説明

光学活性含フッ素ベンジルアルコールの製造方法

【課題】医薬の重要中間体である光学活性含フッ素ベンジルアルコールの効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】含フッ素ベンズアルデヒドをアルキルグリニャール試薬と反応させることによりラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて該マグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させることによりラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得、該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する。本発明は、ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルの調製方法に特徴があり、含フッ素ベンズアルデヒドから、該ハーフエステルを簡便に且つ、80%以上の収率で調製できる。この結果、光学活性含フッ素ベンジルアルコールを効率的に製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬の重要中間体である光学活性含フッ素ベンジルアルコールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する方法は公知である(非特許文献1、非特許文献2)。
【0003】
一方、非特許文献1、非特許文献2では、該方法の出発化合物である「ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル」の調製法として、次の方法が開示されている。
【0004】
すなわち、非特許文献1では、含フッ素ベンズアルデヒドをアルキルグリニャール試薬と反応させて、ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドを得、次いで該マグネシウムアルコキシドをラセミ含フッ素ベンジルアルコールに変換し、一度、該ラセミ含フッ素ベンジルアルコールを単離、精製し、改めて塩基性条件下、無水フタル酸と反応させる方法が採用されている(下記スキーム)。
【0005】
【化16】

【0006】
一方、非特許文献2では、脂肪族アルデヒドを含フッ素フェニルグリニャール試薬と反応させることによりラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて直接、無水フタル酸と反応させる方法が採用されている(下記スキーム)。
【0007】
【化17】

【非特許文献1】Journal of the American Chemical Society(米国),1990年,第112巻,第15号,p.5741−5747
【非特許文献2】Journal of the American Chemical Society(米国),1985年,第107巻,第15号,p.4513−4519
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、医薬の重要中間体である含フッ素ベンジルアルコールの効率的な光学分割の方法を提供することにある。「ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル」を光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解する方法は、含フッ素置換基の置換位置に拘わらず光学純度の高い含フッ素ベンジルアルコールを与えるため、基質適応範囲の広い方法として重要である。
【0009】
しかしながら、非特許文献1および非特許文献2記載の調製方法では、該「ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル」を、簡便に且つ収率良く調製できない、という問題点があった。実際に非特許文献1では、「ラセミ含フッ素ベンジルアルコール」の合成と該「フタル酸ハーフエステル」の合成を別々に行っており、工業的な実施において操作が非常に煩雑であった[2−トリフルオロメチルベンズアルデヒドを基準としたトータル収率は61%であった(RMgXはCH3MgBr)]。
【0010】
非特許文献2では、ラセミ含フッ素ベンジルアルコールを単離することなく、反応系内で生成した該マグネシウムアルコキシドを直接、無水フタル酸と反応させるため、操作が格段に簡便である。ところが脂肪族アルデヒドと含フッ素フェニルグリニャール試薬から誘導される「ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシド」は無水フタル酸に対して良好な反応性を示さず、目的とする「ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル」が収率良く得られなかった[3−トリフルオロメチルフェニルマグネシウムブロミド(3−トリフルオロメチルフェニルブロミド)を基準としたトータル収率は43%であった(脂肪族アルデヒドはCH3CHO)]。
【0011】
この様に含フッ素ベンジルアルコールの光学分割において、ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを簡便に且つ収率良く調製できる方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、含フッ素ベンズアルデヒドをアルキルグリニャール試薬と反応させることによりラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて無水フタル酸と反応させることによりラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルが極めて簡便に且つ収率良く(含フッ素ベンズアルデヒドを基準として、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上のトータル収率で)調製できることを見出した。
【0013】
非特許文献2に比較して収率良く調製できる理由としては、生成したラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドによる、α位プロトンの脱プロトン化やカルボニル基への付加等の副反応を起こし易い「脂肪族アルデヒド」を使用していないためと考えられる。非特許文献2では、実際にラセミ含フッ素ベンジルアルコールが相当量回収されており(トータル収率28%)、該副反応を通して無水フタル酸に対する反応性が格段に低下しているものと考えられる。
【0014】
本発明者らは、さらに、得られた該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより、目的とする光学活性含フッ素ベンジルアルコールが光学的に且つ化学的に極めて高い純度で製造できることも見出した(下記スキーム)。
【0015】
【化18】

【0016】
すなわち、本発明は、一般式[1]
【0017】
【化19】

【0018】
[式中、mはフッ素原子の置換基数を表し、0、1、2、3、4または5から選ばれる整数を採り、nはトリフルオロメチル基の置換基数を表し、0、1、2または3から選ばれる整数を採り、mとnが同時に0を採ることはなく、mとnの合計は5以下を採る]で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、一般式[2]
【0019】
【化20】

【0020】
[式中、Rは炭素数1から6のアルキル基を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素から選ばれるハロゲン原子を表す]で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させることにより、一般式[3]
【0021】
【化21】

【0022】
[式中、m、n、RおよびXは上記と同じであり、波線はラセミ体であることを表す]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて該マグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させることにより、一般式[4]
【0023】
【化22】

【0024】
[式中、m、n、Rおよび波線は上記と同じである]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得、該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより、一般式[5]
【0025】
【化23】

【0026】
[式中、m、nおよびRは上記と同じであり、*は光学活性体であることを表す]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する方法を提供する。
【0027】
また、本発明は、式[6]
【0028】
【化24】

【0029】
で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、式[7]
【0030】
【化25】

【0031】
で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させることにより、式[8]
【0032】
【化26】

【0033】
[式中、波線はラセミ体であることを表す]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて該マグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させることにより、式[9]
【0034】
【化27】

【0035】
[式中、波線は上記と同じである]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得、該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより、式[10]
【0036】
【化28】

【0037】
[式中、*は光学活性体であることを表す]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する方法を提供する。
【0038】
また、本発明は、式[11]
【0039】
【化29】

【0040】
で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、式[7]
【0041】
【化30】

【0042】
で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させることにより、式[12]
【0043】
【化31】

【0044】
[式中、波線はラセミ体であることを表す]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて該マグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させることにより、式[13]
【0045】
【化32】

【0046】
[式中、波線は上記と同じである]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得、該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより、式[14]
【0047】
【化33】

【0048】
[式中、*は光学活性体であることを表す]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する方法を提供する。
【発明の効果】
【0049】
本発明の製造方法が従来の製造技術に比べて有利な点を以下に述べる。非特許文献1記載の調製方法に比べて、ラセミ含フッ素ベンジルアルコールを単離する必要がなく、二つの反応を連続的にワンポット反応として行えるため、工業的な実施において操作が極めて簡便である。非特許文献2記載の調製方法に比べて、含フッ素ベンズアルデヒドとアルキルグリニャール試薬から誘導されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドは無水フタル酸に対して格段に良好な反応性を示すため、目的とするラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルが極めて収率良く得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
以下、本発明の製造方法について詳細に説明する。
【0051】
初めに、一般式[1]で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させる工程(工程I)について述べる。
【0052】
一般式[1]で示される含フッ素ベンズアルデヒドのフッ素原子またはトリフルオロメチル基としては、任意の置換位置を採ることができ、具体的には2−フルオロベンズアルデヒド、3−フルオロベンズアルデヒド、4−フルオロベンズアルデヒド、2,4−ジフルオロベンズアルデヒド、2,6−ジフルオロベンズアルデヒド、3,5−ジフルオロベンズアルデヒド、3,4,5−トリフルオロベンズアルデヒド、2,3,4,5,6−ペンタフルオロベンズアルデヒド、2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、4−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3,5−ビス(トリフルオロメチル)ベンズアルデヒド、2−フルオロ−3−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2−フルオロ−4−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2−フルオロ−5−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2−フルオロ−6−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3−フルオロ−2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3−フルオロ−4−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3−フルオロ−5−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3−フルオロ−6−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、4−フルオロ−2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、4−フルオロ−3−トリフルオロメチルベンズアルデヒド等が挙げられる。
【0053】
本発明で対象とする、一般式[5]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールは、対応する含フッ素フェニルアルキルケトンの不斉還元により合成することもできる。該ケトンが本発明の原料基質である含フッ素ベンズアルデヒドに比べて著しく高価で、且つ該アルデヒドと、一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬の反応が還元体[ArCH2OMgX(Arは含フッ素フェニル基を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素から選ばれるハロゲン原子を表す]等の副生を伴わずに良好に進行する場合に、本発明の有効性が最大限に引き出せる。
【0054】
この様な要件を満たす含フッ素ベンズアルデヒドとして、オルト位に含フッ素置換基を有するものが挙げられる。従って上記の具体例の中でも、2−フルオロベンズアルデヒド、2,4−ジフルオロベンズアルデヒド、2,6−ジフルオロベンズアルデヒド、2,3,4,5,6−ペンタフルオロベンズアルデヒド、2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2−フルオロ−3−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2−フルオロ−4−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2−フルオロ−5−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2−フルオロ−6−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3−フルオロ−2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、3−フルオロ−6−トリフルオロメチルベンズアルデヒドおよび4−フルオロ−2−トリフルオロメチルベンズアルデヒドが好ましく、特に2−フルオロベンズアルデヒドおよび2−トリフルオロメチルベンズアルデヒドがより好ましい。
【0055】
一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬のRとしては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシルが挙げられ、炭素数が3以上のものは直鎖状または分枝状を採ることができる。
【0056】
一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬のXは、塩素、臭素、ヨウ素から選ばれる。本発明では、一般式[1]で示される含フッ素ベンズアルデヒドとアルキルグリニャール試薬から誘導される、一般式[3]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドと無水フタル酸を良好に反応させることが特に重要で、この反応性はXの種類により影響される。従って上記のハロゲン原子の中でも、該マグネシウムアルコキシドの求核性がより高くなる塩素および臭素が好ましく、特に塩素がより好ましい。
【0057】
一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬としては、公知の方法、例えば日本化学会編 第5版 実験化学講座 18 有機化合物の合成 VI −金属を用いる有機合成− p.59−76を参考にして調製することができる。また各種の定濃度エーテル溶液が市販されており、これらを利用するのが簡便である。
【0058】
一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬の使用量としては、特に制限はないが、通常は、一般式[1]で示される含フッ素ベンズアルデヒド1モルに対して0.7モル以上を使用すれば良く、0.8〜1.2モルが好ましく、特に0.9〜1.1モルがより好ましい。0.7モル未満の使用でも特に問題はないが、含フッ素ベンズアルデヒドが未反応のままで残存し、一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルの収率が低下する傾向を示す。また1.3モル以上の使用でも特に問題はないが、アルキルグリニャール試薬が過剰に残存し、無水フタル酸と反応して消費するため、無水フタル酸を過剰に使用しなければならない。従ってラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを収率良く且つ経済的に製造するには0.7〜1.2モルの範囲が好適である。
【0059】
反応溶媒としては、特に制限はないが、通常はエーテル系溶媒が好適である。その中でもジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、ジi−プロピルエーテル、シクロペンチルメチルエーテルおよび1,4−ジオキサンが好ましく、特にジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテルおよびジi−プロピルエーテルがより好ましい。これらの反応溶媒は単独または組み合わせて使用することができる。
【0060】
反応溶媒の使用量としては、特に制限はないが、通常は、一般式[1]で示される含フッ素ベンズアルデヒド1モルに対して0.1L(リットル)以上を使用すれば良く、0.15〜5Lが好ましく、特に0.2〜3Lがより好ましい。一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬として定濃度エーテル溶液を利用する場合は、反応溶媒を新たに使用せず、該エーテル溶液に含まれる溶媒分だけで反応を行うこともできる。
【0061】
一般式[1]で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させる方法としては、特に制限はないが、通常は不活性ガス雰囲気下、アルキルグリニャール試薬のエーテル溶液を冷却し、攪拌下、含フッ素ベンズアルデヒド(または反応溶媒で希釈した溶液)を徐々に加え、さらに冷却した状態で攪拌しながら反応させるのが好適である。含フッ素ベンズアルデヒドにアルキルグリニャール試薬を加える方法でも特に問題はないが、上記の還元体等の副生を伴わず、且つアルキルグリニャール試薬を工業的に安全に扱うには前者の方法がより好ましい。
【0062】
温度条件としては、特に制限はないが、通常は−100〜+100℃の範囲で行えば良く、−80〜+80℃が好ましく、特に−60〜+60℃がより好ましい。
【0063】
反応時間としては、特に制限はないが、通常は24時間以内の範囲で行えば良く、一般式[1]で示される含フッ素ベンズアルデヒドと、一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬の組み合わせおよび反応条件等により異なるため、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、NMR等の分析手段により未反応のままで残存する含フッ素ベンズアルデヒドを追跡し、該アルデヒドが殆ど消失した時点を終点とするのが好ましい。
【0064】
本発明では、反応系内で生成した、一般式[3]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドを直接、無水フタル酸と反応させるため、反応終了液の後処理を行わない。該反応終了液は不活性ガス雰囲気下、長期間安定に保存することもできる。
【0065】
次に、一般式[3]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシド類を無水フタル酸と反応させる工程(工程II)について述べる。
【0066】
無水フタル酸の使用量としては、特に制限はないが、通常は、一般式[2]で示されるアルキルグリニャール試薬の使用量1モルに対して0.9モル以上を使用すれば良く、0.95〜1.05モルが好ましく、特に等モル量がより好ましい。
【0067】
反応溶媒としては、特に制限はないが、通常は上記のエーテル系溶媒が好適である。
【0068】
反応溶媒の使用量としては、特に制限はないが、通常は反応溶媒を新たに使用せず、一般式[3]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換した反応終了液に含まれる溶媒分だけで反応を行うことが好適である。
【0069】
一般式[3]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させる方法としては、特に制限はないが、通常は不活性ガス雰囲気下、ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換した反応終了液を冷却し、攪拌下、無水フタル酸(または反応溶媒で希釈した溶液)を徐々に加え、さらに室温で攪拌しながら反応させるのが好適である。無水フタル酸に該アルコキシドを加える方法でも特に問題はないが、工業的に簡便なワンポット反応が採用できる前者の方法がより好ましい。
【0070】
温度条件としては、特に制限はないが、通常は−100〜+100℃の範囲で行えば良く、−80〜+80℃が好ましく、特に−60〜+60℃がより好ましい。
【0071】
反応時間としては、特に制限はないが、通常は24時間以内の範囲で行えば良く、一般式[3]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドの種類および反応条件等により異なるため、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、NMR等の分析手段により未反応のままで残存するラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシド(または加水分解後の反応チェックでは対応するラセミ含フッ素ベンジルアルコール)を追跡し、該アルコキシド(または該アルコール)が殆ど消失した時点を終点とするのが好ましい。
【0072】
後処理としては、特に制限はないが、通常は反応終了液に鉱酸(例えば塩酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸等)の水溶液を加え、有機溶媒(例えばトルエン、塩化メチレン、酢酸エチル等)で抽出することにより目的とする、一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得ることができる。また必要に応じて活性炭処理、再結晶、蒸留またはカラムクロマトグラフィー等により高い化学純度に精製することができる。
【0073】
最後に、一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解する工程(工程III)について述べる。
【0074】
本工程は公知であり、Organic Reactions(米国),第II巻,第9章,p.376−414、非特許文献1または非特許文献2を参考にして実施することができる。従って下記の代表的な製造方法に限定されるものではない。
【0075】
本工程は、一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンと接触させることにより、一般式[15]
【0076】
【化34】

【0077】
[式中、mはフッ素原子の置換基数を表し、0、1、2、3、4または5から選ばれる整数を採り、nはトリフルオロメチル基の置換基数を表し、0、1、2または3から選ばれる整数を採り、mとnが同時に0を採ることはなく、mとnの合計は5以下を採り、Rは炭素数1から6のアルキル基を表し、*はそれぞれ独立に光学活性体であることを表し、・はカルボキシル基とアミノ基の間で塩を形成していることを表す]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩を得(工程III−A)、必要に応じて再結晶精製を行い(工程III−B)、引き続いて該ジアステレオマー塩を強酸と接触させることにより、一般式[16]
【0078】
【化35】

【0079】
[式中、m、n、Rおよび*は上記と同じである]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを回収し(工程III−C)、最後に塩基性条件下、エステル基を加水分解することにより、一般式[5]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する(工程III−D)ことによりなる。
【0080】
工程III−Aについて述べる。
【0081】
一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンと接触させる方法としては、結晶析出溶媒に該ハーフエステルと該アミンを加え、該溶媒の沸点付近の温度で加熱溶解し、放置または攪拌下、徐々に降温し、−30〜+30℃の範囲で1〜48時間かけて結晶を十分に析出させ、析出した結晶を濾過することにより、一般式[15]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩を得ることができる。
【0082】
工業的な観点から言及すると、工程IIの後処理で得られた、一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを抽出した回収有機層に光学活性1−フェニルエチルアミン(または結晶析出溶媒で希釈した溶液)を加えて結晶を析出させる方法がより好ましい。
【0083】
また濾液には逆の立体化学を有する含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル(または該ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩)が過剰に含まれており、濾液の濃縮残渣に対して工程III−Cと同様の操作を行うことにより逆の立体化学を有する、一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを回収することができる。
【0084】
さらに該ハーフエステルに対して逆の立体化学を有する光学活性1−フェニルエチルアミンを使用して工程III−A→工程III−B→工程III−C→工程III−Dの順に同様の操作を行うことにより逆の立体化学を有する、一般式[5]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造することもできる。
【0085】
光学活性1−フェニルエチルアミンの立体化学としては、一般式[5]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールの目的とする立体化学に応じてR体またはS体を適宜使い分ければ良い。
【0086】
光学活性1−フェニルエチルアミンの光学純度としては、95%エナンチオマー過剰率(ee)以上のものを使用すれば良く、97%ee以上のものが好ましく、特に99%ee以上のものがより好ましい。
【0087】
光学活性1−フェニルエチルアミンの使用量としては、一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル1モルに対して0.2モル以上を使用すれば良く、0.3〜3モルが好ましく、特に0.4〜1.5モルがより好ましい。
【0088】
結晶析出溶媒としては、n−ペンタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素系、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、メシチレン等の芳香族炭化水素系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、ジi−プロピルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、1,4−ジオキサン等のエーテル系、アセトン、メチルエチルケトン、メチルi−ブチルケトン等のケトン系、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等のエステル系、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系、メタノール、エタノール、n−プロパノール、i−プロパノール、n−ブタノール等のアルコール系、水等が挙げられる。その中でもn−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、メシチレン、塩化メチレン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、ジi−プロピルエーテル、アセトン、酢酸エチル、アセトニトリル、メタノール、エタノールおよびi−プロパノールが好ましく、特にn−ヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、アセトン、酢酸エチル、アセトニトリル、メタノールおよびi−プロパノールがより好ましい。これらの結晶析出溶媒は単独または組み合わせて使用することができる。
【0089】
結晶析出溶媒の使用量としては、一般式[4]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル1モルに対して0.1L以上を使用すれば良く、0.2〜10Lが好ましく、特に0.3〜7Lがより好ましい。
【0090】
工程III−Bについて述べる。
【0091】
一般式[15]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩の再結晶精製の方法としては、再結晶溶媒に工程III−Aで得られた、該ジアステレオマー塩を加え、工程III−Aの操作と同様に、再結晶溶媒の沸点付近の温度で加熱溶解し、放置または攪拌下、徐々に降温し、−30〜+30℃の範囲で1〜48時間かけて結晶を十分に析出させ、析出した結晶を濾過することにより該ジアステレオマー塩をより高い光学純度に精製することができる。本工程を繰り返すことによりさらに高い光学純度に精製することもできる。また再結晶母液は定法に従い回収し再利用することもできる。
【0092】
再結晶溶媒としては、工程III−Aの結晶析出溶媒を使用することができる。
【0093】
再結晶溶媒の使用量としては、工程III−Aの結晶析出溶媒の使用量と同じである。
【0094】
本工程では、必要に応じて種結晶を加えることにより結晶をより効率良く析出させることもできる。
【0095】
工程III−Cについて述べる。
【0096】
一般式[15]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩を強酸と接触させる方法としては、無機酸の水溶液に該ジアステレオマー塩を加えて十分に振とうし、有機溶媒で抽出することにより、一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを回収することができる。
【0097】
無機酸としては、塩化水素、臭化水素、硫酸、硝酸等が挙げられる。その中でも塩化水素および硫酸が好ましく、特に塩化水素がより好ましい。
【0098】
無機酸の使用量としては、一般式[15]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩1モルに対して0.7モル以上を使用すれば良く、0.8〜7モルが好ましく、特に0.9〜5モルがより好ましい。
【0099】
無機酸の水溶液の濃度としては、0.3規定度(N)以上を使用すれば良く、0.4〜7Nが好ましく、特に0.5〜5Nがより好ましい。
【0100】
有機溶媒としては、トルエン、塩化メチレン、酢酸エチル等が挙げられる。その中でもトルエンおよび酢酸エチルが好ましく、特にトルエンがより好ましい。これらの有機溶媒は単独または組み合わせて使用することができる。
【0101】
有機溶媒の使用量としては、一般式[15]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩1モルに対して0.1L以上を使用すれば良く、0.2〜7Lが好ましく、特に0.3〜5Lがより好ましい。
【0102】
後処理としては、一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを抽出した回収有機層を必要に応じて水洗、乾燥、濃縮し、該ハーフエステルを単離することもできるが、工業的な観点から言及すると、該回収有機層に工程III−Dの無機塩基の水溶液を直接、加えてエステル基を加水分解させる方法がより好ましい。また酸性の水層側に含まれる光学活性1−フェニルエチルアミンは定法の中和抽出に従い回収し、工程III−Aの該アミンとして再利用することもできる。
【0103】
工程III−Dについて述べる。
【0104】
一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルのエステル基を塩基性条件下、加水分解する方法としては、該ハーフエステルを無機塩基の水溶液と反応させることにより、一般式[5]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造することができる。
【0105】
一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルとしては、上記の通り単離品または抽出で得られる回収有機層を使用することができる。本工程は反応を二相系で行うこともでき、この様な場合には必要に応じて第四級アンモニウムまたはホスホニウムのハロゲン化物等の相間移動触媒を使用して反応速度を加速することもできる。しかしながら本工程の好適な反応条件を採用することにより必ずしも該触媒を使用しなくても良好な反応性を得ることができる。
【0106】
無機塩基としては、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。その中でも水酸化リチウム、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウムが好ましく、特に水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウムがより好ましい。
【0107】
無機塩基の使用量としては、一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル1モルに対して1.7モル以上を使用すれば良く、1.8〜15モルが好ましく、特に1.9〜10モルがより好ましい。
【0108】
無機塩基の水溶液の濃度としては、0.5N以上を使用すれば良く、0.7〜15Nが好ましく、特に1〜10Nがより好ましい。
【0109】
反応溶媒としては、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、メシチレン等の芳香族炭化水素系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、ジi−プロピルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、1,4−ジオキサン等のエーテル系、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系、メタノール、エタノール、n−プロパノール、i−プロパノール、n−ブタノール等のアルコール系、水等が挙げられる。その中でもトルエン、キシレン、メシチレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、ジi−プロピルエーテル、アセトニトリル、メタノール、エタノールおよびi−プロパノールが好ましく、特にトルエン、キシレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、アセトニトリル、メタノールおよびi−プロパノールがより好ましい。これらの反応溶媒は単独または組み合わせて使用することができる。また、一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを抽出した回収有機層を直接、使用する場合は、反応溶媒を新たに使用せず、該回収有機層に含まれる溶媒分だけで反応を行うこともできる。
【0110】
反応溶媒の使用量としては、一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル1モルに対して0.1L以上を使用すれば良く、0.2〜7Lが好ましく、特に0.3〜5Lがより好ましい。
【0111】
温度条件としては、−30〜+150℃の範囲で行えば良く、−20〜+125℃が好ましく、特に−10〜+100℃がより好ましい。
【0112】
反応時間としては、24時間以内の範囲で行えば良く、一般式[16]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと無機塩基の水溶液の組み合わせおよび反応条件等により異なるため、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、NMR等の分析手段により未反応のままで残存する光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを追跡し、該ハーフエステル類が殆ど消失した時点を終点とするのが好ましい。
【0113】
後処理としては、反応終了液を直接、分液し、または必要に応じて反応終了液にトルエン、塩化メチレン、酢酸エチル等の有機溶媒または水を加えて抽出し、回収有機層を濃縮することにより目的とする、一般式[5]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造することができる。また必要に応じて活性炭処理、再結晶、蒸留またはカラムクロマトグラフィー等により高い化学純度且つ光学純度に精製することができる。
[実施例]
以下、実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また実施例の構造式および化合物名にはR体またはS体と表示されているが、これは光学的に純粋なR体またはS体を意味する以外に、光学分割の過程でR体またはS体が過剰に含まれている光学的に活性な状態[例えばR体が90%ee(R体:S体=95:5)等]をも意味する。一般式[15]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルと光学活性1−フェニルエチルアミンからなるジアステレオマー塩の、光学活性含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステル部位の光学純度は、工程III−Dの操作を行い、得られた光学活性含フッ素ベンジルアルコールのキラルガスクロマトグラフィーにより測定した。
【実施例1】
【0114】
窒素雰囲気下、2.0Mメチルマグネシウムクロリドのテトラヒドロフラン溶液1300mL(2.60mol、1.00eq)を冷却し、内温を−20〜+2℃に制御しながら2−フルオロベンズアルデヒド322.7g(2.60mol、1.00eq)を加え、氷水にて冷却した状態で30分攪拌した。メチル化の変換率をガスクロマトグラフィーにより測定したところ99.9%であった。引き続いて、内温を−22〜0℃に制御しながら無水フタル酸385.1g(2.60mol、1.00eq)を加え、室温で終夜攪拌した。アシル化の変換率を1H−NMRにより測定したところ99%以上であった。反応終了液に2.0N塩酸1300mL(2.60mol、1.00eq)を加え、トルエン650mLで抽出した。回収有機層を食塩水650mLで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮し、真空乾燥し、下記式
【0115】
【化36】

【0116】
で示されるラセミ1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステルを706.1g得た。2−フルオロベンズアルデヒドからのトータル収率は94.2%であった。還元体である2−フルオロベンジルアルコールフタル酸ハーフエステルは全く副生しなかった(1H−NMRにより測定したところ1.0%未満)。得られたラセミ1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステルの1H−NMRおよび19F−NMRスペクトルを下に示す。
【0117】
1H−NMR(基準物質:(CH34Si,重溶媒:CDCl3),δ ppm:1.67(d,6.4Hz,3H),6.40(q,6.4Hz,1H),7.00−7.95(Ar−H,8H),カルボキシル基は帰属できず.
19F−NMR(基準物質:C66,重溶媒:CDCl3),δ ppm:43.56(m,1F).
i−プロパノール5000mLとメタノール480mLの混合溶液に、該ハーフエステル706.1g(2.45mol、1.00eq)と(S)−1−フェニルエチルアミン148.4g(1.22mol、0.50eq)を加え、52℃で加熱溶解し、徐々に室温まで冷却し、析出した結晶を濾過し、真空乾燥し、下記式
【0118】
【化37】

【0119】
で示される(S)−1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステル・(S)−1−フェニルエチルアミンのジアステレオマー塩を323.8g得た。該ジアステレオマー塩の光学純度をキラルガスクロマトグラフィーにより測定したところ74.8%eeであった。該ジアステレオマー塩の回収率は56.4%であった。
【0120】
i−プロパノール1650mLとメタノール920mLの混合溶液に、該ジアステレオマー塩323.8gを加え、63℃で加熱溶解し、徐々に5℃まで冷却し、析出した結晶を濾過し、上記式で示される(S)−1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステル・(S)−1−フェニルエチルアミンのジアステレオマー塩の再結晶品を255.7g(未乾燥品)得た。該再結晶品の光学純度をキラルガスクロマトグラフィーにより測定したところ99.2%eeであった。
【0121】
該再結晶品255.7g(0.624molとする、1.00eq)に、2.0N塩酸780mL(1.56mol、2.50eq)を加え、トルエン1000mLで抽出し、下記式
【0122】
【化38】

【0123】
で示される(S)−1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステルのトルエン溶液を得た。
【0124】
該トルエン溶液に、6.0N水酸化ナトリウム520mL(3.12mol、5.00eq)を加え、60℃で1時間攪拌した。加水分解の変換率を19F−NMRにより測定したところ100%であった。反応終了液の有機層を分液し、回収有機層を1.0N水酸化ナトリウム500mLで洗浄し、10%食塩水500mLで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮し、真空乾燥し、下記式
【0125】
【化39】

【0126】
で示される(S)−1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールを得た。該アルコールを分別蒸留し(58℃/530Pa)、上記式で示される(S)−1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールの蒸留精製品を63.5g得た。該精製品の光学純度をキラルガスクロマトグラフィーにより測定したところ99.3%eeであった。また該精製品の化学純度をガスクロマトグラフィーにより測定したところ99.9%であった。(S)−1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステル・(S)−1−フェニルエチルアミンのジアステレオマー塩の再結晶精製からのトータル収率は65.3%であった。得られた(S)−1−(2−フルオロフェニル)エチルアルコールの1H−NMRおよび19F−NMRスペクトルを下に示す。
【0127】
1H−NMR(基準物質:(CH34Si,重溶媒:CDCl3),δ ppm:1.53(d,6.8Hz,3H),1.80(br,1H),5.21(q,6.8Hz,1H),6.95−7.55(Ar−H,4H).
19F−NMR(基準物質:C66,重溶媒:CDCl3),δ ppm:41.67(m,1F).
【実施例2】
【0128】
窒素雰囲気下、2.0Mメチルマグネシウムクロリドのテトラヒドロフラン溶液500mL(1.00mol、1.00eq)を冷却し、内温を4〜21℃に制御しながら2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド174.1g(1.00mol、1.00eq)を加え、氷水にて冷却した状態で15分攪拌した。メチル化の変換率をガスクロマトグラフィーにより測定したところ99.9%以上であった。引き続いて、内温を9〜37℃に制御しながら無水フタル酸148.1g(1.00mol、1.00eq)を加え、室温で終夜攪拌した。アシル化の変換率を1H−NMRにより測定したところ99%以上であった。反応終了液に2.0N塩酸500mL(1.00mol、1.00eq)を加え、トルエン250mLで抽出した。回収有機層を食塩水250mLで洗浄し、下記式
【0129】
【化40】

【0130】
で示されるラセミ1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステルのトルエン溶液(テトラヒドロフランも含む)を952g得た。還元体である2−トリフルオロメチルベンジルアルコールフタル酸ハーフエステルは全く副生しなかった(1H−NMRにより測定したところ1.0%未満)。
【0131】
該トルエン溶液952g(1.00molとする、1.00eq)に、室温下、内温を25〜34℃に制御しながら(S)−1−フェニルエチルアミン60.6g(0.50mol、0.50eq)のn−ヘプタン溶液(n−ヘプタン使用量500mL)を加え、析出した結晶を濾過し、n−ヘプタン200mLで洗浄し、真空乾燥し、下記式
【0132】
【化41】

【0133】
で示される(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステル・(S)−1−フェニルエチルアミンのジアステレオマー塩を170.0g得た。該ジアステレオマー塩の光学純度をキラルガスクロマトグラフィーにより測定したところ90.6%eeであった。2−トリフルオロメチルベンズアルデヒドからのトータル収率は70.5%であった。
【0134】
メタノール510mLに、該ジアステレオマー塩170.0gを加え、60℃で加熱溶解し、徐々に5℃まで冷却し、析出した結晶を濾過し、真空乾燥し、上記式で示される(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステル・(S)−1−フェニルエチルアミンのジアステレオマー塩の再結晶品を99.4g得た。該再結晶品の光学純度をキラルガスクロマトグラフィーにより測定したところ98.9%eeであった。該再結晶品の回収率は61.0%であった。得られた(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステル・(S)−1−フェニルエチルアミンのジアステレオマー塩の1H−NMRおよび19F−NMRスペクトルを下に示す。
【0135】
1H−NMR(基準物質:(CH34Si,重溶媒:CDCl3),δ ppm:1.51(d,6.8Hz,3H),1.61(d,6.8Hz,3H),3.68(br,3H),4.26(q,6.8Hz,1H),6.37(q,6.8Hz,1H),7.24−7.82(Ar−H,13H).
19F−NMR(基準物質:C66,重溶媒:CDCl3),δ ppm:103.20(S,3F).
該再結晶品85.0g(0.185mol、1.00eq)に、2.0N塩酸185mL(0.370mol、2.00eq)を加え、トルエン185mLで抽出した。回収有機層を水100mLで洗浄し、下記式
【0136】
【化42】

【0137】
で示される(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステルのトルエン溶液を得た。
【0138】
該トルエン溶液に、3.7N水酸化カリウム150mL(0.555mol、3.00eq)を加え、50℃で1時間30分攪拌した。加水分解の変換率を19F−NMRにより測定したところ100%であった。反応終了液の有機層を分液し、減圧濃縮し、真空乾燥し、下記式
【0139】
【化43】

【0140】
で示される(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールを34.3g得た。該アルコールを分別蒸留し(84℃/1330Pa)、上記式で示される(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールの蒸留精製品を31.5g得た。該精製品の光学純度をキラルガスクロマトグラフィーにより測定したところ99.0%eeであった。また該精製品の化学純度をガスクロマトグラフィーにより測定したところ99.9%であった。(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールフタル酸ハーフエステル・(S)−1−フェニルエチルアミンのジアステレオマー塩の再結晶品からのトータル収率は89.6%であった。得られた(S)−1−(2−トリフルオロメチルフェニル)エチルアルコールの1H−NMRおよび19F−NMRスペクトルを下に示す。
【0141】
1H−NMR(基準物質:(CH34Si,重溶媒:CDCl3),δ ppm:1.49(d,6.4Hz,3H),1.99(br,1H),5.33(q,6.4Hz,1H),7.35−7.84(Ar−H,4H).
19F−NMR(基準物質:C66,重溶媒:CDCl3),δ ppm:103.43(S,3F).
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明によれば、ラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを、含フッ素ベンズアルデヒドから、80%以上(より好ましくは90%以上)のトータル収率で調製することも可能であり、光学活性含フッ素ベンジルアルコールを効率的に製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

[式中、mはフッ素原子の置換基数を表し、0、1、2、3、4または5から選ばれる整数を採り、nはトリフルオロメチル基の置換基数を表し、0、1、2または3から選ばれる整数を採り、mとnが同時に0を採ることはなく、mとnの合計は5以下を採る]で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、一般式[2]
【化2】

[式中、Rは炭素数1から6のアルキル基を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素から選ばれるハロゲン原子を表す]で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させることにより、一般式[3]
【化3】

[式中、m、n、RおよびXは上記と同じであり、波線はラセミ体であることを表す]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて該マグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させることにより、一般式[4]
【化4】

[式中、m、n、Rおよび波線は上記と同じである]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得、該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより、一般式[5]
【化5】

[式中、m、nおよびRは上記と同じであり、*は光学活性体であることを表す]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する方法。
【請求項2】
式[6]
【化6】

で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、式[7]
【化7】

で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させることにより、式[8]
【化8】

[式中、波線はラセミ体であることを表す]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて該マグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させることにより、式[9]
【化9】

[式中、波線は上記と同じである]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得、該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより、式[10]
【化10】

[式中、*は光学活性体であることを表す]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する方法。
【請求項3】
式[11]
【化11】

で示される含フッ素ベンズアルデヒドを、式[7]
【化12】

で示されるアルキルグリニャール試薬と反応させることにより、式[12]
【化13】

[式中、波線はラセミ体であることを表す]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのマグネシウムアルコキシドに変換し、引き続いて該マグネシウムアルコキシドを無水フタル酸と反応させることにより、式[13]
【化14】

[式中、波線は上記と同じである]で示されるラセミ含フッ素ベンジルアルコールのフタル酸ハーフエステルを得、該ハーフエステルを光学活性1−フェニルエチルアミンで光学分割し、その後、エステル基を加水分解することにより、式[14]
【化15】

[式中、*は光学活性体であることを表す]で示される光学活性含フッ素ベンジルアルコールを製造する方法。


【公開番号】特開2007−106702(P2007−106702A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−299527(P2005−299527)
【出願日】平成17年10月14日(2005.10.14)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】