説明

光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの製造方法

【課題】医農薬および光学材料の重要中間体である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの量産に適した製造方法を提供する。
【解決手段】光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に、スルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させることにより、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する。さらに好ましくは、反応終了液に酸を加えて蒸留精製することにより、一層純度の高い光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造することができる。
この方法により光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを大量規模で有利に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬および光学材料の重要中間体である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明で対象とする光学活性α−フルオロカルボン酸エステルは、医農薬および光学材料の重要中間体である。本発明に関連する公知技術、特に実用的な製造方法としては、下記の代表的な四例が挙げられる。これらの製造方法は、目的とする光学活性α−フルオロカルボン酸エステルとは逆の立体化学を有する、光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを出発原料とし、ヒドロキシル基を脱離基に誘導(立体保持)し、フッ素アニオンと二分子求核置換反応(立体反転)を行うという点で共通する。
【0003】
1)光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを塩化チオニルでクロロ亜硫酸エステルに変換し、次にフッ化水素でフルオロ亜硫酸エステルに変換し、最後に三級アミンを触媒として熱分解する方法(特許文献1)。
【0004】
2)光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを有機塩基の存在下にメタンスルホニルクロリドでメタンスルホン酸エステルに変換し、次にアルカリ金属のフッ化物と反応させる方法(特許文献2)。
【0005】
3)光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを有機塩基の存在下にトリフルオロメタンスルホニルフルオリドでトリフルオロメタンスルホン酸エステルに変換し、反応系内で副生した有機塩基とフッ化水素の塩または錯体と連続的に反応させる方法(特許文献3)。
【0006】
4)光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを有機塩基の存在下にスルフリルフルオリドでフルオロ硫酸エステルに変換し、反応系内で副生した有機塩基とフッ化水素の塩または錯体と連続的に反応させる方法(特許文献4)。
【特許文献1】国際公開2006/037887号パンフレット
【特許文献2】特開2006−169251号公報
【特許文献3】特開2006−83163号公報
【特許文献4】特開2006−290870号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、医農薬および光学材料の重要中間体である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの工業的な製造方法を提供することにある。
【0008】
特許文献1および特許文献2の方法では、少なくとも二つ以上の反応工程を別々に行う必要があった。またこれらの実施例から判断すると、反応操作が煩雑であり、さらに廃棄物が多い方法であった。よって結果的に、競争力のある工業的な製造方法とは言い難いものであった。
【0009】
特許文献3および特許文献4の方法では、トリフルオロメタンスルホン酸エステルまたはフルオロ硫酸エステルに変換する工程とフッ素アニオンで置換する工程を、一つの反応容器内で連続的に行えるというメリット(実質的に一反応工程と見なせる)を有していた。しかしながら反応溶媒を用いて反応を行い、また後処理では抽出や洗浄等の操作を行うため、工業的な製造方法といえども、生産性には制限があり、また廃棄物も本発明で開示した製造方法に比べると多く、削減を必要とする製造方法であった。
【0010】
この様に、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを工業的に製造できる方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルをスルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドと反応させる方法において、該反応を有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に行うことにより、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが収率良く、高い光学純度で製造できることを見出した。さらに本発明者らは、この様にして得られた光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを含む反応終了液に酸を加えて蒸留精製することにより、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが高い純度で簡便に単離できることも明らかにした。
【0012】
本発明においては、上記の脱ヒドロキシフッ素化反応を、反応溶媒の非存在下で行っても、収率面や操作性で満足のいく結果が得られたのみならず、光学純度の面でも反応溶媒を使用した場合に比べて、劣ることのない結果が得られた。また、反応溶媒の非存在下で反応させても、分離の難しい不純物を副生することもなかった。
【0013】
この結果、反応後、反応溶媒やその他の共存物を除去する操作が著しく軽減でき、反応終了液をそのまま蒸留精製することで、目的物をごく簡便に単離することが可能となった。
【0014】
さらに、本発明者らは、該蒸留精製に先立って、反応終了液に酸を加えてから蒸留することが、高い純度の目的物を製造する上で極めて有効であることを見出した。本発明においては、反応終了液に少量のフッ化物イオンが残留することが避けられない。このフッ化物イオンは目的物との分離が比較的困難で、通常の蒸留処理を行っても、目的物中から取り除き難いことが判った。ところが、本発明者らは、この蒸留処理に先立ち、反応終了液に酸を加え、斯かる後に蒸留を行ったところ、フッ化物イオンが顕著に減少し、併せて、系中に残存していた過剰の有機塩基も有意に低減でき、一層高純度の目的物を製造できることも明らかとなった。
【0015】
この様に、本発明の特徴としては、次の二つが挙げられる。
1)反応溶媒を一切用いないニートの状態で目的とする反応が良好に進行し、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが極めて高い光学純度(好適な場合には99%ee以上)で収率良く得られること(実施例1、実施例2および実施例3)。
2)さらに反応終了液を直接、蒸留精製することにより、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが極めて簡便に回収でき、またこの時に酸を加えて蒸留精製することにより、回収される光学活性α−フルオロカルボン酸エステル中の有機塩基含量とフッ化物イオン濃度が効果的に低減できること(実施例2と、実施例1および実施例3の比較)。
【0016】
すなわち、本発明は[発明1]から[発明7]を含み、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの工業的な製造方法を提供する。
【0017】
[発明1]
一般式[1]
【0018】
【化7】

【0019】
[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させることにより、一般式[2]
【0020】
【化8】

【0021】
[式中、R1、Rおよび*は上記と同じものを表し、不斉炭素の立体化学は反転する]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法であって、該反応を、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【0022】
[発明2]
発明1に記載の反応によって得られた、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを含む反応終了液に、酸を加えて蒸留精製することを特徴とする、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【0023】
[発明3]
酸が有機酸であることを特徴とする、発明2に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【0024】
[発明4]
一般式[3]
【0025】
【化9】

【0026】
[式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性乳酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)またはトリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)と反応させることにより、一般式[4]
【0027】
【化10】

【0028】
[式中、Rおよび*は上記と同じものを表し、不斉炭素の立体化学は反転する]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法であって、該反応を、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジンまたは3,5,6−コリジンの存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法。
【0029】
[発明5]
発明4に記載の反応によって得られた、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを含む反応終了液に、有機酸を加えて減圧蒸留精製することを特徴とする、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法。
【0030】
[発明6]
式[5]
【0031】
【化11】

【0032】
で示される(S)−乳酸メチルを、スルフリルフルオリド(SO)と反応させることにより、式[6]
【0033】
【化12】

【0034】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法であって、該反応を、トリエチルアミンまたはトリn−ブチルアミンの存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法。
【0035】
[発明7]
発明6に記載の反応によって得られた、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを含む反応終了液に、安息香酸を加えて減圧蒸留精製することを特徴とする、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明の方法により、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを大量規模で製造することができる。本発明が従来技術に比べて有利な点を以下に纏める。
【0037】
特許文献1および特許文献2の方法と比べると、反応工程数が少なく、また反応操作も簡便であり、さらに廃棄物も少ない。
【0038】
特許文献3および特許文献4の方法と比べると、反応溶媒を一切用いる必要がなく、また好適な例においては、後処理操作が極めて簡便である。
【0039】
よって本発明の方法では、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが高い生産性で且つ少ない廃棄物で製造できるため、工業的な方法として非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
本発明の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルの製造方法について詳細に説明する。
【0041】
(1)反応工程
まず、一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に、スルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドと反応させることにより、一般式[2]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する「反応工程」について、説明する。
【0042】
該反応の出発原料および目的生成物の不斉炭素の立体化学としては、ヒドロキシル基を脱離基に誘導する工程は立体保持で進行し、フッ素アニオンで二分子求核置換反応する工程は立体反転で進行する。よって一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルのα位R体からは一般式[2]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルのα位S体が得られ、同様にα位S体からはα位R体が得られる。
【0043】
一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルのRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、アミル基、ヘキシル基が挙げられ、炭素数3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができる。好適な例においては反応終了液を直接、蒸留することにより一般式[2]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが回収できるが、この時に沸点が低い方がより回収し易いため、その中でもメチル基、エチル基およびプロピル基が好ましく、特にメチル基およびエチル基がより好ましい。
【0044】
一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルのRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基が挙げられ、炭素数3以上のアルキル基は直鎖または分枝を採ることができる。上記と同様に沸点が低い方がより回収し易いため、その中でもメチル基およびエチル基が好ましく、特にメチル基がより好ましい。さらにRとRのアルキル基同士が共有結合でラクトン環を形成することもできる。
【0045】
一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルの不斉炭素の立体化学としては、R配置またはS配置を採ることができ、エナンチオマー過剰率(%ee)としては、特に制限はないが、90%ee以上のものを用いればよく、通常は95%ee以上が好ましく、特に97%ee以上がより好ましい。
【0046】
一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルは、Synthetic Communications(米国),1991年,第21巻,第21号,p.2165−2170を参考にして、市販されている種々の光学活性α−アミノ酸から同様に製造することができる。また実施例で用いた(S)−乳酸メチルは市販品を利用した。
【0047】
ヒドロキシル基を脱離基に誘導する反応剤としては、スルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドが挙げられる。その中でもフッ素の原子経済性、工業的な入手、後処理操作および廃棄物処理を考慮すると、スルフリルフルオリドおよびトリフルオロメタンスルホニルフルオリドが好ましく、特にスルフリルフルオリドがより好ましい。
【0048】
スルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドの使用量としては、特に制限はないが、一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステル1モルに対して0.7〜7モルを用いればよく、通常は0.8〜5モルが好ましく、特に0.9〜3モルがより好ましい。
【0049】
有機塩基としては、特に制限はないが、代表的なものとしては、第三級アミンおよびピリジン類が挙げられる。斯かる有機塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,3,4−コリジン、2,4,5−コリジン、2,5,6−コリジン、2,4,6−コリジン、3,4,5−コリジン、3,5,6−コリジン等が挙げられる。その中でもトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジンおよび3,5,6−コリジンが好ましい。本発明は反応溶媒の非存在下に反応させるため、反応系内で副生する、有機塩基とフッ化水素の塩または錯体、または有機塩基とRfSOH[式中、Rfはフッ素原子、トリフルオロメチル基またはノナフルオロブチル基を表す]の塩または錯体が適度な流動性を有して良好に攪拌できることが重要であり、斯かる有機塩基としては、特にトリエチルアミンおよびトリn−ブチルアミンがより好ましい[(S)−乳酸メチル(1.0eq)、スルフリルフルオリド(1.2eq)と有機塩基(1.2eq)を用いて実施例と同様に反応を行い、得られた反応終了液の室温における流動性を調査したところ、有機塩基にトリエチルアミンまたはトリn−ブチルアミンを用いた場合の方が、ジイソプロピルエチルアミンまたはトリn−プロピルアミンを用いた場合に比べて流動性が良好であった。表−1を参照]。また、蒸留操作においては、目的化合物である光学活性α−フルオロカルボン酸エステルとの沸点差が、大気圧で30℃以上あるものを用いればよく、通常は40℃以上が好ましく、特に50℃以上がより好ましく、さらに、回収再利用が容易に行える有機塩基を選定することが重要である。これらの観点を考慮すると、本発明の好適な目的化合物である(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの製造においては、トリn−ブチルアミンが極めて好ましい。
【0050】
【表1】

【0051】
有機塩基の使用量としては、特に制限はないが、一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステル1モルに対して0.7〜7モルを用いればよく、通常は0.8〜5モルが好ましく、特に0.9〜3モルがより好ましい。
【0052】
本発明の重要な態様である“反応溶媒の非存在下に反応させる”とは、上述の反応試薬以外に、反応溶媒(有機溶媒、水等の液体)を系内に、実質的に存在させずに、反応を行うことをいう。具体的には一般式[1]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステル1モルに対して0.1L(リットル)未満の状態を指し、通常は0.07L未満が好ましく、特に0.05L未満がより好ましい。系内に反応溶媒を意図的に添加することなく反応を行う態様が「反応溶媒の非存在下に反応させる」典型であり、極めて好ましい。“反応溶媒の非存在下に反応させる”ことにより、一般式[2]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが高い生産性で且つ少ない廃棄物で製造できる。
【0053】
反応温度としては、本発明は反応溶媒の非存在下に反応させるため、反応系内で副生する、有機塩基とフッ化水素の塩または錯体、または有機塩基とRfSOH[式中、Rfはフッ素原子、トリフルオロメチル基またはノナフルオロブチル基を表す]の塩または錯体が適度な流動性を有して良好に攪拌できることが重要であり、斯かる反応温度としては、通常は−20〜+70℃が好ましく、特に−10〜+50℃がより好ましい。またスルフリルフルオリド、トリフルオロメタンスルホニルフルオリドまたはノナフルオロブタンスルホニルフルオリドの沸点以上の反応温度で反応を行う場合には耐圧反応容器を使用することができる。
【0054】
反応圧力としては、特に制限はないが、大気圧(0.1MPa)〜2MPaの範囲で行えばよく、通常は大気圧〜1.5MPaが好ましく、特に大気圧〜1MPaがより好ましい。よってステンレス鋼(SUS)またはガラス(グラスライニング)の様な材質でできた耐圧反応容器を用いて反応を行うことが好ましい。
【0055】
反応時間としては、特に制限はないが、24時間以内の範囲で行えばよく、出発原料、有機塩基、ヒドロキシル基を脱離基に誘導する反応剤および反応条件等により異なるため、ガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴(NMR)等の分析手段により、反応の進行状況をモニターし、出発原料が殆ど消失した時点を終点とすることが好ましい。
【0056】
(2)蒸留工程
上記の反応工程で得られた光学活性α−フルオロカルボン酸エステルは、その後、精製工程(後処理)に付すことによって、単離することができる。この精製手段としては、特に制限はない。しかし本発明においては、反応溶媒が用いられていないことから、反応終了液を直接(特段の精製操作を行うことなく、そのまま)蒸留することができ、それが特に好適である。前記の様に本発明の反応においては、反応溶媒の存在しない条件下であるにも拘らず、分離の難しい不純物がほとんど生成しない。したがって、反応終了液をそのまま蒸留工程に付しても、高い純度で、なおかつ高い光学純度で、目的とする一般式[2]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルが回収できる。以下、この蒸留工程について、説明する。
【0057】
蒸留の条件としては、その沸点を考慮して、当業者によって、圧力およびバス温度(釜温度)を適宜設定することができるが、減圧蒸留が、蒸留温度を適度に低減できるために、好ましい。減圧蒸留を行う場合の減圧度(蒸留時の系内の絶対圧をいう。以下同じ。)としては、特に制限はないが、大気圧未満の範囲で行えばよく、通常は50kPa以下が好ましく、特に25kPa以下がより好ましい。但し、0.1kPaを下回ると、蒸留の分離効率が下がり、かえって操作上、不都合になることがあるので、好ましくない。したがって、例えば0.5kPa〜25kPaの範囲で蒸留を行うことは、好ましい態様である。
【0058】
また蒸留における塔頂温度は、上記減圧度に依存するが、バス温度としては、当然この塔頂温度よりも高い温度を設定する。バス温度も減圧度に依存することとなるが、この温度としては、200℃以下の範囲であり、通常は175℃以下が好ましく、特に150℃以下がより好ましい。バス温度に下限値はないが、20℃以上、さらに好ましくは40℃以上のバス温度で蒸留を行うと、蒸留が安定しやすいので、有利である。したがって、バス温度20〜175℃は好ましい温度として挙げられ、40〜150℃は一層好ましい温度である。
【0059】
必要に応じて、回収した留出物を分別蒸留することにより、目的生成物をより高い純度で得ることができる。
【0060】
本発明においては、反応に使用した有機塩基を回収再利用することができる。反応と蒸留を好適な操作条件下で行うと、使用後の有機塩基は「RfSOH[式中、Rfはフッ素原子、トリフルオロメチル基またはノナフルオロブチル基を表す]との塩または錯体(RfSOHとの混合物)」または「フッ化水素との塩または錯体(フッ化水素との混合物)」の形で、釜残(蒸留残渣)から回収することができる(大部分は前者の形)。該釜残を水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等から調製したアルカリ性水溶液で中和し、遊離した有機塩基を分液し、必要に応じて水洗または脱水操作を行い、蒸留することにより、有機塩基を高い化学純度で収率良く回収することができる。回収した有機塩基は、反応性が低下することなく再利用できる。この様な方法で回収再利用を行う場合には、脂溶性が高く、脱水し易い有機塩基が好適である。当然、回収再利用の方法は、上記の手法に限定されるものではない。
【0061】
上記蒸留工程は“反応終了液に酸を加えて行う”ことにより、一層好ましく実施できる。すなわち、「反応終了液」に対して、酸を添加し、その液を蒸留工程に付すことによって、反応に用いられた有機塩基や、残存するフッ化物イオンが効果的に除去され、一般式[2]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルがより高い純度、高い生産性で且つより少ない廃棄物で製造できることが判明した。
【0062】
斯かる酸としては、無機酸または有機酸を用いることができるが、その中でも、水溶液として存在する酸ではなく、さらに揮発性の低い酸が一層好ましい。この様な無機酸としては、硫酸、リン酸、ホウ酸等が挙げられ、また有機酸としては、ギ酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、シュウ酸、プロピオン酸、アクリル酸、マロン酸、酪酸、メタクリル酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、吉草酸、ヘキサン酸、安息香酸、o−,m−またはp−フルオロ安息香酸、o−,m−またはp−クロロ安息香酸、o−,m−またはp−ヒドロキシ安息香酸、p−トルエンスルホン酸、o−,m−またはp−トルイル酸、o−,m−またはp−アニス酸、o−,m−またはp−ベンゼンジカルボン酸(フタル酸,イソフタル酸,テレフタル酸)等が挙げられる。その中でも有機酸が、フッ化物イオンの除去能が高いため好ましく、特に安息香酸がより好ましい。
【0063】
酸の使用量としては、特に制限はないが、過剰に使用した有機塩基1モルに対して0.7〜9モルを用いればよく、通常は0.8〜7モルが好ましく、特に0.9〜5モルがより好ましい(例えば、実施例2では、過剰に使用した有機塩基は0.27molであり、酸は0.62mol使用しており、2.30当量使用したことになる)。
【0064】
本発明において、反応終了液に有機酸を加え、それに引き続いて減圧蒸留精製を行うことは、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する上で、特に好ましい態様である。
【0065】
また、本発明において、一般式[3]で示される光学活性乳酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)またはトリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)と、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジンおよび3,5,6−コリジンから選ばれる有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に反応させ、一般式[4]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを得る方法、および、上記の方法で得た一般式[4]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを含む反応終了液に、有機酸を加えて減圧蒸留精製する方法は、生成物の有用性が顕著であることや、本発明の効果が顕著であることから、特に好ましい態様である。
【0066】
また、式[5]で示される(S)−乳酸メチルを、スルフリルフルオリド(SO)と、トリエチルアミンおよびトリn−ブチルアミンから選ばれる有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に反応させ、式[6]で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを得る方法、および、上記の方法で得た式[6]で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを含む反応終了液に、安息香酸を加えて減圧蒸留精製する方法は、生成物の有用性が顕著であること、原料化合物の入手が特に容易であることや、本発明の効果が顕著であること等から、極めて好ましい態様である。
【実施例】
【0067】
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0068】
【化13】

【0069】
で示される(S)−乳酸メチル12.0g(115mmol、1.00eq、光学純度99.0%ee以上)とトリエチルアミン13.0g(128mmol、1.11eq)を加え、−20℃の冷媒浴で冷却してスルフリルフルオリド(SO)13.5g(132mmol、1.15eq)をボンベより吹き込んだ。内温を室温まで徐々に昇温して同温度で2時間30分攪拌した。反応の変換率をガスクロマトグラフィーにより測定したところ95%以上であった。
【0070】
次いで、反応終了液を、そのまま減圧蒸留(減圧度;15kPa、バス温度;70℃)に付したところ、下記式
【0071】
【化14】

【0072】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの留出物10.3gを得た。回収率は84%であった。留出物の化学純度(ガスクロマトグラフィーにより算出)、光学純度[ガスクロマトグラフィーにより算出;エステル基をヒドリド還元して(R)−2−フルオロプロパノールに誘導し、そのMosher酸エステルを分析]、トリエチルアミン含量(H−NMRにより算出)およびフッ化物イオン濃度は、それぞれ94.2%、99.0%ee以上、3.8mol%、342ppmであった。
【0073】
(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルのH−および19F−NMRスペクトルを下に示す。
H−NMR[基準物質;(CHSi,重溶媒;CDCl],δ ppm;1.59(dd,23.6Hz,6.8Hz,3H),3.81(s,3H),5.03(dq,48.6Hz,6.9Hz,1H).
19F−NMR(基準物質;C,重溶媒;CDCl),δ ppm;−22.77(dq,47.2Hz,23.8Hz,1F).
[実施例2]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0074】
【化15】

【0075】
で示される(S)−乳酸メチル258g(2.48mol、1.00eq、光学純度99.0%ee以上)とトリエチルアミン278g(2.75mol、1.11eq)を加え、内温を0〜11℃に制御しながらスルフリルフルオリド(SO)280g(2.74mol、1.10eq)をボンベより吹き込んだ。内温を室温まで徐々に昇温して同温度で終夜攪拌した。反応の変換率をガスクロマトグラフィーにより測定したところ92%であった。
【0076】
次いで、反応終了液に安息香酸76g(0.62mol、過剰に使用したトリエチルアミンに対して2.30eq)を加えて減圧蒸留(減圧度;1.5kPa、バス温度;70℃)に付したところ、下記式
【0077】
【化16】

【0078】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの留出物193gを得た。回収率は73%であった。留出物の化学純度(ガスクロマトグラフィーにより算出)、光学純度[ガスクロマトグラフィーにより算出;エステル基をヒドリド還元して(R)−2−フルオロプロパノールに誘導し、そのMosher酸エステルを分析]、トリエチルアミン含量(H−NMRにより算出)およびフッ化物イオン濃度は、それぞれ97.3%、99.5%ee、痕跡量(0.2mol%未満)、89ppmであった。
【0079】
(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルのH−および19F−NMRスペクトルは実施例1と同じであった。
【0080】
この様に実施例2では、「反応終了液に酸を加えて蒸留を行う」ことによって、トリエチルアミン含量、フッ化物イオン濃度を、実施例1に比べ、さらに顕著に低減することができた。
[実施例3]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0081】
【化17】

【0082】
で示される(S)−乳酸メチル106.8kg(1.026kmol、1.00eq、光学純度99.0%ee)とトリn−ブチルアミン190.1kg(1.026kmol、1.00eq)を加え、−10℃の循環式冷媒で冷却してスルフリルフルオリド(SO)105.1kg(1.030kmol、1.00eq)をボンベより吹き込んだ。内温を室温まで徐々に昇温して同温度で4時間攪拌した。反応の変換率をH−NMRにより測定したところ95%であった。
【0083】
次いで、反応終了液を、そのまま減圧蒸留(減圧度;1.0kPa、バス温度;75℃)に付したところ、下記式
【0084】
【化18】

【0085】
で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルの留出物95.4kgを得た。回収率は84%であった。留出物の化学純度(ガスクロマトグラフィーにより算出)、光学純度(キラルガスクロマトグラフィーにより算出)、トリn−ブチルアミン含量(ガスクロマトグラフィーにより算出)、フッ化物イオン濃度および水分は、それぞれ96.5%、97.4%ee、1.5%、543ppm、317ppmであった。
【0086】
(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルのH−および19F−NMRスペクトルは実施例1と同じであった。
【0087】
釜残(蒸留残渣)に水560kgを加え、0℃の循環式冷媒で冷却して48%水酸化ナトリウム水溶液をpHが12になるまで加え、遊離した有機層を二相分離し、回収有機層を水105kgで洗浄した。次いで、ガラス製蒸留装置(理論段数15段)を用いて分別蒸留(塔頂温度79〜82℃、減圧度14〜16hPa)することにより、主留156kg(化学純度99.9%以上、水分0.1%未満)を回収した(回収率82%)。回収したトリn−ブチルアミンは、反応性が低下することなく再利用できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

[式中、R1は炭素数1から6のアルキル基を表し、Rは炭素数1から4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性α−ヒドロキシカルボン酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)またはノナフルオロブタンスルホニルフルオリド(CSO2F)と反応させることにより、一般式[2]
【化2】

[式中、R1、Rおよび*は上記と同じものを表し、不斉炭素の立体化学は反転する]で示される光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法であって、該反応を、有機塩基の存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の反応によって得られた、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを含む反応終了液に、酸を加えて蒸留精製することを特徴とする、光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【請求項3】
酸が有機酸であることを特徴とする、請求項2に記載の光学活性α−フルオロカルボン酸エステルを製造する方法。
【請求項4】
一般式[3]
【化3】

[式中、Rはメチル基またはエチル基を表し、*は不斉炭素を表す]で示される光学活性乳酸エステルを、スルフリルフルオリド(SO)またはトリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CFSO2F)と反応させることにより、一般式[4]
【化4】

[式中、Rおよび*は上記と同じものを表し、不斉炭素の立体化学は反転する]で示される光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法であって、該反応を、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジンまたは3,5,6−コリジンの存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法。
【請求項5】
請求項4に記載の反応によって得られた、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを含む反応終了液に、有機酸を加えて減圧蒸留精製することを特徴とする、光学活性2−フルオロプロピオン酸エステルを製造する方法。
【請求項6】
式[5]
【化5】

で示される(S)−乳酸メチルを、スルフリルフルオリド(SO)と反応させることにより、式[6]
【化6】

で示される(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法であって、該反応を、トリエチルアミンまたはトリn−ブチルアミンの存在下かつ反応溶媒の非存在下に行う、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法。
【請求項7】
請求項6に記載の反応によって得られた、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを含む反応終了液に、安息香酸を加えて減圧蒸留精製することを特徴とする、(R)−2−フルオロプロピオン酸メチルを製造する方法。

【公開番号】特開2008−201770(P2008−201770A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−212495(P2007−212495)
【出願日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】