説明

光変調素子および空間光変調器

【課題】スピン注入磁化反転素子による、光変調度を向上させた光変調素子を提供する。
【解決手段】光変調素子1は、垂直磁化異方性を有する磁化固定層11、中間層12、および垂直磁化異方性を有する磁化自由層13、の順に積層したスピン注入磁化反転素子構造を備え、上下に接続された一対の電極2,3を介して電流を供給されることにより前記磁化自由層13の磁化方向を変化させる。磁化自由層13は、組成がGd:19〜27at%、Fe:73〜81at%であるGd−Fe合金からなり、飽和磁化が50〜250emu/ccであることを特徴とする。磁気光学効果の大きいGdFe合金においてFeを多く含有することで、磁化方向の安定性を保持しつつ反転電流を低減することができ、磁化自由層13の厚膜化による光変調度のさらなる拡大を可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入射した光を磁気光学効果により光の位相や振幅等を空間的に変調して出射する空間光変調器に用いる光変調素子、およびこれを用いた空間光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
空間光変調器は、画素として光学素子(光変調素子)を用い、これを2次元アレイ状に配列して光の位相や振幅等を空間的に変調するものであって、ホログラフィー装置等の露光装置、ディスプレイ技術、記録技術等の分野で広く利用されている。また、2次元で並列に光情報を処理することができることから光情報処理技術への応用も研究されている。空間光変調器として、従来より液晶が用いられ、表示装置として広く利用されている(非特許文献1)が、ホログラフィーや光情報処理用としては、応答速度や画素の高精細性が不十分であるため、近年では、高速処理かつ画素の微細化の可能性が期待される磁気光学材料を用いた磁気光学式空間光変調器の開発が進められている(例えば、特許文献1〜4)。
【0003】
磁気光学式空間光変調器(以下、単に空間光変調器という。)においては、磁気光学材料すなわち磁性体に入射した光が透過または反射する際にその偏光の向きを変化させて出射する、ファラデー効果(反射の場合はカー効果)を利用している。すなわち、選択された画素(選択画素)における光変調素子の磁化方向とそれ以外の画素(非選択画素)における光変調素子の磁化方向を異なるものとして、選択画素から出射した光と非選択画素から出射した光で、その偏光の回転角(旋光角)に差を生じさせる。光変調素子の磁化方向を変化させる方法として、光変調素子に磁界を印加する磁界印加方式(特許文献1,2)の他に、近年では光変調素子にスピンを注入するスピン注入方式(特許文献3,4)がある。
【0004】
磁界印加方式の光変調素子は、具体的には磁性ガーネット膜で形成され、画素毎の光変調素子に磁界を印加するために、電極配線を、当該光変調素子への入射光および出射光を遮らないように各画素の光変調素子の周縁に張り巡らせて光変調素子の周囲に電流を供給している。しかし、配線を画素間の光変調素子の外周に沿って配する構造となっているために、数μm以下の微細な画素を形成することが困難であり、また、電流による合成磁界を利用するために、さらなる画素の微細化を行うと隣接画素へのクロストークが大きくなるという問題がある。
【0005】
一方、スピン注入方式の光変調素子は、CPP−GMR(Current Perpendicular to the Plane Giant MagnetoResistance:垂直通電型巨大磁気抵抗効果)素子やTMR(Tunnel MagnetoResistance:トンネル磁気抵抗効果)素子のような、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)にも適用されるスピン注入磁化反転素子を適用することができる。一般的に、スピン注入磁化反転素子は、非磁性層を挟んだ2つの磁性層からなる少なくとも3層の積層構造で、上下に一対の電極を接続して膜面に垂直に電流を供給することによりスピンが注入され、磁性層の1つ(磁化自由層)の磁化方向が変化するスピン注入磁化反転(以下、適宜磁化反転という)が起きる(非特許文献2参照)。光変調素子の上および下に電極を配置するため、インジウム−スズ酸化物(Indium Tin Oxide:ITO)等の透明電極材料を使用して、光が電極を透過して光変調素子に入射するように構成される。そして、スピン注入磁化反転素子は一辺が数十nm〜数百nm程度の微小な素子で好適に駆動するため、画素の1μm以下の微細化が容易である。
【0006】
さらにこれらのスピン注入磁化反転素子について、従来は膜面方向の磁化を示す磁性材料について研究されていたが、最近では、MRAMの、よりいっそうの大容量化および省電力化のために、さらなる微細化が可能で、かつ磁化反転に要する電流(反転電流)を低減できる、膜面に垂直方向の磁化を示す(垂直磁気異方性を有する)磁性材料が研究されている(例えば、特許文献4)。光変調素子においても、垂直磁気異方性を有するスピン注入磁化反転素子は、画素のいっそうの微細化、高速応答、および省電力化を可能とし、さらに膜面にほぼ垂直に光を入射することにより、極カー効果で旋光角が大きくなり、光変調度を高くすることができるのでより好ましい。さらに、光変調素子として光変調度の高い、すなわち旋光角を大きくするためのファラデー効果やカー効果(以下、適宜両者をまとめて磁気光学効果と称する)の大きい磁性材料が研究され、磁気光学効果の大きい垂直磁気異方性材料として、Gd−Fe系合金が知られている(例えば、非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−70101号公報
【特許文献2】特開2005−221841号公報
【特許文献3】特開2008−83686号公報
【特許文献4】特開2009−265561号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】T.Sonehara, H.Miura, and J.Amako, “Moving 3D-CGH Reconstruction Using a Liquid Crystal Spatial Wavefront Modulator”, the 12th International Display Research Conference, 1992, pp.315-318
【非特許文献2】E.B.Mayer, D.C.Ralph, J.A.Katine, R.N.Louie, R.A.Buhrman, “Current-induced switching of domains in magnetic multilayer devices”, Science, 1999, Vol.285, pp.867-870
【非特許文献3】K.Aoshima et.al, “Magneto-optical and spin-transfer switching properties of current-perpendicular-to plane spin valves with perpendicular magnetic anisotropy.”, IEEE Transactions on Magnetics, 2008, Vol.44, No.11, pp.2491-2495
【非特許文献4】Landolt-Bornstein Group3, Vol.19, “Magnetic Properties of Metals”, Springer-Verlag, 1988, p.218
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、スピン注入磁化反転素子において磁化反転させることができる部分である磁化自由層は、通常、厚さ数nm程度の極薄膜であり、厚膜化すると比例して磁化反転すべき体積が増大するために、反転電流が大きくなり、さらには磁化反転が困難となる。したがって、スピン注入磁化反転素子は、磁気光学効果の大きい磁性材料を適用しても、厚さ2〜3μm程度の磁性ガーネット膜からなる磁界印加方式の光変調素子と比較して光変調度が著しく低く、光変調素子としては改良の余地がある。
【0010】
本発明は前記問題点に鑑み創案されたもので、空間光変調器の画素に用いるための高精細かつ高速応答の可能なスピン注入磁化反転素子による光変調度を向上させた光変調素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、本発明者らは、垂直磁気異方性材料の中でも磁気光学効果は大きいGd−Fe合金をスピン注入磁化反転素子の磁化自由層に適用することとした。Gd−Fe合金は、磁化自由層としての保磁力を確保し、かつ飽和磁化を小さくして垂直磁気異方性を示すようにするために、従来、補償組成付近の組成で適用されている。しかし、Gd−Fe合金のFeを増大させることで垂直磁気異方性が増加する(非特許文献4参照)ことから、補償組成に対してFeを増大させて解析した結果、特定の範囲までであれば磁化方向の安定性が確保されることを知得し、さらに反転電流が小さくなるために、通常の磁化自由層よりも厚膜化することが可能となることに至った。
【0012】
すなわち、本発明に係る光変調素子は、垂直磁化異方性を有する磁化固定層と、中間層と、垂直磁化異方性を有する磁化自由層とを積層したスピン注入磁化反転素子構造を備え、上下に接続された一対の電極を介して電流を供給されることにより前記磁化自由層の磁化方向を変化させて、入射した光をその偏光方向を変化させて出射するものである。そして、この光変調素子において、前記磁化自由層は、組成がGd:19〜27at%、Fe:73〜81at%であるGd−Fe合金からなり、飽和磁化が50〜250emu/ccであることを特徴とする。
【0013】
かかる構成により、光変調素子は、磁化自由層が組成を限定されたGd−Fe合金からなり、さらに飽和磁化が限定されていることで、磁化方向が安定し、さらに当該磁化自由層が厚膜化されて光変調度を向上させることができる。
【0014】
また、本発明に係る空間光変調器は、基板と、この基板上に2次元配列された複数の画素と、前記複数の画素から1つ以上の画素を選択する画素選択手段と、この画素選択手段が選択した画素に所定の電流を供給する電流供給手段と、を備えて、前記画素選択手段が選択した画素に入射した光の偏光方向を特定の方向に変化させて出射するものである。そして、前記空間光変調器は、前記画素が、前記本発明に係る光変調素子と、この光変調素子の上下に接続された一対の電極と、を備えることを特徴とする。
【0015】
かかる構成により、空間光変調器は、画素に光変調度が高くかつ微細化可能な光変調素子を備えることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る光変調素子によれば、高精細と高速応答とを同時に可能とするスピン注入磁化反転素子を適用し、さらに安定した動作を保持しつつ光変調度の高い空間光変調器の画素とすることができる。また、本発明に係る空間光変調器によれば、高精細でコントラストを大きくすることができ、また画素選択動作が安定する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態に係る光変調素子の断面の構成を示す模式図である。
【図2】(a)、(b)は、本発明に係る光変調素子の動作を説明する模式図である。
【図3】本発明に係る光変調素子を用いた空間光変調器の構成を示す平面模式図である。
【図4】図3に示す空間光変調器を用いた表示装置の模式図で、図3のA−A断面図に対応する図である。
【図5】実施例の光変調素子の積層構造のサンプルによる、磁化自由層を形成するGdFe合金の磁気特性を示すグラフであり、(a)は飽和磁化のFe含有率依存性、(b)は保磁力のFe含有率依存性、(c)は飽和磁化の膜厚依存性、(d)は保磁力の膜厚依存性を示す。
【図6】実施例の光変調素子の積層構造のサンプルのカー回転角を示すグラフであり、(a)は磁化自由層を形成するGdFe合金のFe含有率依存性、(b)は磁化自由層の膜厚依存性を示す。
【図7】実施例の光変調素子に係るGMR素子の磁化反転特性を示す電流に対する抵抗変化のグラフであり、磁化自由層の組成が(a)はGd27.5Fe72.5、(b)はGd24.4Fe75.6、(c)はGd21.7Fe78.3、(d)はGd19.7Fe80.3を示す。
【図8】実施例の光変調素子に係るGMR素子の反転電流密度の、磁化自由層を形成するGdFe合金のFe含有率依存性を示すグラフである。
【図9】実施例の光変調素子に係るGMR素子による、磁化自由層の磁化反転に関する指標について、GdFe合金のFe含有率依存性を示すグラフであり、(a)はパルス電流のパルス幅が1nsの場合の反転電流密度、(b)は熱安定性指標を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る光変調素子および空間光変調器を実現するための形態について図を参照して説明する。
【0019】
[光変調素子]
本発明の実施形態に係る光変調素子1は、図1に示すように、磁化固定層11、中間層12、磁化自由層13、保護層14の順に積層された構成であり、一対の電極である上部電極2と下部電極3(以下、適宜電極2,3)に上下で接続されて、膜面に垂直に電流を供給される。光変調素子1は、磁化が一方向に固定された磁化固定層11および磁化の方向が回転可能な磁化自由層13を、非磁性導体または絶縁体である中間層12を挟んで備えたCPP−GMR(Current Perpendicular to the Plane Giant MagnetoResistance:垂直通電型巨大磁気抵抗)素子やTMR(Tunnel MagnetoResistance:トンネル磁気抵抗)素子等のスピン注入磁化反転素子である。さらに、製造工程におけるダメージからこれらの層を保護するためおよび上面(磁化自由層13)の酸化防止のために、最上層に保護層14が設けられている。また、磁化固定層11の下に、下部電極3との密着性や薄膜の結晶配向性等を向上させるために、金属膜からなる下地層(図示せず)を設けてもよい。光変調素子1を構成する各層は、下部電極3を形成された上に、例えばスパッタリング法や分子線エピタキシー(MBE)法等の公知の方法で連続的に成膜されて積層され、電子線リソグラフィおよびイオンビームミリング法等で所望の平面視形状に加工される。光変調素子1の平面視形状は限定されないが、一辺が100〜500nm程度の矩形またはこれに相当する大きさの形状であれば、磁化固定層11および磁化自由層13がそれぞれ単磁区を形成し易く好ましい。以下、光変調素子1を構成する各層の詳細を説明する。
【0020】
磁化固定層11は、垂直磁気異方性を有するCPP−GMR素子やTMR素子等の磁化固定層として公知の磁性材料にて構成することができ、その厚さは8〜30nmとすることが好ましい。具体的にはFe,Co,Niのような遷移金属およびそれらを含む合金、例えばTbFe系、TbFeCo系、CoCr系、CoPt系、CoPd系、FePt系の合金が挙げられる。また、磁化固定層11は、これらの遷移金属の膜と非磁性金属の膜とを交互に積層した多層膜で構成してもよく、Co/Pt,Fe/Pt,Co/Pd等の多層膜が挙げられる。これらの材料で構成することで、強い垂直磁気異方性を有し、また大きな保磁力を有する磁化固定層11とすることができる。磁化固定層11は、これらの単層または多層膜にさらに、中間層12との界面側に、CoFe合金等の遷移金属または遷移金属を含む合金からなる厚さ0.1〜1nmの層を、積層してもよい。あるいは、前記多層膜においては、Fe,Coの膜を中間層12との界面側に積層する。磁化固定層11と中間層12との界面に遷移金属の膜を配置することで当該界面でのスピン偏極率を高くして、中間層12を介して磁化自由層13へ注入するスピンによるスピントルクが増大するため、反転電流を低減することができる。
【0021】
中間層12は、磁化固定層11と磁化自由層13との間に設けられる。光変調素子1がCPP−GMR素子であれば、中間層12は、Cu,Au,Agのような非磁性金属からなり、その厚さは3〜20nm程度である。また、光変調素子1がTMR素子であれば、中間層12は、MgO,Al23,HfO2のような絶縁体や、Mg/MgO/Mgのような絶縁体を含む積層膜からなり、その厚さは0.5〜3nm程度である。光変調素子1は、反射型の空間光変調器に適用される場合は、特にAgからなる厚さ3〜15nmの中間層12を設けたCPP−GMR素子とすることが好ましい。
【0022】
磁化自由層13は遷移金属(TM)と希土類金属(RE)との合金(RE−TM合金)の一種であるGd−Fe合金(以下、GdFe合金)で形成され、その組成は、Gd:19〜27at%、Fe:73〜81at%とする(Gd,Feの含有率の合計は100at%)。遷移金属であるFeが一方向(+z方向とする)の磁気モーメントを示すのに対し、Gdは、この一方向の逆方向(−z方向)の磁気モーメントを示す。RE−TM合金は、スピン注入磁化反転素子の磁性層として適用する場合には、通常、TM,REのそれぞれの磁気モーメントが相殺される組成(補償組成)に対して僅かにREが多い組成として、当該RE−TM合金全体として飽和磁化の小さい−z方向の磁気モーメントとして、容易に垂直磁気異方性を示すようにし、かつ必要な保磁力を確保している。しかしながら、GdFe合金については、このような補償組成付近では、他のRE−TM合金と比較して保磁力が小さいにもかかわらず、磁化自由層に適用した場合の反転電流は小さくはなく、他のRE−TM合金と同様に厚膜化は困難である。本発明に係る光変調素子1の磁化自由層13に適用されるGdFe合金においては、Feの含有率を73at%以上として、全体として+z方向の磁気モーメントを示すようにする。好ましくは78at%以上である。また、GdFe合金は、波長780nm近傍の光に対する磁気光学効果が大きく、Feの含有率が多くなると、依存性は小さいが、磁気光学効果がさらに向上する。一方、GdFe合金は、Feの含有率が81at%を超えると、Feの+z方向の磁気モーメントが支配的になって飽和磁化が過大となり、垂直磁気異方性を示さなくなる。このような組成を限定したGdFe合金は、例えばスパッタリング法にて成膜する場合は、磁化自由層13の所望の組成に対応した組成のGdFe合金からなるターゲットを用いればよい。なお、ターゲットの組成と形成される膜の組成とは必ずしも一致しないので、予め調査した上でターゲットの組成を決定する。
【0023】
磁化自由層13は、飽和磁化が50〜250emu/ccとなるように、GdFe合金の組成を前記範囲で制御し、また膜厚を制御する。飽和磁化は体積あたりのパラメータであるので原則として膜厚に依存しないが、磁化自由層13のように数十nm以下の薄膜では、中間層12との界面のミキシングや表面(界面)粗さに影響され易くなると考えられ、薄くなるほど膜厚に強く依存して飽和磁化が変化するようになる。磁化自由層13の飽和磁化は、Feの含有率が補償組成を超える73at%以上において、Feの含有率に比例する。飽和磁化が50emu/cc未満では、Feの+z方向の磁気モーメントが不十分である。また、保磁力は飽和磁化に反比例するため、磁化自由層13の飽和磁化が小さいと保磁力が大きくなって、磁化反転し難くなる。したがって、磁化自由層13を形成するGdFe合金は、Feの含有率を多くして、飽和磁化を50emu/cc以上とし、好ましくは100emu/cc以上である。一方、磁化自由層13は、飽和磁化が250emu/ccを超えると過大であり、前記した通り、垂直磁気異方性を示さなくなる。
【0024】
磁化自由層13は、膜厚が厚くなるとファラデー回転角が比例して大きくなり、光変調度が高くなるため、膜厚8nm以上が好ましい。一方、GdFe合金は、膜厚30nm程度以上になると、光が透過せずに表面で反射するようになるため、旋光角が膜厚に依存しないカー回転角になり、50nmを超えて厚くしても、光変調度のさらなる向上の効果は得られない。したがって、磁化自由層13は、膜厚50nm以下が好ましい。
【0025】
保護層14は、Ta,Ru,Cuの単層、または、Cu/Ta,Cu/Ruの2層等(Cuが内側(磁化自由層13側))から構成され、特にRuが好ましい。保護層14の厚さは、1nm未満であると連続した膜を形成し難く、一方、10nmを超えて厚くすると、光変調素子1の上方からの入射光の透過光量を減衰させるため、1〜10nmとすることが好ましく、3〜5nmとすることがさらに好ましい。
【0026】
次に、光変調素子1の磁化反転の動作を、図2を参照して説明する。なお、図2において保護層14は図示を省略する。スピン注入磁化反転素子である光変調素子1は、逆方向のスピンを持つ電子を注入することにより、すなわち電流を反対向きに供給することにより、磁化自由層13の磁化方向を反転させて、磁化固定層11の磁化方向と同じ方向または180°異なる方向にする。具体的には、図2(a)に示すように、上部電極2を「+」、下部電極3を「−」にして、磁化自由層13側から磁化固定層11へ電流を供給すると、磁化自由層13の磁化は磁化固定層11の磁化方向と同じ方向になる。以下、この状態を光変調素子1の磁化が平行である(P:Parallel)という。反対に、図2(b)に示すように、上部電極2を「−」、下部電極3を「+」にして、磁化固定層11側から磁化自由層13へ電流を供給すると、磁化自由層13の磁化は磁化固定層11の磁化方向と逆方向になる。以下、この状態を光変調素子1の磁化が反平行である(AP:Anti-Parallel)という。なお、光変調素子1に供給する電流の大きさは反転電流以上とする必要があるが、より小さいことが好ましく、電流密度で1×105〜2×107A/cm2であることが好ましい。
【0027】
光変調素子1に入射した光が磁性体である磁化自由層13を透過(または表面で反射)すると、磁気光学効果により、光はその偏光の向きが変化(旋光)して出射する。さらに、磁性体の磁化方向が180°異なると、当該磁性体の磁気光学効果による旋光の向きは反転する。したがって、図2(a)、(b)にそれぞれ示す、磁化が平行、反平行である、すなわち磁化自由層13の磁化方向が互いに180°異なる光変調素子1における旋光角は、互いに異なる角度(向きも含める)となる。本実施形態では、光変調素子1に入射した光は、磁化自由層13を透過し、中間層12の表面(磁化自由層13と中間層12との界面)で反射して、再び磁化自由層13を透過して光変調素子1から出射する。したがって、光はファラデー回転にて旋光するが、本明細書では、このような場合は光が光変調素子1に反射したとして、旋光角をカー回転角と表し、その角度の大きさをθkとする。すなわち図2(a)、(b)に示す光変調素子1に反射した光は、それぞれ+θk,−θkの角度で旋光する。このように、光変調素子1は、その出射光の偏光の向きを、供給される電流の向きに応じて変化させることで後記の空間光変調器等の画素として機能する。
【0028】
光変調素子1の磁化が平行、反平行いずれかの磁化を示しているとき、その磁化を反転させる電流が供給されるまでは当該磁化の状態が保持される、すなわち電流の供給が停止された状態でも磁化自由層13は磁化方向が一定に保持される必要がある。また、連続電流を供給されると、光変調素子1がジュール熱で加熱されて磁化反転動作に影響する虞があるので、パルス電流のように磁化方向を反転させる電流値に一時的に到達する電流を用いることができるようにするためである。そのため、一般的なスピン注入磁化反転素子においては、磁化自由層の保磁力を0.2kOe程度以上としている。GdFe合金は、前記した通り補償組成付近の組成としても保磁力が比較的小さく、本発明に係る光変調素子1の磁化自由層13においては、補償組成に対してある程度Feを多くして飽和磁化を大きくしたために、保磁力がさらに小さく、厚膜化しても0.2kOeに満たない場合がある。しかし、磁化自由層は、熱安定性指標E0/kBTが十分に大きければ、磁化方向が一定に保持される。E0は、磁化自由層における磁化反転経路でのエネルギーバリアであり、磁化自由層の磁気異方性エネルギーおよび体積に比例する。kBはボルツマン定数、Tは絶対温度である。
【0029】
磁化自由層の熱安定性指標E0/kBTは、一般的に、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)のメモリセル等に使用するスピン注入磁化反転素子において、磁化自由層の磁化方向をデータとして長期間記憶することが可能であるかを判定する指標であり、実用上、40以上が推奨され、50以上であれば10年間以上の記憶の保持が可能であるとされる(参考文献1:J.M.Slaughter, et.al, “Toggle and spin-torque MRAM: status and outlook”, Magnetics Japan, 2010, Vol.5, No.4)。これに対して、本発明に係る光変調素子1は、空間光変調器に使用されて、磁化自由層13の磁化方向により画素の表示を行うもので、短時間でデータが書き換えられる(磁化反転させる)ものである。したがって、磁化自由層13は、MRAMのメモリセルのような長期の磁化方向を保持するための40以上もの熱安定性指標E0/kBTは必要としないといえる。
【0030】
磁気光学効果の大きさは、入射光の波数ベクトルと磁性体の磁化ベクトルとのスカラー積に比例する。すなわち磁化自由層13のカー回転角θk(またはファラデー回転角)は、光の入射角が磁化自由層13の磁化方向に平行に近いほど大きくなる。磁化自由層13は垂直磁気異方性、すなわち膜面に垂直な方向の磁化を有するので、垂直に(入射角0°で)光を入射することが最も好ましく、極カー効果により、大きなカー回転角θkが得られる。
【0031】
以上のように、本発明に係る光変調素子によれば、高精細かつ高速応答とすることが可能な垂直磁気異方性を有するスピン注入磁化反転素子に磁気光学効果の大きい材料を用いて、光変調度を向上させた光変調素子とすることができる。
【0032】
[空間光変調器]
次に、前記の本発明に係る光変調素子を画素に備える空間光変調器について、図面を参照してその実施形態を説明する。なお、本明細書における画素とは、空間光変調器による表示の最小単位での情報(明/暗)を表示する手段を指す。
【0033】
本発明の一実施形態に係る空間光変調器10は、図3に示すように、基板7と、基板7上に2次元アレイ状に配列された画素4からなる画素アレイ40と、画素アレイ40から1つ以上の画素4を選択して駆動する電流制御部80を備える。なお、本明細書における平面(上面)は空間光変調器10の光の入射面であり、空間光変調器10は画素4(画素アレイ40)に上方から入射した光を反射してその光を変調して上方へ出射する反射型の空間光変調器である。
【0034】
図3に示すように、画素アレイ40は、平面視でストライプ状の複数の上部電極2,2,…と、同じくストライプ状で、平面視で上部電極2と直交する複数の下部電極3,3,…と、を備え、上部電極2と下部電極3との交点毎に1つの画素4を設ける。したがって、画素4は、空間光変調器10の光の入射面に、2次元アレイ状に配列されて画素アレイ40を構成する。本実施形態では、画素アレイ40は、4行×4列の16個の画素4からなる構成で例示される。なお、上部電極2と下部電極3は、適宜、両者をまとめて電極2,3と称する。そして、図3および図4に示すように、画素4は、当該画素4における一対の電極としての上部電極2および下部電極3と、これらの電極2,3に上下から挟まれた光変調素子1を備える。また、図4において、光変調素子1の保護層14(図1参照)は図示を省略する。また、隣り合う上部電極2,2間、光変調素子1,1間、および下部電極3,3間には、絶縁部材6が形成されている。
【0035】
図3に示すように、電流制御部80は、上部電極2を選択する上部電極選択部82と、下部電極3を選択する下部電極選択部83と、これらの電極選択部82,83を制御する画素選択部(画素選択手段)84と、電極2,3に電流を供給する電源(電流供給手段)81と、を備える。これらはそれぞれ公知のものでよく、光変調素子1を磁化反転させるために適正な電圧・電流を供給するものとする。
【0036】
上部電極選択部82は上部電極2の1つ以上を選択し、下部電極選択部83は下部電極3の1つ以上を選択するために、それぞれ複数のスイッチング素子から構成され、選択した電極2,3に電源81から所定の電流を供給させる。画素選択部84は、例えば図示しない外部からの信号に基づいて画素アレイ40の特定の1つ以上の画素4を選択し、選択した画素4に接続する電極2,3を電極選択部82,83に選択させる。電源81は、選択した画素4に備えられる光変調素子1を磁化反転させるために適正な電圧・電流を供給するもので、電圧を正負反転可能なパルス電流を供給することができる。このような構成により、特定の画素4が選択され、この画素4の光変調素子1に、所定の向きのパルス電流が供給されて磁化反転させる。
【0037】
空間光変調器10の画素4の構成の詳細を図3および図4を参照して説明する。上部電極2は、図4に示すように光変調素子1の上に配され、図3に示すように横方向に帯状に延設される。1つの上部電極2は、横1行に配置された複数の画素4,4,…のそれぞれの光変調素子1に接続して電流を供給する。一方、下部電極3は、光変調素子1の下に配され、縦方向に帯状に延設される。1つの下部電極3は、縦1列に配置された複数の画素4,4,…のそれぞれの光変調素子1に接続して電流を供給する。上部電極2は、光変調素子1の入射光および出射光を遮らないように透明電極材料で形成される。一方、下部電極3は導電性の優れた電極用金属材料で形成される。
【0038】
光変調素子1は、図3に示すように、平面視で上部電極2と下部電極3の重なる部分に配され、この電極2,3に上下から挟まれて接続されている。光変調素子1の平面視形状は、本実施形態においては正方形であるが、これに限定されるものではない。また、1個の画素4に1個の光変調素子1を備えるが、例えば1つの画素4に面方向で(1×3)個、(2×2)個等の複数の光変調素子1を備えてもよい。
【0039】
上部電極2は、光が透過するように透明電極材料で構成される。透明電極材料は、例えば、インジウム−スズ酸化物(Indium Tin Oxide:ITO)、インジウム亜鉛酸化物(Indium Zinc Oxide:IZO)、酸化スズ(SnO2)、酸化アンチモン−酸化スズ系(ATO)、酸化亜鉛(ZnO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、酸化インジウム(In23)等の公知の透明電極材料からなる。これらの透明電極材料は、スパッタリング法、真空蒸着法、塗布法等の公知の方法により成膜され、成形加工される。
【0040】
下部電極3は、例えばCu,Al,Au,Pt等の金属やその合金のような一般的な電極用金属材料からなる。そして、スパッタリング法等の公知の方法により成膜、フォトリソグラフィ、およびエッチングまたはリフトオフ法等によりストライプ状に加工される。
【0041】
基板7は、例えば表面を熱酸化したSi基板等の公知の基板が適用できる。絶縁部材6は、隣り合う上部電極2,2間(図4不図示)、光変調素子1,1間、および下部電極3,3間に配され、例えば、SiO2やAl23等からなる。
【0042】
(空間光変調器の画素選択の動作)
次に、空間光変調器10の画素選択の動作を、この空間光変調器10を用いた表示装置として、図4を参照して説明する。電極2,3は、前記の通り、電流制御部80に接続される。また、図4に示すように、本実施形態に係る空間光変調器10の画素アレイ40の直上には、画素アレイ40に向けて光(レーザー光)を照射する光源等を備える光学系OPSと、光学系OPSから照射された光を画素アレイ40に入射する前に1つの偏光成分の光(1つの向きの偏光、以下、適宜偏光という)にする偏光フィルタPFiと、この上方から画素アレイ40に入射する偏光(入射偏光)を透過させ、かつ画素アレイ40で反射して出射した光を側方へ反射するハーフミラーHMと、が配置される。そして、画素アレイ40の上方の前記ハーフミラーHMの側方には、ハーフミラーHMで反射して到達した光から特定の偏光成分の光を遮光する偏光フィルタPFoと、偏光フィルタPFoを透過した光を検出する検出器PDとが配置される。
【0043】
光学系OPSは、例えばレーザー光源、およびこれに光学的に接続されてレーザー光を画素アレイ40の全面に照射する大きさに拡大するビーム拡大器、さらに拡大されたレーザー光を平行光にするレンズで構成される(図示省略)。光学系OPSから照射された光(レーザー光)は様々な偏光成分を含んでいるため、この光を画素アレイ40の手前の偏光フィルタPFiを透過させて、1つの偏光成分の光(偏光)にする。偏光フィルタPFi,PFoはそれぞれ偏光板等であり、検出器PDはスクリーン等の画像表示手段である。
【0044】
光学系OPSは、平行光としたレーザー光を、画素アレイ40へ膜面に垂直に(入射角0°で)入射するように照射する。レーザー光は偏光フィルタPFiを透過して偏光(入射偏光)となり、ハーフミラーHMを透過して画素アレイ40の上方からすべての画素4に向けて入射する。それぞれの画素4において、入射偏光は、上部電極2を透過して光変調素子1で反射して、再び上部電極2を透過して当該画素4から出射偏光として出射する。入射角0°であることから、出射偏光は入射偏光と同一の光路となる。そこで、偏光フィルタPFiと画素アレイ40との間に画素アレイ40に対して45°傾斜させたハーフミラーHMを配置して、出射偏光を側方へ反射させることで、出射偏光だけを偏光フィルタPFoに到達させる。偏光フィルタPFoはすべての出射偏光のうちの特定の偏光を遮光し、偏光フィルタPFoを透過した光が検出器PDに入射する。
【0045】
図2を参照して説明した通り、光変調素子1に入射した光は、当該光変調素子1の磁化が平行か反平行かで、異なる角度+θk,−θkに旋光して出射する。光変調素子1の磁化が平行(P)である画素4からの出射偏光は、入射偏光に対して角度+θk旋光しており、偏光フィルタPFoで遮光されるため、この画素4は暗く(黒く)、検出器PDに表示される。一方、光変調素子1の磁化が反平行(AP)である画素4からの出射偏光は、入射偏光に対して角度−θk旋光しているので、偏光フィルタPFoを透過して検出器PDに到達するため、この画素4は明るく(白く)検出器PDに表示される。そして、光変調素子1は、旋光角の大きさθkが大きいため、偏光フィルタPFoで遮光される+θk旋光した出射偏光に対して、−θk旋光した出射偏光は偏光の向きの差が大きく、その多くが偏光フィルタPFoを透過していっそう明るく検出器PDに表示される。すなわち空間光変調器10は、コントラストに優れた表示を可能とする。
【0046】
このように、本発明に係る空間光変調器10は、画素4毎に明/暗(白/黒)を切り分けられ、各画素4に供給する電流の向きを切り換えれば明/暗が切り換わる。なお、空間光変調器10の初期状態としては、例えば全体が白く表示されるように、すべての画素4の光変調素子1の磁化を反平行にするべく、上部電極2のすべてを「−」、下部電極3のすべてを「+」にして、上向きの電流を供給すればよい。
【0047】
図4に示す表示装置では、画素アレイ40に垂直に光を入射する構成としたが、入射偏光を傾斜させて画素アレイ40に入射し(入射角>0°)、出射偏光と光路が重複しないようにして、ハーフミラーHMを配置しない構成としてもよい(図示せず)。ただし、前記した通り、入射方向が磁化方向に平行に近いほど磁気光学効果が高いので、入射角は30°程度以内とすることが好ましい。
【0048】
以上のように、本発明に係る空間光変調器によれば、高精細かつ高速応答とすることが可能なスピン注入磁化反転素子を光変調素子として、コントラストに優れた空間光変調器となる。
【0049】
以上、本発明の光変調素子および空間光変調器を実施するための形態について述べてきたが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
【実施例1】
【0050】
(サンプル作製)
本発明の効果を確認するために、本発明に係る光変調素子1(図1参照)の積層構造を模擬した積層膜のサンプル(平面視10mm×10mm)を作製し、その磁気特性および磁気光学効果を評価した。表面を熱酸化したSi基板上に、DCマグネトロンスパッタリング法で、下部電極を模擬したCu膜、および表1に示す積層構造を連続して成膜した。なお、表1に示す膜厚の単位はnmである。磁化自由層を形成するGdFe合金は、Gd23at%−Fe77at%の合金ターゲットとFeターゲットとに同時に電圧を印加して成膜した。その際に、Feターゲットの電力を変化させてGdFe合金組成を変化させた。成膜したGdFe合金膜は、蛍光X線測定装置を用いたFP(ファンダメンタルパラメータ)法により組成を解析した結果、Gd:27.5at%−Fe:72.5at%、Gd:24.4at%−Fe:75.6at%、Gd:21.7at%−Fe:78.3at%、Gd:19.7at%−Fe:80.3at%の4通りとなった。さらに成膜時間を調整して膜厚を変化させた。
【0051】
【表1】

【0052】
(測定)
作製したサンプルについて、試料振動磁力計(VSM:Vibrating Sample Magnetometer)にて磁化自由層(GdFe合金)の飽和磁化を測定した。また、レーザー光を用いた偏光変調法にてカー回転角を測定し、印加磁界との関係から保磁力を同定した。詳しくは、サンプルに、外部から一様な磁界を印加することによって、磁化固定層および磁化自由層の磁化方向が一方向となるようにした。そして、波長780nmのレーザー光を入射角30°で入射して、サンプルからの反射光の偏光の向きを、垂直磁界Kerr効果測定装置で測定した。次に、反射光の偏光の測定を継続したまま、前記印加磁界と反対方向の磁界をその大きさを漸増させながら印加することによって、磁化自由層の磁化を反転させて、サンプルからの反射光の偏光の向きを再び測定した。磁化反転の前後における各旋光角の絶対値の平均をカー回転角とする。また、前記磁化反転したときの印加磁界の大きさから、磁化自由層の保磁力を測定した。図5に飽和磁化(Ms)および保磁力(Hc)、図6にカー回転角(θk)のそれぞれについて、磁化自由層の組成(Fe含有率)依存性および膜厚依存性のグラフを示す。
【0053】
図5(a)、(b)に示すように、磁化自由層を形成するGdFe合金は、Fe:72.5at%、75.6at%の間において、飽和磁化は最小に、反対に保磁力は最大となる傾向を示し、この範囲にGdFe合金の補償組成があると推測され、RE−TM合金の特徴を示した。そして、補償組成に対してFe含有率を増大させていくと、飽和磁化は大きく、保磁力は小さくなることが観察された。また、図5(c)に示すように、飽和磁化は膜厚依存性を示したが、これは、磁化自由層において、中間層との界面近傍がミキシング等により偏った組成となることで局所的に異なる磁気特性(飽和磁化)となり、膜厚が薄いほどこの界面近傍から影響され易いためと推測される。そして、磁化自由層の組成によって飽和磁化の膜厚依存性が異なる挙動を示したのは、界面近傍の組成の偏りが磁化自由層全体の組成と同じFe−rich同士(またはGe−rich同士)で同じ方向の磁気モーメントであるか、あるいはGd−richとFe−richとの逆方向の磁気モーメントになっているか、の違いによるものと考えられる。そして、保磁力は、体積増加による保磁力増大よりも、飽和磁化と同様に前記界面近傍から影響されたことによる膜厚依存性を強く示したと考える(図5(d)参照)。
【0054】
磁気光学効果については、図6(a)に示すように、GdFe合金のFe含有率を増大させていくと、補償組成に関係なくカー回転角が微増し、同じ膜厚であっても従来よりも磁気光学効果が向上した。なお、Fe:72.5at%のGdFe合金については、膜厚5nm未満を除いて、Fe−richの他のGdFe合金とは旋光の向きが逆であり、前記の飽和磁化の膜厚依存性と同様に、磁気モーメントが反対向きであることを示す。また、Fe含有率が最大の80.3at%のGdFe合金において、カー回転角は最大を示し、またそのカーループ(カー回転角と磁界の関係を表すグラフ:図示せず)の形状から、垂直磁気異方性を示しているといえる。
【実施例2】
【0055】
実施例1のサンプルの積層構造(表1)について、磁化自由層の膜厚を8.9nmに固定し、100nm×100nmに形成したGMR素子を作製し、その磁気特性を評価した。成膜方法は実施例1のサンプルと同様であり、電子ビーム描画装置で前記形状に加工した。また、上部電極および下部電極はCuで形成した。
【0056】
作製したGMR素子に、パルス幅10μsのパルス電流を、電流値(I)を変化させながら供給し、抵抗(R)の変化を測定した。得られたI−R特性曲線を図7に示す。また、このときの反転電流を、GMR素子が反平行から平行に磁化反転するとき(AP−P)の値と平行から反平行に磁化反転するとき(P−AP)の値とのそれぞれについて、反転電流密度(Jc)に換算して表2に示し、図8に反転電流密度のGdFe合金組成(Fe含有率)依存性のグラフを示す。なお、反転電流密度の平均(Ave.)は、AP−PとP−APの各絶対値の平均である。さらに各組成90個のGMR素子についてMR比を算出し、平均を表2に示す。
【0057】
【表2】

【0058】
スピン注入磁化反転素子は、パルス電流のパルス幅が大きくなると、より小さな電流で磁化反転する確率が高くなる(参考文献2:K.Yagami, A.A.Tulapurkar, A.Fukushima, Y.Suzuki, “Low-current spin-transfer switching and its thermal durability in a low-saturation-magnetization nanomagnet”, Applied Physics Letters, 2004, Vol.85, p.5634)。これはナノサイズの磁性体の熱揺らぎによって生じる変化である。このことを利用して、パルス幅1nsのパルス電流を供給したときの反転電流密度(Jc0)および熱安定性指標E0/kBTを算出した。磁化自由層を形成するGdFe合金のFe:75.6at%以上の各組成について、90個のGMR素子に、異なるパルス幅のパルス電流を供給し、パルス幅別に磁化反転確率と反転電流を測定した。パルス幅は10μs、30μs、100μs、300μs、1ms、3ms、10msである。この結果から、反転電流密度Jc0および熱安定性指標E0/kBTを算出して表3に示し、図9(a)、(b)にGdFe合金組成(Fe含有率)依存性のグラフとして示す。
【0059】
【表3】

【0060】
図7、図8、および図9(a)に示すように、磁化自由層を形成するGdFe合金のFe含有率を増大させていくと反転電流密度が大幅に低減した。保磁力の減少(図5(b)参照)の他に、Fe含有率の増大により、表2に示すようにMR比が僅かであるが向上していることから、スピン注入効率が向上したと推測され、また飽和磁化が増大して(図5(a)参照)反磁界が増加したことにより磁化反転が容易になったと推測される。一方、図9(b)に示すように、GdFe合金のFe含有率の増大により熱安定性指標E0/kBTは減少するが、最大の80.3at%においてAP−PとP−APとの平均が40以上で、メモリセル等に使用するスピン注入磁化反転素子の仕様を満足した。このことから、本発明の範囲において光変調素子として十分な値を確保でき、保磁力の減少による不具合は生じないといえる。
【符号の説明】
【0061】
10 空間光変調器
1 光変調素子
11 磁化固定層
12 中間層
13 磁化自由層
14 保護層
2 上部電極
3 下部電極
40 画素アレイ
4 画素
7 基板
6 絶縁部材
81 電源(電流供給手段)
84 画素選択部(画素選択手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
垂直磁化異方性を有する磁化固定層と、中間層と、垂直磁化異方性を有する磁化自由層とを積層したスピン注入磁化反転素子構造を備え、前記スピン注入磁化反転素子構造の上下に接続された一対の電極を介して電流を供給されることにより前記磁化自由層の磁化方向を変化させて、入射した光をその偏光方向を変化させて出射する光変調素子であって、
前記磁化自由層は、組成がGd:19〜27at%、Fe:73〜81at%であるGd−Fe合金からなり、飽和磁化が50〜250emu/ccであることを特徴とする光変調素子。
【請求項2】
基板と、この基板上に2次元配列された複数の画素と、前記複数の画素から1つ以上の画素を選択する画素選択手段と、この画素選択手段が選択した画素に所定の電流を供給する電流供給手段と、を備えて、前記画素選択手段が選択した画素に入射した光の偏光方向を特定の方向に変化させて出射する空間光変調器であって、
前記画素は、請求項1に記載の光変調素子と、この光変調素子の上下に接続された一対の電極と、を備える空間光変調器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−103634(P2012−103634A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−254310(P2010−254310)
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 55th Annual Conference on Magnetism and Magnetic Materialsのホームページに平成22年8月10日から公開
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】