説明

人工硬膜

【課題】髄液が漏れにくい人工硬膜を提供する。
【解決手段】基材およびpH応答性ヒドロゲルポリマーを有する人工硬膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工硬膜に関する。より詳しくは、本発明は、pHの変化に応答して体積が膨張するヒドロゲルを用いた人工硬膜に関する。
【背景技術】
【0002】
頭蓋骨と脳との間や脊髄を覆うように介在する硬膜は、主として脳や脊髄を保護する、あるいは脳脊髄液の漏出を防止するよう機能する。脳神経外科手術などで硬膜(生体硬膜)を切開する場合には、術後、欠損又は拘縮した硬膜を補填する必要がある。従来は、ヒト由来の硬膜の凍結乾燥物がこのような補填に使用されていた。しかし、ヒト由来の硬膜は、製品の均一性や供給に難があり、また、クロイツフェルト・ヤコブ病の原因となるプリオンの感染の可能性が報告されたため、現在、日本では生体硬膜の使用が禁止されている。
【0003】
これに伴い、ヒト由来の硬膜に代わり、ポリテトラフルオロエチレン製のフッ素系樹脂からなる人工硬膜が使用されるようになった。しかし、長期間の埋設により感染による肉芽形成や難治性皮膚瘻孔を生じたり、人工硬膜と生体硬膜との隙間や人工硬膜の縫合による針穴から髄液が漏れるなど、様々な問題があった。特に後者の問題を考慮して、人工硬膜には適用部位によって微妙な曲率に追従できるだけの高い柔軟性が求められる。また、縫合後に周辺組織との間で液漏れ等が発生しないためには、充分に端部が硬膜に密着する必要がある。これを目的として人工硬膜を生体硬膜と緻密に縫合することにより、髄液漏れを防止できることもあるが、手術時間が長引き、患者への侵襲が大きくなるという問題があった。このため、従来は、人工硬膜を生体硬膜にある程度大まかに縫合して、手術時間を短縮しつつ、針穴からの髄液漏れはフィブリングルー(フィブリン糊)を塗って防いでいた。しかし、フィブリングルーを塗る手間や、フィブリングルーによる感染の可能性が問題であった。また、ポリテトラフルオロエチレンはフィブリングルーとの親和性が低く、フィブリングルーのみによる補填法では針穴を完全に塞ぐことができず、髄液漏れの問題は依然として残っていた。また、フィブリングルーで縫合部分を補填する方法では、何らかの理由で脳内圧が亢進した場合、髄液の漏出を完全に防ぐことができないという問題もあった。
【0004】
このような問題を考慮して、特許文献1では、スクシンイミド残基を側鎖に導入した鎖状多糖誘導体とポリアミンもしくはその誘導体との反応により得られるヒドロゲルにおいて、ゲル化に関わらなかった遊離のアミノ残基をアミド化したことを特徴とするゲル組成物が提案されている。このゲル組成物は、人・動物由来の原料に依存しない安全性の高い、かつ抗血栓性のよい、しかも血液の漏れが術中も術後の回復期においても起こらず、しかも術後1ヶ月程度以上を経て、血管全体からの漏れが起こらないほどに新生組織が成長してから徐々に分解して、臓器に異常をもたらすことなく、腎臓から排泄されることが記載される(段落「0011」)。また、上記特許文献1の実施例4では、ゲル組成物を含む多孔質のスポンジを多孔質の人工硬膜シートに粘着させることが記載される(段落「050」〜「0051」)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−252699号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1のゲル組成物は、膨張速度を制御することができない。このため、人工硬膜に使用された場合の髄液の漏れを十分防ぐことができなかった。
【0007】
しがって、本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、髄液が漏れにくい人工硬膜を提供することを目的とする。
【0008】
また、本発明の他の目的は、手術中に傷つけにくく、わずかな髄液漏れを残しにくい人工硬膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく、鋭意研究を行った結果、髄液をはじめとする体液のpHに応答して膨潤するpH応答性ヒドロゲルポリマーを人工硬膜に使用することによって、上記課題が解決できることを知得した。すなわち、本発明者らは、当該ヒドロゲルポリマーを用いた人工硬膜は、所定位置に留置される前は、膨張せずに容易に固定できるが、所定位置に留置された後は、髄液との接触により膨潤するため、フィブリングルーを用いなくとも、人工硬膜と生体硬膜との隙間や人工硬膜の縫合による針穴からの髄液漏れを効率よく抑制・防止できることを知得し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、上記諸目的は、基材およびpH応答性ヒドロゲルポリマーを有する人工硬膜によって達成される。
【発明の効果】
【0011】
本発明の人工硬膜は、人工硬膜と生体硬膜との隙間や人工硬膜の縫合による針穴からの髄液漏れを効率よく抑制・防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の人工硬膜の好ましい実施形態の断面図である。
【図2】図1の人工硬膜を移植するために、生体硬膜の欠損部にあてがった状態を示す断面図である。
【図3】図1の人工硬膜を縫合した直後の状態を示す断面図である。
【図4】図3から時間が経過した状態を示す断面図である。
【図5】図4から時間が経過した状態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、基材およびpH応答性ヒドロゲルポリマーを有する人工硬膜を提供する。上記特許文献1などに示されるように、従来、多孔質製の人工硬膜において、空孔からの髄液漏れを減少させるために、空孔をヒドロゲルで埋めた人工硬膜が提案されている。上記特許文献1の人工硬膜は、その移植時に、人工硬膜と生体硬膜との隙間や縫合時の針穴がヒドロゲルの膨張により塞がれることにより、髄液漏れを減少させる効果も持ち合わせていると考えられる。しかし、従来のヒドロゲルでは、膨張速度を良好に制御することができない。このため、例えば、膨張速度の早すぎるヒドロゲルを人工硬膜に使用した場合には、人工硬膜の縫合が終わる前にヒドロゲルが膨潤して柔らかくなってしまい、確実に生体硬膜に固定することが難しかったり、縫合の時に誤ってヒドロゲルを傷つけてしまう可能性が高い。また、人工硬膜の縫合が終了し、術者が髄液漏れの有無を観察しようとしても、ヒドロゲルが膨張しきっているため、術者が髄液漏れの有無を確認することが難しく、また、髄液漏れがあった場合であっても、ヒドロゲルに膨張する余地が残っていないため、髄液漏れを残したまま手術を終了してしまう可能性がある。逆に、膨張速度の遅すぎるヒドロゲルを人工硬膜に使用した場合には、髄液漏れの有無を観察する時に、膨張の余地が残りすぎてしまう。また、髄液漏れがある場合には、髄液漏れを放置しておいてもヒドロゲルの膨張により髄液漏れが止まるか、縫合を追加したりフィブリングルーを塗ったりして髄液漏れを止める処置をすべきかの判断が難しい。
【0014】
これに対して、本発明では、pHが7以上で水膨潤するpH応答性を有するpH応答性ヒドロゲルポリマーを使用することを特徴とする。当該ポリマーは、(i)患者の体内に移植する前には第1体積を占め、(ii)移植後に、移植部位の環境条件に応答して(髄液と接触して)、前記第1体積より大きい第2体積に膨張する作用を有する。このため、当該ポリマーを使用すると、特定の場所に人工硬膜を固定(移植)するまでは、膨潤せず、適度な強度を有するため、生体硬膜に容易に固定できる。また、人工硬膜を生体硬膜の所定位置に固定した後は、髄液と接触することにより、膨潤して、針穴周辺の隙間や人工硬膜と生体硬膜との間の隙間をすばやく縮小することができる。このため、フィブリングルーを用いなくとも、人工硬膜と生体硬膜との隙間や人工硬膜の縫合による針穴周辺の隙間からの髄液漏れを効率よく抑制・防止できる。また、本発明に係るヒドロゲルポリマーは、膨潤後は軟らかいので、生体硬膜、脳や脊髄を傷つけにくく、また、脳や脊髄を圧迫することが少ないあるいはない。
【0015】
したがって、本発明の人工硬膜は、生体硬膜に固定した後の髄液漏れを抑制・防止し、手術中に傷つけにくく、わずかな髄液漏れを残しにくい上、留置後に脳や脊髄に悪影響を与えない。このため、髄液漏れを残すことによる再手術の可能性を低減できる。また、フィブリングルーの使用が必須でないため、手術時間を短縮できる。
【0016】
以下、本発明の人工硬膜を添付図面に示す好適構成例に基づいて詳細に説明する。
【0017】
本発明の人工硬膜は、基材およびpH応答性ヒドロゲルポリマーを有するものであれば、いずれの構造を有していてもよい。例えば、基材やpH応答性ヒドロゲルポリマーは、それぞれ、1つの部材としてのみ使用されてももしくは2つ以上の部材を組み合わせて使用されてもよく、または1以上の基材および1以上のpH応答性ヒドロゲルポリマーが少なくとも一部で一体化された構造であってもよい。
【0018】
図1は、本発明の人工硬膜の好ましい実施形態の断面図である。図1(A)に示されるように、本発明の人工硬膜は、基材(1)およびpH応答性ヒドロゲルポリマー(2)が上記基材(1)中に含浸されてなる構造(以下、このような構造を有する人工硬膜を「構造体(3)」と称する);図1(B)に示されるように、基材(1a)および構造体(3)が上記基材(1a)上に形成される構造;図1(C)に示されるように、基材(1a)およびpH応答性ヒドロゲルポリマー層(2a)が上記基材(1a)上に形成される構造;図1(D)に示されるように、基材1aおよび1b、ならびにpH応答性ヒドロゲルポリマー層(2a)が上記基材1a,1b間に形成される構造;図1(E)に示されるように、基材1aおよび1b、ならびに上記図1(A)の構造体(3)が上記基材1a,1b間に形成される構造などが挙げられる。これらのうち、pH応答性ヒドロゲルポリマーが2枚の基材間に配置されることが好ましく、図1(D)、図1(E)に示されるような構造がより好ましい。
【0019】
以下では、本発明の人工硬膜の各構成について詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに制限されない。
【0020】
[基材]
本発明に係る基材の材料は、特に制限されず、医療用の公知の材料が使用できる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン、ポリブタジエン、ポリイソプレン等のポリジエン、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリアミド、ポリエーテルポリアミド、ポリエステルポリアミド、軟質ポリ塩化ビニル、ABS樹脂、AS樹脂、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリクロロトリフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン−エチレン共重合体、パーフロロ環状重合体、ポリビニルフルオライド、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体等のフッ素系樹脂、形状記憶樹脂等の各種樹脂材料や、スチレン系、ポリオレフィン系、ポリウレタン系、ポリエステル系、ポリアミド系、1,2−ポリブタジエン系、トランスポリイソプレン系、フッ素ゴム系、塩素化ポリエチレン系等の各種熱可塑性エラストマー、脂肪族ポリエステル(ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリバレロラクトン及びそれらの共重合体)や、ポリエステルエーテル(ポリ−1,4−ジオキサノン−2−オン、ポリ−1,5−ジオキセパン−2−オン、エチレングリコール−前記脂肪族ポリエステル共重合体、プロピレンレングリコール−前記脂肪族ポリエステル共重合体)や、前記脂肪族ポリエステルとポリエステルエーテルとの共重合体などが挙げられ、さらには、これらのうちの2種以上を組合せたもの(ポリマーアロイ、ポリマーブレンド、積層体等)が挙げられる。好ましくは、ポリエステル、乳酸(L体、D体、DL体)とカプロラクトンとの共重合体が使用され、より好ましくは、ポリエチレンテレフタレート、L−乳酸とε−カプロラクトンとの共重合体が挙げられる。
【0021】
また、本発明に係る基材は、特に制限されず、不織布、織物、編物など、いずれであってもよい。好ましくは、不織布が使用される。また、本発明に係る基材は、多孔質であってもあるいは非孔質であってもよいが、多孔質であることが好ましい。不織布や多孔質を使用する場合には、上記図1(A)などに示されるように、pH応答性ヒドロゲルポリマーを基材内に効率よく含浸させることができるため、当該ポリマーの基材からの脱落をより抑制・防止できる。さらに、本発明に係る基材の形状も、特に制限されず、管状、シート状、歪曲したシート状などが挙げられる。これらのうち、シート状、特に頭蓋骨に沿うように歪曲したシート状がより好ましい。
【0022】
本発明に係る基材の大きさは、特に制限されず、硬膜の切開部の大きさによって適宜選択できる。また、基材の厚みもまた、特に制限されず、通常使用される人工硬膜と同様の厚みが適用できる。好ましくは、基材の厚みは、100〜1500μm、より好ましくは200〜800μmである。
【0023】
[pH応答性ヒドロゲルポリマー]
本発明に係るpH応答性ヒドロゲルポリマーは、特定のpH条件下で水膨潤するpH応答性を有する。具体的には、上記pH応答性ヒドロゲルポリマーは、pHが7以上、特に髄液、血液などの体液のpHであるpH7.3〜7.6の弱アルカリ性条件下で水膨潤する。
【0024】
本発明に係るpH応答性ヒドロゲルポリマーの構造は、特に制限されないが、反応性官能基を有する単量体をその構成単位として有する(共)重合体を、架橋剤で架橋したものが好ましい。ここで、pH応答性ヒドロゲルポリマーの反応性官能基としては、特に制限されないが、極性を有する官能基であることが好ましい。反応性官能基としては、具体的には、カルボキシル基(−COOH)、アミノ基(−NH)、イミノ基(=NH、−NH−)、アミド基(−CONH)、イミド基(−CONHCO−)、エポキシ基、イソシアネート基(−NCO)、シアノ基(−CN)、ニトロ基(−NO)、メルカプト基(−SH)、ホスフィノ基(−PH)などが好ましく挙げられる。これらのうち、カルボキシル基、アミド基が好ましい。これらの反応性官能基を有するpH応答性ヒドロゲルポリマーは、特定のpH条件下で膨潤し、優れた膨潤性および抗血栓性を示すことができる。
【0025】
ここで、pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がカルボキシル基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、グルタコン酸、イタコン酸、クロトン酸、ソルビン酸、ケイ皮酸などが挙げられる。また、上記単量体は、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等の、塩の形態であってもよい。このような塩の形態の単量体を用いて(共)重合してpH応答性ヒドロゲルポリマーを製造する場合は、得られる(共)重合体を後述する酸処理することができる。これらのうち、pH7以上の中性からアルカリ性領域において膨張性を示すという観点から、(メタ)アクリル酸または(メタ)アクリル酸ナトリウムが好ましい。なお、本明細書において、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸およびメタクリル酸双方を包含することを意味する。
【0026】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がアミノ基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、(メタ)アリルアミン、アミノエチル(メタ)アクリレート、アミノプロピル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、メチルエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノスチレン、ジエチルアミノスチレン、モルホリノエチル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0027】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がイミノ基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、N−メチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N−エチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N−t−ブチルアミノエチル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0028】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がアミド基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル(メタ)アクリルアミド、N−n−プロピル(メタ)アクリルアミド、N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N−n−ブチル(メタ)アクリルアミド、N−イソブチル(メタ)アクリルアミド、N−s−ブチル(メタ)アクリルアミド、N−t−ブチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル−N−メチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジエチル(メタ)アクリルアミド、N−メチル−N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N−メチル−N−n−プロピル(メタ)アクリルアミド、N−エチル−N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N−エチル−N−n−プロピル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジ−n−プロピル(メタ)アクリルアミド、ジアセトン(メタ)アクリルアミド、クロトン酸アミド、ケイ皮酸アミドなどが挙げられる。これらのうち、整形外科領域等で使用実績があり、生体内において安全性が高いという観点から、(メタ)アクリルアミドが好ましい。なお、本明細書において、「(メタ)アクリルアミド」とは、アクリルアミドおよびメタクリルアミド双方を包含することを意味する。
【0029】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がイミド基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、N−(4−ビニルフェニル)マレイミドなどが挙げられる。
【0030】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がエポキシ基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、グリシジル(メタ)アクリレート、(メタ)アリルグリシジルエーテルなどが挙げられる。
【0031】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がイソシアネート基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、2−(メタ)アクリロイルオキシエチルイソシアネート、3−(メタ)アクリロイルオキシプロピルイソシアネート、4−(メタ)アクリロイルオキシブチルイソシアネート、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルイソシアネート、8−(メタ)アクリロイルオキシオクチルイソシアネート、10−(メタ)アクリロイルオキシデシルイソシアネート、2−(2−イソシアネートエトキシ)エチル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0032】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がシアノ基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、(メタ)アクリロニトリル、クロトノニトリル、シアノメチル(メタ)アクリレート、1−シアノエチル(メタ)アクリレート、2−シアノエチル(メタ)アクリレート、1−シアノプロピル(メタ)アクリレート、2−シアノプロピル(メタ)アクリレート、3−シアノプロピル(メタ)アクリレート、4−シアノブチル(メタ)アクリレート、6−シアノヘキシル(メタ)アクリレート、2−エチル−6−シアノヘキシル(メタ)アクリレート、8−シアノオクチル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0033】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がニトロ基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、4−ニトロスチレンなどが挙げられる。
【0034】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がメルカプト基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、ビニルメルカプタン、アリルメルカプタンなどが挙げられる。
【0035】
pH応答性ヒドロゲルポリマーの単量体成分がホスフィノ基を有する単量体である場合の例としては、特に制限されないが、例えば、4−ジフェニルホスフィノスチレン、4−ジベンジルホスフィノスチレン、ジエチルホスフィノスチレン、2−(ジフェニルホスフィノ)エチル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0036】
上記単量体は、単独でもまたは2種以上を組み合わせても用いることができる。また、上記では、1つの単量体に1つの反応性官能基を導入した例を挙げたが、1つの単量体に2以上の反応性官能基を導入したものを使用してもよい。
【0037】
上記単量体のうち、カルボキシル基を有する単量体、アミド基を有する単量体が好ましい。これらの単量体由来の構成単位を有するpH応答性ヒドロゲルポリマーは、特定のpH条件下で膨潤し、組織修復の足場となり、治癒を促進できる。また、当該pH応答性ヒドロゲルポリマーによる被膜表面は、優れた親水性、抗血栓性を示し、また、異物と認識されにくく、感染源になりにくい。さらに、上記単量体からなるpH応答性ヒドロゲルポリマーは、血液に接触すると膨潤するので、縫合糸などにより形成された穴を閉鎖するという効果もある。
【0038】
すなわち、pH応答性ヒドロゲルポリマーは、(メタ)アクリルアミド系単量体に由来する構成単位および不飽和カルボン酸に由来する構成単位を含む共重合体を、架橋剤により架橋した水膨潤性架橋高分子から形成されることが特に好ましい。
【0039】
また、上記pH応答性ヒドロゲルポリマーに用いられる架橋剤としては、特に制限されず、例えば、重合性不飽和基を2個以上有する架橋剤(イ)、重合性不飽和基と重合性不飽和基以外の反応性官能基とをそれぞれ1つずつ有する架橋剤(ロ)、重合性不飽和基以外の反応性官能基を2個以上有する架橋剤(ハ)などが挙げられる。これら架橋剤は、単独でもまたは2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0040】
ここで、架橋剤の使用方法、すなわち、本発明に係るpH応答性ヒドロゲルポリマーの製造方法は、上記構造の材料が得られれば特に制限されない。例えば、(a)反応性官能基を有する単量体を架橋剤と共に(共)重合し、さらに必要に応じて後架橋を行う方法;(b)反応性官能基を有する単量体を(共)重合した後、得られた(共)重合体を架橋剤で架橋(後架橋)する方法;(c)特定の単量体を(共)重合し、得られた(共)重合体を所定の反応性官能基を有する化合物と反応させて、(共)重合体に反応性官能基を付与した後、架橋剤で架橋(後架橋)する方法;(d)特定の単量体を(共)重合し、得られた(共)重合体を架橋剤で架橋した後、得られた架橋(共)重合体を所定の反応性官能基を有する化合物と反応させて、架橋(共)重合体に反応性官能基を付与する方法などが挙げられる。これらのうち、(a)、(b)の方法が好ましい。特に、カルボキシル基を有する単量体(またはその塩)とアミド基を有する単量体との共重合を行う場合には、上記架橋剤(イ)、(ロ)及び(ハ)の使用形態は、下記であることがより好ましい。すなわち、上記架橋剤(イ)のみを用いる場合は、アミド基を有する単量体とカルボキシル基を有する単量体(またはその塩)との共重合を行う際に、重合系内に架橋剤(イ)を添加して共重合させればよい。また、上記架橋剤(ハ)のみを用いる場合は、アミド基を有する単量体とカルボキシル基を有する単量体(またはその塩)との共重合を行ったあとに架橋剤(ハ)を添加して、例えば加熱による後架橋を行えばよい。上記架橋剤(ロ)のみを用いる場合ならびに上記架橋剤(イ)、(ロ)、および(ハ)の2種以上を用いる場合は、アミド基を有する単量体とカルボキシル基を有する単量体(またはその塩)との共重合を行う際に重合系内に架橋剤を添加して共重合させ、さらに、例えば加熱による後架橋を行えばよい。
【0041】
上記架橋剤のうち、重合性不飽和基を2個以上有する架橋剤(イ)の具体例としては、例えば、N,N’−メチレンビスアクリルアミド、N,N’−メチレンビスメタクリルアミド、N,N’−エチレンビスアクリルアミド、N,N’−エチレンビスメタクリルアミド、N,N’−ヘキサメチレンビスアクリルアミド、N,N’−ヘキサメチレンビスメタクリルアミド、N,N’−ベンジリデンビスアクリルアミド、N,N’−ビス(アクリルアミドメチレン)尿素、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、グリセリン(ジ又はトリ)アクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、トリアリルアミン、トリアリルシアヌレート、トリアリルイソシアヌレート、テトラアリロキシエタン、ペンタエリスリトールトリアリルエーテル、(ポリ)エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、(ポリ)プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、グリセリントリ(メタ)アクリレート、グリセリンアクリレートメタクリレート、エチレンオキサイド変性トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート、トリアリルシアヌレート、トリアリルイソシアヌレート、トリアリルホスフェート、トリアリルアミン、ポリ(メタ)アリロキシアルカン、(ポリ)エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールジグリシジルエーテル、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ペンタエリスリトール、エチレンジアミン、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、グリシジル(メタ)アクリレート等を挙げることができる。
【0042】
重合性不飽和基と重合性不飽和基以外の反応性官能基とをそれぞれ1つずつ有する架橋剤(ロ)の具体例としては、例えば、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、N−メチロール(メタ)アクリルアミド、グリシジル(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0043】
重合性不飽和基以外の反応性官能基を2個以上有する架橋剤(ハ)の具体例としては、例えば、多価アルコール(例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール、トリメチロールプロパン等)、アルカノールアミン(例えば、ジエタノールアミン等)、およびポリアミン(例えば、ポリエチレンイミン等)等が挙げられる。
【0044】
これらのうち、重合性不飽和基を2個以上有する架橋剤(イ)が好ましく、N,N’−メチレンビスアクリルアミドがより好ましい。
【0045】
上記(共)重合の方法は、特に制限されず、例えば、重合開始剤を使用する溶液重合法、乳化重合法、懸濁重合法、逆相懸濁重合法、薄膜重合法、噴霧重合法など従来公知の方法を用いることができる。重合制御の方法としては、断熱重合法、温度制御重合法、等温重合法などが挙げられる。また、重合開始剤により重合を開始させる方法の他に、放射線、電子線、紫外線等を照射して重合を開始させる方法を採用することもできる。好ましくは、溶液重合法である。
【0046】
以下、溶液重合法について詳説する。
【0047】
<溶液重合法>
前記溶液重合法に用いられる溶媒としては、モノマー、架橋剤、および造孔剤の溶解度に基づいて選択される。好ましい溶媒は水であるが、エチルアルコールを用いてもよい。
【0048】
溶液重合法における単量体成分の濃度は、従来公知の範囲であれば特に限定されず、例えば、10〜30質量%が好ましく、15〜25質量%がより好ましい。
【0049】
前記溶液重合法で用いられる重合開始剤としては、例えば、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、過硫酸ナトリウム等の過硫酸塩、メチルエチルケトンパーオキシド、メチルイソブチルケトンパーオキシド、ジ−t−ブチルパーオキシド、t−ブチルクミルパーオキシド、t−ブチルパーオキシアセテート、t−ブチルパーオキシイソブチレート、t−ブチルパーオキシピバレート、過酸化水素等の過酸化物、2,2’−アゾビス〔2−(N−フェニルアミジノ)プロパン〕二塩酸塩、2,2’−アゾビス〔2−(N−アリルアミジノ)プロパン〕二塩酸塩、2,2’−アゾビス{2−〔1−(2−ヒドロキシエチル)−2−イミダゾリン−2−イル〕プロパン}二塩酸塩、2,2’−アゾビス{2−メチル−N−〔1,1−ビス(ヒドロキシメチル)−2−ヒドロキシエチル〕プロピオンアミド}、2,2’−アゾビス〔2−メチル−N−(2−ヒドロキシエチル)−プロピオンアミド〕、4,4’−アゾビス(4−シアノ吉草酸)等のアゾ化合物等が挙げられ、これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。これらのなかでは、入手が容易で取り扱いが容易であるという観点から、過硫酸塩が好ましく、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムおよび過硫酸ナトリウムがより好ましい。
【0050】
なお、上記重合開始剤は、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、硫酸第一鉄、L−アスコルビン酸、N、N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン等の還元剤と併用して、レドックス重合開始剤として用いることもできる。
【0051】
重合開始剤の使用量は、単量体の総量100質量部に対して、0.1〜1.0質量部が好ましく、0.15〜0.5質量部がより好ましい。このような範囲であれば、所望の単量体が重合して所望の分子量の重合体が得られ、また、重合体の凝集も抑えられる。
【0052】
必要に応じて、共重合の際に連鎖移動剤を使用してもよい。前記連鎖移動剤の例としては、例えば、チオール類(n−ラウリルメルカプタン、メルカプトエタノール、トリエチレングリコールジメルカプタン等)、チオール酸類(チオグリコール酸、チオリンゴ酸等)、2級アルコール類(イソプロパノ−ル等)、アミン類(ジブチルアミン等)、次亜燐酸塩類(次亜燐酸ナトリウム等)等を挙げることができる。
【0053】
前記溶液重合法における重合条件は特に制限されず、例えば、重合温度は使用する触媒の種類によって適宜設定することができるが、好ましくは15〜50℃、より好ましくは20〜40℃である。このような重合温度であれば、重合反応が十分進行し、また分散媒の揮発を防げるので、単量体成分の分散状態を良好に保つことができる。重合時間は、好ましくは1時間以上であり、より好ましくは2〜6時間である。
【0054】
重合系内の圧力は、特に限定されるものではなく、常圧(大気圧)下、減圧下、加圧下のいずれであってもよい。また、反応系内の雰囲気も、空気雰囲気であってもよいし、窒素、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気下であってもよい。
【0055】
架橋剤として、上記の重合性不飽和基以外の反応性官能基を2個以上有する架橋剤(ハ)を用いる場合には、架橋剤(ハ)を添加する時期は単量体の重合反応終了後であればよく、特に限定されない。
【0056】
なお、上記(共)重合及び架橋反応後に後架橋反応を行う際の、反応条件は特に制限されない。例えば、反応温度は、使用する架橋剤の種類等によっても異なるため、一概には決定できないが、通常50〜150℃である。また、反応時間は、通常1〜48時間である。
【0057】
また、(共)重合を行う際、単量体溶液中に造孔剤を過飽和懸濁させることによって、得られるpH応答性ヒドロゲルポリマーを多孔質とすることもできる。この際、単量体溶液には不溶であるが洗浄溶液には可溶である造孔剤を用いることが好ましい。造孔剤の例としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、氷、スクロース、または炭酸水素ナトリウムなどが好ましく挙げられ、より好ましくは塩化ナトリウムである。造孔剤の好ましい濃度は、単量体溶液中、好ましくは5〜50質量%、より好ましくは10〜35質量%の範囲である。
【0058】
共重合の際にカルボキシル基を有する単量体の塩を用いた場合、酸処理を行い、高分子微粒子のカルボン酸塩の部分をカルボキシル基に変換しておくことが好ましい。かような処理を行うにより、本発明で用いられる高分子が、pH選択的に膨潤・収縮する、pH応答性を有するようになる。酸処理の条件は特に限定されず、例えば、塩酸水溶液などの低pH水溶液中で、好ましくは15〜60℃の温度範囲で、好ましくは1〜72時間処理すればよい。
【0059】
酸処理を行った場合は、酸処理終了後に加熱乾燥を行うことが好ましい。この際、乾燥温度は、好ましくは40〜80℃、より好ましくは40〜60℃の範囲である。このような乾燥温度であれば、亀裂・ひびを生じさせることなく、微粒子を十分乾燥できる。
【0060】
乾燥に用いられる乾燥装置は、例えば、オーブン、熱風乾燥機などの通常用いられる装置でよい。これらの乾燥装置は、複数個を組み合わせて使用することもできる。
【0061】
このようにして得られるpH応答性ヒドロゲルポリマーは、必要に応じて、加熱乾燥、解砕等を行うことにより、所望の形状、好ましくは微粒子状としてもよい。
【0062】
本発明において、pH応答性ヒドロゲルポリマーの形状は、特に制限されず、一般的な球状、略球状、楕円状だけでなく、破砕状、不定形状、直方体等の柱状、板状、角錐状、円錐状、繊維のような直線形状、枝分かれした分岐形状なども用いることができるが、球状、略球状が好ましく、粒子(微粒子を含む)の形態であることが特に好ましい。また、pH応答性ヒドロゲルポリマーの大きさもまた特に制限されない。例えば、pH応答性ヒドロゲルポリマーが粒子または微粒子の形態である場合には、pH応答性ヒドロゲルポリマーの平均粒子径(乾燥時の平均粒子径)は、150μm以下、より好ましくは80μm以下であることが好ましい。なお、pH応答性ヒドロゲルポリマーの平均粒子径(乾燥時の平均粒子径)の下限は、特に制限されないが、通常、10μmであることが好ましく、15μmであることがより好ましい。このような粒径であれば、pH応答性ヒドロゲルポリマー層は、髄液との接触面積を十分確保できるため十分な膨潤性を発揮でき、また、基材からの剥離・脱落がほとんど起きないあるいは全く起きない。また、このような大きさのpH応答性ヒドロゲルポリマーで形成されるポリマー層は、潤滑性、薬剤保持性、細胞の足場としての機能を十分に発揮できる。さらに、膜の表面を凹凸のない平滑な面とすることができ、均一な厚みが達成しうる。このため、生体硬膜に固定された後、局所的に脳や脊髄を圧迫することが少ないあるいはない。また、このような大きさであれば、製造も容易である。なお、得られるpH応答性ヒドロゲルポリマーの大きさが上記好ましい範囲から外れる場合には、粒径が上記範囲のポリマー粒子が得られるように、分級工程、粉砕(粒径が大きい場合)工程などを行ってもよい。本明細書において、pH応答性ヒドロゲルポリマーの微粒子の「乾燥時の平均粒子径」は、コールターカウンターを用いて測定した値を採用するものとする。
【0063】
また、pH応答性ヒドロゲルポリマーの形態は、特に制限されず、例えば、多孔質であってもあるいは非孔質であってもよいが、好ましくは多孔質である。多孔質であると、髄液との接触面積を大きくできるため、髄液との接触によりすばやく膨張する。このため、本発明の人工硬膜は、生体硬膜との隙間をすばやく埋め、さらに、膨張後は髄液の漏れを有効に抑制・防止できる。
【0064】
次に、本発明の人工硬膜の製造方法は、特に制限されない。例えば、(1)pH応答性ヒドロゲルポリマーを適当な有機溶媒(好ましくは親水性または極性有機溶媒)中に分散(懸濁)させてポリマー分散液(懸濁液)を調製し、このポリマー分散液(懸濁液)を基材上に塗布した後、前記有機溶媒を揮発させる方法;(2)pH応答性ヒドロゲルポリマーを適当な有機溶媒(好ましくは親水性または極性有機溶媒)中に分散(懸濁)させてポリマー分散液(懸濁液)を調製し、このポリマー分散液(懸濁液)に不織布(基材)を含浸させる方法;(3)pH応答性ヒドロゲルポリマーを適当な有機溶媒(好ましくは親水性または極性有機溶媒)中に分散(懸濁)させてポリマー分散液(懸濁液)を調製し、このポリマー分散液(懸濁液)を基材上に塗布した後、前記有機溶媒を揮発させて基材上にポリマー層を形成した後、このポリマー層上にさらに別の基材を載置して、ニードルパンチ手段を用いて、一体化する方法;(4)pH応答性ヒドロゲルポリマーを適当な有機溶媒(好ましくは親水性または極性有機溶媒)中に分散(懸濁)させてポリマー分散液(懸濁液)を調製し、このポリマー分散液(懸濁液)を基材上に塗布した後、前記有機溶媒を揮発させて基材上にポリマー層を形成した後、このポリマー層上にさらに別の基材を載置して、ステッチボンド手段を用いて、一体化する方法;(5)pH応答性ヒドロゲルポリマーを適当な有機溶媒(好ましくは親水性または極性有機溶媒)中に分散(懸濁)させてポリマー分散液(懸濁液)を調製し、このポリマー分散液(懸濁液)に不織布(基材)を含浸させた後、この不織布を別の基材とニードルパンチ手段を用いて一体化する方法;(6)pH応答性ヒドロゲルポリマーを適当な有機溶媒(好ましくは親水性または極性有機溶媒)中に分散(懸濁)させてポリマー分散液(懸濁液)を調製し、このポリマー分散液(懸濁液)に不織布(基材)を含浸させた後、この不織布を別の基材とステッチボンド手段を用いて一体化する方法;(7)pH応答性ヒドロゲルポリマー(好ましくは、粒子または微粒子形態)を基材上に敷き詰めて、ポリマー層を形成し、このポリマー層上に別の基材を配置して基材−ポリマー層−基材の積層体を形成して、この積層体をニードルパンチ手段を用いて、一体化する方法;(8)pH応答性ヒドロゲルポリマー(好ましくは、粒子または微粒子形態)を基材上に敷き詰めて、ポリマー層を形成し、このポリマー層上に別の基材を配置して基材−ポリマー層−基材の積層体を形成して、この積層体をステッチボンド手段を用いて、一体化する方法などが挙げられる。これらのうち、pH応答性ヒドロゲルポリマーをニードルパンチ手段またはステッチボンド手段によって基材と一体化する方法が好ましく使用され、(3)〜(8)の方法がより好ましく、(7)、(8)の方法が特に好ましい。
【0065】
上記(1)〜(6)の方法において、有機溶媒は、特に制限されないが、水膨潤性高分子材料および水と混ざり合う親水性または極性有機溶媒が好ましく、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジエチルケトン、エチルプロピルケトン、ジ−n−プロピルケトン、ジイソプロピルケトンテトラヒドロフラン、N−メチル−2−ピロリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、酢酸エチルなどが挙げられる。これら有機溶媒は、単独でもまたは2種以上組み合わせても用いることができる。また、pH応答性ヒドロゲルポリマーを分散(懸濁)させる方法は、特に制限されず、例えば、pH応答性ヒドロゲルポリマーの濃度が好ましくは0.1〜2質量%となるように有機溶媒に混合し、その後、超音波処理を好ましくは10〜20分間行い、pH応答性ヒドロゲルポリマーを溶媒中に均一にする方法などが挙げられる。また、有機溶媒を揮発させる方法は、特に制限されず、例えば、好ましくは15〜40℃の温度で、好ましくは12〜48時間乾燥する方法が採用される。乾燥方法も、自然乾燥、真空乾燥、ドライヤーまたはオーブンによる乾燥など、特に制限されるものではない。
【0066】
また、上記(7)および(8)の方法において、pH応答性ヒドロゲルポリマーの基材への配置は、特に制限されないが、製造の容易さなどを考慮すると、pH応答性ヒドロゲルポリマー粒子を基材に均一に敷き詰めることにより、ポリマー層を形成することが好ましい。
【0067】
本発明に係る人工硬膜の厚みは、特に制限されず、基材の厚みやpH応答性ヒドロゲルポリマーの大きさなどによって適宜選択できる。好ましくは、人工硬膜の厚みは、100〜1500μm、より好ましくは200〜800μmである。
【0068】
本発明の人工硬膜は、放射線不透過性粒子をさらに含んでもよい。これにより、X線透視下で人工硬膜を認識できるため、人工硬膜を容易にかつ正確に所定の位置に配置できる。ここで、放射線不透過性粒子の材質は、放射線に対して不透過であれば特に制限されず、公知の放射線不透過性物質が使用できる。具体的には、タンタル、金、白金、バリウム化合物などが挙げられる。これらの放射線不透過性物質は、単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0069】
また、本発明の人工硬膜は、放射線不透過性粒子に代えてまたは放射線不透過性粒子に加えて、生理活性物質をさらに含んでもよい。ここで、生理活性物質の導入方法は、特に制限されず公知の方法で生理活性物質を人工硬膜に含ませることができる。例えば、pH応答性ヒドロゲルポリマーの被膜に生理活性物質の溶液または分散液を塗布することにより、当該被膜に生理活性物質を含ませる方法などが挙げられる。なお、生理活性物質としては、特に制限されず、人工硬膜の種類によって適宜選択できる。例えば、ストレプトキナーゼ、プラスミノーゲンアクチベーター、ウロキナーゼなどの、血栓もしくは血栓複合物の融解もしくは代謝を促進する物質;アセチルサリチル酸、チクロピジン、ジピリダモール等の抗血小板薬やGP IIb/IIIa拮抗剤、ヘパリン、ワルファリンカリウム等の抗凝固薬などの、血栓もしくは血栓複合物の増加を抑制する物質;抗癌剤、免疫抑制剤、抗生物質、抗リウマチ剤、抗血栓薬、HMG−CoA還元酵素阻害剤、ACE阻害剤、カルシウム拮抗剤、抗高脂血症剤、抗炎症剤、インターフェロンなどの、内膜肥厚を抑制する物質や内皮化を促進する物質もしくは不安定プラークの安定化を促す物質などが好ましく例示できる。これらの生理活性物質は単独で使用されてもあるいは2種類以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0070】
次に、本発明の人工硬膜の使用方法を図面を参照しながら説明する。なお、下記方法では、図1(A)の構造体(3)を人工硬膜として使用した例を記載するが、本発明の人工硬膜の使用方法は、下記に限定されず、構造体(3)の代わりに、所望の構造の人工硬膜を置換すればよい。
【0071】
図2は、本発明の人工硬膜(3)を移植するために、生体硬膜(11)の欠損部にあてがった状態を示す断面図である。人工硬膜は、通常、術者により硬膜の欠損部より、やや大きなサイズで、生体硬膜(11)の欠損部にあてがわれる。この時、人工硬膜(3)は、髄液と接触していないので、ほとんど膨潤していない。このため、このような状態での人工硬膜(3)は、適度な強度を有しかつ膨潤前でサイズが小さいため、生体硬膜への位置あわせが容易であり、また、生体硬膜を傷付けにくい。
【0072】
次に、図3に示されるように、生体硬膜(11)は縫合糸(12)により人工硬膜(3)と縫合(固定)されている。なお、図3は、人工硬膜(3)を縫合した直後の状態を示す断面図である。図3に示されるように、人工硬膜(3)は、縫合時に、針穴が開いており、縫合糸(12)と人工硬膜(3)との間に隙間(13)が生じている。また、人工硬膜(3)と生体硬膜(11)とは密着が足りず、人工硬膜(3)と生体硬膜(11)との間に隙間(14)が生じている。このような状態では、隙間(13)と隙間(14)から髄液が漏れてしまう。
【0073】
しかし、図4に示されるように、髄液のpHは7.4付近であるため、人工硬膜(3)が髄液と接触することにより、人工硬膜(3)中のpH応答性ヒドロゲルポリマーが膨張して、隙間(13)や隙間(14)は、それぞれ、隙間(13a)や隙間(14a)にまですばやく縮小する。なお、図4は、図3から時間が経過した状態を示す断面図である。この時点で、術者は、髄液漏れの有無を観察し、もし髄液漏れが観察される場合には、フィブリングルーを髄液漏れが観察される部位に塗ったり、縫合を追加したりしてもよい。このような操作によって、髄液漏れをより着実に防止することができる。
【0074】
また、仮に図4の状態で、術者が気付かない程度のわずかな髄液漏れがあった場合であっても、図5に示されるように、pH応答性ヒドロゲルポリマーが髄液との接触により徐々に膨張して、隙間(13)と隙間(14)を完全になくしてしまう。このため、髄液漏れを完全に止めることができる。なお、図5は、図4から時間が経過した状態を示す断面図である。
【0075】
上述したように、本発明の人工硬膜は、特定の生体硬膜の場所に固定するまでは、膨潤せず、適度な強度を有するため、生体硬膜に容易に固定できる。また、人工硬膜を生体硬膜の所定位置に固定した後は、髄液と接触することにより、膨潤して、針穴周辺の隙間や人工硬膜と生体硬膜との間の隙間をすばやく縮小することができる。このため、フィブリングルーを用いなくとも、人工硬膜と生体硬膜との隙間や人工硬膜の縫合による針穴周辺の隙間からの髄液漏れを効率よく抑制・防止できる。また、本発明に係るヒドロゲルポリマーは、膨潤後は軟らかいので、生体硬膜、脳や脊髄を傷つけにくく、また、脳や脊髄を圧迫することが少ないあるいはない。したがって、本発明の人工硬膜は、生体硬膜に固定した後の髄液漏れを抑制・防止し、手術中に傷つけにくく、わずかな髄液漏れを残しにくい上、留置後に脳や脊髄に悪影響を与えない。このため、髄液漏れを残すことによる再手術の可能性を低減できる。また、フィブリングルーの使用が必須でないため、手術時間を短縮できる。
【実施例】
【0076】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0077】
実施例1
アンバージャーに、15.2g(0.21モル)のアクリルアミド、8.7g(0.09モル)のアクリル酸ナトリウム、0.05g(0.0003モル)のN,N’−メチレンビスアクリルアミド、79.5gの水を加える。開始剤として、530μLのN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンと、650μLの水中20w/w%過硫酸アンモニウムとを加え、注射器に溶液を吸引する。注射器内で、25℃で2時間、溶液を重合させる。剃刀の刃を用いて注射器を取り外し、真空オーブン中で乾燥させる。蒸留水中で3回、それぞれ、10〜12時間、2時間、2時間洗浄して、未反応のモノマーおよび組み込まれなかったオリゴマーを除去する。次いで、エタノール中で脱水し、真空下に約55℃で約2時間乾燥させる。乾燥ヒドロゲルを粉砕し、直径10〜50ミクロンの粒子を得る。次いで、乾燥粒子を、50%塩酸:50%水の酸性化溶液中約37℃で約22時間インキュベートする。インキュベーション後、(a)70%イソプロピルアルコール:30%水で約5分、(b)100%イソプロピルアルコールで約15分、(c)100%イソプロピルアルコールで約15分、および(d)100%イソプロピルアルコールで約15分連続洗浄して、過剰な塩酸溶液を洗い流す。次いで、真空下に約55℃で約2時間乾燥させて、ヒドロゲルポリマー粒子を得る。
【0078】
ポリエチレンテレフタレート製不織布(縦5cm、横5cm、厚さ300μm)2枚の間に、2.5gの上記で得られたヒドロゲルポリマー粒子を均等に敷き詰める。ニードルパンチにより2枚の不織布を一体化する。次にプレスすることにより、厚さ500μmの人工硬膜を得ることができる。
【0079】
実施例2
アンバージャーに、15.2g(0.21モル)のアクリルアミド、8.7g(0.09モル)のアクリル酸ナトリウム、0.05g(0.0003モル)のN,N−メチレンビスアクリルアミド、79.5gの水、および45gの塩化ナトリウム(<10ミクロン粒径)を加える。開始剤として、530μLのN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンと、650μLの水中20w/w%過硫酸アンモニウムとを加え、注射器に溶液を吸引する。注射器内で2時間、溶液を重合させる。剃刀の刃を用いて注射器を取り外し、真空オーブン中で乾燥させる。蒸留水中で3回、それぞれ、10〜12時間、2時間、2時間洗浄して、未反応のモノマーおよび組み込まれなかったオリゴマーを除去する。次いで、エタノール中で脱水し、真空下に約55℃で約2時間乾燥させる。乾燥ヒドロゲルを粉砕し、直径10〜50ミクロンの粒子を得る。次いで、乾燥粒子を、50%塩酸:50%水の酸性化溶液中約37℃で約22時間インキュベートする。インキュベーション後、(a)70%イソプロピルアルコール:30%水で約5分、(b)100%イソプロピルアルコールで約15分、(c)100%イソプロピルアルコールで約15分、および(d)100%イソプロピルアルコールで約15分連続洗浄して、過剰な塩酸溶液を洗い流す。次いで、真空下に約55℃で約2時間乾燥させて、ヒドロゲルポリマー粒子を得る。
【0080】
ポリエチレンテレフタレート製不織布(縦5cm、横5cm、厚さ300μm)2枚の間に、2.5gの上記で得られたヒドロゲルポリマー粒子を均等に敷き詰める。ニードルパンチにより2枚の不織布を一体化する。次にプレスすることにより、厚さ500μmの人工硬膜を得ることができる。
【符号の説明】
【0081】
1、1a、1b…基材、
2…pH応答性ヒドロゲルポリマー、
2a…pH応答性ヒドロゲルポリマー層、
3…人工硬膜(構造体)、
11…生体硬膜、
12…縫合糸、
13、13a、14、14a…隙間。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材およびpH応答性ヒドロゲルポリマーを有する人工硬膜。
【請求項2】
前記pH応答性ヒドロゲルポリマーは、2枚の基材間に配置される、請求項1に記載の人工硬膜。
【請求項3】
前記pH応答性ヒドロゲルポリマーは、(メタ)アクリルアミド系単量体に由来する構成単位および不飽和カルボン酸に由来する構成単位を含む共重合体を、架橋剤により架橋した水膨潤性架橋高分子から形成される、請求項1または2に記載の人工硬膜。
【請求項4】
前記基材は、不織布、織物または編物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の人工硬膜。
【請求項5】
前記pH応答性ヒドロゲルポリマーが粒子の形態を有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の人工硬膜。
【請求項6】
前記pH応答性ヒドロゲルポリマーは、ニードルパンチ手段またはステッチボンド手段によって前記基材と一体化される、請求項2〜5のいずれか1項に記載の人工硬膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−143164(P2011−143164A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−8201(P2010−8201)
【出願日】平成22年1月18日(2010.1.18)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】