説明

光ファイバーの分散補償器と、それを用いたテラヘルツ波パルス発生・検出装置

【課題】偏光状態を保存することが可能な分散補償器と分散補償方法を提供すること。
【解決手段】光ファイバーにおける群速度分散を補償する分散補償器1であって、伝搬する光の波長に応じた光ファイバーの群速度分散と逆符号の群速度分散を示す分散補償物質を用い、光ファイバーと接続する光入力側端部から入力した光を、第1レンズ12により平行光に発散させ、その平行光を該分散補償物質からなる分散補償部10内を通過させることで群速度分散を補償した後、第2レンズ15により該平行光を集束させて光出力側端部から出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバーにおける群速度分散を補償する方法に関し、特にフェムト秒パルスレーザー光を伝送する際に好適な分散補償器に係る発明である。
【背景技術】
【0002】
光ファイバーを用いた信号伝送の際には、光ファイバーの分散や非線形光学効果の問題が広く知られている。これらは信号伝送の伝送品質を左右するだけでなく、最近ではフェムト秒などのパルス幅が極めて小さなパルス波の伝送にも用いられるため、ファイバーの屈折率分散に起因するパルス幅の増加も問題となっている。
【0003】
従来から光ファイバーの分散を補償するために分散補償ファイバー(DCF)や、光ファイバーブラッググレーティング(FBG)などの光ファイバー型のデバイスが提供されている。また、チャープミラーと呼ばれる分散補償用光学多層膜、プリズム対や回折格子対による分散補償器なども提供されている。
【0004】
波長が1.5μmの光パルスを伝送する際、通常のシングルモードファイバーの有する正の分散を補償する分散補償ファイバーが用いられる。しかし、分散補償ファイバーは、偏光を保持できないことや、高い非線形性によりパルス幅が増加すること、さらに挿入損失が高いことなど、多くの欠点がある。
また、フェムト秒パルスレーザーを伝送する場合、超短パルスにエネルギーが集中するため、コア径の小さな分散補償ファイバーでは自己位相変調などパルス幅を増大させる原因となる非線形現象が生じ、適用することができない。
【0005】
ファイバーブラッググレーティングは、高精度な製造を要求されるため、デバイスが高価になる問題がある。また、調整箇所が多く、取り扱いが難しい。
【0006】
一方、光ファイバーを光の伝送手段として用いている計測装置においては、センサー部までファイバーで結合して光を伝送している場合があり、また、それらの装置は多様な計測環境に適応させるために、ファイバー長を増設可能であることが求められる。更に、光計測において偏光情報が重要になる場合においては、ファイバー中の伝送において偏光が保存されている事が求められる。
【0007】
関連する特許文献1は、波長分散が正の分散補償ファイバーと、波長分散が負の分散補償ファイバーとを準備し、どちらかの分散補償ファイバーに波長多重光信号を導き、一旦正または負に波長帯域全体をシフトした後、逆の符号の分散補償ファイバーで微調整することを提案している。
【0008】
また、特許文献2では、入射パルスに正のチャープを与える正常分散ファイバーを含むチャープ部と、異常分散ファイバーを含み構成される分散補償部とを備え、分散補償部を構成する異常分散ファイバーの非線形係数および二次群速度分散の絶対値は、ソリトン次数が1以上となるように設定される。そして、前記異常分散ファイバーのファイバー長は、光ソリトンが形成される長さ以下にしたパルス圧縮器を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−186489号公報
【特許文献2】特開2009−180812号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】インターネットURL http://www.cas.usf.edu/lidarlab/hitran_pc.html 2011年5月31日検索
【非特許文献2】Govind P. Agrawal, Nonlinear Optics Fiber 4th Edition p8
【非特許文献3】Handbook of Optics, 3rd edition, Vol. 4. McGraw-Hill 2009
【非特許文献4】インターネットURLhttp://refractiveindex.info/?group=CRYSTALS&material=Si 2011年5月31日検索
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記従来技術の有する問題点に鑑みて創出されたものであり、偏光状態を保存することが可能な分散補償器を提供することを目的とする。特に、フェムト秒パルスレーザー光の伝送にも利用可能な技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記課題を解決するため、次のような分散補償器を提供する。
すなわち、シングルモード光ファイバーにおける群速度分散を補償する分散補償器であって、伝搬する光の波長に応じた光ファイバーの群速度分散と逆符号の群速度分散を示す分散補償物質を用い、光ファイバーと接続する光入力側端部と、分散補償された光を出力する光出力側端部と、光入力側端部と光出力側端部との間で、分散補償物質を光が通過するように構成した分散補償部とから構成される。
【0013】
上記の光入力側端部から入力した光を、上記の分散補償部の光軸と平行な平行光に発散する第1レンズと、上記の分散補償部を通過した平行光を、上記の光出力側端部に向けて集束させる第2レンズとを備える構成でも良い。
【0014】
上記の分散補償物質の群速度分散値の絶対値が、光ファイバーの群速度分散値の絶対値の10倍以上、100倍以下とすることが特に好ましい。
【0015】
上記の分散補償物質には、シリコンを用いることができる。
【0016】
上記の光ファイバーで伝搬する光が、フェムト秒パルスレーザー光であって、レーザー光の群速度分散の補償に用いられる構成でもよい。
【0017】
上記の光入力側端部に、上記の分散補償部で補償可能な波長領域を選択する波長フィルターを備えてもよい。
【0018】
上記の分散補償部に入射するビーム径を調整可能とするビーム径調整手段を備えてもよい。
【0019】
上記の分散補償部において、異なる群速度分散を示す複数の分散補償物質を光軸上に直列配置する構成でもよい。
【0020】
本発明は、所定長のシングルモード光ファイバーと、所定長の光ファイバーによる群速度分散を補償する上記記載の分散補償器とを接続して1組の光ファイバー組み合わせ体を構成し、光ファイバー組み合わせ体の両端には、他の光ファイバー組み合わせ体と連結可能な連結部を備えた光ファイバー組み合わせ体を提供することもできる。
【0021】
本発明は、上記記載の分散補償器を備えたテラヘルツ波パルス発生・検出装置を提供することもできる。
【0022】
さらに、次のような分散補償方法を提供する。
すなわち、光ファイバーにおける群速度分散を補償する分散補償方法であって、伝搬する光の波長に応じた光ファイバーの群速度分散と逆符号の群速度分散を示す分散補償物質を用い、光ファイバーと接続する光入力側端部から入力した光を、第1レンズにより平行光に発散させ、平行光を分散補償物質からなる分散補償部内を通過させることで群速度分散を補償した後、第2レンズにより平行光を集束させて光出力側端部から出力する。
【発明の効果】
【0023】
本発明は以上の構成をとることによって次のような効果を奏する。
伝搬する光の波長に応じた光ファイバーの群速度分散と逆符号の群速度分散を示すシリコンなどの分散補償物質を用いることで、簡易な構成で分散補償を行うことができる。また、偏光状態を保存することもできる。
【0024】
分散補償部の光軸と平行な平行光に発散する第1レンズと、分散補償部を通過した平行光を、光出力側端部に向けて集束させる第2レンズとを備えることにより、分散補償物質の大きな口径に拡大させて単位面積当たりのエネルギーを小さくする。また、各レンズと分散補償物質の組み合わせを製造時に一体化しておくことで、使用時の調整を不要とすることができる。
【0025】
分散補償物質の群速度分散値の絶対値が、光ファイバーの群速度分散値の絶対値の10倍以上、100倍以下である分散補償物質を選択することにより、光ファイバーに対して分散補償物質の長さが十分に短くなり、分散補償器の小型化、材料コストの低減に寄与する。
【0026】
本発明の光ファイバー組み合わせ体によれば、所定長の光ファイバーの分散を補償する逆符号の分散を示す分散補償物質を予め組み合わせておくことで、該組み合わせ体を複数連結しても正しく分散補償がされた光ファイバー線路を構成することができる。これにより、分散補償を都度調整することなく、所望の線路長の光ファイバーを増設することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る分散補償器の断面図である。
【図2】シングルモードファイバーの分散パラメータを示すグラフである。
【図3】長さ3.2mのシングルモードファイバーの群速度分散値と、7cmのシリコンと3.2mのシングルモードファイバーとを連結した場合の群速度分散値を示すグラフである。
【図4】光ファイバーの長さとパルス幅の関係を示すグラフである。
【図5】ファイバー結合型テラヘルツ波パルス発生・検出器の構成図である。
【図6】テラヘルツ波パルス発生・検出器におけるテラヘルツパルス形状のグラフである。
【図7】テラヘルツ波パルスのスペクトルを示すグラフである。
【図8】テラヘルツ波パルス発生・検出器に分散補償器と光ファイバーの組み合わせ体を増設した構成図である。
【図9】非線形光学結晶を用いたファイバー結合型テラヘルツ波パルス発生・検出器の構成図である。
【図10】ビーム径可変分散補償器の断面図である。
【図11】分散補償器に第2の分散補償光学素子を備えた実施例である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態を図面を用いて説明する。本発明は以下の実施例に限定されず請求項記載の範囲で適宜実施することができる。
(実施例1)
図1は本発明に係る分散補償器(1)の断面図である。本実施例の分散補償器(1)は、全長が7〜8cm程度の円筒形状であり、ごく小型に構成している。両端には光ファイバー(2)と接続する接続部を配置し、一方から入力した光の群速度分散を補償した後、他方から出力する。
【0029】
分散補償器(1)の内部は、本発明の特徴である分散補償物質で構成された分散補償部(10)を中心に、分散補償部(10)の左右にロッドレンズ(12)(14)を備えている。
そして、光入力側端部(例えば左側)で光ファイバー(2)からの入射光を分散補償器(10)に入力し、ロッドレンズ(12)によって分散補償部(10)の光軸と平行な平行光(20)に発散させる。平行光(20)は、分散補償部(10)の全長を通過した後、右側のロッドレンズ(14)に入射させて、再び集束させる。集束した光線は光出力側端部から光ファイバー(2)に出力される。
【0030】
本分散補償器(1)では、各ロッドレンズ(12)(14)と光ファイバー(2)の端面とを融着すると共に、レンズ固定部(13)(15)によってロッドレンズ(12)(14)、分散補償部固定部(11)によって分散補償部(10)をそれぞれを調整した状態で固定することで、使用時の調整を不要にすることができる。
このようにロバスト性を高める上で、ロッドレンズ及びレンズ固定部の採用は特に好適であるが、実施に際してロッドレンズを用いる必要は必ずしもない。公知の非球面レンズやビームエクスパンダーなどのレンズ系を任意に用いることができる。
【0031】
さらに、本発明では、第1レンズ及び第2レンズは必須としない。すなわち、光ファイバーで伝送するビームの径が大きい場合や、パルスエネルギーが小さい場合には、光ファイバー(2)からの出力光をそのまま分散補償器(1)に入力する構成でもよい。
【0032】
次に、本発明の原理を説明する。
本発明を大略すれば、シングルモードの光ファイバーで伝送する際に生じる群速度分散を、その分散と逆符号の群速度分散を有する分散補償物質によって補償するものである。
光ファイバーにおける分散が可逆的な現象である以上、逆符号の分散によって補償しようとすること自体は自明であり、例えば分散補償を行うデバイスとして代表的な分散補償ファイバー(DCF:Dispersion Compensating Fiber)も、シングルモードファイバーで生じた材料分散(通常は正分散)に対して、ファイバー断面内を特殊な屈折率分布に設計し、構造分散(負分散)するように構成している。
【0033】
一方、本発明はこのような構造分散によるものではなく、シングルモードファイバーと逆符号の分散特性を有する材料を用いる方法により分散補償を実現するものである。言い換えれば、従来の構造分散による分散補償と異なり、必要な材料分散特性を有する物質を選択して、分散補償器を構成する点に特徴がある。
本発明は、新しい分散補償の方法を用いることによって、偏光状態が保持できない点や、非線形性が高いことなど、従来の分散補償ファイバーにおける問題点を同時に解決することができる。
【0034】
本実施例では、分散補償物質の一例として、シリコン(Si)を用いている。以下ではシリコンの分散特性を示しながら、本発明の分散補償物質を選択する方法について説明する。従って、ここで示す条件を満たす物質を選択すれば、本発明はシリコンに限らず任意の物質によって実施可能である。
【0035】
まず、シングルモードファイバーは零分散波長(約1300nm)を境として、群速度分散の符号が逆転する特徴を持つ。1300nm以上の波長の光では正の分散を有している。石英を材料にしたシングルモードファイバーでは、波長軸上で1300nm以外の光では群速度遅延が生じる。
【0036】
シングルモードのファイバーの群速度分散の補償方法には、群速度分散(GVD)の絶対値が等しくかつシングルモードファイバーのそれとは逆符号のものをファイバーと連結すればよい。つまり、下記の条件を満たせばよい。
(数1)
GVDSi+GVDSMF=DSiLSi+DSMFLSMF=0

ここで、GVDSiはシリコンおよびGVDSMFはシングルモードファイバーの群速度分散である。Lは各デバイスの長さ、Dは分散パラメータであり、添え字のSiはシリコン、SMFはシングルモードファイバーの値であることを示す。
【0037】
本発明による分散補償法においては、シングルモードファイバーの分散パラメータDとは逆符号の分散パラメータを有する物質を利用する。その一つとしてシリコンが利用できる。分散パラメータDに媒質の距離を乗算することでそのデバイスの有する群速度分散(GVD)が求められる。
分散パラメータDは、屈折率と波長の関数であり下記の式(数2)で与えられる。(非特許文献2参照)
【0038】
【数2】

ここで、λは波長、cは光速度、nは屈折率である。
【0039】
シリコンの屈折率の波長依存性n(λ)はセルマイヤー公式から導出できる。シリコンの屈折率を導出するためのセルマイヤー方程式とそのパラメータをそれぞれ数3および表1に示す。(非特許文献3、4参照)
【0040】
【数3】

【0041】
【表1】

【0042】
シリコンの分散パラメータは数2と数3より得られる。
図2にシリコンの分散パラメータDを示す。また、比較のためにシングルモードファイバーの分散パラメータの一例を示す。本願では、分散パラメータDの単位をfs/nm-mとし、これに媒質の長さLを乗算したものを群速度分散(GVD)とし単位をfs/nmとする。
【0043】
図から明らかなように、シングルモードファイバーの分散パラメータDは正の分散を示している。一方で、シリコンの分散は負の値である。波長1560nmを例にとると、シングルモードファイバーの分散パラメータは、約18 fs/nm-mである。一方でシリコンの分散は負の値であることが分かる。分散パラメータDの値は-855 fs/nm-mとファイバーの群速度分散に比べ大きいことが分かる。
【0044】
フェムト秒パルスを光ファイバー伝送するためには、フェムト秒パルスを構成する波長におけるシングルモードファイバーとシリコンの分散パラメータと長さの関係を、数1の条件を満たすように構成すればよい。数1より、フェムト秒レーザーを伝送させたいシングルモードファイバーの長さが決まれば、分散補償のために用いるべきシリコン長が決定できる。
つまり、シングルモードファイバーの分散パラメータをDSMFとし、シリコンの分散パラメータをDSiとすれば、シングルモードファイバーの長さに対する最適な、シリコンの長さが数4から決定できる。
【0045】
【数4】

【0046】
実施例として、中心波長1560nm、パルス幅100fsec以下のフェムト秒パルスを3.2mのシングルモードファイバーを伝送することを試みた。1560nmにおけるシングルモードファイバーの分散パラメータおよびシリコンの分散パラメータは、それぞれ約18fs/nm-mおよび-855fs/nm-mである。
数4から分散補償を目的とするシリコンの長さは、シングルモードファイバーの長さとの比が、18:855≒1:47となればよいから、約7cmと求められる。
【0047】
図3に長さ3.2mのシングルモードファバーの群速度分散値と、7cmのシリコンと3.2mのシングルモードファイバーを連結した場合の群速度分散値の波長依存性を示す。1560nmでは、群速度分散はほぼ0になっていることが分かる。
【0048】
次にシリコンとシングルモードファイバーの上記組み合わせによって、パルス伝送が可能である事を実証するために、長さ7cmのシリコンを分散補償物質とし、シングルモードファイバーの長さを変えてパルス幅を測定した。
ファイバーの長さは1m単位で変化させた。図4はファイバー伝送後のフェムト秒パルス幅である。図4からファイバー長の増加に伴いパルス幅が短くなり3.2mの時に極小を示し再び増加する事が分かる。観測されたパルス幅は約100fsec.であった。パルス幅はオートコリレータで測定した。なお、パルス幅はFWHM(半値全幅)とした。
【0049】
上述したように、シングルモードファイバーの伝送時には様々な波長を含む光の群速度分散が生じるので、ファイバーレーザー装置から出力された時には超短パルスであっても、群速度遅延の大きな波長の光から、遅延の少ない波長の光まで波形の歪みが生じ、パルス幅が広がってしまう問題がある。光パルスの幅が広がることは、信号伝送では誤り率が高まり伝送効率が低下する原因となったり、テラヘルツ波を分析や検査、計測等に用いる場合にはそれらの精度の低下の原因となる。
そこで、フェムト秒パルスの発生器では出力可能なパルス幅の要求が高まっているが、一例の機器では要求されるパルス幅が150fsec.程度であり、この場合、図4の実験で得られたパルス幅、100fsec.は十分にこの要求を満たすことになる。
【0050】
図4の実験において、パルス幅が最短となった3.2mは、シリコンの長さが7cmの時に上記数4から導出した設計値の通りである。このことからも、上で示した本発明の設計手法が正しいことが裏付けられている。
【0051】
ところで、図2でも明らかなように、光ファイバーの長さと分散補償物質の長さは、伝送する光の波長に依存する。例えば1500nmの場合、シングルモードファイバーの分散値は15 fsec./nm-mであり、シリコンの分散値は-980 fsec./nm-mである。この場合の長さ比は、980:15≒65:1となる。零分散波長(1300nm)に向けてこの比は漸増する。逆により長い波長に向かうと、この比は漸減する。
【0052】
本発明では、光ファイバーに対して十分に小型の分散補償器を提供することが望ましいので、伝送する波長に応じて、分散補償物質の選択と、その長さの設計が必要である。本実施例におけるフェムト秒パルスレーザー光の伝送の場合、通信用の伝送ケーブルと異なり、通常は数mから数十mの光ファイバーを用いる。このような用途の場合、中心周波数で47:1の比となるシリコンは最適であり、数cmの分散補償器が実現される。
【0053】
以上のような観点から一般的には、分散補償物質の群速度分散値の絶対値が、光ファイバーの群速度分散値の絶対値の10倍以上、100倍以下が好ましい。この場合、分散補償物質の長さが光ファイバーの長さの1/10ないし1/100となる。
【0054】
また、本発明は、光ファイバーで生じる分散と逆符号の分散特性を有する分散補償物質を用いるものであるから、例えば零分散波長よりも短い波長域の光を伝送する場合には、分散補償物質は正の分散を有する材料を用いればよい。この場合でも分散値の絶対値の比により、適宜長さを設計することができる。
【0055】
(実施例2)
次に、本発明の装置への組み込み例として、シリコンによる分散補償器(1)を用いて、ファイバー結合型テラヘルツ波パルス発生・検出器を構成した。図5はその構成図である。
ファイバー結合型テラヘルツ波パルス発生・検出器は、フェムト秒ファイバーレーザー(50)、分散補償器(1)、ビームスプリッタ(53)、光遅延機構(54)およびテラヘルツ波パルスの送信機(57)と受信機(59)の光電導アンテナで構成される。光伝導アンテナ間にはテラヘルツパルス波(58)が発生する。
【0056】
フェムト秒ファイバーレーザーは中心波長1560nm、最大出力130mW、パルス幅は<100fsec.である。フェムト秒パルスは、フェムト秒ファイバーレーザーの出射ファイバー端面でフェムト秒のパルス幅を有している。
光パルスは本発明による分散補償器(1)に導入されている。ここで用いた分散補償器(1)は、1.7mの光ファイバー(52)と(55)もしくは(52)と (56) と接続した場合に、その端面でパルス幅が最小になるように設計している。
【0057】
光パルスはビームスプリッタ(53)で分岐し、一方は、1.1mのシングルモードファイバー(55)を介して、送信機(57)に伝送される。他方は、光遅延機構(54)およびシングルモードファイバー(56)を経由して、受信機(59)に伝送される。
分散補償器(1)から送信機(57)および受信機(59)までのファイバー長はそれぞれ1.7mである。
ファイバー出射端面でのパルス幅をオートコリレータで測定したところ、パルス幅はFWHM(半値全幅)で約100fsec.であった。
【0058】
テラヘルツ波パルスの送信機(57)および受信機(59)には、1560nm帯で動作可能な、光電導アンテナを用いた。送信機(57)側には、バイアス電圧および強度変調のために、矩形波電圧を1kHzで印加している。強度変調されたテラヘルツ波パルス(58)は受信機(59)に入射し、電流増幅器(60)を経由して、ロックインアンプ(61)で検出される。
【0059】
図6は検出されたテラヘルツ波パルス形状を示しており、モノサイクルである事が分かる。本装置は、テラヘルツ周波数帯のスペクトル情報を得ることが可能である。図7に、検出されたテラヘルツ波パルスをフーリエ変換して得られたスペクトルを示す。同図には、HITRAN-PC(非特許文献1参照)によって求めた室温での水蒸気の吸収ラインを示している。テラヘルツ波パルスのスペクトルには、3THz付近の水蒸気の吸収ラインが検出されていることから、3THz付近まで発生している事が分かる。
【0060】
(実施例3)
図8は、本発明に係る分散補償器(1)を、所定長の光ファイバー(2)との組み合わせで構成された延長モジュール(80)(81)として、図5の装置構成に増設した実施例である。
すなわち、ビームスプリッタ(53)からの出力と光遅延機構(54)への入力までを含むフェムト秒パルス発生装置からのパルス出力を、延長モジュール(81)に接続し、所定の長さだけ延長した上で、送信機(57)からテラヘルツパルスを発生させる。同様に、テラヘルツ波を検出する受信器(59)にフェムト秒パルスを入力する。
【0061】
本発明の分散補償器(1)は、繰り返し説明するように光ファイバーの長さに対して決められた長さの分散補償物質を組み合わせることで分散補償される。そこで、例えば1mの光ファイバーと、それに対応する長さの分散補償器(1)を予め付設したモジュールを提供することで、あとはモジュールの端部に設けた連結部同士を必要に応じて連結するだけで、分散補償された光ファイバー伝送が実現できるようになる。
特に、ロッドレンズと光ファイバーとを融着して調整した製品として提供すれば、光学系を組み立てる際の調整も不要であり、取り扱いが極めて簡便な延長モジュールを提供することができる。
【0062】
(実施例4)
図9は、図5に示したファイバー結合型テラヘルツ波パルス発生・検出器の別実施例であり、非線形光学結晶(93)を用いてテラヘルツ波を発生させるものである。なお、検出器方法として非線形光学効果の電気光学変調技術を用いてもよい。
公知のように、非線形光学結晶(93)は、非線形光学効果による光整流効果を利用して、フェムト秒パルスレーザー光のスペクトルをテラヘルツ領域に周波数シフトさせることができる。この際、入射ビームと光軸と結晶の軸角度を整合させる必要がある。
【0063】
従来の分散補償ファイバーでは偏光が保持できない問題があった。これに対し、本発明の分散補償器(1)では偏光が保持されるので、光ファイバーに偏光保存ファイバーを用いることで、偏光状態を光学系全体で保持することができる。
すなわち、図9における光ファイバー(51)(52)(91)(92)をいずれも偏光保存ファイバーとし、入射光の偏光を直線偏光とすれば、直線偏光を保持してフェムト秒パルスの伝送が可能である。そこで、非線形光学結晶(93)を回転させて結晶軸とフェムト秒パルスの偏光を最適な角度に合わせることで、容易にテラヘルツ波への周波数変換が実現できる。
【0064】
本発明で用いる分散補償物質には複屈折率を持たず入射光の偏光を保持できる物質を選択することが好ましい。本実施例で用いたシリコンはこの点でも条件を満たしており、好適である。
【0065】
(実施例5)
図10は、本発明の分散補償器(1’)において、ビーム径可変な構成を提案するものである。本実施例では、ロッドレンズ(12)で発散された平行光を、ビーム径調整手段であるビーム径可変テレスコープ(3)を用いてビーム径を変化させる。
【0066】
フェムト秒パルスの場合、超短パルスにエネルギーが集中するため、レーザーの出力自体がそれほど強く無くてもエネルギーのピークが大きくなる。このような特性を利用して加工技術への応用も行われており、分散補償用のデバイスにおいても、超短パルスへの対応が求められている。
また、エネルギーのピークが大きくなると材料における非線形現象の発生や、損失の増大につながることから、単位面積当たりのエネルギーを抑制する必要がある。
【0067】
本発明では、光ファイバーのコア径よりも格段に大きな径の分散補償物質を通過させるため、単位面積当たりのエネルギー密度を下げる点でも非常に有利である。ビーム径可変テレスコープ(3)は、エネルギーが大きな場合に、ビーム径を拡大することができるので、フェムト秒テラヘルツパルスの発生器との組み合わせにおいて特に好適である。
【0068】
(実施例6)
図11は、上記分散補償物質に加えて、第2の分散補償光学素子を備えた実施例である。
光ファイバー(111)からの入射光をロッドレンズ(112)により発散し、光学プリズム(113)を通して、本発明の分散補償部(114)を通し、分散補償光学素子(115)に入射させる。
【0069】
本実施例では分散補償光学素子(115)としてチャープミラーを用いている。光ファイバーとシリコンとは完全な逆特性ではないため、これらの組み合わせで解消できない残留分散をチャープミラーなどの分散補償光学素子によって補償しようとするものである。
具体例としては、図3に示すトータルの分散値が波長によって僅かに傾斜しているが、チャープミラーなど異なる分散補償光学素子を組み合わせることにより、
より高次の分散補償が可能となる。
【0070】
チャープミラー(115)で反射した光は、再び分散補償部(114)を通り、光学プリズム(113)で図中の上方に反射し、ロッドレンズ(116)で集束された後に、光ファイバー(117)から出射する。
チャープミラー(115)によって、分散補償部(114)を2度通過するので、本実施例における分散補償部(114)の全長は、図1の実施例の半分で足りる。
【0071】
第2の分散補償光学素子としては、公知の分散補償機構を適宜選択することができる。チャープミラーの他、分散補償ファイバー、光ファイバーブラッググレーティング(FBG)、分散プリズムなどでもよい。また、分散補償器として提供されている他のデバイスを組み合わせてもよい。これにより、高次の分散の補償を実現することができる。
【0072】
分散補償部において、1つの分散補償物質を用いる構成に限らず、異なる群速度分散を示す複数の分散補償物質を光軸上に直列配置する構成でもよい。それぞれの分散補償物質の長さを適宜組み合わせることにより、上記同様、高次の分散の補償に寄与する。
【0073】
また、分散補償部の入射光に対して、波長フィルターを通過させるようにした分散補償器を提供することもできる。すなわち、分散補償物質が補償しうる波長領域に調整するために波長フィルターを用い、それ以外の波長領域をカットすることで、設計された波長についてのみ分散補償を行うことができる。
【0074】
ファイバー中のパルス幅の変化は、群速度分散によるもの以外に、非線形光学効果の一種である自己位相変調によるものもある。パルス幅の変化は、ファイバーで伝送する光パルスの強度によって変化する。そのため、本発明による分散補償器と光ファイバーの分散値の不整合分を、ファイバー中を伝搬する光強度を調整し、ファイバー出射端でパルス幅が最短になるように設計してもよい。
【符号の説明】
【0075】
1 分散補償器
2 光ファイバー
10 分散補償部
11 分散補償部固定部
12 ロッドレンズ
13 レンズ固定部
14 ロッドレンズ
15 レンズ固定部
20 平行光



【特許請求の範囲】
【請求項1】
シングルモード光ファイバーにおける群速度分散を補償する分散補償器であって、
伝搬する光の波長に応じた該光ファイバーの群速度分散と逆符号の群速度分散を示す分散補償物質を用い、
該光ファイバーと接続する光入力側端部と、
分散補償された光を出力する光出力側端部と、
該光入力側端部と該光出力側端部との間で、該分散補償物質を光が通過するように構成した分散補償部と
から構成されることを特徴とする分散補償器。
【請求項2】
前記光入力側端部から入力した光を、前記分散補償部の光軸と平行な平行光に発散する第1レンズと、
前記分散補償部を通過した該平行光を、前記光出力側端部に向けて集束させる第2レンズと
を備える請求項1に記載の分散補償器。
【請求項3】
前記分散補償物質の群速度分散値の絶対値が、前記光ファイバーの群速度分散値の絶対値の10倍以上、100倍以下である
請求項1又は2に記載の分散補償器。
【請求項4】
前記分散補償物質がシリコンである
請求項1ないし3のいずれかに記載の分散補償器。
【請求項5】
前記光ファイバーで伝搬する光が、フェムト秒パルスレーザー光であって、
該レーザー光の群速度分散の補償に用いられる
請求項1ないし4のいずれかに記載の分散補償器。
【請求項6】
前記光入力側端部に、
前記分散補償部で補償可能な波長領域を選択する波長フィルターを備えた
請求項1ないし5のいずれかに記載の分散補償器。
【請求項7】
前記分散補償部に入射するビーム径を調整可能とするビーム径調整手段を備えた
請求項1ないし6のいずれかに記載の分散補償器。
【請求項8】
前記分散補償部において、異なる群速度分散を示す複数の分散補償物質を光軸上に直列配置する
請求項1ないし3のいずれかに記載の分散補償器。
【請求項9】
所定長のシングルモード光ファイバーと、
該所定長の光ファイバーによる群速度分散を補償する前記請求項1ないし8の分散補償器と
を接続して1組の光ファイバー組み合わせ体を構成し、
該光ファイバー組み合わせ体の両端には、他の光ファイバー組み合わせ体と連結可能な連結部を備えた
ことを特徴とする光ファイバー組み合わせ体。
【請求項10】
前記請求項1ないし8のいずれかに記載の分散補償器を備えた
ことを特徴とするテラヘルツ波パルス発生・検出装置。
【請求項11】
光ファイバーにおける群速度分散を補償する分散補償方法であって、
伝搬する光の波長に応じた該光ファイバーの群速度分散と逆符号の群速度分散を示す分散補償物質を用い、
該光ファイバーと接続する光入力側端部から入力した光を、第1レンズにより平行光に発散させ、
該平行光を該分散補償物質からなる分散補償部内を通過させることで群速度分散を補償した後、
第2レンズにより該平行光を集束させて光出力側端部から出力する
ことを特徴とする分散補償方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−252134(P2012−252134A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124214(P2011−124214)
【出願日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【出願人】(510193027)有限会社スペクトルデザイン (4)
【Fターム(参考)】