説明

低分子化ヒアルロン酸とその製造法

【課題】低分子化ヒアルロン酸とその塩、その工業的生産に好適な製造方法の提供。
【解決手段】分子量や色だけでなく、その分子構造についても考慮し、特定の酸濃度と温度においてヒアルロン酸又はその塩を低分子化する。
【効果】ヒアルロン酸の褐変を生じずに、工業的な生産に好適である低分子化ヒアルロン酸又はその塩を製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低分子化ヒアルロン酸とその塩及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、生体に存在するムコ多糖であり、化粧料、医薬品及び飲食品などの分野において広く利用されている。医薬品においては関節痛緩和効果が、化粧料においては肌の保湿効果が、飲食品においては肌の改善効果が期待されている。
【0003】
従来、ヒアルロン酸は、鶏の鶏冠からの抽出、又は微生物を培養して培養液より採取する方法により工業的に製造されている。しかし、これらのヒアルロン酸は、高分子量であるために、溶液中に高濃度に溶解させることができない。そのため化粧料として肌に使用する際には肌がつっぱる、医薬品や飲食品において使用する際には吸収性が悪いなどの問題がある。しかしながら、分子量を10,000以下にまで低分子化することにより、腸管膜吸収性が飛躍的に向上することが示されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
ヒアルロン酸を低分子化する方法として、水溶液中で酸分解する方法や、酵素分解する方法などが報告されている(例えば、特許文献1〜3参照)。しかし、分子量10,000以下まで低分子化する場合、溶液中での酸分解ではヒアルロン酸が褐変してしまう、あるいは酵素分解ではコストが高くなるという問題がある。また、報告された上記の方法においては、ヒアルロン酸の分子量や色にのみ注目し、その分子構造の変性に注意が払われていない(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2007−254725号公報
【特許文献2】特許第2587268号明細書
【特許文献3】特開平11−124401号公報
【非特許文献1】日本農芸化学会 大会講演要旨集(2006年、p209、3J12p03)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ヒアルロン酸の褐変を生じずに、工業的な生産に好適である低分子化ヒアルロン酸又はその塩を製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、分子量や色だけでなく、その分子構造についても考慮しながら鋭意検討を行い、ある特定の酸濃度と温度において、ヒアルロン酸を変性させることなく、低分子化ヒアルロン酸を製造できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち本発明は、以下に関する。
(1)0.1〜0.6Nの酸濃度の条件下、55℃以上95℃以下の温度条件でヒアルロン酸又はその塩を低分子化することにより得られる、2〜6量体のヒアルロン酸の含有率が10%以上である低分子化ヒアルロン酸。
(2)平均分子量が10,000以下である上記(1)に記載の低分子化ヒアルロン酸。
(3)ヒアルロン酸又はその塩に、0.1〜0.6Nの酸を添加し、55℃以上95℃以下の条件で、ヒアルロン酸又はその塩を低分子化することを特徴とする、低分子化ヒアルロン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高分子のヒアルロン酸を低分子化処理しても、変色や分子構造の変性を生じることなく、安定かつ安価に効率よく低分子化ヒアルロン酸又はその塩を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の低分子化ヒアルロン酸は、0.1〜0.6Nの酸濃度の条件下、55℃以上95℃以下の温度条件でヒアルロン酸又はその塩を低分子化することを特徴とする。
本発明における温度としては、55℃以上95℃以下、好ましくは60℃以上80℃以下であることが好ましい。55℃未満では、低分子化の反応が効率よく進まず、95℃を超える条件下では、褐変が進んでしまうためである。
本発明に用いる酸の種類としては、例えば、塩酸、硫酸若しくはリン酸から選択される1種又は2種以上の酸を使用することができる。
本発明の低分子化に要する時間は、任意であるが、例えば、目的の温度に達してから1〜48時間であることが好ましい。
【0010】
本発明において、「ヒアルロン酸」とは、N−アセチルグルコサミンとグルクロン酸がつながった糖を基本単位とし、その基本単位又は基本単位が繰り返し重合したものをいう。また、本発明において、「ヒアルロン酸塩」とは、薬学上許容し得る全てのヒアルロン酸塩を意味し、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。
本発明の「濃度」と表記した部分について、特に記載がない限りは、溶液の容量に対する重量とする。
【0011】
本発明の低分子ヒアルロン酸及びその塩の原料であるヒアルロン酸又はその塩の製法としては、特に限定されるものではないが、例えば、鶏冠、皮膚、関節、眼球などの動物組織、又はストレプトコッカス属の微生物若しくはその培養液などを原料として抽出又は精製して得られる。
【0012】
本発明における低分子化ヒアルロン酸の分子量は、平均分子量10,000以下、好ましくは平均分子量3,000以下であり、その平均分子量は、Morgan−Elson法とCarbazol硫酸法の組み合わせなどにより求めることができる。
Morgan−Elson法とは、DMAB(p−Dimethylaminobenzaldehyde)標識による発色により還元末端のN−アセチルグルコサミン(以下、「末端NAG」と表記する)を定量するものである(Biochimica Et Biophysica Acta 42(1960) p476−485参照)。
Carbazol硫酸法は、Carbazol標識による発色により、ヒアルロン酸に含まれる全グルクロン酸量(以下、「全GlcUA」と表記する)を定量するものである。
【0013】
Morgan−Elson法により求められた「末端NAG」のモル濃度は、ヒアルロン酸糖鎖のモル濃度に相当する。また、Carbazol硫酸法により求められた「全GlcUA」のモル濃度は、NAGとGlcUAがβグルコシド結合した、ヒアルロン酸の基本ユニットのモル濃度に相当する。下記の式の通り、ヒアルロン酸の平均分子量(ナトリウム塩として)はこれらの値を使って求めることができる。
平均分子量 = 平均重合度/2 × 401.3
= ヒアルロン酸ユニット数/糖鎖数 × 401.3
= 全GlcUA濃度(M)/末端NAG濃度(M) × 401.3
【0014】
本発明における低分子化ヒアルロン酸の2量体、4量体及び6量体のヒアルロン酸の含有率は、10%以上、好ましくは20%以上であることが好ましい。
また、2量体、4量体及び6量体のヒアルロン酸の含有率は、ゲルろ過カラムを用いたHPLC法(カラム:GL−W520−S(日立化成社製)、溶離液等張リン酸緩衝液(pH7.1)、流速:0.4ml/min検出;206nm、カラム温度:40℃)により得られるチャートにおいて、2量体、4量体及び6量体におけるピークの面積を、全てのピークの面積で除することにより求めることができる。
また、2量体、4量体及び6量体のピークの同定は、各ピークを分取し、質量分析計で分析することにより行うことができる。
【0015】
なお、本発明により生成した低分子化ヒアルロン酸又はその塩は、スプレードライ、凍結乾燥などにより粉末化することができる。また、得られた低分子化ヒアルロン酸又はその塩は、有機溶媒による晶析などにより精製することができるが、その精製方法は、任意に選ぶことができ、以下の実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0016】
(塩酸を用いた酸加熱処理1)
(1)酸加熱処理による分子量の変化
粉末状のヒアルロン酸(以下、「FCH−A」という。紀文フードケミファ社製、分子量20,816)を、6.25%(w/w)の濃度で溶解させ、さらに種々の濃度の塩酸を1/10量加え、塩酸の終濃度が0.1、0.25、1.0Nのいずれかになるようにした。この溶液を60℃、70℃、80℃のいずれかで、18時間処理した。処理後、水酸化ナトリウムを加えて中和し、凍結乾燥により粉末化した。低分子化ヒアルロン酸水溶液の平均分子量を糖鎖数定量法により測定した。結果を図1に示す。
【0017】
0.1N塩酸、80℃、又は0.25N塩酸、70℃で処理したサンプルでは、平均分子量3,000以下にまで低分子化していた。サンプルの分子量分布を、ゲルろ過HPLC(カラム:G6000PWXL(7.8×300mm)+G4000PWXL(7.8×300mm)+G2500PWXL(7.8×300mm)(東ソー社製)、流速:1ml/min、溶離液:0.2M NaCl、検出:210nm、カラム温度:30℃)で測定した。
【0018】
図2に示すように、ピークが一つである分子量分布であり、エンド型の分解が起こっていることがわかった。それに対して、1N塩酸で処理したサンプルでは、複数のピークがみられる分子量分布であり、ランダムなエンド型分解ではない分解が起こっていることが示唆された。また、これらのサンプルでは酢酸様の匂いがあり、化粧料、医薬品及び飲食品として利用するには不適なものであった。
【0019】
(2)白色度の検討
上記(1)の酸加熱処理により得られた低分子化ヒアルロン酸粉末の白色度を、測色色差計(日本電色社製、Z−1001DP)を用いて測定した。
0.25N塩酸、70℃で処理したサンプルの白色度(L値)は、95.06であった。
【0020】
(3)分子構造の変性について
低分子化ヒアルロン酸の分析を、陰イオン交換カラムを用いたHPLC(カラム;TSK−gel Super−Q(東ソー社製)、溶離液;0−200mM(0−80分)NaCl、カラム温度;40℃、検出;210nm)により実施した。0.25N、70℃での酸加熱処理により得られた低分子化ヒアルロン酸について測定したところ、図3のようなチャートが得られた。
【0021】
さらにピーク画分を分取し、脱塩した後に、ESI−TOF−MS(AppliedBiosystems社製・QSTAR Elite)により質量分析を行った結果、グルクロン酸とN−アセチルグルコサミンから構成される2糖単位のヒアルロン酸に相当する値が得られた。
【0022】
上記のHPLCにおいて、N−アセチル基の脱離等、分子構造の変性を示すピークは極めて少なく、1%以下であった。このことから、本発明で得られる低分子化ヒアルロン酸は、ヒアルロン酸の基本単位である2糖の加水分解により生じており、N−アセチル基の脱離等、変性したヒアルロン酸は極めて少ないことが確認された。
【0023】
(4)2量体、4量体及び6量体の含有量
酸加熱処理を施したヒアルロン酸中の、2量体、4量体及び6量体のヒアルロン酸の含有量を、ゲルろ過クロマトグラフィー(カラム:GL−W520−S(日立化成社製)、溶離液等張リン酸緩衝液(pH7.1)、流速:0.4ml/min検出;206nm、カラム温度:40℃)で分析した。その結果、0.25N、70℃で18時間処理したサンプルでは、2量体、4量体及び6量体の含有量は、28.9%であった(図4)。
【実施例2】
【0024】
(塩酸を用いた酸加熱処理2)
粉末状のFCH−Aを、6.25%(w/w)の濃度で溶解させ、さらに種々の濃度の塩酸を1/10量加え、塩酸の終濃度が0.3、0.4、又は0.6Nのいずれかになるようにした。
上記溶液を70℃、75℃、80℃のいずれかの温度条件で、4時間処理した。処理後、水酸化ナトリウムを加えて中和し、凍結乾燥により粉末化した。実施例1と同様の分析で、これらの条件下でも低分子化が起こることを確認した(図5)。
【実施例3】
【0025】
(硫酸を用いた酸加熱処理の検討)
粉末状のFCH−Aを、6.25%(w/w)の濃度で溶解させ、さらに終濃度が0.1Nになるように硫酸を1/10量加え、70℃で18時間処理した。得られた処理物の分子量は、1,561であり、ゲルろ過分析での分子量分布は単一のピークを示した(図6)。
硫酸処理後、水酸化ナトリウムを加えて中和し、凍結乾燥により粉末化した。
また、実施例1と同様の陰イオン交換カラムを用いたHPLCにより、塩酸を用いた酸加熱処理と同様の、2糖単位の加水分解が起こっていることを確認した(図6)。
(比較例1)
【0026】
(水酸化ナトリウムを用いたヒアルロン酸の分解)
FCH−Aを、6.25%で溶解させ、さらに終濃度が0.1Nとなるように水酸化ナトリウム溶液を1/10量加え、70℃又は43℃の温度条件で18時間処理した。70℃の温度条件で処理したサンプルは、溶液が褐色に変化していた。43℃の温度条件で処理したサンプルは、褐変していなかったものの、ゲルろ過HPLCでの分析で、複数のピークがみられ、非特異的なヒアルロン酸の分解が起こっていることが推察された(図7)。
(比較例2)
【0027】
(過酸化水素を用いた分解)
FCH−Aを、6.25%で溶解させ、さらに終濃度が0.1Mとなるように過酸化水素液を1/10量加え、70℃で18時間処理した。分子量は、1,504であり、ゲルろ過HPLCでの分析で、単一のピークがみられたが、陰イオンクロマトグラフィー分析で、2糖単位ではなくランダムなヒアルロン酸の分解が起こっていることが示唆される結果が得られた(図8)。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】種々の条件で塩酸を用いた酸加熱処理を施したヒアルロン酸の分子量である。
【図2】上図は、酸加熱処理前のヒアルロン酸の分子量分布である。下図は、塩酸を用いた酸加熱処理を施したヒアルロン酸の分子量分布である。
【図3】塩酸を用いた酸加熱処理を施したヒアルロン酸に含まれるオリゴヒアルロン酸の分析。
【図4】塩酸を用いた酸加熱処理を施したヒアルロン酸の4〜6量体のヒアルロン酸含有量。
【図5】種々の条件で塩酸を用いた酸加熱処理を施したヒアルロン酸の分子量。
【図6】上図は、酸加熱処理前のヒアルロン酸の分子量分布を示す。中図は、硫酸を用いた酸加熱処理を施したヒアルロン酸の分子量分布を示す。下図は、硫酸を用いた酸加熱処理を施したヒアルロン酸に含まれるオリゴヒアルロン酸の分子量分布を示す。
【図7】上図は、水酸化ナトリウム処理前のヒアルロン酸の分子量分布を示す。下図は、水酸化ナトリウム処理を施したヒアルロン酸の分子量分布を示す。
【図8】上図は、過酸化水素処理前のヒアルロン酸の分子量分布を示す。中図は、過酸化水素処理を施したヒアルロン酸の分子量分布を示す。下図は、過酸化水素処理を施したヒアルロン酸に含まれるオリゴヒアルロン酸の分子量分布を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.1〜0.6Nの酸濃度の条件下、55℃以上95℃以下の温度条件でヒアルロン酸又はその塩を低分子化することにより得られる、2〜6量体のヒアルロン酸の含有率が10%以上である低分子化ヒアルロン酸。
【請求項2】
平均分子量が10,000以下である請求項1に記載の低分子化ヒアルロン酸。
【請求項3】
ヒアルロン酸又はその塩に、0.1〜0.6Nの酸を添加し、55℃以上95℃以下の条件で、ヒアルロン酸又はその塩を低分子化することを特徴とする、低分子化ヒアルロン酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−155486(P2009−155486A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−335626(P2007−335626)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【出願人】(000141510)株式会社フードケミファ (9)
【Fターム(参考)】