説明

光応答性二色性発光材料

【課題】光による外場刺激による発光変化の前後で、放射光の発光スペクトル及び/又は偏光面が顕著に変化する発光性材料を提供する。
【解決手段】式(I)


(式中、6個のMは、それぞれ互いに独立して、12族元素の二価陽イオンであり;6個のRは、それぞれ互いに独立して、水素又は炭素数1〜18のアルキル鎖を基本骨格とする有機置換基であり;そしてXp−はp価の陰イオンを表す)で示される錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光照射によって発光色及びその偏光面が変化する錯体、ならびにその製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発光性有機物質は、表示素子、記録素子、照明素子などの用途に使用され、電子デバイスの主要な材料として位置づけられている。有機物質を用いる利点として、軽量化、多彩化、エネルギー移動の高効率化などが挙げられる。一方で、短い寿命、化学的不安定性などの短所が指摘されているものの、用途を限定すれば解決できる問題も多い。最近は、外場の変化に対する刺激応答性など有機物質特有の機能も注目されており、総合的にみると、有機物質を用いるメリットは相当にあると考えられている。
【0003】
物質の発光現象は、外から注入されるエネルギーによって状態が励起し、これが緩和する過程でエネルギーが光として放射するときに生じる。エネルギー源として光、電気、陰極線、圧力、熱、摩擦などが用いられ、その機構に応じてそれぞれフォトルミネッセンス、エレクトロルミネッセンス、カソードルミネッセンス、ピエゾルミネッセンス、熱ルミネッセンス、トライボルミネッセンス等と呼ばれる。とりわけ研究例も多く、有用性が高いのはフォトルミネッセンス材料である。その理由として、材料に対して非接触でエネルギーを注入することができ、損傷が少なく、大がかりな装置も不要である点などが挙げられる。
【0004】
フォトルミネッセンス材料を用いたものとして、特許文献1にユウロビウム錯体の発光化合物及び液媒体を少なくとも含有する発光性インキが開示されている。また、特許文献2には、大気成分との接触下で有機発光材料に光を照射することにより有機発光材料の発光色を制御する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−115225号公報
【特許文献2】特開2007−149468号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
フォトルミネッセンス材料は光エネルギーを吸収し、物質に固有のスペクトルをもった光に変換して放射する。したがって物質が不変ならば、必然的に発光スペクトルは固定される。異なる発光スペクトルをもつ物質を複数用いることにより、表示素子の視認性、記録素子の信頼性、照明素子の多色性など機能の大幅な向上が見込まれる。一方で、材料の多元化は素子の構造を複雑化し、組み立て工程の煩雑化、歩留まりの低下を引き起こすなどの難点も予想される。
【0007】
発光スペクトルを、外場による刺激又は検出条件の調整によって変えることができれば、複数の発光材料を用いることなく、上述の機能向上を達成することができる。外場として光、電気、陰極線、圧力、熱、摩擦などを用いることができるが、ここでもまた光は制御しやすい刺激源として有用である。また発光の検出法の観点からいえば、光の偏光性を利用することにより、発光スペクトルの変化をより鋭敏に検知できる可能性がある。これを実現するためには外場刺激による発光変化の前後で、放射光の偏光面が顕著に変化することが必要であるが、このような性質をもつ発光性材料は現在のところ知られていない。
【0008】
本発明は、光による外場刺激による発光変化の前後で、放射光の発光スペクトル及び/又は偏光面が顕著に変化する発光性材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、式(I):
【化1】


(式中、
6個のMは、それぞれ互いに独立して、12族元素の二価陽イオンであり;
6個のRは、それぞれ互いに独立して、水素又は炭素数1〜18のアルキル鎖を基本骨格とする有機置換基であり;そして
p−はp価の陰イオンを表す)
で示される錯体に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、紫外光の照射により発光スペクトルが変化する発光性材料を得ることができ、特に結晶形態の場合は、発光の偏光面を顕著に変化させることができ有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】配位子分子(V)溶液を酢酸亜鉛のメタノール溶液での滴定において、配位子分子(V)に対する亜鉛イオンの量比を変えたときの紫外・可視吸光スペクトルを示す。図中の差し込み図は、各波長のモル吸光係数の亜鉛イオンの添加量に対する変化を示している。図中のDPTRIPは配位子分子(V)を示す。
【図2】実施例3の錯体のX線単結晶構造解析の結果を示す。
【図3】実施例3の錯体のX線単結晶構造解析の結果を示す。
【図4】実施例3の錯体の単結晶の紫外線照射後の偏光光学顕微鏡写真(ハロゲンランプ透過光下)を示す。図中の矢印は透過容易軸の向きを示す。
【図5】実施例3の錯体の単結晶の紫外線照射後の偏光光学顕微鏡写真(紫外線照射下;左図)及び吸収スペクトル(右図)を示す。左図中の交差する矢印は、偏光子の回転角度の方向を示す。
【図6】実施例3の錯体の単結晶の540nmにおける吸光度の変化の極グラフを示す。
【図7】実施例3の錯体の単結晶の紫外線照射後の偏光光学顕微鏡写真(紫外線照射下)を示す。図中の矢印は透過容易軸の向きを示す。
【図8】実施例3の錯体の単結晶の紫外線照射後の偏光光学顕微鏡写真(紫外線照射下)を示す。図中の矢印は透過容易軸の向きを示す。
【図9】実施例3の錯体の単結晶の紫外線照射後の発光スペクトルを示す。
【図10】実施例2の紫外線照射後の錯体の溶液の吸光スペクトルを示す。図中の差し込み図は紫外線照射前後の差スペクトルを示す。
【図11】実施例2の紫外線照射後の錯体の溶液の励起波長350nmでの蛍光スペクトルを示す。
【図12】実施例2の紫外線照射後の錯体の溶液の励起波長500nmでの蛍光スペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の式(I)の6個のMは、それぞれ互いに独立して、12族元素の二価陽イオンすなわち亜鉛、カドミウム、水銀であり、特に制限されないが、人体に対する安全性の点で、亜鉛がより好ましい。
なお、6個のMは全て同じ12族元素の二価陽イオンであってもよい。
【0013】
本発明の式(I)の6個のRは、それぞれ互いに独立して、水素又は炭素数1〜18のアルキル鎖を基本骨格とする有機置換基である。
上記有機置換基として、炭素数1〜18の直鎖状又は分岐のあるアルキル基が例示され、特に制限されないが、試薬入手の容易さと反応性の高さの点で、炭素数1〜8の直鎖状のアルキル基であることが、特にメチル基であることが好ましい。
ここで、上記アルキル基は、任意の基で中断されていてもよく、及び/又は末端に任意の基を有していてもよい。
例えば、上記アルキル基は、エーテル基、エステル基、芳香環、又はスルフィド基などから選択される1個以上の基で中断されていてもよいが、溶解度の点で、エーテル基又はエステル基で、特にエーテル基で中断されているのが好ましい。
また、例えば、上記アルキル基は末端に水酸基、チオール基、ジスルフィド基、又はカルボキシル基などから選択される1個以上の基を有していてもよいが、溶解度及び被塗布物との相互作用のしやすさの点で、末端に水酸基又はチオール基を、特にチオール基を有しているのが好ましい。
上記芳香環は、特に制限されないが、溶解度及び試薬入手の容易さの点で、フェニル基、ナフチル基、ピリジニウム基、特にフェニル基が好ましい。
なお、6個のRは全て同じ基であってもよい。
【0014】
本発明の式(I)において、Xp−はp価の陰イオンを表す。当該p価の陰イオンは、式(I)中の[ ]内の錯体単位と電気的中性を達成し得るものであれば特に制限されず、一価(p=1)、二価(p=2)、三価(p=3)、又は四価以上の多価(p≧4)の陰イオンであってもよい。
上記一価の陰イオンとしてテトラフルオロホウ酸イオン(BF)、ヘキサフルオロリン酸イオン(PF)、ハロゲン化物イオン、カルボン酸イオン、又は硝酸イオンなどが例示され、上記二価の陰イオンとして硫酸イオン又は炭酸イオンなどが例示され、上記三価の陰イオンとしてリン酸イオンなどが例示される。
本発明で好ましいXp−として、試薬入手のしやすさ及び単離・精製の容易さの点で、テトラフルオロホウ酸イオン及びヘキサフルオロリン酸イオンが、特にヘキサフルオロリン酸イオンが挙げられる。
【0015】
本発明の式(I)の錯体の製法は特に制限されるものではないが、例えば以下の方法で製造することができる。
【0016】
4,4’,4”−トリヒドロキシトリフェニルメタン(II):
【化2】


を原料として、前駆体(III):
【化3】


を合成する手順を下記スキーム1に示す。
【0017】
【化4】

【0018】
4,4’,4”−トリヒドロキシトリフェニルメタン(II)は市販されているか、既知の方法で製造可能である。4,4’,4”−トリヒドロキシトリフェニルメタン(II)の1当量に対し、パラホルムアルデヒド(ホルムアルデヒド換算で6乃至10当量)、及びジメチルアミン水溶液(ジメチルアミン換算で6乃至10当量)を反応させる。生じた沈殿をろ過により回収し、減圧乾燥して前駆体(III)を白色粉末として得る。
【0019】
前駆体(III)をN,N−ジ−2−ピコリルアミン(IV):
【化5】


と反応させて、配位子分子(V):
【化6】


を合成する手順を下記スキーム2に示す。
【0020】
【化7】

【0021】
前駆体(III)の1当量に対して、N,N−ジ−2−ピコリルアミン(IV)(市販されているか既知の方法で製造可能である)を6乃至10当量及び高沸点有機溶媒を加え、加熱して反応させる。反応溶液を放冷した後、生成物を精製し、減圧下で乾燥することにより配位子分子(V)を淡黄色粉末状固体として得る。
【0022】
配位子分子(V)に金属塩:M(RCOO)を加えて錯形成させて、本願発明の式(I)の錯体を得る手順を以下のスキーム3に示す。
【0023】
【化8】

【0024】
配位子分子(V)をメタノール等の有機溶媒に溶解し、その1当量に対し、金属のカルボン酸塩:M(RCOO)〔式中、M及びRはそれぞれ式(I)について定義されたとおりである〕を6当量以上加えて反応溶液を得、該反応溶液から溶媒を留去することで、Xp−が上記金属のカルボン酸塩由来のカルボン酸イオンである本発明の式(I)の錯体を固体として得ることができる。これは、6当量以上の金属のカルボン酸塩を加えると12当量以上のカルボン酸イオンが生じ、そのうち6当量がRCOOとして、3当量がXp−として、それぞれ式(I)の構造に含まれ、残り3当量以上がカルボン酸として遊離してくることによるものである。あるいは、上記反応溶液に適当なXp−の塩を加えて沈殿させ、本発明の式(I)の錯体を固体として得ることもできる。
ここで、Xp−の塩とは、例えば、アルカリ金属(例えばリチウム、ナトリウム、カリウムなど)又は四級アンモニウムイオンと、Xp−との塩であり、ここで、Xp−としては、例えば、テトラフルオロホウ酸イオン(BF)、ヘキサフルオロリン酸イオン(PF)、ハロゲン化物イオン、カルボン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオンなどの一価、二価、三価、又は四価以上の多価の陰イオンを用いてもよい。
【0025】
(性質)
本発明の式(I)の錯体は、常温、常圧で無色透明又は薄い赤紫色を帯びた、結晶又は非晶の固体であってもよい。
【0026】
(光化学反応)
本発明の式(I)の錯体は、水銀ランプ等による紫外線光照射下において、無色透明又は薄い赤紫色から濃赤紫色に変化してもよい。その際、結晶の形状など固体の外観の変化は認められなくてもよい。このような光照射による固体の色変化の速度は、結晶であればその結晶軸と照射光軸との関係によって変わり得る。例えば結晶が六角柱状であれば、六角形の底面に照射した場合は、側面に照射した場合よりも色変化の速度が速い。光学顕微鏡で結晶形状がわかる程度の大きな結晶状の固体に比べて、微粉末状結晶又は非晶質状の固体の場合には光照射による色変化の速度が速い。
【0027】
(光物性)
本発明の式(I)の錯体は、有機溶媒中では314nm、370nm付近に吸収極大を示してもよい。この場合、その溶液に紫外線を照射すると薄青色の発光が見られてもよく、照射波長350nmの光に対して、450nm付近を中心波長とする発光スペクトルが得られてもよい。本発明の式(I)の錯体に水銀ランプ等により紫外線照射して生じ得る濃赤紫色の物質は、固体状態で赤橙色に発光し、放射光のスペクトルは620nm付近に極大を示してもよい。その際の放射光は著しく偏光しており、例えば結晶が六角柱状であれば柱の長軸方向に平行な面内での強度が最も小さく、これに垂直な面内での強度がもっとも大きい。この物質を有機溶媒に溶解した溶液は赤紫色を呈し、314nm、543nm付近に吸収極大を示してもよい。後者の吸収帯は500nm付近に肩を伴ってもよい。この溶液に紫外線を照射すると赤みを帯びた薄青色の発光が見られてもよく、照射波長350nmの光に対して、450nm付近を中心波長とする発光スペクトルが得られてもよい。この発光バンドの中、570nm付近には小さいピークが見られてもよい。照射波長を500nmにすると、580nm付近を中心波長とする発光スペクトルが得られてもよい。450nmの発光に対する励起スペクトルでは、320nm、370nmにピークが見られてもよく、580nmの発光に対する励起スペクトルでは548nmにピークが見られてもよく、このピークは500nm付近に肩を伴ってもよい。
【0028】
本発明の錯体は、結晶であっても非晶であっても発光材料として使用することができる。しかし、偏光性の変化を利用できるという点で、結晶がより好ましい。非晶から結晶を得るには、溶媒に溶かして結晶として析出させたり、あるいは溶融させて結晶化させたりするなど、慣用の方法が使用できる。例えば、本発明の錯体の溶解性はXp−の性質に左右され得るが、例えばPFの塩の場合、クロロホルムやテトラヒドロフランなどの低極性溶媒に溶解させ、これらの溶媒と貧溶媒を適宜配合することによって再結晶させることもできる。
また、本発明の錯体は比較的結晶化しやすいので、従来知られている方法、例えば、溶液の徐冷や溶媒の徐蒸発による再結晶、又は減圧下での昇華などで、単結晶として得ることができる。
【0029】
本発明の式(I)の錯体は、公知の有機発光錯体と同様にして、発光材料として素子などの作製に使用することができる。例えば、式(I)の錯体を適当な溶媒に溶かして塗布したり、樹脂などに混ぜ込んで積層させたり、又はインクジェット記録法、スピンコート、物理蒸着法(PVD法)、若しくは化学蒸着法(CVD法)などを用いて発光層を支持体などに形成させたりして、発光、表示、記録、又は照明素子などを作製することができる。また、有機発光錯体の分野で慣用の各種添加剤を配合してもよい。
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0031】
配位子分子(V)の溶液を亜鉛イオンの溶液で滴定することにより、錯形成の挙動及び錯体の光学的特性を調べた。配位子分子(V)の1×10-4Mメタノール溶液を調製し、酢酸亜鉛のメタノール溶液で滴定した。配位子分子(V)に対する亜鉛イオンの量比を0.0、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0、6.0、7.0、8.0と変えたときの紫外・可視吸光スペクトルを図1に示す。図1中の差し込み図は、299nm、314nm、370nmにおけるモル吸光係数の、亜鉛イオンの添加量に対する変化を示している。この図より亜鉛イオン六当量で錯形成が飽和することが示された。
【実施例2】
【0032】
配位子分子(V)を用いて、式(I-a):
【化9】


に示す錯体を合成した。配位子分子(V)310mg(0.2mmol)を量りとって10mLのメタノールに溶解し、この溶液に酢酸亜鉛二水和物260mg(1.2mmol)を加えた。5分静置した後、ヘキサフルオロリン酸カリウムのメタノール溶液(110mg/10mL)を加え、さらに24時間静置した。生じた沈殿をろ過により回収し、減圧乾燥して目的とする錯体(I-a)508mgを無色微結晶粉末として得た(収率93%)。化合物の構造は1H NMR, IR, FAB MSの各方法により同定した。
【実施例3】
【0033】
配位子分子(V)を用い、式(I-b):
【化10】


で示す錯体を合成した。配位子分子(V)310mg(0.2mmol)を量りとって10mLのメタノールに溶解し、この溶液に酢酸亜鉛二水和物260mg(1.2mmol)を加えた。5分静置した後、テトラフルオロホウ酸カリウムのメタノール溶液(65mg/10mL)を加え、さらに2日静置した。生じた沈殿をろ過により回収し、減圧乾燥して目的とする錯体(I-b)232mgをやや赤紫色を帯びた無色結晶性固体として得た(収率45%)。化合物の構造は1H NMR, IR, FAB MSの各方法により同定した。
【実施例4】
【0034】
式(I-b)で表される錯体の構造をX線単結晶構造解析法によって調べた。実施例3で得られた錯体の中から、長さ約0.5mm、直径約0.1mmの六角柱状の単結晶を選び取り、X線回折像を測定した。常法によって構造解析を行った結果、図2に示すような化合物の構造が確認された。この結晶は六方晶系に属し、結晶格子内でこの錯体はc軸方向に積み重なって柱を作り、柱が最密充填構造をとっていることがわかった(図3)。晶癖と晶系との比較から、結晶格子のc軸は六角柱状結晶の長手方向に一致すると判断した。
【実施例5】
【0035】
実施例3の錯体の中から、長さ約0.5mm、直径約0.1mmの六角柱状の単結晶を選び取り、偏光光学顕微鏡で観察した。出力100Wの高圧水銀ランプを用いて紫外線を顕微鏡の鏡筒内に導入し、結晶に照射することにより結晶が無色から赤紫色に変化するのを観察した。5分程度照射した結晶をスライドグラス上に縦横に配置し、ハロゲンランプ透過光により観察した。偏光子の向きを90度回転させて図4の左右に示す2枚の写真を撮影した。紫外線未照射の結晶は偏光子の向きによらず無色透明であるのに対し、照射後の結晶は長軸方向(c軸方向)が透過容易軸と平行な場合には淡い赤紫色、これに垂直な場合には濃い赤紫色を呈する様子が観察された。
【実施例6】
【0036】
実施例3の錯体の中から、長さ約0.5mm、直径約0.1mmの六角柱状の単結晶を選び取り、偏光光学顕微鏡で観察した。出力100Wの高圧水銀ランプを用いて紫外線を顕微鏡の鏡筒内に導入し、結晶に照射することにより結晶が無色から赤紫色に変化するのを観察した。5分程度照射した結晶をスライドグラス上に配置し、ハロゲンランプ透過光を用い、偏光子を回転させて結晶軸と透過容易軸のなす角を変えながら吸収分光測定を行った(角度の取り方は図5の左図に示すとおり)。図5の右図に示すように、吸収スペクトルは540nm付近にピークを示し、490nm付近に肩を示した。吸光度は偏光子の回転角が0°、30°、60°、90°と変わるとともに低くなった。吸収のピーク波長である540nmにおける吸光度の変化を極グラフにしたところ、図6に示すように明瞭な双極型を示した。
【実施例7】
【0037】
実施例3の錯体の中から、長さ約0.5mm、直径約0.1mmの六角柱状の単結晶を選び取り、偏光光学顕微鏡で観察した。出力100Wの高圧水銀ランプを用いて紫外線を顕微鏡の鏡筒内に導入し、結晶に照射することにより結晶が無色から赤紫色に変化するのを観察した。5分程度照射した結晶をスライドグラス上に縦横に配置し、紫外線照射下において蛍光像観察を行った。検光子の向きを90度回転させて図7の左右に示す2枚の写真を撮影した。結晶は、長軸方向(c軸方向)が検光子の透過容易軸と平行な場合には青白色、これに垂直な場合には赤紫色の発光を呈する様子が観察された。
【実施例8】
【0038】
実施例3の錯体の中から、長さ約0.5mm、直径約0.1mmの六角柱状の単結晶を選び取り、偏光光学顕微鏡で観察した。出力100Wの高圧水銀ランプを用いて紫外線を顕微鏡の鏡筒内に導入し、結晶に照射することにより結晶が無色から赤紫色に変化するのを観察した。30分程度照射した結晶をスライドグラス上に縦横に配置し、紫外線照射下において蛍光像観察を行った。検光子の向きを90度回転させて図8の左右に示す2枚の写真を撮影した(矢印は透過容易軸の向き)。結晶は、長軸方向(c軸方向)が検光子の透過容易軸と平行な場合には青色、これに垂直な場合には赤橙色の発光を呈する様子が観察された。検光子のそれぞれの向きにおいて結晶の発光分光測定を行った結果、図9に示すスペクトルが得られた。透過容易軸がc軸に平行な場合のスペクトルは490nm、570nm付近にピークを示し、垂直な場合のスペクトルは460nm、620nm付近にピークを示した。
【実施例9】
【0039】
実施例2の錯体の粉末を100mg量ってメノウ製乳鉢にとり、乳棒でよくすりつぶした。これに、出力100Wの高圧水銀ランプを用いて紫外線を照射し、時々撹拌しながら5時間かけて粉末状固体が無色から赤紫色に変化するのを観察した。紫外線照射後の固体をジクロロメタンに溶解し、1×10-4Mの溶液を調製して紫外可視吸光分光測定を行ったところ、図10に示すスペクトルを得た。紫外線照射後の試料では、未照射の試料には見られなかった543nm付近の吸収帯が見られ、さらに490nm付近に肩吸収が見られた。図10の差し込み図は紫外線照射前後の差スペクトルである。
【実施例10】
【0040】
実施例2の錯体に紫外線を照射して得られた赤紫色固体をジクロロメタンに溶解し、1×10-4Mの溶液を調製して蛍光分光測定を行った。波長350nmの光で励起した場合には、図11に実線で示すスペクトルが得られた。このときの発光極大波長である448nmの発光強度の励起波長依存性、すなわち励起スペクトルを測定したところ、図11に点線で示すスペクトルが得られた。励起スペクトルには320nmと370nmにピークが見られた。励起波長を500nmにして測定した場合、図12に実線で示すスペクトル得られた。このときの発光極大波長である578nmに対する励起スペクトルを測定したところ、図12に点線で示すスペクトルが得られた。励起スペクトルには548nmに強いピークが見られたほか、320nmと370nmに弱いピークが見られた。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の化合物は、光応答性二色性発光材料として使用することが可能であり、例えば、発光素子、表示素子、記録素子、照明素子として、各種光学的、電気光学的、又は電子的部品又はデバイスなど、例えば、電子写真用途、電子写真記録、有機記憶デバイス、照明用の光源、色素レーザー、フラットパネルディスプレイ、識別タグ、有機発光ダイオード(OLED)、ディスプレイのバックライト、光起電デバイスの増感剤若しくはセンサーデバイス、又は記録光源などの様々な用途に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化11】


(式中、
6個のMは、それぞれ互いに独立して、12族元素の二価陽イオンであり;
6個のRは、それぞれ互いに独立して、水素又は炭素数1〜18のアルキル鎖を基本骨格とする有機置換基であり;そして
p−はp価の陰イオンを表す)
で示される錯体。
【請求項2】
6個のMが、それぞれ互いに独立して、亜鉛、カドミウム、又は水銀である、請求項1記載の錯体。
【請求項3】
6個のRが、それぞれ互いに独立して、炭素数1〜18のアルキル鎖を基本骨格とする有機置換基である、請求項1又は2記載の錯体。
【請求項4】
p−が、テトラフルオロホウ酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、ハロゲン化物イオン、カルボン酸イオン、硫酸イオン、又は硝酸イオンである、請求項1〜3のいずれか1項記載の錯体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載の錯体を含む発光材料。
【請求項6】
請求項5記載の発光材料を含む、表示素子、記録素子、又は照明素子。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1項記載の錯体の製造方法であって、
(1)式(II):
【化12】


で示される4,4’,4”−トリヒドロキシトリフェニルメタンを、パラホルムアルデヒド及びジメチルアミン水溶液と反応させて、式(III):
【化13】


で示される前駆体を得ること;
(2)上記前駆体(III)を、式(IV):
【化14】


で示されるN,N−ジ−2−ピコリルアミンと反応させて、式(V):
【化15】


で示される配位子分子を得ること;
(3)上記配位子分子(V)に6当量以上の金属塩:M(RCOO)を加えて反応溶液を得ること;及び
(4)上記反応溶液から溶媒を留去するか、又は上記反応溶液にXp−の塩を加えて、上記式(I)の錯体を得ること、
を含む反応(式中、M、R、及びXp−は請求項1で定義されたとおりである)。

【図1】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−178755(P2011−178755A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47056(P2010−47056)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月4日 錯体化学会発行の「第59回錯体化学討論会講演要旨集」に発表 平成21年9月25日 錯体化学会主催の「第59回錯体化学討論会」においてポスターをもって発表
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】