説明

光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩およびそのエステルの製造方法

【課題】光学活性ビフェニルアラニン化合物またはそのエステルを、高い光学純度で、安価で、簡便な操作により製造できる方法の提供。
【解決手段】ビフェニルアラニンエステル化合物を、(i)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリの存在下で、(ii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノ酸の存在下で、または(iii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノスルホン酸の存在下で、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼを用いて加水分解して、生成した光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩と未反応の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物を分離することを特徴とする、光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩および光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬等の中間体として有用な光学活性なビフェニルアラニン構造を有する化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性なビフェニルアラニン構造を有する化合物は、中性エンドペプチダーゼ阻害剤等の医薬の中間体として有用である(特許文献1、2参照)。
【0003】
光学活性ビフェニルアラニンの製造方法としては、(1)D−Boc−チロシンメチルエステルのトリフレート化、スズキカップリング、エステルの加水分解による方法(特許文献3参照)、(2)不斉水素化による光学活性Boc−ビフェニルアラニンの合成(非特許文献1および特許文献2参照)が知られている。しかしながら、(1)の方法は、トリフレート化の試剤が高価である、スズキカップリングで使用する触媒のパラジウムが高価である、生成物からの残留パラジウムの除去が困難である、D−ビフェニルアラニンを得ようとした場合、原料であるD−チロシンが高価である点で、工業的に有利な方法とはいえない。また、(2)の方法は不斉水素化で使用する触媒および不斉源が高価という問題があった。
【0004】
一方、光学活性なアミノ酸誘導体を製造する方法として、N−(2,6−ジメチルフェニル)アラニンエステルのラセミ体を、酵素を用いて不斉加水分解する方法が知られている(特許文献4参照)。その他にも、酵素を用いる不斉加水分解により、光学活性なアミノ酸または光学活性なフェニルアラニン誘導体を製造することが知られている(非特許文献2〜5、特許文献5参照)。
【0005】
また、ラセミ型N−置換−DL−アミノ酸エステルをpHコントロール試薬としての弱塩基の存在下で、プロテアーゼを用いて加水分解して、N−置換−L−アミノ酸およびN−置換−D−アミノ酸エステルを得ることが知られている(特許文献6参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平6−228187号公報
【特許文献2】特開2003−261522号公報
【特許文献3】米国特許第5217996号明細書
【特許文献4】国際公開第WO2004/055195号パンフレット
【特許文献5】スペイン特許出願公開第547913号
【特許文献6】特開平9−206089号公報
【非特許文献1】キラリティ(Chirality)、1996年、第8巻、第2号、p.173−188
【非特許文献2】ジャーナル・オブ・ケミカル・テクノロジー・アンド・バイオテクノロジー(J. Chem. Technol. Biotechnol.)、1994年、第59巻、第1号、p.61−65
【非特許文献3】アイティーイー・レターズ・オン・バッテリーズ、ニュー・テクノロジーズ・アンド・メディシン(ITE Letters on Batteries, New Technologies & Medicine)、アイティーイー−ホーワ・インコーポレイティッド(ITE-Hohwa Inc.)、2004年、第5巻、第4号、p.377−380、
【非特許文献4】エナンチオマー(Enantiomer)、2002年、第7巻、第1号、p1−3
【非特許文献5】バイオテクノロジー・レターズ(Biotechnol. Lett.)、1991年、第13巻、第5号、p.317−322
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、光学活性なビフェニルアラニン構造を有する化合物を、高い光学純度で、安価で、簡便な操作により製造することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、鋭意検討した結果、ビフェニルアラニンエステルを、特定の条件下で、特定の酵素を用いて加水分解することにより、光学活性ビフェニルアラニンまたはその塩およびそのエステルを高い光学純度で、安価で、簡便な操作により製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下の通りである。
【0009】
[1]式(1)
【0010】
【化1】

【0011】
(式中、
はアルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、置換基を有していてもよいアリール基または置換基を有していてもよいアラルキル基を示し、
はアミノ基の保護基を示し、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、シアノ基またはニトロ基を示す。)
で表されるビフェニルアラニンエステル化合物(以下、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)ともいう)を、(i)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリの存在下で、(ii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノ酸の存在下で、または(iii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノスルホン酸の存在下で、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼを用いて加水分解して、生成した式(2)
【0012】
【化2】

【0013】
(式中、各記号は前記と同義である。)
で表される光学活性ビフェニルアラニン化合物(以下、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)ともいう)またはその塩と式(3)
【0014】
【化3】

【0015】
(式中、各記号は前記と同義である。)
で表される未反応の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(以下、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)ともいう)を分離することを特徴とする、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩および光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)の製造方法。
[2]アルカリがアルカリ金属水酸化物である、上記[1]記載の方法。
[3]アミノ酸がグリシンである、上記[1]記載の方法。
[4]アミノスルホン酸がタウリンである、上記[1]記載の方法。
[5]加水分解がアルカリ金属水酸化物とアミノ酸の存在下で行われる、上記[1]記載の方法。
[6]加水分解がアルカリ金属水酸化物とグリシンの存在下で行われる、上記[1]記載の方法。
[7]加水分解がアルカリ金属水酸化物とアミノスルホン酸の存在下で行われる、上記[1]記載の方法。
[8]加水分解がアルカリ金属水酸化物とタウリンの存在下で行われる、上記[1]記載の方法。
[9]プロテアーゼがBacillus licheniformis由来のものである、上記[1]記載の方法。
[10]Rがアルキル基である、上記[1]記載の方法。
[11]Rがメチルまたはエチルである、上記[1]記載の方法。
[12]Rがtert−ブトキシカルボニルである、上記[1]記載の方法。
[13]RおよびRが水素原子である、上記[1]記載の方法。
[14]加水分解が、pHを6.0〜13の範囲に維持しながら行われる、上記[1]記載の方法。
[15]加水分解が、pHを6.0〜10の範囲に維持しながら行われる、上記[1]記載の方法。
[16]加水分解が、有機溶媒と水の混合溶媒中で行われる、上記[1]記載の方法。
[17]有機溶媒が、tert−ブチルメチルエーテルおよびトルエンから選ばれる少なくとも1種である、上記[16]記載の方法。
[18]有機溶媒がtert−ブチルメチルエーテルである、上記[16]記載の方法。
[19]加水分解が30〜60℃で行われる、上記[1]記載の方法。
[20]加水分解が35〜55℃で行われる、上記[1]記載の方法。
[21]光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩をエステル化して、式(2’)
【0016】
【化4】

【0017】
(式中、
はアルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、置換基を有していてもよいアリール基または置換基を有していてもよいアラルキル基を示し、
、RおよびRは前記と同義である。)
で表される光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(以下、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)ともいう)を得る工程;
光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)をラセミ化して、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)を得る工程;
を包含することを特徴とする、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)の製造方法。
[22]ビフェニルアラニンエステル化合物(1)を、(i)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリの存在下で、(ii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノ酸の存在下で、または(iii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノスルホン酸の存在下で、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼを用いて加水分解して、生成した光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩と未反応の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)を分離する工程;
光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩をエステル化して、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)を得る工程;
光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)をラセミ化して、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)を得る工程;
を包含する、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)の回収方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の製造方法によれば、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)を、(i)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリ(以下、苛性アルカリともいう)の存在下で、(ii)苛性アルカリとアミノ酸の存在下で、または(iii)苛性アルカリとアミノスルホン酸の存在下で、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼを用いて加水分解することにより、L体が優先的に加水分解されるので、L体の光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩とD体の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)を高い光学純度で、簡便な操作により製造することができる。特にBacillus licheniformis由来のプロテアーゼを使用することが、エナンチオ選択性に優れる点で好ましい。
本発明の製造方法は、安価な原料から製造することのできるビフェニルアラニンエステル化合物(1)を使用するため、工業的に有利な製造方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本明細書において使用する置換基の定義を以下に説明する。
「アルキル基」としては、炭素数1〜6の直鎖または分枝のアルキル基、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、ヘキシル等が挙げられ、好ましくはメチルまたはエチルである。
【0020】
「アルケニル基」としては、炭素数2〜6の直鎖または分枝のアルケニル基、例えば、ビニル、アリル、1−プロペニル、イソプロペニル、1−ブテニル、2−ブテニル、3−ブテニル等が挙げられ、好ましくは、ビニルまたはアリルである。
【0021】
「シクロアルキル基」としては、炭素数3〜8のシクロアルキル基、例えば、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル等が挙げられ、好ましくはシクロペンチルまたはシクロヘキシルである。
【0022】
「ハロゲン原子」としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が挙げられ、好ましくはフッ素原子、塩素原子または臭素原子である。
【0023】
「ハロアルキル基」とは、上記定義の「ハロゲン原子」で置換された上記定義の「アルキル基」である。当該ハロゲン原子の置換数は特に限定されないが、1〜3個が好ましい。「ハロアルキル基」としては、例えば、クロロメチル、ブロモメチル、フルオロメチル、ジクロロメチル、ジブロモメチル、ジフルオロメチル、トリクロロメチル、トリブロモメチル、トリフルオロメチル、2,2−ジクロロエチル、2,2,2−トリクロロエチル等が挙げられ、好ましくはトリフルオロメチルである。
【0024】
「アルコキシ基」としては、炭素数1〜6の直鎖または分枝のアルコキシ基、例えば、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、ブトキシ、イソブトキシ、sec−ブトキシ、tert−ブトキシ、ペンチルオキシ、イソペンチルオキシ、ネオペンチルオキシ、ヘキシルオキシ等が挙げられ、好ましくはメトキシまたはエトキシである。
【0025】
「置換基を有していてもよいアリール基」の「アリール基」としては、炭素数6〜14のアリール基、例えば、フェニル、1−ナフチル、2−ナフチル等が挙げられ、好ましくはフェニルである。
当該アリール基は置換可能な位置に置換基を有していてもよく、そのような置換基としては、ハロゲン原子(上記で定義したものと同じものが例示される)、アルキル基(上記で定義したものと同じものが例示される)、ハロアルキル基(上記で定義したものと同じものが例示される)、ヒドロキシ基、アルコキシ基(上記で定義したものと同じものが例示される)、シアノ基、ニトロ基等が挙げられる。当該置換基の数は特に限定されないが、1〜3個が好ましい。置換基の数が2個以上の場合、それらの置換基は同一または異なっていてもよい。
【0026】
「置換基を有していてもよいアラルキル基」の「アラルキル基」は、上記定義の「アリール基」で置換された上記定義の「アルキル基」である。当該アリール基の置換数は特に限定されないが、1〜3個が好ましい。「アラルキル基」としては、例えば、ベンジル、フェネチル、1−フェニルエチル、1−フェニルプロピル、2−フェニルプロピル、3−フェニルプロピル、1−ナフチルメチル、2−ナフチルメチル、ベンズヒドリル、トリチル等が挙げられ、好ましくはベンジルである。
当該アラルキル基は置換可能な位置に置換基を有していてもよく、そのような置換基としては、ハロゲン原子(上記で定義したものと同じものが例示される)、アルキル基(上記で定義したものと同じものが例示される)、ハロアルキル基(上記で定義したものと同じものが例示される)、ヒドロキシ基、アルコキシ基(上記で定義したものと同じものが例示される)、シアノ基、ニトロ基等が挙げられる。当該置換基の数は特に限定されないが、1〜3個が好ましい。置換基の数が2個以上の場合、それらの置換基は同一または異なっていてもよい。
【0027】
で示される「アミノ基の保護基」としては、アミノ基の保護基として用いられる自体公知の保護基を特に制限なく使用することができる。そのような保護基としては、−CO(式中、Rはアルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアラルキル基または9−フルオレニルメチル基を示す。)、−COR(式中、Rは水素原子、アルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、置換基を有していてもよいアリール基または置換基を有していてもよいアラルキル基を示す。)、置換基を有していてもよいアラルキル基等が挙げられる。「アミノ基の保護基」として、具体的には、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、イソブトキシカルボニル、tert−ブトキシカルボニル、アリルオキシカルボニル、ベンジルオキシカルボニル、p−メトキシベンジルオキシカルボニル、p−ニトロベンジルオキシカルボニル、9−フルオレニルメチルオキシカルボニル、ホルミル、アセチル、ベンゾイル、ベンジル、ベンズヒドリル、トリチル等が挙げられる。
【0028】
は、好ましくはアルキル基であり、より好ましくはメチルまたはエチルである。
は、好ましくは−CO(式中、Rは前記と同義である。)であり、より好ましくはtert−ブトキシカルボニルである。
およびRは、好ましくは共に水素原子である。
【0029】
本発明の製造方法において用いられる原料である、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)は、例えば、次の方法で製造することができる。
【0030】
【化5】

【0031】
(式中、各記号は前記と同義である。)
【0032】
工程1
化合物(4)とヒダントイン(5)を、塩基の存在下で反応させることにより、化合物(6)を得ることができる。
ヒダントイン(5)の使用量は、化合物(4)1モルに対して、通常1〜3モル、好ましくは1.05〜2モルである。
塩基としては、酢酸アンモニウム、酢酸ナトリウム、ピペリジン、トリエチルアミン等が挙げられる。
塩基の使用量は、化合物(4)1モルに対して、通常0.1〜10モル、好ましくは0.5〜2モルである。
反応溶媒としては、酢酸、無水酢酸、N,N−ジメチルホルムアミド等が挙げられる。
反応温度は、通常30〜200℃であり、好ましくは100〜200℃である。反応時間は、通常1〜24時間であり、好ましくは3〜10時間である。
【0033】
工程2
化合物(6)を還元することにより、化合物(7)を得ることができる。
還元は、好ましくは、接触水素添加により行うことができる。
接触水素添加で使用する触媒としては、例えば、パラジウム−炭素、水酸化パラジウム−炭素、白金−炭素、ロジウム−炭素、ルテニウム−炭素、展開ニッケル等が挙げられる。
触媒の使用量は、化合物(6)1gに対して、金属量として、Pd等の貴金属の場合は、通常0.0005〜0.05g、好ましくは0.005〜0.02gであり、展開ニッケルの場合は、通常0.1〜2g、好ましくは0.2〜1gである。
反応溶媒としては、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、1,2−ジメトキシエタン、1,4−ジオキサン等のエーテル類;メタノール、エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、tert−ブタノール等のアルコール類;酢酸エチル、酢酸メチル、酢酸ブチル等のエステル類;酢酸、プロピオン酸等の有機酸;水;これらの混合溶媒が挙げられる。
接触水素添加は、常圧または加圧条件下で行うことができる。
反応温度は、通常20〜100℃であり、好ましくは40〜70℃である。反応時間は、通常1〜24時間であり、好ましくは3〜10時間である。
【0034】
工程3
化合物(7)を加水分解することにより、化合物(8)を得ることができる。
加水分解は、通常、溶媒中、塩基で処理することにより行われる。
塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム等が挙げられる。
塩基の使用量は、化合物(7)1モルに対して、通常2〜10モル、好ましくは3〜8モルである。
反応溶媒としては、メタノール、エタノール、エチレングリコール等のアルコール類;テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、1,2−ジメトキシエタン、1,4−ジオキサン等のエーテル類;水;これらの混合溶媒等が挙げられる。
反応温度は、通常80〜200℃であり、好ましくは100〜170℃である。反応時間は、通常1〜24時間であり、好ましくは3〜10時間である。
【0035】
工程4
化合物(8)を、アミノ基の保護およびカルボキシル基のエステル化反応に供することにより、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)を得ることができる。アミノ基の保護とカルボキシル基のエステル化は常法に従って行うことができる。アミノ基の保護とカルボキシル基のエステル化の順序は特に限定されず、任意の順序で行うことができる。
【0036】
ビフェニルアラニンエステル化合物(1)には、α位の炭素原子を不斉中心とする2種の光学異性体(L体とD体)が存在するが、本発明の方法に用いられるビフェニルアラニンエステル化合物(1)は、これらの光学異性体を等量含むラセミ体であっても、一方の光学異性体を過剰に(任意の割合で)含む混合物であってもよい。好ましくはラセミ体である。
【0037】
このようにして得られたビフェニルアラニンエステル化合物(1)を、本発明では、(i)苛性アルカリの存在下で、(ii)苛性アルカリとアミノ酸の存在下で、または(iii)苛性アルカリとアミノスルホン酸の存在下で、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼを用いて加水分解する。当該プロテアーゼを用いて加水分解すると、L体が優先的に加水分解される。
【0038】
Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼとしては、エナンチオ選択性に優れることから、Bacillus licheniformis由来のプロテアーゼが好ましい。Bacillus licheniformis由来のプロテアーゼの具体例としては、サブチリシン(subtilisin)を含有するBacillus licheniformis由来のプロテアーゼが挙げられ、好ましくはアルカラーゼ(ノボザイム社)、特に好ましくはアルカラーゼ2.4L(ノボザイム社)である。
【0039】
上記プロテアーゼの純度あるいは形態については特に制限されるものではなく、精製酵素、粗酵素、微生物培養物、菌体、それらの処理物等の種々の形態で用いることができる。ここで処理物とは、例えば、凍結乾燥菌体、菌体破砕物、菌体抽出物等をいう。さらに、上記のような種々の純度あるいは形態の酵素を例えば、シリカゲルやセラミックス等の無機担体、セルロース、イオン交換樹脂等に固定化したものを使用してもよい。
【0040】
上記プロテアーゼの使用量は、特に限定されないが、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)1gに対して、精製酵素に換算して、通常0.001〜0.5g、好ましくは0.001〜0.1gである。
【0041】
上記プロテアーゼによる加水分解は、プロテアーゼの種類にもよるが、好ましくはpHを6.0〜13、より好ましくはpH6.0〜10、さらに好ましくは6.0〜9.5に維持しながら行われる。上記のpH範囲で加水分解を行うことにより、光学純度の高い生成物を得ることができる。
【0042】
また、上記加水分解は、通常、水中、或いは有機溶媒と水の混合溶媒中で行われ、光学純度の高い生成物が得られることから、有機溶媒と水の混合溶媒中で行われることが好ましい。
【0043】
pHを上記範囲とする方法としては、例えば、苛性アルカリ水溶液;リン酸緩衝液(リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム)、酢酸緩衝液(酢酸ナトリウム、酢酸カリウム)等の緩衝液;緩衝液存在下での苛性アルカリ水溶液;アミノ酸存在下での苛性アルカリ水溶液;アミノスルホン酸存在下での苛性アルカリ水溶液;等が挙げられる。アルカリ水溶液や緩衝液は溶媒も兼ねる。
【0044】
本発明において、アミノ酸とは、1分子中にアミノ基(置換アミノ基や環状構造となった置換アミノ基も含む)とカルボキシル基の両方を有する有機化合物(アミノ基の水素原子が側鎖部分と環状構造となったイミノ酸も含む)であり、α−アミノ酸だけでなく、β−アミノ酸、γ−アミノ酸、δ−アミノ酸等も含まれる。α−アミノ酸の具体例としては、グリシン、アラニン、α−アミノ酪酸、ロイシン、イソロイシン、バリン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、メチオニン、システイン、スレオニン、セリン、プロリン、ヒドロキシプロリン、アスパラギン、グルタミン等の中性アミノ酸;アルパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸;リジン、トリプトファン、アルギニン、オルニチン、ヒスチジン、ヒドロキシリジン等の塩基性アミノ酸等が挙げられる。β−アミノ酸の具体例としては、β−アラニン、β−アミノ酪酸等が挙げられる。γ−アミノ酸の具体例としては、γ−アミノ酪酸等が挙げられる。δ−アミノ酸の具体例としては、5−アミノ吉草酸等が挙げられる。
【0045】
本発明において、アミノスルホン酸とは、上記アミノ酸におけるカルボキシル基の代わりにスルホ基を有する有機化合物であり、具体例としては、タウリン、N−メチルタウリン、2−(4−モルホリニル)エタンスルホン酸等が挙げられる。
【0046】
本発明では、pHを上記範囲とする方法として、経済性および環境に好ましくない廃棄物削減の点から、(i)苛性アルカリ水溶液を使用する方法、(ii)アミノ酸存在下で苛性アルカリ水溶液を使用する方法、または(iii)アミノスルホン酸存在下で苛性アルカリ水溶液を使用する方法を採用する。なお、(ii)および(iii)の方法では、アミノ酸またはアミノスルホン酸が緩衝剤の役割を果たす。本発明では、(ii)および(iii)の方法が特に好ましい。
【0047】
上記の方法において、苛性アルカリは、好ましくはアルカリ金属水酸化物であり、特に好ましくは水酸化カリウムまたは水酸化ナトリウムである。また、アミノ酸は、好ましくはグリシンであり、アミノスルホン酸は、好ましくはタウリンである。
【0048】
苛性アルカリ水溶液の濃度は、特に限定されないが通常2〜30%、好ましくは3〜15%、より好ましくは3〜13%である。アルカリ水溶液の濃度を上記の範囲とすることにより、より容易に光学純度の高い生成物が得られる。
【0049】
緩衝液の濃度は、通常0.05〜0.8M、好ましくは0.1〜0.8M、より好ましくは0.1〜0.5Mである。緩衝液の濃度を上記の範囲とすることにより、光学純度の高い生成物が得られる。
【0050】
緩衝液の使用量は、濃度にもよるがビフェニルアラニンエステル(1)1gに対して、通常2〜100mL、好ましくは2〜10mLである。緩衝液の使用量がこの範囲外であると、加水分解で生成した塩が析出したり、反応のコントロールが困難になったり、また溶媒の増加による生産性が低下する虞がある。
【0051】
苛性アルカリ水溶液の使用量は、ビフェニルアラニンエステル(1)に対して、通常0.45〜0.7当量、好ましくは0.48〜0.65当量である。アルカリの使用量がこの範囲外であると、適切なpH範囲の維持が困難となり、反応が停止したり、アルカリによる自然加水分解が進行する虞がある。
【0052】
アミノ酸またはアミノスルホン酸の使用量は、ビフェニルアラニンエステル(1)1モルに対して、通常0.05〜1.0モル、好ましくは0.1〜0.5モル、より好ましくは0.1〜0.3モルである。アミノ酸またはアミノスルホン酸の使用量を上記の範囲とすることにより、酵素反応に必要なpH範囲の維持が容易になり、円滑に反応を進行させることが可能になる。
【0053】
有機溶媒としては、疎水性有機溶媒、親水性有機溶媒が挙げられる。
疎水性有機溶媒としては、tert−ブチルメチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル類;トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン等の炭化水素類等が挙げられる。親水性有機溶媒としては、テトラヒドロフラン等のエーテル類;メタノール、エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、tert−ブタノール等のアルコール類;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類;アセトン等のケトン類;アセトニトリル等のニトリル類等が挙げられる。これらの有機溶媒は単独でまたは2種以上を組み合わせて用いてもよい。
有機溶媒は、好ましくはtert−ブチルメチルエーテルまたはトルエンであり、特に好ましくはtert−ブチルメチルエーテルである。
【0054】
有機溶媒の使用量は、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)1gに対して、通常1〜50mL、好ましくは1〜5mLである。有機溶媒の使用量がこの範囲外であると、原料と生成物が析出して反応速度が低下したり、生産性が低下する虞がある。
【0055】
加水分解は、ビフェニルアラニンエステル化合物(1)、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼ、苛性アルカリおよび溶媒、必要によりアミノ酸またはアミノスルホン酸を混合することにより行われる。
これらの添加順序は特に限定されず、例えば、
(i)有機溶媒に溶解したビフェニルアラニンエステル化合物(1)を苛性アルカリ水溶液または緩衝液に添加し、次いで上記プロテアーゼを添加する、
(ii)有機溶媒に溶解したビフェニルアラニンエステル化合物(1)に苛性アルカリ水溶液または緩衝液を添加し、次いで上記プロテアーゼを添加する、
(iii)有機溶媒に溶解したビフェニルアラニンエステル化合物(1)に上記プロテアーゼ(必要により水も)を添加し、次いで苛性アルカリを添加(好ましくは滴下)する、
(iv)有機溶媒に溶解したビフェニルアラニンエステル化合物(1)に上記プロテアーゼおよびアミノ酸またはアミノスルホン酸(必要により水も)を添加し、次いで苛性アルカリ水溶液を添加(好ましくは滴下)する、
等の手法が挙げられる。
【0056】
上記プロテアーゼは、必要により反応中に追加してもよい。また、反応中に反応液のpHが上記範囲より低下した場合には、適当なpH調整剤を用いて反応液のpHを上記範囲に維持する。
pH調整剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化バリウム等の苛性アルカリまたはその水溶液が挙げられる。
【0057】
加水分解の反応温度は、好ましくは30〜60℃、より好ましくは35〜55℃、特に好ましくは40〜45℃である。反応温度が上記範囲外であると、酵素の安定性が低下したり、反応速度が低下する虞がある。
加水分解の反応時間は、通常3〜24時間、好ましくは4〜15時間である。
【0058】
反応後の反応混合物を水層と有機層に分液することにより、加水分解により生成した光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)(L体)の塩と未反応の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)(D体)を分離することができる。このとき、水層に光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の塩が、有機層に光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)が含有される。
加水分解において、疎水性有機溶媒と水の混合溶媒を用いた場合は、得られた反応混合物をそのまま分液してもよい。
加水分解において、疎水性有機溶媒を用いなかった場合、あるいは疎水性有機溶媒および/または水の使用量が少ないためそのままでは分液できない場合は、適当な量の疎水性有機溶媒および/または水を添加した後に分液すればよい。
疎水性有機溶媒としては、tert−ブチルメチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル類;トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン等の炭化水素類;ジクロロメタン、1,2−ジクロロエタン、クロロホルム、クロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類;酢酸エチル、酢酸メチル、酢酸ブチル等のエステル類等が挙げられる。
分液操作時には、水層のpHを通常6.5〜12、好ましくは7.5〜11に調整する。
【0059】
得られた水層から、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩は以下の方法により得ることができる。
1)水層から溶媒を留去することにより、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の塩(アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等)の粗生成物を得ることができる。
【0060】
2)水層に無機塩と有機溶媒を加えて抽出し、有機溶媒を留去することにより、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の塩を単離することができる。
ここで、無機塩としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム等が挙げられ、経済性および光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の塩の溶解度の観点から、塩化カリウムもしくは塩化ナトリウムが好ましい。無機塩の使用量は、抽出率等の観点から、水層中に含まれる光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の塩100gに対して、好ましくは30g〜100gである。
有機溶媒としては、トルエン、tert−ブチルメチルエーテル、酢酸エチル等の溶媒が挙げられ、中でも、トルエン、tert−ブチルメチルエーテルが好ましい。
有機溶媒の使用量は、水層中に含まれる光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の塩100gに対して、通常60g〜130g、好ましくは80g〜120gである。
なお、抽出が十分でない場合は、酸を加えてpHを中性ないし弱酸性に調整してもよい。
抽出は、通常10〜50℃で行う。
【0061】
3)水層を酸性(通常pH1〜7、好ましくはpH1〜4)にした後、有機溶媒で抽出し、有機溶媒を留去することにより、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)を単離することができる。有機溶媒としては、上記の抽出で使用する有機溶媒と同様のものが挙げられる。
【0062】
得られた光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩は、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の一般的な方法により精製することができる。なお、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の塩は、必要に応じて、酸により、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)に変換してもよい。
【0063】
一方、有機層から溶媒を留去することにより、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)を単離することができる。さらに分液操作で分離した水層を有機溶媒で抽出することにより、水層中の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)を回収することができる。この抽出操作における水層のpHは、通常6.5〜12、好ましくは7.5〜11である。有機溶媒としては、前記の疎水性有機溶媒として例示したものを使用することができる。
得られた光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)は、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の一般的な方法により精製することができる。
【0064】
単離した光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)を、常法に従って加水分解することにより、Rが水素原子である化合物(光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)の光学異性体(D体))またはその塩を製造することができる。
【0065】
また、単離した光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩および光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)のアミノ基の保護基を、常法に従って脱保護することにより、Rが水素原子である化合物をそれぞれ製造することができる。
【0066】
本発明の方法により製造される光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩および光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)は、中性エンドペプチダーゼ阻害剤等の医薬を製造するための中間体として有用である。例えば、特開平6−228187号公報に記載の方法を用いて、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩または光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)から、当該公報に記載されたN−ホスホノメチル−ビアリール置換ジペプチド誘導体を製造することができる。
【0067】
光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)が所望の化合物である場合は、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩を、エステル化して光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)を得、次いでラセミ化してビフェニルアラニン化合物(1)に変換することにより、上記の加水分解に再利用することができる。以下、その方法を説明する。
【0068】
【化6】

【0069】
(式中、各記号は前記と同義である。)
【0070】
エステル化
光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩をエステル化して、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)を得る。
このエステル化では、上記加水分解終了後の抽出にて得られた光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩の有機溶媒の溶液が、そのまま使用できる。
エステル化は常法に従って行うことができ、例えば、メタノール、エタノール等のアルコール類と酸による方法;硫酸ジメチル、硫酸ジエチル等の硫酸エステルと塩基による方法;ROHとDCC等の縮合剤による方法;ヨウ化メチル、ブロモエタン、塩化ベンジル等のアルキルハライドと塩基による方法;等が挙げられ、中でも、副生物および簡便性の観点から、硫酸エステルと塩基による方法が好ましい。
【0071】
以下、塩基と硫酸ジメチルによる方法について説明する。
塩基としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ジイソプロピルエチルアミン、2,6−ジメチルピリジン、トリエチルアミン、ピリジン等が挙げられ、中でも、炭酸水素ナトリウムが好ましい。
塩基の使用量は、溶液中の光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩1モルに対して、通常0.3〜1.2倍モル量である。
硫酸エステルとしては、反応性および後処理の観点から、硫酸ジメチルが好ましい。
硫酸エステルの使用量は、溶液中の光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩に対して、通常1.2〜2.5倍モル量である、好ましくは1.6〜2.0倍モル量である。
エステル化の手順としては、反応性の観点から、塩基と光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩を含む溶液に、硫酸エステルを滴下することが好ましい。
エステル化の温度は、通常30〜50℃である。反応時間は、試薬量、反応温度等にもよるが、通常1〜10時間である。反応の終了はHPLC分析により確認できる。
【0072】
反応終了後、トリエチルアミン等のアミンを加えて、30〜50℃の温度で2〜5時間攪拌することにより、残存する硫酸エステルを分解させる。アミンの使用量は、使用した硫酸エステルに対して10モル%程度でよい。
次いで、反応液を分液し、有機層を脱水する。脱水は、無水硫酸マグネシウム、無水硫酸ナトリウム、モレキュラーシーブス等の脱水剤を用いてもよいが、操作性の観点から、水と共沸する溶媒(例えば、トルエン等)で共沸脱水する方法が好ましい。
共沸する溶媒の使用量は、十分に脱水できる量であればよいが、溶液量に対して、通常50〜100重量%である。
次のラセミ化には、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)溶液中の水分量が500ppm以下であることが好ましく、従って、脱水を十分に行うことが好ましい。
このようにして得られた光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)の溶液は、そのまま次のラセミ化に使用できる。あるいは一般的な方法により、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)を単離してから使用してもよい。
【0073】
ラセミ化
エステル化により得られた光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)をラセミ化して、ビフェニルアラニン化合物(1)に変換する。
ラセミ化は、通常、溶媒中で塩基を用いて行われる。
溶媒として、エステル化で得られた光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)の溶液に、さらに、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類を加えることが、ラセミ化促進の観点から好ましい。
アルコール類の使用量は、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)の重量に対して、通常80〜120%重量である。
塩基としては、ナトリウムメトキサイド、ナトリウムエトキサイド、カリウムtert−ブトキサイド等のアルカリ金属アルコラート;水素化ナトリウム、水素化カリウム等のアルカリ金属水素化物等が挙げられ、中でも、取り扱いの観点から、アルカリ金属アルコラートが好ましく、経済性の観点から、ナトリウムメトキサイドが特に好ましい。
塩基の使用量は、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(2’)に対して、80〜120モル%である。
ラセミ化の温度は、通常30〜50℃、好ましくは35〜45℃である。反応時間は、試薬の使用量、温度にもよるが、通常10分〜6時間である。ラセミ化反応の終了はHPLCで確認することができる。
【0074】
ラセミ化終了後、反応液に酢酸等の酸を加えて、エステルの分解を抑制することが好ましい。ここで、酸の使用量は、ラセミ化に使用した塩基に対して、通常1.1〜1.3倍モル量である。
ラセミ化終了後の後処理は、常法に従って行われる。
【0075】
このようにして得られたビフェニルアラニンエステル化合物(1)の溶液は、酵素による加水分解にそのまま供してもよいし、濃縮後、tert−ブチルメチルエーテル等の別の有機溶媒に溶解し、加水分解に供してもよい。
【0076】
なお、光学活性ビフェニルアラニン化合物(2)またはその塩が所望の化合物である場合は、光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)を、ラセミ化してビフェニルアラニン化合物(1)に変換することにより、上記の加水分解に再利用することができる。
このラセミ化は、加水分解終了後の抽出にて得られた光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物(3)の有機溶媒の溶液を用いて、上記のラセミ化方法と同様の方法により行うことができる。
【実施例】
【0077】
以下に製造例、実施例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0078】
以下の実施例においてpH7.0のリン酸緩衝液およびpH8.0のリン酸緩衝液は次の方法で調製したものを使用した。
pH7.0のリン酸緩衝液
リン酸水素二カリウム17.25 g (0.099 mol)を水900 mLに溶解し、リン酸でpH7.0に調整し、水を加えて全量1 Lにした水溶液
pH8.0のリン酸緩衝液
リン酸水素二ナトリウム7.38 g (0.052 mol)およびリン酸二水素ナトリウム二水和物5.46 g (0.035 mol)を水195 mLに溶解し、20%水酸化ナトリウム水溶液でpH8.0に調整した水溶液
【0079】
光学活性体の光学純度(エナンチオマー過剰率)は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析により決定した。
HPLC分析条件
カラム; キラルパック AD-RH(ダイセル化学工業株式会社)(4.5 mmφ x 15 cm、5mm)
移動層; A液; 0.1%リン酸水溶液
B液; アセトニトリル
溶離条件; B液40%(15分)−30分−80%(0分)グラジエント
カラム温度; 40℃
流速; 1.0 mL/分
検出器; UV(254 nm)
保持時間; L-N-Boc-ビフェニルアラニン; 10分
D-N-Boc-ビフェニルアラニン; 13分
L-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル; 27分
D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル; 30分
【0080】
【化7】

【0081】
製造例1
DL-ビフェニルアラニン(12)
4-ビフェニルアルデヒド(9)(100.0 g, 0.549 mol)、ヒダントイン(82.4 g, 0.823 mol)および酢酸アンモニウム(63.5 g, 0.824 mol)を酢酸(360 mL)中で5時間加熱還流した。水(360 mL)を加えた後、室温に冷却し、結晶を濾取し、イソプロパノール-水(1:1, 400 mL)で洗浄することによりヒダントイン体(10)(143.14 g, 収率98.7%)を得た。
【0082】
ヒダントイン体(10)(60.2 g)、テトラヒドロフラン(THF)(540 mL)および水(60 mL)の混合物に5%パラジウム−炭素(50%含水、2.7 g)を加え、0.5 MPaの水素雰囲気下、60℃で3時間撹拌した。触媒を濾過により除いた後、濾液を濃縮して還元体(11)(60.63 g、収率100%)を得た。
【0083】
還元体(11)(59.7 g, 0.224 mol)、エチレングリコール(300 mL)および水(10 mL)の混合物に水酸化ナトリウム(36.65 g)を加え、130-140℃で5時間撹拌した。室温に冷却後、水(130 mL)を加え、濃塩酸(85 g)と水(99 g)からなる塩酸水溶液を加え、混合物のpHを6.9とした。得られた結晶を濾取し、水(300 mL)で洗浄後、メタノール(300 mL)で洗浄し、乾燥して、DL-ビフェニルアラニン(12)(53.25 g, 収率98.4%)を得た。
【0084】
製造例2
DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル(13)
DL-ビフェニルアラニン(12)(20.0 g, 0.0829 mol)を10%水酸化ナトリウム(116 g, 0.29mol)水溶液に加えた。THF(50 mL)を加えた後、30℃でジ-tert-ブチルジカーボネート(23.5 g, 0.108 mol)のTHF(20 mL)溶液を1時間かけて滴下した。さらに、テトラブチルアンモニウムブロミド(0.20 g, 0.62 mmol)を加えた後、30℃でジメチル硫酸(12.5 g, 0.099 mol)を滴下した。室温で16時間撹拌後、ジメチル硫酸(5.4 g, 0.0428 mol)を加え、35℃で4.5時間撹拌し、さらにジメチル硫酸(2.93 g, 0.0232 mol)を加え、35℃で2.5時間撹拌した。
tert-ブチルメチルエーテル(MTBE) (40 mL)および水(100 mL)を加えた後、分液して水層を除去し、DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルのMTBE溶液104.1 gを得た。
HPLCで定量した結果、DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの含量は29.4 gであり、DL-ビフェニルアラニンからの収率は99.8%であった。
こうして得られたDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルのMTBE溶液のうち78.1 gを濃縮乾固し、残渣をイソプロパノール(9 mL)とヘプタン(80 mL)から再結晶して、DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル(19.1 g)を無色結晶として得た(再結晶収率86.6%)。
1H-NMR (CDCl3); 1.42 (9H, s), 3.09 (1H, dd, J=5, 14 Hz), 3.16 (1H, dd, J=5, 14 Hz), 3.74 (3H, s), 4.55-4.70 (1H, m), 4.90-5.08 (1H, m), 7.20 (2H, d, J=8 Hz), 7.33 (1H, t, J=8 Hz), 7.43 (2H, t, J=8 Hz), 7.52 (2H, d, J=8 Hz), 7.57 (2H, d, J=8 Hz).
【0085】
実施例1(水酸化カリウム滴下法)
DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル221.08g(0.622mol)をMTBE 467.76gに溶かした溶液に、水99.49gとアルカラーゼ2.4L FG(Bacillus licheniformis由来)(ノボザイム社)55.26gを添加し40℃で攪拌した。そこに5%水酸化カリウム水溶液369.8g(0.317mol)を滴下しながら、40℃で22時間攪拌した。この時の反応液のpHの範囲は6.82から9.58であった。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.2%eeであった。
【0086】
実施例2(タウリン添加法)
DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル25.0g(70.3mmol)をMTBE 41.14gに溶かした溶液に、水11.25gとタウリン1.76g(14.1mmol)およびアルカラーゼ2.4L FG(Bacillus licheniformis由来)(ノボザイム社)4.50gを添加し40℃で攪拌した。そこに5%水酸化カリウム水溶液47.28g(40.67mmol)を滴下しながら40℃で17時間攪拌した。この時の反応液のpHの範囲は6.30から8.16であった。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.4%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は99.9%eeであった。
反応液を5分間静置後、分液し、有機層A35.72gと水層A83.46gを得た。その水層にトルエン37.5gを加えて、40℃で30分間撹拌した。5分間静置後、分液し、有機層B42.80gと水層B76.80gを得た。有機層Aと有機層Bを合一し、水58gと炭酸ナトリウム1.49gを加えて、40℃で30分間撹拌した。5分間静置後、分液し、有機層C76.07gを得た。得られた有機層C76.07gを50℃に保温しながら濃縮を行い、63.2gを留去した。
その濃縮残12.87gにメタノール75mLを加えて、40℃に保温しながら、水18.75gを加えた。D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの種晶2mgを加えて、40℃で30分間撹拌した。そこに水12.5gを30分間かけて滴下し、40℃にて1時間保温した。次に20℃まで冷却し、濾過した。得られた結晶をメタノール8.75gと水3.75gを混合した溶液で洗浄した。
その結晶を減圧乾燥することにより、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの白色結晶10.94gを得た。D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの収率はDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルに対して43.8%であった。
【0087】
実施例3(グリシン添加法)
DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル6.38g(18.0mmol)をMTBE 10.50gに溶かした溶液に、水2.88gとグリシン0.27g(3.6mmol)およびアルカラーゼ2.4L FG(Bacillus licheniformis由来)(ノボザイム社)1.53gを添加し40℃で攪拌した。そこに5%水酸化カリウム水溶液11.0g(9.90mmol)を滴下しながら40℃で18時間攪拌した。この時の反応液のpHの範囲は6.53から8.90であった。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.5%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は99.4%eeであった。
【0088】
実施例4(酵素加水分解後のL体の再利用)
(i) L-N-Boc-ビフェニルアラニンのメチル化
実施例2(タウリン添加法)と同様の方法で得られた、L-N-Boc-ビフェニルアラニン50.0g(0.146mol)に相当するL-N-Boc-ビフェニルアラニンカリウム塩を含んだ水溶液328.54gにトルエン50gと食塩37.5gを加えて、40℃にて20分間撹拌した。5分間静置後、分液し、有機層156.23gを得た。その有機層に炭酸水素ナトリウム12.27g(0.146mol)を加えて、40℃で撹拌した。そこに硫酸ジメチル33.15g(0.263mol)を2時間かけて滴下し、40℃で1時間撹拌した。反応液を分析したところ、残っているL-N-Boc-ビフェニルアラニンはLC分析において検出限界以下であった。
その反応液にトリエチルアミン2.95g(0.029mol)を加えて40℃で3時間撹拌した。5分間静置後、分液し、有機層114.04gを得た。そこにトルエン86.72gを加えて、50℃に保温しながら濃縮を行い、57.92gを留去した。そこにトルエン7.39gを加えてトルエン溶液150.23gを得た。得られたトルエン溶液を定量すると、L-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの収率はL-N-Boc-ビフェニルアラニンに対して96.2%であった。また、カールフィッシャー水分測定器にて測定を行うと、得られたトルエン溶液の水分含量は204ppmであった。
【0089】
(ii) L-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルのラセミ化
L-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル50g(0.141mol)を含んだトルエン溶液150.23gにメタノール50gを加えて40℃にて撹拌した。そこに28% ナトリウムメチラートメタノール溶液27.20g(0.141mol)を1時間かけて滴下し、40℃で1時間撹拌した。
反応液を分析すると、L-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は0.02%ee、DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルのLC面百値は89.3%であった。
その反応溶液に酢酸10.16g(0.169mol)を15分間かけて滴下し、40℃で30分間撹拌した。
次に水50gを加えて、40℃で5分間撹拌した。5分間静置後、分液し、有機層151.90gを得た。有機層に水45gを炭酸水素ナトリウム2.37g(0.028mol)を加えて、40℃で50分間撹拌した。5分間静置後、分液し、有機層147.67gを得た。得られた溶液をLCにて定量すると、DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの収率はL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルに対して89.7%であった。
その溶液を54〜56℃に保温しながら濃縮を行い、62.67gを留去した。そこにMTBE75gを加えて、52℃に保温しながら濃縮を行い、74.23gを留去した。そこにMTBE75gを加えて、52℃に保温しながら濃縮を行い、84.71gを留去した。そこにMTBE51.46gを加え127.52gの溶液を得た。得られた溶液をLCにて定量すると、DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの収率はL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルに対して89.5%であった。またMTBE溶液中のトルエンの含量は18.5%であった。
【0090】
(iii) D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの製造
上記で得られたMTBE溶液に対して、実施例2(タウリン添加法)と同じ条件で酵素加水分解を行ったところ、反応液中のD-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.4%、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100%であった。
【0091】
メチル化およびラセミ化におけるLC分析(HPLC)は以下の条件で行った。
HPLC分析条件
カラム; SUMIPAX A212 ODS (住化分析センター) (φ: 6mm×L:15cm)
移動層; A液; 25mM リン酸水素ニカリウム水溶液(リン酸にてpHを6.8に調整)
B液; アセトニトリル
溶離条件; B液40%(5分)−20分−80%(5分)グラジエント
カラム温度; 40℃
流速; 1.0mL/分
検出器; UV(254nm)
保持時間; L-N-Boc-ビフェニルアラニン; 7分
L-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル; 24分
【0092】
参考例1
pH7.0の0.1Mリン酸緩衝液10 mLにDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル 118 mg (0.33 mmol)をMTBE 2 mLに溶かした溶液を加えた。そこにアルカラーゼ2.4L FG (Bacillus licheniformis由来)(ノボザイム社) 0.4 mLを添加し、pH6.82〜7.0で40℃で8.5時間撹拌した。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.7%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100.0%eeであった。
【0093】
参考例2
pH7.0の0.4Mリン酸緩衝液5 mLにDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル 0.59g (1.66 mmol)をMTBE 2 mLに溶かした溶液を加えた。そこにアルカラーゼ2.4L FG(ノボザイム社) 2 mLを添加し、pH6.57〜7.0で40℃で7.5時間撹拌した。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は96.7%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100.0%eeであった。
【0094】
参考例3
pH8.0の0.4Mリン酸緩衝液5 mLにDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル 0.59 g (1.66 mmol)をMTBE 2 mLに溶かした溶液を加えた。そこにアルカラーゼ2.4L FG(ノボザイム社) 2 mLを添加し、40℃で7.5時間撹拌した。その時点で水層のpHは6.78であった。20%水酸化ナトリウム水溶液で水層のpHを8.1に調整後、さらに40℃で4時間撹拌した。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.8%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100.0%eeであった。
【0095】
参考例4
pH8.0の0.4Mリン酸緩衝液1.3 mLに水3.7 mL、DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル0.59 g (1.66 mmol)をMTBE 2 mLに溶かした溶液を加えた。そこにアルカラーゼ2.4L FG(ノボザイム社) 2 mLを添加し、40℃で7.5時間撹拌した。その時点で水層のpHは6.50であった。20%水酸化ナトリウム水溶液で水層のpHを8.0に調整後、さらに40℃で4時間撹拌した。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.5%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100.0%eeであった。
【0096】
参考例5
pH8.0の0.4Mリン酸緩衝液5 mLにDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル 0.59 g (1.66 mmol)をMTBE 2 mLに溶かした溶液を加えた。そこにアルカラーゼ2.4L FG(ノボザイム社) 1 mLを添加し、40℃で2.5時間撹拌した。この時点で水層のpHは6.85であった。20%水酸化ナトリウム水溶液で水層のpHを8.03に調整後、さらに40℃で2.5時間撹拌した。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.9%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100.0%eeであった。
【0097】
参考例6
pH8.0の0.4Mリン酸緩衝液5 mLにDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル 0.59 g (1.66 mmol)をMTBE 2 mLに溶かした溶液を加えた。そこにアルカラーゼ2.4L FG(ノボザイム社) 0.06 mLを添加し、40℃で2.5時間撹拌した。この時点で水層のpHは6.90であった。20%水酸化ナトリウム水溶液で水層のpHを8.0に調整後、さらに40℃で2.5時間撹拌した。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は99.8%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100.0%eeであった。
【0098】
参考例7
pH8.0の0.4Mリン酸緩衝液8.5 mLにDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル 1.0 g (2.81 mmol)をトルエン2 mLに溶かした溶液を加えた。そこにアルカラーゼ2.4L FG(ノボザイム社) 0.1 mLを添加し、40℃で3時間撹拌した。この時点で水層のpHは7.43であった。20%水酸化ナトリウム水溶液で水層のpHを8.1に調整後、さらに40℃で3.5時間撹拌した。この時点で水層のpHは7.18であった。20%水酸化ナトリウム水溶液で水層のpHを8.0に調整後、さらに40℃で3時間撹拌した。
反応液を分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの光学純度は96.9%ee、L-N-Boc-ビフェニルアラニンの光学純度は100.0%eeであった。
【0099】
参考例8
水65 mLにリン酸水素二ナトリウム2.5 g (0.0176 mol)およびリン酸二水素ナトリウム二水和物1.8 g(0.0115 mol)を溶かし、20%水酸化ナトリウム水溶液1.86 mLを加えてpHを8.12に調整した。
この水溶液にDL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルのMTBE溶液45.4 g [DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル 16.6 g (0.0457 mol)を含む]を加え、アルカラーゼ2.4L FG(ノボザイム社) 2.5 mLを加えて、20%水酸化ナトリウム水溶液で水層のpHを7.44〜8.45に保ちながら40℃で10時間撹拌した。
反応液を分液し、得られた水層をトルエン30 mLで抽出した。有機層を合わせ、3%炭酸ナトリウム水溶液で洗浄し、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルのトルエン溶液(69.29 g)を得た。
HPLCで分析したところ、D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルの含量は8.36 gであり、光学純度は99.9%eeであった。DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルからの収率は50%であった。
水層中のL-N-Boc-ビフェニルアラニンの含量は7.57 gであり、光学純度は100.0%eeであった。DL-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステルからの収率は47.5%であった。
D-N-Boc-ビフェニルアラニンメチルエステル
1H-NMR (CDCl3); 1.42 (9H, s), 3.09 (1H, dd, J=5, 14 Hz), 3.16 (1H, dd, J=5, 14 Hz), 3.74 (3H, s), 4.55-4.70 (1H, m), 4.90-5.08 (1H, m), 7.20 (2H, d, J=8 Hz), 7.33 (1H, t, J=8 Hz), 7.43 (2H, t, J=8 Hz), 7.52 (2H, d, J=8 Hz), 7.57 (2H, d, J=8 Hz).
L-N-Boc-ビフェニルアラニン
1H-NMR(CDCl3);1.48 (9H, s)、3.12 (1H, dd, J=5, 14 Hz), 3.24 (1H, dd, J=5, 14 Hz), 4.55-4.70 (1H, m), 4.90-4.99 (1H, m), 7.26 (2H, d, J=8 Hz), 7.33 (1H, t, J=8 Hz), 7.42 (2H, t, J=8 Hz), 7.53 (2H, d, J=8 Hz), 7.56 (2H, d, J=8 Hz).
【0100】
各実施例において、D体およびL体の絶対配置は、前述のキラルカラムを使用するHPLCにおける標準品との保持時間の比較により確認した。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明の製造方法によれば、光学活性なビフェニルアラニン構造を有する化合物を、安価な原料から、高い光学純度で簡便な操作により製造することができるので、当該製造方法は工業的に非常に有利な製造方法である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)
【化1】


(式中、
はアルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、置換基を有していてもよいアリール基または置換基を有していてもよいアラルキル基を示し、
はアミノ基の保護基を示し、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、シアノ基またはニトロ基を示す。)
で表されるビフェニルアラニンエステル化合物を、(i)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリの存在下で、(ii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノ酸の存在下で、または(iii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノスルホン酸の存在下で、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼを用いて加水分解して、生成した式(2)
【化2】


(式中、各記号は前記と同義である。)
で表される光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩と式(3)
【化3】


(式中、各記号は前記と同義である。)
で表される未反応の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物を分離することを特徴とする、式(2)で表される光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩および式(3)で表される光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物の製造方法。
【請求項2】
アルカリがアルカリ金属水酸化物である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
アミノ酸がグリシンである、請求項1記載の方法。
【請求項4】
アミノスルホン酸がタウリンである、請求項1記載の方法。
【請求項5】
加水分解がアルカリ金属水酸化物とアミノ酸の存在下で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項6】
加水分解がアルカリ金属水酸化物とグリシンの存在下で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項7】
加水分解がアルカリ金属水酸化物とアミノスルホン酸の存在下で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項8】
加水分解がアルカリ金属水酸化物とタウリンの存在下で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項9】
プロテアーゼがBacillus licheniformis由来のものである、請求項1記載の方法。
【請求項10】
がアルキル基である、請求項1記載の方法。
【請求項11】
がメチルまたはエチルである、請求項1記載の方法。
【請求項12】
がtert−ブトキシカルボニルである、請求項1記載の方法。
【請求項13】
およびRが水素原子である、請求項1記載の方法。
【請求項14】
加水分解が、pHを6.0〜13の範囲に維持しながら行われる、請求項1記載の方法。
【請求項15】
加水分解が、pHを6.0〜10の範囲に維持しながら行われる、請求項1記載の方法。
【請求項16】
加水分解が、有機溶媒と水の混合溶媒中で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項17】
有機溶媒が、tert−ブチルメチルエーテルおよびトルエンから選ばれる少なくとも1種である、請求項16記載の方法。
【請求項18】
有機溶媒がtert−ブチルメチルエーテルである、請求項16記載の方法。
【請求項19】
加水分解が30〜60℃で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項20】
加水分解が35〜55℃で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項21】
式(2)
【化4】


(式中、
はアミノ基の保護基を示し、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、シアノ基またはニトロ基を示す。)
で表される光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩をエステル化して、式(2’)
【化5】


(式中、
はアルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、置換基を有していてもよいアリール基または置換基を有していてもよいアラルキル基を示し、
、RおよびRは前記と同義である。)
で表される光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物を得る工程;
式(2’)で表される光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物をラセミ化して、式(1)
【化6】


(式中、各記号は前記と同義である。)
で表されるビフェニルアラニンエステル化合物を得る工程;
を包含することを特徴とする、式(1)で表されるビフェニルアラニンエステル化合物の製造方法。
【請求項22】
式(1)
【化7】


(式中、
はアルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、置換基を有していてもよいアリール基または置換基を有していてもよいアラルキル基を示し、
はアミノ基の保護基を示し、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、シアノ基またはニトロ基を示す。)
で表されるビフェニルアラニンエステル化合物を、(i)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリの存在下で、(ii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノ酸の存在下で、または(iii)アルカリ金属水酸化物およびアルカリ土類金属水酸化物から選ばれる一種以上のアルカリとアミノスルホン酸の存在下で、Bacillus属に属する微生物由来のプロテアーゼを用いて加水分解して、生成した式(2)
【化8】


(式中、各記号は前記と同義である。)
で表される光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩と式(3)
【化9】


(式中、各記号は前記と同義である。)
で表される未反応の光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物を分離する工程;
式(2)で表される光学活性ビフェニルアラニン化合物またはその塩をエステル化して、式(2’)
【化10】


(式中、各記号は前記と同義である。)
で表される光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物を得る工程;
式(2’)で表される光学活性ビフェニルアラニンエステル化合物をラセミ化して、式(1)で表されるビフェニルアラニンエステル化合物を得る工程;
を包含する、式(1)で表されるビフェニルアラニンエステル化合物の回収方法。

【公開番号】特開2007−217402(P2007−217402A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−340513(P2006−340513)
【出願日】平成18年12月18日(2006.12.18)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】