実施例4で作製した硬化体の粉末X線回折パターンを粉末X線回折装置を用いて測定した。その結果を図6に示す。全ての硬化体は低結晶性アパタイトよりなることが確認された。したがって、硬化後の亜鉛含有量が0.004〜0.05重量%のリン酸カルシウムセメントは、硬化前駆体の種類によらず、特定の亜鉛量で骨形成促進機能を有する骨修復用充填剤として使用できる。
【0093】
〔実施例6〕
実施例1で得られた粒径38μm以上106μm以下の高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム粉末を固液比2 mg/mlの割合となるように、擬似体液、生理食塩水、蒸留水、菜種油、アルコール中に懸濁させて、粒子沈降速度を測定した。
【0094】
この範囲の固液比からなる懸濁液に、1mW未満半導体レーザー(JISクラスII650nm)を光路長10mmで照射すると、全粒子が懸濁している間は、入射レーザー光が全て散乱して、懸濁液中に光路を確認することはできない状態が観察された。時間が経過して、一部懸濁粒子が沈降してくると、1mW未満半導体レーザー(JISクラスII650nm)を懸濁液に照射すると、入射レーザー光が懸濁液中を通過できるようになり、懸濁液中にチンダル現象による直線光路が出現してきて、懸濁液中を通過する入射光の光路が目視で確認できるまでの時間を測定し、これと粒子沈降距離から粒子の沈降速度を算出した。
【0095】
その結果を表2に示した。
懸濁液の粘度は、懸濁液の粘度は蒸留水で1.0〜1.2mPa・s、菜種油で200〜1000mPa・sであり、いずれも300 Pa・s以下であった。
【0096】
【表2】

【0097】
前記表2は、亜鉛含有αリン酸三カルシウム微粒子を蒸留水及び菜種油に分散懸濁させて得られる懸濁液の態様を示している。いずれも、沈降速度0.8cm/s以下の結果を得ており、経口投与或いは非経口投与できる皮膚欠損修復用懸濁液または粒子溶媒混合系とすることができることを示している。
【0098】
〔実施例7〕
実施例2で得られた粒径35μm以下の低温型亜鉛含有リン酸カルシウム粉末を、固液比2 mg/mlの割合となるように、擬似体液、生理食塩水、蒸留水、菜種油、アルコール中に懸濁させて、粒子沈降速度を測定した。
【0099】
懸濁時間は1mW未満半導体レーザー(JISクラスII650nm)を懸濁液に照射し、懸濁液中を通過する入射光の光路が目視で確認できるまでの時間とした。その結果を表3に示す
懸濁液の粘度は、水溶液、アルコールで1.0〜1.2mPa・s、菜種油で200〜1000 mPa・sであり、いずれも300 Pa・s以下であった。
【0100】
【表3】

【0101】
前記表3は、低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム微粒子を蒸留水及び菜種油に分散懸濁させて得られる懸濁液の態様を示している。いずれも、沈降速度0.8cm/s以下の結果を得ており、経口投与或いは非経口投与できる皮膚欠損修復用懸濁液または粒子溶媒混合系とすることができることを示している。
【0102】
〔実施例8〕
実施例1及び実施例2で得られた、粒径38μm以下の亜鉛含有リン酸三カルシウム及び硫酸亜鉛を使用した。以下これらの亜鉛化合物を単に試料と呼ぶ。低温型リン酸三カルシウムの亜鉛含有量は6.17重量%、高温型リン酸三カルシウムの亜鉛含有量は0.56重量%である。7週齢Wistar系雄性ラットを1週間低亜鉛低ビタミンD食にて飼育した。流動パラフィンを充填した円柱型ガラス製平底バイアルを用い、これを流動パラフィンで満たしたビーカー内に入れホットスターラーで加熱した。加熱の間にラットの背部被毛を電気バリカンで刈り、更に脱毛クリームで脱毛した。その後、バイアルの底が100℃となったときにビーカーから取り出しエーテル麻酔下でラットの正中線右側に10秒間おしつけ、面積10cm2の熱傷による皮膚欠損を作成した。これらのラットを以下の4群に分けた。
【0103】
D1:硫酸亜鉛投与群。1回あたり亜鉛0.2mg投与。1日1回、14回投与。
D2:高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム投与群。1回あたり亜鉛2mg投与。
D3:低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム投与群。1回あたり亜鉛2mg投与。
C:コントロール群。亜鉛投与なし。
【0104】
試料の投与は熱傷作成直後に開始し、D1〜D3群では熱傷の上下2ヶ所に分けて皮下注射した。低温型及び高温型亜鉛含有リン酸カルシウム粉体は生理的食塩水に加え、さらにアルギン酸ナトリウムを10%添加して懸濁液となして投与した。低温型及び高温型亜鉛含有リン酸カルシウム粉体は徐放効果を期待して、熱傷作成直後の単回投与とした。硫酸亜鉛は水に極めて溶けやすく、亜鉛の徐放効果は期待できないため、1日1回、14日間投与した。
【0105】
熱傷作成後は滅菌ガーゼに消毒用アルコールを塗布し、これで熱傷部位を覆い更に、伸縮包帯を巻き固定した。これらのラットの尾動脈から経日的に採血し、その血漿成分を分離し、血漿中亜鉛濃度、アルカリ性フォスファターゼ活性を測定した。各測定日のアルカリ性フォスファターゼ活性値の総和(AUC)を求めた。測定熱傷部位に形成された痂皮が脱落するまでに要した日数を効果の指標とした。
【0106】
その結果、硫酸亜鉛投与群において、血漿中亜鉛濃度(図7)、アルカリ性フォスファターゼ活性値の総和(AUI)がともに高値を示した(図8)。これは14日目まで毎日投与したため、亜鉛が全身へ速やかに移行したために血漿中亜鉛濃度が上昇し、それに相関してアルカリ性フォスファターゼ活性も高値を示したと考えられる。このことは全身作用が現れる可能性を示唆しており、それに伴い副作用の出現が考えられる。高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム投与群、低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム投与群において、血漿中亜鉛濃度やアルカリ性フォスファターゼ活性に有意差は見られなかった。高温型亜鉛含有リン酸三カルシウム投与群、低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム投与群の痂皮脱落までの日数は、硫酸亜鉛投与群やコントロール群に比較して有意に短かった(表4)。
【0107】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛含有量0.005重量%〜0.8重量%である高温型亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる微粒子を含有する液体であることを特徴とする懸濁液または粒子溶媒混合系を用いた皮膚欠損治療剤。
【請求項2】
亜鉛含有量0.005重量〜7.0重量%である低温型亜鉛含有リン酸三カルシウム[βCa(PO]からなる微粒子を含有する液体であることを特徴とする懸濁液または粒子溶媒混合系を用いた皮膚欠損治療剤。
【請求項3】
液体が、生理食塩水、食塩濃度2.5重量%以下の食塩水、リンゲル液、精製水、注射用水、蒸留水、生理的塩類溶液、プロピレングリコール、エタノール、これらの水を含有するプロピレングリコール、又はこれらの水を含有するエタノールからなる群から選択される水溶性溶媒であることを特徴とする請求項1又は2記載の皮膚欠損治療用懸濁液または粒子溶媒混合系。
【請求項4】
液体が、トリグリセロイド、サフラワー油、大豆油、ごま油、菜種油、落花生油から選ばれた非水溶性溶媒又はポリエチレングリコール(マクロゴール)からなる群から選択されることを特徴とする請求項1又は2記載の皮膚欠損治療用懸濁液または粒子溶媒混合系。
【請求項5】
液体が、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アラビアゴム、トラガント、メチルセルロースナトリウム、単シロップ、グリセリン、ソルビットからなる群から選択される懸濁安定剤を含有していることを特徴とする、請求項1から4記載のいずれかである皮膚欠損治療用懸濁液または粒子溶媒混合系。

【図1A】
image rotate

【図1B】
image rotate

【図1C】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2009−209157(P2009−209157A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−147991(P2009−147991)
【出願日】平成21年6月22日(2009.6.22)
【分割の表示】特願2002−346482(P2002−346482)の分割
【原出願日】平成14年11月28日(2002.11.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】