説明

体内リズム障害用医薬およびそのスクリーニング法

【課題】脳深部にあるリズム中枢である視交叉上核に存在する、体内リズムを調節している重要分子を究明し、体内リズム障害用医薬およびそのスクリーニング法を提供する。
【解決手段】 本発明では、視交叉上核の背内側部の時計細胞中に特異的に発現するRGS16が細胞時計によって制御され、著明な24時間リズムを刻んでいることを明らかにした。このRGS16はGαiに特異的に結合し、アデニル酸シクラーゼ活性をリズミックに調節しており、この結果は、朝特異的に高いcAMPのリズムとなって現れ、これが、PKA系と、MEK系の両経路を介して、核内での朝のCRE活性の急激な増大となり、これが、E-box/D-boxで制御される時計遺伝子のコアフィードバックループの転写タイミングを早めている。RGS16,RGS16に影響を与え若しくは受ける物質を有する細胞若しくは組織を用いて、体内リズム障害用医薬のスクリーニングが可能になった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体内リズム障害用医薬およびそのスクリーニング法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類は昼夜の明暗変化を感知して、生体の生理機能が24時間周期のリズム(日内リズム)を持っていることが知られている。
たとえば、非特許文献1に開示されるように、皮膚に日内リズムがあり、皮膚の生理機能に影響を与えていることが最近明らかになってきた。
また、中枢の視交叉上核においても、これら遺伝子発現の日内リズムが存在しており、ここでは、自律的に視覚からの明暗刺激なしで日内リズムが形成されると考えられている。つまり、脳深部にある視交叉上核の時計遺伝子の発現は、日周リズムを形成し、その指令によって中枢や末梢の体内リズムが形成されると考えられている。体内リズムは生物の活動全体に影響を与え、昼夜(明暗)における、生物活動を円滑に行うための重要な役割を担っている。一方、睡眠障害が社会生活に悪影響を与えることが問題となっている。
【0003】
睡眠障害は、高血圧、心臓疾患、糖尿病、肥満、うつ病、痴呆などと関連していることが近年明らかにされた。睡眠障害が体内リズムを狂わせ疾患を誘導するという可能性と、体内リズムの障害が睡眠障害を介して種々の疾患を誘導する、両方向の可能性があるが、実際、双方の流れが相互に連動して起きると考えられる。
実際、脳梗塞などの中枢障害が体内リズムを狂わせるケースや、逆に、家族性睡眠相位相前進症候群のように時計遺伝子変異によって体内リズムが狂い睡眠障害がおきるケースがある。
また、ジェットラグ症候群のように時差が一時的な体内リズムの乱れを惹起し、睡眠障害や消化器障害を誘導する場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Chronobiol Int, 2002, 19:129-140
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように、中枢の体内リズム障害は、多くの場合は睡眠障害を伴って、生活の質(QOL)悪化や種々の疾患を誘発する点で問題である。
また、中枢の体内リズム中枢が末梢臓器のリズムを支配している関係上、中枢の日内リズム障害は全身の生物活動に悪影響を与える。
ホルモンや神経伝達物質などのアゴニストがG蛋白質と共役する細胞膜7回貫通型受容体GPCRに結合すると、GαからGDPが放出され、代わりに細胞内のGTPが結合する。この交換反応によってGTPの結合したGαはそのコンフォメーションを変え、受容体から離れるとともに、GTP結合型GαとGβγの両者が、酵素やイオンチャンネルなどの効果器の機能を調節することができる、活性型のG蛋白質である。活性型から不活性型への復帰は、GαがもつGTPaseの作用によりGαに結合したGTPがGDPとなり、Gβγと再会合して3量体G蛋白質に戻ることによる。
【0006】
本発明の目的は、脳深部にあるリズム中枢である視交叉上核に存在する、体内リズムを調節している重要分子の発見に基づき、体内リズム障害用医薬およびそのスクリーニング法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の説明において用いられる略語の意味は、以下の通りである。
AC: adenylate cyclase(EC 4.6.1.1)アデニル酸シクラーゼ。アデニル酸シクラーゼはATPの3’,5’-cyclic AMP (cAMP)とピロリン酸への変換を触媒する酵素。
BMAL1:brain and muscle aryl hydrocarbon receptor nuclear translocator (ARNT)-like1蛋白。時計遺伝子の一つで、DNAに結合するbasic-helix-loop-helix構造を持つ。CLOCK蛋白と二量体を形成する。
CLOCK:Circadian Locomotor Output Cycles Kaput蛋白。時計遺伝子の一つで、DNAに結合するbasic-helix-loop-helix構造を持つ。BMAL1蛋白と二量体を形成する。
cFos:癌原遺伝子の一つで最初期遺伝子の一つ。
CRE:cyclic AMP responseive element cAMP-応答配列、cAMPに応答するDNA配列。
CREB:cyclic AMP responseive element site binding protein CRE結合蛋白。転写因子の一つ。
DBP: albumin D-site binding protein アルブミンプロモーターのD部位に結合する蛋白質として単離された転写因子の一つ。
E4BP4:adenovirus E4 promoter binding protein 転写因子の一つで、Nuclear factor, interleukin 3 regulated (Nfil3)とも呼ばれ、DBPと競合的にDNAに結合する。
ERK:Extracellular signal-regulated kinases でプロテインキナーゼの一つ
Gα:G蛋白質のαサブユニットのこと
Gβγ:G蛋白質のβγサブユニットのこと
GDP:Guanosine diphosphate で、核酸の一つ
GPCR:G protein-coupled receptorsでG蛋白共役型受容体
GTP:Guanosine-5'-triphosphate でプリンヌクレオチド。
GTPase:GTPを加水分解する酵素
Per1:mammalian period protein 1. 哺乳類時計遺伝子でショウジョウバエperiod遺伝子のホモログの一つ。
PKA: protein kinase A
近年、G蛋白質シグナル伝達系の新たな調節因子として、一群のRGS(Regulator of G-protein signaling)の存在が明かとなった。このRGSファミリーは。シグナル伝達系を負に制御する因子として最初に線虫と酵母において発見されたが、その後高等動物での解析も進み、現在では20以上の分子種が同定されている。このファミリーには保存された約120アミノ酸残基からなるRGSドメインが存在し、この領域を介してGTP結合型Gαと結合することが報告されている。RGSの個々のGαに対する特異性はある程度見出されており、RGSはGαのもつGTPaseを活性化する。つまりシグナル伝達系を負に制御することが報告されている。
【0008】
ここで、本発明者達は、脳深部にあるリズム中枢である視交叉上核に存在する、体内リズムを調節している重要分子を探索したところ、上述のRGSファミリーの一つであるRGS16が日内リズム調節に重要な働きをしていることを見出した。
すなわち、RGS16をノックアウトすると、行動リズムの周期が延びたのである。RGS16は、視交叉上核背内側部の時計細胞において、Gαiを介したGPCRによるシグナルを抑制し、正確な24時間リズムの形成に重要な役割を担うことを発見した。
【0009】
以上のことから、RGS16の日内リズム障害は日内リズムを狂わせ、睡眠障害および睡眠障害を介する、高血圧、心臓疾患、糖尿病、肥満、うつ病、痴呆等を誘発する可能性があり、RGS16の日内リズム障害を是正する化合物や天然物はこれら疾患の治療に用いることができると推定される。
【0010】
本発明の体内リズム障害用医薬のスクリーニング方法は、RGS16遺伝子発現若しくはRGS16蛋白質に影響を与える若しくは影響を受ける蛋白質あるいは遺伝子を有する細胞若しくは組織に、スクリーニング用物質を作用させ、RGS16の発現または活性の変化を測定する方法である。
【0011】
この代表的な方法としては、視交叉上核の時計細胞(自律的に約24時間周期のリズムを刻む細胞)を用いて、培養細胞に化合物または天然物を添加し、RGS16発現をPCRで、発現の変化を測定する方法がある。
また、RGS16シグナル下流の分子、たとえばcAMP量やERKリン酸化で測定して、RGS16活性に影響をあたえる物質をスクリーニングすることもできる。
【0012】
また、視交叉上核・背内側部に日内リズム調整に関するGPCRが特異的に存在することがわかった。この領域の組織や細胞を用いて、GPCR下流のシグナル、たとえばERKのリン酸化、RGS16発現量等を指標に、日内リズムを調節するリガンドを効率よくスクリーニングすることができる。
【0013】
具体的には、視交叉上核・背内側部又は視交叉上核全体の,細胞又はその培養細胞にスクリーニング用物質を添加する方法や、RGS16を有する細胞または組織にスクリーニング用物質を添加する方法がある。
【0014】
本発明の医薬は、RGS16遺伝子発現若しくはRGS16蛋白質に影響を与える若しくは影響を受ける蛋白質あるいは遺伝子の発現または活性を調節する物質を有し、体内リズムに関与する疾患の治療に用いられる、体内リズム障害用医薬である。
【0015】
本発明の医薬は、睡眠障害および睡眠障害を介する、高血圧、心臓疾患、糖尿病、肥満、うつ病、痴呆等の治療に用いることができる。あるいは睡眠障害に限らず、中枢の日内リズム障害に関連する疾患の治療に用いることができる。
【0016】
また、RGS16の関与するGPCRシグナル下流の分子、AC、PKA、ERK,CREBの発現や作用を調節する物質は、同様に睡眠障害および睡眠障害を介する、高血圧、心臓疾患、糖尿病、肥満、うつ病、痴呆等の治療に用いる。あるいは睡眠障害に限らず、中枢の日内リズム障害に関連する疾患の治療効果を期待できるが、これらは、普遍的に全身の細胞に存在しており、当該物質は副作用が懸念される。RGS16は発現されているところが中枢では視交叉上核にほぼ限定されている為に、RGS16の発現や作用を調節する物質は副作用の懸念が少ない。
【0017】
本発明のノックアウトマウスは、RSG16を欠損させたノックアウトマウスである。
RGS16の機能研究あるいはRGS16の働きに影響を与える物質の研究開発にRGS16ノックアウトマウスは重要な道具となる。後述する実施例に示すように、RGS16の機能として中枢で日内リズムに関連する機能を担っていることを明らかにした。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、後述する各実施例に示されるように、体内リズム障害用医薬,そのスクリーニング法、およびRGS16が欠損したノックアウトマウスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】(a),(b)は、実施例1における実験結果を示す図である。
【図2】(a)〜(c)は、実施例2における実験結果を示す図である。
【図3】(a)〜(d)は、実施例3における実験結果を示す図である。
【図4】(a),(b)は、実施例4における実験結果を示す図である。
【図5】(a),(b)は、実施例5における実験結果を示す図である。
【図6】(a),(b)は、実施例6における実験結果を示す図である。
【図7】(a),(b)は、実施例7における実験結果を示す図である。
【図8】各実施例の結果をまとめた,RGS16が細胞の日内リズムを調節するパスウェイを示す図である。
【図9】通常のマウス(ワイルドタイプ)の一部の配列を示す図である。
【図10】ノックアウトマス(ミュータント)の一部の配列を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
−実施例1−
恒常的暗状態のC57BL/6マウスにおける視交叉上核のRGS16 mRNA量の24時間周期の変化を、in situ hybridizationにより測定した。測定数N=5である。
図1(a)の表部分は、24時間周期で各時間のオートラジオグラムを数値化し、Relative mRNA abundance(RGS16 mRNAの相対量)の時間変化を表したものである。RGS16 mRNAの相対量は、in situ hybridizationにより最大値を100として定量的に決定されている。数値は、5つのデータの平均値±SEM(標準偏差)として表されている。各時間における代表的なオートラジオグラムが、表の上方に示されている。
図1(b)は、視交叉上核のin situ hybridizationにおけるdigoxigenin-labeled RGS16陽性細胞の分布図を示している。視交叉上核の主要部の細胞中のRGS16 mRNAは、サーカディアン時間(CT)0−8(時間)で、強いコントラストを示している。
すなわち、視交叉上核のRGS16は、サーカディアン時間(CT)0−8(時間)で発現が高く、CT=12−20(時間)で発現が低かった。
以上のことから、RGS16の発現は、視交叉上核で日内リズムを持っていることがわかった。
【0021】
−実施例2−
実施例2では、E-boxとD-boxとによるRGS16の相乗変動を調べた。
図2(a)に示すように、RGS16遺伝子の5`端上流領域には、4つのE-boxと1つのD-boxが存在する。
図2(b)に示すように、RGS16上流、−6907から-6628領域に隣接して存在する2つのE-boxは、BMAL/CLOCKでの誘導活性に対して反応性を有している。
この2つのE-boxを、SV40をプロモーターとし、ルシフェラーゼ(luciferase)をレポーターとするベクターpGL3 (Promega Madison, WI) に接続し、BMAL/CLOCKを共発現する(すなわち、それぞれの遺伝子をpcDNA3(Invitoben) ベクターに挿入したコンストラクトを、co-transfectionする)と、強いレポーター遺伝子発現が見られた。この2つのE-boxに変異をいれると、BMAL/CLOCKでの誘導活性は消失した。一方、-4640から-4436領域のE-boxまたは-2577から-2372領域のE-boxを接続してもレポーター遺伝子は発現しなかった。よって、−6907から-6628領域に存在する2つのE-boxが、BMAL/CLOCKによる発現誘導には必要であることがわかった。
また、図2(c)に示すように、RGS16は、DBP発現ベクター(Open Biosystems, Huntsville, Al)によって用量依存的に活性化される。DBP発現ベクターおよびE4BP4発現ベクター(Open Biosystems, Huntsville, Al)をRGS16遺伝子のD-boxを含む上流領域を含むpGL3と共にトランスフェクションを行った。RGS16遺伝子上流領域-1000/-1を含むコンストラクトの場合はDBP蛋白質の共発現によってレポーター発現が亢進し、E4BP4蛋白質によってdose-responseをもってレポーター発現が抑制された。
以上のことから、
1.RGS16発現には、その上流領域の-6907から-6628領域のE-boxが必須である
2.RGS16発現に際し、その上流領域のD-boxに結合するDBP蛋白質はRGS16発現を亢進し、E4BP4蛋白質はRGS16発現を抑制する
ことがわかった。
【0022】
−実施例3−
RGS16ノックアウトマウスの生成を行った。
図3(a)に示すように、遺伝子構造物を胎児幹細胞株に導入し、RGS16遺伝子を標的にノックアウトしたノックアウトマウスを作成した。
図9,図10は、通常のマウス(ワイルドタイプ)とノックアウトマス(ミュータント)との一部の配列を示す図である。各図には、置換部分のみを示している。
相同遺伝子組換え(homologous recombination)により、1st〜5thエクソンの蛋白質に翻訳される全領域を含むgenomic regionが削除されて、LacZ−Neoに置換された。
図3(b)は、得られたホモ(RGS16-/-)、ヘテロ(RGS16+/-)のミュータントマウス、および、野生型マウス(RGS16+/+)について、それぞれ遺伝型を確認した結果を示している。
図3(c)に示すように、サーカディアン時間(CT)4時間と16時間におけるRGS16ノックアウトマウスとワイルドタイプ視交叉上核のRGS16mRNA 発現をin situ hybridizationで測定したところ、RGS16ノックアウトマウス(ホモ)では視交叉上核のRGS16mRNA発現が消失していることを確認した。
また、RGS16ノックアウトマウス(ヘテロ)の脳の切片において、LacZmRNAの発現をin situ hybridizationで測定した。図3(d)は、組織化学的反応により得られたLacZmRNAを、LacZ probeを用いてin situ hybridizationで測定した像を示している(上側の2つの図)。
図3(d)に示すように、視交叉上核に非常に強くLacZmRNAが検出された。このLacZmRNA発現は、CT4で強く、CT16で弱かった。これより、RGS16発現部位が視交叉上核を中心とすること、および、その発現が日内リズムを持つことが確認された。
以上のことから、目的のRGS16ノックアウトマウス・ホモ型とヘテロ型が作成出来たことが確認された。
【0023】
−実施例4−
恒常的暗環境における、RGS16ノックアウトマウス(ホモ)およびワイルドタイプの視交叉上核におけるp44/42MAPK(MEK)の活性化状態(リン酸化状態)を測定した。
抗Phospho-p44/42MAPKinase (Thr202/Tyr204)血清を用いた免疫組織化染色法を用いた。Avidin-biotin-peroxidase法により可視化した。
図4(a),(b)は、p44/42マイトジェン活性化蛋白質キナーゼ(p44/42MAPK:MEK)の活性化状態の朝での増大が、ホモタイプ(RGS16-/-)のノックアウトマウスで消滅すること示している。
図4(a)に示すように、ワイルドタイプの視交叉上核で、活性型(リン酸化)p44/42MAPKが日内リズムをもって変動した。即ち、ワイルドタイプの視交叉上核では、サーカディアン時間CT0からCT12で活性型が増加したが、RGS16ノックアウトマウスではその増加は見られなかった。
図4(b)に示すように、ワイルドタイプでは視交叉上核・背側内側部に、CT2近傍でp44/42MAPK陽性細胞が増加したが、RGS16ノックアウトマウス(ホモ)ではp44/42MAPK陽性細胞が増加が見られなかった。しかし、ワイルドタイプのサーカディアン時間CT16やCT20で視交叉上核の中央部分において認められるp44/42MAPK陽性細胞は、RGS16ノックアウトマウス(ホモ)でも同時刻に同じレベルの反応が確認された。
以上のことから、視交叉上核背内側部に存在するp44/42MAPKの活性化リズムは、RGS16によって支配されることが明らかとなった。p44/42MAPKシグナルは、細胞周期や細胞分化などのさまざまな細胞活動に関連していることから、RGS16の日内リズムはp44/42MAPKの活性化を介して、広範な細胞活動を制御していると考えられる。
しかし、同じ視交叉上核でも、光の影響を受けると考えられる中央部には、RGS16の影響を受けないp44/42MAPKシグナルを持つ細胞が存在していた。すなわち、RSG16は、視交叉上核のリズムを先導して形成していると考えられる特別な細胞の活動に日内リズムを与えていると考えられる。
【0024】
−実施例5−
RGS16ノックアウトマウス(ホモ)とワイルドタイプの視交叉上核における、CREによってのみ発現が制御されるcFos mRNAの発現をDigoxigenin-in situ hybridization 法により測定した。
図5(a),(b)は、c-Fos mRNAの夜明けにおける強い発現が、ホモタイプ(RGS16-/-)のノックアウトマウスで消滅すること示している。
図5(a)に示すように、ワイルドタイプの視交叉上核背内側部において、CT0近傍にcFos発現の増加を認めた。RGS16ノックアウト(ホモ)ではcFos発現増加を認めなかった。
図5(b)は、視交叉上核のcFos陽性細胞数のサーカディアン時間における推移を示している(平均値±SEM、N=5)。統計解析(one-way ANOVA, F5,24=11.07, P<0.01)の結果、ワイルドタイプにおける、CT4のピークはCT8、12、16、20に対して有意な変動が認められた。
以上により、視交叉上核背内側部におけるcFos陽性細胞数は、RGS16の支配を受けて日内リズムを持つことがわかる。cFos は、CRE によって活性が調節され、通常の体内時計の制御因子であるBMAL/CLOCKによっては制御されないので、RGS16の制御は、CREで制御される部位のみで起こることが想定される。よって、視交叉上核背内側部分には、通常の制御部位とは異なる特別な制御部位で、RGS16を介する日内リズムが行われる細胞が存在することを意味する。
【0025】
−実施例6−
RGS16ノックアウトマウス(ホモ)、RGS16ノックアウトマウス(ヘテロ)およびワイルドタイプを、12時間明期、12時間暗期のサイクルで2週間飼育後、恒常的暗期の環境に移行した状況での自発的運動活性を測定した。
図6(a)は、2重プロット自発的運動リズム(Double-plotted locomotor activity rhythm)を示し、図6(b)は、それぞれの遺伝子型マウスの周期を示している。
図6(a),(b)に示されるように、日内リズムの周期はRGS16ノックアウトマウス(ホモ)はワイルドタイプより46分長く、RGS16ノックアウトマウス(ヘテロ)はワイルドタイプより20分長かった。つまり、RGS16の遺伝子型の効果は、用量依存的であった。
以上により、RGS16は、中枢の視交叉上核における特別な細胞の状態を制御することによって、中枢の日内リズムを維持していることがわかった。
【0026】
−実施例7−
ワイルドタイプまたはRGS16ノックアウトマウス(ホモ)をPer1プロモーター・ルシフェラーゼトランスジェニックマウスとかけ合わせ、Per1-luc+/-RGS16+/+ と Per1-luc+/-RGS16-/-を作成した。 Per1プロモーター・ルシフェラーゼトランスジェニックマウスはYamaguchi et al. Curr Biol. 2000 Jul 13;10(14):873-6に記載の通りである。これらマウスから視交叉上核(SCN)のスライス器官培養を調製し、SCNスライス器官培養にMEK特異的リン酸化抑制剤(U0126)またはその不活性異性体U0124を添加し、Per1-ルシフェラーゼの蛍光によって日内リズムを測定した。SCNスライス器官培養はAsai et al., Curr Biol. 2001 Oct 2;11(19):1524-7. に記述の方法を用いた。SCNスライス片を異なる容器で別々に培養し、培地の中に測定薬剤を溶解した。
2週間から3週間培養後に、培地に1mMのルシフェリン(luciferin)を添加し、生物発光(bioiluminescense)をCCDカメラ(Spectra Video SV16KV/CT: Pixel Vision, OR)を顕微鏡(Axiovert 135TV: Carl Zeiss, Jena, Germany)で測定した。生物発光は、20分間隔または1時間間隔で測定した。
図7(a),(b)は、スライス片の日内リズムに対するphospholylation inhibitors の影響を示している。
図7(a),(b)に示すように、日内リズムの周期は、ワイルドタイプ(WT,wtで表示)の器官培養にU0124を添加したときは変化ないが、U0126を添加すると1.8時間近く延長した。一方、RGS16ノックアウトマウス(ホモ)(KO,RGS-/-で表示)ではU0124, U0126を添加しても日内リズムの大きな変動はなかった。
以上のことから、RGS16は、MEKのリン酸化を介して、視交叉上核細胞の日内リズムを調節していると思われる。
【0027】
これまでのデータをまとめると、RGS16が細胞の日内リズムを調節するパスウェイは図8に示すようになる。時計遺伝子の一種、RGS16遺伝子は、E-boxとD-boxにより、体内時計の朝にピークのリズムをもって発現され、GαiのGTPaseを亢進する。朝に、Gαiの不活化はアデニル酸シクラーゼ(adenylate cyclase)を活性化し、cAMPを増加させる。これは、PKAを活性化するとともに、ERKもリン酸化する。活性化されたPKAおよびERKは最終的にCREBをリン酸化する。そして、CREを介する遺伝子発現(例えばcFos)が亢進する。また、活性化CREBはPer1遺伝子のプロモーター領域のCREサイトに結合して、Per1遺伝子発現を亢進する。
Per遺伝子、Dbp遺伝子、RGS16遺伝子はCLOCK蛋白質・BMAL1蛋白質ヘテロダイマーによりポジティブに発現制御され、PER蛋白質・CRY蛋白質ヘテロダイマーによりネガティブに発現制御される。このようにCREサイトを介した、シナリオで、膜表面のGPCRはE-boxとD-boxを介して形成される時計遺伝子のコアフィードバック機構(図のピンク背景)により、日内周期の長さを調節している。
【0028】
以上をまとめると、視交叉上核の背内側部の時計細胞(自律的にリズムを刻む細胞)中に特異的に発現するRGS16が細胞時計によって制御され、著明な24時間リズムを刻むことを明らかにした。このRGS16はGαiに特異的に結合し、アデニル酸シクラーゼ活性をリズミックに調節しており、この結果は、朝特異的に高いcAMPのリズムとなって現れ、これが、PKA系と、MEK系の両経路を介して、核内での朝のCRE活性の急激な増大となり、これが、E-box/D-boxで制御される時計遺伝子のコアフィードバックループの転写タイミングを早めている。このような反応は、RGSノックアウトマウスでは消失しており、これが行動リズム周期の延長となって現れる。体内時計の中枢である視交叉上核では、背内側部の細胞がGPCRを介する細胞外からのメッセージにより、時計周期を調節している。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、体内リズム障害用医薬の製造や、体内リズム障害用医薬のスクリーニング法として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
RGS16遺伝子発現若しくはRGS16蛋白質に影響を与える若しくは影響を受ける蛋白質あるいは遺伝子を有する細胞若しくは組織に、スクリーニング用物質を作用させるステップ(a)と、
上記ステップ(a)の後、RGS16の発現または活性の変化を測定するステップ(b)と、
を含む体内リズム障害用医薬のスクリーニング方法。
【請求項2】
請求項1記載の体内リズム障害用医薬のスクリーニング方法において、
上記ステップ(a)では、視交叉上核の時計細胞又はその培養細胞にスクリーニング用物質を添加する。
【請求項3】
請求項1又は2記載の体内リズム障害用医薬のスクリーニング方法において、
上記ステップ(a)では、RGS16を有する細胞または組織にスクリーニング用物質を添加する。
【請求項4】
請求項3記載の体内リズム障害用医薬のスクリーニング方法において、
上記ステップ(a)では、視交叉上核・背内側部又は視交叉上核全体の,細胞又はその培養細胞にスクリーニング用物質を添加する。
【請求項5】
請求項1〜4のうちいずれか1つに記載の体内リズム障害用医薬のスクリーニング方法において、
上記ステップ(b)では、RGS16発現をPCRで、発現の変化を測定する。
【請求項6】
請求項1〜4のうちいずれか1つに記載の体内リズム障害用医薬のスクリーニング方法において、
上記ステップ(b)では、cAMP量もしくはERKリン酸化で測定する。
【請求項7】
RGS16遺伝子発現若しくはRGS16蛋白質に影響を与える若しくは影響を受ける蛋白質あるいは遺伝子の発現または活性を調節する物質を有し、体内リズムに関与する疾患の治療に用いられる、体内リズム障害用医薬。
【請求項8】
請求項7記載の体内リズム障害用医薬において、
上記疾患は、睡眠障害、睡眠障害を介する,高血圧・心臓疾患・糖尿病・肥満・うつ病・痴呆、中枢の日内リズム障害に関連する疾患から選ばれる少なくとも1つの疾患である。
【請求項9】
請求項7または8記載の体内リズム障害用医薬において、
上記請求項1〜6のうちいずれか1つのスクリーニング方法を用いてスクリーニングされた物質を有効成分として含んでいる。
【請求項10】
RSG16を欠損させたノックアウトマウス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−36143(P2011−36143A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−183821(P2009−183821)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(500213627)
【出願人】(506180040)ファルマフロンティア株式会社 (9)
【Fターム(参考)】