説明

人工多能性幹細胞の選別方法

本発明は、人工多能性幹細胞において発現するmiRNAまたは遺伝子、あるいは、人工多能性幹細胞の特定の遺伝子領域のメチル化を確認することにより、胚性幹細胞と同等の機能を有する人工多能性幹細胞の選別方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工多能性幹細胞の選別方法に関する。より詳細には、本発明は、人工多能性幹細胞において発現するmiRNAまたは遺伝子、あるいは、人工多能性幹細胞の特定の遺伝子領域のメチル化を確認することにより、胚性幹細胞と同等の機能を有する人工多能性幹細胞の選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マウスおよびヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)が相次いで樹立された。Yamanakaらは、マウス由来の線維芽細胞に、Oct3/4, Sox2, Klf4およびc-Myc遺伝子を導入し強制発現させることによって、iPS細胞を誘導した(特許文献1, 非特許文献1)。その後、c-Myc遺伝子を除いた上記3因子によってもiPS細胞を作製できることが明らかとなった(非特許文献2)。さらに、Yamanakaらは、ヒトの皮膚由来線維芽細胞にマウスと同様の4遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した(特許文献1、非特許文献3)。一方、Thomsonらのグループは、Klf4とc-Mycの代わりにNanogとLin28を使用してヒトiPS細胞を作製した(特許文献2、非特許文献4)。このようにして得られるiPS細胞は、治療対象となる患者由来の細胞を用いて作製された後、各組織の細胞へと分化させることができるため、再生医療の領域において、拒絶反応のない移植材料としての利用が期待されている。
【0003】
しかし、樹立したiPS細胞は、外見や未分化特異的遺伝子の発現状況は、ES細胞とほぼ同様であるが、生殖系列への関与が、ES細胞と同様ではない場合もある(非特許文献5)。
【0004】
また、iPS細胞は一度に多くのクローンを取得することが出来るが、その全てが常に同一の機能を有するとは限らない。
【0005】
従って、樹立した多くのiPS細胞の中から、ES細胞と同様に分化能が限りなく高いiPS細胞を選択する方法が求められている。しかし、iPS細胞由来のキメラマウスを交配させることにより得られた第2世代の個体においてiPS細胞由来の組織の存在を確認する方法では、多くの時間を要する。また、ヒトiPS細胞ではこのような確認を行うことは倫理的に大きな問題を有することから、樹立したiPS細胞が、生殖系列伝達(germline transmission)が可能なほどの分化能を有しているか否かを検出することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO 2007/069666 A1
【特許文献2】WO 2008/118820 A2
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Takahashi, K. and Yamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006)
【非特許文献2】Nakagawa, M. et al., Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008)
【非特許文献3】Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007)
【非特許文献4】Yu, J. et al., Science, 318: 1917-1920 (2007)
【非特許文献5】Okita K. et al., Nature, 448: 313-317 (2007)
【発明の概要】
【0008】
本発明の目的は、分化能が限りなく高い、かつ、生殖系列伝達(germline transmission)が可能な人工多能性幹細胞(iPS細胞)を簡便に選別するための指標を提供することである。
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、様々な背景を有するiPS細胞を用いて、マイクロRNA(以下、miRNA)の発現を確認したところ、インプリンティング領域であるDlk1-Dio3領域で発現するmiRNAにより、生殖系列伝達が可能なiPS細胞と不可能なiPS細胞における違いが区別できることを見出した。また、上記のmiRNAと同じ領域に配置される遺伝子の発現のうち母親由来の染色体から発現する遺伝子の発現量にも同様の相関があることを見出し、生殖系列伝達の起きるiPS細胞の選別のための指標として用いることができることを確認した。さらに、Dlk1-Dio3領域の遺伝子の発現を制御する領域のDNAメチル化を確認することでも同様にiPS細胞の選別ができることを見出した。
【0010】
以上の結果から、本発明者らは、インプリンティング領域のmiRNAまたは遺伝子、あるいは、インプリンティング領域におけるDNAのメチル化を検出することによって、ES細胞と同様に分化能が限りなく高く生殖系列伝達が可能なiPS細胞を選択することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程:
(1)対象としての人工多能性幹細胞においてインプリンティング領域に位置する少なくとも1つの遺伝子またはmiRNAの発現のレベルを測定する工程、および、
(2)基準(対照)幹細胞と比べて該miRNAまたは該遺伝子を発現のレベルが同等もしくはそれ以上である人工多能性幹細胞を選択する工程
を含む方法。
[2]前記インプリンティング領域が、Dlk1-Dio3領域である、[1]に記載の方法。
[3]前記miRNAが、表1または表3に示されたpri-miRNA、および、表2または表4に示された成熟miRNAからなる群から選択される、[1]に記載の方法。
[4]前記遺伝子が、表5に示された遺伝子からなる群から選択される、[1]に記載の方法。
[5]前記遺伝子が、MEG3およびMEG8からなる群から選択される、[4]に記載の方法。
[6]前記基準(対照)幹細胞が、胚性幹細胞である、[1]に記載の方法。
[7]人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程:
(1)対象としての人工多能性幹細胞においてインプリンティング領域のDNAメチル化状態を測定する工程、および、
(2)1つのもしくは一方の染色体の該インプリンティング領域がDNAメチル化状態であるが、相同な染色体の同じ領域がDNAメチル化状態でない、人工多能性幹細胞を選択する工程
を含む方法。
[8]インプリンティング領域が、IG-DMRおよび/またはGtl2/MEG3-DMRである、[7]に記載の方法。
[9]父親由来の染色体の前記インプリンティング領域がDNAメチル化状態である人工多能性幹細胞を選択する工程を含む、[7]に記載の方法。
[10]人工多能性幹細胞が生殖系列伝達(germline transmission)可能なものである、[1]または[9]に記載の方法。
[11]人工多能性幹細胞を選別するためのキットであって、表1または表3に示されたpri-miRNA、表2または表4に記載されたmiRNA、および表5に示された遺伝子を検出するための少なくとも1つのプライマーまたはプローブを含む、キット。
[12]マイクロアレイを含む、[11]に記載のキット。
[13]人工多能性幹細胞を選別するためのキットであって、メチル化感受性制限酵素、あるいは、bisulfite試薬、およびIG-DMRおよび/またはGtl2/MEG3-DMRを増幅させるための核酸を含む、キット。
[14][1]〜[10]のいずれかに記載の方法で選別された、生殖系列伝達可能な人工多能性幹細胞。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】この図は、ES細胞、iPS細胞および体細胞で発現するmiRNAのマイクロアレイデータを階層型クラスタリングした結果を示す。ここで、色調範囲(color range)の値は、検出したシグナルの強さのlog2の値であり、赤は発現シグナルが強いことを示し、青は発現シグナルが弱いことを示す。グループIは、ES細胞およびiPS細胞に特異的に発現している一群であり、グループIIは、iPS細胞間で発現にばらつき(非特異性)が見られた一群を示す。
【図2A】この図は、ES細胞、iPS細胞および体細胞でのグループIのmiRNAに対する詳細なマイクロアレイの結果を示す。下段に各細胞のクローン名を、右段にmiRNAのID名を示す。ここで、色調変化の値は、検出したシグナルの強さのlog2の値であり、赤は発現シグナルが強いことを示し、青は発現シグナルが弱いことを示す。
【図2B】この図は、ES細胞、iPS細胞および体細胞でのグループIIのmiRNAに対する詳細なマイクロアレイの結果を示す。下段に各細胞のクローン名を、右段にmiRNAのID名を示す。ここで、色調変化の値は、検出したシグナルの強さのlog2の値であり、赤は発現シグナルが強いことを示し、青は発現シグナルが弱いことを示す。
【図3】この図は、ヒトならびにマウスのDlk1-Dio3領域のmiRNAと遺伝子の位置を示す模式図である。
【図4】この図は、ES細胞、iPS細胞および体細胞でのDlk1-Dio3領域に位置する遺伝子の発現を調べたマイクロアレイ解析の結果を示す。下段に各細胞のクローン名を、右段に遺伝子名を示す。結果は、Quantile normalization法で正規化し、そのシグナル強度を示した。ここで、赤は発現シグナルが強いことを示し、青は発現シグナルが弱いことを示す。
【図5】この図は、ES細胞(RF8)およびiPS細胞(178B5、335D3)のIG-DMRにおける17ヶ所のCG配列のメチル化状態をBisulfite法により測定したした結果を示す。黒丸は、CG配列がメチル化されたことを示し、白丸はCG配列がメチル化されていなかったことを示す。この図に、RF8は61クローン、178B5は54クローン、および335D3は53クローンの測定結果を示す。
【図6】この図は、マイクロアレイ分析によって、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞、およびヒト体細胞のDLK1-DIO3領域に位置するmiRNAの発現を調べた結果を示す。各細胞のクローンの名称を図の下段に示し、またmiRNAの名称を図の右段に示す。結果は、Quantile normalization法によって正規化され、シグナル強度によって表わされている。図中、赤色は、強い発現シグナルを示し、青色は、弱い発現シグナルを示す。
【図7】この図は、マイクロアレイ分析によって、ヒトES細胞およびヒトiPS細胞のDLK1-DIO3領域に位置するmiRNAの発現を調べた結果を示す。クローンの名称を図の下段に示し、またmiRNAの名称を図の右段に示す。クローン名の後の数字は、継代数を意味する。結果は、Quantile normalization法によって正規化され、シグナル強度によって表わされている。図中、赤色は、強い発現シグナルを示し、青色は、弱い発現シグナルを示す。
【図8】この図は、定量PCR法での測定による、各細胞系でのMEG3 (灰色バー)およびMEG8(黒色バー)の発現量の結果を示す。クローンの名称を図の下段に示す。標準としてKhES1の発現量を使用し、それぞれの発現量は、GAPDH発現量で正規化された。
【図9】この図は、IG-DMR CG4、MEG3-DMR CG7、および関連遺伝子の位置を示す概略図である。
【図10】この図は、Bisulfite法による、3つのES細胞クローン(KhES1, KhES3およびH1)と3つのiPS細胞クローン(DP31-4F1, 201B7および201B6)のメチル化状態の測定結果を示す。IG-DMR CG4領域内のSNP(A/G)のために、8つのCG位置(「A」を示す)と9つのCG位置 (「G」を示す)が存在する。黒丸は、CG配列がメチル化されたことを示し、白丸は、CG配列がメチル化されていないことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、分化能が限りなく高い、かつ、生殖系列伝達(germline transmission)が可能な人工多能性幹細胞(iPS細胞)を選別するための方法ならびに選別のためのキットを提供する。
【0014】
iPS細胞の製造方法
人工多能性幹 (iPS) 細胞は、ある特定の核初期化物質を、DNAまたはタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する、体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126: 663-676; K. Takahashi et al. (2007) Cell, 131: 861-872; J. Yu et al. (2007) Science, 318: 1917-1920; M. Nakagawa et al. (2008) Nat. Biotechnol., 26: 101-106; 国際公開WO 2007/069666)。核初期化物質は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子またはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子もしくはその遺伝子産物であればよく、特に限定されないが、例えばOct3/4, Klf4, Klf1, Klf2, Klf5, Sox2, Sox1, Sox3, Sox15, Sox17, Sox18, c-Myc, L-Myc, N-Myc, TERT, SV40 Large T antigen, HPV16 E6, HPV16 E7, Bmil, Lin28, Lin28b, Nanog, EsrrbまたはEsrrgが例示される。これらの初期化物質は、iPS細胞樹立の際には、組み合わされて使用されてもよい。例えば、上記初期化物質を、少なくとも1つ、2つもしくは3つ含む組み合わせであり、好ましくは4つを含む組み合わせである。
【0015】
上記の各核初期化物質のマウスまたはヒトcDNAのヌクレオチド配列ならびに該cDNAにコードされるタンパク質のアミノ酸配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI 登録番号(accession numbers)を参照すること、またL-Myc、Lin28、Lin28b、EsrrbおよびEsrrgのマウスおよびヒトのcDNA配列およびアミノ酸配列情報については、それぞれ下記NCBI 登録番号を参照することにより取得できる。当業者は、当該cDNA配列またはアミノ酸配列情報に基づいて、常法により所望の核初期化物質を調製することができる。
遺伝子名 マウス ヒト
L-Myc NM_008506 NM_001033081
Lin28 NM_145833 NM_024674
Lin28b NM_001031772 NM_001004317
Esrrb NM_011934 NM_004452
Esrrg NM_011935 NM_001438
【0016】
これらの核初期化物質は、タンパク質もしくは成熟したmRNAの形態で、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチドとの結合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよいし、あるいは、DNAの形態で、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 85, 348-62, 2009)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばネオマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、核初期化物質をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する核初期化物質をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。さらに、上記ベクターには、染色体への取り込みされなくとも複製されて、エピソーマルに存在するようにEBNA-1およびoriP、または、Large TおよびSV40ori配列を含むこともできる。
【0017】
核初期化に際して、iPS細胞の誘導効率を高めるために、上記の因子の他に、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例えば、HDAC1 siRNA Smartpool(登録商標) (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば5’-アザシチジン)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例えば、G9a siRNA(human) (Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発現阻害剤など]、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644) (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、LIFまたはbFGFなどのサイトカイン、ALK5阻害剤(例えば、SB431542)(Nat Methods, 6: 805-8 (2009))、有糸分裂活性化プロテインキナーゼシグナル伝達(mitogen-activated protein kinase signalling)阻害剤、グリコーゲンシンターゼキナーゼ(glycogen synthase kinase)-3阻害剤(PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))、miR-291-3p、miR-294、miR-295などのmiRNA (R.L. Judson et al., Nat. Biotech., 27:459-461 (2009))、等を使用することができる。
【0018】
iPS細胞誘導のための培養培地としては、例えば(1) 10〜15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12またはDME培地(これらの培地にはさらに、LIF、ペニシリン(penicillin)/ストレプトマイシン(streptomycin)、ピューロマイシン(puromycin)、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)、(2) bFGFまたはSCFを含有するES細胞培養用培地、例えばマウスES細胞培養用培地(例えばTX-WES培地、トロンボX社)または霊長類ES細胞培養用培地(例えば霊長類(ヒト&サル)ES細胞用培地、リプロセル、京都、日本)、などが含まれる。
【0019】
培養法の例としては、たとえば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEMまたはDMEM/F12培地上で体細胞と核初期化物質 (DNAまたはタンパク質) を接触させ約4〜7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞 (たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等) 上にまきなおし、体細胞と核初期化物質の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培地で培養し、該接触から約30〜約45日またはそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。また、iPS細胞の誘導効率を高めるために、5-10%と低い酸素濃度の条件下で培養してもよい。
【0020】
あるいは、その代替培養法として、フィーダー細胞 (たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等) 上で10%FBS含有DMEM培地(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25〜約30日またはそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。
【0021】
上記培養の間には、好ましくは、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培地と培地交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103〜約5×106細胞の範囲である。
【0022】
マーカー遺伝子として薬剤耐性遺伝子を含む遺伝子を用いた場合は、対応する薬剤を含む培地(選択培地)で培養を行うことによりマーカー遺伝子発現細胞を選択することができる。またマーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、マーカー遺伝子発現細胞を検出することができる。
【0023】
本明細書中で使用する「体細胞」は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞 (組織前駆細胞) 等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞 (体性幹細胞も含む) であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0024】
本発明において、体細胞を採取する由来となる哺乳動物個体は特に制限されないが、好ましくはヒトである。
【0025】
iPS細胞の選別方法
上記のように樹立したiPS細胞は、少なくとも1つのインプリンティング領域のmiRNA、または少なくとも1つの同領域に位置する遺伝子のうち母親由来の染色体から発現するべき遺伝子、の発現、あるいは、インプリンティング領域に位置する遺伝子の発現の制御に関与する領域のDNAメチル化を検出することで、分化能が限りなく高い、かつ、生殖系列伝達(germline transmission)が可能なiPS細胞を選択するができる。本発明において、「インプリンティング領域」なる用語とは、母親もしくは父親由来の染色体のどちらか一方のみから選択的に発現する遺伝子をコードする領域を意味する。好ましいインプリンティング領域としては、Dlk1-Dio3領域が例示される。
【0026】
本明細書で使用する「miRNA」という用語は、「pri-miRNA」、「pre-miRNA」および「成熟miRNA)を指し、mRNAからタンパク質への翻訳の阻害、または、mRNA分解による、遺伝子発現の調節に関与する。「pri-miRNA」は、DNAから転写された一本鎖RNAであり、miRNAとその相補鎖を含むヘアピンループ構造を有している。「pre-miRNA」は、Droshaと呼ばれる核内酵素による部分切断によってpri-mRNAから生じる。「成熟miRNA」は、一本鎖RNA(20-25塩基)であり、核外でDicerによる切断によってpre-miRNAから生じる。従って、本発明におけて検出されるmiRNAは、pri-miRNA、pre-miRNAまたは成熟miRNAのいずれの形態にも限定されない。
【0027】
本発明において好ましいmiRNAは、マウスの場合12番染色体、ヒトの場合は14番染色体から転写されるmiRNAである。より好ましくは、Dlk1-Dio3領域に位置するmiRNAである。さらに好ましくは、マウスの場合、例えば、表1に記載のpri-miRNAおよび表2に記載の成熟miRNAであり、ヒトの場合、例えば、表3に記載のpri-miRNAおよび表4に記載の成熟miRNAである。ここで検出されるmiRNAは、当業者は動物種によって適切なmiRNAを適宜選択できることは言うまでもない。
【0028】
前記miRNAの検出する方法は、特に限定されないが、例えば、ノーザンブロッティング、in situハイブリダイゼーションなどのハイブリダイゼーション、RNaseプロテクションアッセイ、PCR法,リアルタイムPCR法、およびマイクロアレイ法などが挙げられる。
【0029】
好ましい検出法は、例えば表1および表3、または、表2および表4(下記参照)に列挙されるもののようなpri-miRNAおよび/または成熟miRNAであるか、それらを包含するmiRNA、あるいは、表5(下記参照)に列挙されるもののような遺伝子のいずれか一方と、前記miRNAまたは前記遺伝子とハイブリダイズすることが可能である、プローブとしての核酸とのハイブリダイゼーションの使用;あるいは、前記miRNAをコードするDNAの配列または前記遺伝子の配列を増幅することができるプライマーを使用するPCR法の使用を含む。本発明によれば、前記miRNAまたは遺伝子は、人工多能性領域のインプリンティング領域、好ましくはDlk1-Dio3領域に位置しており、また好ましい遺伝子は、MEG3またはMEG8である。
【0030】
プローブまたはプライマー核酸の例には、表1、2、3および4に列挙されるRNA、または該RNAをコードするcDNA、の全体の配列または部分配列、表5に列挙された遺伝子、またはそのcDNA、の全体配列または部分配列、あるいは前記全体配列または部分配列に相補的な配列が挙げられる。前記プローブのサイズは、一般に、少なくとも15塩基、好ましくは少なくとも20塩基、例えば20〜30塩基、30〜70塩基、70〜100塩基、などである。前記プライマーのサイズは、一般に、17〜30またはそれ以上、好ましくは20〜25である。前記プローブまたはプライマーの合成は、例えば、市販の自動核酸合成機を用いて化学的に行うことができる。
【0031】
プローブはまた、LNA(locked nucleic acid)(これはまた、架橋核酸(BNA)とも称される。)またはPNA(peptide nucleic acid)などの人工核酸であってもよく、miRNAの塩基配列に相補的な配列を有するRNAの代替として使用される。
【0032】
LNAは、RNAのリボースの2'位と4'位とがメチレン基を介して共有結合された架橋構造を有する(A.A. Koshkin et al., Tetrahedron, 54:3607 (1998); S. Obika et al., Tetrahedron Lett., 39:5401 (1998))。PNAは、リボースをもたないで、バックボーンにアミド結合やエチレンイミン結合を含む構造をもち、例えばP.E. Nielsen et al., Science 254:1497 (1991)、P.E.Nielsen ed., Peptide Nucleic Acids: Protocols and Applications, 2nd ed. Horizon Bioscience (UK) (2004)に記載されている。検出されるべきmiRNAおよび、該miRNAとハイブリダイズ可能なLNA、PNAなどの人工核酸プローブは、例えばマイクロアレイなどの担体上に結合することによって一度に多数のmiRNAを検出したり、同時に定量したりすることができる。人工核酸のサイズは10 mer〜25 mer程度の範囲でよい。
【0033】
必要であれば、上記のプローブは標識されていてもよい。標識として、蛍光標識(例えば、シアン、フルオレサミン、ローダミン、それらの誘導体、例えばCy3, Cy5, FITC, TRITCなど)を用いることができる。
【0034】
検出するmiRNAの数は、任意の数でよく、少なくとも1個以上、少なくとも5個以上、少なくとも10個以上、少なくとも20個以上、少なくとも30個以上、少なくとも40個以上あるいは少なくとも50個以上である。より好ましくは、そのようなmiRNAの数は36個である。
【0035】
【表1】




【0036】
【表2】


【0037】
【表3】



【0038】
【表4】


【0039】
本発明において、インプリンティング領域に位置する遺伝子は、好ましくはDlk1-Dio3領域に位置する遺伝子であり、Dlk1、Gtl2/Meg3、Rtl1、Rtl1as、Meg8/Rian、Meg9/MirgおよびDio3が例示される。より好ましくは、母親由来の染色体からのみ発現するインプリンティング遺伝子であり、表5に記載の遺伝子である。
【0040】
前記遺伝子の発現を検出する方法は、特に限定されないが、例えば、ノーザンブロッティング、サザンブロッティング、ノーザンハイブリダイゼーション、サザンハイブリダイゼーション、in situハイブリダイゼーションなどのハイブリダイゼーション、RNaseプロテクションアッセイ、PCR法、定量PCR、リアルタイムPCR法、およびマイクロアレイ法などが挙げられる。
【0041】
検出は、(i)生物学的試料からmRNAを含む全RNAを抽出し、(ii)ポリTカラムを用いてmRNAを取得し(iii)、逆転写反応によりcDNAを合成し、(iv)ファージもしくはPCRクローニング法を用いて増幅し、(v)標的DNAに相補的な約20 mer〜70 merまたはそれ以上のサイズからなるプローブとのハイブリダイゼーション、あるいは、約20 mer〜30 merのサイズのプライマーを用いる定量PCR、などによって行うことができる。ハイブリダイゼーションやPCRでの標識としては、蛍光標識を使用することができる。蛍光標識としては、シアン、フルオレサミン、ローダミン、それらの誘導体、例えばCy3, Cy5, FITC, TRITCなどを用いることができる。
【0042】
検出する遺伝子の数は、任意の数でよく、少なくとも1個以上、少なくとも2個以上、少なくとも3個以上である。より好ましくは、4個である。
【0043】
【表5】

【0044】
分化能が限りなく高い生殖系列伝達(germline transmission)が可能なiPS細胞を選別するに際し、生殖系列伝達することが既知である、対照細胞としてのiPS細胞もしくは胚性幹細胞(ES細胞)の上記の方法で検出した値を基準値(陽性基準値)として設定し、この陽性基準値と同等もしくはそれ以上である目的のiPS細胞を生殖系列伝達が可能なiPS細胞として選別してもよい。
【0045】
同様に、生殖系列伝達しないことが既知である、対照細胞としてのiPS細胞もしくは胚性幹細胞(ES細胞)に対して上記の方法で検出した値を基準値(陰性基準値)として設定し、この陰性基準値より高い目的のiPS細胞を、生殖系列伝達が可能なiPS細胞として選別してもよい。
【0046】
他の態様として、生殖系列伝達の可否が既知である一連の細胞を用いてあらかじめ表6を作成し、表6に示す感度および特異性の値が共に0.9以上、好ましくは0.95以上、より好ましくは0.99以上になるように設定した値を基準値とし、上記の方法で検出した値が、この基準値と同等もしくはそれ以上である目的のiPS細胞を、生殖系列伝達が可能なiPS細胞として選別してもよい。特に好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性が共に1を示すということは、偽陽性および偽陰性が全くない一致した基準値であることを意味する。
【0047】
【表6】

【0048】
さらに本発明において、Dlk1-Dio3領域に位置する遺伝子の発現を制御する領域におけるDNAのメチル化を検出することによって、生殖系列伝達(germline transmission)が可能なiPS細胞の選別方法を実施してもよい。この際、検出する領域として、例えばDlk1をコードする領域とGtl2/MEG3をコードする領域との間に位置する、シトシンとグアニンの高含量配列を有する領域であるCpGアイランドと呼ばれる領域であって、母親由来の染色体と父親由来の染色体とでそのDNAのメチル化状態が異なる領域が例示される。好ましくは、遺伝子間で異なってメチル化された領域(intergenic differentially methylated region (IG-DMR))、または、MEG3-DMR (Gtl2-DMR)である。前記IG-DMRならびにMEG3-DMRは、特に限定されないが、Cytogenet Genome Res 113:223-229, (2006)、Nat Genet. 40:237-42, (2008)またはNat Genet. 35:97-102. (2003)に記載の領域が例示される。詳細には、マウスの場合、前記IG-DMRは、NCBIのAJ320506の配列中の80479塩基目から80829塩基目までの範囲の351bp長の領域が例示される。
【0049】
DNAメチル化の検出方法の例としては、制限酵素を用いて目的の認識配列を切断することを含む方法と、亜硫酸水素塩(bisulfite)を用いて非メチル化シトシンを加水分解することを含む方法が挙げられる。
【0050】
前者の方法は、メチル化感受性もしくは非感受性の制限酵素を用いる方法で、認識配列中の塩基がメチル化されていると、制限酵素による切断活性が変化することを利用している。生じたDNA断片を電気泳動後、サザンブロッティング等により目的のフラグメント鎖長を測定することで、メチル化部位を検出する。一方、後者の方法には、Bisulfite処理後、PCRを行い、シーケンシングすることを含む方法、メチル化特異的オリゴヌクレオチド(MSO)マイクロアレイを用いることを含む方法、もしくは、bisulfite処理前後の配列の違いをPCRプライマーに認識させ、PCR産物の有無によって、メチル化DNAの有無を判別するメチル化特異的PCRがある。この他にも、DNAメチル化特異的抗体を用いた染色体免疫沈降法により、DNAメチル化されている領域のDNA配列を抽出し、PCRを行い、シーケンシングする方法により特定の領域のDNAのメチル化領域を検出することが可能である。
【0051】
分化能が限りなく高い、かつ、生殖系列伝達(germline transmission)が可能なiPS細胞を選別する際、一方の染色体中の目的の領域がDNAメチル化状態にあるが、相同な染色体中の同じ領域が同一方法で検出されるようなDNAメチル化状態にない、目的のiPS細胞が、分化能が限りなく高いiPS細胞または生殖系列伝達が可能なiPS細胞として選択可能である。ここで、「一方の染色体中の目的の領域がDNAメチル化状態にあるが、相同な染色体中の同じ領域が同一方法で検出されるようなDNAメチル化状態にない」とは、例えば、目的の領域中で検出されるメチル化CpGが、検出されるすべてのCpGの30%以上および70%以下、好ましくは40%以上および60%以下、より好ましくは45%以上および55%以下、特に好ましくは、50%である状態をいう。より好ましい実施態様としては、父親由来の染色体のみがメチル化されており、同じ細胞内の母親由来の染色体の同領域はメチル化されておらず、結果として、検出されるメチル化CpGが、検出されるすべてのCpGのうち50%を占めるiPS細胞を選択することが望ましい。
【0052】
メチル化されたCpGの割合を検出する方法としては、例えば、非メチル化DNAを認識する制限酵素を用いる場合、メチル化DNAを占める割合は、サザンブロッティング法により定量し、断片化されなかったDNAの量と断片化されたDNAの量を比較することで算出することができる。一方、bisulfite法の場合、任意に選択された染色体がシーケンシングされるため、PCR産物をクローニングしたテンプレートを、複数回、例えば2回以上、好ましくは5回以上、より好ましくは10回以上、繰り返しシーケンシングし、シーケンシングしたクローン数に対するDNAのメチル化が検出されたクローン数を比較することで割合を算出することができる。ここで、パイロシークエンス法を用いた場合では、シトシンまたはチミンの量(シトシンの量はメチル化DNAの量を意味し、チミンの量は非メチル化DNAの量を意味する。)を測定することによって、前記割合を直接測定することもできる。また、DNAメチル化特異的抗体を用いた染色体免疫沈降法の場合は、沈降した目的のDNAの量と沈降前の該DNA量とをPCRで検出し、比較することで、メチル化DNAが占める割合を検出することができる。
【0053】
iPS細胞の選別用キット
本発明に係るiPS細胞選別用キットは、前述の検出方法によるmiRNA測定用試薬、遺伝子測定用試薬またはDNAメチル化測定用試薬を含む。
【0054】
miRNA測定用試薬の例は、上記表1〜4に列挙されたRNAまたは該RNAをコードするcDNAの全体配列または部分配列を含む、プローブまたはプライマー核酸である。プローブのサイズは、一般に、少なくとも15塩基、好ましくは少なくとも20塩基、例えば20〜30塩基、30〜70塩基、70〜100塩基またはそれ以上、などである。
【0055】
miRNA測定用試薬はまた、上記表1〜4のいずれかに示されるmiRNAの塩基配列に相補的な配列を有するRNAの代替として、LNA (locked nucleic acid;これはbridged nucleic acid (BNA)とも呼ばれる)、またはPNA (peptide nucleic acid)などの人工核酸をプローブとして含むことができる。
【0056】
遺伝子測定用試薬は、上記表5に記載されるようなインプリンティング遺伝子の標的DNAまたはmRNAの断片、または該断片に相補的な核酸、である約20 mer〜70 merまたはそれ以上のサイズの核酸プローブ、あるいは前記断片やそれに相補的な核酸に由来する約20 mer〜30 merのサイズのプライマーまたはプライマーセットを含むことができる。
【0057】
キットはまた、上記のプローブを、例えばガラスもしくはポリマーなどの担体と結合することによって調製されたマイクロアレイを含むことができる。
【0058】
DNAメチル化測定用試薬は、bisulfite反応を利用してシトシン塩基のメチル化を検出するためのMSO(methylation-specific oligonucleotide)マイクロアレイ法に使用するための試薬やマイクロアレイを含む(畑田出穂,実験医学、24巻,8号(増刊),pp.212-219 (2006), 羊土社(日本))。bisulfite法では、一本鎖DNAは、bisulfite(亜硫酸ナトリウム)で処理するとシトシンはウラシルに変換されるが、メチル化されたシトシンはウラシルに変換されない。メチル化特異的オリゴヌクレオチド(MSO)マイクロアレイ法では、bisulfite反応を利用してメチル化を検出する。この方法では、bisulfite処理されたDNAをメチル化に関係なく変化のない(CpG配列を含まない)配列をプライマーに選んでPCRを行う。その結果、メチル化されていないシトシンはチミンとして、またメチル化されているシトシンはシトシンとして増幅する。マイクロアレイの担体には、(メチル化されていないシトシンの場合には)メチル化されていないシトシンからチミンに変化させた配列と相補的なオリゴヌクレオチド、あるいは(メチル化されたシトシンの場合には)シトシンが未変化のままの配列と相補的なオリゴヌクレオチド、が固定される。増幅したDNAを蛍光標識してマイクロアレイにハイブリダイゼーションし、ハイブリダイゼーションするかによりメチル化を定量することができる。人工多能性幹細胞を選別するためのIG-DMRおよび/またはGtl2/MEG3-DMRのDNAメチル化状態の測定用キットには、メチル化感受性制限酵素、またはbisulfite試薬、およびIG-DMRおよび/またはGtl2/MEG3-DMRを増幅させるための核酸を含むことができる。
【0059】
メチル化感受性制限酵素の例としては、以下に限定されないが、AatII, AccII, BssHII, ClaI, CpoI, Eco52I, HaeII, MluI, NaeI, NotI, NsbI, PvuI, SacII, SalIなどが挙げられる。
【0060】
本発明のiPS細胞選別用キットは、miRNAの抽出用試薬、遺伝子抽出用試薬または染色体抽出試薬などを含んでもよい。また、本発明の診断用キットは、判別分析手段、例えば、判別分析の手順を記載した書面や説明書、判別分析の手順をコンピューターに実行させるためのプログラム、当該プログラムリスト、当該プログラムを記録した、コンピューターに読み取り可能な記録媒体(例えば、フレキシブルディスク、光ディスク、CD-ROM、CD-R、およびCD-RWなど)、判別分析を実行する装置またはシステム(コンピューターなど)を含んでもよい。
【0061】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0062】
マウスESおよびiPS細胞
表7に示すES細胞(RF8、Nanog ES、Fbx(-/-)ES)の培養および試料iPS細胞の樹立および培養は、従来の方法で行った(Takahashi K and Yamanaka S, Cell 126 (4), 663, 2006、Okita K, et al., Nature 448 (7151), 313, 2007、Nakagawa M, et al., Nat Biotechnol 26 (1), 101, 2008、Aoi, T. et al., Science 321, 699-702, 2008およびOkita K, et al., Science 322, 949, 2008)。また、各細胞由来のキメラマウスの作出および生殖系列伝達(germline transmission)の有無について、定法に従って検討した結果を表7に示す。ここで、「起源(origin)」 とは、由来として使用する体細胞であり、「MEF」はMouse Embryonic Fibroblast、「TTF」は、Tail-Tip Fibroblast、「Hep」は肝細胞、「 胃細胞(Stomach)」 は胃上皮細胞を意味する。また、「導入遺伝子(transgene)」において、「O」はOct3/4、「S」はSox2、「M」はc-Myc、「K」はKlf4をそれぞれ指す。さらに、「無(プラスミド OSMK)」は、プラスミド法によりiPS細胞を作成し染色体に導入遺伝子が組み込まれていないことを意味する。
【0063】
【表7】

【0064】
ヒトES細胞およびiPS細胞
ヒトES細胞(KhES1、KhES3、H1およびH9)が培養された。また、iPS細胞サンプルは、従来法(Suemori H, et al., Biochem Biophys Res Commun, 345, 926-32, 2006, Thomson JA, et al., 282, 1145-7, 1998, US2009/0047263およびWO2010/013359)によって樹立されおよび培養された。これらの細胞は表8に列挙されており、表中、「HDF」は、ヒト胚性線維芽細胞を示す。
【0065】
【表8】

【0066】
マウス細胞でのmicroRNA発現の確認
表7に記載のマウス細胞中で発現するmicroRNAの発現プロファイルをmicroRNA microarray(Agilent社)を用いて行った。
【0067】
miRNAアレイプローブ672個のうち、29サンプル全てで無効であると判断されたプローブ211個を除去し、計461個のプローブに対して階層型クラスタリングを行った。その結果を図1に示す。体細胞では発現していないが、ES細胞およびiPS細胞で発現しているmiRNA群(グループ I)と、iPS細胞間で発現にばらつきがみられるmiRNA群(グループ II)を抽出した。グループ Iを図2Aおよび表9に、グループ IIを図2Bおよび表10に示す。グループ IIのmiRNA群を解析したところ、全て12番染色体のmiRNAクラスターに含まれていることが分かった。
【0068】
グループ IのmiRNA群は、キメラマウスの誕生に寄与するiPS細胞クローンの場合にはES細胞の場合と同等程度に発現していたが、キメラマウスの誕生の寄与に関与しないFbx iPS細胞4クローンの場合においては、ES細胞の場合と比較して低い発現量しか検出されなかった。このことから、グループ IのmiRNA群はキメラマウスの誕生に寄与するiPS細胞のマーカーとして使用できると示唆された。
【0069】
グループ IIのmiRNA群は、胃上皮細胞由来のiPS細胞2クローン(99-1.99-3)を除く、生殖系列伝達(germline transmission )を確認できたクローン(20D17、178B5、492B4および103C1)全てにおいて発現していた。また、MEFから作製したiPSクローンの中で、germline transmission を確認できなかった2クローン(38C2、38D2)においても発現がみられたが、TTFから作製したiPSクローンにおいては、全く発現していないか、あるいは発現していてもES細胞の場合と比較して低い発現量でしかなかった。この結果から、germline transmissionが起きるES細胞に非常に類似したiPS細胞のマーカーとしてグループ IIのmiRNA群の発現を調べることは有用であると示唆された。
【0070】
【表9】

【0071】
【表10】

【0072】
ヒト細胞でのmiRNA発現の確認
表8に示した細胞で発現されるmiRNAの発現のプロファイルを、Human miRNA microarray V3 (Agilent)を用いて行った。
【0073】
体細胞で発現されないがES細胞およびiPS細胞で発現されるグループIIIのヒトmiRNA群、ならびに、Dlk1-Dio3領域のグループIVのヒトmiRNA群の数個のプローブの結果が、図6および図7に示されている。グループIIIの一覧を表11に、またグループIVの一覧を表12にそれぞれ示す。
【0074】
グループIVのヒトmiRNA群の多くが、ES細胞クローン(KhES1およびKhES3)、およびiPS細胞クローン(201B2, 201B7, TIG103-4F4, TIG114-4F1, TIG120-4F1, 1375-4F1, 1687-4F2およびDP31)で発現された。
【0075】
【表11】

【0076】
【表12】


【0077】
Dlk1、Meg3/Gtl2、Meg8/Rian、Meg9/MirgおよびDio3遺伝子のmRNAの発現確認
前記グループ IIのmiRNA群と同じ遺伝子部位によってコードされているDlk1、Meg3/Gtl2、Meg8/Rian、Meg9/MirgおよびDio3の発現を遺伝子発現アレイ(Agilent社)で調べた。その結果を図4に示す。父親由来の染色体においてのみ発現するDlk1遺伝子とDio3遺伝子は、iPS細胞クローン間でほぼ同様に発現されるが、母親由来の染色体においてのみ発現する遺伝子であるMeg3/Gtl2、Meg8/RianおよびMeg9/Mirgの発現はiPS細胞クローン間でばらつきがあり、その分布は前記グループ IIのmiRNA群の発現分布と相関していた。従って、この母親由来の染色体からのみ発現する遺伝子は、生殖系列伝達(germline transmission)が起きるES細胞の機能と同等の機能を有するiPS細胞のマーカーとして有用であると示唆された。
【0078】
MEG3およびMEG8遺伝子のヒトmRNA発現の確認
ES細胞およびiPS細胞でのMEG3 mRNAおよびMEG8 mRNAの発現を、Taqmanプローブによる定量PCR(qPCR)を用いて調べた。内部標準としてのMEG3、MEG8およびGAPDHのプローブアッセイIDはそれぞれ、Hs00292028_m1, Hs00419701_m1およびHs03929097_g1 (Applied biosystems)であった。結果を図8に示す。KhES1、201B2、201B7、TIG103-4F4、TIG114-4F1、TIG120-4F1、1375-4F1、1687-4F2およびDP31-4F1は、これらの遺伝子を高度に発現していた。したがって、これらの遺伝子発現は、図6および図7に示されるヒトDLK1-DIO3領域に局在するmiRNAの発現と相関していた。
【0079】
IG-DMRおよびMEG3-DMRのDNAメチル化の確認
ES細胞(RF8)、MEFにOSKの3つの遺伝子を導入することによって作製した生殖系適合性(germline-competent)マウスiPS細胞(178B5)、およびTTFにOSKの3つの遺伝子を導入することによって作製した生殖系列伝達(germline transmission)が確認できないiPS細胞(335D3)について、IG-DMR(Cytogenet Genome Res 113:223-229, (2006)参照)のメチル化を調べた。詳細には、NCBIのAJ320506の配列中の80479位の塩基から80829位の塩基までの範囲の351bp部分の中のCG配列に対するDNAのメチル化を測定した。DNAのメチル化の確認は、Bisulfite処理試薬としてHuman genetics社のMethylEasy Xceed Rapid DNA Bisulphite Modification Kit(Human genetics)を用いて目的の細胞から抽出したDNAを処理した後、IG-DMRをPCRにより増幅し、クローニングしたPCR産物をキャピラリーシークエンサーにより解析することで行った。複数の実験を行ったなかで、ひとつの結果を図5に示す。ES細胞(RF8)の場合には、測定した61クローンのうち62%がメチル化されており、178B5 iPS細胞の場合には、測定した54クローンのうち50%がメチル化された状態であると推定された。これは、父親由来もしくは母親由来の染色体のいずれか一方のみがメチル化されている状態であると推測されることから、これら2つの細胞系では、正常なインプリンティング(imprinting)が行われていると認められる。一方、生殖系列伝達が起きない335D3 iPS細胞の場合においては、インプリンティング異常(例えば、すべてのCpGのシトシンがメチル化されている場合)であるという結果が得られた。このことより、IG-DMRのメチル化を測定し、その領域のインプリンティングが正常か否かを確認することで、生殖系列伝達が起きるiPS細胞を選別することができることが示唆された。
【0080】
同様に、図9に示されたIG-DMR CG4およびMEG3-DMR CG7中のメチル化シトシンの濃度を、ヒト細胞で調べた。各クローン(KhES1、DP31-4F1、KhES3、201B7、H1および201B6)の結果を図10に示した。図中、図8に示されたqPCRの結果に基づいて、KhES1およびDP31-4F1は高いMEG3発現クローンとして例示され、KhES3および201B7は、中等度のMEG3発現クローンとして例示され、ならびに、H1および201B6は低いMEG3発現クローンとして例示された。IG-DMR CG4およびMEG3-DMR CG7内のDNAメチル化の程度は、MEG3およびMEG8のmRNAの発現と逆相間の関係にあった。例えば、IG-DMR CG4内の65%シトシンは、MEG3およびMEG8のmRNAを高発現しているDP31-4F1のIG-DMR内でメチル化されていた。これに対して、IG-DMR CG4内の93%のシトシンは、MEG3およびMEG8のmRNAをほとんど発現していないIG-DMR of 201B6のIG-DMR内でメチル化さていた。
【0081】
一方、Oct-3/4遺伝子を発現する未分化細胞が、ES細胞またはiPS細胞の各々から分化誘導された神経細胞に含まれているか否かを、SFEBq法を用いて調べた。このSFEBq法は、次の工程を含む方法によって行った。
(i) ES細胞またはiPS細胞を、Y27632含有培地で培養した。
(ii) フィーダー細胞を除くために、培養皿に、CTK剥離溶液(0.25%トリプシン、1 mg/mlコラゲナーゼ、KSR 20%、および1 mM CaCl2)を添加し、ゼラチンをコートした培養皿に移した。
(iii) ES細胞またはiPS細胞を、Accumax (TM)を用いて剥離した。
(iv) 剥離されたES細胞またはiPS細胞を、LIPIDURE-COAT PLATE (NOF Corporation)に移し、分化培地(5% knockout serum replacement (KSR)、2 mM L-グルタミン、非必須アミノ酸および1μM 2-メルカプトエタノール(2-ME)を含有するDMEM/Ham's F12)に10μM Y27632、2μM Dorsomorphin (Sigma)および10μM SB431542 (Sigma)を含有させた培地で3または4日間培養した。
(v) 培地の半分を、Y27632、DorsomorphinおよびSB431542を含有しない新鮮な分化培地と交換し、さらに10または11日間培養した。
【0082】
神経細胞に分化した後、TIG108-4F3クローン(図8に示されるMEG3およびMEG8のmRNA発現の相対値は、0および0.00083であった。)、およびTIG118-4F1クローン(図8に示されるMEG3およびMEG8のmRNA発現の相対値は、0.012および0.017であった。)は、フローサイトメーターで調べたところ、依然としてOct3/4陽性細胞を含んでいた。これに対して、KhES1クローン、201B7クローン(図8に示されるMEG3およびMEG8のmRNA発現の相対値は、0.61および0.64であった。)、などのクローンは、Oct3/4陽性細胞を含んでいなかった。
【0083】
これらの結果から、IG-DMRおよびMEG3-DMR内のDNAメチル化の程度、ならびにMEG3および/またはMEG8の発現は、iPS細胞の品質(例えば、多能性、および容易な分化誘導の能力)のマーカーとして使用できることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程:
(1)対象としての人工多能性幹細胞においてインプリンティング領域に位置する少なくとも1つの遺伝子またはmiRNAの発現のレベルを測定する工程、および、
(2)基準(対照)幹細胞と比べて該miRNAまたは該遺伝子を発現のレベルが同等もしくはそれ以上である人工多能性幹細胞を選択する工程
を含む方法。
【請求項2】
前記インプリンティング領域が、Dlk1-Dio3領域である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記miRNAが、表1または表3に示されたpri-miRNA、および、表2または表4に示された成熟miRNAからなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記遺伝子が、表5に示された遺伝子からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記遺伝子が、MEG3およびMEG8からなる群から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記基準(対照)幹細胞が、胚性幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程:
(1)対象としての人工多能性幹細胞においてインプリンティング領域のDNAメチル化状態を測定する工程、および、
(2)1つのもしくは一方の染色体の該インプリンティング領域がDNAメチル化状態であるが、相同な染色体の同じ領域がDNAメチル化状態でない、人工多能性幹細胞を選択する工程
を含む方法。
【請求項8】
インプリンティング領域が、IG-DMRおよび/またはGtl2/MEG3-DMRである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
父親由来の染色体の前記インプリンティング領域がDNAメチル化状態である人工多能性幹細胞を選択する工程を含む、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
人工多能性幹細胞が生殖系列伝達(germline transmission)可能なものである、請求項1または9に記載の方法。
【請求項11】
人工多能性幹細胞を選別するためのキットであって、表1または表3に示されたpri-miRNA、表2または表4に示されたmiRNA、および表5に示された遺伝子を検出するための少なくとも1つのプライマーまたはプローブを含む、キット。
【請求項12】
マイクロアレイを含む、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
人工多能性幹細胞を選別するためのキットであって、メチル化感受性制限酵素、あるいは、bisulfite試薬、およびIG-DMRおよび/またはGtl2/MEG3-DMRを増幅させるための核酸を含む、キット。
【請求項14】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法で選別された、生殖系列伝達可能な人工多能性幹細胞。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2013−516982(P2013−516982A)
【公表日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−548681(P2012−548681)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【国際出願番号】PCT/JP2011/051144
【国際公開番号】WO2011/087154
【国際公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】