説明

人工細胞組織の作成方法、及びそのための基材

本発明は、基材上に細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域がパターン化された細胞接着性変化パターンを有する細胞配列用基材表面に細胞を接着させる工程、接着した細胞を細胞培養用基材にパターン化された状態で転写する工程、及び転写された細胞を培養する工程を含む細胞培養方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、細胞をパターン化した状態で培養する方法、該方法によって作成される細胞組織、並びに細胞がパターン化した状態で接着された基材に関する。
【背景技術】
近年、人工代替物や細胞を培養して組織化させたものをそのまま移植しようという技術が注目されている。その代表的な例として、人工皮膚、人工血管及び培養細胞組織等が挙げられる。合成高分子を用いた人工皮膚等は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用として好ましくない。一方、培養細胞組織は本人の細胞を培養して組織化したものであるため拒絶反応の心配がなく、移植用として好ましい。このような培養細胞組織は、本人から細胞を採取し、これを培養することにより作成される。
多くの動物細胞は、何かに接着して生育する接着依存性を有しており、生体外の浮遊状態では長時間生存することができないため、上記のような細胞組織を作成するための細胞培養においては、例えば表面処理により細胞接着性を高めた改質ポリスチレン等の高分子材料や、又はコラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質をガラスや高分子材料に均一に塗布した培養皿が担体として用いられてきた。このような担体に平面状に接着した細胞は、培養性は良好であるが、通常組織化しにくいため、細胞本来の機能が得られない。例えば組織化していない培養肝細胞のアルブミン産生能は組織化肝細胞(肝スフェロイド)の数分の一に低下するという研究報告がある。
これに対し、細胞の組織化を促進するため、培養細胞を基材上の微小な部分にのみ接着させ、配列させる技術が報告されている。培養細胞を配列させる方法としては、細胞に対して接着の容易さが異なるような表面がパターンをなしているような基材を用い、この表面で細胞を培養し、細胞が接着するように加工した表面だけに細胞を接着させることによって細胞を配列させる方法がとられている。
例えば、特開平2−245181号公報には、回路状に神経細胞を増殖させるなどの目的で、静電荷パターンを形成させた電荷保持媒体を細胞培養に応用している。また、特開平3−7576号公報では、細胞非接着性あるいは細胞接着性の光感受性親水性高分子をフォトリソグラフィ法によりパターニングした表面上への培養細胞の配列を試みている。
さらに、特開平5−176753号公報では、細胞の接着率や形態に影響を与えるコラーゲンなどの物質がパターニングされた細胞培養用基材と、この基材をフォトリソグラフィ法によって作成する方法について開示している。このような基材の上で細胞を培養することによって、コラーゲンなどがパターニングされた表面により多くの細胞を接着させ、細胞のパターニングを実現している。
しかしながら、このような細胞培養部位のパターニングは、用途によっては高精細であることが要求される場合がある。上述したような感光性材料を用いたフォトリソグラフィ法等によるパターニングを行う場合は、高精細なパターンを得ることはできるが、細胞接着性材料が感光性を有する必要があり、例えば生体高分子等にこのような感光性を付与するための化学的修飾を行うことが困難な場合が多く、細胞接着性材料の選択性の幅を極めて狭くするといった問題があった。フォトレジストを用いたフォトリソグラフィ法では、現像液等を用いる必要性があり、これらが細胞培養に際して悪影響を及ぼす場合があった。また、細胞の培養能が高い生体材料等は一般的にプラズマにより分解しにくいため、プラズマエッチング法を用いたパターニングも工業生産性が低く実用的ではない。
さらに、上記のようにパターニングして培養された細胞は、トリプシンのようなタンパク質分解酵素や化学薬品で処理することにより回収されるため、処理工程が煩雑になり、コンタミネーションの可能性が高くなること、細胞が変性若しくは損傷し、細胞本来の機能が損なわれる可能性がある等の問題があった。
そこで、特開2003−38170号公報では、基材上に温度応答性ポリマーによるパターンを形成した細胞培養支持体を作成し、該細胞培養支持体上で細胞を培養し、これを高分子膜に密着させて温度を変化させることにより細胞を損傷させることなく高分子膜とともに細胞を剥離して細胞シートを製造する方法を開示している。しかし、ここで開示される方法では微細なパターンを効率的に形成することは困難であり、また細胞を支持体から剥離するときに温度を変化させる必要があるため工程が煩雑である。また、臓器等の生体材料上に直接パターニングすることも困難である。
一方、特定の細胞培養法により人工臓器を構築する方法も知られている(特開2003−24351号公報)。これは、管状の細胞培養基材に血管内皮細胞等を接着することにより人工血管を形成させるものである。しかし、この方法で多数の人工血管を作成する為には、微細加工された細胞培養基材を多数用意する必要があり、組織の形成に時間を要することからその工業生産性は低い。
【発明の開示】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明の課題は、細胞に損傷を与えることなく簡便な方法によって細胞を微細なパターン状に配列して培養すること、これにより培養細胞の組織化を促進することである。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、細胞接着性を有する領域がパターン化された細胞配列用基材に対し細胞を播き、細胞をパターン状に接着をさせる事で細胞を配列し、その配列化された細胞を細胞培養用基材に転写する事により細胞を配列状態で培養できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
本発明は、基材上に細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域がパターン化された細胞接着性変化パターンを有する細胞配列用基材表面に細胞を接着させる工程、接着した細胞を細胞培養用基材にパターン化された状態で転写する工程、及び転写された細胞を培養する工程を含む細胞培養方法に関する。
本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞接着性変化パターンにおける細胞接着性良好領域の水接触角は10〜40°である。
本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞接着性変化パターンは、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層によって形成される。
本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞接着性変化層は、光触媒及び細胞接着性変化材料を含有する光触媒含有細胞接着性変化層である。
本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞接着性変化層は、光触媒を含有する光触媒処理層と、該光触媒処理層上に形成された細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有する。
本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞接着性変化パターンは、細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層と光触媒を含有する光触媒含有層とを対向するように配置した後、エネルギー照射することにより形成される。
本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞培養用基材は生体材料である。本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞接着性変化パターンは、細胞接着性阻害領域にライン状の細胞接着性良好領域が配置されたパターンである。本発明の細胞培養方法の一態様において、細胞接着性変化パターンは、ライン状の細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域のスペースとが交互に配置されたパターンであり、細胞接着性良好領域のライン幅が20〜200μmであり、ライン間のスペース幅が300〜1000μmであり、細胞が血管内皮細胞である。本発明はまた、上記の細胞培養方法によって形成される細胞組織に関する。本発明はまた、基材上に細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域がパターン化された細胞接着性変化パターンを有する細胞配列用基材において、該細胞接着性変化パターンの細胞接着性良好領域に細胞が接着された細胞接着基材に関する。
本発明の細胞接着基材の一態様において、細胞接着性変化パターンにおける細胞接着性良好領域の水接触角は10〜40°である。
本発明の細胞接着基材の一態様において、細胞接着性変化パターンは、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層によって形成される。
本発明の細胞接着基材の一態様において、細胞接着性変化層は、光触媒及び細胞接着性変化材料を含有する光触媒含有細胞接着性変化層である。
本発明の細胞接着基材の一態様において、細胞接着性変化層は、光触媒を含有する光触媒処理層と、該光触媒処理層上に形成された細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有する。
本発明の細胞接着基材の一態様において、前記細胞接着性変化パターンは、細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層と光触媒を含有する光触媒含有層とを対向するように配置した後、エネルギー照射することにより形成される。
本発明はまた、前記細胞接着基材上に接着された被検体由来の細胞を、被検体の生体組織にパターン化された状態で転写して細胞を増殖させることにより、被検体の組織を再生する方法に関する。
本発明により、細胞に損傷を与えることなく簡便な方法によって細胞を微細なパターン状に配列して培養することができる。
本発明の細胞培養方法は、細胞配列用基材表面に細胞を接着させ、接着した細胞を細胞培養用基材にパターン化された状態で転写し、転写された細胞を培養することを特徴とする。以下、細胞配列用基材、その製造方法、細胞配列用基材の細胞接着性良好領域に細胞が接着した細胞接着基材、並びに細胞培養用基材への転写及び転写後の培養についてそれぞれ説明する。
I.細胞配列用基材
まず、本発明の細胞配列用基材について詳細に説明する。本発明の細胞配列用基材は、基材上に細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域がパターン化された細胞接着性変化パターンを有することを特徴とするものである。
細胞接着性とは、細胞を接着する強度、すなわち細胞の接着しやすさを意味する。細胞接着性良好領域とは、細胞接着性が良好な領域を意味し、細胞接着性阻害領域とは、細胞の接着性が悪い領域を意味する。従って、細胞接着性変化パターンを有する細胞配列用基材上に細胞を播くと、細胞接着性良好領域には細胞が接着するが、細胞接着性阻害領域には細胞が接着しないため、細胞配列用基材表面には細胞がパターン状に配列されることになる。
細胞接着性は、接着しようとする細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性が良好とは、ある種の細胞に対する細胞接着性が良好であることを意味する。従って、細胞配列用基材上には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着性良好領域が存在する場合、すなわち細胞接着性が異なる細胞接着性良好領域が2水凖以上存在する場合もある。
細胞接着性変化パターンとしては、エネルギーの照射に伴い細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含む細胞接着性変化層を基材上に形成し、特定の領域にエネルギー照射することによって細胞接着性を変化させて、細胞接着性の異なる領域をパターン状に形成させたものが挙げられる。細胞の接着性が変化する材料には、エネルギーの照射に伴い細胞接着性を獲得又は増加する材料及び細胞接着性が減少又は消失する材料の双方が含まれる。
本発明の細胞配列用基材に用いられる基材としては、その表面に細胞接着性変化パターンを形成することが可能な材料で形成されたものであれば特に限定されるものではない。具体的には、金属、ガラス、及びシリコン等の無機材料、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは20〜200μmである。
細胞接着性変化材料、細胞接着性変化層については、光触媒を用いる実施態様において説明する。
また、細胞接着性変化パターンには、細胞接着性を有しない細胞非接着材料を含む細胞非接着層とその上に形成された細胞接着性を有する細胞接着材料を含む細胞接着層から形成され、エネルギーの照射に伴い細胞接着層が分解されて消失することにより細胞非接着層が露出して、細胞接着性の異なる領域が形成される場合も含まれる。同様に、細胞接着層とその上に形成される細胞非接着層から形成され、エネルギー照射に伴い細胞非接着層が分解されて消失することにより細胞接着層が露出して、細胞接着性の異なる領域が形成される場合も含まれる。
細胞接着材料としては、各種タイプのコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、カドヘリンなどの細胞外基質、RGDペプチド、他に細胞接着性付与の為にコロナ処理、イオンビーム照射処理、電子線照射処理等の手法によりカルボニル基やカルボキシル基を導入したポリオレフィン樹脂が挙げられ、細胞非接着材料としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のフッ素系材料、ポリイミド、リン脂質等が挙げられる。また、インクジェット法などの方法を用いることにより、細胞非接着層の上に細胞接着材料をパターン状に付着形成する場合、及び細胞接着層の上に細胞非接着材料をパターン状に付着形成する場合も含まれる。あるいは付加的に、基材上にエネルギーの照射に伴い細胞接着材料に対する親和性が変化する親和性変化材料を含有する層を形成し、エネルギーを照射することによって細胞接着材料に対する親和性を有する領域と有しない領域からなるパターンを形成し、ここに細胞接着材料を含む溶液を導入した後洗浄することにより、細胞接着材料が存在する領域(細胞接着性良好領域)と細胞接着材料が存在しない領域(細胞接着性阻害領域)を有する細胞接着性変化パターンを形成することもできる。このような態様においては、基材上で直接パターン形成できない細胞接着材料によってパターンを形成することができる。例えば、図8に示すように、ガラス等の親水性を有する基材(1)に、撥水性材料を含む層を有する領域(20)と有しない領域からなるパターンを形成する。ここに撥水性材料に吸着しにくい親水性の細胞接着材料(21)を導入し、その後洗浄する。これにより親水性の細胞接着材料が存在する領域(細胞接着性良好領域)と撥水性材料が存在する領域(細胞接着性阻害領域)がパターン状に形成される。この場合の親水性の細胞接着材料としては、コラーゲン等の細胞外基質を用いることができる。
本発明においては、細胞配列用基材上にパターン状に配列された細胞を細胞培養用基材に転写することから、上記の細胞接着性良好領域の細胞接着力は適度な強度であることが好ましい。適度な接着強度とすることによって、細胞を特定の領域のみに接着して細胞パターンを形成できるが、これを細胞培養用基材に容易に転写することが可能になるからである。従って、細胞配列用基材における細胞接着性良好領域の細胞接着力は、細胞接着性阻害領域の細胞接着力よりも強いが、細胞培養用基材表面の細胞接着力よりも弱いものであることが好ましい。
このような細胞接着力は、表面の水接触角によって評価することができる。本発明における細胞接着性変化パターンの細胞接着性良好領域における水接触角は、10〜40°であることが好ましい。水接触角をこのような範囲とすることにより、細胞を細胞配列用基材に接着させ、更に細胞培養用基材に転写する場合、細胞を細胞配列用基材に単層状に接着できるとともに、細胞配列用基材への接着が弱いことから細胞培養用基材にも容易に転写することができる。接触角とは、静止液体の自由表面が個体壁に接する場所で液面と固体面とのなす角(液の内部にある角をとる)を意味する。
上記の水接触角とは、通常大気圧下で材料表面にシリンジ等の器具を用いて微小な水滴を滴下し、水滴端部の気液界面と固体面との成す角度を拡大鏡などで観察する、静止接触角測定法で測定した値を意味する。
上記のような細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域がパターン状に配置された細胞接着性変化パターンを形成する手段としては、特に制限されないが、例えば、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、フレキソ印刷法及びコンタクトプリンティング法などの各種印刷法による方法、各種リソグラフィー法を用いる方法、並びにインクジェット法による方法、他に微細な溝を彫刻等する立体整形の手法などが挙げられる。本発明においては、光触媒を用いたリソグラフィー法、すなわち、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料及び光触媒を用い、必要とされるパターンに沿ってエネルギーを照射することによって細胞接着性変化パターンを形成する方法が好ましい。このような態様においては、高精細なパターンを細胞に対して悪影響を及ぼすような処理液を用いることなく、簡便な工程により形成することができる。また、細胞接着性変化材料の変性の必要性がないことから、材料選択の幅を広げることが可能であり、後述するような特異的な接着性を発現するような生物学的細胞接着性変化材料をも問題なく用いることができる。
形成させるパターンは、二次元のパターンであれば特に制限されず、細胞配列用基材上に配列して転写後培養する細胞の種類、形成させる組織等によって選択することができる。例えば、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状、格子状、円形、四角形のパターン、円形及び四角形等の図形の内部がすべて細胞接着性良好領域又は細胞接着性阻害領域となっているパターンなどを形成することができる。血管内皮細胞又は神経細胞を培養して組織を形成する場合は、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状又は格子状のパターンで細胞が接着するようなパターンを形成することが好ましい。これを細胞培養用基材に転写して培養すると、血管内皮細胞の場合は、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状又は格子状に配列されることにより組織化が促進され、血管の形成が促される。ライン状、ツリー状(樹状)、網目状又は格子状のパターンを形成する場合、パターンにおける線幅は、通常20〜200μm、好ましくは50〜100μmである。特に、血管内皮細胞をライン状に配置して培養することにより毛細血管を形成する場合は、ライン状の細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域のスペースが交互に配置された細胞接着性変化パターンを形成し、血管内皮細胞をライン状に接着させることが好ましい。このような態様においては、細胞が1〜10個、好ましくは1〜5個収まる程度のライン幅で細胞が接着されるようなパターンを形成するのが好ましい。具体的には、細胞接着性良好領域のライン幅は、通常20〜200μm、好ましくは50〜80μmであり、ラインとラインの間にあたる細胞接着性阻害領域のスペース幅は通常300〜1000μm、好ましくは400〜800μmである。ライン幅を上記の数値範囲とすることにより、血管内皮細胞が効率的に管組織化することができる。このような細胞接着性変化パターンを形成することにより、ライン状に接着され転写された血管内皮細胞は、組織化してライン状の毛細血管を効率的に形成する。複数のラインが交わることなく並ぶような細胞パターンを形成したい場合は、細胞が接着したラインとラインの間のスペース幅を上記のように一定の値以上とすることにより、細胞が組織化する際にラインとライン間で細胞から擬足が伸びてラインにゆがみが生じるのを防ぐことができる。
また、血管内皮細胞を格子状に配置して培養することにより毛細血管を形成する場合は、上記のようにライン状の細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域のスペースが交互に配置されるとともに、該ラインと交わるライン状の細胞接着性良好領域がさらに配置された細胞接着性変化パターンを形成し、血管内皮細胞を格子状に接着させることが好ましい。この場合、互いに交わるラインのライン幅は上記と同様である。さらなるライン間のスペース幅は、通常0.03〜5cm、好ましくは0.04〜3cmである。
上記の光触媒を用いたリソグラフィー法によって作成される細胞配列用基材として、例えば以下の3つの実施態様が挙げられる。これらについて、それぞれ説明する。
A.第1実施態様
本発明の細胞配列用基材の第1実施態様は、基材上に形成され、エネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を有する細胞接着性変化層を基板上に有し、上記細胞接着性変化層には、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンが形成されている細胞配列用基材であって、上記細胞接着性変化層が、光触媒と上記細胞接着性変化材料とを有する光触媒含有細胞接着性変化層である点に特徴を有するものである。
本実施態様においては、このように細胞接着性変化層が、光触媒と上記細胞接着性変化材料とを有する光触媒含有細胞接着性変化層であるので、エネルギーが照射された際に、光触媒含有細胞接着性変化層内の光触媒の作用により細胞接着性変化材料の細胞接着性が変化し、エネルギーが照射された部分と照射されない部分とで細胞との接着性が異なる細胞接着性変化パターンを形成することができる。
このような本実施態様の細胞配列用基材を、用いられる部材に分けてそれぞれ説明する。
1.光触媒含有細胞接着性変化層
本実施態様は、基材上に光触媒含有細胞接着性変化層が形成されている点に特徴を有する。この光触媒含有細胞接着性変化層は、少なくとも光触媒と細胞接着性変化材料とを有するものである。
(1)細胞接着性変化材料
本実施態様に用いられる細胞接着性変化材料は、エネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する材料であれば特に限定されるものではない。細胞の接着性が変化するとは、エネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞接着性を獲得又は増加する材料及び細胞接着性が減少又消失する材料の双方が含まれる。
このような細胞接着性変化材料には、細胞との接着性を制御する態様により、物理化学的特性により細胞と接着する物理化学的細胞接着性変化材料と生物学的特性により細胞と接着する生物学的細胞接着性変化材料との主に二つの態様がある。
a.物理化学的細胞接着性変化材料
細胞をその表面に接着させるための物理化学的な因子としては、表面自由エネルギーに関する因子と、疎水性相互作用等による因子等が挙げられる。
このような因子により物理化学的細胞接着性を有する物理化学的細胞接着材料としては、主骨格が光触媒の作用により分解されないような高い結合エネルギーを有するものであって、光触媒の作用により分解されるような有機置換基を有するものが好ましく、例えば、(1)ゾルゲル反応等によりクロロ又はアルコキシシラン等を加水分解、重縮合して大きな強度を発揮するオルガノポリシロキサン、(2)反応性シリコーンを架橋したオルガノポリシロキサン等を挙げることができる。
上記の(1)の場合、一般式:
SiX(4−n)
(ここで、Yはアルキル基、フルオロアルキル基、ビニル基、アミノ基、フェニル基又はエポキシ基を示し、Xはアルコキシル基、アセチル基又はハロゲンを示す。nは0〜3までの整数である。)で示されるケイ素化合物の1種又は2種以上の加水分解縮合物若しくは共加水分解縮合物であるオルガノポリシロキサンであることが好ましい。なお、ここでYで示される基の炭素数は1〜20の範囲内であることが好ましく、また、Xで示されるアルコキシ基は、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基であることが好ましい。
また、有機基として、特にフルオロアルキル基を含有するポリシロキサンを好ましく用いることができ、具体的には、下記のフルオロアルキルシランの1種又は2種以上の加水分解縮合物、共加水分解縮合物が挙げられ、一般にフッ素系シランカップリング剤として知られたものを使用することができる。
CF(CFCHCHSi(OCH
CF(CFCHCHSi(OCH
CF(CFCHCHSi(OCH
CF(CFCHCHSi(OCH
(CFCF(CFCHCHSi(OCH
(CFCF(CFCHCHSi(OCH
(CFCF(CFCHCHSi(OCH
CF(C)CSi(OCH
CF(CF(C)CSi(OCH
CF(CF(C)CSi(OCH
CF(CF(C)CSi(OCH
CF(CFCHCHSiCH(OCH
CF(CFCHCHSiCH(OCH
CF(CFCHCHSiCH(OCH
CF(CFCHCHSiCH(OCH
(CFCF(CFCHCHSiCH(OCH
(CFCF(CFCHCHSiCH(OCH
(CFCF(CFCHCHSiCH(OCH
CF(C)CSiCH(OCH
CF(CF(C)CSiCH(OCH
CF(CF(C)CSiCH(OCH
CF(CF(C)CSiCH(OCH
CF(CFCHCHSi(OCHCH
CF(CFCHCHSi(OCHCH
CF(CFCHCHSi(OCHCH
CF(CFCHCHSi(OCHCH
CF(CFSON(C)CCHSi(OCH
上記のようなフルオロアルキル基を含有するポリシロキサンを物理化学的細胞接着材料として用いることにより、光触媒含有細胞接着性変化層のエネルギー未照射部においては、表面にフッ素を有する部分が存在するため細胞接着性を有しない面となるが、エネルギー照射された部分においては、フッ素等が除去されて、表面にOH基等を有する部分が存在するため細胞接着性を有する面となる。従って、エネルギー照射部とエネルギー未照射部とにおいて、細胞の接着性の異なる領域をパターン状に形成することができる。
また、上記の(2)の反応性シリコーンとしては、下記一般式で表される骨格をもつ化合物を挙げることができる。

ただし、nは2以上の整数であり、R、Rはそれぞれ炭素数1〜10の置換若しくは非置換のアルキル、アルケニル、アリール基であり、置換基としては、ハロゲン、シアノ、等が挙げられる。R、Rの具体例としては、メチル、エチル、プロピル、ビニル、フェニル、ハロゲン化フェニル、シアノメチル、シアノエチル、シアノプロピル等が挙げられる。ビニル、フェニル、ハロゲン化フェニルは、モル比で全体の40%以下であることが好ましい。また、R、Rがメチル基のものが表面エネルギーが最も小さくなるので好ましく、モル比でメチル基が60%以上であることが好ましい。また、鎖末端若しくは側鎖には、分子鎖中に少なくとも1個以上の水酸基等の反応性基を有する。
また、上記のオルガノポリシロキサンとともに、ジメチルポリシロキサンのような架橋反応をしない安定なオルガノシリコン化合物を別途混合してもよい。
一方、分解物質タイプの物理化学的細胞接着材料としては光触媒の作用により分解し、かつ分解されることにより光触媒含有極性変化層表面の極性を変化させる機能を有する界面活性剤を挙げることができる。具体的には、日光ケミカルズ(株)製NIKKOL BL、BC、BO、BBの各シリーズ等の炭化水素系、デュポン社製ZONYL FSN、FSO、旭硝子(株)製サーフロンS−141、145、大日本インキ化学工業(株)製メガファックF−141、144、ネオス(株)製フタージェントF−200、F251、ダイキン工業(株)製ユニダインDS−401、402、スリーエム(株)製フロラードFC−170、176等のフッ素系あるいはシリコーン系の非イオン界面活性剤を挙げることができ、また、カチオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、両性界面活性剤を用いることもできる。
なお、このように物理化学的細胞接着材料を分解物質タイプとして用いた場合には、通常別途バインダ成分を用いることが好ましい。この際用いられるバインダ成分としては、主骨格が上記光触媒の作用により分解されないような高い結合エネルギーを有するものであれば特に限定されるものではない。具体的には、有機置換基を有しない、若しくは多少有機置換基を有するポリシロキサンを挙げることができ、これらはテトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン等を加水分解、重縮合することにより得ることができる。
なお、本実施態様においては、このようなバインダタイプの物理化学的細胞接着材料と分解物質タイプの物理化学的細胞接着材料とを併用するようにしてもよい。
また、静電的相互作用の制御により、細胞との接着性を変化させる物理化学的細胞接着性変化材料もある。このような材料の場合、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により、材料が含有する、正電荷を有する官能基が分解された結果、表面に存在する正電荷量が変化し、これにより細胞との接着性を変化させ、細胞接着性変化パターンを形成するものである。例えば、このような材料としてポリLリシン等が挙げられる。
b.生物学的細胞接着性変化材料
細胞をその表面に接着させる為の生物学的な因子としては、多くの細胞種に対して被接着性を有することができる材料、特定の細胞種にのみ被接着性を有する材料がある。前者は例えばコラーゲンI型であり、後者は例えば肝実質細胞を選択的に接着するポリ(N−p−ビニルベンジル−[O−β−D−ガラクトピラノシル−(1→4)−D−グルコンアミド])(以下、PVLA)等がある。PVLAの場合、肝実質細胞が特異認識をするガラクトース基を構造中に有する事により、材料−細胞間の選択的かつ特異的な接着が行われるものと推測される。
このような材料と光触媒を混合し、光触媒含有細胞接着性変化層として用いる場合は以下の使用形態が考えられる。コラーゲンI型を酵素処理により可溶化した可溶化コラーゲンIと予め焼成処理、粉砕処理をしたTiO粒子等の光触媒を混合し、光触媒含有細胞接着性変化層用材料とする。次に、基材上に光触媒含有細胞接着性変化層用材料を塗布して光触媒含有細胞接着性変化層を形成する。この光触媒含有細胞接着性変化層に、少量のエネルギーを照射した場合には、コラーゲンの側鎖にある細胞接着性ペプチド構造の一部が破壊され、細胞接着性を減少させることができる。また、エネルギー照射量を増やす事により細胞接着性ペプチド構造を徐々に失わせることができ、細胞接着性を更に減少させることができる。
またさらに、過大なエネルギー照射を行う事によりコラーゲンの主鎖構造を破壊することができ、その細胞接着性を完全に失わせることができる。
(2)光触媒
本実施態様に用いられる光触媒としては、光半導体として知られる例えば二酸化チタン(TiO)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化スズ(SnO)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)、酸化タングステン(WO)、酸化ビスマス(Bi)、及び酸化鉄(Fe)を挙げることができ、これらから選択して1種又は2種以上を混合して用いることができる。
本実施態様においては、特に二酸化チタンが、バンドギャップエネルギーが高く、化学的に安定で毒性もなく、入手も容易であることから好適に使用される。二酸化チタンには、アナターゼ型とルチル型があり本態様ではいずれも使用することができるが、アナターゼ型の二酸化チタンが好ましい。アナターゼ型二酸化チタンは励起波長が380nm以下にある。
このようなアナターゼ型二酸化チタンとしては、例えば、塩酸解膠型のアナターゼ型チタニアゾル(石原産業(株)製STS−02(平均粒径7nm)、石原産業(株)製ST−K01)、硝酸解膠型のアナターゼ型チタニアゾル(日産化学(株)製TA−15(平均粒径12nm))等を挙げることができる。
光触媒の粒径は小さいほど光触媒反応が効果的に起こるので好ましく、平均粒径が50nm以下であることが好ましく、20nm以下の光触媒を使用するのが特に好ましい。
本実施態様に用いられる光触媒含有細胞接着性変化層中の光触媒の含有量は、5〜60重量%、好ましくは20〜40重量%の範囲で設定することができる。
2.基材
本発明の細胞配列用基材に用いられる基材としては、表面に光触媒含有細胞接着性変化層を形成することが可能な材料で形成されたものであれば特に限定されるものではなく、露光処理による表面処理が可能であればその形態は問わない。具体的には、金属、ガラス、及びシリコン等の無機材料、プラスチックで代表される有機材料を挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の形状が挙げられる。
3.細胞接着性変化パターン
本実施態様においては、上記基材上に上述した光触媒含有細胞接着性変化層を形成し、さらにエネルギーをパターン状に照射することにより、細胞との接着性が変化したパターンである細胞接着性変化パターンが形成されている。
このような細胞接着性変化パターンは、通常は細胞接着性の良好な細胞接着性良好領域と細胞接着性の悪い細胞接着性阻害領域とから形成される。そして、この細胞接着性良好領域に細胞が接着されることにより、高精細なパターン状に細胞を接着させることができる。このような細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域とは、用いる細胞接着性変化材料の種類に応じて決定されるものである。
例えば、細胞接着性変化材料が表面自由エネルギーを変化させて細胞の接着性を変化させる物理化学的細胞接着性変化材料である場合、細胞の接着性は所定の範囲内の表面自由エネルギーであると良好であり、その範囲を外れると細胞との接着性が低下する傾向にある。このような表面自由エネルギーによる細胞の接着性の変化としては例えば、CMC出版 バイオマテリアルの最先端 筏 義人(監修)p.109下部に示されるような実験結果が知られている。
また、上記材料の表面自由エネルギーだけでなく、どのような細胞種をどのような材料種に接触させるか等によっても、細胞の接着性を決定することができる。
ここで、この細胞接着性変化パターンは、上述したような細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域を含むパターンであるが、用途によっては細胞接着性変化パターンが、表面の細胞接着性が少なくとも3水準以上異なる領域を有する細胞接着性変化パターンである場合も含まれる。
例えば、生物学的細胞接着性変化材料を用いた光触媒含有細胞接着性変化層を用いている場合であって、細胞の接着性の良好な状態が未確定である場合等においては、連続的に光触媒含有細胞接着性変化層の表面状態を変化させることにより、接着性に最適な状態を見出すことができる等の利点を有する場合があるからである。
このように、本発明においては、3水準以上とは連続的に細胞の接着性が変化した状態を含むものであり、どの程度の水準とするかは、状況に応じて適宜選択されて決定される。
このような多水準の接着性の異なる領域を形成する場合は、光触媒含有細胞接着性変化層に対するエネルギーの照射量を変化させることにより行うことができる。具体的には、透過率の異なるハーフトーンのフォトマスクを用いる等の方法を挙げることができる。
さらに、本実施態様においては、エネルギーの照射された部分と未照射の部分との光触媒活性の差を利用した、細胞接着性変化パターンを用いることができる。すなわち、例えば分解物質として光触媒含有細胞接着性変化層内に導入された生物学的細胞接着性変化材料を用いた場合、光触媒含有細胞接着性変化層表面にエネルギーをパターン状に照射すると、照射部分の表面に滲出した生物学的細胞接着性変化材料は分解され、未照射の部分の生物学的細胞接着性変化材料は残存する。したがって、この生物学的細胞接着性変化材料が特定の細胞と接着性が良好な材料、若しくは多くの細胞と接着性が良好な細胞である場合、未照射部分が細胞接着性良好領域となるが、エネルギーが照射された部分は、細胞との接着性が良好な生物学的細胞接着性変化材料が存在しないばかりでなく、エネルギー照射により活性化された滅菌性を有する光触媒が露出した領域となる。したがって、エネルギー照射部分が細胞接着性阻害領域となる場合は、特に本実施態様の細胞配列用基材を用いて所定の期間培養した場合、パターンが太くなる等の不具合が生じることが無いという利点を有するものである。
B.第2実施態様
本発明の細胞配列用基材の第2実施態様は、基材と、上記基材上に形成され、エネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を有する細胞接着性変化層とを有し、上記細胞接着性変化層には、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンが形成されている細胞配列用基材であって、上記細胞接着性変化層が、光触媒を有する光触媒処理層と、上記光触媒処理層上に形成され、上記細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有することを特徴とするものである。
本実施態様においては、このように細胞接着性変化層が、基材上に形成された光触媒処理層と、この光触媒処理層上に形成された細胞接着性変化材料層とを有するものであるので、エネルギーが照射された際に、光触媒処理層内の光触媒の作用により細胞接着性変化材料層内の細胞接着性変化材料の細胞接着性が変化し、エネルギーが照射された部分と照射されない部分とで細胞との接着性が異なる細胞接着性変化パターンを形成することができる。
このような本実施態様の細胞配列用基材を、用いられる部材に分けてそれぞれ説明する。
1.細胞接着性変化材料層
本実施態様の細胞配列用基材は、基材上に形成された光触媒処理層上に細胞接着性変化材料層が形成される。この細胞接着性変化材料層は、上記第1実施態様で説明した細胞接着性変化材料を用いることにより形成される層を用いることができる。以下、物理化学的細胞接着性変化材料を用いた細胞接着性変化材料層と生物学的細胞接着性変化材料を用いた細胞接着性変化材料層とに分けて説明する。
(1)物理化学的細胞接着性変化材料を用いた場合
本実施態様において、物理化学的細胞接着性変化材料により形成される細胞接着性変化材料層は、上記第1実施態様で説明した材料と同様の材料を用いた層とすることができる。このような材料を用いた場合は、光触媒の有無を除き上述したものと同様である。なお、本実施態様においては、原則的には細胞接着性変化材料層内に光触媒を含有する必要性は無いが、感度等の関係で少量含有されたものであってもよい。
また、本実施態様においては、光触媒処理層上に光触媒の作用により分解除去される分解除去層として細胞接着性変化材料層を形成し、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞接着性変化材料層が分解された領域、すなわち光触媒処理層が露出した領域と、細胞接着性変化材料層が残存する領域とを形成し、これにより細胞接着性変化パターンとするようなタイプの細胞接着性変化材料層を用いることができる。
具体的には、表面自由エネルギーにより細胞の接着性を制御する場合は、表面自由エネルギーが細胞接着性に適当である物理化学的細胞接着性変化材料を用い、この材料を全面に塗布して細胞接着性変化材料層を形成し、その後エネルギーをパターン照射して細胞接着性変化材料層の有無のパターンを形成し、これにより細胞接着性変化パターンとするものである。
このような分解除去層としての物理化学的細胞接着性変化材料層であって、表面自由エネルギーにより細胞の接着性を制御する場合に用いることができる材料としては、例えば、再生セルロース、ナイロン11等が挙げられる。
また、静電的相互作用により細胞の接着性を制御する場合は、正電荷を有する物理化学的細胞接着性変化材料を用い、上記と同様の方法により細胞接着性変化パターンとすることができる。
このような分解除去層としての物理化学的細胞接着性変化材料層であって、静電的相互作用により細胞の接着性を制御する場合に用いることができる材料としては、ポリアミングラフトポリ(2−ヒドロキシメチルメタクリレート)(HA−x)等を挙げることができる。
これらの樹脂は、溶媒に溶解させ、例としてスピンコート法等の一般的な成膜方法により形成することが可能である。また、本発明においては、機能性薄膜、すなわち、自己組織化単分子膜、ラングミュア−ブロジェット膜、及び交互吸着膜等を用いることにより、欠陥のない膜を形成することが可能であることから、このような成膜方法を用いることがより好ましいといえる。
このような分解除去層としての細胞接着性変化材料層を用いて細胞接着性変化パターンを形成した場合は、分解除去された領域は後述する光触媒処理層が露出していることから、細胞の培養が大きく阻害される領域となる。したがって、このような方法により得られる細胞配列用基材は、長期間細胞を保持しても高精細なパターンを維持することができるといった利点を有するものである。
(2)生物学的細胞接着性変化材料を用いた場合
本実施態様において、生物学的細胞接着性変化材料により形成される細胞接着性変化材料層は、第1実施態様で説明したものと同様のものを使用することができ、例えばコラーゲンI型等を挙げることができる。
2.光触媒処理層
次に、本発明に用いられる光触媒処理層について説明する。本発明に用いられる光触媒処理層は、光触媒処理層中の光触媒がその上に形成された細胞接着性変化材料層の細胞接着特性を変化させるような構成であれば、特に限定されるものではなく、光触媒とバインダとから構成されているものであってもよいし、光触媒単体で製膜されたものであってもよい。また、その表面の特性は特に親液性であっても撥液性であってもよいが、この光触媒処理層上に、細胞接着性変化材料層等を形成する都合上、親液性であることが好ましい。
この光触媒処理層における、後述するような酸化チタンに代表される光触媒の作用機構は、必ずしも明確なものではないが、光の照射によって生成したキャリアが、近傍の化合物との直接反応、あるいは、酸素、水の存在下で生じた活性酸素種によって、有機物の化学構造に変化を及ぼすものと考えられている。本発明においては、このキャリアが光触媒処理層上に形成された細胞接着性変化材料層中の化合物に作用を及ぼすものであると思われる。このような光触媒としては、第1実施態様で詳述したものと同様である。
本実施態様における光触媒処理層は、上述したように光触媒単独で形成されたものであってもよく、またバインダと混合して形成されたものであってもよい。
光触媒のみからなる光触媒処理層の場合は、細胞接着性変化材料層の細胞接着特性の変化に対する効率が向上し、処理時間の短縮化等のコスト面で有利である。一方、光触媒とバインダとからなる光触媒処理層の場合は、光触媒処理層の形成が容易であるという利点を有する。
光触媒のみからなる光触媒処理層の形成方法としては、例えば、スパッタリング法、CVD法、真空蒸着法等の真空製膜法を用いる方法を挙げることができる。真空製膜法により光触媒処理層を形成することにより、均一な膜でかつ光触媒のみを含有する光触媒処理層とすることが可能であり、これにより細胞接着性変化材料層の特性を均一に変化させることが可能であり、かつ光触媒のみからなることから、バインダを用いる場合と比較して効率的に細胞接着性変化層の細胞接着性を変化させることが可能となる。
また、光触媒のみからなる光触媒処理層の形成方法の他の例としては、例えば光触媒が二酸化チタンの場合は、基材上に無定形チタニアを形成し、次いで焼成により結晶性チタニアに相変化させる方法等が挙げられる。ここで用いられる無定形チタニアとしては、例えば四塩化チタン、硫酸チタン等のチタンの無機塩の加水分解、脱水縮合、テトラエトキシチタン、テトライソプロポキシチタン、テトラ−n−プロポキシチタン、テトラブトキシチタン、テトラメトキシチタン等の有機チタン化合物を酸存在下において加水分解、脱水縮合によって得ることができる。次いで、400℃〜500℃における焼成によってアナターゼ型チタニアに変性し、600℃〜700℃の焼成によってルチル型チタニアに変性することができる。
また、バインダを用いる場合は、バインダの主骨格が上記の光触媒の作用により分解されないような高い結合エネルギーを有するものが好ましく、例えばこのようなバインダとしては、上述したオルガノポリシロキサン等を挙げることができる。
このようにオルガノポリシロキサンをバインダとして用いた場合は、上記光触媒処理層は、光触媒とバインダであるオルガノポリシロキサンとを必要に応じて他の添加剤とともに溶剤中に分散して塗布液を調製し、この塗布液を透明基材上に塗布することにより形成することができる。使用する溶剤としては、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系の有機溶剤が好ましい。塗布はスピンコート、スプレーコート、ディップコート、ロールコート、ビードコート等の公知の塗布方法により行うことができる。バインダとして紫外線硬化型の成分を含有している場合、紫外線を照射して硬化処理を行うことにより光触媒処理層を形成することかできる。
また、バインダとして無定形シリカ前駆体を用いることができる。この無定形シリカ前駆体は、一般式SiXで表され、Xはハロゲン、メトキシ基、エトキシ基、又はアセチル基等であるケイ素化合物、それらの加水分解物であるシラノール、又は平均分子量3000以下のポリシロキサンが好ましい。
具体的には、テトラエトキシシラン、テトライソプロポキシシラン、テトラ−n−プロポキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラメトキシシラン等が挙げられる。また、この場合には、無定形シリカの前駆体と光触媒の粒子とを非水性溶媒中に均一に分散させ、透明基材上に空気中の水分により加水分解させてシラノールを形成させた後、常温で脱水縮重合することにより光触媒処理層を形成できる。シラノールの脱水縮重合を100℃以上で行えば、シラノールの重合度が増し、膜表面の強度を向上できる。また、これらの結着剤は、単独あるいは2種以上を混合して用いることができる。
バインダを用いた場合の光触媒処理層中の光触媒の含有量は、5〜60重量%、好ましくは20〜40重量%の範囲で設定することができる。また、光触媒処理層の厚みは、0.05〜10μmの範囲内が好ましい。
また、光触媒処理層には上記の光触媒、バインダの他に、界面活性剤を含有させることができる。具体的には、日光ケミカルズ(株)製NIKKOL BL、BC、BO、BBの各シリーズ等の炭化水素系、デュポン社製ZONYL FSN、FSO、旭硝子(株)製サーフロンS−141、145、大日本インキ化学工業(株)製メガファックF−141、144、ネオス(株)製フタージェントF−200、F251、ダイキン工業(株)製ユニダインDS−401、402、スリーエム(株)製フロラードFC−170、176等のフッ素系あるいはシリコーン系の非イオン界面活性剤を挙げることかでき、また、カチオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、両性界面活性剤を用いることもできる。
さらに、光触媒処理層には上記の界面活性剤の他にも、ポリビニルアルコール、不飽和ポリエステル、アクリル樹脂、ポリエチレン、ジアリルフタレート、エチレンプロピレンジエンモノマー、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリウレタン、メラミン樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリイミド、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴ厶、ポリプロピレン、ポリブチレン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリエステル、ポリブタジエン、ポリベンズイミダゾール、ポリアクリルニトリル、エピクロルヒドリン、ポリサルファイド、ポリイソプレン等のオリゴマー、ポリマー等を含有させることができる。
3.基材
本実施態様に用いられる基材は、上記光触媒処理層を形成可能であれば、特に限定されるものではなく、第1実施態様で説明したものと同様のものを用いることが可能である。
4.細胞接着性変化パターン
本実施態様においては、上述した細胞接着性変化材料層に、パターン状にエネルギーを照射することにより、光触媒処理層中の光触媒の作用によって、細胞接着性変化材料層表面の細胞との接着性が変化したパターンである細胞接着性変化パターンが形成されている。
C.第3実施態様
本実施態様の細胞配列用基材は、基材と、上記基材上に形成され、エネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を有する細胞接着性変化層とを有し、上記細胞接着性変化層には、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンが形成されている細胞配列用基材であって、上記細胞接着性変化層が、上記細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層であり、上記接着性変化パターンが、光触媒を含有する光触媒含有層と上記細胞接着性変化材料層とが対向するように配置した後、所定の方向からエネルギーを照射することにより形成されたものであることを特徴とするものである。
本実施態様においては、このように細胞接着性変化層が、細胞接着性変化材料層であり、上記接着性変化パターンが、光触媒を含有する光触媒含有層と上記細胞接着性変化材料層とが対向するように配置した後、所定の方向からエネルギーを照射することにより形成されたものであるので、エネルギーが照射された際に、光触媒含有層内の光触媒の作用により細胞接着性変化材料層内の細胞接着性変化材料の細胞接着性が変化し、エネルギーが照射された部分と照射されない部分とで細胞との接着性が異なる細胞接着性変化パターンを形成することができる。
このような本実施態様の細胞配列用基材を、用いられる部材に分けてそれぞれ説明する。
1.細胞接着性変化材料層
本実施態様の細胞配列用基材は、基材上に細胞接着性変化材料層が形成される。この細胞接着性変化材料層は、上記第2実施態様で説明した材料を用いることにより形成される層と同様である。なお、本実施態様においては、原則的には細胞接着性変化材料層内に光触媒を含有する必要性は無いが、感度等の関係で少量含有されたものであってもよい。
また、本実施態様においては、上述した第2実施態様と同様に、基材上に光触媒の作用により分解除去される分解除去層として細胞接着性変化材料層を形成してもよい。この場合、細胞接着性変化材料層は、光触媒含有層側基板を用いてエネルギー照射することにより、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞接着性変化材料層が分解された領域、すなわち基材が露出した領域と、細胞接着性変化材料層が残存する領域とを形成し、これにより細胞接着性変化パターンとするようなタイプのものが用いられる。
2.基材
本実施態様に用いられる基材は、上述した細胞接着性変化材料層が形成可能なものであれば、特に限定されるものではなく、第1実施態様で説明したものと同様のものを用いることが可能である。
3.光触媒含有層
次に、本実施態様に用いられる光触媒含有層について説明する。本実施態様に用いられる光触媒含有層は、光触媒を含有する層であり、通常はガラス等の基体上に形成されて用いられる。本実施態様においては、このような光触媒含有層を、上述した細胞接着性変化材料層と対向させて配置し、エネルギー照射を行うことにより、光触媒含有層中に含有される光触媒の作用により、細胞接着性変化材料層の細胞接着性を変化させることができるのである。本実施態様においては、この光触媒含有層を、エネルギー照射の際に所定の位置に配置し、細胞接着性変化パターンを形成することが可能であることから、上記細胞接着性変化材料層中に光触媒を含有させる必要がなく、細胞接着性変化材料層が、経時的に光触媒の作用を受けることのないものとすることができる、という利点を有する。
このような光触媒含有層としては、上記第2実施態様で光触媒処理層について説明した層と同様である。
4.細胞接着性変化パターン
本実施態様においては、上述した細胞接着性変化材料層に、上記光触媒含有層を用いて、パターン状にエネルギーを照射することにより、光触媒含有層中の光触媒の作用によって、細胞接着性変化材料層表面の細胞との接着性が変化したパターンである細胞接着性変化パターンが形成されている。
II.細胞配列用基材の製造方法
次に、本発明の細胞配列用基材の製造方法について説明する。本発明の細胞配列用基材の製造方法には、例えば、上記のような3つの実施態様があるが、いずれの実施態様においても、基材と、その基材上に形成され、かつエネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する層とを有するパターン形成体用基材を形成し、このパターン形成体用基材にエネルギーを照射することにより、光触媒を作用させて、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンを形成することを特徴とするものである。
本発明の細胞配列用基材の製造方法によれば、上記エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する層を形成することから、この層に必要とされるパターン上にエネルギーを照射することにより、容易に高精細なパターン状に細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンが形成された細胞配列用基材を製造することが可能となる。したがって、高精細なパターンを細胞に対して悪影響を及ぼすような処理液を用いることなく、簡便な工程により細胞配列用基材を製造することができる。また、細胞接着性変化材料の変性の必要性がないことから、材料選択の幅を広げることが可能であり、後述するような特異的な接着性を発現するような生物学的細胞接着性変化材料をも問題なく用いることができるのである。
以下、本発明の細胞配列用基材を上記の1〜3の実施態様ごとに説明する。
A.第1実施態様
まず、本発明の細胞配列用基材の第1実施態様について説明する。本発明の細胞配列用基材の第1実施態様は、基材と、上記基材上に形成され、かつ光触媒及びエネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する光触媒含有細胞接着性変化層とを有するパターン形成体用基材を形成するパターン形成体用基材形成工程と、上記光触媒含有細胞接着性変化層にエネルギーを照射し、上記光触媒含有細胞接着性変化層の、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンを形成する細胞接着性変化パターン形成工程とを有するものである。
本実施態様の細胞配列用基材の製造方法は、例えば図1に示すように、まず、基材1と、その基材1上に形成された光触媒含有細胞接着性変化層2とを有するパターン形成体用基材3を形成する(パターン形成体用基材形成工程(図1(a))。次に、上記光触媒含有細胞接着性変化層2に、例えばフォトマスク4を用いてエネルギー5を照射し(図1(b))、光触媒含有細胞接着性変化層2の細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターン6を形成する(図1(c))細胞接着性変化パターン形成工程を行うものである。
本実施態様においては、光触媒と上記細胞接着性変化材料とを有する光触媒含有細胞接着性変化層を形成することから、細胞接着性変化パターン形成工程において、エネルギーを照射することにより、光触媒含有細胞接着性変化層内の光触媒の作用により細胞接着性変化材料の細胞接着性が変化し、エネルギーが照射された部分と照射されない部分とで細胞との接着性が異なる細胞接着性変化パターンを形成することができるのである。以下、本実施態様の各工程について説明する。
1.パターン形成体用基材形成工程
まず、本実施態様におけるパターン形成体用基材形成工程について説明する。本実施態様におけるパターン形成体用基材形成工程は、基材と、上記基材上に形成され、かつ光触媒及びエネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する光触媒含有細胞接着性変化層とを有するパターン形成体用基材を形成する工程である。
本工程は、基材上に、光触媒及び細胞接着性変化材料を含有する塗工液を、例えば、スピンコート、スプレーコート、ディップコート、ロールコート、ビードコート等の公知の塗布方法により塗布し、光触媒含有細胞接着性変化層を形成することにより行うことができる。またバインダとして紫外線硬化型の成分を含有している場合、紫外線を照射して硬化処理を行うことにより光触媒含有層を形成することができる。
2.細胞接着性変化パターン形成工程
次に、本実施態様における細胞接着性変化パターン形成工程について説明する。本実施態様における細胞接着性変化パターン形成工程は、上記光触媒含有細胞接着性変化層にエネルギーを照射し、上記光触媒含有細胞接着性変化層の、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンを形成する工程である。
本工程により、目的とするパターン状にエネルギーを照射することにより、エネルギー照射された領域のみの光触媒含有細胞接着性変化層の細胞の接着性を変化させることができ、高精細な細胞接着性の良好な領域と悪い領域とのパターンである、細胞接着性変化パターンを形成することができるのである。
ここで、本実施態様でいうエネルギー照射(露光)とは、光触媒含有細胞接着性変化層表面の細胞接着性を変化させることが可能ないかなるエネルギー線の照射をも含む概念であり、可視光の照射に限定されるものではない。
通常このようなエネルギー照射に用いる光の波長は、400nm以下の範囲、好ましくは380nm以下の範囲から設定される。これは、上述したように光触媒含有細胞接着性変化層に用いられる好ましい光触媒が二酸化チタンであり、この二酸化チタンにより光触媒作用を活性化させるエネルギーとして、上述した波長の光が好ましいからである。
このようなエネルギー照射に用いることができる光源としては、水銀ランプ、メタルハライドランプ、キセノンランプ、エキシマランプ、その他種々の光源を挙げることができる。
上述したような光源を用い、フォトマスクを介したパターン照射により行う方法の他、エキシマ、YAG等のレーザを用いてパターン状に描画照射する方法を用いることも可能である。
また、エネルギー照射に際してのエネルギーの照射量は、光触媒含有細胞接着性変化層中の光触媒の作用により、光触媒含有細胞接着性変化層表面の細胞の接着性の変化が行われるのに必要な照射量とする。
光触媒含有細胞接着性変化層表面の細胞の接着性の変化は、エネルギーの照射量に依存して変化するため、例えばエネルギー照射時間を調節することによって接着性を調整することができる。そうすることによって、適度な接着性を有する表面とすることができる。細胞接着性については、既に述べたとおり表面の水接触角で評価することができるので、適した水接触角を有する表面が得られるようエネルギー照射時間を調節することにより、適度な接着性を有する表面とすることができる。例えば、細胞接着性変化材料としてフルオロアルキルシランを用い、365nmの紫外線を強度25.0mW/秒で照射する場合、フォトマスクの基材に石英を用いた例では、通常120〜600秒、好ましくは240〜480秒照射することにより好適な接着性を有する表面とすることができる。エネルギー照射時間及び照射強度等については、使用する基材の材料や細胞接着性変化材料等によって適宜調節することができる。
この際、光触媒含有細胞接着性変化層を加熱しながらエネルギー照射することにより、感度を上昇させることが可能となり、効率的な細胞の接着性の変化を行うことができる点で好ましい。具体的には30℃〜80℃の範囲内で加熱することが好ましい。
本実施態様におけるエネルギー照射方向は、上述した基材が透明である場合は、基材側及び光触媒含有細胞接着性変化層側のいずれの方向からフォトマスクを介したパターンエネルギー照射若しくはレーザの描画照射を行ってもよい。一方、基材が不透明な場合は、光触媒含有細胞接着性変化層側からエネルギー照射を行う必要がある。
B.第2実施態様
次に、本発明の細胞配列用基材の第2実施態様について説明する。本発明の細胞配列用基材の第2実施態様は、基材と、上記基材上に形成された光触媒を含有する光触媒処理層と、上記光触媒処理層上に形成され、かつエネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有するパターン形成体用基材を形成するパターン形成体用基材形成工程と、上記細胞接着性変化材料層にエネルギーを照射し、上記細胞接着性変化材料層の、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンを形成する細胞接着性変化パターン形成工程とを有するものである。
本実施態様の細胞配列用基材の製造方法は、例えば図2に示すように、まず、基材1と、その基材1上に形成された光触媒処理層7と、その光触媒処理層7上に形成された細胞接着性変化材料層8とを有するパターン形成体用基材3を形成する(パターン形成体用基材形成工程(図2(a))。次に、上記細胞接着性変化材料層8に、例えばフォトマスク4を用いてエネルギー5を照射し(図2(b))、細胞接着性変化材料層8の細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターン6を形成する(図2(c))細胞接着性変化パターン形成工程を行うものである。
本実施態様においては、光触媒処理層と、上記細胞接着性変化材料層を形成することから、細胞接着性変化パターン形成工程において、エネルギーを照射することにより、光触媒処理層中に含有される光触媒の作用により、細胞接着性変化材料層内の細胞接着性が変化し、エネルギーが照射された部分と照射されない部分とで細胞との接着性が異なる細胞接着性変化パターンを形成することができるのである。以下、本実施態様の各工程について説明する。
1.パターン形成体用基材形成工程
まず、本実施態様におけるパターン形成体用基材形成工程について説明する。本実施態様におけるパターン形成体用基材形成工程は、上記基材上に形成された光触媒を含有する光触媒処理層と、上記光触媒処理層上に形成され、かつエネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有するパターン形成体用基材を形成する工程である。
本工程で形成される光触媒処理層は、光触媒のみからなるものであってもよく、またバインダと混合して形成されるものであってもよい。
光触媒のみからなる光触媒処理層の形成方法としては、例えば、スパッタリング法、CVD法、真空蒸着法等の真空製膜法や、例えば光触媒が二酸化チタンの場合は、基材上に無定形チタニアを形成し、次いで焼成により結晶性チタニアに相変化させる方法等が挙げられる。真空製膜法により光触媒処理層を形成することにより、均一な膜でかつ光触媒のみを含有する光触媒処理層とすることが可能であり、これにより細胞接着性変化材料層上の細胞接着性を均一に変化させることが可能であり、かつ光触媒のみからなることから、バインダを用いる場合と比較して効率的に細胞接着性変化材料層上の細胞接着性を変化させることが可能となる。
また、光触媒処理層が、光触媒とバインダとを混合させたものである場合には、光触媒とバインダとを、必要に応じて他の添加剤とともに溶剤中に分散して塗布液を調製し、この塗布液を透明基材上に塗布することにより形成することができる。使用する溶剤としては、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系の有機溶剤が好ましい。塗布はスピンコート、スプレーコート、ディップコート、ロールコート、ビードコート等の公知の塗布方法により行うことができる。バインダとして紫外線硬化型の成分を含有している場合、紫外線を照射して硬化処理を行うことにより光触媒処理層を形成することができる。
続いて、上記光触媒処理層上に、上述した細胞接着性変化材料を含有する塗工液を、例えば、スピンコート、スプレーコート、ディップコート、ロールコート、ビードコート等の公知の塗布方法により塗布し、細胞接着性変化材料層を形成することができる。またバインダとして紫外線硬化型の成分を含有している場合、紫外線を照射して硬化処理を行うことにより光触媒処理層を形成することができる。
ここで、本工程に用いられる基材や光触媒処理層、及び細胞接着性変化材料層については、上述した「I.細胞配列用基材」の第2実施態様の項で説明したものと同様である。
2.細胞接着性変化パターン形成工程
次に、本実施態様における細胞接着性変化パターン形成工程について説明する。本実施態様における細胞接着性変化パターン形成工程は、上記細胞接着性変化材料層にエネルギーを照射し、上記細胞接着性変化材料層の、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンを形成する工程である。
本工程により、目的とするパターン状にエネルギーを照射することにより、エネルギー照射された領域のみの細胞接着性変化材料層の細胞の接着性を変化させることができ、高精細な細胞接着性の良好な領域と悪い領域とのパターンである、細胞接着性変化パターンを形成するとかできるのである。
本工程におけるエネルギー照射方法や、照射するエネルギー、エネルギー照射量については、上述した第1実施態様と同様である。
C.第3実施態様
次に、本発明の細胞配列用基材の第3実施態様について説明する。本発明の細胞配列用基材の第3実施態様は、基材と、上記基材上に形成され、エネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有するパターン形成体用基材を形成するパターン形成体用基材形成工程と、上記パターン形成体用基材と、光触媒を含有する光触媒含有層及び基体を有する光触媒含有層側基板とを、上記細胞接着性変化材料層と上記光触媒含有層とが対向するように配置した後、所定の方向からエネルギー照射し、上記細胞接着性変化材料層の、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンを形成する細胞接着性変化パターン形成工程とを有するものである。
本実施態様の細胞配列用基材の製造方法は、例えば図3に示すように、まず、基材1と、その基材1上に形成された細胞接着性変化材料層8とを有するパターン形成体用基材3を形成する(パターン形成体用基材形成工程(図3(a))。次に、基体11と、その基体11上に形成された光触媒含有層12とを有する光触媒含有層側基板13を用意する。この光触媒含有層側基板13における光触媒含有層12と上記細胞接着性変化材料層8とが対向するように配置し、例えばフォトマスク4を用いてエネルギー5を照射し(図3(b))、細胞接着性変化材料層8の細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターン6を形成する(図3(c))細胞接着性変化パターン形成工程を行うものである。
本実施態様においては、上記細胞接着性変化材料層を形成することから、細胞接着性変化パターン形成工程において、光触媒含有層側基板を用いてエネルギーを照射することにより、光触媒含有層中に含有される光触媒の作用により、細胞接着性変化材料層内の細胞接着性が変化し、エネルギーが照射された部分と照射されない部分とで細胞との接着性が異なる細胞接着性変化パターンを形成することができるのである。以下、本実施態様の各工程について説明する。
1.パターン形成体用基材形成工程
まず、本発明におけるパターン形成体用基材形成工程について説明する。本発明におけるパターン形成体用基材形成工程は、基材と、上記基材上に形成され、エネルギーの照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有するパターン形成体用基材を形成する工程である。
本工程は、基材上に、細胞接着性変化材料を含有する塗工液を、例えば、スピンコート、スプレーコート、ディップコート、ロールコート、ビードコート等の公知の塗布方法により塗布し、細胞接着性変化材料層を形成することにより行うことができる。またバインダとして紫外線硬化型の成分を含有している場合、紫外線を照射して硬化処理を行うことにより光触媒含有層を形成することができる。
ここで、本工程に用いられる基材及び細胞接着性変化材料については、上述した「I.細胞配列用基材」の第1実施態様の項で説明したものと同様のものを用いることができる。
2.細胞接着性変化パターン形成工程
次に、本実施態様における細胞接着性変化パターン形成工程について説明する。本実施態様における接着性変化パターン形成工程は、上記パターン形成体用基材と、光触媒を含有する光触媒含有層及び基体を有する光触媒含有層側基板とを、上記細胞接着性変化材料層と上記光触媒含有層とが対向するように配置した後、所定の方向からエネルギー照射し、上記細胞接着性変化材料層の、細胞の接着性が変化した細胞接着性変化パターンを形成する工程である。
本工程において、光触媒含有層側基板における光触媒含有層及び細胞接着性変化材料層を対向するように配置し、目的とするパターン状にエネルギーを照射することにより、エネルギー照射された領域のみの細胞接着性変化材料層の細胞の接着性を変化させることができ、高精細な細胞接着性の良好な領域と悪い領域とのパターンである、細胞接着性変化パターンを形成することができるのである。
以下、本工程に用いられる光触媒含有層側基板、及びエネルギー照射についてそれぞれ説明する。
(1)光触媒含有層側基板
まず、本実施態様に用いられる光触媒含有層側基板について説明する。
本実施態様に用いられる光触媒含有層側基板は、少なくとも光触媒含有層と基体とを有するものであり、通常は基体上に所定の方法で形成された薄膜状の光触媒含有層が形成されてなるものである。また、この光触媒含有層側基板には、パターン状に形成された光触媒含有層側遮光部やプライマー層が形成されたものも用いることができる。
本実施態様においては、エネルギーを照射する際に、上記細胞接着性変化材料層と、上記光触媒含有層側基板における光触媒含有層とを所定の間隙をおいて対向させ、光触媒含有層側基板の光触媒含有層の作用により、細胞接着性変化材料層の細胞接着性を変化させ、エネルギー照射後、光触媒含有層側基板を取り外すことにより細胞接着性変化パターンが形成されるのである。以下、この光触媒含有層側基板の各構成について説明する。
a.光触媒含有層
本実施態様に用いられる光触媒含有層は、少なくとも光触媒を含有するものであり、バインダを有していても、有していなくてもよく、上述した第2実施態様の光触媒処理層と同様である。
ここで、本実施態様において用いられる光触媒含有層は、例えば図3に示すように、基体11上に全面に形成されたものであってもよいが、例えば図4に示すように、基体11上に光触媒含有層12がパターン状に形成されたものであってもよい。
このように光触媒含有層をパターン状に形成することにより、エネルギーを照射する際に、フォトマスク等を用いてパターン照射をする必要がなく、全面に照射することにより、細胞接着性変化材料層上に細胞接着性変化パターンを形成することができる。
この光触媒含有層のパターニング方法は、特に限定されるものではないが、例えばフォトリソグラフィー法等により行うことが可能である。
また、光触媒含有層と細胞接着性変化材料層とを例えば密着させてエネルギー照射を行う場合には、実際に光触媒含有層の形成された部分のみの特性が変化するものであるので、エネルギーの照射方向は上記光触媒含有層と細胞接着性変化材料層とが対向する部分にエネルギーが照射されるものであれば、いかなる方向から照射されてもよく、さらには、照射されるエネルギーも特に平行光等の平行なものに限定されないという利点を有するものとなる。
b.基体
本実施態様においては、図3に示すように、光触媒含有層側基板13は、少なくとも基体11とこの基体11上に形成された光触媒含有層12とを有するものである。この際、用いられる基体を構成する材料は、後述するエネルギーの照射方向や、得られる細胞配列用基材が透明性を必要とするか等により適宜選択される。
また本実施態様に用いられる基体は、可撓性を有するもの、例えば樹脂製フィルム等であってもよいし、可撓性を有しないもの、例えばガラス基材等であってもよい。さらには、別の形態の基体として、光ファイバ等の光導波路を用いることもできる。これらは、エネルギー照射方法により適宜選択されるものである。
なお、基体表面と光触媒含有層との密着性を向上させるために、基体上にアンカー層を形成するようにしてもよい。このようなアンカー層としては、例えば、シラン系、チタン系のカップリング剤等を挙げることができる。
c.光触媒含有層側遮光部
本実施態様に用いられる光触媒含有層側基板には、パターン状に形成された光触媒含有層側遮光部が形成されたものを用いてもよい。このように光触媒含有層側遮光部を有する光触媒含有層側基板を用いることにより、エネルギー照射に際して、フォトマスクを用いたり、レーザ光による描画照射を行う必要がない。したがって、光触媒含有層側基板とフォトマスクとの位置合わせが不要であることから、簡便な工程とすることが可能であり、また描画照射に必要な高価な装置も不必要であることから、コスト的に有利となるという利点を有する。
このような光触媒含有層側遮光部を有する光触媒含有層側基板は、光触媒含有層側遮光部の形成位置により、下記の二つの態様とすることができる。
一つが、例えば図5に示すように、基体11上に光触媒含有層側遮光部14を形成し、この光触媒含有層側遮光部14上に光触媒含有層12を形成して、光触媒含有層側基板とする態様である。もう一つは、例えば図6に示すように、基体11上に光触媒含有層12を形成し、その上に光触媒含有層側遮光部14を形成して光触媒含有層側基板とする態様である。
いずれの態様においても、フォトマスクを用いる場合と比較すると、光触媒含有層側遮光部が、上記光触媒含有層と細胞接着性変化材料層との配置部分の近傍に配置されることになるので、基体内等におけるエネルギーの散乱の影響を少なくすることができることから、エネルギーのパターン照射を極めて正確に行うことが可能となる。
さらに、上記光触媒含有層上に光触媒含有層側遮光部を形成する態様においては、光触媒含有層と細胞接着性変化材料層とを所定の位置に配置する際に、この光触媒含有層側遮光部の膜厚をこの間隙の幅と一致させておくことにより、上記光触媒含有層側遮光部を上記間隙を一定のものとするためのスペーサとしても用いることができるという利点を有する。また、スペーサとしての高さが不足する場合、遮光部に別途スペーサを設けてもよい。
すなわち、所定の間隙をおいて上記光触媒含有層と細胞接着性変化材料層とを対向させた状態で配置する際に、上記光触媒含有層側遮光部と細胞接着性変化材料層とを密着させた状態で配置することにより、上記所定の間隙を正確とすることが可能となり、そしてこの状態で光触媒含有層側基板からエネルギーを照射することにより、細胞接着性変化材料層上に細胞接着性変化パターンを精度良く形成することが可能となるのである。
このような光触媒含有層側遮光部の形成方法は、特に限定されるものではなく、光触媒含有層側遮光部の形成面の特性や、必要とするエネルギーに対する遮蔽性等に応じて適宜選択されて用いられる。
例えば、スパッタリング法、真空蒸着法等により厚み1000〜2000Å程度のクロム等の金属薄膜を形成し、この薄膜をパターニングすることにより形成されてもよい。このパターニングの方法としては、スパッタ等の通常のパターニング方法を用いることができる。
また、樹脂バインダ中にカーボン微粒子、金属酸化物、無機顔料、有機顔料等の遮光性粒子を含有させた層をパターン状に形成する方法であってもよい。用いられる樹脂バインダとしては、ポリイミド樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、ゼラチン、カゼイン、セルロース等の樹脂を1種又は2種以上混合したものや、感光性樹脂、さらにはO/Wエマルジョン型の樹脂組成物、例えば、反応性シリコーンをエマルジョン化したもの等を用いることができる。このような樹脂製遮光部の厚みとしては、0.5〜10μmの範囲内で設定することができる。このよう樹脂製遮光部のパターニングの方法は、フォトリソ法、印刷法等一般的に用いられている方法を用いることができる。
なお、上記説明においては、光触媒含有層側遮光部の形成位置として、基体と光触媒含有層との間、及び光触媒含有層表面の二つの場合について説明したが、その他、基体の光触媒含有層が形成されていない側の表面に光触媒含有層側遮光部を形成する態様も採ることが可能である。この態様においては、例えばフォトマスクをこの表面に着脱可能な程度に密着させる場合等が考えられ、細胞接着性変化パターンを小ロットで変更するような場合に好適に用いることができる。
d.プライマー層
次に、本実施態様の光触媒含有層側基板に用いられるプライマー層について説明する。本実施態様において、上述したように基体上に光触媒含有層側遮光部をパターン状に形成して、その上に光触媒含有層を形成して光触媒含有層側基板とする場合においては、上記光触媒含有層側遮光部と光触媒含有層との間にプライマー層を形成してもよい。
このプライマー層の作用・機能は必ずしも明確なものではないが、光触媒含有層側遮光部と光触媒含有層との間にプライマー層を形成することにより、プライマー層は光触媒の作用による細胞接着性変化材料層の細胞接着性変化を阻害する要因となる光触媒含有層側遮光部及び光触媒含有層側遮光部間に存在する開口部からの不純物、特に、光触媒含有層側遮光部をパターニングする際に生じる残渣や、金属、金属イオン等の不純物の拡散を防止する機能を示すものと考えられる。したがって、プライマー層を形成することにより、高感度で細胞接着性変化の処理が進行し、その結果、高解像度のパターンを得ることが可能となるのである。
なお、本実施態様においてプライマー層は、光触媒含有層側遮光部のみならず光触媒含有層側遮光部間に形成された開口部に存在する不純物が光触媒の作用に影響することを防止するものであるので、プライマー層は開口部を含めた光触媒含有層側遮光部全面にわたって形成されていることが好ましい。
本実施態様におけるプライマー層は、光触媒含有層側基板の光触媒含有層側遮光部と光触媒含有層とが接触しないようにプライマー層が形成された構造であれば特に限定されるものではない。
このプライマー層を構成する材料としては、特に限定されるものではないが、光触媒の作用により分解されにくい無機材料が好ましい。具体的には無定形シリカを挙げることができる。このような無定形シリカを用いる場合には、この無定形シリカの前駆体は、一般式SiXで示され、Xはハロゲン、メトキシ基、エトキシ基、又はアセチル基等であるケイ素化合物であり、それらの加水分解物であるシラノール、又は平均分子量3000以下のポリシロキサンが好ましい。
また、プライマー層の膜厚は、0.001μmから1μmの範囲内であることが好ましく、特に0.001μmから0.1μmの範囲内であることが好ましい。
(2)エネルギー照射
次に、本工程におけるエネルギー照射について説明する。本実施態様においては、上記細胞接着性変化材料層と、上記光触媒含有層側基板における光触媒含有層とを、対向するように配置し、所定の方向からエネルギーを照射することにより、細胞接着性変化材料層の細胞接着性が変化したパターンを形成することができる。
上記の配置とは、実質的に光触媒の作用が細胞接着性変化材料層表面に及ぶような状態で配置された状態をいうこととし、実際に物理的に接触している状態の他、所定の間隔を隔てて上記光触媒含有層と細胞接着性変化材料層とが配置された状態とする。この間隙は、200μm以下であることが好ましい。
本実施態様において上記間隙は、パターン精度が極めて良好であり、光触媒の感度も高く、したがって細胞接着性変化材料層の細胞接着性変化の効率が良好である点を考慮すると特に0.2μm〜10μmの範囲内、好ましくは1μm〜5μmの範囲内とすることが好ましい。このような間隙の範囲は、特に間隙を高い精度で制御することが可能である小面積の細胞接着性変化材料層に対して特に有効である。
一方、例えば300mm×300mm以上といった大面積の細胞接着性変化材料層に対して処理を行う場合は、接触することなく、かつ上述したような微細な間隙を光触媒含有層側基板と細胞接着性変化材料層との間に形成することは極めて困難である。したがって、細胞接着性変化材料層が比較的大面積である場合は、上記間隙は、10〜100μmの範囲内、特に10〜20μmの範囲内とすることが好ましい。間隙をこのような範囲内とすることにより、パターンがぼやける等のパターン精度の低下の問題や、光触媒の感度が悪化して細胞接着性変化の効率が悪化する等の問題が生じることなく、さらに細胞接着性変化材料層上の細胞接着性変化にムラが発生しないといった効果を有するからである。
このように比較的大面積の細胞接着性変化材料層をエネルギー照射する際には、エネルギー照射装置内の光触媒含有層側基板と細胞接着性変化材料層との位置決め装置における間隙の設定を、10μm〜200μmの範囲内、特に10μm〜20μmの範囲内に設定することが好ましい。設定値をこのような範囲内とすることにより、パターン精度の大幅な低下や光触媒の感度の大幅な悪化を招くことなく、かつ光触媒含有層側基板と細胞接着性変化材料層とが接触することなく配置することが可能となるからである。
このように光触媒含有層と細胞接着性変化材料層表面とを所定の間隔で離して配置することにより、酸素と水及び光触媒作用により生じた活性酸素種が脱着しやすくなる。すなわち、上記範囲より光触媒含有層と細胞接着性変化材料層との間隔を狭くした場合は、上記活性酸素種の脱着がしにくくなり、結果的に細胞接着性変化速度を遅くしてしまう可能性があることから好ましくない。また、上記範囲より間隔を離して配置した場合は、生じた活性酸素種が細胞接着性変化材料層に届き難くなり、この場合も細胞接着性変化の速度を遅くしてしまう可能性があることから好ましくない。
このような極めて狭い間隙を均一に形成して光触媒含有層と細胞接着性変化材料層とを配置する方法としては、例えばスペーサを用いる方法を挙げることができる。そして、このようにスペーサを用いることにより、均一な間隙を形成することができると共に、このスペーサが接触する部分は、光触媒の作用が細胞接着性変化材料層表面に及ばないことから、このスペーサを上述した細胞接着性変化パターンと同様のパターンを有するものとすることにより、細胞接着性変化材料層上に所定の細胞接着性変化パターンを形成することが可能となる。
本実施態様においては、このような配置状態は、少なくともエネルギー照射の間だけ維持されればよい。
ここで、照射されるエネルギーの種類や、照射方法、照射量等については、上述した第1実施態様で説明したものと同様である。
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
III.細胞接着基材
本発明の細胞培養方法は、細胞配列用基材に細胞がパターン状に接着されてなる細胞接着基材を、細胞培養用基材と密着させて、細胞配列用基材に接着している細胞を細胞培養用基材上に、パターン化された状態で転写する工程を含む。以下に細胞接着基材からの細胞転写工程及び培養工程について説明する。
例えば、一態様として概要を図7に示すと、細胞接着性良好領域(17)と細胞接着性阻害領域(18)がパターン状に形成された細胞配列用基材(15)に細胞を播種して細胞をパターン状に接着させることにより細胞接着基材とする。続いてこの細胞接着基材を細胞培養用基材(16)に密着させて細胞を転写し培養する。そして必要により細胞刺激因子(22)で細胞を刺激する。
次に、本発明の細胞接着基材について説明する。本発明の細胞接着基材は、図13(c)に示すように、基材上に細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域とからなる細胞接着性の異なる領域がパターン化された細胞接着性変化パターンを有する上記の細胞配列用基材の細胞接着性良好領域に細胞が接着されているものである。
本発明による細胞接着基材の作成方法の手順を図12に、この手順の各ステップごとの細胞接着基材の状態を図13に示す。本発明の細胞配列用基材は、上記のとおり細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域からなる細胞接着性変化パターンを有するものであるから、図13(a)に示すように、細胞配列用基材の表面に細胞を均一に播き(ステップ1)、図13(b)に示すように、一定時間細胞を培養し(ステップ2)、細胞接着性阻害領域にある余分な細胞を除去するために洗浄する(ステップ3)と、図13(c)に示すように細胞接着性良好領域には細胞が接着しているが、細胞接着性阻害領域には細胞が接着していない細胞パターンが形成された細胞接着基材が得られる。
本発明の細胞接着基材上のパターンは特に限定されないが、使用目的や使用対象に応じて決められる。例えば、毛細血管網や神経網については人工的に設計されたパターンでもよいし実際に生体内にあるパターンを元に設計されたパターンでもよい。例えば被移植対象の大きさや形に応じて任意に設計されたパターンでもよい。細胞接着性良好領域の周囲全体や一部に細胞接着性阻害領域を有するような単純なパターンも、施術者の使い勝手の良さの観点から好ましい例として挙げられる。細胞が接着していない領域が適当な面積で存在すれば、当該領域を医療器具などで摘むことができるので、施術したり次の工程に移したりする際に有利である。
細胞配列用基材に播種する細胞は、特に制限されないが、本発明は、接着性を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、肝臓の実質細胞である肝細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞及び子宮頸部上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、平滑筋細胞及び心筋細胞などの筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞及び視神経細胞などの神経細胞、軟骨細胞、骨細胞などが挙げられる。本発明は、血管内皮細胞について特に好適に用いられる。血管内皮細胞は、既存の血管から単離・培養した細胞でもよいし、培養下で血管内皮細胞に分化させたものでもよい。既存の血管とは具体的には頚動脈、臍帯静脈、体網中の血管など大血管から微小血管までを含み、培養下で内皮細胞に分化させる細胞としては骨髄および臍帯血や末梢血に存在する血管内皮細胞前駆細胞や脂肪細胞、ES細胞などが挙げられる。
これらの細胞を細胞培養用基材に転写して培養することにより機能化する目的に合わせて、適当な細胞を選択することができる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。また、本発明において培養する細胞は、未分化細胞であるES細胞、多分化能を有する多能性幹細胞、単分化能を有する単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであってもよい。
目的の細胞を含む培養試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理などを行っておくことが好ましい。
細胞配列用基材への細胞の播種に先だって、目的とする細胞を含む培養試料を、予め、各種の培養方法で予備培養して、目的とする細胞を増やすことが好ましい。予備培養には、単層培養、コートディシュ培養、ゲル上培養などの通常の培養方法が採用できる。予備培養において、細胞を支持体表面に接着させて培養する方法の一つに、いわゆる単層培養法として既に知られている手段がある。具体的には、例えば、培養容器に培養試料と培養液を収容して一定の環境条件に維持しておくことにより、特定の生細胞のみが、培養容器などの支持体表面に接着した状態で増殖する。使用する装置や処理条件などは、通常の単層培養法などに準じて行う。細胞が接着して増殖する支持体表面の材料として、ポリリシン、ポリエチレンイミン、コラーゲン及びゼラチン等の細胞の接着や増殖が良好に行われる材料を選択したり、ガラスシャーレ、プラスチックシャーレ、スライドガラス、カバーガラス、プラスチックシート及びプラスチックフィルム等の支持体表面に、細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質、いわゆる細胞接着因子を塗布しておくことも行われる。
培養後に、培養容器中の培養液を除去することで、培養試料中の支持体表面に接着しない塊状や線維状の不純物等の不要成分が除去され、支持体表面に接着した生細胞のみを回収できる。支持体表面に接着した生細胞の回収には、EGTA−トリプシン処理などの手段が適用できる。
上記のように予備培養した細胞を、図13(a)に示すように、培養液中の細胞配列用基材上に播種する。細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266〜270頁等に記載されている方法が使用できる。細胞を細胞配列用基材上で増殖させる必要がない程度に十分な量で、細胞が単層で接着するように播種することが好ましい。通常、培養液1ml当り10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましく、また、基材1cm当り10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。細胞が凝集すると細胞の組織化が阻害され、細胞培養用基材に転写して培養しても機能が低下するからである。具体的には、400mmあたり2×10個程度で播種する。
細胞を播種した細胞配列用基材を培養液中で培養することにより、細胞を細胞接着性良好領域に接着させることが好ましい。培養液としては、当技術分野で通常用いられる培地を使用することができ、例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMEM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編 組織培養の技術第三版」581頁に記載の基礎培地を用いることができる。さらに、これらの培地に血清成分(ウシ胎児血清等)等を添加したもの、並びにGibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。
図13(b)に示すように、細胞を培養する工程は、細胞配列用基材の細胞接着性良好領域に細胞を接着することを目的とする。培養する時間は、通常18〜30時間、好ましくは20〜24時間である。適度な時間で培養することによって、洗い流したときに細胞配列用基材の細胞接着性阻害領域の細胞が流されるとともに、細胞接着性良好領域の細胞は適切な接着力で細胞配列用基材上に残るため、残った細胞を細胞培養用基材に容易に転写することが可能になる。
培養する温度は、通常37℃である。CO細胞培養装置などを利用して、CO雰囲気下で培養するのが好ましい。培養した後、細胞配列用基材を洗浄することにより、接着していない細胞が洗い流され、細胞がパターン状に配列された本発明の細胞接着基材を作成することができる。
細胞配列用基材において、パターン状に配列しようとする細胞ごとに最適な細胞接着性を有する領域が形成された細胞接着性変化パターンとすることにより、複数種の細胞を同一の細胞配列用基材上で目的のパターンで接着させることもできる。
IV.細胞の転写及び培養
本発明による細胞の転写及び培養方法の手順を図14に、この手順の各ステップごとの細胞接着基材及び細胞培養用基材の状態を図15に示す。
図15(a)に示すように、細胞配列用基材の細胞接着性良好領域に細胞が接着している細胞接着基材を細胞培養用基材の細胞培養層に密着させる(ステップ4)。次いで、図15(b)に示すように、細胞を培養することで細胞培養用基材の細胞培養層に細胞を接着させる(ステップ5)。さらに、細胞の細胞接着性良好領域への接着力は、細胞培養層への接着力に比べて大きいことから、図15(c)に示すように、細胞配列用基材を細胞培養用基材から剥離すると、細胞培養用基材に細胞が転写される(ステップ6)。この転写された細胞をさらに培養すると、図15(d)に示すように細胞が機能化され、血管内皮細胞であれば環状構造が再現される(ステップ7)。
細胞が転写される細胞培養用基材としては、細胞を接着可能かつ培養可能なものであれば特に制限されないが、細胞配列用基材において細胞が接着している細胞接着性良好領域よりも細胞に対する接着性が強い細胞培養層を有するものが好ましい。例えば、細胞の組織化を安定的に行う為には細胞培養用基材の表面が柔らかく、また細胞被接着性が高すぎないものが望ましいことが次の参考文献に示されている。Mechanochemical Switching between growth and differentiation during fibroblast growth factor−stimulated angiogesis in vitro:Role of extracellular matrix.Donald E.Ingber 他、J.of cell biol.(1989)p.317。
細胞が接着可能かつ培養可能な細胞培養用基材としては、コラーゲンシートなどを用いることができる。また、後述する細胞培養層を設ける場合は、細胞培養層上の細胞の培養を阻害しない材料であればよく、例えば、ガラス、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリイミドなどを用いることができる。細胞配列用基材に用いられる基材について例示したものを使用することもできる。
細胞培養層は、その表面に細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質や細胞接着因子を含むことが好ましい。具体的には、各種タイプのコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、カドヘリン、ゼラチン、ペプチド及びインテグリン等の細胞外基質を挙げることができ、これらは1種のみを用いても、2種以上併用してもよい。細胞接着性が高いという点で、各種コラーゲンを用いることがより好ましく、各種コラーゲンの中でも、タイプIコラーゲンやタイプIVコラーゲンを用いることが特に好ましい。骨芽細胞などの細胞外基質産生細胞を培養して細胞外基質を生成させることにより細胞培養層を形成することもできる。
細胞培養用基材の形状は、特に限定されるわけではなく、細胞を転写できる表面を備えていればよい。例えば、ペトリ皿やマルチデッシュなどの培養皿を用いることができる。また、ガラスや上述のプラスチックからなる培養プレートを用いることもできる。
細胞接着基材から細胞培養用基材への細胞の転写は、細胞接着基材の細胞接着面と細胞培養用基材の表面、例えば細胞培養層とを接触させることにより実施できる。このように細胞接着基材と細胞培養用基材とを接触させた状態で、培養することにより細胞を転写することができる。培養は、通常、CO濃度5%、37℃で、3〜96時間行う。
その後、培養液中で細胞培養を行うが、細胞接着基材と細胞培養用基材とを接触させた状態で細胞培養を行ってもよいし、細胞接着基材を取り除いて細胞培養用基材のみで細胞培養を行ってもよい。細胞椄着基材と細胞培養用基材とを接触させた状態で一定時間細胞培養を行った後、細胞接着基材を取り除いてさらに細胞培養を行うのが好ましい。培養条件としては、特に制限はなく、培養する細胞種によって選択することができる。培養液としては、上記と同様のものを使用することができる。
本発明の細胞接着基材は、パターン状に接着している細胞を細胞培養用基材にパターン化された状態で容易に転写することができるとともに、転写した後は洗浄して再び細胞を播種する細胞配列用基材とすることができるため、再度細胞パターンを形成し、これを転写して培養することができる。従って、従来技術のように細胞をパターン状に培養するためのパターン形成された培養基材を培養のたびごとに作成する必要がなく、パターンを有しない通常の培養基材に転写するだけで細胞をパターン状に配列させることができる。従って、細胞パターンを安価かつ効率的に作成することができる。また、細胞培養用基材には、特別のパターンを形成させる必要がないので、細胞培養のために通常用いられるものを使用でき、材料選択の幅も広がるとともに、現像液などの細胞にとって有害な物質の影響を受けることもない。
本発明の細胞培養用基材には、生体材料も含まれる。生体材料とは生体由来の材料を意味し、例えば生体由来の組織及び器官等が含まれる。具体的には、肺、心臓、肝臓、腎臓、脳、胃、小腸、大腸等の臓器、骨、軟骨、皮膚、筋肉、眼球、舌、腹膜等の組織などが挙げられる。また、細胞シートやスフェロイドなどの細胞集合体もまた細胞培養基材として使用することができる。細胞集合体を構成する細胞としては、細胞外基質を産生する細胞、例えば、間質系細胞、上皮細胞、実質細胞などが挙げられる。具体的には、骨芽細胞、線維芽細胞、肝実質細胞、フィーダー細胞等の集合体を好ましく使用できる。
細胞配列用基材上の細胞をこれらの生体材料に直接転写することにより、組織及び器官上で直接細胞をパターン状に培養することができる。細胞が転写される生体材料と該生体材料に転写されて培養される細胞との組合せとしては、例えば、肝臓と血管内皮細胞、真皮と血管内皮細胞、骨芽細胞層と血管内皮細胞、線維芽細胞層と肝実質細胞、内皮細胞層と肝実質細胞、フィーダー細胞層と角膜上皮細胞が挙げられる。
このような態様においては、器官等の生体材料に直接細胞を転写して培養できることから、従来技術のように細胞培養用の担体から細胞を酵素処理等により剥がして回収する必要がなく、細胞の損傷を防ぐことができる。このように生体組織及び器官上に形成された細胞組織もまた本発明の範囲に包含される。
臓器移植においては、移植後、当該臓器の表面に毛細血管が形成されるが、この毛細血管を移植する臓器の表面に予め形成させてから移植することにより、移植を効果的に行う技術が知られている。しかし、移植前に毛細血管を形成しこれを臓器表面に付着させる従来技術の方法では、毛細血管の作成に時間がかかり迅速な移植が不可能である。さらに、培養用基材等で予め形成した血管を基材から剥がして臓器表面に移す際に組織が損傷する。本発明の方法では、細胞接着基材にパターン状に配置された細胞を臓器表面に転写した後、毛細血管が完全に形成されるのを待たずに移植を行うことができるので、迅速な移植が可能になる。臓器表面に線状又は網目状に転写された血管内皮細胞は組織化されやすいので、体内における毛細血管の形成が促進される。さらに、本発明では、細胞を移す際に、細胞配列用基材から細胞を剥がすための処理が不要であるため、組織の損傷が問題となることもない。
本発明はまた、被検体由来の細胞を本発明の細胞配列用基材にパターン状に接着した後、これを被検体の生体組織、例えば上記のような臓器、皮膚及び骨等の表面にパターン化された状態で転写し、該細胞を増殖させることにより被検体の組織を再生する方法に関する。
被検体としては、特に限定されないが、例えば哺乳動物が挙げられ、好ましくはヒトが挙げられる。例えば、本発明の方法により真皮繊維芽細胞や上皮細胞を生体における皮膚損傷部分に直接転写して細胞を増殖させることにより、被検体において皮膚組織を再生することができる。また、被検体において皮膚が損傷した部分に、血管内皮細胞をパターン状に転写して増殖させることにより毛細血管を形成させて、皮膚の再生を促すことも可能である。さらに、神経細胞をパターン状に配列して培養することにより、神経回路や神経細胞コンピューターを作成することも可能になる。
転写した細胞の培養においては、必要に応じて、細胞刺激因子を添加することにより、細胞活性を高めたり、細胞が本来有する機能を発現させ組織化を促進することができる。細胞刺激因子としては、細胞の組織化を促進する活性を有する物質であればいずれも使用でき、例えば、血管内皮細胞増殖因子(DEGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、神経成長因子(NGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、インスリン様増殖因子(IGF)等が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
図1は、本発明の細胞配列用基材の製造方法の一例を示す工程図である。
図2は、本発明の細胞配列用基材の製造方法の他の例を示す工程図である。
図3は、本発明の細胞配列用基材の製造方法の他の例を示す工程図である。
図4は、本発明における光触媒含有層側基板の一例を示す概賂断面図である。
図5は、本発明における光触媒含有層側基板の他の例を示す概略断面図である。
図6は、本発明における光触媒含有層側基板の他の例を示す概略断面図である。
図7は、本発明の方法の一例を示す概略図である。
図8は、本発明の方法の一例を示す概略図である。
図9は、細胞配列用基材に配列された細胞を表す写真である。
図10は、本発明によって形成された細胞組織を表す写真である。
図11は、本発明によって形成された細胞組織を表す写真である。
図12は、本発明による細胞接着基材の作成方法の手順を示す。
図13は、図12に示す手順の各ステップごとの細胞接着基材の状態を示す。
図14は、本発明による細胞の転写及び培養方法の手順を示す。
図15は、図14に示す手順の各ステップごとの細胞接着基材及び細胞培養用基材の状態を示す。
【符号の説明】
1 … 基材
2 … 光触媒含有細胞接着性変化層
3 … パターン形成体用基材
4 … フォトマスク
5 … エネルギー
6 … 細胞接着性変化パターン
15 … 細胞配列用基材
16 … 細胞培養用基材
17 … 細胞接着性良好領域
18 … 細胞接着性阻害領域
19 … 細胞
20 … 撥水性材料
21 … 細胞接着材料
本明細書は、本願の優先権の基礎である特願2003−358397号の明細書及び図面に記載された内容を包含する。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
フルオロアルキルシランTSL8233(GE東芝シリコーン)1.5g、テトラメトキシシランTSL8114(GE東芝シリコーン)5.0g、5.0×10−3NHCl 2.4gを12時間混合し、これをイソプロピルアルコールで10倍希釈した。
次に、この溶液2.0gを1000rpm、5秒でスピンコーターにより10cm×10cmのソーダガラス基材に塗布し、その基材を150℃の温度で10分間乾燥させた。
次に、イソプロピルアルコールで3倍希釈した酸化チタンゾル液(石原産業STK−03)3.0gを光触媒含有層用組成物とした。
前記光触媒含有層用組成物を、幅60μmのライン部及び幅300μmのスペース部が交互に配置されたライン&スペースのネガ型フォトマスク(石英)のパターン面上にスピンコーターにより700rpm、3秒で塗布し、150℃で10分間の乾燥処理を行うことにより、透明な光触媒含有層を有するフォトマスクを形成した。
前記フォトマスクの光触媒含有層面と前記基材の細胞接着性変化材料層面とを10μmの間隙で配置し、フォトマスク側から水銀ランプ(波長365nm)により25.0mW/cmの照度で所定の時間紫外線露光を行い、幅60μmのライン状の細胞接着性良好領域及び幅300μmの細胞接着性阻害領域のスペースが交互に配置された細胞接着性変化パターンを有する細胞配列用基材を得た。
続いて、この細胞配列用基材の露光部分の水接触角を接触角計(協和界面科学)で測定した。
また、予め培養したウシ大動脈血管内皮細胞を細胞配列用基材に播種し、細胞接着性良好領域への細胞接着性を観察した。細胞配列用基材上部から写真撮影した結果(露光時間360秒のもの)を図9に示す。
各露光時間における、水接触角及び露光部分の細胞接着性の評価結果を以下の表1に表す。

× 細胞は接着しない
△ 細胞は単層接着するが接着密度は低い
○ 細胞が単層かつ高密度に接着する
×× 細胞は接着するが単層ではなく粒状に接着する、また非露光部への細胞接着も多い
※水接触角が極めて小さいため測定不可
以上の結果から、細胞接着領域における水接触角が10〜40°の場合に好適な細胞接着性が得られることがわかった。
【実施例2】
培養細胞として、ウシ頚動脈由来血管内皮細胞(Onodera M,Morita I,Mano Y,Murota S:Differentia1 effects of nitric oxide on the activity of prostaglandin endoperoxide h synthase−1 and−2 in vascular endothelial cells、Prostag Leukotress 62:161−167,2000)で継代数10代から17代のものを用いた。
10cmディッシュでコンフレント状態になったウシ頚動脈由来血管内皮細胞を0.05%トリプシン−EDTA処理して剥がした。コールターカウンターTM ZM(Coulter Counter)で細胞数を調べ、10個/mlとした。実施例1で作成した細胞配列用基材(露光時間360秒のもの)をオートクレーブにて滅菌した。この細胞配列用基材がのせてある培養ディッシュ(Heraeus QuadripremTM 76×26mm、1976mm)に上記内皮細胞を1ウェル当たり10個/5mlで播き、24時間CO細胞培養装置でインキュベートした。
新しい培養ディッシュにGrowth Factor Reduced MatrigeITM マトリックス(BD Biosciences)(常温で硬化)を摂氏4度の状態で0.5〜0.8ml滴下し、室温で数分放置し、細胞培養用基材を作成した。血管内皮細胞を接着させた細胞配列用基材の細胞接着面と上記マトリックスが接する様に、細胞配列用基材を細胞培養用基材上にのせた。10分間CO細胞培養装置の中に入れた。続いて、培養ディッシュを取り出し、5mlの培養液(5%ウシ胎児血清含有MEM培地)を入れ24時間培養した。この状態のまま、ピンセットで細胞配列用基材を取り除き、さらに1〜3日間培養した。
顕微鏡で観察を行うと、細胞がパターン状に配置された後、管腔が形成されていたことが確認できた。写真撮影を行った結果を図10及び図11に示す。図10は、細胞培養用基材上の細胞組織を上部から撮影したものである。図11は、形成された血管組織の管の断面図を撮影したものであり、管中央の白い部分が「管腔」である。
【実施例3】
フッ素系コーティング剤XC98−B2742(GE東芝シリコーン)10gをイソプロピルアルコールで10倍希釈し、さらに高沸点溶剤として1,3−ブタンジオールを5g加え5分攪拌した。
この溶液をA4サイズにカットした厚さ150μmのポリエステルフィルム150−T60(ルミラー、東レ)にスピンコーティングし、その後、クリーンオーブンで130℃、10分間の加熱処理をした。その後、水洗し、90℃で3分間乾燥させた。
一方、幅60μmのライン部(開口部)及び幅300μmのスペース部(遮光部)が交互に配置され、且つ、このラインアンドスペースパターンと直交する幅60μmのライン部(開口部)が2.5cm間隔で形成されたネガ型フォトマスク(石英)に実施例1と同様に光触媒層をコーティングし、本実施例で用いる光触媒フォトマスクを作成した。
光触媒フォトマスクを、上記コーティング済みフィルムのコーティング面上に、その光触媒面がフィルムのコーティング面と相対するよう静置した。フォトマスクの基材側から、露光機から出る紫外線を12J・cm−2照射し、フィルム製の細胞配列用基材を作成した。露光時間は7分とし、得られた細胞配列容器剤の細胞接着性良好領域における水接触角は、36.8°であった。
【実施例4】
ヒト臍帯静脈内皮細胞を臍帯より採取し培養した(0.25%トリプシンを用いて分離し培養した)。本実施例では継代数5代までの培養ヒト臍帯静脈内皮細胞を用いた。
10cmディッシュでコンフルエント状態になったヒト臍帯静脈内皮細胞を0.05%トリプシン−EDTA処理して剥がした。コールターカウンターTM ZM(Coulter Counter)で細胞数を調べ10個/mlとした。実施例3で作成したフィルム製細胞配列用基材をオートクレーブで滅菌し、滅菌済みのハサミで1.5cm×2.5cm角に切り培養基材の小片を得た。この際、各小片に細胞接着性部位のラインパターンのクロス部が入るように切った。この細胞配列用基材を培養ディッシュ(Heraeus QuadripremTM 76×26mm)に配置し、上記内皮細胞を1ウェルあたり10個/5mlで播き、24時間CO細胞培養装置でインキュベートした。
別の培養ディッシュにGrowth Factor Reduced MatrigeITM マトリクス(BD bioscience)を摂氏4℃の状態で200μl滴下し、室温で数分放置し、細胞培養用基材を作成した。前日にヒト臍帯静脈内皮細胞を接着させておいた細胞配列用基材の細胞接着面と上記マトリクスが相対するように、細胞配列用基材を細胞培養用基材の上に静置した。2分間クリーンベンチ内で放置し、2mlの培養液(20%ウシ胎児血清含有RPMI培地)を入れて24時間培養した。この状態のまま、ピンセットで細胞配列用基材のみを剥がし、残った細胞をさらに1〜3日培養した。
顕微鏡で観察を行うと、細胞がパターン状に配置された後、管腔が形成されたことが確認できた。また、クロス部の細胞パターンも維持されていた。蛍光色素溶液をインジェクションしたところ、管内を色素溶液が流れることを確認できた。
【実施例5】
厚さ25μmのポリエステルフィルム25−T60(ルミラー、東レ)を用いたこと以外は実施例3と同じ手順にて、細胞配列用基材を作成した。
実施例2と同様のウシ頚動脈由来血管内皮細胞を用い、実施例2と同様にして細胞配列用基材上で培養した。
滅菌処理下でヌードマウス(日齢5、♂)より、背部の皮膚、腹膜及び肝臓をそれぞれ摘出し、35mm培養ディッシュに入れ、皮膚は皮下組織、肝臓は漿膜を剥離した。これらの摘出組織に血管内皮細胞を接着させた細胞配列用基材を乗せた。その培養ディッシュに3mlの培養液(5%ウシ胎児血清含有MEM培地)をいれ、48時間培養した。その後ピンセットで細胞配列用基材を除去したところ、内皮細胞は全ての実験において摘出組織上に保持された。顕微鏡観察したところ、摘出組織上にパターン状に管腔が形成されていることが確認できた。
【実施例6】
実施例1と同じ細胞配列用基材を用い、実施例2と同様にしてウシ頚動脈由来血管内皮細胞を培養した。
新しい培養ディシュにマウス骨芽細胞様細胞(MC3T3E1)を播種し、コンフルエントになったのを確認した後さらに2日以上インキュベートし、細胞外基質産生を促した。血管内皮細胞を接着させた細胞配列用基材の細胞接着面と上記骨芽細胞が接着するように、細胞配列用基材を骨芽細胞上に乗せた。5分間クリーンベンチ内で放置し、5mlの培養液(5%ウシ胎児血清含有MEM培地)を入れて48時間培養した。この状態のまま、ピンセットで細胞配列用基材を取り除き、さらに1〜3日間培養した。
顕微鏡で観察を行うと、骨芽細胞様細胞層上に内皮細胞がパターン状に配置され且つ管腔状になっていることが確認できた。
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。
産業上の利用の可能性
本発明により、細胞に損傷を与えることなく簡便な方法によって細胞を微細なパターン状に配列して培養することができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域がパターン化された細胞接着性変化パターンを有する細胞配列用基材表面に細胞を接着させる工程、接着した細胞を細胞培養用基材にパターン化された状態で転写する工程、及び転写された細胞を培養する工程を含む細胞培養方法。
【請求項2】
細胞接着性変化パターンにおける細胞接着性良好領域の水接触角が10〜40°である請求の範囲第1項記載の方法。
【請求項3】
細胞接着性変化パターンが、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層によって形成される請求の範囲第1項又は第2項記載の方法。
【請求項4】
細胞接着性変化層が、光触媒及び細胞接着性変化材料を含有する光触媒含有細胞接着性変化層である、請求の範囲第3項記載の方法。
【請求項5】
細胞接着性変化層が、光触媒を含有する光触媒処理層と、該光触媒処理層上に形成された細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有する、請求の範囲第3項記載の方法。
【請求項6】
細胞接着性変化パターンが、細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層と光触媒を含有する光触媒含有層とを対向するように配置した後、エネルギー照射することにより形成される、請求の範囲第3項記載の方法。
【請求項7】
細胞培養用基材が生体材料である請求の範囲第1項〜第6項のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
細胞接着性変化パターンが、細胞接着性阻害領域にライン状の細胞接着性良好領域が配置されたパターンである、請求の範囲第1項〜第7項のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
細胞接着性変化パターンが、ライン状の細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域のスペースとが交互に配置されたパターンであり、細胞接着性良好領域のライン幅が20〜200μmであり、ライン間のスペース幅が300〜1000μmであり、細胞が血管内皮細胞である、請求の範囲第1項〜第8項のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
請求の範囲第1項〜第9項のいずれか1項記載の方法によって形成される細胞組織。
【請求項11】
基材上に細胞接着性良好領域と細胞接着性阻害領域がパターン化された細胞接着性変化パターンを有する細胞配列用基材において、該細胞接着性変化パターンの細胞接着性良好領域に細胞が接着された細胞接着基材。
【請求項12】
細胞接着性変化パターンにおける細胞接着性良好領域の水接触角が10〜40°である請求の範囲第11項記載の細胞接着基材。
【請求項13】
細胞接着性変化パターンが、エネルギー照射に伴う光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層によって形成される請求の範囲第11項又は第12項記載の細胞接着基材。
【請求項14】
細胞接着性変化層が、光触媒及び細胞接着性変化材料を含有する光触媒含有細胞接着性変化層である、請求の範囲第13項記載の細胞接着基材。
【請求項15】
細胞接着性変化層が、光触媒を含有する光触媒処理層と、該光触媒処理層上に形成された細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化材料層とを有する、請求の範囲第13項記載の細胞接着基材。
【請求項16】
細胞接着性変化パターンが、細胞接着性変化材料を含有する細胞接着性変化層と光触媒を含有する光触媒含有層とを対向するように配置した後、エネルギー照射することにより形成される、請求の範囲第13項記載の細胞接着基材。
【請求項17】
請求の範囲第11項〜第16項のいずれか1項記載の細胞接着基材上に接着された被検体由来の細胞を、被検体の生体組織にパターン化された状態で転写して細胞を増殖させることにより、被検体の組織を再生する方法。

【国際公開番号】WO2005/038011
【国際公開日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【発行日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514873(P2005−514873)
【国際出願番号】PCT/JP2004/015656
【国際出願日】平成16年10月15日(2004.10.15)
【出願人】(503382667)
【出願人】(502350674)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】