説明

交流ティグ溶接方法及び装置

【課題】総ての溶接電流範囲において、アークの起動を安定かつ速やかに行うことができる交流ティグ溶接方法及び装置を提供すること。
【解決手段】溶接時の交流周波数を商用周波数より高く設定すると共にアーク起動時の交流周波数を溶接時の交流周波数よりも低く設定する交流ティグ溶接方法において、アーク起動から溶接までの期間を、EP期間比率が溶接時よりも高い第1の期間T1と、この第1の期間に続く交流周波数が第1の期間T1と同じで、EP期間比率が溶接時と同じである第2の期間T2と、で構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接時の交流周波数を商用周波数より高く設定すると共にアーク起動時の交流周波数を溶接時の交流周波数よりも低く設定する交流ティグ溶接方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
交流ティグ溶接では、EN期間(棒マイナス期間)におけるEN電流の平均値とEP期間(棒プラス期間)におけるEP電流の平均値との比率を変えることにより、溶込み深さを制御する(特許文献1)。また、EP電流とEN期間を一定にしておき、EN電流で溶込み深さを制御する場合もある(特許文献2)。
【0003】
また、アークの起動を容易にするため、アーク起動時の交流周波数を溶接時の交流周波数よりも低く設定する(特許文献3)。
【特許文献1】特開昭54−121255号公報
【特許文献2】特開昭63−13677号公報
【特許文献3】特開平3−5078号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記特許文献3の技術を用いた場合であっても、溶接電流が小電流(例えば、20A以下)である場合、アークの起動に時間を要する場合があった。
【0005】
したがって、本発明が解決すべき課題は、総ての溶接電流範囲において、アークの起動を安定かつ速やかに行うことができる交流ティグ溶接方法及び装置を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、第1の手段は、溶接時の交流周波数を商用周波数より高く設定すると共にアーク起動時の交流周波数を溶接時の交流周波数よりも低く設定する交流ティグ溶接方法において、アーク起動から溶接までの期間を、EP期間比率が溶接時よりも高い第1の期間T1と、この第1の期間に続く交流周波数が前記第1の期間T1と同じで、EP期間比率が溶接時と同じである第2の期間T2と、で構成することを特徴とする。
【0007】
また、第2の手段は、溶接時の交流周波数を商用周波数より高く設定すると共にアーク起動時の交流周波数を溶接時の交流周波数よりも低く設定する交流ティグ溶接装置において、溶接時の交流周波数よりも低く設定されるアーク起動時の交流周波数の継続期間t1を計測する第1の計測手段と、EP期間比率が溶接時よりも高い第1の期間T1を計測する第2の計測手段と、前記第2の計測手段によってアーク起動から溶接までの期間を前記第1の期間T1として計測し、前記第1の期間T1が経過した後、前記第1の計測手段が前記継続期間t1の計測を完了するまでの間、交流周波数を前記第1の期間T1と同一、EP期間比率を溶接時と同一に設定する制御手段とを備えていることを特徴とする。
【0008】
なお、後述の実施形態では、第1の計測手段はタイマ20に、第2の計測手段はタイマ22に、制御手段は周波数発生部18、Ep期間比率制御部21及びインバータ制御部13に対応する。
【発明の効果】
【0009】
溶接電流が小電流の場合であっても、アークの起動を速やかに行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1は、本発明に係る交流ティグ溶接装置の構成図である。
【0011】
一点鎖線で囲んで示す主回路部1は、商用周波数の交流を直流に整流する入力側整流器2、入力側整流器2から出力された直流を20kHz程度の高周波交流に変換する入力側インバータ3、入力側インバータ3から出力された交流電流を溶接用の交流電流に変換する高周波トランス4、高周波交流を再び直流に変換する出力側整流器5、出力側整流器5で整流された直流出力を平滑にするための直流リアクタ6、直流を再び交流に変換するための出力側インバータ7、電流検出器8及び高周波の高電圧を出力するカップリングコイル9とから構成されている。電流検出器8によって検出された溶接電流は、絶対値回路10により絶対値として誤差増幅回路12に入力される。
【0012】
誤差増幅回路12は、出力指令制御部15から出力される電流指令値と絶対値回路10から出力される電流値との差に対応する信号をスイッチング制御部11に出力し、入力側インバータ3のオン幅を変えて高周波トランス4に供給する電流を制御する。
【0013】
一点鎖線で囲んで示す全体制御部14は、出力指令制御部15、溶接動作制御部16、出力側インバータ制御周波数発生部18、出力側インバータのEP期間比率制御部21及びタイマ20,22とから構成されている。ここで、
EP期間比率=EP期間/(EN+EP)期間
である。
【0014】
出力指令制御部15は、溶接動作制御部16からの指令に基づいて電流指令設定部17a、17bで設定されたいずれかの電流指令値を誤差増幅回路12に出力する。なお、電流指令設定部17aは溶接電流Iwを、電流指令設定部17bは後述するホット電流Ihを設定するためのものである。
【0015】
制御周波数発生部18は、タイマ20の動作に基づいて出力側インバータ交流周波数の設定部19a、19bで設定されたいずれかの交流周波数を出力側インバータ制御部13に出力する。なお、設定部19aはスタート周波数fsを、設定部19bは溶接周波数fwを、それぞれ設定するためのものである。
【0016】
EP期間比率制御部21は、タイマ22の動作に基づいてEP期間比率設定部23a、23bで設定されたいずれかのEP期間比率を出力側インバータ制御部13に出力する。なお、EP期間比率設定部23aはアーク起動時のEP期間比率psを、EP期間比率設定部23bは溶接時のEP期間比率pwを、それぞれ設定するためのものである。
【0017】
ところで、EP期間比率に応じてクリーニング幅は変化する。そこで、実際の溶接機ではEP期間比率に代えて溶接作業の指標となるクリーニング幅を用いることが多いが、ここでは理解を容易にするため、EP期間比率をそのまま用いることにする。
【0018】
タイマ20は、アーク起動時における交流周波数fsを維持する期間t1を定めるためのものであり、タイマ22はアーク起動時におけるEP期間比率psを予め定める値に維持する期間T1を定めるためのものである。
【0019】
溶接動作制御部16は、起動スイッチ24からの信号により動作を行う。
【0020】
主回路部1の図示を省略する出力端子には、溶接用トーチ30に保持された電極31と母材32が接続される。
【0021】
次に、この実施形態の動作を説明する。
【0022】
図2は、溶接電流の変化の様子を示す図であり、溶接電流Iwが60A以上の場合である。
【0023】
予め、アーク起動時の交流周波数であるスタート周波数fsと、溶接時の交流周波数である溶接周波数fw、アーク起動時のEP期間比率psと、溶接時のEP期間比率pwとを定めておく。
【0024】
例えば、電極31として直径が1.6mmのタングステン電極を使用する場合、スタート周波数fsを70Hz、溶接周波数fwを400Hz、アーク起動時のEP期間比率psを50%、溶接時のEP期間比率pwを30%とする。
【0025】
起動信号がオンされると(時刻0)、電極31の周囲には溶接用シールドガスが供給されると共に、カップリングコイル9により電極31と母材32の間に高周波の高電圧が印加される。
【0026】
電極31と母材32間の絶縁が破壊されて電極31と母材32との間にアークが発生すると(時刻A)、制御周波数発生部18は交流周波数としてスタート周波数fsを、また、EP期間比率制御部21はEP期間比率psを、それぞれ出力側インバータ制御部13に出力する。この結果、EP期間比率ps、スタート周波数fsのスタート電流Is(=Iw)が電極31と母材32との間に供給される。
【0027】
そして、タイマ22がタイムアップすると、すなわち、EP期間比率psの維持期間T1が経過すると(時刻B)、EP期間比率制御部21はEP期間比率としてEP期間比率pwを出力側インバータ制御部13に出力する。この結果、EP期間比率pw、スタート周波数fsの溶接電流Isが電極31と母材32との間に供給される。
【0028】
次に、タイマ20がタイムアップすると、すなわち、スタート周波数fsの維持期間t1が経過すると(時刻C)、制御周波数発生部18は交流周波数として溶接周波数fwを出力側インバータ制御部13に出力する。この結果、EP期間比率pw、溶接周波数fwの溶接電流Iwが電極31と母材32との間に供給される。以下、従来と同様にして溶接が行われる。
【0029】
ここで、時刻Bから時刻Cまでの期間をT2として以上をまとめると、アーク起動から溶接までの期間t1は、EP期間比率が溶接時よりも高い期間T1と、交流周波数が第1の期間T1と同じでEP期間比率が溶接時と同じである第2の期間T2と、で構成されることになる。
【0030】
なお、上記において、タイマ20、22がタイムアップした時点がEP期間またはEN期間の途中である場合には、当該期間が終了してから次の期間を開始する。
【0031】
ここで、期間t1としては数10ms〜数100msに、また、期間T1としては10ms程度とするのが実用的である。
【0032】
次に、溶接電流Iwが60A未満(例えば、20A)の場合の制御について説明する。
【0033】
図3は、溶接電流の変化の様子を示す図であり、溶接電流Iwが60A未満の場合である。
【0034】
予め、アーク起動時の交流周波数であるスタート周波数fsと、溶接時の交流周波数である溶接周波数fw、アーク起動時のEP期間比率psと、溶接時のEP期間比率pwとを定めておく。例えば、電極31として直径が1.6mmのタングステン電極を使用する場合、スタート周波数fsを70Hz、溶接周波数fwを400Hz、アーク起動時のEP期間比率psを50%、溶接時のEP期間比率pwを30%とする。
【0035】
起動信号がオンされると(時刻0)、電極31の周囲には溶接用シールドガスが供給されると共に、カップリングコイル9により電極31と母材32の間に高周波の高電圧が印加される。
【0036】
電極31と母材32間の絶縁が破壊されて電極31と母材32との間にアークが発生すると(時刻A)、制御周波数発生部18は交流周波数としてスタート周波数fsを、また、EP期間比率制御部21はEP比率としてEP期間比率psを、それぞれ出力側インバータ制御部13に出力する。さらに、出力指令制御部15は電流指令設定部17bに設定されたホット電流Ih(ここでは60A)を誤差増幅回路12に指令する。この結果、EP期間比率ps、スタート周波数fsのホット電流Ihが電極31と母材32との間に供給される。また、ホット電流Ihを供給する期間t3を定める図示を省略するタイマがオンされる。
【0037】
そして、図示を省略するタイマがタイムアップすると(時刻D)、EP期間比率ps、スタート周波数fsのスタート電流Is(=Iw)が電極31と母材32との間に供給される。
【0038】
そして、タイマ22がタイムアップすると、すなわち、EP期間比率psの維持期間T1が経過すると(時刻B)、EP期間比率制御部21はEP期間比率pwを出力側インバータ制御部13に出力する。この結果、EP期間比率pw、スタート周波数fsの溶接電流Isが電極31と母材32との間に供給される。
【0039】
次に、タイマ20がタイムアップすると、すなわち、スタート周波数fsの維持期間t1が経過すると(時刻C)、制御周波数発生部18は交流周波数として溶接周波数fwを出力側インバータ制御部13に出力する。この結果、EP期間比率pw、溶接周波数fwの溶接電流Iwが電極31と母材32との間に供給される。以下、従来と同様にして溶接が行われる。
【0040】
なお、期間t3を期間T1に等しい長さとしてもよい。
【0041】
ところで、交流溶接を行う際、アーク起動時に直流スタート、すなわち極性をENあるいはEPに固定した状態でアークを起動し、直流の溶接電流が検出された後、所定の期間が経過してから交流の溶接電流に切り替える場合がある。
【0042】
図4は、交流溶接を行うのに先立ち、直流でアークスタートを行う場合の溶接電流の変化の様子を示す図であり、溶接電流Iwが60A未満の場合である。
【0043】
このような場合には、同図に示すように、直流期間をホット電流Ihが供給される期間とし、直流期間が終了した時点(時刻D)以降は図2の場合と同じ(すなわち、時刻Dを図2における時刻Aとする)制御を行えばよい。
【0044】
また、ホット電流Ihの大きさとしては、上記図3の場合と同様に、溶接電流Iwが60A未満の場合には、60Aとするのが実用的である。
【0045】
なお、図4ではENでスタートした場合を示したが、EPでスタートする場合も同様の制御を行えばよい。
【0046】
また、上記においては溶接電流Iwが60A未満の場合のホット電流Ihを60Aとしたが、被溶接物の板厚が薄い場合(この場合は、電極も1.6mmよりも細径のものが使用される。)には、ホット電流Ihを例えば40A程度にしてもよい。さらに、被溶接物の材質等に応じて変えてもよい。
【0047】
さらに、第2の期間T2を0にしてもよい。
【0048】
以上説明したように、本発明によれば、アーク起動時にEP期間比率を高くし、電極の温度を速やかに上昇させて熱電子を放出しやすい状態にするので、アークの起動を安定かつ速やかに行うことができる。
【0049】
なお、図1における全体制御部14はマイクロプロセッサによる制御に置き換えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係る交流ティグ溶接装置の構成図である。
【図2】本発明における溶接電流の時間的変化を示すタイミングチャートである。
【図3】本発明における溶接電流の時間的変化を示すタイミングチャートである。
【図4】本発明における溶接電流の時間的変化を示すタイミングチャートである。
【符号の説明】
【0051】
T1 EP期間比率が溶接時よりも高い期間
T2 交流周波数が期間T1と同じで、EP期間比率が溶接時と同じである期間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接時の交流周波数を商用周波数より高く設定すると共にアーク起動時の交流周波数を溶接時の交流周波数よりも低く設定する交流ティグ溶接方法において、
アーク起動から溶接までの期間に、
EP期間比率が溶接時よりも高い第1の期間T1と、
この第1の期間に続く交流周波数が前記第1の期間T1と同じで、EP期間比率が溶接時と同じである第2の期間T2と、
が設定されていることを特徴とする交流ティグ溶接方法。
【請求項2】
予めスタート電流の最小値を定めておき、溶接時の電流が前記最小値よりも小さい場合は、前記第1の期間T1の開始から予め定める期間t3(ただし、t3≦T1)におけるスタート電流値を前記最小値とすることを特徴とする請求項1に記載の交流ティグ溶接方法。
【請求項3】
アーク起動時の極性が予め指定されている場合、アーク起動から予め定める期間t3の極性を前記指定された極性とし、その後、前記第1の期間T1を開始することを特徴とする請求項1に記載の交流ティグ溶接方法。
【請求項4】
溶接時の電流が前記最小値よりも小さい場合は、前記期間t3におけるスタート電流値を前記最小値とすることを特徴とする請求項3に記載の交流ティグ溶接方法。
【請求項5】
前記第2の期間T2が0であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の交流ティグ溶接方法。
【請求項6】
溶接時の交流周波数を商用周波数より高く設定すると共にアーク起動時の交流周波数を溶接時の交流周波数よりも低く設定する交流ティグ溶接装置において、
溶接時の交流周波数よりも低く設定されるアーク起動時の交流周波数の継続期間t1を計測する第1の計測手段と、
EP期間比率が溶接時よりも高い第1の期間T1を計測する第2の計測手段と、
前記第2の計測手段によってアーク起動から溶接までの期間を前記第1の期間T1として計測し、前記第1の期間T1が経過した後、前記第1の計測手段が前記継続期間t1の計測を完了するまでの間、交流周波数を前記第1の期間T1と同一、EP期間比率を溶接時と同一に設定する制御手段と、
を備えていることを特徴とする交流ティグ溶接装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2007−275970(P2007−275970A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−108505(P2006−108505)
【出願日】平成18年4月11日(2006.4.11)
【出願人】(305048635)日立ビアエンジニアリング株式会社 (5)
【Fターム(参考)】