説明

低出血性抗凝固性融合タンパク質の調製および使用

因子XIaおよび因子Xaまたはトロンビンおよび因子Xaのいずれかによって認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む、抗凝固性融合タンパク質が提供される。当該抗凝固性融合タンパク質の調製方法およびその医学的使用についても提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の技術分野
本発明は、生命工学の分野に属し、そして一種の低出血性の抗凝固性物質の構造および調製、ならびに血栓症および血栓症関連疾患の予防および治療に関する。特に本発明は、抗凝固性物質と、トロンビン、血液凝固因子Xa(FXa)およびXIa(FXIa)などを含む、幾つかの血液凝固因子によって認識可能な、かつ切断可能なアミノ酸配列とを結合することによって得られる新規物質、ならびに同一物の調製および医薬的使用に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
心臓・脳血管系疾患は、ヒトの健康および生命を脅かす第一位の死因であり、そして血栓症は、多くの心臓・脳血管系疾患の重大な原因である。したがって、抗凝固剤は、血栓症の予防のために使用される重要な医薬である。現在において、ヘパリンは、臨床治療において広く使用されている抗凝固剤である。しかし、その重大な欠点の一つは血小板減少症を引き起こすことである。新規に開発された低分子量(LMW)ヘパリンは、上の危険性を減少させるかもしれないが、完全にその欠点を克服することはできない。
【0003】
人々は、上で言及された先の抗凝固剤の欠点について、さらに焦点を当てた。理想的な抗凝固剤として、それは明瞭かつ明確な抗凝固性効果を有するべきであり、そして臨床的安全性を増大させるために、全身投与の場合において出血の副作用を引き起こすべきではない。
【0004】
この目的のために、本発明のための指針の重大な点は、抗凝固性機能は、条件付きに、および特異的に活性化されるべきである。すなわち、この種の物質は通常、抗凝固性活性を有さず、そして凝固系が活性化されるときのみに、および血栓が形成される可能性があるか、または血栓が形成されたときのみに、その後この種の抗凝固剤が局所的にそれらの抗凝固活性を示す。発症しつつある、または発症した血栓の付近における局所的な抗凝固性活性は、予防的/治療的目的を達成するように、血栓症または血栓の持続的な成長を予防するための、形成された微小血栓の分解さえするための微小環境を形成する。したがって、本発明は、ヘパリン、ヒルジンなどのような抗凝固剤の投与と共に通常起こる全身性出血の危険性を克服するだろう。
【0005】
例えば、ヒルジンは、65〜66アミノ酸残基からなる一本鎖ポリペプチドであり、そのアミノ末端はトロンビンの触媒的活性部位と結合することができ、および抗凝固活性を有し、そして、C末端とトロンビン基質の認識部位との結合は、トロンビンに対して非常に強い特異的親和性を示す。本研究は、ヒルジンの抗凝固活性を一時的に減少させるために、ヒルジンのアミノ末端を塞ぐ方法を意図した。インビボ凝固系が活性化され、そして血栓が形成される時、血栓症によって誘発される特別な生化学的変化が、アミノ末端が塞がれたヒルジンを、潜在的または既に生じている血栓形成部位に対して特異的な抗凝固効果を示す元の形態のヒルジンに回復させ、それにより全身性出血の副作用が減少され得る。したがって、これは、新しい種類の安全かつ有効な抗凝固性薬剤である。
【0006】
上で言及した創意の誘導のもと、ヒルジンは本研究において修飾された。一旦、凝固系が活性化された場合に、ヒルジン誘導体の抗凝固性活性が放出され、そして抗凝固性および抗血栓性の役割を果たし、同時に出血性の副作用も減少されるために、ヒルジンは初めに、アミノ末端でトロンビンによって認識可能かつ切断可能な、THと名づけられるオリゴペプチドと結合されるか、またはFHと名づけられる血液凝固因子Xaによって認識可能かつ切断可能なオリゴペプチドと結合された。当該結果は、修飾されたヒルジンが機能的であったが、当該有効性がまだ十分に高くないことを示した。それから我々は、我々の考えを発展させ、そしてヒルジンは、幾つかの血液凝固因子または他の因子によって認識され、および切断され得るオリゴペプチドと結合することによって修飾されてもよいと考えた。我々は、上で言及した修飾によって、臨床診療に適用可能な程度までに有効性が高められ得ると期待した。しかし現在において、関連する文献に基づいて、これらのオリゴペプチドが、高い効率性で対応する血液凝固因子によって認識され、および切断され得るか否かを我々は推測することができない。以下のように、2つの関連のあるタンパク質が我々の研究室において調製された:(1)ヒルジンは、そのアミノ末端で、トロンビンおよび凝固因子Xaの両方によって認識可能なかつ切断可能なオリゴペプチドと結合され、このヒルジン誘導体はGHと名づけられた;(2)ヒルジンは、そのアミノ末端で、凝固因子XIaおよびXaの両方によって認識可能なかつ切断可能なオリゴペプチドと結合され、このヒルジン誘導体はEHと名づけられた。
【0007】
当該研究の結果は、ヒルジンのこれら2つの誘導体は通常、インビトロ、インビボを問わず抗凝固活性を有さず、そして一旦、凝固系が活性化された場合に、上で言及された血液凝固因子の共同の下、ヒルジンの抗凝固活性を局所的に、有効に放出することができ、そして抗凝固性および抗血栓性の両方の役割を果たすことができた。確かに、血栓が存在しない身体の部位においては抗凝固活性がなく、それゆえに、それらの全身性出血の副作用もまた、著しく減少された。したがって、ヒルジンおよびヘパリンのような抗凝固剤とは異なって、それらは一種の安全かつ有効な抗凝固および抗血栓剤である。結果として、低出血性の特性を有するこの種の抗凝固剤は、血栓症の予防および/または治療における適用において重要である。
【発明の概要】
【0008】
発明の目的
本発明は、血栓症の予防および/または治療のために、それ自体抗凝固性活性を有さず、そして血栓形成が生じる傾向にある、または生じているときに、血栓形成部位周辺においてその抗凝固活性を放出することができる、一種の物質を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、EHおよびGHのヌクレオチド配列を示す。
【図2】図2は、EHおよびGHのアミノ酸配列を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の開示
本発明において、抗凝固物質の抗凝固性活性が、抗凝固物質を、凝固因子XIaおよびXaの両方によって認識可能な配列と、またはトロンビンおよび凝固因子Xaの両方によって認識可能な配列と結合することによって阻害されることができ、そして当該新規抗凝固物質は特定の条件において切断可能であることが発見される。誘導化された抗凝固物質は、以下の特性を有する:上で言及された二つの血液凝固因子によって認識可能な配列によって阻害された後、ヒルジンのような抗凝固物質は、インビトロおよび血液系の非血栓性部位の両方において抗凝固活性を有さず、その結果、ヒルジンのような抗凝固物質によって引き起こされる全身性の出血の副作用を避け、または減少させている;誘導化された抗凝固物質は、血栓形成が生じる時にのみ、血栓形成領域に特異的に存在する血液凝固因子の作用下において、遊離の抗凝固性物質を局所的に放出することができ、その結果、血栓症に対して予防的および/または治療的効果を示し、そしてしたがって全身性出血の副作用を著しく減少させる。さらに、ヒルジンのアミノ末端のように、二つの凝固因子認識配列を用いて塞がれている新規抗凝固物質は、二つの凝固因子によって一緒に切断されることができ、そしてその有効性は、一つの凝固因子認識配列によって抗凝固物質が塞がれているものよりも著しく優れている。上で言及された特性に基づいた本発明の発見は、現在において完成された。
【0011】
したがって、一方においては、本発明は、凝固因子XIaおよびXaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチド、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む抗凝固物質に関する。
【0012】
本発明は、他方では、凝固因子XIaおよびXaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチド、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む抗凝固物質の調製方法であって、凝固因子XIaおよびXaによって共に認識可能な、かつ切断可能な配列、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能な配列に相当する基本配列と、抗凝固タンパク質をコードする遺伝子とを結合し、それから当該組み換え遺伝子を、pBV220、pPIC9およびpPIC9Kのような好適な発現ベクター中へ挿入し、そして新規抗凝固物質を得るために、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)、酵母または動物細胞系のような好適な宿主細胞中で、興味のある遺伝子を含む組み換えベクターを発現させることを含む前記方法に関する。
【0013】
さらなる実施形態において、本発明は、上で言及された新規抗凝固物質および薬学的に許容される担体または賦形剤を含む、医薬組成物に関する。
【0014】
本発明に従って、用語「抗凝固性物質」または「抗凝固物質」は、ヒルジン、抗トロンビンII、蛇毒など、またはそれらの変異体のような、血液凝固に逆らう物質;あるいは抗凝固活性を有する他の物質、好ましくはヒルジンまたはその変異体を示す。
【0015】
本発明に従って、用語「凝固因子XIaおよびXaによって共に認識可能な結合ペプチド、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な結合ペプチド」または「凝固因子XIaおよびXaによって共に認識可能なオリゴペプチド、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能なオリゴペプチド」は、トリペプチドEPR(GluProArg)もしくはEPRを含むペプチド断片、またはGVYAR(GlyValTyrAlaArg)ペンタペプチドもしくはGVYARを含むペプチド断片を示すために使用される。
【0016】
本発明に従って、凝固因子XIaおよびXaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチド、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む抗凝固物質は、好適な宿主系において発現されてもよく、好ましくはE.コリ(E.coli)または酵母中で発現されてもよい。
【0017】
以下の実施例は本発明をさらに説明するが、本発明におけるいかなる限定も意味しない。
【実施例】
【0018】
EPR−HV2(EH)およびGVYAR−HV2(GH)の調製、血栓症の予防および/または治療におけるそれらの機能
【0019】
I.EHおよびGHタンパク質の調製
PCRを通じて、制限領域XhoIならびに凝固因子XIaおよびXaによって共に認識可能なEPR配列をコードする塩基配列、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能なGVYAR配列をコードする塩基配列を、ヒルジン(HV2)遺伝子の上流に導入し、そして制限部位EcoRIを、当該遺伝子の下流に導入した。この遺伝子を、同一の酵素によって消化されるpPIC9プラスミド中に組み込み、その結果、組み換えプラスミドpPIC9−EHおよびpPIC9−GHを得た。pPIC−EHおよびpPIC9−GHを、BamHIおよびSalIを用いて消化し、そして同一の酵素によって消化されるプラスミドpPIC9Kと結合し、その後pPIC9K−EHおよびpPIC−GHを得た。当該2つの組み換えプラスミドを、電気的形質転換法によって酵母ゲノム中へ導入し、そしてメタノールによる発現の誘導に供した。当該発現された産物を単離し、そして関心のある、EHおよびGHのタンパク質を得た。
【0020】
II.EHおよびGHの生物学的活性
1、インビトロにおける活性の分析
EH、GH、FHおよびTHを、それぞれトロンビン、FXaおよびFXIaによってそれぞれ切断し、その後、抗凝固活性をフィブリン−クロット法によってアッセイした。当該結果を表1に記載した。
【0021】
【表1】

【0022】
GHは、FXIaおよびFXaの二つの血液凝固因子のそれぞれによって認識され、および切断され得ることを、一方、FHはFXaのみに、そしてTHはトロンビンによってのみに認識され、および切断され得ることを表1に示した。
【0023】
2、抗凝固の分析ならびにGHおよびEHの出血性副作用
(1)ラット頸動脈血栓症モデルにおける、GH、EH、FHおよびTHの抗凝固性および出血性副作用の分析ならびにその結果を表2および表3に示した。
【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
(2)尾部切断されたマウスの出血性モデルにおける、GH、EH、TH、およびFHの出血性の副作用を分析し、そしてその結果を表4に示した。
【0027】
【表4】

【0028】
血栓形成のために必要とされる時間は、ラット頸動脈血栓モデルにおいてEH、GH、FH、およびTHによって用量依存的に延長されることが表2において観察され、そしてそれは、ヒルジンの4つの誘導体の各々が、それぞれ実質的に同一の有効性で、動脈血栓症に対して機能する能力を有することを示した。しかし、出血性の副作用は、それぞれまったく異なった。表3および4から、出血性のインデックスにおけるGH、EH、FHおよびTHの影響は、HV2のものよりも低く、そしてそれはHV2のもの以上にそれらのより高い安全性を示している。しかし、GHおよびEHは、FHおよびTHのそれ以上に出血インデックスにおいてずっとより低い効果を有し、そして特に、GHはFHおよびTH群のそれ以上に、著しく短い出血時間を有し、そしてそのことは、GHおよびEHが出血性の副作用を減らす場合において、FHまたはTH以上に著しく優れていることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二つの血液凝固因子によって、共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む、抗凝固性タンパク質。
【請求項2】
ヒルジン、抗トロンビンIII 、および蛇毒など、またはそれらの変異体を含む、請求項1記載の抗凝固性タンパク質。
【請求項3】
ヒルジンまたはその変異体が好ましい、請求項2記載の抗凝固性タンパク質。
【請求項4】
前記血液凝固因子が、トロンビン、凝固因子Xa、凝固因子XIaなどである、請求項1記載の、2つの血液凝固因子によって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む、前記抗凝固性タンパク質。
【請求項5】
オリゴペプチドが、凝固因子XIaおよび凝固因子Xaによって共に認識可能なアミノ酸配列であるか、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能なアミノ酸配列であるか、あるいは凝固因子XIaおよび凝固因子Xaによって共に認識可能なアミノ酸配列を含むオリゴペプチドであるか、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能なアミノ酸配列を含むオリゴペプチドである、請求項1記載の、2つの血液凝固因子によって共に認識可能な、かつ切断可能な前記オリゴペプチドを含む、抗凝固性タンパク質。
【請求項6】
アミノ酸配列EPR、または凝固因子XIaおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なEPRを含むペプチド断片である、あるいは、アミノ酸配列GVYAR、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なGVYARを含むペプチド断片である、請求項5記載の、凝固因子XIaおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能な前記アミノ酸配列か、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能な前記アミノ酸配列。
【請求項7】
ヒルジンのN末端とそれぞれ結合されたEPRまたはGVYARを有する前記抗凝固性タンパク質EHおよびGHを含む、請求項1記載の、2つの血液凝固因子によって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む、前記抗凝固性タンパク質。
【請求項8】
凝固因子XIaおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む抗凝固性タンパク質、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む抗凝固性タンパク質の製造方法であって、EPRまたはGVYARをコードするヌクレオチド配列を、抗凝固性タンパク質をコードする遺伝子の上流へ導入し、その後E.コリ、酵母、または動物細胞などのような系において好適な発現ベクターによって前記遺伝子を発現させることを含む、前記方法。
【請求項9】
凝固因子XIaおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチド、またはトロンビンおよび凝固因子Xaによって共に認識可能な、かつ切断可能なオリゴペプチドを含む抗凝固性タンパク質、ならびに薬学的に許容される担体または賦形剤を含む、医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2010−512349(P2010−512349A)
【公表日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−540580(P2009−540580)
【出願日】平成19年12月11日(2007.12.11)
【国際出願番号】PCT/CN2007/003526
【国際公開番号】WO2008/071081
【国際公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【出願人】(509168807)インスティテュート オブ ラジエーション メディシン,アカデミー オブ ミリタリー メディカル サイエンシズ,ピーエルエー (4)
【出願人】(509168818)ベイジン サンリー サイ−テック ディベロップ インコーポレイティド リミティド (1)
【Fターム(参考)】