説明

光学フィルタ

【課題】透明基板、近赤外光反射構造体に対する光吸収構造体の密着性を良好とし、環境安定性の優れた光学フィルタを得る。
【解決手段】合成樹脂製の透明基板2上に光吸収構造体3、無機薄膜から成る近赤外光反射構造体4aが積層され、反対面には近赤外光反射構造体4bが設けられている。光吸収構造体3は近赤外波長領域に吸収を有する色素と、有機/無機ハイブリッドバインダとを混合することにより成膜されている。光吸収構造体3は有機と無機の双方の性質を有し、有機材料の透明基板2と無機材料の近赤外光反射構造体4aとの双方の密着性を向上させることができる。また、光吸収構造体3の水蒸気透過率を3g/m2・dayとすることで、長期に渡り安定した分光特性を保持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デジタルカメラやビデオカメラ等の撮像装置に搭載する光学フィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ビデオカメラ或いはデジタルスチルカメラ等の撮像系には、CCD(Charge Coupled Device)やCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)センサ等から成る撮像素子が搭載されている。これらの撮像素子は、広い波長領域において感度を有しており、可視波長領域の光のみならず、人眼では見ることのできない赤外波長領域の光にも感度を有している。通常のカメラの用途においては、赤外波長領域の光は不要である。撮像素子の入射光側に赤外波長領域の光を遮蔽する赤外線カットフィルタ等を配置し、撮像素子に赤外光が入射することを防止している。
【0003】
赤外線カットフィルタには、屈折率が異なる薄膜を複数積層することにより、薄膜の干渉を利用した反射タイプのものと、赤外線を吸収する金属イオンや色素等により不要な赤外光を吸収する吸収タイプのものとがある。
【0004】
一般に、反射タイプの赤外線カットフィルタは、透明基板上に真空蒸着法、IAD法、イオンプレーティング法、スパッタ法等により多層膜を成膜することで作製されている。一方、吸収タイプの赤外線カットフィルタは、金属イオンや色素等をガラスや樹脂に練り込んだり、透明基板上に塗布したりすることにより製作されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−161831号公報
【特許文献2】特開2000−7870号公報
【特許文献3】特開2002−303720号公報
【特許文献4】特開2006−301489号公報
【特許文献5】特開2008−51985号公報
【特許文献6】特開2001−133624号公報
【特許文献7】特開2009−144053号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、屈折率が異なる2種類以上の複数の薄膜を積層させることにより、近赤外光反射構造体を形成し、所望の分光特性を得る反射タイプの赤外線カットフィルタが開示されている。反射タイプの赤外線カットフィルタは、後述する吸収タイプと比較すると薄く作製することができる。また、反射タイプの赤外線カットフィルタは透過波長領域における透過率が高く、色再現性が良いという利点を有している。
【0007】
しかし、反射タイプの赤外線カットフィルタは、赤外光半値波長(透過率が略50%となる赤外光波長)における反射率が略50%と高く、この赤外光半値波長近辺の波長に起因したゴースト光が問題となることがある。
【0008】
特許文献2には樹脂中に銅イオン等を含有させることにより、赤外線を吸収する吸収タイプの赤外線カットフィルタが開示されている。銅イオンの赤外光吸収作用を利用することにより、赤外光半値波長における反射率は小さく、ゴースト光が問題となることは殆どない赤外線カットフィルタを作製することができる。しかし、近赤外波長領域の光を十分に吸収させるためには、少なくとも0.35mm以上の厚さが必要となり、近年、特に求められている光学系の小型化に相反してしまう。
【0009】
また、吸収タイプの赤外線カットフィルタとしては、特許文献3に示すように、赤外線吸収作用を有する色素を用いたものも開示されている。これは樹脂や有機溶媒に近赤外波長領域の光を吸収する色素を分散させた塗布液を作製し、その塗布液を基板上に塗布することにより作製される。
【0010】
このように作製された赤外線カットフィルタは特許文献2のフィルタと同様に、ゴースト光による画質劣化を引き起こすことは殆どない。しかし、色素は少なからず可視波長領域の光も吸収しまうため、近赤外波長領域の光を十分に吸収させると、可視波長領域の透過率が低下し、デジタルカメラ等の光学系に利用可能な赤外線カットフィルタを作製することは困難である。
【0011】
そこで、これら反射タイプと吸収タイプのそれぞれの長所を活かしたハイブリッドタイプの赤外線カットフィルタも提案されている。例えば、特許文献4、5には、樹脂バインダに赤外光吸収作用を有する色素を分散させることによる光吸収構造体と、屈折率が異なる薄膜の積層体による近赤外光反射構造体を組み合わせた赤外線カットフィルタが開示されている。
【0012】
しかし特許文献4、5には、光吸収構造体が表層となるような構成においては環境安定性が著しく悪化することになるが、光吸収構造体の配置位置については記載がない。
【0013】
また、一般的に光吸収構造体はスピンコート法等のウェット方式の成膜法により成膜され、近赤外光反射構造体は真空蒸着法等のドライ方式の成膜法により成膜される。ウェット方式の成膜法はドライ方式の成膜法と比較すると、膜厚の誤差が大きく、光吸収構造体を設ける位置によっては設計値の分光に対する誤差も大きくなってしまう。この対策としては、基板と接するように光吸収構造体を設けることが考えられる。
【0014】
一般的に使用される基板とバインダの屈折率は比較的近く、膜設計をする際には、基板と光吸収構造体をほぼ一体とみなして設計することができる。
【0015】
このような構成、つまり光吸収構造体が基板と近赤外光反射構造体との何れにも界面を有する構成とした場合には、光吸収構造体は基板と近赤外光反射構造体の双方との密着性が必要となる。しかし検討の結果、この密着性を満たすような樹脂バインダは極めて限られていることが判明した。
【0016】
また、環境による色素の特性変化を低減する手段として、特許文献6〜7においては耐久性を改善させた色素が開示されている。しかし、これらの色素は分光特性を制限したり、バインダに色素を分散させて用いる場合は、色素の耐久性を向上させてもバインダの耐久性が不十分であると、十分な耐久性を得られないという問題がある。
【0017】
本発明の目的は、上述の問題点を解消し、光吸収構造体の透明基板、近赤外光反射構造体に対する密着性が良好で、環境安定性が優れた光学フィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するための本発明に係る光学フィルタは、合成樹脂から成る透明基板と、光吸収色素をバインダ中に混合した光吸収構造体と、少なくとも1つの近赤外光反射構造体とを有する光学フィルタにおいて、前記バインダは有機モノマと無機成分を含むモノマとから成る共重合ポリマ又はブロック共重合ポリマであり、前記近赤外光反射構造体は屈折率が異なる2種類以上の無機薄膜を積層し、前記光吸収構造体は前記透明基板と前記近赤外光反射構造体の何れとも接着界面を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る光学フィルタは、光吸収構造体は有機と無機の双方の性質を有し、有機材料から成る透明基板、無機薄膜から成る近赤外光反射構造体の双方に対して密着性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1の赤外線カットフィルタの構成図である。
【図2】色素の分光特性のグラフ図である。
【図3】赤外線カットフィルタの構成図である。
【図4】赤外線カットフィルタの構成図である。
【図5】撮像光学系の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0022】
図1は実施例1の光学フィルタとしての赤外線カットフィルタ1の構成図を示し、透明基板2上に光吸収構造体3、近赤外光反射構造体4aが積層され、透明基板2の反対の面には近赤外光反射構造体4bが成膜されている。
【0023】
本実施例における透明基板2としては、板厚0.1mmのノルボルネン系の合成樹脂であるArton(JSR社製、商品名)を用いている。しかし、同じノルボルネン系のZeonex、Zeonor(日本ゼオン社製、商品名)、F1フィルム(グンゼ社製、商品名)を用いてもよい。また、ノルボルネン系以外にも、可視波長領域において透明なものであればよく、例えばポリエステル系、アクリル系、ポリイミド系、アラミド系、PC(ポリカーボネート)、アセテート、ポリ塩化ビニル、PVA(ポリビニルアルコール)等の樹脂を用いることもできるが、これらに限定されるものではない。
【0024】
光吸収構造体3、近赤外光反射構造体4a、4bの硬化や成膜時に発生する熱や、膜応力・熱応力、水分による分光の変化等を考慮すると、透明基板2は耐熱温度つまりガラス転移点Tgが高く、曲げ弾性率が大きく、吸水率が小さいものが好ましい。これらの条件を満たすものとして、ポリイミド系やノルボルネン系の樹脂が好適な樹脂として挙げられる。
【0025】
本実施例においては、板厚0.1mmの透明基板2を用いたが、これに限定されるものではなく、剛性を保持できる範囲で可能な限り薄い方が好ましく、特に0.2〜0.025mm程度の厚さが最適である。
【0026】
光吸収構造体3の作製に際しては、近赤外波長領域に吸収機能を有する光吸収色素と、有機/無機ハイブリッドバインダとMEK(メチルエチルケトン)から成る有機溶媒とを混合し、60℃で加熱して塗布液を用いる。この塗布液を透明基板2上にスピンコート法を用いて塗布した後に、乾燥炉で乾燥・硬化させることにより光吸収構造体3が得られる。
【0027】
本実施例においては、光吸収構造体3の色素として1.0%wtのシアニン系の色素を用い、有機/無機ハイブリッドバインダとして、エステルモノマである有機モノマと、シロキサン結合を有する無機成分を含むモノマとを用いている。
【0028】
なお光吸収構造体3には、シアニン系の色素に限らず、アゾ系やフタロシアニン系、ナフタロシアニン系、ジイモニウム系、ポリメチン系、アンスラキノン系、ナフトキノン系、トリフェニルメタン系、アミニウム系、ピリリウム系、スクワリリウム系等の光吸収色素を用いてもよく、またこれらを2種類以上を混合して用いてもよい。赤外線カットフィルタ1の色再現性を考慮すると、透過波長領域における吸収が小さく、かつ透過率が平坦又は連続的に変化するものが好ましい。
【0029】
有機/無機ハイブリッドバインダとして、エステルモノマとシロキサン結合を有するモノマとの共重合ポリマを用いたが、これに限定されるものではない。バインダは透明基板2や近赤外光反射構造体4a、4bと相性の良い有機成分・無機成分を選択すればよい。
【0030】
またバインダのガラス転移点Tgは、赤外線カットフィルタ1が実際に使用される温度よりも高いことが好ましい。これはガラス転移点Tg以上の温度がかかると、光吸収構造体3を構成する分子内構成要素、特に鎖状の高分子構成要素のミクロブラウン運動により孔が発生し、水蒸気透過率が増大し、色素の分光変化に影響を与えるためである。
【0031】
また、有機/無機ハイブリッドバインダを熱硬化させる場合には、硬化温度が透明基板2のガラス転移点Tg以下であることが好ましい。本実施例の有機/無機ハイブリッドバインダは、エステルモノマとシロキサン結合を有するモノマとの共重合ポリマであり、ポリエステルバインダと比較するとガラス転移点Tgは高い。また、硬化温度は150℃程度であって、透明基板2として用いたArtonのガラス転移点Tgは164℃であり、耐え得る温度である。
【0032】
シロキサン結合を有するモノマと有機モノマとの共重合ポリマ、又はブロック共重合ポリマは、有機成分のみから成るポリマと比較しても、透明性はほぼ維持される。
【0033】
本実施例における有機/無機ハイブリッドバインダの水蒸気透過率は3g/m2・day以下である。本実施例で用いた有機/無機ハイブリッドバインダは液体樹脂であるため、必ずしも溶媒を必要としない。しかし、粘度を調整する場合においては、MEKやMIBK(メチルイソブチルケトン)等のケトン系溶媒や、シクロヘキサン、トルエン等の炭化水素系、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系、メタノール、エタノール等のアルコール系、ジメチルホルムアミド等のアミン系の溶媒を色素の溶解性や揮発性を考慮し、単体又は2種類以上の混合物として用いて希釈してもよい。また、有機/無機ハイブリッドバインダとして固形のものを用いる場合には、上述のような溶媒に溶解させることが必要である。
【0034】
なお、光吸収構造体3の成膜には、スピンコート法を用いたが、ディップコート法、グラビアコート法、スプレ法、キスコート法、ダイコート法、ナイフコート法、ブレードコート法、バーコータ法等によって成膜可能である。つまり、所望の分光を満たす膜厚や、形状、生産性等を考慮し最適な成膜方法を選択すればよい。
【0035】
また、本実施例において用いた有機/無機ハイブリッドバインダは熱硬化させたが、有機/無機ハイブリッドバインダの種類によっては、他の活性エネルギ線、例えば可視光線、電子線、プラズマ、赤外線、紫外線等により硬化させることができる。活性エネルギ線の照射量は、樹脂組成物の硬化が進行するエネルギ量であればよい。更に、必要に応じて熱重合開始剤、光重合開始剤、電子線硬化開始剤等の重合開始剤を添加してもよい。フェノール系、ビンダードフェノール系、アミン系、ビンダードアミン系、硫黄系、リン酸系、亜リン酸系等の酸化防止剤を添加することにより、色素の劣化を低減できる場合がある。
【0036】
近赤外光反射構造体4aは600〜750nmの波長の間において、透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域を有し、この遷移波長領域内に透過率と反射率が共に概ね50%となる赤外光半値波長を有し、赤外波長領域の一部に遮蔽波長領域を有する。一方、近赤外光反射構造体4bは少なくとも近赤外光反射構造体4aとは別の波長の赤外波長領域の一部に遮蔽波長領域を有する。そして、反射構造体4a、4bの全体で赤外波長領域の光を遮蔽するように膜設計されている。
【0037】
なお、光吸収構造体3は図2で示すように、近赤外光反射構造体4a、4bの遷移波長領域において吸収波長領域を有しており、これによりゴースト光の発生が抑制される。
【0038】
本実施例の近赤外光反射構造体4a、4bは、屈折率が異なるSiO2とTiO2の無機薄膜を真空蒸着法により複数積層させることにより成膜しており、分光特性はSiO2とTiO2の光学膜厚n・d(n:屈折率、d:物理膜厚)により決定される。近赤外光反射構造体4a、4bにはSiO2とTiO2を使用したが、特にこれらに限定されるものではなく、例えばMgF2、Al23、MgO、ZrO2、Nb25、Ta25等を用いてもよく、所望の分光特性や成膜装置に適した材料を選択すればよい。
【0039】
また透明基板2として、Arton等の合成樹脂フィルムを用いた場合には、比較的厚い膜厚を必要とする赤外線カットフィルタ1においては、積層した膜の応力によって反りが生じたり、クラックが発生し易くなる。この対策としては、膜応力が釣り合うように透明基板2のそれぞれの面に、実施例1のように近赤外光反射構造体4aと4bを分けて成膜するとよい。
【0040】
近赤外光反射構造体4a、4bは真空蒸着法により成膜したが、真空蒸着法に限らず、イオンプレーティング法、イオンアシスト蒸着法、スパッタリング法等の成膜方法においても成膜が可能であり、目的や条件に適した成膜方法を適宜に選択すればよい。
【0041】
本実施例の赤外線カットフィルタ1は、特に専用の紫外線遮蔽層を設けていないが、近赤外光反射構造体4a、4bの内、少なくとも1つが紫外線遮蔽機能を有することにより、紫外赤外線カットフィルタとして機能する。紫外線遮蔽機能を有する反射構造体4a、4bは、紫外線による光吸収構造体3に含まれる色素の分光変化を考慮すると、赤外線カットフィルタ1を撮像光学系に挿入した場合に、光吸収構造体3よりも入射光側に配置することがより好ましい。
【0042】
このように実施例1においては、有機/無機ハイブリッドバインダから成る光吸収構造体3は、有機材料から成る透明基板2、無機材料から成る近赤外光反射構造体4aに挟まれてそれぞれ接着界面を有する。そして、それぞれの面に対し、後述する比較例1、2で明らかなように良好な密着性を有している。
【0043】
[比較例1]
表1は光吸収構造体3のバインダに、ポリエステル系バインダ、アクリル系バインダ、有機/無機ハイブリッドバインダのそれぞれを用いた場合において、透明基板2と近赤外光反射構造体4aに対するそれぞれの密着性の評価結果を示している。
【0044】
試験に用いた有機/無機ハイブリッドバインダは、実施例1において用いたエステルモノマとシロキサン結合を有するモノマとの共重合ポリマから成る。また、透明基板2は本実施例で使用したArtonの他に、アクリル、PET(ポリエチレンテレフタレート)を用いて評価している。
【0045】
表1
Arton アクリル PET 近赤外光反射構造体4a
ポリエステル系 ○ ○ ○ ×
アクリル系 × ○ ○ ×
有機/無機ハイブリッド ○ ○ ○ ○
【0046】
透明基板2に対する光吸収構造体3の密着試験は、カッタで格子状に切り込みを入れた。この光吸収構造体3のチップが100個中、テープ剥離試験によって全く剥離しなかった場合は○、1〜5個剥離した場合は△、6個以上剥離した場合は×として表している。
【0047】
近赤外光反射構造体4aに対する光吸収構造体3の密着試験は、光吸収構造体3上に真空成膜法により近赤外光反射構造体4aを成膜し、カッタで格子状に切り込みを入れた。この近赤外光反射構造体4aのチップが、テープ剥離試験によって100個中全く剥離しなかった場合には○、1〜5個剥離した場合は△、6個以上剥離した場合には×としている。
【0048】
表1から光吸収構造体3は有機/無機ハイブリッドバインダを用いることにより、アクリル、PETの透明基板2及び近赤外光反射構造体4aに対する密着が良好となることが分かる。
【0049】
有機/無機ハイブリッドバインダとArton、アクリル、PETの透明基板2との密着性は良好であるが、透明基板2の種類によっては有機成分としてエステルモノマを使用すると、密着が得られないことがある。このような場合には、有機モノマを透明基板2と相性のよいモノマとすることで解決できる。一般的には、透明基板2を形成する有機成分の構成と似た有機モノマを選択すると密着が得易い。
【0050】
表2はエステル系、アクリル系、ビニル系、オレフィン系、イミド系、フッ素系から成る透明基板2に、それぞれエステル系、アクリル系、ビニル系、オレフィン系、イミド系、フッ素系から成る樹脂バインダを塗布した場合の密着試験の結果を示している。ここで、オレフィン系とはノルボルネン系樹脂も含んでいる。密着試験は透明基板2上に各バインダ樹脂をスピンコート法で厚さが略2μmとなるように成膜し、カッタで格子状に切り込みを入れてチップを形成した。これらのバインダのチップが、テープ剥離試験によって100個中全く剥離しなかった場合には○、1〜5個剥離した場合は△、6個以上剥離した場合には×としている。
【0051】
この表2から、少なくとも同じ系統の透明基板と樹脂バインダとであれば、良好な密着性が確保できることが分かる。
【0052】
表2
透明基板
バインダ エステル系 アクリル系 ビニル系 オレフィン系 イミド系 フッ素系
エステル系 ○ ○ ○ ○ ○ ×
アクリル系 ○ ○ ○ × ○ ×
ビニル系 ○ ○ ○ × ○ ×
オレフィン系 ○ × × ○ × ○
イミド系 ○ ○ × × ○ ×
フッ素系 × × × ○ × ○
【0053】
透明基板2としては、前述の通り耐熱性(ガラス転移温度Tg)が高く、機械特性に優れ、吸水率が低いノルボルネン系樹脂が最も好ましい基材材料の1つである。また、樹脂バインダとしては、透過率などの分光特性やコストを考慮し、アクリル系のバインダが広く使われている。しかし表2の結果から、ノルボルネン系を含むオレフィン系の基板とアクリル樹脂バインダとでは密着が取れないということが判明した。検討の結果、アクリル系モノマとオレフィン系モノマとの共重合樹脂バインダを用いることで、ノルボルネン系基板との密着性を改良することが可能であることが判明した。
【0054】
表3はアクリル・オレフィン共重合樹脂バインダのアクリル系モノマとオレフィン系モノマの割合の違いによるノルボルネン系基板との密着性を示したものである。ノルボルネン系基板として、分子構造の末端基が異なる3種の基板を用いた。密着試験は透明基板2上に各バインダ樹脂をスピンコート法で厚さが略2μmとなるように成膜し、カッタで格子状に切り込みを入れた。バインダのチップが、テープ剥離試験によって100個中全く剥離しなかった場合には○、1〜5個剥離した場合は△、6個以上剥離した場合には×としている。
【0055】
表3から、オレフィン系モノマ基材の末端基によって効果の現われ方は多少異なるが、アクリル系モノマ単独に比べ、オレフィン系モノマと共重合させることで密着性が改良されている。このことから、透明基板2を構成するモノマと同系統のモノマをバインダに含ませることで密着性が改良することが分かる。
【0056】
表3
アクリル系モノマ割合[%wt] 100 80 60 40 20 0
オレフィン系モノマ割合[%wt] 0 20 40 60 80 100
ノルボルネン系基板1 × × △ ○ ○ ○
ノルボルネン系基板2 × × △ ○ ○ ○
ノルボルネン系基板3 × × △ △ ○ ○
【0057】
[比較例2]
表4はポリエステル系バインダ、アクリル系バインダと、エステルモノマとシロキサン結合を有するモノマの共重合ポリマから成る有機/無機ハイブリッドバインダを用いた赤外線カットフィルタ1の高温高湿試験(60℃、90%)の耐久性試験結果を示している。評価は赤外光半値波長のシフト量(nm)を比較した。
【0058】
表4
250時間 500時間 750時間 1000時間
ポリエステル系 2.8 3.9 4.3 4.4
アクリル系 4.4 5.2 5.9 6.1
有機/無機ハイブリッド 1.2 1.6 2.1 1.9
【0059】
各バインダはそれぞれ粘度が10mPa・sとなるようにMEKを添加した。更に、シアニン系色素を1.0wt%添加し作製した塗布液を、透明基板2であるArton上にスピンコート法で、回転数2000rpm、30秒で成膜し、その後に乾燥炉において乾燥・硬化させ、それぞれ光吸収構造体3を得た。
【0060】
なお、ポリエステル系バインダ、アクリル系バインダ、有機/無機ハイブリッドバインダから作製した光吸収構造体3の水蒸気透過率は、それぞれ6.5、40.0、2.6g/m2・dayである。
【0061】
この光吸収構造体3上に近赤外光反射構造体4aを、光吸収構造体3の反対側の透明基板2上に近赤外光反射構造体4bをそれぞれ真空蒸着法で成膜した。なお、光吸収構造体3のみの分光変化を比較するため、同様の近赤外光反射構造体4a、4bを成膜している。
【0062】
表2において、実施例1で使用した有機/無機ハイブリッドバインダはポリエステル系バインダ、アクリル系バインダと比較すると、高温高湿試験における赤外光半値波長のシフト量(nm)が著しく小さいことが分かる。これは有機/無機ハイブリッドバインダが、ポリエステル系バインダやアクリル系バインダよりも水蒸気透過率が低く、バインダに分散された色素が水蒸気と触れることが少ないためである。
【0063】
図3は実施例1の赤外線カットフィルタ1’であり、光吸収構造体3が透明基板2と近赤外光反射構造体4bの間に設けられている。
【0064】
また、透明基板2として剛性が十分なものを使用した場合には、図4に示す変形例2の赤外線カットフィルタ1”のように、光吸収構造体3上に近赤外光反射構造体4a、4bの両分光機能を併せた近赤外光反射構造体4cを設けてもよい。
【0065】
このように作製した赤外線カットフィルタ1、1’、1”を光学系に配置する場合には、光吸収構造体3をゴースト光の主要因となる遷移領域を有する近赤外光反射構造体4a、4bと撮像素子16との間に配置することで、よりゴースト光を低減できる。
【実施例2】
【0066】
図5はデジタルカメラ等に用いられる光量調整装置を備えた撮像光学系を示し、実施例1で得られた赤外線カットフィルタ1が用いられている。光路上に、レンズ11、光量絞り装置12、レンズ13〜15、赤外線カットフィルタ1、撮像素子16が順次に配列されている。
【0067】
光量絞り装置12には、絞り羽根支持板17に一対の絞り羽根18a、18bが可動に取り付けられて、光を通過させる絞り開口部を形成している。絞り羽根18aには、絞り羽根18a、18bにより形成される開口部を通過する光量を減光することを目的としたND(Neutral Density)フィルタ19が接着されている。この開口を通過した光は光束としてレンズ13〜15を通過し、赤外線カットフィルタ1を通過した後に、撮像素子16において電気信号に変換される。
【0068】
また、赤外線カットフィルタ1は制御手段20の出力によりフィルタ駆動部21が動いて光路に対し進退自在とされている。赤外線カットフィルタ1は、本実施例のように可動としてもよいし、撮像素子1の近傍に固定的に配置してもよい。
【0069】
例えば図5のように可動とした場合は、光量絞り装置12を透過した光は、赤外線カットフィルタ1へと入射するが、被写体が明るいとき、即ち可視光における光量が十分なときは赤外線カットフィルタ1はフィルタ駆動部21によって撮像光学系の光路上に挿入される。一方、被写体が暗いとき、つまり可視光における光量が不十分のときは赤外線カットフィルタ1を撮像光学系の光路上から退避させる。
【0070】
赤外線カットフィルタ1は可動、固定の何れにおいても、撮像素子16の特性に合わせて、赤外線などの光量を制限し、適正な画像を得ることができるようになっている。
【符号の説明】
【0071】
1、1’、1” 赤外線カットフィルタ
2 透明基板
3 光吸収構造体
4a〜4c 近赤外光反射構造体
12 光量絞り装置
16 撮像素子
18a、18b 絞り羽根
19 NDフィルタ
21 フィルタ駆動部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成樹脂から成る透明基板と、光吸収色素をバインダ中に混合した光吸収構造体と、少なくとも1つの近赤外光反射構造体とを有する光学フィルタにおいて、前記バインダは有機モノマと無機成分を含むモノマとから成る共重合ポリマ又はブロック共重合ポリマであり、前記近赤外光反射構造体は屈折率が異なる2種類以上の無機薄膜を積層し、前記光吸収構造体は前記透明基板と前記近赤外光反射構造体の何れとも接着界面を有することを特徴とする光学フィルタ。
【請求項2】
前記無機成分はシロキサン結合を有するモノマであることを特徴とする請求項1に記載の光学フィルタ。
【請求項3】
前記有機モノマは少なくとも前記透明基板を構成するモノマと同系統のモノマを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の光学フィルタ。
【請求項4】
前記光吸収構造体の水蒸気透過率は3g/m2・day以下であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【請求項5】
前記近赤外光反射構造体の少なくとも1つは、600〜750nmの波長の間に透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域を有することを特徴とする請求項1〜4の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【請求項6】
前記光吸収構造体は前記近赤外光反射構造体の少なくとも前記遷移波長領域に吸収波長領域を有することを特徴とする請求項5に記載の光学フィルタ。
【請求項7】
前記近赤外光反射構造体は赤外線又は紫外線遮蔽機能を有することを特徴とする請求項1〜6の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【請求項8】
光を通過させる開口部を形成する絞り羽根と、前記開口部を通過する光束の光量を制限する請求項1〜7の何れか1つの請求項に記載の前記光学フィルタと、前記光学フィルタを通過した光を電気信号に変換する撮像素子とを有することを特徴とする撮像光学系。
【請求項9】
前記光学フィルタの前記光吸収構造体は、600〜750nmの波長の間に透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域を有する近赤外光反射構造体と前記撮像素子との間に配置したことを特徴とする請求項8に記載の撮像光学系。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−137651(P2012−137651A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290432(P2010−290432)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】