説明

人工骨・軟骨一体型バイオマテリアル

【課題】自己組織化軟骨様バイオマテリアルと人工骨とを融合させた人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの提供を課題とする。
【解決手段】軟骨様複合体の成分であるグリコサミノグリカン、プロテオグリカン、およびコラーゲンを人工骨と接触させ、該人工骨を基盤として該複合体を自己組織化させることにより、人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルを製造することに成功した。本発明の一体型バイオマテリアルは、関節リウマチや変形性関節症をはじめ、骨折、骨腫瘍など関節変性・破壊をきたす骨関節病変の全てを対象とし、関節組織を、その骨格である骨組織と関節可動面である軟骨組織側を一体として再建治療するためのバイオマテリアルである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工骨と軟骨とが一体となったバイオマテリアルに関する。
【背景技術】
【0002】
本邦において患者数1000〜2000万人強といわれる変形性関節症や70万人強の関節リウマチは、発症後経年的に組織が障害されること、関節軟骨組織が極めて修復能に乏しいことから、高齢化社会において高い日常生活活動性を維持するためには、加齢に伴い進行する骨関節疾患に対して、薬物療法に加えて人工関節置換術が選択されることも多い。
【0003】
本発明者はこれまでに、人工関節置換術以外に未だ有効な治療法のない中期〜晩期の関節機能障害に対して人工関節置換術に代わる次世代の中心的治療法と位置づけられる再生医療をターゲットとして、既存の軟骨再生技術に比べて構造・機能ともに生体軟骨により近似した「自己組織化軟骨用バイオマテリアル」を数時間で創製することが可能な技術を開発してきた(特許文献1参照)。
現在、骨欠損・破壊に対してはハイドロキシアパタイトを主成分とする骨組織マトリックスの模倣体(人工骨)がすでに発明されており、高い骨親和性と骨に類似した剛性が再現されている。骨折や骨腫瘍など骨関連疾患における骨欠損部位に対して、この人工骨を移植・充填することで、良好な治療成績が得られている。
一方、関節摺動(可動)面である関節軟骨組織の高度変性・破壊に対しては、金属による人工関節置換術が施行されている。そこで、前述したように、金属性の人工関節ではない、生体材料による人工軟骨素材として自己組織化バイオマテリアルを創製する技術を開発してきたわけであるが、高度の関節変性・破壊を伴う病変においては、軟骨組織ばかりでなく、軟骨下骨層から関節近傍の骨組織に病変が及んでいることがほとんどである。こうした病変には、軟骨ばかりでなく、その下層の骨組織を含めて再生・再建する必要がある。
【特許文献1】国際公開番号WO2007/032404
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、50年来の歴史を有する金属合金による人工関節に代わる次世代型人工関節、および再生医療に資する新規バイオマテリアルの提供を課題とする。より具体的には、自己組織化軟骨様バイオマテリアルと人工骨とを融合させた人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、従来技術のように軟骨細胞に軟骨基質(マトリックス)を産生させて軟骨組織形成を誘導するのではなく、また架橋剤や縮合剤を使用することなく、軟骨様組織を創製する技術を開発した。自己組織化技術は、定常状態ではランダムな動きをしている分子が、環境条件によっては分子間にはたらく結合力、表面修飾、共有結合の方向性やイオン配列など物理的化学的特性により一定の法則を持って組織化した構築を形成することがあることを利用した技術である。
本発明者は、軟骨マトリックス成分(II型コラーゲン、アグリカン、ヒアルロン酸など)を用い、各種反応条件の下で軟骨様組織が形成されるかどうか検討し、上記成分の濃度およびpHが特定範囲に制御された場合に軟骨様組織が形成されることをつきとめた。
さらに、得られた軟骨様組織を位相差顕微鏡および電子顕微鏡で観察し、生体内と同様にコラーゲン線維を含むナノコンポジット構造が形成されていることを確認した。さらに、上記組織の物性を検討し、軟骨様組織として好ましい物性を備えていることを確認した。
しかし、上記技術で完成体として人工軟骨様マテリアルをあらかじめ作製して、人工骨と合体させる実験を行ったが、人工骨と人工軟骨は湿性に癒着をみるも、容易に剥離してしまい、一体の構造を維持することはできなかった。
【0006】
そこで本発明者は鋭意研究を行い、人工骨を基盤として、その上部で軟骨構成成分を自己組織化させることで、骨と軟骨の一体型のバイオマテリアルを作製することができることを初めて見出した。即ち、軟骨様複合体の成分であるグリコサミノグリカン、プロテオグリカン、およびコラーゲンを人工骨と接触させ、該人工骨を基盤として該複合体を自己組織化させることにより、人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルを製造することに成功した。
上述の如く本発明者は、軟骨様複合体と人工骨とを融合させた人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの開発に成功し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、人工骨・軟骨一体型バイオマテリアル、およびその製造方法に関し、より具体的には、
〔1〕 軟骨様複合体の成分であるグリコサミノグリカン、プロテオグリカン、およびコラーゲンを人工骨と接触させ、該人工骨を基盤として該複合体を自己組織化させることを特徴とする、人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの製造方法、
〔2〕 前記軟骨様複合体が以下の工程(a)および(b)によって作製されることを特徴とする複合体である、〔1〕に記載の製造方法、
(a)グリコサミノグリカンとプロテオグリカンとを混合し、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体を調製する工程
(b)上記グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体にコラーゲンを混合する工程
〔3〕 前記グリコサミノグリカンがヒアルロン酸である、〔1〕または〔2〕に記載の製造方法、
〔4〕 前記プロテオグリカンがアグリカンである、〔1〕または〔2〕に記載の製造方法、
〔5〕 前記コラーゲンがII型コラーゲンである、〔1〕または〔2〕に記載の製造方法、
〔6〕 前記人工骨が、多孔性ハイドロキシアパタイト製人工骨である、〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の製造方法、
〔7〕 室温で3〜12時間処理することにより自己組織化させる、〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の製造方法、
〔8〕 前記処理に続いてさらに、1500〜5000rpmの遠心後、室温にて1〜2晩静置する、〔7〕に記載の製造方法、
〔9〕 〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載の方法によって製造される人工骨・軟骨一体型バイオマテリアル、
〔10〕 既存の関節またはその一部を、〔9〕に記載の人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルへ置換することを特徴とする、関節機能障害の治療方法、
を、提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
図1で示すように、関節疾患においては経時的に軟骨ばかりではなく骨組織も変性破壊されていく。軟骨のみが表層から変性破壊される早期〜中期例については、軟骨細胞培養組織や軟骨様バイオマテリアルの充填や移植で対応可能であるが、中期〜晩期すなわち人工関節置換術が適応となる症例においては軟骨下骨層の変性破壊も進行するため、骨層を含めた治療が必要である。
現状、変性中期〜晩期における軟骨から骨組織に及ぶ病変については、金属人工関節しか対応できる治療法はなく、既存技術(コラーゲンゲル等を用いた軟骨細胞培養など)による再生軟骨様組織ではこうした病変への対応は不可能である。
これに対して、本発明の人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルは晩期変性例にも適応できるポテンシャルを有する初めての生体組織成分由来のバイオマテリアル(生体材料)である。
【0009】
本発明のバイオマテリアルは、再生医療または次世代の生体人工関節用素材として臨床の現場で好適に用いられる。実際の臨床応用に際して、この種のバイオマテリアルや再生軟骨組織の有用性は、病変部にいかに確実に移植または固着させることができるかがキーポイントである。
しかし、既存技術においては以下のような問題点があった。
(1) コラーゲンゲルなどを用いて3次元培養を行うことで軟骨様組織を作製して移植しても、ゲル状組織であるため、骨膜などで漏出しないようにパッチをしなければならず、このパッチを除去する2期的な手術を要する。
(2) 軟骨様バイオマテリアルはゲル状ではないため漏出対策は必要ないが、ひろく浅い軟骨欠損部に移植する場合は剥離の危険性がある。加えて、軟骨下骨層に及ぶ病変には対応できない。
(3) 上記のいずれも、軟骨様組織を軟骨組織に移植して固着性を維持するのに相当な工夫を要する。
【0010】
これに対して本発明の一体型バイオマテリアルは、上述のような既存技術の問題点に対して、骨・軟骨一体型マテリアルは軟骨部分の基盤に(人工)骨部分があるので、病変部の軟骨下骨層に人工骨部をしっかりとアンカーリングさせて固定することができる。これにより、上記のような既存技術の問題点は解決でき、2期的な手術も必要ない。
【0011】
〔発明を実施するための形態〕
本発明は、軟骨様複合体と人工骨とを融合させた人工骨・軟骨一体型バイオマテリアル(本明細書において「本発明のバイオマテリアル」と記載する場合あり)の製造方法に関する。
本発明のバイオマテリアルの製造方法(本明細書において単に「本発明の方法」と記載する場合あり)の好ましい態様としては、軟骨様複合体の成分であるグリコサミノグリカン、プロテオグリカン、およびコラーゲンを人工骨と接触させ、該人工骨を基盤として該複合体を自己組織化させることを特徴とする、人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの製造方法である。
【0012】
上記「自己組織化」とは、物質そのものの性質によって自発的に組織や構造が形成される現象を言う。
【0013】
本発明において該軟骨様複合体は、好ましくは以下の工程(a)および(b)によって作製されることを特徴とする複合体である。
(a)グリコサミノグリカンとプロテオグリカンとを混合し、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体を調製する工程
(b)上記グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体にコラーゲンを混合する工程
本発明の方法における上記「グリコサミノグリカンとプロテオグリカンとを混合し、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体を調製する工程」(以下、「グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体調製工程」と記載する場合あり)について説明する。
【0014】
グリコサミノグリカンとは、ウロン酸又はガラクトースがアミノ糖と結合した二糖の繰り返し構造を有する酸性多糖類である。グリコサミノグリカンは、その骨格構造から、コンドロイチン硫酸/デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸/ヘパリン、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸に分類される。本発明の方法において、グリコサミノグリカンとして、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸、ヘパリン、ヘパラン硫酸のいずれも使用することができる。本発明の方法においては、グリコサミノグリカンとしてヒアルロン酸を用いることが好ましい。
【0015】
本発明のグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体調製工程において、グリコサミノグリカンは20容量%以下の濃度の溶液に調製されることが好ましい。より好ましくは0.5〜10容量%の水溶液であり、さらに好ましくは1〜5容量%の水溶液である。グリコサミノグリカンを溶解する溶媒は、水に限らず、タンパク質を溶解できるものであれば使用できるが、生体への毒性が知られている物質を含んでいないことが望ましい。蒸留水、リン酸緩衝液、細胞培養液は、好適に利用可能な溶媒の例である。グリコサミノグリカンとしてヒアルロン酸溶液を用いる場合、そのpHは、pH5〜pH10であることが好ましく、より好ましくはpH6〜pH9、最も好ましくはpH8〜pH9である。
【0016】
プロテオグリカンとは、一般に、タンパク質にグリコサミノグリカンが共有結合した分子の総称である。本発明の方法において、使用可能なプロテオグリカンに特に制限はなく、例えば、アグリカン、バイグリカン、デコリン、バーシカン、ニューロカン、ブレビカンなどを使用することができる。本発明の方法においては、プロテオグリカンとしてアグリカンを用いることが好ましい。
【0017】
本発明において使用するプロテオグリカンの由来は特に制限されず、本発明の複合体の使用目的に応じて、哺乳類(ヒト、ウシ、ブタ等)、鳥類(ニワトリ等)、魚類(サメ、鮭等)、甲殻類(カニ、エビ等)等の各種動物由来の中から適宜選択することができる。本発明のバイオマテリアルを軟骨欠損または変性の治療用として用いるのであれば、本発明のバイオマテリアルの移植を受ける患者に適合するように由来を選択することができ、例えば、ヒトである患者に本発明のバイオマテリアルを移植するのであれば、ヒトにおける免疫原性の低い由来の中から選択することが望ましい。
【0018】
本発明のグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体調製工程においてプロテオグリカンは、0.1〜1.0mg/mlの溶液として調製されることが好ましい。より好ましくは0.1〜0.5mg/mlの水溶液であり、さらに好ましくは0.25〜0.5mg/mlの水溶液である。プロテオグリカンを溶解する溶媒は、水に限らず、多糖類を溶解できるものであれば使用できるが、生体への毒性が知られている物質を含んでいないことが望ましい。蒸留水、リン酸緩衝液、細胞培養液は、好適に利用可能な溶媒の例である。アグリカン溶液を用いる場合、そのpHは、pH5〜pH10であることが好ましく、より好ましくはpH6〜pH9、さらに好ましくはpH8〜pH9である。
【0019】
本発明のグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体調製工程では、グリコサミノグリカンとプロテオグリカン、好ましくは、上記特定濃度および特定pHに調製されたグリコサミノグリカン溶液とプロテオグリカン溶液とを一定温度下に攪拌しながら混合する。好ましくは、同時滴下により混合する。混合時の温度は、好ましくは25℃〜45℃、より好ましくは35℃〜40℃、最も好ましくは36℃〜38℃である。グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体調製工程において、後述する「グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体」が形成される限り、グリコサミノグリカンおよびプロテオグリカン以外の物質を混合してもよい。
【0020】
上記混合によって、「グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体」が形成される。本発明のグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体は、線維状である。本発明のグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体が形成されたかどうかは、顕微鏡で線維状物質の有無を確認することにより容易に判断することができる。本発明のグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体は、グリコサミノグリカンとプロテオグリカンが連結して線維状物質が形成されている限り、上記グリコサミノグリカンおよびプロテオグリカン以外の物質が混在または結合していることを妨げない。例えば、軟骨組織に含まれる物質が混在または結合していても、グリコサミノグリカンとプロテオグリカンが線維状物質を形成している限り、本発明のグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体に含まれる。
【0021】
本発明の方法において、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体は、自己組織化グリコサミノグリカン/プロテオグリカン/コラーゲン複合体の網目構造の骨格となる。そのため、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体の形成は、自己組織化グリコサミノグリカン/プロテオグリカン/コラーゲン複合体の形成に到達するための、重要な要素である。
【0022】
次に、本発明の方法における「グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体にコラーゲンを混合する工程」(以下、「コラーゲン分子混合工程」と称す)について説明する。本発明の方法におけるコラーゲン分子混合工程は、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体調製工程によって調製された「グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体」にコラーゲンを混合する工程である。
【0023】
本発明において使用するコラーゲンは、I型コラーゲンでもII型コラーゲンでもよいが、好ましくはII型コラーゲンである。本発明の方法において、コラーゲンは0.1〜5.0mg/mlの濃度の溶液に調製されることが好ましい。より好ましくは0.1〜1.0mg/mlの水溶液であり、さらに好ましくは0.1〜0.5mg/mlの水溶液である。コラーゲン溶液のpHは、pH5〜pH10であることが好ましく、より好ましくはpH6〜pH9、最も好ましくはpH8〜pH9である。コラーゲンを溶解する溶媒は、水に限らず、コラーゲンを溶解できるであれば使用できるが、生体への毒性が知られている物質を含んでいないことが望ましい。
【0024】
本発明において使用するコラーゲンの由来に特に制限はなく、本発明のバイオマテリアルの使用目的に応じて、哺乳類(ヒト、ウシ、ブタ等)、魚類(サメ、鮭等)等の各種脊椎動物由来の中から適宜選択することができる。本発明のバイオマテリアルを軟骨欠損または変性の治療用として用いるのであれば、本発明のバイオマテリアルの移植を受ける患者に適合するように由来を選択することができ、例えば、ヒトである患者に本発明のバイオマテリアルを移植するのであれば、ヒトにおける免疫原性の低い由来の中から選択することが望ましく、ヒトコラーゲンを選択することは最も好ましい。また、本発明に使用するコラーゲンの製造方法についても制限はなく、本発明のバイオマテリアルの使用目的に適う純度や安全性が認められる限り、天然抽出物であっても、遺伝子組換え技術によって調製されたものであってもよく、さらに、化学合成によって調製されたものでもよい。
上述の工程によって、本発明の軟骨様複合体が調製される。
【0025】
本発明の方法の好ましい態様としては、上述のように調整される複合体の構成成分を、人工骨と接触させ、該人工骨を基盤として該複合体を自己組織化させることを特徴とする方法である。
即ち本発明は、好ましくは、上記複合体構成成分溶液を人工骨上部へ流し込むことにより、人工骨上部(接触部)で該軟骨様複合体を自己組織化させる工程を含む方法である。
【0026】
本発明において上記の自己組織化は、上記複合体構成成分を人工骨と接触させた後、例えば、室温で3〜12時間(好ましくは5時間程度)処理することにより実施することができる。その際、50〜70rpm程度で震盪(shake)することが好ましい。
さらに、本発明の好ましい態様においては、上記処理に続いて、1500〜5000rpmの遠心後、室温にて1〜2晩静置する工程を含めることができる。
【0027】
本発明の方法のより具体的な手法としては、例えば、後述の実施例に記載された方法が挙げられる。
人工骨接触部における自己組織化は、より詳しくは、以下のように実施することも可能である。
上記複合体と接触させた人工骨を、一定温度下に震盪(shake)しながら混合する。震盪は、タンパク質が変性しない温度で行い、通常、室温にて行う。具体的には、25℃〜45℃、より好ましくは35℃〜40℃、最も好ましくは36℃〜38℃である。コラーゲン分子混合工程においては、後にグリコサミノグリカン/プロテオグリカン/コラーゲン複合体が人工骨接触部において自己組織化される限り、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体、またはコラーゲン以外の物質を混合してもよい。例えば、軟骨などの生体組織の成分を混合してもよい。
【0028】
上記工程において、コラーゲンが線維化し、該線維化したコラーゲンとグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体、および人工骨から、本発明の一体型バイオマテリアルが形成される。上述のとおり、本発明のグリコサミノグリカン/プロテオグリカン/コラーゲン複合体において、必ずしもプロテオグリカンにコラーゲンが化学的に結合している必要はない。コラーゲン分子が重合してできたコラーゲン線維からなる網目構造に、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体を保持している構造体は、本発明のバイオマテリアルに含まれる。
【0029】
上記のコラーゲン分子混合工程の後に、水分含量を低下させる目的で、グリコサミノグリカン/プロテオグリカン/コラーゲン複合体に対する遠心等の操作を行っても良い。水分含量を低下させると、より緻密な複合体の形成が可能になる。例えば、3,000rpmで15分間の遠心により、脱水させることができる。寒天のように、完全に脱水させた後、水分供給によりもとの状態に戻すことも可能である。
【0030】
上記方法によって、自己組織化グリコサミノグリカン/プロテオグリカン/コラーゲン複合体(軟骨様複合体)と人工骨とが一体化したバイオマテリアル(人工骨・軟骨一体型バイオマテリアル)が得られる。
【0031】
また、本発明の一体型バイオマテリアルは、自己組織化させるための上述の工程に続いて、必要に応じて遠心処理を行うことにより、本発明のバイオマテリアルの軟骨部の弾性、あるいは保水性を調整することができる。
上記遠心処理は、自己組織化させるための上述の工程に続いて、例えば、1000〜5000rpm(好ましくは3000rpm)、室温で3〜10分(好ましくは5分)の条件にて行うことができる。遠心の回転数と時間を調節することにより、軟骨部の弾性または保水性を調整することができる。
【0032】
通常、遠心の回転数を速くすることにより弾性が大きく(保水性が低く)なり、また、遠心の回転数を遅くすることにより弾性が小さく(保水性が高く)なる。
弾性の大きい(保水性の低い)バイオマテリアルを調製したい場合には、例えば、3000〜5000rpmで3〜10分程度遠心を行い、また、弾性の小さい(保水性の高い)バイオマテリアルを調製したい場合には、例えば、500〜2000rpmで3〜10分程度遠心を行うことが好ましい。
当業者であれば、本発明のバイオマテリアルの状態を適宜評価しながら、所望の弾性または保水性となるように、遠心の回転数、時間または温度等を調節することができる。
本発明の好ましい態様としては、上述の自己組織化させる工程に続いて、例えば、1000〜5000rpm(好ましくは3000rpm)、室温で3〜10分(好ましくは5分程度)の条件にて遠心処理する工程を含む方法である。
【0033】
また、上記工程に加えて、遠心処理後、必要に応じて、例えば、上清を除く処理、あるいは室温に加温した生食を加える処理を施すことができる。
また、本発明において使用する人工骨は、例えば、市販の人工骨(商品名「ネオボーン」など)を用いることができる。該人工骨は、通常、ハイドロキシアパタイトを主成分とするものであり、本発明においては、多孔性のハイドロキシアパタイト製人工骨を好適に用いることができる。
さらに本発明の方法によって製造される人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルもまた、本発明に含まれる。
【0034】
後述の実施例で示すように、本発明のバイオマテリアルの好ましい態様としては、コラーゲン線維が多孔性ハイドロキシアパタイト人工骨の表面ばかりではなく、孔構造の内部に侵入して結合しているという構造上の特徴を有する。
【0035】
本発明のバイオマテリアルの軟骨部は、生体組織の物性と極めて類似した物性を有する。例えば、生体軟骨組織は、弾性が0.1〜0.5 GPaであり、摩擦係数:0.01〜0.001とされている。(Robert P Lanza, Robert Langer, Joseph Vacanti: 大野典也、相澤益男監訳 再生医学、株式会社エヌ・ティー・エス:pp203-206.、Woo S.L-Y., Mow V.C., Lai W. M. Biomechanical properties of articular cartilage. In "Handbook of Bioengineering"McGraw-Hill, New York, 1987.)本発明のバイオマテリアルの軟骨部は、最大弾性が0.2 GPa、摩擦係数は0.05〜0.005の再現が可能である。弾性および摩擦係数は、市販の軟質固体用硬さ試験機、摩擦摩耗試験機によって測定可能である。例えば、富士インストルメンツ社製の軟質固体用硬さ試験機、摩擦摩耗試験機を使用して測定可能である。
【0036】
本発明のバイオマテリアルの軟骨部の上記物性は、該軟骨部が生体組織の構造と分子レベルで類似した構造(ナノコンポジット)を有することに起因すると考えられる。生体軟骨組織の耐荷重、耐圧縮性等の重要な力学的特性は、1)組織形態と張力的性質を形成するコラーゲン線維の密な網目構造、2)浸透圧により組織内に水を引き入れコラーゲン網目構造に膨張圧をもたらす高濃度のアグリカン、3)こうした働きを持つアグリカンを軟骨組織内(コラーゲン網目組織内)に保持するためのヒアルロン酸の働き(アグリカンを結合したヒアルロン酸凝集体として)によるとされている。一方、上述のとおり、本発明の方法では、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体調製工程において、ヒアルロン酸にアグリカンが結合した凝集体が形成される。次に、コラーゲン分子混合工程において、人工骨を基盤としてコラーゲン分子は規則的に集合し、会合(分子間結合)したコラーゲン線維を形成し、上記凝集体を高密度に保持したコラーゲン線維による網目構造が人工骨接触部において構築される。上記網目構造は、耐荷重性等、生体組織と同様の機能を備えるためには重要な構造である。上記網目構造は、電子顕微鏡によって確認できる。
本発明のバイオマテリアルは、生体組織再生用材料の製造に有用である。特に、本発明のバイオマテリアルは、関節リウマチや変形性関節症をはじめ、骨折、骨腫瘍など関節変性・破壊をきたす骨関節病変等の関節機能障害の全てを対象とし、関節組織を、その骨格である骨組織と関節可動面である軟骨組織側を一体として再建治療するための医療用材料として有用である。
【0037】
本発明のバイオマテリアルによって上記疾患を治療する場合は、例えば、軟骨欠損または骨・軟骨組織に変性・破壊のある関節において、関節包を切開して関節組織を展開し、病変部の変性した軟骨とその下層の骨組織を切除し、その部分に骨組織を固着面として骨・軟骨一体型バイオマテリアルを設置移植すればよい。本発明の一体型バイオマテリアルは関節可動部の軟骨面の基盤に人工骨部が一体型としてあるため、変性破壊された軟骨と骨組織を同時に再建し、かつ人工骨部をしっかりと健常骨に固定させることができる。
移植に用いる本発明のバイオマテリアルの量と形状は、適宜調製することができ、例えば、欠損または変形の大きさと形状に見合った体積でよいと考えることができる。
本発明は、本発明のバイオマテリアルを用いた関節機能障害の治療方法を提供する。本発明の治療方法は、関節機能障害の患者の関節またはその一部を、本発明の一体型バイオマテリアルへ置換することを特徴とする方法である。
本発明の治療方法は、好ましくはヒトを対象とするものであるが、ヒト以外の動物(非ヒト動物)を対象とすることも可能である。本発明の治療方法の対象となるヒト以外の動物は関節を有する動物であれば特に制限されないが、好ましくは脊椎動物あるいは哺乳動物を指し、より好ましくは、ペット用動物または家畜用動物を挙げることができる。具体的には、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、サル、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ等を例示することができるが必ずしもこれらの動物に制限されない。本発明の骨・軟骨一体型バイオマテリアルは、ヒトまたはヒト以外の動物の外傷や高齢化に伴う骨関節疾患の治療に用いることにより、関節機能の再建に大きく役立つものと考えられる。
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの作製
一体型バイオマテリアル作製用の培養試験管装置を作製し、人工骨(ハイドロキシアパタイト性、円柱形)を基盤として、人工骨・軟骨様複合体による一体型の新規バイオマテリアルを創製した。
<準備>
クリーンベンチ横にpHメーターを設置し、校正は外で行い、エタノールで消毒後クリーンベンチ内へ入れ、洗浄も中で行った。1N のNaOHをステリフリップにて少量0.22μmフィルターに通した。
【0039】
また、軟骨様複合体を構成する各物質は、以下のように調製した。
<滅菌精製水(distilled diluted water): DDW pH9>
滅菌精製水DDWを0.22μmフィルターに通す

pH9 用事調整 (pH9.00)
<タイプIIコラーゲン (CII)in DDW>MCK K-42 Lot:80523N
CII(2.5mg/ml) 820μl
DDW(pH9) 5330μl
6150μl

37℃ インキュベート 30分

pH9 用時調整 (pH8.78>>9.00)
<ヒアルロン酸 in DDW> 中外製薬 スベニール Lot:UF510
ヒアルロン酸(HA) 30μl
DDW(pH9) 970μl
1000μl
↓(フィルター不可)
37℃ インキュベート 30分

pH9 用時調整 (pH9.15>>9.00)
<アグリカン in DDW> SIGMA A1960-1MG Lot: 105K4146 用時調整
アグリカン(AG) 1 mg
DDW (pH9) 400μl
400μl×2本

室温 30分

pH9 用事調整

アグリカン(AG) 800 μl(a)
DDW (pH9) 4400 μl(b) ((a)(b)合わせてpH8.89>>9.00)
ヒアルロン酸in DDW 800 μl (pH9.15>>9.00)
6000μl
<混合>
AG + HA 6 ml
CII 6 ml
12 ml

37℃ インキュベート 震盪(shake)(58rpm) 5時間

人工骨(ネオボーン)を底部に設置した培養装置を用意し、上記の複合体溶液をゆっくりと流し込め、人工骨上部で軟骨様複合体を自己組織化させる(図2)。

3000rpm 室温 5分

37℃ インキュベート 2O/N 静置
※同時に生食(20ml管)も37℃で温めておく。

3000rpm 室温 5分(この部分の遠心回転数と時間を調節することで、軟骨部の弾性と保水性を調整)

上清を吸い取る

37℃に温めておいた生食(大塚生食注Lot:K6F84)20 ml (1本)を加える

3000rpm 室温 5分 (この部分の遠心回転数と時間を調節することで、軟骨部の弾性と保水性を調整)

特別装置から軟骨複合体と人工骨を取り出す

生食を入れたシャーレへ移す

位相差顕微鏡、電子顕微鏡解析
【0040】
上記方法によって作製された人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの顕微鏡写真を図3に示す。該バイオマテリアルの拡大写真、および位相差顕微鏡による拡大写真を図4に示す。
また、電子顕微鏡写真を図5(3000倍、5000倍)、および図6(10000倍)に示す。自己組織化コラーゲン複合体線維が、多孔性ハイドロキシアパタイト人工骨の表面ばかりでなく、孔構造の内部に侵入して結合していることが観察された。
即ち、人工骨と軟骨部(軟骨様複合体)とが一体化したバイオマテリアルが作製できたことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0041】
生体組織構成成分からなる本発明の人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルは、関節リウマチや変形性関節症をはじめ、骨折、骨腫瘍など関節変性・破壊をきたす骨関節病変の全てを対象とし、関節組織をその骨格である骨組織と関節可動面である軟骨組織側を一体として再建治療するためのバイオマテリアルである。
骨軟骨を全て置換する必要のある疾患に対する再生医療や次世代型人工関節置換術といった新しい治療法開発のための画期的な医療技術となる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】関節疾患における軟骨および軟骨下骨の経時的な変性破壊を模式的に示す図である。
【図2】軟骨様複合体を自己組織化させるために、該複合体を人工骨上部へ流し込んだ際の培養試験管装置の写真である。
【図3】本発明の方法によって製造された人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの写真である。左の写真は拡大率75倍である。
【図4】本発明の人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルを拡大した顕微鏡写真である。右上は拡大率75倍である。右下は位相差顕微鏡による写真である。
【図5】本発明の人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルを拡大した電子顕微鏡写真である。上は拡大率3000倍、下は拡大率5000倍である。
【図6】本発明の人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルを拡大した電子顕微鏡写真である。上下とも拡大率10000倍である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟骨様複合体の成分であるグリコサミノグリカン、プロテオグリカン、およびコラーゲンを人工骨と接触させ、該人工骨を基盤として該複合体を自己組織化させることを特徴とする、人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルの製造方法。
【請求項2】
前記軟骨様複合体が以下の工程(a)および(b)によって作製されることを特徴とする複合体である、請求項1に記載の製造方法。
(a)グリコサミノグリカンとプロテオグリカンとを混合し、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体を調製する工程
(b)上記グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体にコラーゲンを混合する工程
【請求項3】
前記グリコサミノグリカンがヒアルロン酸である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記プロテオグリカンがアグリカンである、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記コラーゲンがII型コラーゲンである、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項6】
前記人工骨が、多孔性ハイドロキシアパタイト製人工骨である、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
室温で3〜12時間処理することにより自己組織化させる、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
前記処理に続いてさらに、1500〜5000rpmの遠心後、室温にて1〜2晩静置する、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の方法によって製造される人工骨・軟骨一体型バイオマテリアル。
【請求項10】
既存の関節またはその一部を、請求項9に記載の人工骨・軟骨一体型バイオマテリアルへ置換することを特徴とする、関節機能障害の治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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