説明

伸びおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板ならびにその製造方法

【課題】引張強度:1180MPa以上で、伸びおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.15〜0.25%、Si:1.0〜2.0%、Mn:2.5〜3.5%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Al:0.005〜0.1%及びN:0.01%以下を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなる成分組成とし、体積分率で、ベイニティックフェライト相:50〜70%、マルテンサイト相:15〜40%および残留オーステナイト相:5〜15%を含み、かつマルテンサイト相の総体積分率に占める長軸長≧5μmのマルテンサイト相の割合が50%以下(但し、0%を含む)を満足する組織とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複雑な形状にプレス成形されることが要求される自動車部品などに供して好適な高強度冷延鋼板およびその製造方法に関し、特にNbやCu,Ni,Cr,Moなどの高価な元素を積極的に添加させることなしに、残留オーステナイトを活用し、また金属組織をベイニティックフェライト相を主体とした均一な組織とし、さらにはマルテンサイト相の粒径を制御することにより、伸び(El)および伸びフランジ性(通常、穴拡げ率(λ)で評価される)の向上を図ると同時に、引張強度(TS):1180MPa以上という高強度を併せて実現しようとするものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車車体の軽量化による燃費向上や衝突安全性の向上を目的として引張強度(TS)が590MPa以上の鋼板の自動車車体への適用が積極的に進められているが、最近ではさらに高強度の鋼板の適用が検討されている。
従来、TS:1180MPa級以上の高強度鋼板は軽加工部品に適用されることが多かったが、最近では、より一層の衝突安全性かつ車体軽量化による燃費向上を両立させるべく、複雑形状のプレス部品への適用が検討されており、加工性に優れる鋼板に対するニーズは高い。
【0003】
しかしながら、鋼板は、一般に、高強度化に伴い加工性が低下する傾向にあることから、プレス成形時における割れの回避が高強度鋼板の適用を拡大する上で大きな課題となっている。また、特にTS:1180MPa級以上に高強度化する場合、強度確保の観点からNb,Cu,Ni,CrおよびMoなどの極めて高価な希少元素を積極的に添加する場合が多い。
【0004】
成形性に優れた高強度冷延鋼板に関する従来技術として、例えば特許文献1〜4に、鋼成分や組織の限定、熱延条件、焼鈍条件の最適化により、ベイナイト相主体、または残留オーステナイトを活用した高強度冷延鋼板の製造技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−179703号公報
【特許文献2】特開2005−298964号公報
【特許文献3】特開2009−256773号公報
【特許文献4】特開2010−024497号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術は、高価なNi,Cuがオーステナイト安定化元素として必須なだけでなく、焼戻しマルテンサイト相を主相としているが、TS:1180MPa以上で十分な伸びフランジ性は得られていない。
特許文献2に記載の技術も、高価なMoを必須としており、主相はフェライト相であるが、高い伸び特性に寄与する残留オーステナイト相の体積分率が少なく、伸びフランジ性に悪影響を及ぼす硬質なマルテンサイト相を含んでいるため、やはりTS:1180MPa以上で優れた伸びと伸びフランジ特性を両立する優れた特性バランスは得られていない。さらに、Alを多量に含有していることから、溶接性、連続鋳造性の劣化が懸念される。
特許文献3に記載の技術は、Al含有量が過多であるため溶接性の低下が懸念され、また連続鋳造性の低下が懸念される。
特許文献4に記載の技術は、ベイナイト相主体で残留オーステナイト相の体積分率が少ないため、TS:1180MPa以上という高強度の場合には十分な伸びは得られていない。
【0007】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、高価な合金元素であるNb,Cu,Ni,Cr,Moを含有させることなく、金属組織の調整によって伸びおよび伸びフランジ性を向上させた高強度冷延鋼板を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
さて、発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、成形性、溶接性、連続鋳造性の観点から高価な希少金属の含有量を含有させずとも、ベイニティックフェライト相および残留オーステナイト相の体積分率を制御することにより、伸びの向上が図れること、また金属組織中のオーステナイトから低温変態生成するマルテンサイト相の体積分率、さらにはマルテンサイト相のサイズを厳密に制御することにより、伸びおよび伸びフランジ性の向上と共に、引張強度(TS):1180MPa以上の高強度化が達成できることの知見を得た。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
(1)質量%で、
C:0.15〜0.25%、
Si:1.0〜2.0%、
Mn:2.5〜3.5%、
P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、
Al:0.005〜0.1%および
N:0.01%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、体積分率で、
ベイニティックフェライト相:50〜70%、
マルテンサイト相:15〜40%および
残留オーステナイト相:5〜15%
を含み、かつマルテンサイト相の総体積分率に占める長軸長≧5μmのマルテンサイト相の割合が50%以下(但し、0%を含む)を満足することを特徴とする、伸びおよび伸びフランジ性にれる高強度冷延鋼板。
【0010】
(2)前記鋼板が、質量%でさらに、
Ti:0.005〜0.050%および
B:0.0001〜0.0050%
のうちから選んだ一種又は二種を含有することを特徴とする、前記(1)に記載の伸びおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板。
【0011】
(3)前記(1)または(2)に記載の成分組成からなる鋼スラブを、熱間圧延し、ついで圧下率:20〜50%の冷間圧延を行ったのち、800〜900℃の温度域で1回目の焼鈍を施し、冷却速度:10〜80℃/秒で冷却停止温度:300〜500℃まで冷却し、この温度域に100〜1000秒保持したのち、再度、圧下率:20〜50%の冷間圧延を行ってから、(1回目の焼鈍温度±50℃)の温度域で2回目の焼鈍を施すことを特徴とする、伸びおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高価な合金元素を含有させることなしに、伸びおよび伸びフランジ性に優れ、しかも引張強度が1180MPa以上の高強度冷延鋼板を得ることができる。そして、本発明により得られる高強度冷延鋼板は、特に厳しい形状にプレス成形される自動車部品として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を具体的に説明する。
さて、発明者らは、高強度冷延鋼板の加工性とくに伸びおよび伸びフランジ性の向上に関し、鋭意検討を重ねた結果、Nb,Cu,Ni,Cr,Moを含有しない成分系においても、体積分率で50〜70%のベイニティックフェライト相、体積分率で15〜40%のマルテンサイト相および体積分率で5〜15%の残留オーステナイトで、かつ長軸長≧5μmのマルテンサイト相の体積分率が50%以下を満たす組織とすることにより、所期した目的が有利に達成されることを見出した。
以下、本発明の成分組成および組織の限定理由について具体的に説明する。なお、鋼板中の元素の含有量の単位は何れも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り単に「%」で示す。
【0014】
まず、本発明における鋼の成分組成の適正範囲およびその限定理由は以下のとおりである。
C:0.15〜0.25%
Cは、強度に寄与する元素であり、固溶強化および低温変態相による組織強化による強度確保に有効に寄与する。しかしながら、C量が0.15%未満では必要な体積分率の低温変態相を得るのが難しく、一方0.25%を超えるとスポット溶接性が著しく劣化するだけでなく、低温変態相が過度に硬質化して成形性、特に伸びフランジ性の低下を招く。従って、C量は0.15〜0.25%の範囲とする。
【0015】
Si:1.0〜2.0%
Siは、オーステナイト中へのC濃化を促進させ、残留オーステナイトを安定化するのに重要な元素である。上記作用を得るには1.0%以上、好ましくは1.2%以上含有させる必要がある。また、マルテンサイト相を15%以上含有する本発明鋼板においては、ベイニティックフェライト相を固溶強化し、ベイニティックフェライト相とマルテンサイト相の強度差を低減することにより、伸びフランジ成形時の鋼板全体の均一な変形を可能とし、伸びフランジ性の向上にも寄与する。一方、Si量が2.0%を超えて含有されると鋼板が脆くなって割れが生じ、成形性が低下する。従って、Si量の上限は2.0%以下とする。好ましくは1.8%以下である。
【0016】
Mn:2.5〜3.5%
Mnは、焼入れ性を向上させる元素であり、強度に寄与する低温変態相の確保を容易にする作用がある。上記作用を得るには2.5%以上含有させる必要があるが、3.5%を超えて含有させると過度に硬質化し、熱間での延性が不足し、スラブ割れが生じるおそれがある。そのため、Mn量は2.5〜3.5%の範囲とする。好ましくは2.6〜3.0%の範囲である。
【0017】
P:0.030%以下
Pは、スポット溶接性に悪影響を及ぼすため、極力低減することが好ましいが、0.030%までは許容できる。しかし、P量を過度に低減することは製鋼工程での生産能率が低下し、高コストとなるため、P量の下限は0.001%程度とすることが好ましい。
【0018】
S:0.0050%以下
Sは、粒界に偏析して熱間脆性を低下させるだけでなく、MnSなどの硫化物系介在物を形成し、このMnSが冷間圧延により展伸し、変形時の割れの起点となって局部変形能を低下させるため極力低減することが好ましいが、0.0050%までは許容できる。しかし、過度の低減は工業的に困難であり、製鋼工程における脱硫コストの増加を招くので、S量の下限は0.0001%程度とすることが好ましい。好ましくは0.0001〜0.0030%の範囲である。
【0019】
Al:0.005〜0.1%
Alは、主として脱酸の目的で添加される。また、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイト相を生成させるのに有効であり、強度−伸びバランスを向上させる上で有用な元素である。上記の目的を達成するには0.005%以上の添加が必要であるが、0.1%を超えて含有されると、アルミナなどの介在物増加による加工性の劣化という問題が生じる。さらに、Al量が0.1%を超えると、連続鋳造時に、溶融スラグ中の塩基度が上昇し、潤滑性の確保が困難となり、凝固シェルと鋳型が焼き付き、ブレークアウトが発生してしまう場合がある。従って、Al量は0.005〜0.1%の範囲とする。好ましくは0.02〜0.06%の範囲である。
【0020】
N:0.01%以下
Nは、耐時効性を劣化させる元素であり、N量が0.01%を超えると耐時効性の劣化が顕著になる。またBを含有する場合、Bと結合しBNを形成してBを消費し、固溶Bによる焼入れ性を低下させ、所定の体積分率のマルテンサイト相を確保することが困難となる。また、ベイニティックフェライト中で不純物元素として存在し、ひずみ時効により延性を低下させるので、N量は低いほうが好ましいが、0.01%までは許容できる。しかし、N量の過度の低減は製鋼工程における脱窒コストの増加を招くので、N量の下限は0.0001%程度とすることが好ましい。より好ましくは0.0010〜0.0050%の範囲である。
【0021】
以上、基本成分について説明したが、本発明では、以下に述べる元素を適宜含有させることもできる。
Ti:0.005〜0.050%
Tiは、炭窒化物や硫化物を形成し、強度の向上に有効に寄与する。また、Bを添加する場合、NをTiNとして固定することによりBNの形成を抑制し、Bによる焼入れ性を発現させる上でも有効な元素である。これらの効果を得るには0.005%以上のTi含有を必要とするが、Ti量が0.050%を超えると、ベイニティックフェライト相中に過度に析出物が生成し、過度の析出強化により、伸びの低下を招く。従って、Ti量は0.005〜0.050%の範囲とする。好ましくは0.010〜0.040%の範囲である。
【0022】
B:0.0001〜0.0050%
Bは、焼入れ性を高めてマルテンサイト相および残留オーステナイト相などの低温変態相を確保するのに有効に寄与し、優れた強度−伸びバランスを得るために有効な元素である。この効果を得るためには、Bを0.0001%以上含有させる必要がある。一方、B量が0.0050%を超えると、上記の効果は飽和する。従って、B量は0.0001〜0.0050%の範囲とする。好ましくは0.0005〜0.0020%の範囲である。
なお、本発明の鋼板において、上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0023】
次に、本発明にとって重要な要件の一つである鋼組織の適正範囲およびその限定理由について説明する。
ベイニティックフェライト相の体積分率:50〜70%
複合組織を有する高強度鋼板では、軟質相と硬質相の硬度差に起因して伸びフランジ性が低下することが知られている。これに対し、オーステナイトからの低温変態相であるマルテンサイト相よりも軟質で、延性に寄与するベイニティックフェライト相を主体とする組織とすること、すなわち複合組織よりも単相組織に近い組織とすることによって、成形時に鋼板全体が均一に伸び、伸びフランジ性が向上する。ベイニティックフェライト相が50%に満たない場合、硬質なマルテンサイト相の体積分率が増加して過度に高強度化し、伸びおよび伸びフランジが劣化する。一方、ベイニティックフェライト相が70%を超えて存在すると、強度:1180MPaの確保が困難となるだけでなく、延性に寄与する残留オーステナイト相を所定量確保することが困難となる。従って、ベイニティックフェライト相の体積分率は50〜70%の範囲とする。
【0024】
マルテンサイト相の体積分率:15〜40%
マルテンサイト相は、強度の向上に寄与し、1180MPa以上のTSを確保するためにはマルテンサイト相の体積分率を15%以上にする必要がある。しかしながら、マルテンサイト相の体積分率が多すぎると過度に高強度化し、伸びおよび伸びフランジ性が低下するため、マルテンサイト相の体積分率は40%以下にする必要がある。そして、マルテンサイト相の体積分率を15〜40%の範囲内で調整することによって、強度、伸びおよび伸びフランジ性の良好な材質バランスを得ることができる。
【0025】
残留オーステナイト相の体積分率:5〜15%
残留オーステナイト相は、歪誘起変態、すなわち材料が変形する場合に歪を受けた部分がマルテンサイト相に変態することで変形部が硬質化し、歪の集中を防ぐことにより延性を向上させる効果があり、高延性化のためには5%以上の残留オーステナイト相を含有させる必要がある。しかしながら、残留オーステナイト相はC濃度が高く、硬質なため、鋼板中に15%を超えて過度に存在すると局所的に硬質な部分が存在するため、伸びフランジ成形時における材料の均一な変形を阻害する要因となることから、優れた伸びおよび伸びフランジ性を確保することが困難となる。特に伸びフランジ性の観点からは、残留オーステナイトは少ない方が好ましい。よって、残留オーステナイト相の体積分率は5〜15%の範囲とする。
【0026】
マルテンサイト相の総体積分率に占める長軸長≧5μm のマルテンサイト相の割合:50%以下(但し、0%を含む)
マルテンサイト相は、ベース組織であるベイニティックフェライト相より硬質であり、マルテンサイト相の総体積分率が同じ場合、5μm未満のマルテンサイト相に比較すると長軸長が5μm以上の粗大なマルテンサイト相は局在して存在することになり、均一な変形を阻害し、より均一な変形をする微細均一な組織と比較すると伸びフランジ性に不利となる。特にかかる長軸長のマルテンサイトの割合が50%を超えるとマルテンサイト相同士が隣接して存在し、不均一変形が顕著となり、伸びおよび伸びフランジ性に悪影響を及ぼす。それ故、長軸長が5μm以上のマルテンサイト相の割合は50%以下の範囲で、少なければ少ないほど好ましい。従って、長軸長≧5μmのマルテンサイト相の体積分率は50%以下とする。0%であってもよい。
【0027】
次に、本発明の高強度冷延鋼板の製造条件およびその限定理由について説明する。
本発明において、熱間仕上げ圧延前の工程に関しては常法に従って行えばよく、例えば、上記の成分組成範囲に調製した鋼を溶製、鋳造して得られた鋼スラブを用いることができる。また、本発明においては、連続鋳造スラブ、造塊−分塊スラブは勿論のこと、厚み:50〜100mm程度の薄スラブを用いることができ、特に薄スラブの場合は、再加熱なしに直接熱間圧延工程に供することができる。
【0028】
熱間圧延についても特に制限はなく、従来公知の方法に従って行えばよい。好適条件を述べると次のとおりである。
熱間圧延時の加熱温度は1100℃以上にすることが好ましい。スケール生成を軽減、燃料原単位の低減の観点から上限は1300℃とすることが好ましい。熱間圧延における仕上げ温度は、フェライトとパーライトなど低温変態相の層状組織を回避すべく、850℃以上とするのが好ましい。また、スケール生成の軽減、結晶粒径粗大化の抑制による組織の微細均一化の観点から上限は950℃とするのが好ましい。
熱間圧延終了後の巻取り温度は、冷間圧延性、表面性状の観点から450〜600℃とするのが好ましく、巻取り後の鋼板は酸洗工程を経て冷間圧延に供される。
【0029】
ついで、冷間圧延を施すが、本発明では、この冷間圧延工程以降が重要であり、2回の冷間圧延および2回の焼鈍を施す。
冷間圧下率(1回目):20〜50%
1回目の冷間圧延における圧下率が20%に満たないと、鋼板中に導入される歪が少なく、組織の均一微細化が進まず、回復、再結晶および相変態が遅延する。その結果、焼鈍時に十分なオーステナイト相を得ることができず、最終的に所定の体積分率のマルテンサイト相の確保が難しくなり、TSの確保が困難となる。また、均一な回復再結晶組織を得ることができず、熱延板組織の影響を受けた不均一な組織となるため、伸びや伸びフランジ性に悪影響を及ぼす。一方、冷延圧下率が50%を超えても材質上の問題はないが、冷間圧延の負荷が増大するので上限は50%とする。
【0030】
焼鈍温度(1回目):800〜900℃
1回目の焼鈍における焼鈍温度が800℃より低いと、焼鈍中にフェライト相の体積分率が高くなり、最終的に得られる組織におけるベイニティックフェライト相の体積分率が多くなるため、TS:1180MPaの確保が困難となる。また、焼鈍中にオーステナイト相へのC濃化が促進され、マルテンサイト相が過度に硬質化し、伸びフランジ性が低下する。一方、900℃を超えてオーステナイト単相の高温域まで加熱すると、オーステナイト粒径が過度に粗大化し、ベイニティックフェライト相やマルテンサイト相などの結晶粒径が粗大化し、伸びフランジ性が低下する。よって、1回目の焼鈍における焼鈍温度は800〜900℃の範囲とする。
【0031】
冷却速度:10〜80℃/秒
1回目の焼鈍後における冷却速度は、所望の低温変態相の体積分率を得るために重要である。平均冷却速度が10℃/秒未満の場合、マルテンサイト相の確保が難しくなり、軟質化するため、強度確保が困難となる。一方、80℃/秒を超えると、逆に過度にマルテンサイト相が生成し、過度に硬質化するため、伸びおよび伸びフランジ性などの加工性が低下する。従って、冷却速度は10〜80℃/秒の範囲とする。
なお、この場合の冷却は、ガス冷却とすることが好ましいが、その他、炉冷、ミスト冷却、ロール冷却および水冷などの方法を用いることができ、またはそれらを組み合わせて使用することも可能である。
【0032】
冷却停止温度:300〜500℃
1回目の焼鈍後の冷却停止温度が300℃未満の場合、残留オーステナイトの生成が抑制され、過度にマルテンサイト相が生成するため、強度が高くなりすぎ、伸びの確保が困難となる。一方、500℃を超えた場合、冷却停止後の保持中にベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの生成が抑制され、保持後の冷却過程において過度のマルテンサイト相が生成するため、優れた延性を得ることが困難となる。ベイニティックフェライト相を主体とし、マルテンサイト相および残留オーステナイト相の存在比率を制御し、TS:1180MPa級以上の強度を確保すると同時に、伸びおよび伸びフランジ性をバランス良く得るためには、冷却停止温度は300〜500℃の範囲とする必要がある。
【0033】
保持時間:100〜1000秒
上記した冷却停止温度域(滞留温度域でもある)における保持時間が100秒に満たない場合、オーステナイト相へのC濃化が進行する時間が不十分となり、最終的に所望の残留オーステナイト体積分率を得ることが難しく、また過度にマルテンサイト相が生成して高強度化し、伸びおよび伸びフランジ性が低下する。一方、1000秒を超えて滞留させても残留オーステナイト量は増加せず、伸びの顕著な向上は認められない。したがって、保持時間は100〜1000秒の範囲とする。
なお、冷却停止後の鋼板を上記滞留温度域に保持する手段としては、例えば、焼鈍後の冷却設備の下流工程に保温装置等を設けて、鋼板の温度を上記滞留温度に調整する手段等が挙げられる。また、滞留後の鋼板は、従来公知の任意の方法により所望の温度に冷却される。
【0034】
冷間圧下率(2回目):20〜50%
本発明では、2回目の冷間圧延および2回目の焼鈍は、1回目の焼鈍での材料特性の造り込みに加えてさらに材質向上を目的とし実施される。2回目の冷間圧延および焼鈍は、1回目の焼鈍で制御した組織をさらに優れた特性を有する鋼板組織に制御するために重要である。また、2回の冷間圧延、焼鈍を実施することにより、添加元素の十分な拡散がより進行し、1回の冷間圧延、焼鈍後の組織よりも一層均一な組織とすることができ、その結果、優れた伸びおよび伸びフランジ性を達成することが可能となる。
1回目の冷延−焼鈍組織を有する鋼板に対し、2回目の冷間圧下率が20%に満たない場合、圧延により導入される歪が極端に少なくなるため、回復、再結晶の駆動力が小さく、核生成、粒成長が遅れ、その後の変態が遅延し、最終的に得られる鋼板において所定の体積分率を有するマルテンサイト相の確保が困難となる結果、軟質化し、強度確保が困難となる。また、均一な回復再結晶組織を得ることができず、熱延板組織の影響を受けた不均一な組織となるため、伸びや伸びフランジ性に悪影響を及ぼす。一方、冷間圧下率が50%を超えると、鋼板中に導入された歪量が多くなり、回復、再結晶が進行し、変態も進行するため、1回目の焼鈍にて制御した組織の変動が大きく、2回目の焼鈍の影響が支配的となるため、優れた伸び、伸びフランジ性を得ることが困難となる。また、冷間圧延の負荷も増大し、板形状不良が発生することもある。従って、2回目の冷間圧下率は20〜50%の範囲とする。
【0035】
焼鈍温度(2回目):1回目の焼鈍温度±50℃
2回目の焼鈍温度が(1回目の焼鈍温度−50℃)を下回る場合、均熱時にオーステナイト相へのC濃化が1回目の焼鈍よりも促進され、さらに均熱時の結晶粒径が微細化し、また冷却、保持工程におけるベイニティックフェライト相の生成に伴って、オーステナイト相へのC濃化が進行し、マルテンサイト相が過度に硬質化して、伸びフランジ性が低下する。また、焼鈍温度が低い場合、焼鈍中にフェライト相の体積分率が高くなり、最終的に得られる組織におけるフェライト相の体積分率が多くなるため、TS:1180MPaの確保が困難となる場合がある。一方、2回目の焼鈍温度が(1回目の焼鈍温度+50℃)を上回ると、オーステナイト粒径が過度に粗大化し、それに伴ってベイニティックフェライト相やマルテンサイト相の結晶粒径が粗大化するため、伸びフランジ性が劣化する。また、高温に加熱されることにより、添加元素が十分に拡散して、均一なオーステナイト相単相域焼鈍となる場合では、1回目の焼鈍組織が変動し、所望の体積分率の残留オーステナイト相が得られないため、伸びに優れた鋼板を得ることが困難となる。よって、2回目の焼鈍温度は(1回目の焼鈍温度±50℃)の範囲とする。
なお、上記した2回目の焼鈍後の冷却は、特に制限はなく、常法に従い行えばよい。好ましくは、1回目の焼鈍と同様、冷却停止温度までの冷却速度:10〜80℃/秒、冷却停止温度:300〜500℃、冷却停止温度域での保持時間:100〜1000秒として冷却する。
【0036】
上記した2回目の焼鈍後、最終的に得られた冷延鋼板に、形状矯正や表面粗度調整の目的から調質圧延(スキンパス圧延)を行ってもかまわないが、過度にスキンパス圧延をすると鋼板に歪が導入されるため、結晶粒が展伸されて圧延加工組織となり、延性が低下するおそれがある。そのため、スキンパス圧延の圧下率は0.05%以上0.5%以下程度とすることが好ましい。
【実施例1】
【0037】
表1に示す成分組成になる鋼を溶製してスラブとし、1200℃に加熱後、仕上げ圧延機出側温度:900℃で熱間圧延を施し、圧延終了後、70℃/秒の速度で冷却して、550℃で巻取り、ついで塩酸酸洗後、表2に示す条件で冷間圧延および焼鈍処理を施して、板厚:1.6mmの冷延鋼板を製造した。なお、2回目の焼鈍後の冷却は、前記好ましい条件である、冷却停止温度までの冷却速度:10〜80℃/秒、冷却停止温度:300〜500℃、冷却停止温度域での保持時間:100〜1000秒の範囲内とした。
得られた冷延鋼板について、以下に示す材料試験により材料特性を調査した。
得られた結果を表3に示す。
【0038】
(1)鋼板の組織
圧延方向断面で、板厚の1/4位置の面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することにより調査した。観察はN=5(観察視野5箇所)で実施した。ベイニティックフェライト相の体積分率は、倍率2000倍の断面組織写真を用い、画像解析により、任意に設定した50μm×50μm四方の正方形領域内に存在するベイニティックフェライト相の占有面積を求め、これをベイニティックフェライト相の体積分率とした。また、上記観察においては、マルテンサイト相についても観察したが、後述する方法で求めたマルテンサイト相の体積分率とほぼ同等の体積分率となったため、表3に示すマルテンサイト相の体積分率については、後述の方法により求めた。 長軸長:5μm以上のマルテンサイト相の割合は、倍率1000倍の断面組織写真を用い、画像解析により任意に設定した100μm×100μm四方の正方形領域内に存在する長軸長が5μm以上のマルテンサイト相の占有面積を求めて体積分率とした。ここで、長軸長:5μm以上のマルテンサイト相の抽出は、マルテンサイト相の長軸、すなわち最大径が、直径が5μmの円と同じか、これよりも大きい場合に長軸長が5μm以上であるとした。この際、比較的平滑な表面を有し、塊状の形状として観察されたものをマルテンサイトと判定した。
残留オーステナイト相の量は、MoのKα線を用いてX線回折法により求めた。すなわち、鋼板の板厚1/4付近の面を測定面とする試験片を使用し、オーステナイト相の(211)面および(220)面とフェライト相の(200)面および(220)面のピーク強度から残留オーステナイト相の体積率を算出した。
各相の体積分率は、最初に上記したSEM像による目視判断によりベイニティックフェライト相とベイニティックフェライト相以外とに区別し、ベイニティックフェライト相の体積分率を決定し、次にX線回折法により残留オーステナイト相の体積分率を決定し、残る体積分率をマルテンサイト相と判断した。
【0039】
(2)引張特性
圧延方向と90°の方向を長手方向(引張方向)とするJIS Z 2201に記載の5号試験片を用い、JIS Z 2241に準拠した引張試験を行って評価した。なお、引張特性の評価基準はTS×El≧20000MPa・%以上(TS:引張強度(MPa)、El:全伸び(%))を良好とした。
【0040】
(3)穴拡げ率
日本鉄鋼連盟規格JFST1001に基づき実施した。初期直径d0=10mmの穴を打抜き、頂角:60°の円錐ポンチを上昇させて穴を拡げた際に、亀裂が板厚を貫通したところでポンチの上昇を停止して、亀裂貫通後の打抜き穴径dを測定し、次式
穴拡げ率(%)=((d−d0)/d0)× 100
で算出した。同一番号の鋼板について3回試験を実施し、穴拡げ率の平均値(λ)を求めた。なお、穴拡げ率の評価基準はTS×λ≧36000MPa・%以上を良好とした。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
表3から明らかなように、No.1〜7の発明例はいずれも、TS≧1180MPaで、かつTS×El≧20000MPa・%以上、TS×λ≧36000MPa・%を満足する伸びおよび伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板が得られている。
これに対し、鋼成分が本発明の適正範囲外であるNo.8は、マルテンサイト相の体積分率が多すぎて所望の組織とすることができず、そのため伸びおよび伸びフランジ性に劣っている。
また、冷延圧下率が低いNo.9、焼鈍温度が低いNo.10、焼鈍後の冷却速度が遅いNo.12、2回目の冷延圧下率が低いNo.17、2回目の焼鈍温度が低いNo.18はいずれも、ベイニティックフェライト相の体積分率が多く、TS:1180MPaを満足していない。
さらに、焼鈍温度が高いNo.11、冷却速度が速いNo.13、保持時間の短いNo.16、2回目の焼鈍温度が高いNo.19はいずれも、マルテンサイト相の体積分率が多すぎ、強度が過度に高く、伸びおよび伸びフランジ性に劣る。
またさらに、冷却後の保持温度が低いNo.14、冷却後の保持温度が高いNo.15はそれぞれ、残留オーステナイト相の体積分率が少なく、伸びに劣る。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明に従い、鋼板中にCu,Ni,Cr,Mo,Nbなどの高価な元素を積極的に含有させずとも、ベイニティックフェライト相、マルテンサイト相および残留オーステナイト相各々の体積分率を適正に制御することにより、安価でかつ優れた伸びおよび伸びフランジ性を有し、しかも引張強度(TS)が1180MPa以上の高強度冷延鋼板を得ることができる。また、本発明の高強度冷延鋼板は、自動車部品として好適であり、それ以外にも、建築および家電分野など厳しい寸法精度、加工性が必要とされる用途にも有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.15〜0.25%、
Si:1.0〜2.0%、
Mn:2.5〜3.5%、
P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、
Al:0.005〜0.1%および
N:0.01%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、体積分率で、
ベイニティックフェライト相:50〜70%、
マルテンサイト相:15〜40%および
残留オーステナイト相:5〜15%
を含み、かつマルテンサイト相の総体積分率に占める長軸長≧5μmのマルテンサイト相の割合が50%以下(但し、0%を含む)を満足することを特徴とする、伸びおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板。
【請求項2】
前記鋼板が、質量%でさらに、
Ti:0.005〜0.050%および
B:0.0001〜0.0050%
のうちから選んだ一種又は二種を含有することを特徴とする、請求項1に記載の伸びおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の成分組成からなる鋼スラブを、熱間圧延し、ついで圧下率:20〜50%の冷間圧延を行ったのち、800〜900℃の温度域で1回目の焼鈍を施し、冷却速度:10〜80℃/秒で冷却停止温度:300〜500℃まで冷却し、この温度域に100〜1000秒保持したのち、再度、圧下率:20〜50%の冷間圧延を行ってから、(1回目の焼鈍温度±50℃)の温度域で2回目の焼鈍を施すことを特徴とする、伸びおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−237044(P2012−237044A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−107671(P2011−107671)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】