説明

倒立顕微鏡用細胞観察装置

【課題】シリコーン膜上に培養された生細胞が顕微鏡観察されてきたが、(1)60倍油浸レ
ンズの作動距離(最大150μm)では、厚さ200μmであるような従来のシリコーン膜上の細胞を観察することはできない、及び、(2)油浸レンズのレンズオイルはシリコーンの膨張
や白濁を引き起こすため、レンズオイルはシリコーン膜と接触することはできないことから、対物レンズとして高倍率を得るための油浸レンズ、例えば、60倍油浸レンズと倒立顕微鏡を用いてシリコーン膜上の細胞を観察することが出来なかった。
【解決手段】シリコーン膜とオイルレンズの間にガラス板を挿入することで、シリコーン膜上の細胞および細胞内分子を倒立顕微鏡により高倍率かつ長時間観察することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、倒立顕微鏡用細胞観察装置、特には伸展刺激負荷環境における細胞観察システム並びに伸展刺激を負荷した培養細胞の観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近では細胞観察、特には生きている細胞の観察、さらには人工授精技術利用・遺伝子導入技術に際しての細胞観察のために、倒立顕微鏡が利用されている。倒立顕微鏡では、レンズ部分がステージの下方に設けられていて、ステージの中央に設けられた開口部を介して、ステージ上に載置されているサンプル、すなわち、細胞を観察するようになっている。したがって、下方より観察することから、培養下にある生細胞などの液体中にある生きている細胞も、観察可能であり、便利である。
細胞の力学応答実験において、シリコーン膜上の細胞に伸展刺激を負荷する方法が採用されている。その際,細胞および細胞内分子を観察するためには、正立顕微鏡による観察や倒立顕鏡による水深レンズでの観察が従来の観察方法である〔Kobayashi et al., Biochem Biophys Res Commun. 2003 308(2):306-12(非特許文献1);特願平8-354786(特許
文献1)〕。しかしながら、より詳細に生細胞や細胞内分子を調べるためには、高倍率を得るための油浸レンズ、例えば、60倍油浸レンズと倒立顕微鏡を用いた、細胞観察技術が求められていた。
従来、顕微鏡観察用オイルと接触したシリコーン膜は変性するため、オイルレンズを用いた倒立顕微鏡でシリコーン膜上の細胞および細胞内分子を観察することはできなかった。
シリコーン膜上の細胞および細胞内分子を観察するためには、オイルレンズを使用しない正立顕微鏡や倒立顕微鏡による観察が従来の観察方法である。また、従来方法ではオイルレンズを用いないため、低倍率観察となり細胞内の詳細な観察は困難であった(非特許文献1)。
より詳細に生細胞や細胞内分子を調べるためには、60倍油浸レンズによる細胞観察や油浸レンズと倒立顕微鏡との組み合わせにより可能となる蛍光退色回復(Fluorescence Recovery After Photobleaching: FRAP)法による計測が、従来から望まれていた。FRAP法は
蛍光物質を含む細胞に対して,高強度の光を局所的に照射することで局所的な退色を引き起こす。その後,退色部の蛍光輝度の回復を計測し、細胞内分子の動態を調べる方法である。
【0003】
【特許文献1】特願平8-354786
【非特許文献1】Kobayashi et al., Biochem Biophys Res Commun. 2003 308(2):306-12
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、シリコーン膜上に培養された生細胞が顕微鏡観察されてきた。しかし、以下の課題から、対物レンズとして高倍率を得るための油浸レンズ、例えば、60倍油浸レンズと倒立顕微鏡を用いてシリコーン膜上の細胞を観察することが出来なかった。
(1)60倍油浸レンズの作動距離(最大150μm)では、厚さ200μmであるような従来のシ
リコーン膜上の細胞を観察することはできない。
(2)油浸レンズのレンズオイルはシリコーンの膨張や白濁を引き起こすため、レンズオ
イルはシリコーン膜と接触することはできない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意研究工夫を行ってきた結果、シリコーン膜とオイルレンズの間にガラス板を挿入することで、シリコーン膜上の細胞および細胞内分子を上記の倒立顕微鏡により高倍率かつ長時間観察することが可能であることを見出して、本発明を完成させた。
より具体的には、本発明では、倒立顕微鏡用細胞観察装置が提供され、該装置では厚さ40〜60μmのシリコーン膜を用いることで、観察対象が60倍油浸レンズの作動距離範囲に
収まるようにしてあり、また、レンズオイルとシリコーン膜の間にカバーガラス(0.14〜0.17μm)を挿入することで、オイルと膜の接触を防いであり、このとき、ガラスと膜の
潤滑を発生させるため、HLB13.5のノニオン系界面活性剤を用いてある。
【0006】
本発明は、次なる態様を提供している。
〔1〕レンズオイルとシリコーン膜の接触を防ぐ厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラスお
よび細胞培養可能な厚さ約40〜60μmのシリコーン薄膜を備えた装置であり、カバーガラ
スとシリコーン膜の間の潤滑手段を具備していることを特徴とする倒立顕微鏡用細胞観察装置。
〔2〕倒立顕微鏡用細胞観察装置であり、厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラス、潤滑剤
層、倒立顕微鏡を使用して観察されるべき細胞を培養可能なチャンバーの底面を構成する厚さ約40〜60μmのシリコーン薄膜を備えており、前記カバーガラスの、倒立顕微鏡の対
物レンズの先端部のレンズオイルと接する側と反対の面上に、前記シリコーン薄膜が配置されるもので、前記シリコーン薄膜と前記カバーガラスの間には前記潤滑剤が配置されていることを特徴とする上記〔1〕記載の細胞観察装置。
〔3〕倒立顕微鏡を使用してチャンバーの中の細胞を観察する細胞観察方法において、前記チャンバーが厚さ約40〜60μmのシリコーン薄膜の底面を有する容器であり、当該チャ
ンバー内の細胞を観察するための対物レンズの先端部と前記シリコーン薄膜との間に厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラスを配置し、前記シリコーン薄膜と前記カバーガラスの間
には潤滑剤を配し、前記カバーガラスと当該対物レンズの先端部との間にレンズオイル(又は油浸用オイルあるいはイマージョンオイル)が配されており、細胞を前記シリコーン薄膜、潤滑剤、カバーガラス及びイマージョンオイルを介して観察することを特徴とする細胞観察方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によりシリコーン膜上の細胞および細胞内分子の長時間観察が可能となった。また、近年、倒立顕微鏡を用いて細胞内分子の挙動を調べるFRETおよびFRAP実験が行われているが、本発明によりシリコーン膜上での細胞においても両実験が可能となった。それについてはシリコーン膜上の細胞に対してFRAP実験を行うことにより検証した。また、従来技術に対する優位性として、本システムではシリコーン膜と顕微鏡観察用オイルが接触しないため、オイルによるシリコーン膜の変性を防ぐ点にある。
本発明により確立した細胞観察法は従来の観察法より高解像で細胞や細胞内分子を評価することが可能であり,特に以下のような研究分野において用いることが可能である。
(1)運動環境下における細胞の分化および増殖などの研究
(2)細胞の力学応答機構に関する研究
本発明のその他の目的、特徴、優秀性及びその有する観点は、以下の記載より当業者にとっては明白であろう。しかしながら、以下の記載及び具体的な実施例等の記載を含めた本件明細書の記載は本発明の好ましい態様を示すものであり、説明のためにのみ示されているものであることを理解されたい。本明細書に開示した本発明の意図及び範囲内で、種々の変化及び/又は改変(あるいは修飾)をなすことは、以下の記載及び本明細書のその他の部分からの知識により、当業者には容易に明らかであろう。本明細書で引用されている全ての特許文献及び参考文献は、説明の目的で引用されているもので、それらは本明細書の一部としてその内容はここに含めて解釈されるべきものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明では、高倍率の油浸レンズを使用しての倒立顕微鏡による細胞観察する場合に、シリコーン膜と油浸用オイルの間にガラス板を挿入することで、シリコーン膜上の細胞および細胞内分子をより高倍率かつ長時間観察することが可能であることを見出している。
本発明の具体的な態様では、倒立顕微鏡用細胞観察装置が提供される。該倒立顕微鏡用細胞観察装置では従来の膜厚の半分以下の厚さのシリコーン膜を用いることで、観察対象が60倍油浸レンズの作動距離範囲に収まるようにしてあることを特徴とする。また、本発明では、レンズオイル、すなわち、油浸用オイル(又はイマージョンオイル: immersion oil)とシリコーン膜の間にカバーガラスを挿入することで、オイルと膜の接触を防いで
あり、これによりシリコーンの膨張や白濁を引き起こすなどという問題を回避することを可能としている。さらに、本発明では、ガラスとシリコーン膜の間に潤滑剤を配置して、ガラスと膜の潤滑を発生させる。
【0009】
より具体的には、本発明の細胞観察装置では厚さ約40〜60μmのシリコーン膜を用いる
ことで、観察対象が60倍油浸レンズの作動距離範囲に収まるようにしてあり、また、レンズオイルとシリコーン膜の間に約0.14〜0.17μmの厚さのカバーガラスを挿入することで
、オイルと膜の接触を防いであり、さらに、ガラスと膜の潤滑を発生させるため、HLB13.5のノニオン系界面活性剤を用いてあることを特徴とする。
【0010】
本発明では、細胞を培養可能に保持するシリコーン膜を、従来のシリコーン膜の1/6〜1/3の厚さ程度に薄膜化し、こうして薄膜化したシリコーン膜を介して顕微鏡で細胞を観察する。シリコーン膜としては、当該分野で知られているものの中から選択でき、好ましくは細胞培養あるいは細胞の維持に使用される容器、チャンバー、ディシュなどに使用されているもの及び/又は当該分野で市販されているものの中から選択できる。例えば、ダウコーニング社より入手可能なシリコーン製品を利用したり、常温で硬化可能なシリコーン製品などを利用して製造できる。
シリコーン膜を形成するシリコーンとしては、主鎖に-Si-O-を有し、側鎖に主にアルキル基を有するポリマーなどであり、ポリシロキサンを一般にシリコーンとよんでおり、シリコン系ハードコート剤として使用されるものも包含される。シリコーンの側鎖のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基などが挙げられ、さらに、シリコーンの側鎖には、アルキル基の他、ビニル基などの不飽和アルキル基、フェニル基などのアリール基、ビニルフェニル基、アセトキシ基、アルコキシ基、エポキシ基なども含まれていてよい。
【0011】
代表的には、シリコーンは、ジメチルジクロロシランなどのジアルキルジクロロシランを加水分解、縮合して得られる、環状のジアルキルシロキサン(例えば、ヘキサメチルシクロトリシロキサン、オクタメチルテトラシロキサン、シクロペンタシロキサンなど)をモノマーとして得られるポリマーであり、その重合体、あるいはオルガノアルコキシシランの加水分解縮合物、分子中に存在する架橋反応性基やシラノール基を利用して得られるものも包含され、側鎖型ポリエーテル変性シリコーンの重合体、ポリアミド変性シリコーン(例えば、ナイロン-611とシリコーンの直鎖状ブロック共重合体)、架橋化物、共重合体(ブロック共重合体及びグラフト共重合体を含む)、縮重合体、その他のモノマー、オリゴマーなどとの修飾化物や共重合体などが包含される。該シロキサンには、ビニル重合体連鎖、ポリエステル連鎖、ポリカーボネート連鎖、ポリアミド、ポリエステルアミド又はポリイミド連鎖、ポリウレタン連鎖などの窒素含有連鎖及びポリエーテル連鎖などからなる群から選択されたものを含有しているものであってよく、少なくとも2個のケイ素原子が、例えば、芳香環を含有していてもよいし含有していなくてもよい炭素連結基、窒素含有連結基、ホウ素含有連結基などからなる群から選択されたものにより結合されていてよい。また、該シロキサンは、ジメチルポリシロキサン、アルキル変性シリコーン及びそれらをベースとしたものから誘導されたものであってよい。
【0012】
本シリコーン膜は、典型的には細胞培養あるいは細胞の維持に使用される容器、チャンバー、ディシュなどの少なくとも底面部を構成しているものが挙げられる。本シリコーン膜の形状は、当該容器、チャンバー、ディシュの形状に応じて任意の形状のものであってよく、例えば、円形、又は多角形のものが包含される。円形としては、真円形、楕円形、長方円形などを含むものであってよく、多角形としては、四角形(正方形又は長方形)、六角形、八角形などを含むものであってよい。シリコーン膜の厚さは、強度が許す限り薄いものがよいが、例えば、約25〜100μmの厚さ、好ましくは約30〜85μmの厚さ、より好
ましくは約35〜70μmの厚さ、もっと好ましくは約40〜60μmの厚さのものが挙げられる。
【0013】
本シリコーン膜は、上記のような材料を用い、当該分野で知られている方法、又は、膜形成に汎用されている方法を適用して得ることができる。本シリコーン膜の形成法としては、例えば、コート法(例えば、スピンナー法、ロール法、スプレー法)、ディッピング法により基板などに付着させた後硬化させて形成する方法、蒸着法(例えば、真空蒸着法など)、加水分解反応、熱分解反応などを利用する化学蒸着法(CVD)、スパッタリング法
、イオンプレーティング法などの真空製膜法などが挙げられる。硬化処理は、加熱法、常温放置、プラズマ法などにより行うことができる。一つの具体的な態様では、テトラエトキシシラン重合体、ポリシルセスキコキサンなどのオルガノアルコキシシランの加水分解縮合物をエタノールなどの溶媒に溶解した溶液、あるいは二液常温硬化型シリコーンゴム、例えば、商品名:シルポット184W/C、ダウコーニングアジア社あるいはそれに類する製品を用い、シルポット184W/Cなどのシリコーンを硬化剤と混合して得た液を、ガラス板の上に適用し、スピンナー法(スピンオンコート法)により薄膜を形成した後、常温で保持するか、あるいは、乾燥後加熱処理することなどにより、架橋体を形成させて硬化膜を得ることができる。
【0014】
本発明のシリコーン膜は、細胞培養又は細胞維持のために利用されている容器、チャンバー、ディシュ、トレイ、培養又は生育用膜などを構成する素材であってもよいし、あるいはその一部を構成する素材としてであってもよいが、例えば、容器などでは少なくともその容器の底面の全部又は一部を構成しているものであるべきである。該細胞培養又は細胞維持用の、容器、チャンバー、ディシュ、トレイなどは、当該分野で知られたもの、あるいは、当該分野で市販されているものを利用できる。当該容器などは、例えば、透明、又は半透明、あるいは有色の無機又は有機材料で製造されているものが挙げられる。当該無機材料としては、ガラスが挙げられ、例えば、下記するようなものから選択されてよい。当該有機材料としては、エンジニアリング樹脂、透明樹脂などが挙げられ、透明硬化樹脂などが好適に使用される。代表的な透明硬化樹脂としては、メラニン系樹脂、グアナミン系樹脂、アミノ樹脂、硬化型アクリル樹脂、イソシアネート硬化型アクリル樹脂、熱硬化性スチレン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリプロピレン系樹脂、ポリエチレン系樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂などのポリエステル系樹脂などが挙げられる。
【0015】
潤滑剤としては、ノニオン系界面活性剤が挙げられる。ノニオン系界面活性剤としては、親水性部分に、-OH、-CH2-O-CH2-又はそれらの組合せからなる部分を有し、疎水性部分が高級脂肪酸又は高級アルコールの残基である鎖状炭化水素又は芳香族炭化水素あるいは脂環式炭化水素などを有するものである。ノニオン系界面活性剤としては、例えば、多価アルコールと高級脂肪酸とのエステル、ポリオキシエチレン又はポリオキシプロピレンと高級脂肪酸とのエステル、ポリオキシエチレン又はポリオキシプロピレンと高級アルコールとのエーテル、ポリオキシエチレン又はポリオキシプロピレンとアルキル置換フェノールとのエーテルなどが挙げられる。代表的なノニオン系界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、例えば、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテルなど、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、例えば、ポリオキシエチレンラ
ウリルエーテルなど、ポリオキシエチレンアルキルエステル、例えば、ポリオキシエチレンラウリルモノスレアレートなどが挙げられる。当該ノニオン系界面活性剤としては、疎水性炭化水素鎖の長さが約8〜20個の炭素数の範囲にあるものが挙げられる。潤滑剤としては、例えば、ノニオン系界面活性剤であって、親水親油バランス(hydrophile-lipophile balance: HLB)値が、通常、約10.0〜16.0、好ましくは約11.5〜15.0、さらに好ましく
は約12.5〜14.5、より好ましくは約13.0〜14.0、最も好ましくは約13.5のものが挙げられる。潤滑剤としては、好ましくはHLB13.5のノニオン系界面活性剤が挙げられる。潤滑剤
としては、代表的な例では、上記界面活性剤の溶液を使用でき、例えば、水溶液を好適に使用できる。界面活性剤の濃度は、適宜選択でき、所要の効果が得られれば特に限定されないが、例えば、おおよそ0.001〜1.0%の溶液であってもよく、さらに好ましくはおおよ
そ0.01〜0.1%の溶液であってもよい。また、界面活性剤は、単独でも、あるいは二種以上を配合して使用してもよい。
【0016】
カバーガラスのガラスとしては、シリカガラスやシリカガラスにアルカリ、アルカリ土類酸化物、ホウ酸、アルミナ、酸化鉛などを添加した多成分系ケイ酸塩ガラスであってよく、例えば、ソーダライムシリケートガラス、アルミノシリケートガラス、アルミノホウケイ酸塩ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、リチウムアルミノシリケートガラスなどのアルカリ含有ガラス、低アルカリ含有ガラス、無アルカリ含有ガラス、高ケイ酸塩ガラス、石英ガラスなどが挙げられる。
本カバーガラスの形状は、円形、又は多角形のものが包含される。円形としては、真円形、楕円形、長方円形などを含むものであってよく、多角形としては、四角形(正方形又は長方形)、六角形、八角形などを含むものであってよい。カバーガラスの厚さは、強度が許す限り薄いものがよいが、例えば、約0.05〜0.50μmの厚さ、好ましくは約0.10〜0.25μmの厚さ、より好ましくは約0.12〜0.20μmの厚さ、もっと好ましくは約0.14〜0.17μmの厚さのものが挙げられる。
【0017】
典型的な倒立顕微鏡は、落射照明の光源としてのキセノンランプと、このキセノンランプの射出側に配置され、制御装置により制御される電動シャッタと、この電動シャッタの射出側に配置され、電動シャッタを通過した光線の強度を弱めるための減光フィルタと、この減光フィルタの射出側に配置される視野絞りと、この視野絞りの射出側に配置され、光軸を90度偏向させるためのミラーユニットと、このミラーユニットの射出側に設けられ且つレボルバにより光軸から退避自在な対物レンズとを有している。ミラーユニットは、入射側(キセノンランプ側)に励起フィルタと、この励起フィルタにより励起された光線を反射し、対物レンズからの蛍光光を透過するダイクロイックミラーと、このダイクロイックミラーを透過し不必要な光線を吸収する吸収フィルタとを有する構成である。そして、典型的な例では、ミラーユニットの吸収フィルタの射出側には吸収フィルタを透過した光を撮像する冷却CCDカメラが配置されている。さらに、倒立顕微鏡は、透過照明の光源
としてのハロゲンランプと、このハロゲンランプの射出側に、制御装置により制御される電動シャッタと、この電動シャッタの射出側に配置されるコンデンサを有していてよい。
倒立顕微鏡では、観測されるべきサンプルを置くステージの下方側に対物レンズが位置し、光源としてのキセノンランプより発せられた光は対物レンズを通って下方よりサンプルに照射されることになる。一方、透過照明の光源より発せられた光は、一般的には、サンプルの上方より、サンプルに照射される。上記では、光源としてキセノンランプを用いる場合を示して説明してあるが、光源としては、水銀ランプなど当該分野で知られているものあるいは汎用されるものであってよい。
【0018】
細胞、例えば、培養細胞は、伸展刺激を受けると、様々な影響を受け、活性化するなど、それぞれの細胞に特有の応答を示し、そうした活性化に関与する分子、あるいは活性化に伴い現れたり、消失したりする分子や、細胞構造の変化状況を観察することにより、生物学的な分子や構造の機能など、さらにはその細胞自体の機能を解析することが可能であ
り、こうした研究が重要となってきている。
図1は、細胞伸展負荷実験で一般的に汎用されるチャンバーの構造の概略を示すものである。当該チャンバーの底面は、本発明のシリコーン膜で構成されている。チャンバーは、市販されており容易に入手できるものを使用でき、例えば、市販の製品の底面の一部又は全部を本シリコーン膜で置き換えることにより構成したものを好適に利用できる。
本発明の倒立顕微鏡用細胞観察装置を図3に示し、さらに、図4には、本発明の倒立顕微鏡用細胞観察装置の構成を理解しやすいように、構成部材の組み立ての様子を、装置側面の分解断面図として示してある。
【0019】
当該装置では、レンズオイル7とシリコーン膜3の接触を防ぐようにカバーガラス6が配置され、該カバーガラスの上に細胞培養可能なシリコーン薄膜3が配置するようになっており、さらに、カバーガラス6とシリコーン膜3との間に潤滑手段を具備している。具体的には、厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラス6、潤滑剤層4、倒立顕微鏡を使用して
観察されるべき細胞を培養可能なチャンバーの底面を構成する厚さ約40〜60μmのシリコ
ーン薄膜3を備えており、前記カバーガラスの、倒立顕微鏡の対物レンズ8の先端部のレンズオイル7と接する側と反対の面上に、前記シリコーン薄膜3が配置されているもので、前記シリコーン薄膜3と前記カバーガラスの間には前記潤滑剤4が配置されている。好適な具体例では、カバーガラス6上のシリコーン薄膜3との接触面の周囲には潤滑剤が漏れ出てしまうのを防止するように潤滑剤止め5が設けられている。潤滑剤止め5は、接着剤、例えば、エポキシ樹脂接着剤などを使用して形成することができる。
かくして、倒立顕微鏡を使用してチャンバーの中の細胞を観察する場合、厚さ約40〜60μmのシリコーン薄膜の底面を有する容器であるチャンバーを使用し、当該チャンバー内
の細胞を観察するための対物レンズの先端部と前記シリコーン薄膜との間に厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラスを配置し、前記シリコーン薄膜と前記カバーガラスの間には潤滑
剤を配し、前記カバーガラスと当該対物レンズの先端部との間にレンズオイルが配され、細胞を前記シリコーン薄膜、潤滑剤、カバーガラス及びイマージョンオイルを介して観察する。
【0020】
FRET(Fluorescence Resonant Energy Transfer:蛍光共鳴エネルギー移動)とは、蛍光波長がある程度近接している2種類の蛍光分子がおおよそ2〜10nm以内に接近している状況
下で、その一方の励起された蛍光分子(Donor)の光エネルギーがもう一つの蛍光分子(Acceptor)に移動する現象を利用して、二分子間の相対的な接近を求めることが可能となる技
術で、例えば、二種類のタンパク質での分子の相互関係、DNA/RNAの配列異変などの構造
変化、細胞内カルシウムセンサーなどを観察可能とし、様々な応用が可能である。例えば、緑色蛍光蛋白(GFP)の黄色変異体であるYFPとシアン色変異体であるCFPをごく近傍に置
き、CFPを励起すると、そのエネルギーがYFPへ遷移されYFPの蛍光が観察できるという現
象を利用して、導入遺伝子の発現の様子、細胞内分布、導入発現タンパク質相互の関係などが、生細胞を使用して観察できる。
FRAP(Fluorescence Recovery After Photobleaching)とは、特定領域における蛍光を退色させた後回復してくる様子を観察する技術で、これにより退色させていない領域の蛍光プローブや蛍光タンパクが移動し、退色させた特定領域に入ってくる様子を経時的に画像化し、細胞内輸送、タンパク質の移動などの現象を経時的に解析することを可能にする。
【0021】
本発明によりシリコーン膜上の細胞および細胞内分子の長時間観察が可能となった。また、近年、倒立顕微鏡を用いて細胞内分子の挙動を調べるFRET(Fluorescence Resonant Energy Transfer:蛍光共鳴エネルギー移動)およびFRAP(Fluorescence Recovery After Photobleaching)実験が行われているが、本発明によりシリコーン膜上での細胞においても両実験が可能となった。それについてはシリコーン膜での細胞に対してFRAP実験を行うことにより検証した。また、従来技術に対する優位性として、本システムではシリコーン膜と顕微鏡観察用オイルが接触しないため、オイルによるシリコーン膜の変性を防ぐ点にある

従来、オイルレンズを用いた倒立顕微鏡でシリコーン膜の細胞および細胞内分子を長時間観察することはできなかった。本発明は上記の問題点を解決しており、シリコーン膜を利用した伸展刺激環境下での細胞実験に倒立顕微鏡およびその関連技術を利用可能とした。
【0022】
倒立顕微鏡としては、当該分野で様々の形態のものが開発され、さらに市販されており、そうしたものに本発明の装置を制限なく使用できよう。当該倒立顕微鏡は、共焦点レーザ走査型顕微鏡、SIMスキャナを搭載し、イメージングを行いながら光刺激を行うことの
できるもの、格子状スリットを持つ光学ディスク及び冷却CCDカメラを利用したディスク
走査型顕微鏡、特定の部位に任意の波長の光を照射できるフォトアクチベイション蛍光顕微鏡などのシステムとしたものも包含されてよい。落射明視野観察、落射暗視野観察などができるもの、光学搬送系、画像処理系(画像処理PC)、制御系(制御PC)、出力系(高精度モニタディスプレイ)などを備えたものも好適に使用できる。
【0023】
以下に実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであるが、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。全ての実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。
【実施例】
【0024】
シリコーン膜は二液常温硬化型シリコーンゴム(商品名:シルポット184W/C、ダウコーニングアジア社)を用いて作製した。シルポット184W/Cの5gに対し硬化剤0.5gという割合で加えた後、混合物をよく混ぜた。このシルポット184W/Cをシャーレに流し込んだ後、シャーレを高速回転させた。その際、回転による遠心力でシルポットが引き伸ばされ、シャーレ内に薄膜が形成される。その後、熱を加えることで薄膜を硬化させた。
実験用チャンバーは既成の膜を取り除いたチャンバー(ストレックス社)底面に薄膜を張ることで作製した(図1)。
その後、蛍光タンパク質を発現させた細胞を紫外線滅菌および細胞外マトリクスをコートした実験用チャンバーに播種した。細胞外マトリクスのコートは細胞の基質接着性を向上させるために用いた。細胞の接着を確認した後、伸展刺激負荷実験を行った。伸展負荷実験では実験用チャンバーを図2の装置取り付けた。図2の装置はステピングモータの回転運動を直動運動に変換することで、チャンバーに伸展運動を加えるものである。チャンバーの進展運動により底面のシリコーン膜も伸張し、細胞も伸展刺激を負荷される。細胞の観察は、図に示された系(細胞観察装置)を用いた(図3)。図4は、図3に示した系(細胞観察装置)を構成するそれぞれの部材を理解しやすいよう、分解図として示したものである。
顕微鏡は倒立顕微鏡を用い、レンズは60倍の油浸レンズを使用した。顕微鏡ステージ(温度制御機能付き)にカバーガラスを設置した後、HLB13.5のノニオン系界面活性剤の0.03%溶液をガラスとチャンバー底面の膜との間に流し込み、両者の潤滑を促した。このとき、界面活性剤の流出を防ぐため、エポキシ系樹脂によりカバーガラスの端部を囲った。本観察系で観察した細胞の画像を示す(図5)。また,FRAP法での退色前後の画像を図6に示す。
高い倍率で伸展刺激を受けている細胞を観察できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明を利用することで運動環境下の細胞に対する新薬および化学合成品の影響を細胞
レベルで容易に検証できるシステムの構築が可能である。
本発明によりシリコーン膜上の細胞および細胞内分子の長時間観察が可能となり、伸展刺激条件下にある細胞を高倍率で倒立顕微鏡で観察することができ、細胞機能変化の解析に役立つ。
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。上述の教示に鑑みて、本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも本件添付の請求の範囲の範囲内のものである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】細胞を培養又は維持するに適しているチャンバーの斜視図を示す。
【図2】チャンバーを設置した細胞伸展負荷装置を示す。
【図3】本発明の倒立顕微鏡用細胞観察装置の側面図を示す。
【図4】本発明の倒立顕微鏡用細胞観察装置の構成を理解するための装置側面の分解断面図を示す。
【図5】本発明の倒立顕微鏡用細胞観察装置、特には伸展刺激負荷環境における細胞観察システムを使用して倒立顕微鏡により得られた細胞の観察画像を示す。生物の形態の顕微鏡写真である。
【図6】本発明の倒立顕微鏡用細胞観察装置、特には伸展刺激負荷環境における細胞観察システムを使用して倒立顕微鏡により得られたFRAP法での細胞の観察画像を示す。生物の形態の顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0027】
1 細胞培養領域
2 チャンバー
3 シリコーン膜
4 潤滑剤
5 潤滑剤止め
6 カバーガラス
7 レンズオイル
8 レンズ
9 ステージ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズオイルとシリコーン膜の接触を防ぐ厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラスおよび細
胞培養可能な厚さ約40〜60μmのシリコーン薄膜を備えた装置であり、カバーガラスとシ
リコーン膜の間の潤滑手段を具備していることを特徴とする倒立顕微鏡用細胞観察装置。
【請求項2】
倒立顕微鏡用細胞観察装置であり、厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラス、潤滑剤層、倒
立顕微鏡を使用して観察されるべき細胞を培養可能なチャンバーの底面を構成する厚さ約40〜60μmのシリコーン薄膜を備えており、前記カバーガラスの、倒立顕微鏡の対物レン
ズの先端部のレンズオイルと接する側と反対の面上に、前記シリコーン薄膜が配置されるもので、前記シリコーン薄膜と前記カバーガラスの間には前記潤滑剤が配置されていることを特徴とする請求項1記載の細胞観察装置。
【請求項3】
倒立顕微鏡を使用してチャンバーの中の細胞を観察する細胞観察方法において、前記チャンバーが厚さ約40〜60μmのシリコーン薄膜の底面を有する容器であり、当該チャンバー
内の細胞を観察するための対物レンズの先端部と前記シリコーン薄膜との間に厚さ約0.14〜0.17μmのカバーガラスを配置し、前記シリコーン薄膜と前記カバーガラスの間には潤
滑剤を配し、前記カバーガラスと当該対物レンズの先端部との間にレンズオイルが配されており、細胞を前記シリコーン薄膜、潤滑剤、カバーガラス及びイマージョンオイルを介して観察することを特徴とする細胞観察方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−25630(P2009−25630A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−189672(P2007−189672)
【出願日】平成19年7月20日(2007.7.20)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】