説明

光子対発生装置

【課題】光周波数無相関な光子対が、より小型で低コストな状態で生成できるようにする。
【解決手段】光子対発生部102は、例えばシリコンなどの単結晶の半導体からなるコアを備える光導波路から構成され、光源101が出力したポンプ光を入力して2fp=fs+fiの関係を満たす光周波数fsのシグナル光子および光周波数fiのアイドラ光子から構成される光子対を自然放出四光波混合過程により発生して出力する。ここで、光子対発生部102を構成する光導波路は、コアの形状を制御することで、ポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)とシグナル光子の光周波数における群速度vg(fs)とが等しい状態、およびポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)とアイドラ光子の光周波数における群速度vg(fi)とが等しい状態のいずれかの状態とされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、周波数相関のないシグナル光子とアイドラ光子とからなる光子対を生成する光子対発生装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、量子暗号および量子計算といった、量子力学を利用した新しい類型の情報処理システムが提案されている。量子暗号は、量子状態を変えずに物理量を観測することが一般には不可能であることを利用し、共通鍵暗号方式における鍵配送を行う暗号方式である。この量子暗号は、暗号鍵の安全性が量子力学の原理により保証された、究極的に安全な暗号通信システムである。量子計算は、量子力学の重ね合わせの原理に基づいた超並列性を利用することで、大規模な演算を効率的に行う演算方式である。これらは、量子情報通信技術と呼ばれている。
【0003】
上述した量子情報通信技術においては、光子対源が重要な要素となる。この光子対源は、量子力学的に相関のある二光子を同時に出力する光源である。量子情報通信技術のいくつかの応用においては、光子が必ず一個しか存在しない単一光子状態を情報の担い手として必要としている。この要求に対し、例えば、単なる光強度を弱めた微弱光パルスを単一光子源として用いようとすると、原理的に、2個以上の光子が同一パルス内に存在する有限の確率があるため、上述した演算の誤りを招いてしまう。
【0004】
これに対し、量子相関光子対の一方をトリガー信号とすることで、他方を必ず光子が1個存在する状態、すなわち単一光子状態として利用することが可能となる。特に、このような単一光子は、伝令付き単一光子と呼ばれている。
【0005】
上述した量子相関光子対を発生させる重要な基本技術として、近年、光ファイバやシリコン導波路などの自然放出四光波混合過程を用いた方法が報告されている(非特許文献1、2参照)。これは、次のようなものである。
【0006】
3次の非線形光学媒質である光ファイバに、光周波数fpのポンプ光を入力する。すると、自然放出四光波混合過程により、光ファイバ中に光周波数「2fp=fs+fi・・・(1)」を満たす光周波数fsのシグナル光子および光周波数fiのアイドラ光子が発生する。このシグナル光子とアイドラ光子とから構成される光子対は、時間位置(発生時刻)および光周波数に関して量子力学的な相関を有し、量子相関光子対を形成する。
【0007】
ところで、単一光子源を用いた量子演算では、複数の単一光子同士の相互作用、量子干渉を利用する。例えば、透過率と反射率が1対1であるビームスプリッタへ、異なる2つの経路から1個ずつ光子を入射する場合、光子同士の量子干渉により出射後の光子の経路が変化する。このとき重要なことは、相互作用する2つの光子が何らかの自由度において識別可能な状態では、相互作用(干渉強度)が劣化してしまうということである。
【0008】
前述した自然放出四光波混合過程を用いた伝令付き単一光子においては、(1)式より「fs+fi=一定」という条件のもとで、シグナル光子およびアイドラ光子の光周波数は、互いに広がりを持つ。このため、異なる非線形光学媒質から発生した2つのシグナル光子fs1,fs2同士を干渉させようとしても、各々の光周波数fs1とfs2とが異なっているために、干渉が不完全となり、演算の誤りが増大してしまう。
【0009】
この問題を解決するための一般的な方法は、狭帯域のバンドパスフィルタを用いることで、互いに光周波数の等しい部分のみが切り出された伝令付き単一光子を用いることである。しかしこの方法では、演算に利用可能な単一光子の発生(生成)数を減少させてしまう。また完全な干渉は、フィルタの帯域幅が無限小のときにしか得ることができない。
【0010】
一方、自然放出四光波混合過程を制御することで、周波数相関の無いシグナル光子とアイドラ光子を直接生成する方法が試みられている。具体的には、ポンプ光とシグナル光子(あるいはポンプ光とアイドラ光子)の各々の光周波数における非線形媒質内での群速度を等しくすることで実現される。これまで、非線形媒質として群速度分散の制御された光ファイバを用いることで、周波数無相関な光子対を生成する実験が報告されている(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】M. Fiorentino et al. , "All-Fiber Photon-Pair Source for Quantum Communications",IEEE PHOTONICS TECHNOLOGY LETTERS, vol.14, no.7, pp.983-985, 2002.
【非特許文献2】K. Harada et al. , "Frequency and Polarization Characteristics of Correlated Photon-Pair Generation Using a Silicon Wire Waveguide", IEEE JOURNAL OF SELECTED TOPICS IN QUANTUM ELECTRONICS, vol.16, no.1, pp.325-331 ,2010.
【非特許文献3】C. Soller et al. , "Bridging visible and telecom wavelengths with a single-mode broadband photon pair source", PHYSICAL REVIEW A, vol81, 031801(R), 2010.
【非特許文献4】H. Takesue and K.Inoue , "1.5-μm band quantum-correlated photon pair generation in dispersion-shifted fiber: suppression of noise photons by cooling fiber", OPTICS EXPRESS, vol.13, no.20, pp.7832-7839, 2005.
【非特許文献5】A. Peruzzo et al. ,"Quantum Walks of Correlated Photons", Science, vol.329, pp.1500-1503, 2010.
【非特許文献6】D.T.H.Tan et al. , "Cladding-modulated Bragg gratings in silicon waveguides", OPTICS LETTERS, vol.34, no.9, pp.1357-1359, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、光ファイバを用いる光子対発生装置は、以下に示すように、大きく、また高コストであるという問題がある。非線形媒質の損失がなく、位相整合条件が満たされている場合、自然放出四光波混合過程により発生する量子相関光子対数は、(γP0L)2に比例する。なお、P0は、ポンプ光パルスのピークパワーである。また、Lは、非線形媒質の長さである。また、γは、媒質の非線形性の大きさを表す非線形定数である。
【0013】
ここで、非特許文献3で用いられている非線形ファイバのγは、0.1/(Wm)程度である。一方、さらに高非線形な媒質となるシリコン細線導波路のγは、300/(Wm)程度であり(非特許文献2)、非線形ファイバの3000倍である。したがって、同一ポンプ光強度において同一の光子数生成率を得るためには、光ファイバを用いるとシリコン細線導波路の約3000倍の長さが必要となる。このため、非常に長いファイバまたは非常に大きな出力パワーを有するポンプ光源を必要とし、周波数無相関光子対発生部の大型化、ひいては光子対生成装置の大型化・高コスト化を招く。
【0014】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、周波数無相関な光子対が、より小型で低コストな状態で生成できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る光子対発生装置は、光周波数がfpのポンプ光パルスを出力する光源と、単結晶の半導体からなるコアを備える光導波路から構成され、光源が出力したポンプ光を入力して2fp=fs+fiの関係を満たす光周波数fsのシグナル光子および光周波数fiのアイドラ光子から構成される光子対を自然放出四光波混合過程により発生して出力する光子対発生手段と、光子対発生手段からの出力よりポンプ光を選択的に減衰させるポンプ光減衰手段と、ポンプ光減衰手段を透過した光子対からシグナル光子およびアイドラ光子を分離して出力する分離手段とを少なくとも備え、光導波路は、ポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)とシグナル光子の光周波数における群速度vg(fs)とが等しい状態、およびポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)とアイドラ光子の光周波数における群速度vg(fi)とが等しい状態のいずれかの状態とされている。
【0016】
上記光子対発生装置において、コアは、中心対称性を有する単結晶の半導体から構成されているとよい。また、シグナル光子およびアイドラ光子の光周波数は、光導波路でポンプ光のラマン散乱により発生する散乱光の光周波数とは異なる値とされていればよい。また、コアの断面の寸法は、ポンプ光,シグナル光子,およびアイドラ光子に対してシングルモード条件を満たす範囲とされていればよい。なお、光導波路基板を備え、光導波路基板の光導波路で光子対発生手段,ポンプ光減衰手段,および分離手段が構成されているようにしてもよい。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したことにより、本発明によれば、周波数無相関な光子対が、より小型で低コストな状態で生成できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における光子対発生装置の構成を示す構成図である。
【図2】図2は、シリコン細線導波路に入射する横偏波の入射光の光周波数に対するシリコン細線導波路の群速度の関係を示す特性図である。
【図3】図3は、式(3)のIをシグナル光子およびアイドラ光子の光周波数に対して密度プロットしたグラフである。
【図4】図4は、図2に示す群速度特性を有する光導波路に対して二光子の位相整合スペクトラムをプロットしたグラフ(a)、半値全幅100フェムト秒のポンプ光パルスのエネルギー保存スペクトラムGをプロットしたグラフ(b)、および(a)のグラフと(b)のグラフの積を示すグラフ(c)である。
【図5】図5は、本発明の実施の形態における他の光子対発生装置の構成を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における光子対発生装置の構成を示す構成図である。この光子対発生装置は、光源101,光子対発生部102,ポンプ光減衰部103,および分離部104を備える。また、分離部104は、シグナル光子出力部105およびアイドラ光子出力部106を備える。光源101は、例えば、半導体レーザーであり、光周波数がfpのポンプ光パルスを出力する。ポンプ光としては、位相が揃って小さなビーム径とすることができるレーザー光が好ましい。
【0020】
光子対発生部102は、例えばシリコンなどの単結晶の半導体からなるコアを備える光導波路から構成され、光源101が出力したポンプ光を入力して2fp=fs+fiの関係を満たす光周波数fsのシグナル光子および光周波数fiのアイドラ光子から構成される光子対を自然放出四光波混合過程により発生して出力する。ここで、光子対発生部102を構成する光導波路は、コアの形状を制御することで、ポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)とシグナル光子の光周波数における群速度vg(fs)とが等しい状態、およびポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)とアイドラ光子の光周波数における群速度vg(fi)とが等しい状態のいずれかの状態とされている。
【0021】
また、ポンプ光減衰部103は、光子対発生部102からの出力よりポンプ光を選択的に減衰させる(除去する)。例えば、ポンプ光減衰部103は、ファイバーブラッググレーティングなどから構成すればよい。
【0022】
分離部104は、ポンプ光減衰部103を透過した光子対からシグナル光子およびアイドラ光子を分離して出力する。分離したシグナル光子は、シグナル光子出力部105から出力され、アイドラ光子は、アイドラ光子出力部106から出力される。分離部104は、波長によりシグナル光子およびアイドラ光子を分離するものであり、例えば誘電体多層膜フィルタおよびファイバブラッググレーティングから構成することができる。
【0023】
以下では、光子対発生部102が、コアが単結晶シリコンからなるシリコン細線導波路から構成されている場合を例に、周波数相関のない光子対の発生について説明する。まず、シリコン細線導波路は、シリコンコアの断面構造を制御することにより、ポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)、シグナル光子の光周波数における群速度vg(fs)、アイドラ光子の光周波数における群速度vg(fi)に関し、vg(fp)=vg(fs)あるいはvg(fp)=vg(fi)の関係を満たす状態にすることができる。
【0024】
ここで制御の例として、通信波長帯波長1550nm(光周波数193.5THz)近傍におけるシリコン細線導波路を用いた周波数無相関光子対の発生について説明する。まず、コアがシリコン、クラッドがシリコン酸化膜で構成されているシリコン細線導波路のコアの断面構造を、幅480nm、高さ220nmの長方形に設定する。なお、クラッドなどが形成されている基板の平面に平行な断面の方向の長さを幅とし、基板から離れる方向の断面の長さを高さとしている。
【0025】
上述した断面寸法とした場合、このシリコン細線導波路に入射する横偏波の入射光の光周波数に対するシリコン細線導波路の群速度の関係を図2に示す。ここでポンプ光(入射光)の光周波数fpを194.5THzとすると、ポンプ光の光周波数における群速度と等しい群速度が光周波数190THz近傍で得られることがわかる。
【0026】
自然放出四光波混合においては、発生する光子対は、「2fp=fs+fi・・・(1)」で表される光周波数、すなわちエネルギーの保存則を満たす。また、シリコン細線導波路の至る所でポンプ光により発生したシグナル光子およびアイドラ光子は、伝搬中に干渉し合い、ある特定の波数(位相)を持つ成分のみが出力される。特に、シリコン細線導波路の長さを無限長と仮定した場合、「2k(fp)−2γP0=k(fs)+k(fi)・・・(2)」の波数k、すなわち運動量に関する保存則を満たす特定のモードの光子対のみが強め合って放出される。ここで、式(2)の左辺第2項の2γP0は、三次非線形性に起因する自己位相シフトである。
【0027】
しかし、現実のデバイスにおいて、導波路長は有限であり、式(2)からずれても、fiとfsがある程度の範囲内であれば強め合うことができる。強め合うことが可能な範囲は、式(2)の両辺の差である波数(運動量)不整合「Δk=k(fs)+k(fi)−2k((fs+fi)/2)+2γP0」の程度の波数の広がりを持つ平面波を、光の進行方向に長さLだけ積分した結果より考えることができる(式(3))。
【0028】
【数1】

【0029】
式(3)において、Iは光強度(光子数)の次元を持ち、波数不整合Δkに対する位相整合の強さ(発生する光子対数)を表す量である。Δkは、シグナル光子の光周波数fs、アイドラ光子の光周波数fiの関数であるから、Iもfs、fiの関数である。
【0030】
式(3)のIをシグナル光子およびアイドラ光子の光周波数に対して密度プロットした典型的な例を図3に示す。図3において、密度プロットの色が白いほどIの値の大きな部分を表し、位相整合した光子対が強く発生している条件を表す。このことから、Iは、二光子の位相整合スペクトラムと呼ばれる。図3の(a)に示した位相整合スペクトラムは、二光子光周波数空間上で斜め方向に傾いている。このため、この位相整合スペクトラムは、シグナル光子およびアイドラ光子の光周波数スペクトラムの積で表すことができない。言い換えれば、図3の(a)に示した位相整合スペクトラムで表される状態は、片方の光子の光周波数が決まると、この結果に引きずられて他方の光子の光周波数が決まってしまう。このような状態は光周波数もつれ状態と呼ばれる。
【0031】
一方、図3の(b)に示す位相整合スペクトラムは、シグナル光子およびアイドラ光子の各々の光周波数分布の積の形に因数分解することが可能である。このような状態が、周波数無相関状態であり、片方の光子の光周波数が決まっても他方の光子の光周波数には何ら影響を及ぼさない状態である。したがって、二光子光周波数空間上で、傾きが0度あるいは90度となるような位相整合スペクトラムを生じる位相整合条件が、周波数無相関光子対の発生条件となる。
【0032】
このような傾きが0度あるいは90度の位相整合が達成される、光導波路の条件を考える。位相整合スペクトラムIは、式(3)より、Δk=0のとき最大値1をとる。すなわち、位相整合スペクトラムの最大値を結ぶ曲線は、Δk=0で与えられる(図3参照)。したがって、Δkの勾配であるgrad(Δk)は、位相整合スペクトラムの法線方向を表すことになり、位相整合スペクトラムの傾きが0度あるいは90度となる条件は、grad(Δk)が90度方向あるいは0度方向となることに各々対応している。これは、以下に示す式(4)のfs、fi成分の、いずれかが0であることに対応する。なお、式(4)のvg(f)は、光周波数fにおける媒質の群速度である。
【0033】
【数2】

【0034】
したがって、位相整合スペクトラムの法線のx成分あるいはy成分が0になる条件、言い換えれば、位相整合スペクトラムの傾きが0度あるいは90度になる条件として、「vg(fs)=vg(fp)あるいはvg(fi)=vg(fp)・・・(5)」を得る。
【0035】
実際に、図2の群速度特性を有する光導波路に対して二光子の位相整合スペクトラムをプロットしたグラフを図4の(a)に示す。ここで、現実的なパラメータとして、光導波路長L=5cm、非線形定数γ=300/(Wm)、ポンプ光パルスのピークパワーP0=50mWとした。
【0036】
図4の(a)において、色の白い部分が位相整合達成部分を表しており、傾きが0度あるいは90度の位相整合部分が存在していることがわかる。これらの近傍においては、各々、アイドラ光子の光周波数が決まってもシグナル光子の光周波数が決まらない、あるいはシグナル光子の光周波数が決まってもアイドラ光子の光周波数が決まらないという周波数無相関が達成されている。
【0037】
ここで、例えば傾き0度が達成されているのは、シグナル光子の光周波数が191THz、アイドラ光子の光周波数が198THz近傍の場合である。これらと式(1)とより、fp=194.5THzが得られる。ここで図2を参照すると、fp=194.5THzとfs=191THzとにおける群速度が、おおよそ等しくなっていることがわかる。したがって、vg(fp)=vg(fs)の条件のもとで、シグナル光子とアイドラ光子の光周波数が無相関な光子対の生成条件が達成されることが確認できた。
【0038】
実際に発生する光子対の二光子スペクトラムは、ポンプ光の有するスペクトラムと、光周波数の保存、すなわちエネルギーの保存則とによって決まる二光子光周波数の領域の範囲で、前述の位相整合スペクトラムIが満たす領域となる。
【0039】
ここで、ポンプ光の強度スペクトラムをG(fp)とすると、エネルギー保存則2fp=fs+fiより、二光子光周波数空間でのエネルギー保存スペクトラムは「G((fs+fi)/2)」と表される。発生する光子対のスペクトラムは位相整合スペクトラムI×エネルギー保存スペクトラムGとなる。
【0040】
ポンプ光として、現実的な半値全幅が100フェムト秒程度の光パルスを用いると、このエネルギー保存スペクトラムGは、図4の(b)に示す状態となる。また、発生光子対のスペクトラムは、図4の(a)と図4の(b)の積である、図4の(c)に示す状態として得られる。
【0041】
結果として、上述した実施の形態のようにポンプ光のスペクトラムを適切に選択することで、位相整合スペクトラムのうち傾き0度あるいは90度の部分の近傍のみを適切に切り出すことが可能である。なお、上述では、コアの断面の各寸法(断面構造)を制御するようにしたが、これに限るものではなく、例えば、コアとクラッドとの界面において、導波方向に回折格子などを形成することで、光子対発生部102を、ポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)、シグナル光子の光周波数における群速度vg(fs)、アイドラ光子の光周波数における群速度vg(fi)に関し、vg(fp)=vg(fs)あるいはvg(fp)=vg(fi)の関係を満たす状態にしてもよい。
【0042】
本実施の形態に係る周波数無相関の光子対発生装置では、自然放出四光波混合過程により、周波数無相関な光子対がシリコン細線導波路内で発生する。前述したように、自然放出四光波混合過程による周波数無相関の光子対生成手段としてシリコン細線導波路を用いると、光ファイバを用いた場合に比べて光子対発生装置の大幅な小型化が可能である。また、所望の周波数無相関な光子対を得るためにシリコン細線導波路を長くしても十分に小型であり、導波路長を適宜に長くして、所望の周波数無相関光子対を得るのに必要なポンプ光パワーを低減することができる。これにより、安価なレーザーをポンプ光パルス光源に用いて低コスト化を図ることができる。
【0043】
ところで、従来技術のように光ファイバを非線形光学媒質として用いた場合、ポンプ光が自然放出四光波混合過程だけでなく自然放出ラマン散乱過程を誘起し、この誘起により発生した雑音光子により光子対の品質が劣化するという問題がある。これは、通常の光ファイバを構成する石英ガラス(fused silica)のアモルファス性により光ファイバのラマン散乱スペクトラムが連続的かつ広帯域なものになるため、シグナル光子またはアイドラ光子の波長チャネルへの自然放出ラマン散乱光子の混入を避けることが、非常に困難であることに起因する。
【0044】
特に、バンドパスフィルタを用いずに周波数無相関な光子対を高効率に生成しようとする場合、ラマン散乱光子は、シグナル光子およびアイドラ光子の波長チャネルにおいてのみならず、近傍の波長域においても十分に減衰されている必要がある。
【0045】
上述した問題を回避するため、非特許文献3においては、ポンプ光波長770nmに対して十分離れた波長帯域である波長500nm帯のシグナル光子、波長1.5μm帯のアイドラ光子から構成される光子対を生成している。しかし、シグナル光子とアイドラ光子との波長帯域が離れてしまうと、各々の波長域に適用可能な光学部品や光ファイバが異なるため、装置の複雑化を招くことになる。
【0046】
一方、ファイバを冷却することにより自然放出ラマン散乱による雑音光子を減衰させることができることが報告されているが(非特許文献4参照)、この方式においては、光ファイバの冷却装置が必要であり、装置のさらなる大型化・高コスト化につながる。
【0047】
上述した問題に対し、本実施の形態の光子対発生装置では、生成しようとする周波数無相関光子対の光周波数を、ラマン散乱ピークと異なる状態に設定する。これにより、上述した問題が解消可能となる。
【0048】
単結晶半導体をコアとする光導波路は、比較的狭帯域のラマン散乱スペクトラムを持つ。例えば、単結晶シリコンをコアとする光導波路では、ポンプ光の光周波数から約15.6THz離れた光周波数において、常温で帯域105GHz程度の自然放出ラマン散乱が観測されている(非特許文献2参照)。このラマン散乱ピークの光周波数に、生成しようとする光子対の光周波数を一致させてしまうと、自然放出ラマン散乱により発生した雑音光子がシグナル光子およびアイドラ光子へ混入することになる。
【0049】
これに対し、生成しようとする光子対の光周波数をラマン散乱ピークと異なるように設定すれば、光ファイバを非線形媒質として用いた場合と異なり、非線形媒質の温度制御を行うことなく、自然放出ラマン散乱による雑音光子のない、純度の高い周波数無相関な光子対の発生が可能となる。
【0050】
また、単結晶半導体導波路としては、光導波路のコア部分が中心対称性を有し、二次の非線形光学効果が抑制される半導体物質により構成されているものを用いてもよい。パラメトリック下方変換など、二次の非線形光学効果が副次的に発生して雑音となる可能性を抑制することができる。特に、単結晶シリコン、単結晶ゲルマニウム、またはシリコンゲルマニウム混晶などがこのような物質として適している。
【0051】
また、単結晶半導体による光導波路は、コアの断面構造を、ポンプ光、シグナル光子、およびアイドラ光子に対してシングルモード条件を満たすようにすることができる。
【0052】
また、図5に示すように、光子対発生部502,ポンプ光減衰部503,分離部504、シグナル光子出力端子505,およびアイドラ光子出力端子506を、光導波路基板510の上に集積化してもよい。光導波路基板510の光導波路で、光子対発生部502,ポンプ光減衰部503,および分離部504を構成すればよい。
【0053】
ポンプ光減衰部503は、光導波路基板510のクラッド部分に周期的な屈折率変調を加えることにより作製できる単結晶半導体導波路型ブラッググレーティング(非特許文献6)などから構成すればよい。分離部504は、光導波路基板510によって構成されるアレイ導波路型回折格子などから構成することができる。
【0054】
例えば、最近の光子量子演算の動向として、光子を干渉させて演算を行う光回路をシリコン基板上の平面光波回路上に実装する試みが世界中で行われている(非特許文献5参照)。これは、自由空間に比べて非常に高い光路安定性を得ることが可能になる上、非常に多数の光子を用いた大規模な演算を行う場合にも、装置を小型化することが可能であるという大きな利点がある。このような、平面光波回路上の量子演算装置へ光ファイバによって生成された伝令付き単一光子を導入する場合、光回路への100%の光結合は技術的に困難であるため、利用可能な光子数のさらなる低下を招く。これに対し、本実施の形態によれば、光子対発生部を同一チップ上に集積化可能であり、結合効率の問題を解決することが容易である。
【0055】
ところで、ポンプ光、シグナル光子、およびアイドラ光子に対してシングルモード条件を満たすようにコアの断面の寸法(幅、高さ)が設計された単結晶半導体導波路は、通常コアの断面寸法が、数100nmのオーダーである。これは、一般的なシングルモード光ファイバのコア径に比べて非常に小さい。このため、光ファイバからの出射光を光子対発生部としての単結晶半導体導波路に入力(光結合)し、また、この単結晶半導体導波路からの出力光子を光ファイバに出力(光結合)することが容易ではなく、多くの場合、光損失を伴う。
【0056】
これに対し、単結晶半導体導波路の両端にスポットサイズ変換構造を設けることにより、単結晶半導体導波路とポンプ光源等の他の装置とを、光ファイバを用いて低い光結合損失で光学的に接続することが可能となる。このような、スポットサイズ変換構造による光結合で、より低いポンプ光強度による周波数無相関な光子対の生成が可能となり、コストの低減が可能となる。また、発生した周波数無相関な光子対を、効率よく光導波路より取り出して使用することができる。
【0057】
スポットサイズ変換構造としては、例えば単結晶半導体導波路の両端の一部分が、端部に行くほど断面の寸法が漸次小さくなる構造がある。例えば、光導波路が形成されている基板平面に平行な方向のコア幅が、漸次小さくなればよい。また、基板の法線方向のコア高さが漸次小さくなっていてもよい。また、コア幅およびコア高さが漸次小さくなっていてもよい。
【0058】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、上述した実施の形態では、コア材料として単結晶シリコンを用いるようにしたが、これに限るものではなく、単結晶ゲルマニウム、もしくはシリコンゲルマニウム混晶等の単結晶を用いるようにしても同様である。これら材料を用いたコアより光導波路を構成すれば、光ファイバと比較するとコア断面積が小さく非線形定数γが大きいので、導波路長を短くして周波数無相関光子対発生装置の小型化を実現できる。クラッド部分としては、シリコン酸化膜、シリコン窒化膜、シリコン酸窒化膜、ポリイミド等の有機膜、酸化アルミニウム、酸化チタン、樹脂膜、水、または空気等が挙げられる。
【0059】
また、コアを構成する単結晶の半導体として、III−V族化合物半導体および窒化物半導体などの化合物半導体を用いるようにしてもよい。所望とするポンプ光および光子対の光周波数(波長)に対応する値より大きいバンドギャップエネルギーを有する化合物半導体を用いればよい。このようにすることで、線形吸収によるポンプ光および光子対の損失を抑え、周波数無相関光子対の生成効率の低下を防ぐことができる。
【符号の説明】
【0060】
101…光源、102…光子対発生部、103…ポンプ光減衰部、104…分離部、105…シグナル光子出力部、106…アイドラ光子出力部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光周波数がfpのポンプ光パルスを出力する光源と、
単結晶の半導体からなるコアを備える光導波路から構成され、前記光源が出力したポンプ光を入力して2fp=fs+fiの関係を満たす光周波数fsのシグナル光子および光周波数fiのアイドラ光子から構成される光子対を自然放出四光波混合過程により発生して出力する光子対発生手段と、
前記光子対発生手段からの出力より前記ポンプ光を選択的に減衰させるポンプ光減衰手段と、
前記ポンプ光減衰手段を透過した前記光子対から前記シグナル光子および前記アイドラ光子を分離して出力する分離手段と
を少なくとも備え、
前記光導波路は、前記ポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)と前記シグナル光子の光周波数における群速度vg(fs)とが等しい状態、および前記ポンプ光の光周波数における群速度vg(fp)と前記アイドラ光子の光周波数における群速度vg(fi)とが等しい状態のいずれかの状態とされている
ことを特徴とする光子対発生装置。
【請求項2】
請求項1記載の光子対発生装置において、
前記コアは、中心対称性を有する単結晶の半導体から構成されていることを特徴とする光子対発生装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の光子対発生装置において、
前記シグナル光子および前記アイドラ光子の光周波数は、前記光導波路で前記ポンプ光のラマン散乱により発生する散乱光の光周波数とは異なる値とされていることを特徴とする光子対発生装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の光子対発生装置において、
前記コアの断面の寸法は、前記ポンプ光,前記シグナル光子,および前記アイドラ光子に対してシングルモード条件を満たす範囲とされていることを特徴とする光子対発生装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の光子対発生装置において、
光導波路基板を備え、
前記光導波路基板の光導波路で前記光子対発生手段,ポンプ光減衰手段,および前記分離手段が構成されていることを特徴とする光子対発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−15656(P2013−15656A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148030(P2011−148030)
【出願日】平成23年7月4日(2011.7.4)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】