人工股関節用大腿骨コンポーネント
【課題】大腿骨の近位部側にも効率よく荷重を分配してストレス・シールディングの更なる抑制を図ることができる人工股関節用大腿骨コンポーネントを提供する。
【解決手段】人工股関節において大腿骨2の近位部に埋入されるステムとして用いられる。大腿骨2に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨2に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面(11、12)として形成されている。一対のテーパ状面(11、12)は、当該各テーパ状面における近位部側に位置する端部17と遠位部側に位置する端部18とを結ぶ直線Lに対して内側に凹むように形成されている。
【解決手段】人工股関節において大腿骨2の近位部に埋入されるステムとして用いられる。大腿骨2に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨2に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面(11、12)として形成されている。一対のテーパ状面(11、12)は、当該各テーパ状面における近位部側に位置する端部17と遠位部側に位置する端部18とを結ぶ直線Lに対して内側に凹むように形成されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入されるステムとして用いられる人工股関節用大腿骨コンポーネントに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、変形性股関節症やリウマチなど股関節に疼痛を生じる症状を持つ患者等に対して、人工股関節置換術(THA)が行われている。この人工股関節置換術では、骨盤側に配置されるコンポーネントと大腿骨側に配置される大腿骨コンポーネントとで構成される人工股関節が用いられる。骨盤側のコンポーネントは、球面の一部を構成するように形成された内面を有するカップと呼ばれる要素として形成されている。一方、大腿骨コンポーネントは、カップに対して可動自在に嵌め込まれるボールと呼ばれる要素と、このボールとネック部分が接合される軸状の要素であって大腿骨の近位部に埋入されるステムと呼ばれる要素とを備えて構成されている。なお、以下の説明においては、人体において相対的に心臓に近い側に位置することを「近位」といい、遠い側に位置することを「遠位」という。
【0003】
骨には、その周囲の状況に応じて大きさや形、構造を変えるリモデリングと呼ばれる能力があることが知られており、この骨のリモデリングは、必要なところの骨は残り不必要な所の骨は吸収されるというWolffの法則に従って起こることが知られている(非特許文献1参照)。このため、動きが制限されたり固定されたりしたような場合、骨は通常の機械的応力をうけず、骨膜性および骨膜下性の骨吸収がおこり、骨強度・骨剛性が低下することになる。即ち、骨への正常な荷重伝達が遮断されたために起こる局所的な骨萎縮と考えられるストレス・シールディングと呼ばれる現象が生じることになる(非特許文献2参照)。
【0004】
前述した大腿骨コンポーネントを大腿骨に埋入した場合、大腿骨への荷重分配が減少することで、その荷重分配が減少した部分において骨量が吸収されて骨剛性の低下を招くことが懸念される。とくに、大腿骨コンポーネントの場合、大腿骨に比べてステムの弾性率がはるかに大きいため、大腿骨に埋入されている部分における遠位部側の部分から大腿骨へ荷重が作用し易く、近位部側の部分では大腿骨へ荷重が作用しにくくなるため、大腿骨の近位部側の部分にてストレス・シールディングが生じ易くなる。このような、大腿骨の近位部側の部分にて生じ易いストレス・シールディングを抑制する観点から、大腿骨コンポーネントの形状を大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるようにテーパ形状としたものが知られている(非特許文献3参照)。
【0005】
【非特許文献1】「整形外科バイオメカニクス入門」、株式会社南江堂、1983年2月15日第1刷発行、p.46
【非特許文献2】杉岡洋一監修、「先端医療シリーズ8・整形外科 − 診断と治療の最先端」、株式会社寺田国際事務所/先端医療技術研究所、2000年10月30日初版第1刷発行、p.180
【非特許文献3】製品カタログ「エクセター人工股関節システム − EXETER total hip system」、日本ストライカー株式会社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献3に記載された大腿骨コンポーネントでは、大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で左右に配向する内外側面だけでなく、前面および後面に配向する面もテーパ面として形成されている。これにより、大腿骨に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨の近位部側の部分にて生じ易いストレス・シールディングを抑制することを目的としている。しかしながら、テーパ形状とするのみでは形状変更の自由度が小さいため、大腿骨の近位部側にも効率よく荷重を分配してストレス・シールディングの更なる抑制を図る観点からはさらに改善が望まれる。
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みることにより、大腿骨に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨の近位部側にも効率よく荷重を分配してストレス・シールディングの更なる抑制を図ることができる人工股関節用大腿骨コンポーネントを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0008】
本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入されるステムとして用いられる人工股関節用大腿骨コンポーネントに関する。
そして、本発明の人工股関節用大腿骨コンポーネントは、上記目的を達成するために以下のようないくつかの特徴を有している。即ち、本発明は、以下の特徴を単独で、若しくは、適宜組み合わせて備えている。
【0009】
上記目的を達成するための本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第1の特徴は、大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面として形成され、前記一対のテーパ状面は、当該各テーパ状面における近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されていることである。
【0010】
この構成によると、大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積(人工股関節用大腿骨コンポーネントであるステムの長手方向に対して垂直な断面における断面積)が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面として形成されている。このため、大腿骨の近位部側に荷重を分配することができる。そして、この一対のテーパ状面は、その近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されている。このため、大腿骨への局部的な過度の荷重集中を十分に抑制できる範囲で、この内側への凹み形状を適宜設定することにより、前後面が単なる直線状のテーパ面として形成されている場合に比して、大腿骨の近位部側にも更に効率よく荷重を分配することを容易に実現できる。したがって、大腿骨に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨の近位部側におけるストレス・シールディングの更なる抑制を図ることができる。
【0011】
本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第2の特徴は、前記テーパ状面には、鏡面加工処理が施されていることである。
【0012】
この構成によると、テーパ状面に鏡面加工処理が施されているため、この人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨に埋入されたときに、大腿骨とセメント層との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。
【0013】
本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第3の特徴は、前記テーパ状面の表面粗さは、0.1μm以下であることである。
【0014】
この構成によると、テーパ状面の表面粗さが0.1μm以下に設定されているため、この人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨に埋入されたときに、大腿骨とセメント層との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。
【0015】
本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第4の特徴は、前記テーパ状面は、滑らかな曲面として形成されていることである。
【0016】
この構成によると、テーパ状面が滑らかな曲面として形成されているため、この人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨に埋入されたときに、大腿骨とセメント層との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。なお、滑らかな曲面としては、種々の形状を選択することができ、例えば、放物線や多次関数曲線、楕円などの各種曲線の集合体として構成される曲面やそれらの任意の組み合わせ等、様々な形状を選択することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ説明する。なお、本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入され人工股関節用大腿骨コンポーネントとして広く適用することができるものである。
【0018】
図1は、本発明の一実施の形態に係る人工股関節用大腿骨コンポーネント1(以下、単に大腿骨コンポーネント1という)が大腿骨2の近位部に埋入されている状態を大腿骨2の断面図とともに示した斜視図である。なお、図1に示す大腿骨2については、大腿骨コンポーネント1が埋入される近位部のみを図示し、遠位部については図示していない。この図1に示すように、大腿骨2は、外層となる皮質骨2aとその内側に存在する層となる海綿骨2bとを有している。そして、人工股関節置換術において、大腿骨2内に髄空と連通するように孔が形成され、この孔内に大腿骨コンポーネント2がセメント層3を介して配置されることになる。
【0019】
図2は、左股関節に対して人工股関節置換術が行われた場合における人工股関節の配置を骨盤4および大腿骨2とともに示した模式図である。図2において、人工股関節については断面図で示している。この人工股関節は、大腿骨コンポーネント1と、球面の一部を構成するように形成された内面5aを有するカップ5と、このカップ5に対して可動自在に嵌め込まれるボール6とを備えて構成されている。ボール6は大腿骨コンポーネント1の近位部側のネック部分10に接合されている。そして、カップ5が骨盤4側に配置されてボール6および大腿骨コンポーネント1が大腿骨2側に配置されることで人工股関節が構成される。なお、本発明の大腿骨コンポーネントは、本実施形態の大腿骨コンポーネント1とボール6とを備えているものとして構成されていてもよい。
【0020】
上述のように人工股関節の一要素として用いられる本実施形態の大腿骨コンポーネント1について、さらに詳しく説明する。図3は、大腿骨コンポーネント1を示す正面図(図3(a))と右側面図(図3(b))である。なお、図3(a)においては、左股関節用の大腿骨コンポーネントとして用いられた場合の正面図(以下、人体前面側を「前面」、人体後面側を「後面」という)を示している。この図3に示すように、大腿骨コンポーネント1は、大腿骨2に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積(大腿骨コンポーネント1の長手方向に対して垂直な断面における断面積)が小さくなるように、大腿骨2に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面(11、12)として形成されている。また、この大腿骨コンポーネント1には、大腿骨2に埋入された状態で左右に配向する内外側面において直線状のテーパ面(13、14)が形成されている。また、この大腿骨コンポーネント1においては、一対のテーパ状面(11、12)が形成されている軸状部分15の内側テーパ面13とネック部分10とを連結する部分は、大きく湾曲したカーブ部16として形成されている。
【0021】
図4は、上記テーパ状面(11、12)の形状を詳しく説明するための図であって、図3(b)に対応する右側面図をテーパ状面12における所定の箇所(丸枠A、B、Cでそれぞれ囲んだ箇所)の部分拡大図とともに示したものである。テーパ状面11及び12は、それぞれ各テーパ状面(11、12)における近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側(大腿骨コンポーネントの中心側)に凹むように形成されている。そして、このテーパ状面(11、12)は、滑らかな曲面として形成されており、近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部との間のほぼ中間位置で上述の直線からの凹み量が最も大きくなるとともに、全体的にゆるやかに湾曲するように形成されている。すなわち、図4に示すテーパ状面12を例にとって説明すると、テーパ状面12における近位部側に位置する端部17(丸枠Aの拡大図参照)と遠位部側に位置する端部18(丸枠Cの拡大図参照)とを結ぶ直線Lに対して全体的に緩やかに湾曲しながら内側に凹む曲面として形成されている。そして、テーパ状面12は、丸枠Bで囲んだ中間位置にて直線Lから最も凹み量が大きくなるように形成されている。この滑らかな曲面としては、種々の形状を選択することができ、例えば、放物線や多次関数曲線、楕円などの各種曲線の集合体として構成される曲面やそれらの任意の組み合わせ等、様々な形状を選択することができる。
【0022】
また、テーパ状面11及び12には、このテーパ状面の表面粗さ(Ra)が0.05μm以下となるように、鏡面加工処理が施されている。なお、テーパ状面(11、12)の表面粗さが0.1μm以下に設定されていることで、大腿骨コンポーネント1が大腿骨2に埋入されたときに、大腿骨2とセメント層3との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面(11、12)のほぼ全体に亘って荷重を分配することができるが、表面粗さが0.05μm以下の場合、さらに容易に荷重分配を円滑に行うことができる。また、テーパ状面(11、12)には、例えば、ショットブラスト処理などのように、鏡面加工処理以外の平滑化処理(表面粗度を低下させる処理)が施されているものであってもよい。
【0023】
上述した大腿骨コンポーネント1が、人工股関節置換術において用いられることになる。大腿骨コンポーネント1が大腿骨2に埋入された状態を示す断面図である図5に示すように、人工股関節置換術では、まず、大腿骨2の近位部側が一部切除され、続いて、大腿骨2の内部の髄空20と連通する孔19が手術用のやすり(ラスプ)やのみ等を用いて形成される。大腿骨2に孔19が形成されると、その孔19と連通する髄空20の所定位置に、孔19から注入するセメントの流出を防止するために、大腿骨2の近位部の一部を切除した骨を砕いて固めること等により形成される骨栓21が設けられる。なお、図5では、骨を砕いたものを用いて形成した骨栓21を例示しているが、これに限らず他の骨栓(例えば、樹脂製のプラグ等)を用いることもできる。
【0024】
髄空20内に骨栓21が配設されると、続いて孔19および髄空20内にセメントが注入される。そして、セメントが十分に満たされた状態の孔19に対して大腿骨コンポーネント1が挿入される。このとき、大腿骨コンポーネント1は、孔19からセメントを溢れさせるようにしながら所定の深さまで孔19および髄空20内に挿入される。大腿骨コンポーネント1が大腿骨2へ加圧されている状態でセメントが硬化することで、大腿骨コンポーネント1の挿入が完成し、大腿骨2の内面と大腿骨コンポーネント1との間にセメント層3が形成される。その後、ボール6が大腿骨コンポーネント1のネック部分10へ取り付けられることで、大腿骨2内に大腿骨コンポーネント1を埋入する作業が終了することになる。
【0025】
次に、本実施形態に係る大腿骨コンポーネント1にて大腿骨2の近位部側にも効率よく荷重を分配することができることを確認するために行ったシミュレーション結果について説明する。
【0026】
図6は、シミュレーションに用いた各解析モデルの寸法形状(図中の長さ寸法の単位はmm)を説明する図であり、それぞれ軸対象形状に設定した3つの解析モデル(23、24、25)の軸断面図(片側のみ)を示している。図6(a)に示す解析モデル23は、比較のための解析モデルであって、軸断面が傾斜角度3°の直線状のテーパ形状の大腿骨コンポーネント26とその周囲の骨セメント(セメント層)27とさらにその周囲の皮質骨28とからなるものである。図6(b)に示す解析モデル24は、軸断面が放物線形状(遠位部側に配置される端部での接線方向の角度は2°)の大腿骨コンポーネント29とその周囲の骨セメント30とさらにその周囲の皮質骨31とからなるものである。図6(c)に示す解析モデル25は、軸断面が楕円形状(遠位部側に配置される端部での接線方向の角度は2°)の大腿骨コンポーネント32とその周囲の骨セメント33とさらにその周囲の皮質骨34とからなるものである。なお、解析モデル23が、直線状のテーパ面を有する従来の大腿骨コンポーネントが埋入された場合に対応している。そして、解析モデル24・25が、内側に凹む滑らかな曲面として形成されたテーパ状面を有する本実施形態の大腿骨コンポーネントが埋入された場合に対応している。
【0027】
また、図7は、図6(a)の解析モデル23の軸断面の全体図を示したものであるが、図6(a)乃至(c)に示す各解析モデル(23、24、25)については、図7において矢印Pで示すように、軸方向に近位部側の端面から所定の荷重が作用するとして解析を行った。作用する荷重の大きさは2943N(300kgf)とし、大腿骨コンポーネント、骨セメント、および皮質骨のヤング率およびポアソン比は図8に示す条件として解析を行った。また、皮質骨と骨セメントとの境界の拘束条件は固着状態とし、大腿骨コンポーネントと骨セメントとの間の境界の拘束条件は摩擦がない状態と仮定して解析を行った。
【0028】
上述のシミュレーションでの解析結果を図9乃至図14に示す。図9乃至図11は、各解析モデル(23、24、25)での解析におけるミーゼス応力分布を示したものであり、図9が解析モデル23に、図10が解析モデル24に、図11が解析モデル25にそれぞれ対応している。図9の解析モデル23の解析結果に示すように、直線状のテーパ面が形成された大腿骨コンポーネント26では、近位部側では応力が低い領域が広がっているのに対して、遠位部側の端部付近(丸枠Dで囲んだ部分)に局部的に30〜45MPa程度の高い応力が発生する領域が現れている。このことから、大腿骨コンポーネント26の近位部側から骨セメント27および皮質骨28へ作用する荷重が低下する傾向が確認される。一方、図10の解析モデル24の解析結果に示すように、放物線形状のテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネント29を適用した場合は、骨セメント30において大腿骨コンポーネント29との境界近傍では近位部側から遠位部側に亘って全体的にほぼ一様な大きさの応力の分布が発生する領域が現れている。また、同様に、図11の解析モデル25の解析結果に示すように、楕円形状のテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネント32を適用した場合も、骨セメント33において大腿骨コンポーネント32との境界近傍では近位部側から遠位部側に亘って全体的にほぼ一様な大きさの応力の分布が発生する領域が現れている。このように、テーパ状面が形成された大腿骨コンポーネントを適用することで、大腿骨の近位部側から遠位部側に亘って効率よく荷重を分配して作用させることができることが確認された。
【0029】
図12乃至図14は、各解析モデル(23、24、25)での解析における周方向応力分布を示したものであり、図12が解析モデル23に、図13が解析モデル24に、図14が解析モデル25にそれぞれ対応している。図12の解析モデル23の解析結果に示すように、直線状のテーパ面が形成された大腿骨コンポーネント26では、遠位部側の端部付近(丸枠Eで囲んだ部分)に局部的に30MPa程度の高い圧縮応力が発生する領域が現れている。このため、骨セメント27においては近位部側ではなく遠位部側に偏って高い引張応力が発生する領域(長丸枠Fで囲んだ部分)が発生する。一方、図10および図11の解析モデル(24、25)に示すように、放物線形状や楕円形状のテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネント(29、32)を適用した場合は、遠位部側の端部付近において高応力の領域が発生してしまうことが抑制されている。このため、骨セメント(30、33)において大腿骨コンポーネント29との境界近傍では近位部側から遠位部側に亘って全体的にほぼ一様な大きさの応力の分布が発生する領域が現れている。そして、皮質骨(31、34)の近位部側において高い引張応力が発生する領域(長丸枠Gで囲んだ部分)が現れている。このように、テーパ状面が形成された大腿骨コンポーネントを適用することで、大腿骨の近位部側において効率よく荷重を分配して作用させることができることが確認された。
【0030】
以上説明した大腿骨コンポーネント1によると、大腿骨2に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨2に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面(11、12)として形成されている。このため、大腿骨2の近位部側に荷重を分配することができる。そして、この一対のテーパ状面(11、12)は、その近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されている。このため、大腿骨2への局部的な過度の荷重集中を十分に抑制できる範囲で、この内側への凹み形状を適宜設定することにより、前後面が単なる直線状のテーパ面として形成されている場合に比して、大腿骨2の近位部側にも更に効率よく荷重を分配することを容易に実現できる。したがって、大腿骨2に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨2の近位部側におけるストレス・シールディングの更なる抑制を図ることができる。
【0031】
また、大腿骨コンポーネント1によると、テーパ状面(11、12)が滑らかな曲面として形成されている。また、テーパ状面(11、12)には、鏡面加工処理が施され、その表面粗さが0.1μm以下に設定されている。このような特徴をそれぞれ備えることで、大腿骨コンポーネント1が大腿骨2に埋入されたときに、大腿骨2とセメント層3との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面(11、12)のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。
【0032】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施の形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々な変更が可能なものである。例えば、次のように変更して実施することができる。テーパ状面の形状は滑らかな曲面として形成されているものでなくてもよく、段階的に(例えば2段階に)傾き角度が変化するように、複数の平面状のテーパ面が連続して組み合わされたものであってもよい。またこの場合、複数の平面状のテーパ面が連続する部分が曲面として形成されているものであってもよい。このような複数段テーパ面からなるテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネントの場合も、大腿骨の近位部側に効率よく荷重を分配することを容易に実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入される人工股関節用大腿骨コンポーネントとして広く適用することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施の形態に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨の近位部に埋入されている状態を大腿骨の断面図とともに示した斜視図である。
【図2】左股関節に対して人工股関節置換術が行われた場合における人工股関節の配置を骨盤および大腿骨とともに示した模式図である。
【図3】図1に示す人工股関節用大腿骨コンポーネントの正面図および右側面図である。
【図4】図3に示す人工股関節用大腿骨コンポーネントのテーパ状面の形状を詳しく説明するための図である。
【図5】人工股関節置換術において図3に示す人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨内に埋入された状態を示す断面図である。
【図6】シミュレーションでの検討に用いた解析モデルの寸法形状を説明する図である。
【図7】図6(a)に示す解析モデルの軸断面の全体図である。
【図8】シミュレーションでの検討に用いた解析条件を示したものである。
【図9】シミュレーションでの比較例についての解析結果を示したものである。
【図10】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【図11】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【図12】シミュレーションでの比較例についての解析結果を示したものである。
【図13】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【図14】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【符号の説明】
【0035】
1 人工股関節用大腿骨コンポーネント
2 大腿骨
11、12 テーパ状面
17 近位部側に位置する端部
18 遠位部側に位置する端部
L 直線
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入されるステムとして用いられる人工股関節用大腿骨コンポーネントに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、変形性股関節症やリウマチなど股関節に疼痛を生じる症状を持つ患者等に対して、人工股関節置換術(THA)が行われている。この人工股関節置換術では、骨盤側に配置されるコンポーネントと大腿骨側に配置される大腿骨コンポーネントとで構成される人工股関節が用いられる。骨盤側のコンポーネントは、球面の一部を構成するように形成された内面を有するカップと呼ばれる要素として形成されている。一方、大腿骨コンポーネントは、カップに対して可動自在に嵌め込まれるボールと呼ばれる要素と、このボールとネック部分が接合される軸状の要素であって大腿骨の近位部に埋入されるステムと呼ばれる要素とを備えて構成されている。なお、以下の説明においては、人体において相対的に心臓に近い側に位置することを「近位」といい、遠い側に位置することを「遠位」という。
【0003】
骨には、その周囲の状況に応じて大きさや形、構造を変えるリモデリングと呼ばれる能力があることが知られており、この骨のリモデリングは、必要なところの骨は残り不必要な所の骨は吸収されるというWolffの法則に従って起こることが知られている(非特許文献1参照)。このため、動きが制限されたり固定されたりしたような場合、骨は通常の機械的応力をうけず、骨膜性および骨膜下性の骨吸収がおこり、骨強度・骨剛性が低下することになる。即ち、骨への正常な荷重伝達が遮断されたために起こる局所的な骨萎縮と考えられるストレス・シールディングと呼ばれる現象が生じることになる(非特許文献2参照)。
【0004】
前述した大腿骨コンポーネントを大腿骨に埋入した場合、大腿骨への荷重分配が減少することで、その荷重分配が減少した部分において骨量が吸収されて骨剛性の低下を招くことが懸念される。とくに、大腿骨コンポーネントの場合、大腿骨に比べてステムの弾性率がはるかに大きいため、大腿骨に埋入されている部分における遠位部側の部分から大腿骨へ荷重が作用し易く、近位部側の部分では大腿骨へ荷重が作用しにくくなるため、大腿骨の近位部側の部分にてストレス・シールディングが生じ易くなる。このような、大腿骨の近位部側の部分にて生じ易いストレス・シールディングを抑制する観点から、大腿骨コンポーネントの形状を大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるようにテーパ形状としたものが知られている(非特許文献3参照)。
【0005】
【非特許文献1】「整形外科バイオメカニクス入門」、株式会社南江堂、1983年2月15日第1刷発行、p.46
【非特許文献2】杉岡洋一監修、「先端医療シリーズ8・整形外科 − 診断と治療の最先端」、株式会社寺田国際事務所/先端医療技術研究所、2000年10月30日初版第1刷発行、p.180
【非特許文献3】製品カタログ「エクセター人工股関節システム − EXETER total hip system」、日本ストライカー株式会社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献3に記載された大腿骨コンポーネントでは、大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で左右に配向する内外側面だけでなく、前面および後面に配向する面もテーパ面として形成されている。これにより、大腿骨に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨の近位部側の部分にて生じ易いストレス・シールディングを抑制することを目的としている。しかしながら、テーパ形状とするのみでは形状変更の自由度が小さいため、大腿骨の近位部側にも効率よく荷重を分配してストレス・シールディングの更なる抑制を図る観点からはさらに改善が望まれる。
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みることにより、大腿骨に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨の近位部側にも効率よく荷重を分配してストレス・シールディングの更なる抑制を図ることができる人工股関節用大腿骨コンポーネントを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0008】
本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入されるステムとして用いられる人工股関節用大腿骨コンポーネントに関する。
そして、本発明の人工股関節用大腿骨コンポーネントは、上記目的を達成するために以下のようないくつかの特徴を有している。即ち、本発明は、以下の特徴を単独で、若しくは、適宜組み合わせて備えている。
【0009】
上記目的を達成するための本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第1の特徴は、大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面として形成され、前記一対のテーパ状面は、当該各テーパ状面における近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されていることである。
【0010】
この構成によると、大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積(人工股関節用大腿骨コンポーネントであるステムの長手方向に対して垂直な断面における断面積)が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面として形成されている。このため、大腿骨の近位部側に荷重を分配することができる。そして、この一対のテーパ状面は、その近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されている。このため、大腿骨への局部的な過度の荷重集中を十分に抑制できる範囲で、この内側への凹み形状を適宜設定することにより、前後面が単なる直線状のテーパ面として形成されている場合に比して、大腿骨の近位部側にも更に効率よく荷重を分配することを容易に実現できる。したがって、大腿骨に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨の近位部側におけるストレス・シールディングの更なる抑制を図ることができる。
【0011】
本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第2の特徴は、前記テーパ状面には、鏡面加工処理が施されていることである。
【0012】
この構成によると、テーパ状面に鏡面加工処理が施されているため、この人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨に埋入されたときに、大腿骨とセメント層との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。
【0013】
本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第3の特徴は、前記テーパ状面の表面粗さは、0.1μm以下であることである。
【0014】
この構成によると、テーパ状面の表面粗さが0.1μm以下に設定されているため、この人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨に埋入されたときに、大腿骨とセメント層との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。
【0015】
本発明に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントにおける第4の特徴は、前記テーパ状面は、滑らかな曲面として形成されていることである。
【0016】
この構成によると、テーパ状面が滑らかな曲面として形成されているため、この人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨に埋入されたときに、大腿骨とセメント層との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。なお、滑らかな曲面としては、種々の形状を選択することができ、例えば、放物線や多次関数曲線、楕円などの各種曲線の集合体として構成される曲面やそれらの任意の組み合わせ等、様々な形状を選択することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ説明する。なお、本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入され人工股関節用大腿骨コンポーネントとして広く適用することができるものである。
【0018】
図1は、本発明の一実施の形態に係る人工股関節用大腿骨コンポーネント1(以下、単に大腿骨コンポーネント1という)が大腿骨2の近位部に埋入されている状態を大腿骨2の断面図とともに示した斜視図である。なお、図1に示す大腿骨2については、大腿骨コンポーネント1が埋入される近位部のみを図示し、遠位部については図示していない。この図1に示すように、大腿骨2は、外層となる皮質骨2aとその内側に存在する層となる海綿骨2bとを有している。そして、人工股関節置換術において、大腿骨2内に髄空と連通するように孔が形成され、この孔内に大腿骨コンポーネント2がセメント層3を介して配置されることになる。
【0019】
図2は、左股関節に対して人工股関節置換術が行われた場合における人工股関節の配置を骨盤4および大腿骨2とともに示した模式図である。図2において、人工股関節については断面図で示している。この人工股関節は、大腿骨コンポーネント1と、球面の一部を構成するように形成された内面5aを有するカップ5と、このカップ5に対して可動自在に嵌め込まれるボール6とを備えて構成されている。ボール6は大腿骨コンポーネント1の近位部側のネック部分10に接合されている。そして、カップ5が骨盤4側に配置されてボール6および大腿骨コンポーネント1が大腿骨2側に配置されることで人工股関節が構成される。なお、本発明の大腿骨コンポーネントは、本実施形態の大腿骨コンポーネント1とボール6とを備えているものとして構成されていてもよい。
【0020】
上述のように人工股関節の一要素として用いられる本実施形態の大腿骨コンポーネント1について、さらに詳しく説明する。図3は、大腿骨コンポーネント1を示す正面図(図3(a))と右側面図(図3(b))である。なお、図3(a)においては、左股関節用の大腿骨コンポーネントとして用いられた場合の正面図(以下、人体前面側を「前面」、人体後面側を「後面」という)を示している。この図3に示すように、大腿骨コンポーネント1は、大腿骨2に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積(大腿骨コンポーネント1の長手方向に対して垂直な断面における断面積)が小さくなるように、大腿骨2に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面(11、12)として形成されている。また、この大腿骨コンポーネント1には、大腿骨2に埋入された状態で左右に配向する内外側面において直線状のテーパ面(13、14)が形成されている。また、この大腿骨コンポーネント1においては、一対のテーパ状面(11、12)が形成されている軸状部分15の内側テーパ面13とネック部分10とを連結する部分は、大きく湾曲したカーブ部16として形成されている。
【0021】
図4は、上記テーパ状面(11、12)の形状を詳しく説明するための図であって、図3(b)に対応する右側面図をテーパ状面12における所定の箇所(丸枠A、B、Cでそれぞれ囲んだ箇所)の部分拡大図とともに示したものである。テーパ状面11及び12は、それぞれ各テーパ状面(11、12)における近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側(大腿骨コンポーネントの中心側)に凹むように形成されている。そして、このテーパ状面(11、12)は、滑らかな曲面として形成されており、近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部との間のほぼ中間位置で上述の直線からの凹み量が最も大きくなるとともに、全体的にゆるやかに湾曲するように形成されている。すなわち、図4に示すテーパ状面12を例にとって説明すると、テーパ状面12における近位部側に位置する端部17(丸枠Aの拡大図参照)と遠位部側に位置する端部18(丸枠Cの拡大図参照)とを結ぶ直線Lに対して全体的に緩やかに湾曲しながら内側に凹む曲面として形成されている。そして、テーパ状面12は、丸枠Bで囲んだ中間位置にて直線Lから最も凹み量が大きくなるように形成されている。この滑らかな曲面としては、種々の形状を選択することができ、例えば、放物線や多次関数曲線、楕円などの各種曲線の集合体として構成される曲面やそれらの任意の組み合わせ等、様々な形状を選択することができる。
【0022】
また、テーパ状面11及び12には、このテーパ状面の表面粗さ(Ra)が0.05μm以下となるように、鏡面加工処理が施されている。なお、テーパ状面(11、12)の表面粗さが0.1μm以下に設定されていることで、大腿骨コンポーネント1が大腿骨2に埋入されたときに、大腿骨2とセメント層3との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面(11、12)のほぼ全体に亘って荷重を分配することができるが、表面粗さが0.05μm以下の場合、さらに容易に荷重分配を円滑に行うことができる。また、テーパ状面(11、12)には、例えば、ショットブラスト処理などのように、鏡面加工処理以外の平滑化処理(表面粗度を低下させる処理)が施されているものであってもよい。
【0023】
上述した大腿骨コンポーネント1が、人工股関節置換術において用いられることになる。大腿骨コンポーネント1が大腿骨2に埋入された状態を示す断面図である図5に示すように、人工股関節置換術では、まず、大腿骨2の近位部側が一部切除され、続いて、大腿骨2の内部の髄空20と連通する孔19が手術用のやすり(ラスプ)やのみ等を用いて形成される。大腿骨2に孔19が形成されると、その孔19と連通する髄空20の所定位置に、孔19から注入するセメントの流出を防止するために、大腿骨2の近位部の一部を切除した骨を砕いて固めること等により形成される骨栓21が設けられる。なお、図5では、骨を砕いたものを用いて形成した骨栓21を例示しているが、これに限らず他の骨栓(例えば、樹脂製のプラグ等)を用いることもできる。
【0024】
髄空20内に骨栓21が配設されると、続いて孔19および髄空20内にセメントが注入される。そして、セメントが十分に満たされた状態の孔19に対して大腿骨コンポーネント1が挿入される。このとき、大腿骨コンポーネント1は、孔19からセメントを溢れさせるようにしながら所定の深さまで孔19および髄空20内に挿入される。大腿骨コンポーネント1が大腿骨2へ加圧されている状態でセメントが硬化することで、大腿骨コンポーネント1の挿入が完成し、大腿骨2の内面と大腿骨コンポーネント1との間にセメント層3が形成される。その後、ボール6が大腿骨コンポーネント1のネック部分10へ取り付けられることで、大腿骨2内に大腿骨コンポーネント1を埋入する作業が終了することになる。
【0025】
次に、本実施形態に係る大腿骨コンポーネント1にて大腿骨2の近位部側にも効率よく荷重を分配することができることを確認するために行ったシミュレーション結果について説明する。
【0026】
図6は、シミュレーションに用いた各解析モデルの寸法形状(図中の長さ寸法の単位はmm)を説明する図であり、それぞれ軸対象形状に設定した3つの解析モデル(23、24、25)の軸断面図(片側のみ)を示している。図6(a)に示す解析モデル23は、比較のための解析モデルであって、軸断面が傾斜角度3°の直線状のテーパ形状の大腿骨コンポーネント26とその周囲の骨セメント(セメント層)27とさらにその周囲の皮質骨28とからなるものである。図6(b)に示す解析モデル24は、軸断面が放物線形状(遠位部側に配置される端部での接線方向の角度は2°)の大腿骨コンポーネント29とその周囲の骨セメント30とさらにその周囲の皮質骨31とからなるものである。図6(c)に示す解析モデル25は、軸断面が楕円形状(遠位部側に配置される端部での接線方向の角度は2°)の大腿骨コンポーネント32とその周囲の骨セメント33とさらにその周囲の皮質骨34とからなるものである。なお、解析モデル23が、直線状のテーパ面を有する従来の大腿骨コンポーネントが埋入された場合に対応している。そして、解析モデル24・25が、内側に凹む滑らかな曲面として形成されたテーパ状面を有する本実施形態の大腿骨コンポーネントが埋入された場合に対応している。
【0027】
また、図7は、図6(a)の解析モデル23の軸断面の全体図を示したものであるが、図6(a)乃至(c)に示す各解析モデル(23、24、25)については、図7において矢印Pで示すように、軸方向に近位部側の端面から所定の荷重が作用するとして解析を行った。作用する荷重の大きさは2943N(300kgf)とし、大腿骨コンポーネント、骨セメント、および皮質骨のヤング率およびポアソン比は図8に示す条件として解析を行った。また、皮質骨と骨セメントとの境界の拘束条件は固着状態とし、大腿骨コンポーネントと骨セメントとの間の境界の拘束条件は摩擦がない状態と仮定して解析を行った。
【0028】
上述のシミュレーションでの解析結果を図9乃至図14に示す。図9乃至図11は、各解析モデル(23、24、25)での解析におけるミーゼス応力分布を示したものであり、図9が解析モデル23に、図10が解析モデル24に、図11が解析モデル25にそれぞれ対応している。図9の解析モデル23の解析結果に示すように、直線状のテーパ面が形成された大腿骨コンポーネント26では、近位部側では応力が低い領域が広がっているのに対して、遠位部側の端部付近(丸枠Dで囲んだ部分)に局部的に30〜45MPa程度の高い応力が発生する領域が現れている。このことから、大腿骨コンポーネント26の近位部側から骨セメント27および皮質骨28へ作用する荷重が低下する傾向が確認される。一方、図10の解析モデル24の解析結果に示すように、放物線形状のテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネント29を適用した場合は、骨セメント30において大腿骨コンポーネント29との境界近傍では近位部側から遠位部側に亘って全体的にほぼ一様な大きさの応力の分布が発生する領域が現れている。また、同様に、図11の解析モデル25の解析結果に示すように、楕円形状のテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネント32を適用した場合も、骨セメント33において大腿骨コンポーネント32との境界近傍では近位部側から遠位部側に亘って全体的にほぼ一様な大きさの応力の分布が発生する領域が現れている。このように、テーパ状面が形成された大腿骨コンポーネントを適用することで、大腿骨の近位部側から遠位部側に亘って効率よく荷重を分配して作用させることができることが確認された。
【0029】
図12乃至図14は、各解析モデル(23、24、25)での解析における周方向応力分布を示したものであり、図12が解析モデル23に、図13が解析モデル24に、図14が解析モデル25にそれぞれ対応している。図12の解析モデル23の解析結果に示すように、直線状のテーパ面が形成された大腿骨コンポーネント26では、遠位部側の端部付近(丸枠Eで囲んだ部分)に局部的に30MPa程度の高い圧縮応力が発生する領域が現れている。このため、骨セメント27においては近位部側ではなく遠位部側に偏って高い引張応力が発生する領域(長丸枠Fで囲んだ部分)が発生する。一方、図10および図11の解析モデル(24、25)に示すように、放物線形状や楕円形状のテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネント(29、32)を適用した場合は、遠位部側の端部付近において高応力の領域が発生してしまうことが抑制されている。このため、骨セメント(30、33)において大腿骨コンポーネント29との境界近傍では近位部側から遠位部側に亘って全体的にほぼ一様な大きさの応力の分布が発生する領域が現れている。そして、皮質骨(31、34)の近位部側において高い引張応力が発生する領域(長丸枠Gで囲んだ部分)が現れている。このように、テーパ状面が形成された大腿骨コンポーネントを適用することで、大腿骨の近位部側において効率よく荷重を分配して作用させることができることが確認された。
【0030】
以上説明した大腿骨コンポーネント1によると、大腿骨2に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨2に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面(11、12)として形成されている。このため、大腿骨2の近位部側に荷重を分配することができる。そして、この一対のテーパ状面(11、12)は、その近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されている。このため、大腿骨2への局部的な過度の荷重集中を十分に抑制できる範囲で、この内側への凹み形状を適宜設定することにより、前後面が単なる直線状のテーパ面として形成されている場合に比して、大腿骨2の近位部側にも更に効率よく荷重を分配することを容易に実現できる。したがって、大腿骨2に対して局部的に過度の負担を発生させることなく、大腿骨2の近位部側におけるストレス・シールディングの更なる抑制を図ることができる。
【0031】
また、大腿骨コンポーネント1によると、テーパ状面(11、12)が滑らかな曲面として形成されている。また、テーパ状面(11、12)には、鏡面加工処理が施され、その表面粗さが0.1μm以下に設定されている。このような特徴をそれぞれ備えることで、大腿骨コンポーネント1が大腿骨2に埋入されたときに、大腿骨2とセメント層3との間が固着状態で荷重伝達されることによる剪断応力の発生が生じることなく容易にテーパ状面(11、12)のほぼ全体に亘って荷重を分配することができる。
【0032】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施の形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々な変更が可能なものである。例えば、次のように変更して実施することができる。テーパ状面の形状は滑らかな曲面として形成されているものでなくてもよく、段階的に(例えば2段階に)傾き角度が変化するように、複数の平面状のテーパ面が連続して組み合わされたものであってもよい。またこの場合、複数の平面状のテーパ面が連続する部分が曲面として形成されているものであってもよい。このような複数段テーパ面からなるテーパ状面が形成された大腿骨コンポーネントの場合も、大腿骨の近位部側に効率よく荷重を分配することを容易に実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、人工股関節において大腿骨の近位部に埋入される人工股関節用大腿骨コンポーネントとして広く適用することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施の形態に係る人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨の近位部に埋入されている状態を大腿骨の断面図とともに示した斜視図である。
【図2】左股関節に対して人工股関節置換術が行われた場合における人工股関節の配置を骨盤および大腿骨とともに示した模式図である。
【図3】図1に示す人工股関節用大腿骨コンポーネントの正面図および右側面図である。
【図4】図3に示す人工股関節用大腿骨コンポーネントのテーパ状面の形状を詳しく説明するための図である。
【図5】人工股関節置換術において図3に示す人工股関節用大腿骨コンポーネントが大腿骨内に埋入された状態を示す断面図である。
【図6】シミュレーションでの検討に用いた解析モデルの寸法形状を説明する図である。
【図7】図6(a)に示す解析モデルの軸断面の全体図である。
【図8】シミュレーションでの検討に用いた解析条件を示したものである。
【図9】シミュレーションでの比較例についての解析結果を示したものである。
【図10】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【図11】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【図12】シミュレーションでの比較例についての解析結果を示したものである。
【図13】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【図14】シミュレーションでの本実施形態についての解析結果を示したものである。
【符号の説明】
【0035】
1 人工股関節用大腿骨コンポーネント
2 大腿骨
11、12 テーパ状面
17 近位部側に位置する端部
18 遠位部側に位置する端部
L 直線
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工股関節において大腿骨の近位部に埋入されるステムとして用いられる人工股関節用大腿骨コンポーネントであって、
大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面として形成され、
前記一対のテーパ状面は、当該各テーパ状面における近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されていることを特徴とする人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【請求項2】
前記テーパ状面には、鏡面加工処理が施されていることを特徴とする請求項1に記載の人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【請求項3】
前記テーパ状面の表面粗さは、0.1μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【請求項4】
前記テーパ状面は、滑らかな曲面として形成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【請求項1】
人工股関節において大腿骨の近位部に埋入されるステムとして用いられる人工股関節用大腿骨コンポーネントであって、
大腿骨に埋入される部分において近位部側から遠位部側にかけてステム断面積が小さくなるように、大腿骨に埋入された状態で前面および後面に配向する面が、一対のテーパ状面として形成され、
前記一対のテーパ状面は、当該各テーパ状面における近位部側に位置する端部と遠位部側に位置する端部とを結ぶ直線に対して内側に凹むように形成されていることを特徴とする人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【請求項2】
前記テーパ状面には、鏡面加工処理が施されていることを特徴とする請求項1に記載の人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【請求項3】
前記テーパ状面の表面粗さは、0.1μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【請求項4】
前記テーパ状面は、滑らかな曲面として形成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の人工股関節用大腿骨コンポーネント。
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図1】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図1】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−202797(P2007−202797A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−25305(P2006−25305)
【出願日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【出願人】(500409219)学校法人関西医科大学 (36)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【出願人】(500409219)学校法人関西医科大学 (36)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]