説明

人工血管及びその製造方法

【課題】生体適合性など絹本来の特性を有し、且つセリシンによるアレルギーリスクを低減させた、末梢血管など小口径の血管へ利用できる管状構造物の提供。
【解決手段】絹フィブロイン繊維が編、組、織及び絡から選ばれる1又は2以上の方法により巻かれてなる管状構造物の外壁表面に、平滑化処理を施して得られることを特徴とするセリシン除去された管状構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絹フィブロイン繊維を用いた人工血管及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、動脈硬化症など血管疾患の増加に伴い人工血管の重要性は確実に高まっている。人工血管においては、(1)安全性(急性毒性、皮内反応試験、溶血性試験、発熱性物質試験、皮膚感作性試験、細胞毒性など)、(2)機能性(伸縮性、縫合し易さ、柔軟性、切断端のほつれ難さ、人工血管壁からの出血し難さ)、(3)耐久性などが要求される。また、人工血管は、体内に移植する部位によって様々な種類が必要とされる。
人工血管のうち大口径のものは既に実用化され臨床使用に耐えられるものとなっている。しかしながら、口径5mm以下の小口径人工血管は、ポリエチレンテレフタレートやPTFEなど代表的な人工素材の生体不適合性による血管内膜の肥厚や血栓形成による閉塞が原因で、未だ実用化されるに至っていない。そのため、現行では、膝関節末梢などへのバイパス術は自家静脈移植が行われているが、患者への負担が大きいこと、適合する血管を持たず自家静脈移植を行うことができない患者が多数いるなど問題は多い。近年、患者の高齢化や糖尿病の増加に伴い、細小血管の再生治療は増加している。従って、特に末梢血管など小口径の血管に利用できる抗血栓性のある人工血管の開発が以前から強く望まれていた。
【0003】
一方、絹糸は、高い生体親和性を有しており、細くて強く適度な弾性と柔軟性を持ち、糸の滑りがよく、結びやすくほつれ難い特性を持っていることから、手術用の縫合糸として用いられる天然繊維である。これまでに絹の高い生体適合性を利用した様々な再生絹材料が開発され、医療、生化学、食品、化粧料など幅広い分野での利用が期待されている。特に、再生医療のための材料として注目されている。
絹を用いた人工血管作製の試みとしては、組紐作製原理により編み込む動作を組み合わせて巻かれ、且つ繭糸相互や混繊維相互が繭糸表面に保有されているセリシンにより膠着されてなる繭糸構造物が知られている(特許文献1)。この繭糸構造物は繭糸相互がセリリンで膠着されることで、実用に耐え得る引っ張り強度になっている。
しかし、セリシンはアレルギー反応を引き起こす可能性が高いため、そのリスクを低減する観点からセリシンを除去することが望ましい。また、前記繭糸構造物は柔軟性が十分ではなく、切断端もほつれ易いため、生体適合性と術時の要求特性など絹本来の特性を保持しつつもより機能性に優れた人工血管が要望されていた。
【特許文献1】特開2004−173772号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであり、生体適合性など絹本来の特性を有し、且つセリシンによるアレルギーリスクを低減させた、末梢血管など小口径の血管へ利用できる管状構造物を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、絹の特性を活かした管状構造物について種々検討したところ、絹フィブロイン繊維が編、組、織及び絡から選ばれる1又は2以上の方法により巻かれてなる管状構造物の外壁表面に、それを平滑化する平滑化処理を施すことにより、柔軟で切断端のほつれや血液の漏出が極めて少ない管状構造物が得られることを見出した。また、平滑化した表面をさらに起毛させることで、術時の要求特性を満足するより小口径の人工血管に適した管状構造物が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は、絹フィブロイン繊維が編、組、織及び絡から選ばれる1又は2以上の方法により巻かれてなる管状構造物の外壁表面に、平滑化処理を施して得られることを特徴とするセリシン除去された管状構造物を提供するものである。
また、本発明は、絹フィブロイン繊維を編、組、織及び絡から選ばれる1又は2以上の方法により管状に構成した後、得られた管状構造物の外壁表面に平滑化処理及び起毛処理を施すことを特徴とするセリシン除去された管状構造物の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、セリシンによるアレルギーリスクを低減させつつも、十分な引っ張り強度を有し、柔軟で血管吻合し易く、切断端のほつれや血液の漏出が極めて少ない管状構造物を提供することができる。この管状構造物は、絹本来の特性、すなわち高い生体適合性を有し、抗血栓性に優れるため、特に直径5mm以下の小口径人工血管に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明におけるセリシン除去された管状構造物は、絹フィブロイン繊維が編、組、織及び絡から選ばれる1又は2以上の方法により巻かれてなる。ここで、絹フィブロイン繊維とは、家蚕、及びエリ蚕、柞蚕、天蚕などの野蚕の繭層から得た繭糸や生糸などを精練したものである。当該精練処理によりセリシンが除去される。
【0009】
精練方法は、特に制限されず、公知の方法を使用できる。例えば100℃に加熱した12w/v%マルセル石鹸、8w/v%炭酸ナトリウム混合水溶液、及び上述した繭層や繭糸、生糸などを入れ、操糸後、撹拌しながら120分煮沸し、その後2w/v%炭酸ナトリウム水溶液で10分煮沸、更に100℃に加熱した蒸留水中で洗浄する操作を3回行った後、乾燥することでフィブロインを覆う蛋白質(セリシン)や、その他脂肪分などを除去できる。
【0010】
絹フィブロイン繊維を管状に構成するには、公知の編法、組法、織法、絡法を用いることができる。本発明においては、引っ張り強度や漏血性の向上の点から、編組するのが好ましい。絹フィブロイン繊維を編組する方法としては、特に制限されず、例えば八つ打ち、十二打ち、十六打ちなど公知の組紐技術を用いることができる。具体的には、煮繭から解いた繭糸又は精錬糸を熱可塑性樹脂製芯棒などに巻き付け、絹フィブロイン繊維を組むことにより行われる。熱可塑性樹脂製芯棒は、目的とする管状構造物の大きさに応じて、外径1〜5mm、好ましくは1.5〜5mmのものを用いることができる。また、絹フィブロイン繊維を用いて予め作製した編物や織物、その筒状物などを用いてもよい。
【0011】
絹フィブロイン繊維を管状に構成する際、絹フィブロイン繊維は単独で用いてもよく、他の繊維状物と混ぜて用いてもよい。そのような繊維としては、例えばナイロン、ポリエステル、ポリ乳酸、ポリテトラフルオロエチレンなどの合成繊維、及び無機繊維、金属繊維などが挙げられる。
【0012】
管状構造物は単層構造であってもよいが、引っ張り強度及び柔軟性の点から、好ましくは2〜4層、より好ましくは3〜4層の多層構造であることが好ましい。
【0013】
本発明における平滑化処理は、管状構造物外壁表面の絹フィブロイン繊維を解繊し、平坦化できるものであればよく、管状構造物外壁表面に圧力・摩擦を加え、組み糸部分を圧延し平坦化するよう行われる。これにより、漏血性の向上や切断面のほつれの改善を図ることができる。また、セリシンの除去効果を向上させることができる。
圧力を加える方法としては、特に制限されないが、例えば金属棒状物を管状構造物の外側に接触・回転させて、その表面の組み糸部分を圧延し滑らかにするローリング処理などが挙げられる。管状構造物の外壁表面にかける圧力は、1〜10kg/cm2程度であるが、組み糸部分の凹凸の大きさ、深さ、高さによって可変する事が好ましい。
【0014】
次いで、起毛処理を施すことにより、より柔軟で切断端のほつれや血液の漏出が少ない管状構造物とすることができる。また、セリシンの除去効果を向上させることができる。ここで、起毛処理は、管状構造物外壁表面の絹フィブロイン繊維を解繊し、繊維相互を絡ませられるものであればよく、繊維を管状構造物の外壁表面に引き出すことで、表面を毛羽だった状態にする。起毛の程度は管状構造物の内表面が保持されておれば特に制限されない。処理は、例えば研磨剤による研磨、ブラシ状物でブラッシングすることができる。これらのうち、作業性の点から、金属、プラスチック、豚毛などの各種ブラシ状物を用いてブラッシングするのが好ましい。
【0015】
このようにして得られたセリシン除去された管状構造物を、さらに絹フィブロイン溶解液に浸漬し、絹フィブロイン繊維相互あるいは混繊維相互を絹フィブロインにより膠着させるのが好ましい。これにより、平滑化処理や起毛処理によって形成された管状構造物の状態を保持固定できる。
絹フィブロイン溶解液は、公知の方法により調製することができ、例えば繭層や繭糸、生糸などを精練して絹フィブロインを得、これを中性塩水溶液に溶解、加熱した後、得られた絹フィブロイン/塩水溶液を脱塩処理することで調製することができる。中性塩水溶液としては、例えば臭化リチウム、塩化リチウム、塩化カルシウム、チオシアン酸リチウムなどが挙げられる。また、脱塩処理の方法としては、公知の方法、例えば透析法、逆浸透法などを採用することができる。
【0016】
絹フィブロイン溶解液への浸漬は通常の方法で行われるが、ローリングや減圧により内部への浸透を促進させてもよい。また、溶解液中の絹フィブロイン濃度は、好ましくは0.1〜5w/v%程度であるが、低濃度の場合は浸漬と乾燥を繰返し行ってもよい。
更に、絹フィブロイン溶解液を加熱、あるいは管状構造物をエタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類へ浸漬してもよく、これにより絹フィブロインがゲル化し、管状構造物へ滅菌効果を付加することができる。
【0017】
浸漬後、加熱乾燥して熱可塑性樹脂製芯棒から分離することで管状構造物が得られる。乾燥温度は、熱可塑性樹脂製芯棒が軟化する温度であれば特に制限されないが、一般に90〜120℃、好ましくは100〜110℃である。
【0018】
本発明の管状構造物は、例えば人工血管、人工気管、ステントグラフト、その他生体の管状構造物の代用品として用いることができる。特に、絹の優れた生体適合性及び抗血栓性から、直径5mm以下、好ましくは1〜5mm以下の小口径人工血管に好適である。
【実施例】
【0019】
以下、本発明について実施例をあげて具体的に説明するが、本発明はこれらによって何等限定されるものではない。
【0020】
参考例<家蚕絹フィブロイン溶解液の調製>
家蚕繭を鋏で細かく切断し(約2mm×10mm程度)、定法により精練して、フィブロインを覆うタンパク質(セリシン)やその他脂肪分などを除去した絹フィブロインを得た。セリシンの残留付着物の確認のため、走査型電子顕微鏡観察を行った。測定にはリアルサーフェイスビュー顕微鏡VE-7800(Keyence社製)を用い、カーボンテープでサンプルを固定し、非蒸着にて測定した。加速電圧は、1.3kV、Working distanceは7.3mmで測定した。得られた絹フィブロインを図1に示す。
次いで、この絹フィブロインを9M塩化リチウム水溶液に15w/v%となるように溶解した。この水溶液を、セルロース透析膜(VISKASESELES COAP社製 Seamless Cellulose Tubing 36/32)を用いて、3日間純水で透析を行い、塩化リチウムを取り除き、さらに遠心分離にて、溶け残りやゴミなどを除去し、家蚕絹フィブロイン溶解液を得た。
【0021】
実施例1 <家蚕絹人工血管の作成>
1.組み機を用いた小口径絹グラフトの作製
人工血管の作製には、組紐作製装置(16打)((株)コクブンリミテッド製)を用いた。ボビンには、定法により精練した絹フィブロイン繊維を巻いた。同機の中心部部分に、外径1.5mm熱可塑性樹脂製芯棒(塩化ビニル製芯棒)を装着し、芯棒の周囲に絹フィブロイン繊維を組んだ。
【0022】
2.家蚕絹人工血管への平滑化処理
上記1.で作製した人工血管の芯棒を硬質平坦面に置き、外壁表面に金属棒状物(ステンレス製ロール)にて5kg/cm2の加重を掛け、人工血管の長手方向に10分間転がすことで組み糸部分を平坦化した。これにより、絹糸間の間隙が大幅に減少した。ローリング処理前後の人工血管の走査型電子顕微鏡観察を行った結果を図2に示す。
【0023】
3.人工血管の起毛処理
上記2.で得られた人工血管をリョウビ社製電動ドリルに固定し、300rpmで回転させつつ金属製ブラシを接触させた。この時、回転方向を変えると起毛の効率が向上した。これにより、人工血管の外壁表面が起毛した状態となった。ブラッシング処理後の走査型電子顕微鏡像を図3に示す。
図3から明らかなように、繊維が各方向に分散し絡み合っていた。
【0024】
4.絹フィブロイン溶解液への浸漬
上記<家蚕絹フィブロイン溶解液の調製>で作製した絹フィブロイン溶解液中に人工血管を浸漬し、-60mmHg圧力下にて5回の減圧浸透を行った後、110℃に設定した乾燥機中にて乾燥した。
乾燥後、50%エタノール水溶液に人工血管を浸漬し絹フィブロインを定着させた後、110℃に設定した乾燥機中にて再度乾燥し、芯棒から分離することで、家蚕絹人工血管(口径1.5mm)を得た。
【0025】
実施例2 <トーションレースを用いた3mmφ人工血管の作製>
1.3mmφ絹グラフトの作製
3mmφ人工血管の作製には、家蚕絹製筒状トーションレース(二渡レース製)を用いた。3mm熱可塑性樹脂製芯棒(塩化ビニル製芯棒)に5mm巾のトーションレースを被せた。
【0026】
2.3mmφ人工血管への平滑化処理
上記1.の芯棒を硬質平坦面に置き、外壁表面に金属棒状物(ステンレス製ロール)にて5kg/cm2の加重を掛け、人工血管の長手方向に10分間転がすことで組み糸部分を平坦化した。これにより、絹糸間の間隙が大幅に減少した。
【0027】
3.3mmφ人工血管への起毛処理
上記2.で作製した人工血管をリョウビ社製電動ドリルに固定し、300rpmで回転させつつ金属製ブラシを接触させた。
【0028】
4.絹フィブロイン溶解液への浸漬
上記<家蚕絹フィブロイン溶解液の調製>で作製した絹フィブロイン溶解液中に3mmφ人工血管を浸漬し、-60mmHg圧力下にて5回の減圧浸透を行った後、110℃に設定した乾燥機中にて乾燥した。
乾燥後、50%エタノール水溶液に人工血管を浸漬し絹フィブロインを定着させた後、110℃に設定した乾燥機中にて再度乾燥し、芯棒から分離することで、家蚕絹人工血管(口径3mm)を得た。
このようにして得られた家蚕絹人工血管(口径3mm)は、柔軟で任意な方向に切り込んでも切断端には解れが無いものであった(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】精練後の絹フィブロイン繊維の走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【図2】ローリング処理前後の家蚕絹人工血管の走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【図3】ブラッシング処理後の家蚕絹人工血管の走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【図4】家蚕絹人工血管の切断端を示す図である。
【図5】本発明の管状構造物の作製法を図示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絹フィブロイン繊維が編、組、織及び絡から選ばれる1又は2以上の方法により巻かれてなる管状構造物の外壁表面に、平滑化処理を施して得られることを特徴とするセリシン除去された管状構造物。
【請求項2】
さらに起毛処理が施されてなる請求項1記載のセリシン除去された管状構造物。
【請求項3】
前記平滑化処理がローリング処理であり、前記起毛処理がブラッシング処理である請求項1又は2記載のセリシン除去された管状構造物。
【請求項4】
管状構造物が小口径人工血管である請求項1〜3のいずれか1項記載のセリシン除去された管状構造物。
【請求項5】
絹フィブロイン繊維を編、組、織及び絡から選ばれる1又は2以上の方法により管状に構成した後、得られた管状構造物の外壁表面に平滑化処理及び起毛処理を施すことを特徴とするセリシン除去された管状構造物の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−279214(P2009−279214A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−134959(P2008−134959)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年5月8日 社団法人高分子学会発行「第57回高分子学会年次大会予稿集」に発表
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】