説明

光フィルター、光スイッチ、光フィルタリング方法および光スイッチング方法

【課題】分子一個であっても動作可能で、同時多波長処理および広帯域動作が可能な小型の高速光フィルターを提供する。
【解決手段】光フィルターは、入射する光に共鳴する2準位を有する半導体11と、制御光である第1光パルス3および第2光パルス4を半導体11に照射して、半導体11の2準位を選択的に共鳴励起する制御光発生装置1と、信号光である第3光パルス5を半導体11に照射する信号光発生装置2を備える。制御光発生装置1と信号光発生装置2とは、第3光パルスが半導体11に入射する時間において、ブロッホ空間における第3光パルスのトルクベクトルと、第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系半導体11の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件を満たすように、第1、第2、第3光パルスを制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光通信用光ネットワーク、光通信用回路、光制御用光回路、生体センサー、あるいは生体光信号処理のための光素子に給する、フェムト秒の時間領域で高速動作が可能な高効率、低電力の光フィルターおよび光スイッチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリコンフォトニクスを念頭に置いた光通信用光ネットワーク、光通信用回路、光制御用光回路のための光機能素子においては、将来の波長多重の情報処理に向けた同時多波長処理、広帯域動作の光素子が必要であり、周波数でGHz以上、時間領域でピコ秒領域での高速動作が必要とされる(特許文献1参照)。また、将来の大容量なデータ転送に向け駆動電力を低減させることが極めて重要である。
【0003】
光励起したキャリアは、キャリア間の衝突や自然放出などの過程により消失する。キャリアの生成から消失までの時間をキャリア寿命と呼び、従来の光吸収による誘起キャリアによる光スイッチの動作時間は、一般にキャリア寿命で制限され、その高速化には限界があった。またキャリアの再結合は、キャリア間の衝突や熱放出などのエネルギー放出を伴う熱力学的な寄与も生じ、これらの素過程が寄与するキャリア寿命を制御できれば、熱効率の良く発熱量の小さな低電力な光素子が実現できる。またサイズ効果を念頭においた、素子の小型化による省電力化も期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−23697号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された従来のシリコンフォトニクスの光フィルターでは、将来の波長多重の情報処理に向けた同時多波長処理および広帯域動作を実現することが困難であるという問題点があった。また、従来の光フィルターでは、フェムト秒オーダーでの時間応答を実現することが困難であるという問題点があった。さらに、従来の光フィルターでは、分子一個レベルで動作するナノメーターサイズへ素子を小型化することが困難であるという問題点があった。
特許文献1に開示されているデバイスは光フィルターであるが、光フィルターと同様の問題は光スイッチにおいても発生する。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、分子一個であっても動作可能で、同時多波長処理および広帯域動作が可能な小型の高速光フィルターを提供することを目的とする。
また、本発明は、分子一個であっても動作可能で、同時多波長処理および広帯域動作が可能な小型の高速光スイッチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の光フィルターは、入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質と、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを前記物質に照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光発生装置と、信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光発生装置とを備え、前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件を満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とするものである。
【0008】
また、本発明の光フィルターの1構成例において、前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、前記条件を満たすように、前記第1、第2、第3光パルスのパルス面積と光強度と位相とパルスの時間間隔とを制御することを特徴とするものである。
また、本発明の光フィルターの1構成例において、前記2準位系物質は、シリコン、ゲルマニウム、カドミウム、セレン、テルル、マンガン、ガリウム、砒素、インジウム、リン、炭素、ホウ素、窒素のいずれかを含む半導体であり、前記第3光パルスの波長は、前記半導体の光吸収端よりも高エネルギーであり、前記半導体の光吸収領域にある励起準位が共鳴する波長であることを特徴とするものである。
また、本発明の光フィルターの1構成例において、前記2準位系物質は、酸化シリコンおよびシリコンで構成された光導波路中に分散して存在するナノメーターサイズの半導体微結晶であり、前記第3光パルスの波長は、前記半導体微結晶の光吸収端よりも高エネルギーであり、前記半導体微結晶の光吸収領域にある励起準位が共鳴する波長であることを特徴とするものである。
また、本発明の光フィルターの1構成例において、前記制御光発生装置は、波長が異なる複数の前記第1光パルスおよび波長が異なる複数の前記第2光パルスを前記物質に同時に照射し、前記信号光発生装置は、波長が異なる複数の前記第3光パルスを前記物質に同時に照射することを特徴とするものである。
【0009】
また、本発明の光スイッチは、入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質と、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを前記物質に照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光発生装置と、信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光発生装置とを備え、前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオンの場合に満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御し、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、前記トルクベクトルと前記ブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオフの場合に満たさないように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とするものである。
また、本発明の光スイッチの1構成例において、前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、スイッチオンの場合に前記条件を満たすように、あるいはスイッチオフの場合に前記条件を満たさないように、前記第1、第2、第3光パルスのパルス面積と光強度と位相とパルスの時間間隔とを制御することを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の光フィルタリング方法は、入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質に、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光照射ステップと、信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光照射ステップとを備え、前記制御光照射ステップと前記信号光照射ステップとは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件を満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の光スイッチング方法は、入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質に、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光照射ステップと、信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光照射ステップとを備え、前記制御光照射ステップと前記信号光照射ステップとは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオンの場合に満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御し、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、前記トルクベクトルと前記ブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオフの場合に満たさないように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、第3光パルスが物質に入射する時間において、ブロッホ空間における第3光パルスのトルクベクトルと、第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件を満たすように、第1、第2、第3光パルスを制御することにより、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスにより信号光である第3光パルスの物質への透過特性を制御することができ、信号光に含まれるノイズ成分を低減したり、信号光を選択的に透過/遮断したりする光フィルターを実現することができる。本発明では、将来の波長多重の情報処理に適した同時多波長処理および広帯域動作が可能である。また、本発明では、フェムト秒のパルス幅の光パルスを第1光パルスおよび第2光パルスとして使用すれば、光フィルターのフェムト秒オーダーの時間応答を実現することができる。さらに、本発明では、光フィルターの使用波長に対応した共鳴吸収がある2準位を有する分子であれば、分子一個であってもフィルター動作を実現できるので、光フィルターを小型化することができる。
【0013】
また、本発明では、波長が異なる複数の第1光パルスおよび波長が異なる複数の第2光パルスを物質に同時に照射し、波長が異なる複数の第3光パルスを物質に同時に照射することにより、多波長の信号光を同時にフィルタリング処理することが可能となる。
【0014】
また、本発明では、第3光パルスが物質に入射する時間において、ブロッホ空間における第3光パルスのトルクベクトルと、第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオンの場合に満たすように、第1、第2、第3光パルスを制御し、第3光パルスが物質に入射する時間において、トルクベクトルとブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオフの場合に満たさないように、第1、第2、第3光パルスを制御することにより、光スイッチを実現することができる。本発明では、将来の波長多重の情報処理に適した同時多波長処理および広帯域動作が可能である。また、本発明では、フェムト秒のパルス幅の光パルスを第1光パルスおよび第2光パルスとして使用すれば、自然放出やキャリア間の衝突に因るキャリア寿命には制限されないフェムト秒オーダーの時間応答を実現することができる。さらに、本発明では、光スイッチの使用波長に対応した共鳴吸収がある2準位を有する分子であれば、分子一個であっても光スイッチ動作を実現できるので、高効率で低電力の小型の光スイッチを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】2準位系の量子状態の時間発展を説明する図である。
【図2】1つの光パルスによる2準位系のブロッホベクトルの時間変化を説明する図である。
【図3】物質に入射させる第1光パルスと第2光パルスの位相相関を説明する図である。
【図4】物質に入射させる第1光パルスと第2光パルスと第3光パルスの位相相関を説明する図である。
【図5】本発明の第1の実施の形態に係る光フィルターの構成を示す図である。
【図6】本発明の第2の実施の形態に係る光フィルターの構成を示す図である。
【図7】本発明の第3の実施の形態に係る光フィルターの構成を示す図である。
【図8】本発明の第6の実施の形態に係る光スイッチの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[発明の原理]
2準位系を励起するパルスとして共鳴的なCEP(Carrier-Envelope Phase)パルスを用い、これらのパルスの位相を適当に制御することで、ブロッホ球上において、トルクベクトルとブロッホベクトルを平行にできる。その結果、媒質の光伝播においてポピュレーション変化がなくなり、あたかも2準位系が透明媒質であるかのように光パルスが伝播することが理論的に知られている(参考文献「篠島弘幸,矢野隆治,中川一夫,“光パルス制御された2準位系における光パルス伝播現象”,日本物理学会2010秋季大会関係論文予稿集,24aRF10,2010」参照)。
【0017】
本発明の光フィルターおよび光スイッチは、物質のエネルギー準位における2準位を3個の光パルスを用いて共鳴選択的に励起する。3個の光パルスは互いに、そのパルス面積と光強度と位相とパルスの時間間隔とが制御されていて、その光との相互作用で2準位系に生じる分極の時間変化を制御する。2準位系に生じる分極の時間変化を制御することで、物質の量子状態の時間変化を制御する。具体的には、3本の光パルスのパルス面積と光強度と位相と時間間隔とを制御することにより、2準位系物質の量子状態を制御することができ、光パルス伝播において吸収のない物質の状態を作ることで、光パルスの透明な伝播を実現することができる。
【0018】
この光フィルターおよび光スイッチの動作の応答時間は、入力光パルスの時間間隔で制限される。したがって、フェムト秒のパルス幅の光パルスを2準位系物質の励起パルスとして使用すれば、光フィルターおよび光スイッチの時間応答を光パルスのパルス幅まで高速化できる。また、光フィルターおよび光スイッチで用いる物質は、共鳴励起できる2準位を有するものであればよく、光フィルターおよび光スイッチを分子一個で実現することもできる。即ち、光フィルターおよび光スイッチに使用する波長に対応した共鳴吸収がある2準位を有する分子であれば、分子一個であっても光フィルター操作または光スイッチ操作を実現できる。以上の理論は上記の参考文献に既に開示されているので、以下、本発明の基となる理論について簡単に説明する。
【0019】
2準位系の量子状態の時間発展は、シュレーディンガー(Shrodinger)方程式で記述される。図1のように2準位系に光が入射し、この光が2準位系に生じる分極と相互作用する場合、シュレーディンガー方程式は式(1)のようになる。ここで、Ψは2準位系の波動関数、E=E0-ωtは入射光パルスの電場、P(=er)は入射光パルスの電場によって2準位系に生じる分極、Ω=ε2−ε1は共鳴エネルギー(上準位と下準位のエネルギー差)、T1はエネルギー緩和時間、T2は位相緩和時間である。
【0020】
【数1】

【0021】
式(1)におけるmは粒子の質量、∇2はラプラス演算子、バーhはh/(2π)、hωn/(2π)は2準位系の各準位の固有エネルギーである(hはプランク定数、n=1、2)。式(1)を、上記の係数c1,c2で定義された式(2)のブロッホベクトルρと、式(2)の時間発展である式(3)のブロッホ方程式に書き換える。2準位系の状態の時間発展は、ブロッホベクトルという位相空間上の点の変化に書き換わる。
【0022】
【数2】

【0023】
【数3】

【0024】
式(2)におけるc1*,c2*はそれぞれc1,c2の共役複素数を表す。通常の1光パルスによるブロッホ方程式は以下のとおりである。ここでは、緩和項を無視している。Rはトルクベクトルである。
【0025】
【数4】

【0026】
通常の1光パルスによる共鳴励起の場合、トルクベクトルRは1軸方向にしか成分がないので、ブロッホベクトルの時間変化は図2の矢印20で示す1軸周りの回転として記述される。
【0027】
一方で、図3に示すように、第1光パルス30と第2光パルス31の位相に、パルス時間間隔に比例するような位相相関φ21を持たせて、物質に入射させるとする。この場合のブロッホ方程式は式(5)のようになり、単純に2本の光パルスを系に入射させた場合に比べ、φ21による変調項が付加される。
【0028】
【数5】

【0029】
式(5)を解くと、ブロッホベクトルの時間発展は、以下のように3つの軸回り回転行列の積で記述される。
【0030】
【数6】

【0031】
式(6)におけるθ2は、第2光パルス31のパルス面積である。一方、2準位系媒質の中においては、以下の式(7)のマクスウェル−ブロッホ(Maxwell-Bloch)の方程式に従って光パルスは伝播する。即ち、2準位系物質の量子状態は式(5)のブロッホ方程式で決まり、その2準位系物質中を伝播する光は式(7)のマクスウェル−ブロッホの方程式に従う。
【0032】
【数7】

【0033】
ここで、図4に示すように、第3光パルス32の位相を第1光パルス30と相関させる。第1光パルス30と第3光パルス32との位相相関をφ31とする。このとき、物質を伝播する信号光である第3光パルス32の電場振幅を平面波とすると、マクスウェル−ブロッホの方程式は式(8)のようになる。
【0034】
【数8】

【0035】
式(8)では、均一拡がりの2準位系を対象としており、第3光パルス32の光電場の電波振幅をE30(t31,t)としている。式(8)における(7)は、式(7)を表している。
式(8)を積分して解くと、式(9)となる。
【0036】
【数9】

【0037】
式(9)の第1項は電磁波のエネルギーを表し、第2項は2準位系が吸収または放出するエネルギーを表している。第2項が0ならば、光パルスにとって2準位系物質は透明な媒質となる。
式(9)の第2項を0にすることは、以下のようにブロッホベクトルとトルクベクトルRが平行の時に実現できる。
【0038】
【数10】

【0039】
したがって、第1光パルス、第2光パルス、第3光パルスを、式(10)の条件が満たされるように位相を制御して物質に入射させれば良い。
例えば、半導体の吸収端よりも短波長側の、物質の吸収が連続的となる波長領域を考える。この連続的な吸収の波長領域にある2準位間を共鳴励起できる3つの光パルスを考える。信号光である第三パルスが物質を透明に伝播するためには、式(10)の条件を作れば良い。
【0040】
制御するパラメターを、第1光パルスと第2光パルスの位相関係φ21、第1光パルスと第3光パルスの位相関係φ31、第2光パルスのパルス面積θとする。パルス面積がπ/2である第1光パルスで、2準位系物質のブロッホ状態を(0,0,−1)から(0,0,1)と変える。このブロッホ状態の変更は、第1光パルスのパルス面積がπ/2であれば常に可能である。
【0041】
その後、2準位系物質のブロッホベクトルを3軸回りにθだけ回転させて、ブロッホベクトルをブロッホ空間における第3光パルスのトルクベクトルと平行(ベクトルの向きが同一方向の状態)または反平行(ベクトルの向きが逆方向の状態)にさせることを考える。2準位系物質のブロッホベクトルが第3光パルスのトルクベクトルと平行または反平行となるようにするためには、第2光パルス、第3光パルスについて以下の式(11)の条件を満たすようにすればよい。
【0042】
【数11】

【0043】
式(11)では、第3光パルスのトルクベクトルR3を|1’>方向としている。式(11)を満たすように位相関係φ21−φ31=π/2±nπ(nは整数)を設定すれば、物質を伝播する第3光パルスは透明になる。このときの時間応答は、入射する光パルスの時間幅で決まり、フェムト秒領域での時間応答が可能である。エネルギー準位構造は例え連続的であっても、選択的に2準位が励起できればよく、物質の大きさは分子一個であってよい。
【0044】
また、本発明の本質は、式(10)の条件が成立、即ち、第3光パルスのトルクベクトルと2準位系物質のブロッホベクトルとが平行または反平行であれば、第3光パルスは物質を透明に伝播する。式(11)の条件はその一つの方法を示したに過ぎない。以上のことから、第1光パルスと第2光パルスと第3光パルスとが式(10)の条件を満たすように、パルス面積と光強度と位相とパルス時間間隔とを制御することで、超高速、超小型の光フィルターおよび光スイッチを実現することができる。
【0045】
ここでは、エネルギー緩和時間、位相緩和時間を無視したが、以上の議論は、これらの緩和過程を考慮しても変わらない。すなわち、パルス面積と光強度と位相とパルス時間間隔とを制御してφ21−φ31=π/2±nπを満たした3個の光パルスを位相緩和時間、エネルギー緩和時間内に2準位系物質に入射させれば、位相緩和時間、エネルギー緩和時間に依存せず、第3光パルスは物質を透明に伝播する。エネルギー緩和時間は、キャリア寿命の2倍であり、従ってこのことは、本発明の光フィルターおよび光スイッチがキャリア寿命で制限されず、高速な動作が可能であることを示す。
【0046】
また、位相緩和、エネルギー緩和の両緩和過程は、キャリア間の衝突や自然放出によって生じる熱放出を伴う緩和過程である。本発明の光フィルターおよび光スイッチは、位相緩和、エネルギー緩和によい系が緩和する前に動作完了させるため、熱放出を伴うエネルギー損失が少なく、高効率で低電力の光フィルターおよび光スイッチを実現することができる。例えば、キャリア寿命が100psec(10GHz)であるとする。本発明の光フィルターおよび光スイッチに100fsecのパルス幅の光パルスを使うとすると、その時間応答は100fsec程度であり、エネルギー緩和時間の1/2000の時間で動作を完了する。エネルギー緩和過程おける熱損失が時間に比例するとすれば、本発明の光フィルターおよび光スイッチのエネルギー緩和過程おける熱損失は概ね1/2000程度である。パルス幅の短い光パルスを用いることで、動作電力におけるこの熱効率はさらに向上が期待できる。
【0047】
光信号は、非破壊な信号伝達の手段であり、生物生体領域では高速で広帯域なセンサーや信号処理で期待されている。本発明の光フィルターおよび光スイッチは、分子レベルで動作することから、生体系での光信号処理も可能であり、将来の生体領域における光信号処理に向けた光フィルターおよび光スイッチである。
【0048】
[第1の実施の形態]
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図5は本発明の第1の実施の形態に係る光フィルターの構成を示す図である。光フィルターは、2準位系物質である半導体11と、制御光である第1光パルス3および第2光パルス4を半導体11に照射する制御光発生装置1と、信号光である第3光パルス5を半導体11に照射する信号光発生装置2とから構成される。
【0049】
半導体11としては、例えば、シリコン、ゲルマニウム、カドミウム、セレン、テルル、マンガン、ガリウム、砒素、インジウム、リン、炭素、ホウ素、窒素などがある。図5におけるLx,Ly,Lzはそれぞれx軸方向、y軸方向、z軸方向の半導体11の大きさである。
【0050】
伝播する信号光である第3光パルス5の波長は、半導体11の吸収端よりも高エネルギーにあるとし、第3光パルス5の波長に共鳴する励起準位が半導体11の吸収領域にあるとする。また、図5に示すように、信号光である第3光パルス5に混じって、ノイズ光6が導波しているとする。
【0051】
制御光発生装置1は、パルス面積がπ/2の第1光パルス3と、第2光パルス4とを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。このとき、第1光パルス3と第2光パルス4との位相関係はφ21、第1光パルス3と第3光パルス5との位相関係はφ31であり、かつ第1光パルス3と第2光パルス4とは式(11)を満たす。半導体11の吸収領域は、連続準位であるが、選択的に励起することで2準位系として扱うことができる。
【0052】
信号光発生装置2は、信号光である第3光パルス5を半導体11に照射する。半導体11の吸収領域で吸収される波長域にある第3光パルス以外のノイズ光6は、式(11)を満たさないので、全て半導体11に吸収され、半導体11を透過しない。一方、半導体11は、第1光パルス3と第2光パルス4によって量子状態制御され、第3光パルス5にとっては透明媒質であるかのような状態になっている。したがって、式(11)を満たす第3光パルス5は、半導体11中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0053】
こうして、本実施の形態では、制御光発生装置1と信号光発生装置2とを用いて、第1光パルスと第2光パルスと第3光パルスとが式(10)、式(11)の条件を満たすように制御することで、信号光中のノイズ成分を低減する効果を奏する。
【0054】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。図6は本発明の第2の実施の形態に係る光フィルターの構成を示す図である。本実施の形態の光フィルターは、2準位系物質である半導体11と、制御光発生装置1aと、信号光発生装置2aとから構成される。第1の実施の形態と同様に、伝播する信号光である第3光パルス5a,5b,5cの波長は、半導体11の吸収端よりも高エネルギーにあるとする。また、第3光パルス5a,5b,5cの波長λ1,λ2,λ3に共鳴する励起準位が半導体11の吸収領域にあるとする。
【0055】
制御光発生装置1aは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3aと、第2光パルス4aとを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。このとき、第1光パルス3aと第2光パルス4aの波長は共にλ1であり、第1光パルス3aと第2光パルス4aとの位相関係はφ21、第1光パルス3aと第3光パルス5aとの位相関係はφ31である。第1光パルス3aと第2光パルス4aとは、式(11)を満たす。
【0056】
信号光発生装置2aは、信号光である波長λ1の第3光パルス5aを半導体11に照射する。第3光パルス5aは、式(11)を満たす条件で半導体11に入射するので、半導体11中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0057】
次に、制御光発生装置1aは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3bと、第2光パルス4bとを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3bと第2光パルス4bの波長は共にλ2であり、第1光パルス3bと第2光パルス4bとの位相関係はφ’21、第1光パルス3bと第3光パルス5bとの位相関係はφ’31である。第1光パルス3bと第2光パルス4bとは、式(11)を満たさない。
【0058】
信号光発生装置2aは、信号光である波長λ2の第3光パルス5bを半導体11に照射する。第3光パルス5bは、式(11)を満たさない条件で半導体11に入射するので、半導体11に吸収され、半導体11を透過しない。
【0059】
次に、制御光発生装置1aは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3cと、第2光パルス4cとを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3cと第2光パルス4cの波長は共にλ3であり、第1光パルス3cと第2光パルス4cとの位相関係はφ21、第1光パルス3cと第3光パルス5cとの位相関係はφ31である。第1光パルス3cと第2光パルス4cとは、式(11)を満たす。
【0060】
信号光発生装置2aは、信号光である波長λ3の第3光パルス5cを半導体11に照射する。第3光パルス5cは、式(11)を満たす条件で半導体11に入射するので、半導体11中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0061】
以上のように、透明化の条件にあった波長λ1,λ3の第3光パルス5a,5cだけが半導体11を透過する。こうして、本実施の形態では、制御光発生装置1aと信号光発生装置2aとを用いて、第1光パルスと第2光パルスと第3光パルスとが式(10)、式(11)の条件を満たすように制御したり、条件を満たさないように制御したりすることで、信号光である第3光パルスをフィルタリングする機能を実現することができる。
【0062】
なお、上記の説明では光フィルターの動作を分かり易くするために、波長λ1,λ2,λ3の処理を別々に行っているが、本実施の形態の光フィルターでは、波長λ1,λ2,λ3の制御光および信号光を同時に照射して、複数の波長の信号光を同時にフィルタリング処理することが可能である。波長λ1,λ2,λ3の光を同時に照射する代わりに、これらの波長λ1,λ2,λ3を含む白色光を用いてもよい。
【0063】
[第3の実施の形態]
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。図7は本発明の第3の実施の形態に係る光フィルターの構成を示す図である。本実施の形態の光フィルターは、光導波路21と、光導波路21中に分散配置された2準位系物質である半導体微結晶22と、制御光発生装置1b,1cと、信号光発生装置2b,2cとから構成される。
【0064】
光導波路21は、例えば、酸化シリコン、シリコンからなる。半導体微結晶22は、ナノメーターサイズの結晶であり、例えば、シリコン、ゲルマニウム、カドミウム、セレン、テルル、マンガン、ガリウム、砒素、インジウム、リン、炭素、ホウ素、窒素などからなる。半導体微結晶22のエネルギー構造は、微結晶サイズの二乗に反比例してその準位間隔が拡がり、ナノメーターサイズの微結晶では、選択するエネルギー準位を適宜選択することで、2準位系同様に扱ってよい。半導体微結晶22の光吸収端は、伝播する信号光である光の波長よりも低エネルギー領域にある。したがって、信号光は、半導体微結晶22で通常吸収される。
【0065】
これに対して、本実施の形態の制御光発生装置1bは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3dと、第2光パルス4dとを1個の半導体微結晶22に照射することで、この半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3dと第2光パルス4dとの位相関係はφ21、第1光パルス3dと第3光パルス5dとの位相関係はφ31である。第1光パルス3dと第2光パルス4dとは、式(11)を満たす。
【0066】
信号光発生装置2bは、信号光である第3光パルス5dを、第1光パルス3dおよび第2光パルス4dによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。半導体微結晶22の吸収領域で吸収される波長域にある第3光パルス以外のノイズ光6は、式(11)を満たさないので、すべて半導体微結晶22に吸収され、半導体微結晶22を透過しない。一方、半導体微結晶22は、第1光パルス3dと第2光パルス4dによって量子状態制御され、第3光パルス5dにとっては透明媒質であるかのような状態になっている。したがって、式(11)を満たす第3光パルス5dは、半導体微結晶22中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0067】
次に、制御光発生装置1cは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3eと、第2光パルス4eとを1個の半導体微結晶22に照射することで、この半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。このとき、第1光パルス3eと第2光パルス4eの波長は共にλ1であり、第1光パルス3eと第2光パルス4eとの位相関係はφ21、第1光パルス3eと第3光パルス5eとの位相関係はφ31である。第1光パルス3eと第2光パルス4eとは、式(11)を満たす。
【0068】
信号光発生装置2cは、信号光である波長λ1の第3光パルス5eを、第1光パルス3eおよび第2光パルス4eによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。第3光パルス5eは、式(11)を満たす条件で半導体微結晶22に入射するので、半導体微結晶22中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0069】
次に、制御光発生装置1cは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3fと、第2光パルス4fとを半導体微結晶22に照射することで、半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3fと第2光パルス4fの波長は共にλ2であり、第1光パルス3fと第2光パルス4fとの位相関係はφ’21、第1光パルス3fと第3光パルス5fとの位相関係はφ’31である。第1光パルス3fと第2光パルス4fとは、式(11)を満たさない。
【0070】
信号光発生装置2cは、信号光である波長λ2の第3光パルス5fを、第1光パルス3fおよび第2光パルス4fによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。第3光パルス5fは、式(11)を満たさない条件で半導体微結晶22に入射するので、半導体微結晶22に吸収され、半導体微結晶22を透過しない。
【0071】
次に、制御光発生装置1cは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3gと、第2光パルス4gとを半導体微結晶22に照射することで、半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3gと第2光パルス4gの波長は共にλ3であり、第1光パルス3gと第2光パルス4gとの位相関係はφ21、第1光パルス3gと第3光パルス5gとの位相関係はφ31である。第1光パルス3gと第2光パルス4gとは、式(11)を満たす。
【0072】
信号光発生装置2cは、信号光である波長λ3の第3光パルス5gを、第1光パルス3gおよび第2光パルス4gによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。第3光パルス5gは、式(11)を満たす条件で半導体微結晶22に入射するので、半導体微結晶22中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0073】
以上のように、透明化の条件にあった第3光パルス5d,5e,5gだけが半導体微結晶22を透過する。こうして、本実施の形態では、信号光中のノイズ成分を低減することができる。
【0074】
第2の実施の形態で説明したとおり、波長λ1,λ2,λ3の制御光および信号光を同時に照射してフィルタリング処理することも可能である。波長λ1,λ2,λ3の光を同時に照射する代わりに、波長λ1,λ2,λ3を含む白色光を用いてもよい。
【0075】
半導体微結晶22は、個々の大きさが異なった微結晶で、光導波路21内に分布をもって分散して存在する。入射光パルスのビーム径が半導体微結晶22のサイズより大きくても、ビーム径の中にある半導体微結晶22で、励起条件に共鳴する準位構造を有する半導体微結晶22だけが選択的に励起され、光フィルターが機能する。光導波路21中に様々なサイズの半導体微結晶22を分散させることで、励起条件に合う適当な微結晶を探して選択的に光パルス照射をする必要がなくなる。また、半導体微結晶22によって異なった光フィルター機能を持たせることも可能であり、それぞれの半導体微結晶22によって異なる処理を同時に実行することが可能である。
【0076】
[第4の実施の形態]
次に、本発明の第4の実施の形態について説明する。本実施の形態は光スイッチに関するものである。本実施の形態の光スイッチの構成は、第1の実施の形態の光フィルターの構成と同様であるので、図5を用いて説明する。
第1の実施の形態と同様に、伝播する信号光である第3光パルス5の波長は、半導体11の吸収端よりも高エネルギーにあるとし、第3光パルス5の波長に共鳴する励起準位が半導体11の吸収領域にあるとする。
【0077】
制御光発生装置1は、パルス面積がπ/2の第1光パルス3と、第2光パルス4とを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。このとき、第1光パルス3と第2光パルス4との位相関係はφ21、第1光パルス3と第3光パルス5との位相関係はφ31であり、かつ第1光パルス3と第2光パルス4とは式(11)を満たす。半導体11の吸収領域は、連続準位であるが、選択的に励起することで2準位系として扱うことができる。
【0078】
信号光発生装置2は、信号光である第3光パルス5を半導体11に照射する。半導体11は、第1光パルス3と第2光パルス4によって量子状態制御され、第3光パルス5にとっては透明媒質であるかのような状態になっている。したがって、式(11)を満たす第3光パルス5は、半導体11の吸収領域にあっても、吸収されず、半導体11中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0079】
次に、制御光発生装置1が第1光パルス3と第2光パルス4の時間間隔を変化させると、φ21−φ31=π/2±nπの条件を満たさなくなり、半導体11の吸収領域で吸収される波長域にある第3光パルス5は、吸収されながら半導体11中を伝播するので、半導体11を透過しない。吸収されずに半導体11を透過する場合と透過しない場合とでは、第3光パルス5の強度に大きな差がでるので、本実施の形態は光スイッチとして動作していることになる。
【0080】
こうして、本実施の形態では、制御光発生装置1と信号光発生装置2とを用いて、第1光パルスと第2光パルスと第3光パルスとが式(10)、式(11)の条件を満たすように制御したり、条件を満たさないように制御したりすることで、光スイッチ動作を実現することができる。本実施の形態では、エネルギー緩和時間およびキャリア寿命より短いパルス幅の光パルスを用いることで、高速で高効率な光スイッチを実現することができる。
【0081】
なお、第1、第4の実施の形態においては、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスと信号光である第3光パルスとが同軸ではないが、制御光と信号光とは同軸であっても良い。
【0082】
[第5の実施の形態]
次に、本発明の第5の実施の形態について説明する。本実施の形態の光スイッチの構成は、第2の実施の形態の光フィルターの構成と同様であるので、図6を用いて説明する。
第1の実施の形態と同様に、伝播する信号光である第3光パルス5a,5b,5cの波長は、半導体11の吸収端よりも高エネルギーにあるとする。また、第3光パルス5a,5b,5cの波長λ1,λ2,λ3に共鳴する励起準位が半導体11の吸収領域にあるとする。
【0083】
制御光発生装置1aは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3aと、第2光パルス4aとを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。このとき、第1光パルス3aと第2光パルス4aの波長は共にλ1であり、第1光パルス3aと第2光パルス4aとの位相関係はφ21、第1光パルス3aと第3光パルス5aとの位相関係はφ31である。第1光パルス3aと第2光パルス4aとは、式(11)を満たす。
【0084】
信号光発生装置2aは、信号光である波長λ1の第3光パルス5aを半導体11に照射する。第3光パルス5aは、式(11)を満たす条件で半導体11に入射するので、半導体11中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0085】
次に、制御光発生装置1aは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3bと、第2光パルス4bとを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3bと第2光パルス4bの波長は共にλ2であり、第1光パルス3bと第2光パルス4bとの位相関係はφ’21、第1光パルス3bと第3光パルス5bとの位相関係はφ’31である。第1光パルス3bと第2光パルス4bとは、式(11)を満たさない。
【0086】
信号光発生装置2aは、信号光である波長λ2の第3光パルス5bを半導体11に照射する。第3光パルス5bは、式(11)を満たさない条件で半導体11に入射するので、半導体11に吸収され、半導体11を透過しない。
【0087】
次に、制御光発生装置1aは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3cと、第2光パルス4cとを半導体11に照射することで、半導体11の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3cと第2光パルス4cの波長は共にλ3であり、第1光パルス3cと第2光パルス4cとの位相関係はφ21、第1光パルス3cと第3光パルス5cとの位相関係はφ31である。第1光パルス3cと第2光パルス4cとは、式(11)を満たす。
【0088】
信号光発生装置2aは、信号光である波長λ3の第3光パルス5cを半導体11に照射する。第3光パルス5cは、式(11)を満たす条件で半導体11に入射するので、半導体11中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0089】
以上のように、透過させたい波長について、選択的に、3個の光パルスを式(10)、式(11)の条件を満たすように半導体11に入射させれば良い。図6の例では、透明化の条件にあった波長λ1,λ3の第3光パルス5a,5cだけが半導体11を透過する。こうして、本実施の形態では、制御光発生装置1aと信号光発生装置2aとを用いて、第1光パルスと第2光パルスと第3光パルスとが式(10)、式(11)の条件を満たすように制御したり、条件を満たさないように制御したりすることで、高速な波長多重スイッチ動作を実現することができる。
【0090】
[第6の実施の形態]
次に、本発明の第6の実施の形態について説明する。図8は本発明の第6の実施の形態に係る光スイッチの構成を示す図である。本実施の形態の光スイッチの構成は、第3の実施の形態の光フィルターの構成と同様であるので、図7の符号を用いて説明する。
光導波路21は、例えば、酸化シリコン、シリコンからなる。半導体微結晶22は、ナノメーターサイズの結晶である。半導体微結晶22のエネルギー構造は、微結晶サイズの二乗に反比例してその準位間隔が拡がり、ナノメーターサイズの微結晶では、選択するエネルギー準位を適宜選択することで、2準位系同様に扱ってよい。半導体微結晶22の光吸収端は、伝播する信号光である光の波長よりも低エネルギー領域にある。したがって、信号光は、半導体微結晶22で通常吸収される。
【0091】
制御光発生装置1bは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3dと、第2光パルス4dとを1個の半導体微結晶22に照射することで、この半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3dと第2光パルス4dとの位相関係はφ21、第1光パルス3dと第3光パルス5dとの位相関係はφ31である。第1光パルス3dと第2光パルス4dとは、式(11)を満たす。
【0092】
信号光発生装置2bは、信号光である第3光パルス5dを、第1光パルス3dおよび第2光パルス4dによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。半導体微結晶22は、第1光パルス3dと第2光パルス4dによって量子状態制御され、第3光パルス5dにとっては透明媒質であるかのような状態になっている。したがって、式(11)を満たす第3光パルス5dは、半導体微結晶22中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0093】
制御光発生装置1cは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3eと、第2光パルス4eとを1個の半導体微結晶22に照射することで、この半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。このとき、第1光パルス3eと第2光パルス4eの波長は共にλ1であり、第1光パルス3eと第2光パルス4eとの位相関係はφ21、第1光パルス3eと第3光パルス5eとの位相関係はφ31である。第1光パルス3eと第2光パルス4eとは、式(11)を満たす。
【0094】
信号光発生装置2cは、信号光である波長λ1の第3光パルス5eを、第1光パルス3eおよび第2光パルス4eによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。第3光パルス5eは、式(11)を満たす条件で半導体微結晶22に入射するので、半導体微結晶22中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0095】
次に、制御光発生装置1cは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3fと、第2光パルス4fとを半導体微結晶22に照射することで、半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3fと第2光パルス4fの波長は共にλ2であり、第1光パルス3fと第2光パルス4fとの位相関係はφ’21、第1光パルス3fと第3光パルス5fとの位相関係はφ’31である。第1光パルス3fと第2光パルス4fとは、式(11)を満たさない。
【0096】
信号光発生装置2cは、信号光である波長λ2の第3光パルス5fを、第1光パルス3fおよび第2光パルス4fによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。第3光パルス5fは、式(11)を満たさない条件で半導体微結晶22に入射するので、半導体微結晶22に吸収され、半導体微結晶22を透過しない。
【0097】
次に、制御光発生装置1cは、パルス面積がπ/2の第1光パルス3gと、第2光パルス4gとを半導体微結晶22に照射することで、半導体微結晶22の励起準位を選択的に共鳴励起する。第1光パルス3gと第2光パルス4gの波長は共にλ3であり、第1光パルス3gと第2光パルス4gとの位相関係はφ21、第1光パルス3gと第3光パルス5gとの位相関係はφ31である。第1光パルス3gと第2光パルス4gとは、式(11)を満たす。
【0098】
信号光発生装置2cは、信号光である波長λ3の第3光パルス5gを、第1光パルス3gおよび第2光パルス4gによって共鳴励起された半導体微結晶22に照射する。第3光パルス5gは、式(11)を満たす条件で半導体微結晶22に入射するので、半導体微結晶22中をパルス変形することなく透過して出射する。
【0099】
以上のように、透明化の条件にあった第3光パルス5d,5e,5gだけが半導体微結晶22を透過する。半導体微結晶22の吸収領域で吸収される波長域にある第3光パルス以外の光は、式(11)を満たさないので、すべて半導体微結晶22に吸収され、半導体微結晶22を透過しない。ここで、真の信号光に併せて近傍に偽の光パルスを伝播させることを考える。図8の例では、信号光発生装置2bは、真の信号光である第3光パルス5dを半導体微結晶22に照射すると共に、第3光パルス5dの近傍のタイミングで偽の光パルス7を半導体微結晶22に照射する。
【0100】
上記のとおり、式(11)の条件を満たす真の信号光である第3光パルス5dは、第1光パルス3dおよび第2光パルス4dによって共鳴励起された半導体微結晶22を透過する。一方、偽の光パルス7は、式(11)の条件を満たさないので、半導体微結晶22に吸収され、半導体微結晶22を透過しない。式(11)の条件はブロッホベクトルとトルクベクトルとを平行か反平行にする条件の一例であり、この条件を秘匿すれば、真偽併せて並んだ複数の光パルスの中での真偽を秘匿することができ、望む信号だけを透過させる光スイッチを実現することができる。
【0101】
第3の実施の形態で説明したとおり、波長λ1,λ2,λ3の制御光および信号光を同時に照射してスイッチング処理することも可能である。波長λ1,λ2,λ3の光を同時に照射する代わりに、波長λ1,λ2,λ3を含む白色光を用いてもよい。
【0102】
半導体微結晶22は、個々の大きさが異なった微結晶で、光導波路21内に分布をもって分散して存在する。入射光パルスのビーム径が半導体微結晶22のサイズより大きくても、ビーム径の中にある半導体微結晶22で、励起条件に共鳴する準位構造を有する半導体微結晶22だけが選択的に励起され、光スイッチが機能する。光導波路21中に様々なサイズの半導体微結晶22を分散させることで、上で述べた光スイッチ動作を、期待する波長において行うことができる。
【0103】
なお、第1〜第3の実施の形態の光フィルターおよび第4〜第6の実施の形態の光スイッチにおいて、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システィン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、ブロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンのアミノ酸、オリゴ糖、デオキシ糖、ウロン酸、アミノ糖、糖アルコール、ラクトン、でんぷん、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、セルロース、ペクチン、グルコマンナンの糖類からなる物質の光吸収領域の波長帯を前記光パルスの波長として用いてもよく、光導波路の材料として用いてもよい。
【0104】
光導波路に吸収特性の異なった2準位系物質としてアラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システィン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、ブロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンのアミノ酸、オリゴ糖、デオキシ糖、ウロン酸、アミノ糖、糖アルコール、ラクトン、でんぷん、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、セルロース、ペクチン、グルコマンナンの糖類からなる物質を分散させてもよい。
【0105】
また、第1〜第6の実施の形態では、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスの波長について詳細に説明していないが、第1光パルスおよび第2光パルスの波長を特に規定する必要はない。すなわち、第1光パルスおよび第2光パルスの波長は、信号光である第3光パルスの波長と同じでもよいし、異なっていてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明は、光通信用光ネットワーク、光通信用回路、光制御用光回路、生体センサー、あるいは生体光信号処理のための光フィルターあるいは光スイッチに適用することができる。
【符号の説明】
【0107】
1,1a〜1c…制御光発生装置、2,2a〜2c…信号光発生装置、3,3a〜3g…第1光パルス、4,4a〜4g…第2光パルス、5,5a〜5g…第3光パルス、21…光導波路、22…半導体微結晶。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質と、
制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを前記物質に照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光発生装置と、
信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光発生装置とを備え、
前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件を満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とする光フィルター。
【請求項2】
請求項1記載の光フィルターにおいて、
前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、前記条件を満たすように、前記第1、第2、第3光パルスのパルス面積と光強度と位相とパルスの時間間隔とを制御することを特徴とする光フィルター。
【請求項3】
請求項1または2記載の光フィルターにおいて、
前記2準位系物質は、シリコン、ゲルマニウム、カドミウム、セレン、テルル、マンガン、ガリウム、砒素、インジウム、リン、炭素、ホウ素、窒素のいずれかを含む半導体であり、
前記第3光パルスの波長は、前記半導体の光吸収端よりも高エネルギーであり、前記半導体の光吸収領域にある励起準位が共鳴する波長であることを特徴とする光フィルター。
【請求項4】
請求項1または2記載の光フィルターにおいて、
前記2準位系物質は、酸化シリコンおよびシリコンで構成された光導波路中に分散して存在するナノメーターサイズの半導体微結晶であり、
前記第3光パルスの波長は、前記半導体微結晶の光吸収端よりも高エネルギーであり、前記半導体微結晶の光吸収領域にある励起準位が共鳴する波長であることを特徴とする光フィルター。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の光フィルターにおいて、
前記制御光発生装置は、波長が異なる複数の前記第1光パルスおよび波長が異なる複数の前記第2光パルスを前記物質に同時に照射し、
前記信号光発生装置は、波長が異なる複数の前記第3光パルスを前記物質に同時に照射することを特徴とする光フィルター。
【請求項6】
入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質と、
制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを前記物質に照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光発生装置と、
信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光発生装置とを備え、
前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオンの場合に満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御し、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、前記トルクベクトルと前記ブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオフの場合に満たさないように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とする光スイッチ。
【請求項7】
請求項6記載の光スイッチにおいて、
前記制御光発生装置と前記信号光発生装置とは、スイッチオンの場合に前記条件を満たすように、あるいはスイッチオフの場合に前記条件を満たさないように、前記第1、第2、第3光パルスのパルス面積と光強度と位相とパルスの時間間隔とを制御することを特徴とする光スイッチ。
【請求項8】
入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質に、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光照射ステップと、
信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光照射ステップとを備え、
前記制御光照射ステップと前記信号光照射ステップとは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件を満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とする光フィルタリング方法。
【請求項9】
請求項8記載の光フィルタリング方法において、
前記制御光照射ステップと前記信号光照射ステップとは、前記条件を満たすように、前記第1、第2、第3光パルスのパルス面積と光強度と位相とパルスの時間間隔とを制御することを特徴とする光フィルタリング方法。
【請求項10】
請求項8または9記載の光フィルタリング方法において、
前記2準位系物質は、シリコン、ゲルマニウム、カドミウム、セレン、テルル、マンガン、ガリウム、砒素、インジウム、リン、炭素、ホウ素、窒素のいずれかを含む半導体であり、
前記第3光パルスの波長は、前記半導体の光吸収端よりも高エネルギーであり、前記半導体の光吸収領域にある励起準位が共鳴する波長であることを特徴とする光フィルタリング方法。
【請求項11】
請求項8または9記載の光フィルタリング方法において、
前記2準位系物質は、酸化シリコンおよびシリコンで構成された光導波路中に分散して存在するナノメーターサイズの半導体微結晶であり、
前記第3光パルスの波長は、前記半導体微結晶の光吸収端よりも高エネルギーであり、前記半導体微結晶の光吸収領域にある励起準位が共鳴する波長であることを特徴とする光フィルタリング方法。
【請求項12】
請求項8乃至11のいずれか1項に記載の光フィルタリング方法において、
前記制御光照射ステップは、波長が異なる複数の前記第1光パルスおよび波長が異なる複数の前記第2光パルスを前記物質に同時に照射し、
前記信号光照射ステップは、波長が異なる複数の前記第3光パルスを前記物質に同時に照射することを特徴とする光フィルタリング方法。
【請求項13】
入射する光に共鳴する2準位を有する2準位系物質に、制御光である第1光パルスおよび第2光パルスを照射して、この物質の2準位を選択的に共鳴励起する制御光照射ステップと、
信号光である第3光パルスを前記物質に照射する信号光照射ステップとを備え、
前記制御光照射ステップと前記信号光照射ステップとは、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、ブロッホ空間における前記第3光パルスのトルクベクトルと、前記第1光パルスおよび第2光パルスによって共鳴励起された2準位系物質の量子状態を表すブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオンの場合に満たすように、前記第1、第2、第3光パルスを制御し、前記第3光パルスが前記物質に入射する時間において、前記トルクベクトルと前記ブロッホベクトルとが、平行か反平行である状態となる条件をスイッチオフの場合に満たさないように、前記第1、第2、第3光パルスを制御することを特徴とする光スイッチング方法。
【請求項14】
請求項13記載の光スイッチング方法において、
前記制御光照射ステップと前記信号光照射ステップとは、スイッチオンの場合に前記条件を満たすように、あるいはスイッチオフの場合に前記条件を満たさないように、前記第1、第2、第3光パルスのパルス面積と光強度と位相とパルスの時間間隔とを制御することを特徴とする光スイッチング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−133309(P2012−133309A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125398(P2011−125398)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】