説明

光偏向液晶素子、投射型ディスプレイおよびブレ補正撮像装置

【課題】応答速度が速く、2次元光偏向が可能な光偏向液晶素子を提供する。
【解決手段】第1の光偏向液晶セルは、誘電率異方性が正の液晶分子を含み電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す第1の液晶層と、第1の透明基板の面内一方向に延在する第1の三角柱状プリズムを複数含む第1のプリズム層と、を含み、第2の光偏向液晶セルは、誘電率異方性が正の液晶分子を含み電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す第2の液晶層と、第2の液晶層に電圧を印加する第3及び第4の透明電極と、前記第3の透明電極の前記第2の液晶層側または前記第3の透明基板側に形成され、前記第3の透明基板の面内一方向に延在する第2の三角柱状プリズムを複数含む第2のプリズム層と、を含み、前記第1及び第2の光偏向液晶セルは、光軸を同一にし、前記第1及び第2の三角柱状プリズムが交差するよう配置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の進行方向を変える光偏向液晶素子と、該光偏向液晶素子を用いた投射型ディスプレイおよびブレ補正撮像装置に関する。
【背景技術】
【0002】
手ブレによる写真撮影の失敗を防ぐため、従来より手ブレ補正機能を備えたカメラが開発されている。手ブレ補正方法としては、大別して、レンズ系の位置を調整するジンバルメカ方式(例えば特許文献1)や、プリズムの頂角を可変させ光軸を調整するアクティブプリズム方式(例えば特許文献2)、あるいは撮像素子の位置を光軸に合わせて移動させるCCDシフト方式(例えば特許文献3)などの光学式手ブレ補正方式と、記憶した画像情報を電子的に補正する電子式手ブレ補正方式(例えば特許文献4)がある。
【0003】
光学式手ブレ補正方式において、手ブレ補正は機械駆動系により光学部品または撮像素子を精密に調整することによりなされるため、構造が複雑となり、消費電力も大きくなる、という課題が共有されている。また、電子式手ブレ補正方式においては、画像の劣化、画像サイズの縮小、画像情報の欠落などの問題を伴う場合が多い。
【0004】
一方、液晶材料とプリズムを組み合わせて光の進行方向を制御する液晶光学素子が提案されている。特許文献5には、一対の基板の一方の内面にプリズムを形成した液晶セルを用いて、光偏向を行う技術が開示されている。電圧非印加状態と電圧印加状態とを切り替えて、液晶層の屈折率を変化させることにより、光の進行方向を変える、と記載されている。しかし、特許文献5が開示する技術では、直交する2つの偏光成分うち、一方の偏光成分しか偏向できず、さらに、所定の1方向に沿ってしか偏向できない。
【0005】
なお、特許文献6に示されるように、近年、液晶材料としてコレステリックブルー相の研究が進められており、高分子安定化処理によりコレステリックブルー相の発現温度範囲を拡大させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−131797号公報
【特許文献2】特開平05−134285号公報
【特許文献3】特開2004−048346号公報
【特許文献4】特開平07−123317号公報
【特許文献5】特開2006−147377号公報
【特許文献6】特開2003−327966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
応答速度が速く、2次元光偏向が可能な光偏向液晶素子を提供することにある。
【0008】
さらに、応答速度が速く、2次元光偏向が可能な光偏向液晶素子を用いて、構造が簡素な投射型プロジェクタおよびブレ補正撮像装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一観点によれば、
第1及び第2の光偏向液晶セルを含む光偏向液晶素子であって、
前記第1の光偏向液晶セルは、
誘電率異方性が正の液晶分子を含み電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す第1の液晶層と、
相互に対向配置され前記第1の液晶層を挟持する第1及び第2の透明基板と、
前記第1及び第2の透明基板の前記第1の液晶層側にそれぞれ形成され、前記第1の液晶層に電圧を印加する第1及び第2の透明電極と、
前記第1の透明電極の前記第1の液晶層側または前記第1の透明基板側に形成され、前記第1の透明基板の面内一方向に延在する第1の三角柱状プリズムを複数含む第1のプリズム層と、
を含み、
前記第2の光偏向液晶セルは、
誘電率異方性が正の液晶分子を含み電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す第2の液晶層と、
相互に対向配置され前記第2の液晶層を挟持する第3及び第4の透明基板と、
前記第3及び第4の透明基板の前記第2の液晶層側にそれぞれ形成され、前記第2の液晶層に電圧を印加する第3及び第4の透明電極と、
前記第3の透明電極の前記第2の液晶層側または前記第3の透明基板側に形成され、前記第3の透明基板の面内一方向に延在する第2の三角柱状プリズムを複数含む第2のプリズム層と、
を含み、
前記第1及び第2の光偏向液晶セルは、光軸を同一にし、前記第1及び第2の三角柱状プリズムが交差するよう配置される光偏向液晶素子、が提供される。
【0010】
また、本発明の他の観点によれば、
光源から発せられる光を制御して、スクリーン上に所定の像を投影する投射型ディスプレイであって、前記光源から発せられる光の光路上に、上記の光偏向液晶素子が配置される投射型ディスプレイ、が提供される。
【0011】
また、本発明の他の観点によれば、
被写体を撮像素子に結像させる撮影光学系と、前記撮影光学系における光軸のブレを検出するブレ検出部と、前記ブレ検出部からのブレ検出信号に応じて前記被写体が前記撮像素子の同一位置に結像するよう前記光軸を調整するブレ補正部と、を含むブレ補正撮像装置であって、前記ブレ補正部は、上記の光偏向液晶素子を含むブレ補正撮像装置、が提供される。
【発明の効果】
【0012】
応答速度が速く、2次元光偏向が可能な光偏向液晶素子を実現する。
【0013】
さらに、応答速度が速く、2次元光偏向が可能な光偏向液晶素子を用いた投射型プロジェクタおよびブレ補正撮像装置を実現する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明者らが提供する光偏向液晶素子の基本構成図である。
【図2】図2は、第1の光偏向液晶セルを示す断面図である。
【図3】図3は、プリズム層の斜視図、及びプリズムの断面形状の拡大図である。
【図4】図4は、ガラス基板上のプリズム層の平面図である。
【図5】図5は、ブルー相(ブルー相I)の構造を示す斜視図である。
【図6】図6は、実施例1の光偏向液晶素子を用いた投射型ディスプレイの構成例を示す概略図である。
【図7】図7は、図6の投射型ディスプレイにおける投影像の様子を示すスケッチである。
【図8】図8は、補正プリズムを組み合わせた第1の光偏向液晶セルを示す断面図である。
【図9】図9は、実施例1の光偏向液晶素子を用いたブレ補正撮像装置の構成例を示す概略図である。
【図10】図10は、第2の光偏向液晶セルを示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、本発明者らが提供する光偏向液晶素子の基本構成図である。光偏向液晶素子25は光偏向液晶セル25a,25bから構成される。光偏向液晶セル25a,25bは、それを構成するコレステリックブルー相の液晶層に電圧を印加することで、所定の一方向に光を偏向することが可能である。光偏向液晶セル25a,25bは、それぞれの光軸を同一にして配置され、例えば図中に示す座標系において、それぞれの光偏向方向がx軸方向、y軸方向に沿うよう配置される。光偏向液晶素子25により、z軸方向に進行する光20を、xy面内で2次元的に偏向させることが可能となる。光偏向液晶素子は、同一構造の光偏向液晶セルを2つ組み合わせて構成してもよい。以下ではまず、実施例1として、同一構造の光偏向液晶セルを2つ用いた光偏向液晶素子を想定し、実施例1の光偏向液晶素子に用いる第1の光偏向液晶セルの構造及び作製方法について説明する。
【0016】
図2は、第1の光偏向液晶セルを概略的に示す厚さ方向断面図である。
【0017】
透明電極2および12が形成された一対のガラス基板1および11を用意した。ガラス基板1,11は、無アルカリガラスであり、厚さはそれぞれ0.7mmtである。透明電極2,12は、インジウムスズ酸化物(ITO)であり、厚さはそれぞれ150nmである。なお、透明電極2,12は、所望の平面形状にパターニングされていることが望ましい。ITO膜は、例えば第二塩化鉄を用いたウエットエッチングや、レーザで不要なITO膜を除去する方法でパターニングできる。
【0018】
片側のガラス基板1の透明電極2上に、プリズム層3を形成した。プリズム層3は、ベース層3b上にプリズム3aが並んだ形状を有する。ベース層3bの厚さは、例えば2μm〜30μm程度である。
【0019】
図3は、プリズム層3の概略斜視図、及びプリズム3aの断面形状の拡大図である。各プリズム3aは、頂角45°、底角が45°及び90°の三角柱状であり、複数のプリズム3aが、プリズム長さ方向と直交する方向(プリズム幅方向)に並んでいる。プリズム3aの高さは約20μmであり、プリズム3aの底辺の長さ(プリズムのピッチ)は20μmである。
【0020】
図4は、ガラス基板1上のプリズム層3の概略平面図である。プリズム層3の作製方法について説明する。ガラス基板1の透明電極2上に、プリズム材料として、アクリル系UV硬化性樹脂3Rを滴下し、その上の所定位置に、プリズム層3の型が形成された金型(全体の大きさ:縦80mm×横80mm)を置き、厚手の石英部材などをガラス基板の裏側に配置して補強した状態でプレスを行った。UV硬化性樹脂3Rの滴下量は、プリズムの大きさ(プリズム形成領域の広さ)に合わせて調整した。なお、プリズム材料としては、エポキシ系の樹脂やポリイミドも使用可能である。
【0021】
プレスして1分以上放置し、UV硬化性樹脂を十分広げた後、石英部材を介してガラス基板1の裏側から紫外線を照射し、UV硬化性樹脂を硬化させた。紫外線の照射量は20J/cmとした。紫外線の照射量は、樹脂が硬化するように適宜設定すればよい。なお、ITOは紫外線を吸収するため、透明電極の膜厚が変われば紫外線照射量も変える必要があろう。なお、プリズム形成用の金型にはエア抜き用の微小な溝を形成してもよい。また、金型と基板とは真空中で重ね合わせてもよい。
【0022】
次に、プリズム層3の形成されたガラス基板1を、洗浄機で洗浄した。アルカリ洗剤を用いたブラシ洗浄、純水洗浄、エアーブロー、UV照射、及び赤外(IR)乾燥を順に行った。洗浄方法はこれに限らず、高圧スプレー洗浄やプラズマ洗浄等を行うこともできる。
【0023】
図2に戻って説明を続ける。次に、プリズム層3側のガラス基板1上に、ギャップコントロール剤を2wt%〜5wt%含んだメインシール剤16を形成した。形成方法として、スクリーン印刷やディスペンサが用いられる。プリズム3aの高さを含んだ(プリズムのベース層3bからの)液晶層15の厚さが、例えば10μm〜35μmとなるように、ギャップコントロール剤を選択した。ここでは、ギャップコントロール剤として径が45μmの積水化学製のプラスチックボールを選択し、これを三井化学製のシール剤ES−7500に4wt%添加して、メインシール剤とした。
【0024】
もう一方のガラス基板11上には、ギャップコントロール剤14として径が21μmの積水化学製のプラスチックボールを、乾式のギャップ散布機を用いて散布した。
【0025】
なお、後述するように、本発明における光偏向液晶セルは、液晶層とプリズム層の屈折率差によって光偏向の制御を行うため、セル厚は特に重要ではなく、ギャップコントロール剤はこれらに限らない。また、ここでは形成しなかったが、一方の基板1のプリズム層3上に垂直配向膜4を形成してもよく、他方の基板11の透明電極12上に垂直配向膜13を形成してもよい。垂直配向膜は、例えばポリイミドであり、フレキソ印刷等で成膜され、例えば180℃で焼成される。
【0026】
次に、両ガラス基板1、11の重ね合わせを行い、プレス機などで圧力を一定に加えた状態で熱処理することにより、メインシール剤を硬化させて、空セルを形成した。ここでは、150℃で3時間の熱処理を行った。
【0027】
次に、空セルに、液晶材料を真空注入して、液晶層15を形成した。液晶注入後、注入
口にエンドシール剤を塗布して液晶セルを封止した。なお、液晶層の形成方法は真空注入に限らず、例えばOne Drop Fill(ODF)法を用いてもよい。
【0028】
液晶層15を形成する液晶材料として、誘電率異方性Δεが正の液晶分子を含み、電圧非印加時に(所定の温度範囲で)コレステリックブルー相(以下、ブルー相と呼ぶこともある)を示すものを用いる。実施例では、フッ素系混合液晶であるJC1041−XX(チッソ製、Δn:0.142)と4−cyano−4’−pentylbiphenyl(5CB)(メルク製、Δn:0.184)を、1:1の割合で混合した混合液晶を用い、これにカイラル剤ZLI−4572(メルク製)を5.6%添加した。
【0029】
また、光重合性モノマーとして、一官能性の材料と二官能性の材料を混合した混合モノマーを添加した。具体的には、一官能性材料として、2−ethylhexylacrylate(EHA)(アルドリッチ製)を、二官能性材料としてRM257(メルク製)を用い、これらを70:30のモル比となるように混合した。
【0030】
また、光重合開始剤として、2,2−dimethoxy−2−phenylacetophenone(DMPDP)を用い、これを混合モノマーに対して5mol%となるように添加した。
【0031】
光重合開始剤を添加した光重合性混合モノマーを、カイラル剤を添加した混合液晶に対し8mol%となるように添加して、液晶層15を形成する液晶材料を調整した。
【0032】
このように形成した液晶セルを加熱すると、60℃付近の狭い温度範囲でブルー相を示した。ブルー相を示す温度に保ったまま、液晶セルに紫外線を照射し、光重合性モノマーを重合させ高分子ネットワークを形成させることにより、ブルー相の高分子安定化を行った。
【0033】
紫外線照射は、まず、1秒照射したら10秒無照射とする照射シーケンスを10回繰り返す間欠的な照射を行った。そして、間欠的な照射の後、3分間の連続的な照射を行った。紫外線強度は、30mW/cm(365nm)とした。なお、露光条件はこれに限らず、例えば、紫外線強度をもっと弱くすることもできる。ただし、光重合にかかる時間は長くなる。
【0034】
高分子安定化処理された液晶セルは、−5℃〜60℃程度の広い温度範囲でブルー相を示した。なお、高分子安定化処理によりブルー相を示す温度範囲は、使用する液晶材料やその混合比、重合条件などを調整することによりさらに拡大することが可能であろう。
【0035】
以上のようにして、第1の光偏向液晶セルを作製した。次に、この光偏向液晶セルの動作について説明する。
【0036】
第1の光偏向液晶セルは、電圧非印加時、ブルー相を示す。以下、ブルー相についての一般的な記載は、九州大学先導物質化学研究所融合材料部門ナノ組織化分野菊池研究室のホームページの解説記事(http://kikuchi-lab.cm.kyushu-u.ac.jp/kikuchilab/bluephase.html)を参照する。
【0037】
ブルー相は、光学的に等方性で、体心立方の対称性を有するブルー相I、単純立方の対称性を有するブルー相II、及び、等方性の対称性を有するブルー相IIIの3種類がある。最も低温側でブルー相Iが現れ、最も高温側でブルー相IIIが現れる。第1の光偏向液晶セルは、ブルー相Iを用いている。
【0038】
図5は、ブルー相Iの構造を示す概略斜視図である(上記解説記事による)。ブルー相では、中央付近の液晶分子については全ラテラル方向のねじれが許容された液晶分子の集合体である二重ねじれシリンダーCyを、互いに直交させて格子状に組み上げたような構造が形成されている。
【0039】
ブルー相は、光学的に等方性であるため、基板法線方向から見た液晶層の屈折率は、液晶材料の常光線屈折率noと異常光線屈折率neの平均的な値(2no+ne)/3になり、基板法線方向に進行する光線の相互に直交する偏光成分の両方に対して等しくなる。
【0040】
一方、第1の光偏向液晶セルは、電圧印加時、液晶層厚さ方向に電圧が印加され、正の誘電率異方性により、ブルー相における液晶分子のねじれ構造が解消しほぼ全ての液晶分子が基板垂直方向に立ち上がって、ホメオトロピック相を示す。ホメオトロピック相では、基板法線方向から見た液晶層の屈折率は、常光線屈折率noとなり、基板法線方向に進行する光線の相互に直交する偏光成分の両方に対して等しくなる。
【0041】
以上、第1の光偏向液晶セルの動作について説明した。次に、第1の光偏向液晶セルの基本特性について説明する。
【0042】
第1の光偏向液晶セルで用いた液晶材料の常光線屈折率noは約1.521、異常光線屈折率neは約1.683であり、プリズム層を構成するアクリル樹脂の屈折率は約1.51である。基板法線方向から見た液晶層の屈折率は、偏光方向に依らず、電圧非印加時のブルー相でnoとneの平均値の1.574程度となり、電圧印加時のホメオトロピック相でnoそのものの値の1.521となる。屈折率は、電界強度の二乗にほぼ比例して変化し、約90Vの印加電圧で飽和が見られた。したがって、液晶層の液晶分子は、電圧非印加時のブルー相から、電圧印加によって徐々に基板垂直方向に立ち上がっていき、約90Vの印加電圧でほぼ完全に立ち上がり、ホメオトロピック相になるものと考えられる。第1の光偏向液晶セルは、電圧非印加時には、液晶層とプリズム層の屈折率が顕著に異なるので、入射光をプリズム幅方向に偏向することとなる。一方、十分に高い電圧印加(90V以上)時には、液晶層とプリズム層の屈折率がほぼ同等となり、入射光をほぼ直進させることとなる。電圧非印加時にプリズムで曲げられた光の進行方向と、十分に高い電圧印加時にそのまま直進する光の進行方向との差(最大角度変化量)は、約3.2°であった。第1の光偏向液晶セルは、印加電圧に応じて屈折率を連続的に変化させることができるため、最大角度変化量の範囲内で光を1次元走査することが可能である。
【0043】
次に、第1の光偏向液晶セルの電圧印加による応答速度を室温で測定した。その結果は、立ち上がりが約200μsecであり、立ち下がりが約18μsecであった。例えば、電圧印加による応答速度がmsecオーダーの一般的なツイステッド・ネマチック相液晶に比べて、ブルー相液晶が高速に応答することがわかる。
【0044】
以上、第1の光偏向液晶セルの基本特性について確認した。実施例1の光偏向液晶素子は、この光偏向液晶セルを2つ組み合わせることにより構成される。次に、本発明者らは、実施例1の光偏向液晶素子により、光の進行方向を2次元走査する実験を行った。
【0045】
図6および図7は、実施例1の光偏向液晶素子を用いて光を2次元走査する光学系の一例と、その光学系のスクリーン上において、光が2次元走査される様子を示すスケッチである。
【0046】
図6において、凸レンズ22,24を含む光学系、光偏向液晶素子25およびスクリーン26は、光源21から発せられる光20の光路上に配置される。光源21からの光20、例えば砲弾型発光ダイオードから発せられた指向性の狭い光は、凸レンズ22により集光され、スリット23を介し凸レンズ24により平行光線に変換され、2つの光偏向液晶セル25a、25bから構成される光偏向液晶素子25を通過した後、スクリーン26に投影される。2つの光偏向液晶セル25a、25bは、共に第1の光偏向液晶セルであり、互いのプリズム長さ方向が直交するよう同一光軸上に配置される。実験では、光偏向液晶セル25aのプリズム長さ方向を図中のy軸方向に沿って配置し、光偏向液晶セル25bのプリズム長さ方向をx軸方向に沿って配置した。つまり、光偏向液晶素子25に入射する平行光線20は、光偏向液晶セル25aへの電圧印加によりx軸方向に沿って偏向し、光偏向液晶セル25bへの電圧印加によりy軸方向に沿って偏向する。光偏向液晶セル25a,25bへの電圧印加は、電圧印加制御装置27を介して行う。なお、光源は発光ダイオードに限らず、白熱電球、ハロゲン電球、高輝度放電ランプ、電界放出型光源、蛍光灯等を用いることができる。また、一般的なレーザビームの走査を用いても構わない。レーザビームの走査を用いる場合は、干渉が起こらないよう、スポット径を光偏向液晶セルにおけるプリズムのピッチよりも小さくして、隣接するプリズムを跨がないようにすることが望ましい。
【0047】
図7は、スクリーン上に投影される光の様子を示す。位置A,B,CおよびDに示す円形はスクリーン26上に投影された光(投影光)であり、位置Aの円形が光偏向液晶セル25a,25bともに十分に高い電圧を印加したときの投影光、位置Bの円形が液晶セル25aのみに十分に高い電圧を印加したときの投影光、位置Cの円形が液晶セル25bのみに十分に高い電圧を印加したときの投影光、位置Dの円形が液晶セル25a,25bともに電圧非印加のときの投影光である。なお、十分に高い電圧とは、本実験においては液晶層の屈折率変化が飽和する約90V以上の電圧をいう。
【0048】
第1の光偏向液晶セルである光偏向液晶セル25a,25bの屈折率は、上述したように、電界強度の二乗にほぼ比例して変化する。したがって、位置A〜Dを頂点に破線で囲まれるエリア26aが、光偏向液晶セル25a,25b各々に所定の電圧を印加して、投影光を走査できる範囲となる。この範囲内であれば、光偏向液晶セル各々への印加電圧の組み合わせによって自由に投影光を走査できる。例えば、第1の光偏向液晶セルに約64Vを印加したときの角度変化量は、最大角度変化量の約1/2であった。したがって、光偏向液晶セル25a,25b各々に64V程度の電圧を印加すれば、エリア26aの中央部Eに光を投影することが可能である。実験では、光偏向液晶素子25へ入射される光20はすべて所定の方向に偏向され、迷光など余分な方向に光が散ることはなかった。また、投影光の大きさや明るさなどが偏向方向によって変化するということはなかった。
【0049】
図8は、補正プリズムを組み合わせた第1の光偏向液晶セルの断面図を示す。例えば、実験の光学系において白色光を出射するような光源を用いた場合で、光偏向液晶セルを構成するプリズムの分散により投影光の色収差が目立つようであれば、図8に示すように、プリズム層3が形成されたガラス基板1の外側に補正プリズム35を形成してもよい。ガラス基板上に補正プリズムを形成する場合には、上述したプリズム層を形成する方法でも、一般的なフォトリソグラフィ及び現像処理でも形成することが可能である。なお、補正プリズムは、光偏向液晶セルと同一光軸上に配置されていればよく、ガラス基板上に形成されていなくてもよい。ただし、色収差を抑制するためにはプリズム層と近い位置に補正プリズムを配置することが好ましいであろう。
【0050】
なお、本実験において、光偏向液晶セル25a,25bの配置関係は逆であっても構わないし、プリズム長さ方向を180°反転させて電圧印加時の偏向方向をそれぞれ逆方向、つまり図7における−x方向ないし−y方向、にしても構わない。また、第1の光偏向液晶セルでは、電圧印加時にホメオトロピック相を構成する液晶層とプリズム層の屈折率が同等となる場合について説明したが、プリズム層の屈折率はこれに限らない。プリズム層に対してブルー相とホメオトロピック相とで屈折率が変化すれば、プリズムによる偏向角度が変化するので、光の進行方向を振ることができる。例えば、電圧非印加時に液晶層とプリズム層の屈折率が同等となるようにしてもよい。さらに、最大角度変化量は、プリズム斜面の角度(低角)を変化させて調整することが可能であるため、用途により適宜角度変化量を調整することは可能である。
【0051】
実験における光学系は、そのまま投射型プロジェクタに転用することが可能であろう。人間の目の時間分解能は、およそ50msec以上といわれており、この時間よりも短い光の点滅は、人間の目には連続点灯しているように知覚される(残像効果)。例えば、テレビ受信機におけるNTSC(National Television System Committee)方式の垂直同期周波数は60Hz(およそ16.6msec)であり、人間の目は連続して切り替わる静止画を残像効果により動画として認識する。NTSC方式の垂直同期周波数を基準にすると、本発明における光偏向液晶セルの応答速度は約200μsecであることから、人間の目にとって、およそ80の投影光を同時点灯しているように知覚させることが可能である。したがって、本発明の光偏向液晶素子を用いれば、情報量の少ない数字などの文字を表示する簡易な投射型プロジェクタを構成することが可能であろう。今後、光偏向液晶セルの作製条件を最適化し、応答速度を向上させれば、より情報量の多い漢字などの文字を表示することが可能となるであろう。
【0052】
さらに、応答速度の速い2次元走査可能な光偏向液晶素子は、カメラの手ブレ補正手段としての応用も考えられる。一般的に、手ブレはシャッタスピードが500μsec以上のときに生じやすいといわれている。本発明における光偏向液晶素子の応答速度は約200μsecであることから、手ブレ補正手段としての応用にも十分に対応できるであろう。
【0053】
図9は、光偏向液晶素子を含む手ブレ補正手段を備えた撮像装置の概略図である。光偏向液晶素子25は、ズームレンズ等を含む光学系47や撮像素子45と光軸43を同一にして、カメラ筐体41の中に配置される。さらに、図示は省略するが、光軸43からのブレ量を検出する手ブレ検出部と、光偏向液晶素子25を制御する電圧印加制御装置と、を備える。手ブレによりカメラ筐体41が上下左右に移動した場合には、手ブレ検出部からのブレ検出結果に応じて、電圧印加制御装置により光偏向液晶素子25へ電圧を印加する。光偏向液晶素子25により、被写体40の同一部分が撮像素子45上において同一の位置に像を結ぶよう光軸43を調整することで、手ブレ補正が可能となる。光偏向液晶素子を用いた手ブレ補正手段は、レンズを含む光学系や撮像素子などの物理的移動を伴わないため、構造の簡素化、手ブレ補正精度の向上、消費電力の低減に寄与するであろう。なお、撮像素子上における光軸の調整範囲を大きくするため、光偏向液晶素子は、ズームレンズを含む光学系よりも被写体側に配置したほうが好ましいであろう。角度変化量が足りず手ブレ量を吸収できないような場合には、従来の光学式手ブレ補正方式であるジンバルメカ方式、アクティブプリズム方式およびCCDシフト方式を併用しても良いだろう。
【0054】
なお、第1の光偏向液晶セル、ないしそれを含む実施例1の光偏向液晶素子は、以上の応用に限らず、一般に、光の進行方向を変える用途に応用することができる。例えば、各種照明装置、車両用灯具、ヘッドアップディスプレイ、3次元表示ディスプレイ等への応用が考えられる。なお、高速スイッチングが可能であるので、ビデオフレーム(倍速にも)対応できると期待される。
【0055】
次に、実施例2について説明する。まず、実施例2の光偏向液晶素子を構成する第2の光偏向液晶セルの構造及び作製方法について説明する。
【0056】
図10は 第2の光偏向液晶セルを概略的に示す厚さ方向断面図である。以下、第1の光偏向液晶セルとの違いについて説明する。第2の光偏向液晶セルでは、プリズム層3側のガラス基板31上に、透明電極を介さずに、プリズム層3が形成される。プリズム層3は、第1の光偏向液晶セルと同様にして形成できる。
【0057】
第2の光偏向液晶セルでは、透明電極32が、プリズム層3の(液晶層側)上方に形成される。まず、プリズム層3を形成したガラス基板31を、第1の光偏向液晶セルと同様にして洗浄する。ここで、透明電極32(ITO膜)の密着性を向上させるため、プリズム層3上にSiO膜33を形成することができる。SiO膜33は、例えば、基板温度を80℃とし、スパッタリング(交流放電)で、厚さ50nm形成する。
【0058】
次に、SiO膜33上に、例えば、基板温度を100℃とし、スパッタリング(交流放電)で、厚さ100nmのITO膜を形成して、透明電極32とする。SUSマスク、高温耐熱テープ等で不要部分をマスクすることにより、所望の部分に選択的にITO膜を成膜することができる。ITO膜の成膜後、ITO膜の透明性及び導電性向上のため例えば220℃で1時間の焼成を行う。
【0059】
なお、成膜方法として、スパッタリングの他に、真空蒸着、イオンビーム法、化学気相堆積(CVD)等を用いることもできる。この場合も、ITO膜の透明性及び導電性向上のため例えば220℃、1時間程度の焼成を行うことが好ましい。
【0060】
次に、透明電極32を形成したガラス基板31を、洗浄機で洗浄する。例えば、アルカリ洗剤を用いたブラシ洗浄、純水洗浄、エアーブロー、UV照射、及び赤外(IR)乾燥を順に行う。洗浄方法はこれに限らず、高圧スプレー洗浄やプラズマ洗浄等を行うこともできる。
【0061】
対向側のガラス基板11は、透明電極12が形成されたものである。透明電極12のITO膜は、レーザで不要なITO膜を除去してパターニングされている。第1の光偏向液晶セルと同様に、両基板11、31を重ねて空セルを形成し、液晶層15を形成して、第2の光偏向液晶セルを作製する。なお、必要に応じて、透明電極32上の配向膜4、透明電極12上の配向膜13を形成することもできる。
【0062】
液晶層15は、第1の光偏向液晶セルと同様なものであり、電圧非印加時にブルー相を示す。さらに、第1の光偏向液晶セルと同様にして、ブルー相の高分子安定化を行う。このようにして、第2の光偏向液晶セルが作製される。
【0063】
第2の光偏向液晶セルの基本特性を説明する。第2の光偏向液晶セルも第1の光偏向液晶セルと同様に、液晶層への印加電圧に応じて連続的に屈折率を変化させることが可能である。第2の光偏向液晶セルでは、屈折率は、印加電圧19Vで飽和した(最大の角度変化量は約3.2°であった)。第2の光偏向液晶セルは、プリズム層上に透明電極を形成するため、第1の光偏向液晶セル(90Vで飽和)よりも低い電圧で駆動できることがわかった。また、液晶分子の立ち上がりと立ち下がりの応答速度を、室温で測定したところ、立ち上がりが約300μsecであり、立ち下がりが約16μsecであった。第1の光偏向液晶セルと同様に、高速応答の光偏向液晶セルが得られた。
【0064】
以上、第2の光偏向液晶セルの基本特性を説明した。つづき、図1に示す光偏向液晶素子の基本構成図のように、第2の光偏向液晶セルのプリズム長さ方向を互いに直交するよう組み合わせれば、実施例2の光偏向液晶素子を作製することができる。実施例2の光偏向液晶素子が、実施例1の光偏向液晶素子で示した同様の応用例に適応可能であることは自明である。
【0065】
さらに、実施例3の光偏向液晶素子として、第1の光偏向液晶セルと、第2の光偏向液晶セルを組み合わせて構成しても、実施例1の光偏向液晶素子と同様の応用例が可能であろう。
【0066】
以上、実施例1〜3として本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0067】
1 ガラス基板、
2 透明電極、
3 プリズム層、
4 垂直配向膜、
11 ガラス基板、
12 透明電極、
13 垂直配向膜、
14 ギャップコントロール剤、
15 液晶層、
16 メインシール剤、
21 砲弾型LED、
25 光偏向液晶素子、
26 スクリーン、
27 制御装置、
31 ガラス基板、
32 透明電極、
33 SiO膜、
41 カメラ筐体、
43 光軸、
45 撮像素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1及び第2の光偏向液晶セルを含む光偏向液晶素子であって、
前記第1の光偏向液晶セルは、
誘電率異方性が正の液晶分子を含み電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す第1の液晶層と、
相互に対向配置され前記第1の液晶層を挟持する第1及び第2の透明基板と、
前記第1及び第2の透明基板の前記第1の液晶層側にそれぞれ形成され、前記第1の液晶層に電圧を印加する第1及び第2の透明電極と、
前記第1の透明電極の前記第1の液晶層側または前記第1の透明基板側に形成され、前記第1の透明基板の面内一方向に延在する第1の三角柱状プリズムを複数含む第1のプリズム層と、
を含み、
前記第2の光偏向液晶セルは、
誘電率異方性が正の液晶分子を含み電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す第2の液晶層と、
相互に対向配置され前記第2の液晶層を挟持する第3及び第4の透明基板と、
前記第3及び第4の透明基板の前記第2の液晶層側にそれぞれ形成され、前記第2の液晶層に電圧を印加する第3及び第4の透明電極と、
前記第3の透明電極の前記第2の液晶層側または前記第3の透明基板側に形成され、前記第3の透明基板の面内一方向に延在する第2の三角柱状プリズムを複数含む第2のプリズム層と、
を含み、
前記第1及び第2の光偏向液晶セルは、光軸を同一にし、前記第1及び第2の三角柱状プリズムが交差するよう配置される光偏向液晶素子。
【請求項2】
前記第1及び第2の光偏向液晶セルは、光軸を同一にし、前記第1及び第2の三角柱状プリズムが互いに直交するよう配置される請求項1記載の光偏向液晶素子。
【請求項3】
さらに、前記第1の光偏向液晶セルにおいて、前記第1のプリズム層若しくは前記第1の透明電極と、前記第2の透明電極の少なくとも一方の前記第1の液晶層側に第1の垂直配向膜を含む請求項1または2記載の光偏向液晶素子。
【請求項4】
さらに、前記第2の光偏向液晶セルにおいて、前記第2のプリズム層若しくは前記第3の透明電極と、前記第4の透明電極の少なくとも一方の前記第2の液晶層側に第2の垂直配向膜を含む請求項1〜3いずれか1項記載の光偏向液晶素子。
【請求項5】
さらに、前記第1及び第2の三角柱状プリズムの分散を補正する補正プリズムが、前記第1及び第2の光偏向液晶セルの同一光軸上に配置される請求項1〜4いずれか1項記載の光偏向液晶素子。
【請求項6】
前記第1及び第2の液晶層は、高分子ネットワークを一部に形成し、高分子安定化している請求項1〜5いずれか1項記載の光偏向液晶素子。
【請求項7】
前記第1及び第2の液晶層がホメオトロピック相であるときの屈折率は、前記第1及び第2のプリズム層の屈折率とそれぞれ同等である請求項1〜6いずれか1項記載の光偏向液晶素子。
【請求項8】
光源から発せられる光を制御して、スクリーン上に所定の像を投影する投射型ディスプレイであって、前記光源から発せられる光の光路上に、請求項1〜7いずれか1項記載の光偏向液晶素子が配置される投射型ディスプレイ。
【請求項9】
被写体を撮像素子に結像させる撮影光学系と、前記撮影光学系における光軸のブレを検出するブレ検出部と、前記ブレ検出部からのブレ検出信号に応じて前記被写体が前記撮像素子の同一位置に結像するよう前記光軸を調整するブレ補正部と、を含むブレ補正撮像装置であって、前記ブレ補正部は、請求項1〜7いずれか1項記載の光偏向液晶素子を含むブレ補正撮像装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−73370(P2012−73370A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−217581(P2010−217581)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000002303)スタンレー電気株式会社 (2,684)
【Fターム(参考)】