説明

光学部品およびその製造方法

【課題】耐熱性の向上した光学多層膜を有するプラスチック製光学部品およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】光学多層膜4において、低屈折率層5,7,9に圧縮応力を有する二酸化ケイ素を使用する。ここで、高屈折率層6,8としてチタン酸ランタンを含む層を圧力1×10−2Pa未満の雰囲気中で通常の真空蒸着で形成すると、高屈折率層6,8についても圧縮応力を有する。つまり、反射防止膜4全体で圧縮応力を持たせることができる。したがって、高温でプラスチックの基材2が膨張しても、無機材料からなる反射防止膜4の圧縮応力により、各層の圧縮応力が開放されながら反射防止膜4は膨張することができ、反射防止膜4は基材2に十分追従しながら膨張する。その結果、反射防止膜4にクラックが生じる温度を高くでき、耐熱性を向上できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学多層膜を有するプラスチック製光学部品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズ等の光学部品において、反射防止効果やフィルタ効果等を得るために、その表面に光学多層膜が形成される。これらの光学多層膜は、異なる屈折率を持つ物質を交互に積層して得られる。
ここで、光学部品の基材がプラスチックの場合、光学多層膜を構成する物質としては、プラスチックの変形しない比較的低温の基材温度で層の形成ができ、かつ所定の物性が得られる物質が使用される。所定の物性としては、屈折率、硬度、透明度等が挙げられる。このような物質として、低屈折率物質には二酸化ケイ素等が使用され、高屈折率物質には酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化タンタル等が使用される。
例えば、プラスチック製眼鏡レンズには、傷防止のためのハードコート層と反射防止膜とが設けられる。ハードコート層はレンズ表面に形成され、反射防止膜はハードコート層表面に異なる屈折率を持つ物質を交互に積層して形成される。このような基材およびハードコート層に使用されるプラスチックは、紫外線によって劣化(黄変、剥離等)する。この劣化を防ぐため、紫外線を吸収し、かつ光活性の少ないルチル型酸化チタンを含有したハードコート層を用いる方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
一方、光学多層膜を形成する方法としては、光学多層膜を構成する物質を、真空雰囲気中で加熱および溶融して物質を蒸散させ、基材上に堆積させる真空蒸着法が一般に使用される。
ここで、真空蒸着法において、酸化チタンや酸化タンタル等を使用した場合、酸素欠損による可視光での吸収が発生しやすいためイオンアシスト蒸着を行うのが一般的である。
しかしながら、イオンアシストに係るメンテナンスには時間がかかり、メンテナンスサイクルも短くなる。また、酸化チタンや酸化タンタル等は、突沸(急な加熱によってガスを放出し、それが原因で蒸着材料がはじけ飛んだりする現象)が起こりやすい等の課題がある。したがって、これを防ぐためには徐々に加熱する必要があるため時間がかかる。
可視光での吸収が発生しにくく、突沸の起こりにくい物質として、チタン酸ランタン(LaTi6.5)が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
以上述べた光学多層膜自体およびその製造方法の課題のほかに、プラスチックの基材上に形成された光学多層膜の応力に係る課題がある。
例えば、応力による基材の変形および膜の破壊を防止する方法として、隣接する圧縮応力を有する層(例えば二酸化ケイ素層)の内部応力を相殺する方法として、膜密度が高くなる層の形成手段(イオンプレーティング他)によって、引っ張り応力を有するランタンとチタンとを含む層を形成する方法が知られている(例えば、特許文献3参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平11−310755号公報(第7項、段落番号[0067]〜[0068])
【特許文献2】特開平6−235803号公報(第3項、段落番号[0016]〜[0024])
【特許文献3】特開2003−277911号公報(第2項、段落番号[0008]〜[0013])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の従来例では、真空蒸着によりチタン酸ランタン層を形成すると、275nm付近の波長の光まで透過してしまい、基材やハードコート層の紫外線に対する耐光性が低下するという課題がある。
また、プラスチックである光学部品の基材は、熱膨張率が大きい(2〜12×10−5/℃)。一方、光学多層膜を構成する無機物質は熱膨張率が小さい(二酸化ケイ素で5×10−7/℃)。そのため、熱により基材が膨張すると、その膨張に耐えられずに光学多層膜にクラック(割れ)が生じる。このクラックは、光学多層膜の外観や光学特性を悪化させる。クラックの発生する温度に関しては、光学多層膜の応力が関係していると考えられている。これに対して、特許文献2の課題は、応力に係わる耐熱性低下に対する課題ではなく、膜応力に関わる耐熱性低下を改善する目的での製膜方法に関する具体的開示がない。さらに、特許文献2で示されるチタン酸ランタンは、可視光線の吸収を防止する目的で使用されるものであって、耐光性向上のために用いられるものではない。
また、特許文献3においては、熱により基材が膨張した際の光学多層膜の破壊については述べられてなく、光学多層膜が形成されたプラスチック製光学部品の耐熱性の向上に関しては示唆されていない。
【0007】
そこで、本発明の目的は、耐熱性、耐擦傷性、外観および耐光性の向上した光学多層膜を有するプラスチック製光学部品およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の光学部品の製造方法は、光学多層膜を有するプラスチック製光学部品の製造方法であって、前記光学多層膜は、低屈折率層と高屈折率層とを備え、前記光学多層膜の前記高屈折率層は、希土類元素のチタン酸塩を含む層を1×10−4Paを越え、1×10−2Pa未満の圧力の真空雰囲気中で形成することを特徴とする。
【0009】
本発明者らは、鋭意研究の結果、光学多層膜中に引っ張り応力を有する層が存在すると、耐熱性の向上が難しいことを見出した。即ち、光学多層膜が圧縮応力を有する層で形成されることにより、熱によりプラスチックの基材が膨張しても、光学多層膜の各層が圧縮応力を有するので、各層の圧縮応力が開放されながら光学多層膜は膨張する。したがって、光学多層膜は基材に十分追従しながら膨張し、光学多層膜にクラックが生じにくくなる。その結果、耐熱性の向上した光学部品が製造できる。
【0010】
ここで、光学多層膜で形成される層の応力は、主に形成方法(基材温度、層形成時の圧力)、構成物質の特性等によって左右される。イオンアシストを伴わない通常の真空蒸着法では、基材に到達する粒子のエネルギーが小さい。したがって、層の密度が低くなり、引っ張り応力を生じやすい。特に、高屈折率層の構成物質は、真空蒸着中の通常の圧力(10−5〜10−1Pa)で引っ張り応力を生じやすい。ここで、10−5Pa未満の圧力に保持するには、超真空装置が必要となるため、装置上の制限があり、10−1Paを超える圧力では、蒸着粒子のエネルギーが低下し、層形成が難しくなる。真空蒸着中の圧力は、排気能力と蒸着物質の蒸散速度とのバランスで決まる。
光学多層膜を構成する物質の特性として、例えば、酸化ジルコニウムからなる層は、引っ張り応力を有する(化学大辞典3 発行 共立出版株式会社 初版1刷発行1960年9月30日)。
【0011】
以上の知見をもとに本発明者らは、高屈折率層として希土類元素のチタン酸塩を含む層を圧力1×10−2Pa未満の雰囲気中で形成すると、これらの層は圧縮応力を有することを見出した(図3参照、マイナスの応力が圧縮応力)。
この発明によれば、圧縮応力を有する低屈折率層だけでなく、高屈折率層についても圧縮応力を有する層を形成した。つまり、熱によりプラスチックの基材が膨張しても、光学多層膜の各層が圧縮応力を有するので、各層の圧縮応力が開放されながら光学多層膜は膨張する。したがって、光学多層膜は基材に十分追従しながら膨張し、光学多層膜にクラックが生じにくくなる。その結果、光学多層膜にクラックが生じる温度が高くなり、耐熱性の向上した光学部品が製造できる。
なお、低屈折率層とは、高屈折率層より低い屈折率を持つ層の総称であり、いわゆる中屈折率層も含む。例えば、酸化アルミ等は中屈折率層として用いられる。
【0012】
また、本発明では、前記高屈折率層を、1×10−4Paを越える圧力の真空雰囲気中で形成することが好ましい。より好ましくは、2×10−4Pa以上、さらに好ましくは1×10−3Pa以上の圧力である。高屈折率層の形成時の圧力下限が1×10−4Paを越えると、チタン酸塩の酸素欠損による可視光線の吸収が少ない高屈折率層が形成される(図5参照)。
【0013】
本発明の光学部品の製造方法は、該光学部品基材に最も近い高屈折率層を5×10−3Pa以上の圧力、かつ、該光学部品基材から最も遠い高屈折率層を5×10−3Pa以下の圧力の真空雰囲気中で形成することが好ましい。
ここで、光学部品基材とは、例えば、光学多層膜が形成されるレンズ基材のように光学多層膜をその表面に形成する対象物をいう。
この発明によれば、各層の圧力条件を変更することにより、好ましい圧力範囲を変更することができる。すなわち、光学部品基材に最も近い高屈折率層を5×10−3Pa以上の高圧力条件、光学部品基材から最も遠い高屈折率層を5×10−3Pa以下の低圧力条件とすることによって、耐熱性、擦傷性および外観により優れた光学部品を得ることができる。
具体的には、光学部品基材に最も近い高屈折率層を5×10−3Pa以上の圧力で真空蒸着により形成しているので、高屈折率層の膜密度が低下し、高膜密度に起因する基材表面の凹凸(外観不良)が発生しにくくなる。また、この圧力が1×10−2Pa未満であるので、耐熱性にも優れる。また、光学部品基材から最も遠い高屈折率層を5×10−3Pa以下の圧力で形成しているので、高屈折率層の膜密度が増加して、擦傷性が向上する。そして、1×10−4Paを越える圧力で形成しているので、高屈折率層が可視光を吸収しにくくなり、透明性を阻害することがない。
【0014】
本発明では、前記高屈折率層としてチタン酸ランタンを含む層を形成することが好ましい。
この発明によれば、チタン酸ランタンが前述の圧力範囲で圧縮応力を有するので、より耐熱性の向上した光学部品を製造できる。
【0015】
本発明では、前記低屈折率層として二酸化ケイ素を含む層を形成することが好ましい。
この発明によれば、二酸化ケイ素は真空蒸着法で大きな圧縮応力を有し、前述の圧力範囲で高屈折率層のチタン酸ランタンも圧縮応力を有するので、これらの組合せにより耐熱性の向上した光学部品を製造できる。
【0016】
本発明の光学部品は、前述の光学部品の製造方法で製造されることを特徴とする。
この発明によれば、耐熱性の向上した光学部品が得られる。
【0017】
本発明では、前記光学部品は眼鏡レンズであることが好ましい。
この発明によれば、耐熱性の向上した眼鏡レンズが得られる。肉眼で使用する眼鏡レンズにおいては、クラックの発生は外観上および安全上において問題が大きい。したがって、耐熱性の向上は特に有用である。また、前述の圧力範囲で得られた高屈折率層の可視光の吸収も、眼鏡レンズでの使用であれば全く問題ない程度の吸収である。
【0018】
本発明では、前記光学部品は、レンズ基材と、前記レンズ基材に設けられたハードコート層と、前記ハードコート層上に設けられた二酸化ケイ素を含む低屈折率層およびチタン酸ランタンを含む高屈折率層を有する反射防止膜とを備え、前記ハードコート層には、下記(1)と(2)との少なくとも一方が含まれていることが好ましい。
(1)ルチル型酸化チタン粒子。
(2)酸化チタンを含む核が光活性の少ない金属酸化物で覆われてなる粒子。
【0019】
低屈折率層に使用される二酸化ケイ素は、紫外線を透過するので、高屈折率層で紫外線の透過の程度が決まる。しかしながら、高屈折率層に使用されるチタン酸ランタンは、可視光から275nm付近の波長の光まで透過してしまう。ここで、(1)光活性の低いルチル型の酸化チタンと、(2)酸化チタンを含んだ核を光活性の少ない金属酸化物で覆った粒子との、少なくとも一方を含んだハードコート層を基材表面に設けることにより、ハードコート層により紫外線が吸収され、基材およびハードコート層自体の耐光性が向上する。
【0020】
耐光性の向上は、以下の機構によるものと考えられる。
アナターゼ型の酸化チタンは、紫外線を吸収して正孔を発生し、ヒロドキシラジカル(強い酸化力を持ち有機物の結合を切断してしまう)を生じるが、ルチル型の酸化チタンは、アナターゼ型の酸化チタンと比較してバンドギャップエネルギが大きく、正孔の発生が少ない。また、このラジカルは、酸化チタンの表面付近で発生するため、アナターゼ型の酸化チタンを使用した場合でも、その外側を光活性の少ない金属酸化物で覆うことにより、ラジカルの外部への影響を防げる。
したがって、紫外線を吸収して、かつ、ヒドロキシラジカルの影響も少なくなり、基材およびハードコート層自体の耐光性が向上する。
特に、チタン酸ランタンは275nm付近の波長の光まで透過してしまうので、より有効にハードコート層が作用し耐光性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1には、本実施形態に係る光学部品であるプラスチック製眼鏡レンズ1の拡大断面図が示されている。この配列は、低屈折率層5が基材2側である。
図1において、プラスチック製眼鏡レンズ1の基材2の表面には、傷を防止するためのハードコート層3が設けられている。また、ハードコート層3の表面には、5層からなる光学多層膜である反射防止膜4が設けられている。
ここで、反射防止膜4は、低屈折率層5,7,9と高屈折率層6,8とが交互に積層されて形成されている。この配列は、低屈折率層5が基材2側である。
【0022】
基材2には、透明なプラスチックであるアクリル樹脂、チオウレタン系樹脂、メタクリル系樹脂、アリル系樹脂、エピスルフィド系樹脂、ポリカーボネート、ポリスチレン、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート(CR−39)、ポリ塩化ビニル、ハロゲン含有共重合体、イオウ含有共重合体が使用される。
基材2の屈折率は、酸化チタンを含んだハードコート層3の屈折率と合わせるために、1.6以上が好ましい。特に、アリルカーボネート系樹脂、アクリレート系樹脂、メタクリレート系樹脂、およびチオウレタン系樹脂が好ましい。
なお、反射用の光学部品であれば、基材2は透明なプラスチックでなくてもよい。さらに、プラスチック中に無機物質を含む複合材料であってもよい。
【0023】
ハードコート層3は、有機材料単体、無機材料単体若しくはそれらの複合材料で形成されるが、硬度が得られる点と屈折率の調整が可能な点とから複合材料が好ましい。ハードコート層3の屈折率を基材2の屈折率と同程度に調整することによって、ハードコート層3と基材2との界面での反射で生じる干渉縞および透過率の低下を防げる。
具体的には、ハードコート層3には、粒径1〜200μmのルチル型の酸化チタン粒子と酸化チタンを含む核が光活性の少ない金属酸化物で覆われた粒子とのどちらか一方あるいは双方が含まれることが好ましい。この核には、酸化チタン以外の金属酸化物が含まれていてもよい。光活性の少ない金属酸化物としては、ケイ素、錫、ジルコニウム、アンチモンの金属酸化物、あるいはルチル型の酸化チタンが挙げられる。また、これらの複合酸化物であってもよい。
屈折率の調整の点から、これらの粒子のほかに、粒径1〜200μmのケイ素、錫、ジルコニウム、アンチモンの金属酸化物粒子、あるいはこれらの複合酸化物粒子を組み合わせてハードコート層として複合材料を形成するのがよい。
また、無機材料としてチタンを使用する際は、その光活性に起因するハードコート層3および基材2の耐光性の低下(具体的には、黄変による透過率の低下や界面の劣化による膜はがれの発生)を防ぐために、ルチル型結晶構造を持つチタン酸化物やチタン酸化物の周りを二酸化ケイ素が包む構造の複合酸化物粒子を使用するのが好ましい。
【0024】
ここで、ハードコート層3の厚さは、傷つき難さの点から数μmが好ましい。
なお、基材2とハードコート層3との密着性を得るために、基材2とハードコート層3との界面にプライマ層を設けてもよい。
【0025】
低屈折率層5,7,9には、層形成後に圧縮応力を有するものが使用される。プラスチックの変形しない温度領域で通常の真空蒸着法によって形成でき、圧縮応力を有する物質として二酸化ケイ素が挙げられる。
【0026】
高屈折率層6,8には、希土類であるランタン、イットリウム、セリウム、ガドリニウム、スカンジウム、ルテニウム、ジスプロニウムとチタンの酸化物が使用される。可視光の吸収が少ないことと、蒸着の行いやすさの点からチタン酸ランタンが好ましい。
ここで、チタン酸ランタンからなる高屈折率層6,8は、層形成後に可視光の吸収がなく、圧縮応力を有するのが好ましい。具体的には、高屈折率層6,8は、1×10−4Paを越え、かつ、1×10−2Pa未満の圧力の真空雰囲気中で形成される。
1×10−4Pa以下の圧力では、チタン酸塩の酸素欠損によって可視光線に吸収を生じ、1×10−2Pa以上の圧力では、引っ張り応力を生じる。より好ましくは、2×10−4Pa以上で8×10−3Pa以下の圧力の真空雰囲気中で形成されるのが好ましい。
また高屈折率層が複数層ある場合、上記圧力範囲内で各々の層を形成する際の圧力を変更してもよい。さらに一層の高屈折率層の途中で圧力を変更してもよい。
例えば、基材2に最も近い高屈折率層6を5×10−3Pa以上、1×10−2Pa未満の圧力、かつ、基材2から最も遠い高屈折率層8を1×10−4Paを超え、5×10−3Pa以下の圧力で真空蒸着により形成することが好ましい。そのような圧力条件とすることによって、耐熱性、擦傷性および外観により優れたレンズ1を得ることができる。
【0027】
反射防止膜4の層構成としては、3層膜の場合、各層の光学厚みをそれぞれλ/4(設計波長λ)とする構成や、第1層、第3層をλ/4、第2層のみをλ/2とする構成が挙げられる。設計波長λは、可視光線の中心波長であって、500nm付近が好ましい。
図1に示した反射防止膜4は、低屈折率層5、高屈折率層6、および低屈折率層7とで形成された中屈折率層と等価なλ/4厚の層、λ/4厚の高屈折率層8、λ/4厚の低屈折率層9から構成されている。ここで、真空蒸着時の基材2の温度を変化させると屈折率が多少変化するので、温度が変わる場合は設計層厚を調整することが好ましい。
【0028】
図2は、本実施形態の反射防止膜4の製造に用いる蒸着装置10の模式図である。図2において、蒸着装置10は、真空容器11、排気装置20、およびガス供給装置30を備えているいわゆる電子ビーム蒸着装置である。
【0029】
真空容器11は、真空容器11内に蒸着材料がセットされた蒸発源(るつぼ)12,13、蒸発源12,13の蒸着材料を加熱溶解(蒸発)する加熱手段14、基材2が載置される基材支持台15、基材2を加熱するための基材加熱用ヒータ16等を備えている。また、必要に応じて真空容器11内に残留した水分を除去するためのコールドトラップや、酸素等のガスを導入し、導入したガスをイオン化し加速して基材2に照射する装置、膜厚を管理するための装置等が具備される。
【0030】
蒸発源12,13は、蒸着材料がセットされたるつぼであり、真空容器11の下部に配置されている。
加熱手段14は、フィラメント17の発熱によって発生する熱電子を、電子銃により加速、偏向して、蒸発源12,13にセットされた蒸着材料に照射し蒸発させる。いわゆる電子ビーム蒸着が行われる。加速電流値に特に制限はないが、加速電流値は蒸着速度との密接な関係があるため必要な蒸着速度に応じて調整できる。
また、蒸着材料を蒸発させる他の方法として、タングステン等の抵抗体に通電し蒸着材料を溶融/気化する方法(いわゆる、抵抗加熱蒸着)、高エネルギーのレーザー光を蒸発させたい材料に照射する方法等がある。
【0031】
基材支持台15は、所定数の基材2を載置する支持台であり、蒸発源12,13と対向した真空容器11内の上部に配置されている。基材支持台15は、基材2に形成される反射防止膜4の均一性を確保し、かつ量産性を高めるために回転機構を有するのが好ましい。
【0032】
基材加熱用ヒータ16は、例えば赤外線ランプからなり、基材支持台15の上部に配置されている。基材加熱用ヒータ16は、基材2を加熱することにより基材2のガス出しあるいは水分とばしを行い、基材2の表面に形成される層の密着性を確保する。
なお、赤外線ランプの他に抵抗加熱ヒータ等を用いることができる。但し、基材2の材質がプラスチックの場合には、赤外線ランプを用いるのが好ましい。
【0033】
排気装置20は、真空容器11内を高真空に排気する装置であり、ターボ分子ポンプ21と、真空容器11内の圧力を一定に保つ圧力調節バルブ22を備えている。
ガス供給装置30は、Ar,N,O等のガスを内蔵するガスシリンダ31と、ガスの流量を制御する流量制御装置32とを備えている。ガスシリンダ31に内蔵されたガスは、流量制御装置32を介して真空容器11内に導入される。
圧力計50は、真空容器11内の圧力を検出する。圧力計50によって検出された圧力値に基づき、排気装置20の圧力調節バルブ22が、制御部(図示せず)からの制御信号により制御されて、真空容器11内の圧力が所定の圧力値に保たれる。
【0034】
圧力の調整としては、排気口のコンダクタンスを変化させる方法とガスを導入して導入量を変化させる方法等があるがどちらでもかまわない。したがって、真空容器11内の圧力は、ガス供給装置30のガスシリンダ31から供給されるガスの流量を制御する流量制御装置32を制御する方法でも可能である。
また、特に調整をしないで排気後の残圧で圧力を調整する場合は、屈折率が変化する場合があるので膜厚の調整が必要になる。とくに圧力制御を行わない場合には蒸着中に大きく圧力が変化する場合がある。
【0035】
以上に説明した真空容器11内の基材支持台15に、ハードコート層3の形成された基材2が載置されて、蒸着装置10を稼動して反射防止膜4の形成が行われる。
【0036】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
(1)低屈折率層5,7,9および高屈折率層6,8の双方で圧縮応力を有するので、温度の上昇によりプラスチック製の基材2が膨張しても、反射防止膜4の各層が圧縮応力を有するので、各層の圧縮応力が開放されながら反射防止膜4は膨張することができる。したがって、反射防止膜4は、基材2に十分追従しながら膨張し、反射防止膜にクラックが生じにくくなる。その結果、反射防止膜4にクラックが生じる温度を高くでき、プラスチック製眼鏡レンズ1の耐熱性を向上できる。
【0037】
(2)高屈折率層6,8の形成時の圧力が1×10−4Paを越えているので、高屈折率層6,8が圧縮応力を有し、かつチタン酸塩の酸素欠損による高屈折率層6,8の可視光線の吸収を抑えることができる。
【0038】
(3)本実施形態の圧力範囲であれば、簡便な真空蒸着法によって、可視光線の吸収が少なく圧縮応力を有する高屈折率層6,8を形成できる。
【0039】
(4)反射防止膜4形成時の温度環境が25℃以上150℃以下であれば、温度環境に伴い、基材2の温度も25℃以上で150℃以下となるため、希土類元素のチタン酸塩を含む層を圧力1×10−2Pa未満の雰囲気中で通常の真空蒸着で形成した際に、より確実に当該層は圧縮応力を有し、耐熱性が向上したプラスチック製眼鏡レンズ1が得られる。また、プラスチック製眼鏡レンズ1の基材2の変形温度以下で反射防止膜4を形成するので、プラスチック製眼鏡レンズの変形が少ない。また、25℃以上で形成するので特別な冷却装置を不要にできる。
【0040】
(5)基材2の屈折率が1.6以上であるので、屈折率の高い酸化チタンを含んだハードコート層3によって、屈折率が合わせやすく、基材2とハードコート層3との界面の反射が抑えることができ、干渉縞の発生を抑え、透過率を高くできる
【0041】
(6)二酸化ケイ素は通常の真空蒸着法で大きな圧縮応力を有し、チタン酸ランタンも前記圧力範囲で圧縮応力を有するので、より耐熱性の向上したプラスチック製眼鏡レンズ1を製造できる。
【0042】
(7)耐熱性の向上したプラスチック製眼鏡レンズ1を得ることができる。肉眼で使用する眼鏡レンズにおいては、外観上および安全上において、耐熱性の向上は特に有用である。
【0043】
(8)イオンアシスト等を行わないためメンテナンスサイクルが長くでき、それに伴い製造コストを抑えることができる。
【0044】
(9)低屈折率層5,7,9に使用される二酸化ケイ素は、紫外線を透過するので、高屈折率層6,8で紫外線の透過の程度が決まる。しかしながら、高屈折率層6,8に使用されるチタン酸ランタンは、可視光から275nm付近の波長の光まで透過してしまう。ここで、光活性の低いルチル型の酸化チタンと酸化チタンを含んだ核を光活性の少ない金属酸化物で覆った粒子との少なくとも一方を含んだハードコート層3を基材表面に設けることにより、ハードコート層により紫外線を吸収できる。したがって、基材2およびハードコート層3自体の耐光性を向上できる。
【0045】
(10)耐光性のあるハードコート層3と組み合わせることによって、耐光性のよいプラスチック製眼鏡レンズ1を形成できる。
【0046】
(11)基材2の屈折率が高いので、プラスチック製眼鏡レンズ1を薄型化できる
【実施例】
【0047】
次に、本発明の実施例について説明する。
なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
[実施例1]
プラスチック製眼鏡レンズ1の基材2には、製品名セイコーエプソン株式会社製セイコースーパーソブリン用レンズ(屈折率1.67)を用いた。この基材2に、以下に述べるコーティング液を塗布および硬化してハードコート層3を形成した。その後、反射防止膜4形成した。
【0048】
(1)コーティング液の調製
撹拌子を備えた反応容器にγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン74.93g、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン37.61g、0.1規定塩酸水溶液38.2gを投入し、60分撹拌した。次に、蒸留水275.11gを投入し、さらに60分撹拌した。その後、ルチル型酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化珪素、酸化スズの複合ゾル(触媒化成工業株式会社製、商品名「オプトレイク1120Z(11RU−7/A8)」)584.39g、シリコン系界面活性剤(日本ユニカー(株)製、商品名「L−7604」)0.30gを添加し、充分撹拌した後、コーティング液とした。
【0049】
(2)コーティング液の塗布および硬化
上記(1)の調製によって得られたコーティング液を、基材2の凸面にスピンコート法により塗布し、135℃で0.5時間加熱・硬化した。その後、凹面についても同様の操作をおこなった後、135℃で2.5時間加熱・硬化して、ハードコート層3が形成された基材2を得た。
【0050】
(3)反射防止膜4の形成
蒸着装置10には、(株)シンクロン製連続式真空蒸着機を使用した(電子銃は、JEOL社製、JEBG−102UH0)。
上記(2)の操作で得られたハードコート層3が形成された基材2を蒸着装置10内の基材支持台15に載置する。次に、ハードコート層3の表面にイオンクリーニング処理((株)シンクロン製イオン銃RIS−120Dを用いて酸素ガスをプラズマ分解した後にイオンを加速して引き出し基材2表面に照射する)した。処理条件は、酸素流量が20sccm、酸素イオンの加速電圧は500V、加速電流は300mA、処理時間は120秒であった。
【0051】
次に、蒸着源12,13に配置された二酸化ケイ素、チタン酸ランタン原料(メルク(株):H4)を交互に電子ビームにより溶融気化させて反射防止膜4(低屈折率層5,7,9および高屈折率層6,8)を形成した。このとき酸素流量を調整しながら、形成時の圧力を制御して反射防止膜4を形成した。具体的には、高屈折率層6,8形成時は、酸素流量を調整しながら、圧力を制御した。
また、層形成時の蒸着装置10内の温度環境は50℃に設定した。また、電子ビーム電流値は、二酸化ケイ素の溶融では100mA、チタン酸ランタンの溶融では300mAとした。
本実施例の反射防止膜4の構成は、設計波長λは500nmで、二酸化ケイ素(10.4nm)/チタン酸ランタン(44.8nm)/二酸化ケイ素(8.6nm)/チタン酸ランタン(66.0nm)/二酸化ケイ素(87.2nm)の膜構成であった。
ここで、二酸化ケイ素の屈折率は1.46、チタン酸ランタンの屈折率は2.04であった。また、二酸化ケイ素の堆積速度は約80nm/分、チタン酸ランタンの堆積速度は約40nm/分であった。
なお、ガスを導入する場合、イオン銃等を用いてガスをイオン化して照射する、あるいは導入したガスをプラズマ化して基材に照射(イオンプレーティング法)してもよい。
【0052】
ここで、実施例1では、層形成時の圧力を、2×10−4Pa(実施例1−1)、1×10−3Pa(実施例1−2)、5×10−3Pa(実施例1−3)、および8×10−3Pa(実施例1−4)とした。
【0053】
(4)評価
実施例1で得られたプラスチック製眼鏡レンズ1および高屈折率層6,8(チタン酸ランタン層)の評価を以下の方法で評価した。評価結果は、図3〜6および表1に示す。なお、反射防止膜4形成時の温度環境を25℃および150℃に設定した場合も、表1の実施例1と同様の結果であった。しかし、160℃に設定した場合、プラスチック製眼鏡レンズ1が褐色に変化し、変形した。また、後述する実施例2と比較例1については、高屈折率層6,8形成時の雰囲気の圧力を1×10−3Paのみとし、耐熱性および耐光性の評価のみを行った。また、応力および屈折率の評価では、チタン酸ランタン層形成時の電流値を250mAおよび350mAとした層形成も行った。
【0054】
〔高屈折率層応力評価〕
シリコンウェハ(直径10cm、厚さ525μm)上に厚さ100nmのチタン酸ランタン層を形成時の圧力を変化させて形成し、層形成前後の反り量の変化から算出した。応力評価は、チタン酸ランタン単層膜で評価した(ニデック社製、FT−900)。
図3に、横軸を層形成時の圧力、縦軸を応力として評価結果を示した(パラメータを層形成時の電子ビームの電流値とした)。縦軸の応力はマイナスが圧縮、プラスが引っ張りを表す。
図3から応力は、電流値にはあまり依存しないで、層形成時の圧力が大きく影響を与えていることがわかる。1×10−2Pa付近から高圧力側(低真空側)で応力は引っ張り側に大きく変化している。この原因は圧力上昇によって蒸着粒子の平均自由行程が低下し(短くなり)基材に衝突するときのエネルギーが低下したため、膜の密度が低下することによると考えられる。
【0055】
〔屈折率評価〕
応力評価した層の屈折率を分光エリプソメータによって測定した。(SOPRA製 多層膜分光エリプソメータ)
図4に、横軸を層形成時の圧力、縦軸を屈折率として評価結果を示した(パラメータを層形成時の電子ビームの電流値とした)。
図4から屈折率は、電流値にはあまり依存しないで、層形成時の圧力が大きく影響を与えていることが解る。1×10−2Pa付近から応力と同様に変化し、屈折率も低下している。この原因は応力と同じで、膜の密度が低下することによると考えられる。
【0056】
〔透過率〕
厚さ0.7mmの石英基材上に厚さ約100nmのチタン酸ランタン層を形成時の圧力を変化させて形成し、透過率を評価した。ここで、層の厚みによっては干渉が発生するため、透過と反射のデータから吸収係数αを算出し、算出したαから干渉の影響を取り除いて透過率を算出し評価した。(日立製分光光度計U−3500)
図5に、横軸を層形成時の圧力、縦軸を500nmでの透過率として評価結果を示した(パラメータを層形成時の電子ビームの電流値とした)。
図5の透過率のデータから1×10−4Pa以下の時に可視光領域で光の吸収があることが解る。一方、2×10−4Pa以上では可視光線の吸収が少なくなる。これらの原因は圧力が低くなりすぎると、チタン酸ランタン中の酸素が脱離しやすくなるために金属的な特性に近づき、可視光での吸収が大きくなり、屈折率も大きくなると考えられる。
【0057】
〔反射防止膜分光特性〕
図6に、本実施例での反射特性の計算値をした。横軸は波長で、縦軸は反射率である。
【0058】
〔耐光性〕
キセノンランプによるサンシャインウェザーメーター(スガ試験株式会社製;WEL−SUN−HC)に80時間暴露した後、表面状態の変化の程度を目視により、次の段階に分けて評価した。
○:変化が認められない。
×:クラックが発生。
【0059】
〔耐熱性〕
プラスチック製眼鏡レンズ1のフレーム内にプラスチック製眼鏡レンズ1が収まるように外周を削り、削ったプラスチック製眼鏡レンズ1をフレームにはめ込む。この状態で大気オーブン内にいれて、一定の温度で加熱してクラックの発生する温度を耐熱温度とした。オーブンでの加熱は、50℃から5℃おきに温度を上昇させ、各温度に30分放置した後にクラックの観察を行った。クラックの判別は、通常の蛍光灯にレンズをかざし目視によりクラックの有無を判別した。
【0060】
〔擦傷性〕
プラスチックレンズ表面にスチールウール(日本スチールウール#0000番)を加重1kgfで押しつけた状態で10往復(振幅30mm)擦った後、目視によりキズの発生を観察し、以下の3段階で擦傷性を評価した。
A:キズが見えない
B:干渉色が変化したキズが見える
C:白濁したキズが見える
【0061】
〔恒温恒湿による外観評価〕
プラスチックレンズを恒温恒湿槽(温度60℃、湿度100%)内に設置し、10日間放置した後、レンズ表面に微細な凹凸が発生しているかどうかを目視により観察し、以下の3段階で外観を評価した。
A:変化無し
B:うっすら確認できる程度
C:はっきり確認できる程度
【0062】
[実施例2]
実施例1のコーティング液とその塗布および硬化を以下のように変え、基材2の材質および反射防止膜4の各層の膜厚を変えた以外は、実施例1と同様にプラスチック製眼鏡レンズ1を形成した。
【0063】
(1)コーティング液の調製
撹拌子を備えた反応容器にブチルセロソルブ1050g,酸化チタンを含む核が光活性の少ない金属酸化物で覆われてなる粒子を含むゾルとして、メタノール分散二酸化チタン一酸化ジルコニウム−二酸化ケイ素複合微粒子ゾル(触媒化成工業(株)製、固形分濃度20wt%、商品名「オプトレイク1120Z(SE−55)」)6500gを混合した後、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン1450gおよびテトラメトキシシラン235gを混合した。この混合液に0.05N塩酸水溶液550gを撹拌しながら滴下を行い4時間撹拌後一昼夜熟成させた。この液にアルミニウム(III)アセチルアセトネート12g、シリコン系界面活性剤(日本ユニカー(株)製;商品名「FZ−2110」)3gを添加し、4時間撹拌後一昼夜熟成させてハードコート液とした。
ここで使用した複合微粒子ゾルの粒子は、酸化チタンを含む核が光活性の少ない金属酸化物で覆われた粒子である。
【0064】
(2)コーティング液の塗布および硬化
(1)の調製で得られたハードコート液を、屈折率1.60の眼鏡レンズ(セイコーエプソン(株)製、セイコースーパールーシャス用レンズ生地)にスピンコーティングにて塗布した。塗布後80℃で20分間風乾して、120℃で120分間焼成を行った。このようにして得られた硬化被膜(ハードコート層3)の厚みは約2.3μmであった。
【0065】
(3)以下は実施例1と同様の処理を行い、同様の評価を行った。但しチタン酸ランタン層は1×10−3Paの圧力でのみ層形成を行った。また、ハードコートの屈折率が低いために反射防止膜の層構成を以下のように変更した。
設計波長λは500nmで、二酸化ケイ素(8.6nm)/チタン酸ランタン(40.4nm)/二酸化ケイ素(10.7nm)/チタン酸ランタン(65.8nm)/二酸化ケイ素(88.8nm)の膜構成であった。反射特性の計算値は図7に示す。
また、応力、屈折率の評価は行わず、チタン酸ランタンの加速電流値も300mAでのみ行った。
【0066】
[実施例3]
実施例1の(1)コーティング液の調製において、無機酸化物微粒子のゾルをアナターゼ型酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化珪素の複合ゾル(触媒化成工業株式会社製、商品名「オプトレイク1820Z(U−25・A8)」)とした以外は、実施例1と同様の方法で、(1)コーティング液の調製、(2)コーティング液の塗布および硬化、(3)反射防止膜の形成、(4)評価を行った。
【0067】
[実施例4]
実施例1の反射防止膜4の成膜圧力を変えた以外は、実施例1と同様にプラスチック製眼鏡レンズ1を形成した。具体的には、実施例4−1は高屈折率層6の成膜時の圧力を8×10−3Pa、高屈折率層8の成膜時の圧力を2×10−4Paとし、実施例4−2は高屈折率層6の成膜時の圧力を8×10−3Pa、高屈折率層8の成膜時の圧力を1×10−3Paとし、実施例4−3は高屈折率層6の成膜時の圧力を5×10−3Pa、高屈折率層8の成膜時の圧力を2×10−4Paとした。評価は、実施例1と同様に行った。
【0068】
[比較例1]
実施例1において、層形成時の圧力を、比較例1−1は1×10−4Pa、比較例1−2は1×10−2Pa、比較例1−3は2×10−2Paとした以外は、実施例1と同様にプラスチック製眼鏡レンズ1を形成した。評価は、実施例1と同様に行った。
【0069】
[比較例2]
実施例1の反射防止膜4の形成において、高屈折率層6,8としてチタン酸ランタンの代りに酸化ジルコニウムを用いて、実施例1と各層の膜厚が略同じになるような反射防止膜4を形成した。層構成は、二酸化ケイ素(19.6nm)/二酸化ジルコニウム(43.4nm)/二酸化ケイ素(8.7nm)/二酸化ジルコニウム(72.2nm)/二酸化ケイ素(85.8nm)であった。図8にその分光反射特性を示した。
但し、酸化ジルコニウムの形成は1×10−3Paのみで行った。酸化ジルコニウム形成時の加速電流値は280mAとした。また、実施例2と同様に、応力、屈折率の評価は行わなかった。
【0070】
表1に、層形成時圧力に対する各々の実施例、比較例の耐熱性、擦傷性、恒温恒湿による外観評価、および耐光性の評価結果を示す。
【0071】
【表1】

【0072】
表1の結果から、実施例では、1×10−2Pa未満の圧力で形成されているので耐熱性に優れ、また、1×10−4Paを越える圧力で形成されるているのでレンズの外観にも優れることがわかる。すなわち、蒸着時(製膜時)の圧力を1×10−4Paを越え、1×10−2Pa未満として形成したチタン酸ランタンを反射防止膜4として用いることで耐熱性の向上したプラスチック製眼鏡レンズ1を容易に製造できることを確認できた。また、擦傷性の評価結果から、8×10−3Pa未満の圧力で成膜することが好ましい。さらに恒温恒湿による外観評価から2×10−4Paを超える圧力で成膜することが好ましい。
一方、比較例1−1は、製膜時の圧力が1×10−4Paであるため、耐熱性や擦傷性には優れるものの、外観に劣っている。また、透明性も劣っている(図5の透過率参照)。比較例1−2、1−3は、製膜時の圧力が1×10−2Pa以上であるため、耐熱性および擦傷性に劣っている。比較例2は、高屈折率層にチタン酸塩を含んでいないために耐熱性に劣る。
【0073】
また、実施例4の結果から、反射防止膜の各層の圧力条件を変更することにより、好ましい圧力範囲を変更することができることもわかる。すなわち高屈折率層6を高圧力条件、高屈折率層8を低圧力条件とすることによって耐熱性、擦傷性および恒温恒湿による外観評価を満足する反射防止膜を得ることができる。実施例1−4(8×10−3Pa)では擦傷性がBであったが、高屈折率層8の成膜圧力を2×10−4Pa(実施例4−1),1×10−3Pa(実施例4−2)とすることによって、耐熱性および恒温恒湿による外観評価を低下させることなく擦傷性を向上させることができる。また実施例1−1(2×10−4Pa)では恒温恒湿による外観評価がBであったが、高屈折率層6の成膜圧力を8×10−3Pa(実施例4−1)、および5×10−3Pa(実施例4−3)とすることによって耐熱性および擦傷性を低下させることなく恒温恒湿による外観を向上させることができる。
【0074】
また、表1に示したように、ハードコート層3に、ルチル型酸化チタン粒子が含有された実施例1および酸化チタンを含む核が光活性の少ない金属酸化物で覆われた粒子が含有された実施例2のプラスチック製眼鏡レンズ1の耐光性は、アナターゼ型酸化チタン粒子が含有された実施例3のプラスチック製眼鏡レンズ1の耐光性より向上していることを確認できた。
【0075】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、反射防止膜4の設計は、必要な反射特性等に依存し、膜厚等を変更してもかまわない。
図9に二酸化ケイ素とチタン酸ランタンからなる多層反射防止膜4の例を反射特性で示した。設計中心波長λは500nmで、二酸化ケイ素の屈折率は1.46、チタン酸ランタンの屈折率は2.04とした。
【0076】
実線が、1〜3層が等価層の5層構造を示し、二酸化ケイ素(10.4nm)/チタン酸ランタン(44.8nm)/二酸化ケイ素(8.6nm)/チタン酸ランタン(65.9)/二酸化ケイ素(87.2nm)の層構成である。
点線および一点鎖線が、1〜3層および4〜6層が等価層を形成する7層構造を示している。
点線が、二酸化ケイ素(35.9nm)/チタン酸ランタン(14.1nm)/二酸化ケイ素(54.1nm)/チタン酸ランタン(40.9nm)/二酸化ケイ素(13.5nm)/チタン酸ランタン(67.7nm)/二酸化ケイ素(84.8nm)の層構成である。
一点鎖線が、酸化ケイ素(15.8nm)/チタン酸ランタン(8.74nm)/二酸化ケイ素(166.7nm)/チタン酸ランタン(32.7nm)/二酸化ケイ素(17.4nm)/チタン酸ランタン(58.5nm)/二酸化ケイ素(83.9nm)の層構成である。
また、反射防止膜4の表面に、撥水性、防曇性を有する膜を塗布しても良い。チタン酸ランタンの組成は、ほぼ1:1:3の比であるが多少組成ずれがあってもかまわない。
【0077】
さらに、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して特に図示され、かつ、説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、形状、材質、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
したがって、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、プラスチック製眼鏡レンズに利用できる他、防塵ガラス、防塵水晶、コンデンサレンズ、プリズム、光ディスクの反射防止、ディスプレイの反射防止、太陽電池の反射防止、光アイソレータにも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の実施形態にかかる光学部品の概略断面図。
【図2】本発明の実施形態にかかる蒸着装置を示す概略図。
【図3】圧力に対する応力の変化を示す図。
【図4】圧力に対する屈折率の変化を示す図。
【図5】圧力に対する透過率の変化を示す図。
【図6】実施例1における反射防止膜の反射特性の計算値を示す図。
【図7】実施例2における反射防止膜の反射特性の計算値を示す図。
【図8】実施例3における反射防止膜の反射特性の計算値を示す図。
【図9】各々設計における反射防止膜の反射特性の計算値を示す図。
【符号の説明】
【0080】
1…プラスチック製眼鏡レンズ、2…基材、3…ハードコート層、4…反射防止膜、5,7,9…低屈折率層、6,8…高屈折率層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学多層膜を有するプラスチック製光学部品の製造方法であって、
前記光学多層膜は、低屈折率層と高屈折率層とを備え、
前記光学多層膜の前記高屈折率層は、希土類元素のチタン酸塩を含む層を1×10−4Paを越え、1×10−2Pa未満の圧力の真空雰囲気中で形成することを特徴とする光学部品の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の光学部品の製造方法において、
該光学部品基材に最も近い高屈折率層を5×10−3Pa以上の圧力、かつ、該光学部品基材から最も遠い高屈折率層を5×10−3Pa以下の圧力の真空雰囲気中で形成することを特徴とする光学部品の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の光学部品の製造方法において、
前記高屈折率層としてチタン酸ランタンを含む層を形成することを特徴とする光学部品の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の光学部品の製造方法において、
前記低屈折率層として二酸化ケイ素を含む層を形成することを特徴とする光学部品の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の光学部品の製造方法で製造されたことを特徴とする光学部品。
【請求項6】
請求項5に記載の光学部品は、眼鏡レンズであることを特徴とする光学部品。
【請求項7】
請求項5または請求項6に記載の光学部品において、
レンズ基材と、
前記レンズ基材に設けられたハードコート層と、
前記ハードコート層上に設けられた二酸化ケイ素を含む低屈折率層およびチタン酸ランタンを含む高屈折率層を有する反射防止膜とを備え、
前記ハードコート層には、下記(1)と(2)との少なくとも一方が含まれていることを特徴とする光学部品。
(1)ルチル型酸化チタン粒子。
(2)酸化チタンを含む核が光活性の少ない金属酸化物で覆われてなる粒子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2006−251760(P2006−251760A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−305898(P2005−305898)
【出願日】平成17年10月20日(2005.10.20)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】