説明

光応答性酸素吸着材料、その製造方法及び酸素分子濃度の調整方法

【課題】 酸素分子を酸素吸着分離剤から脱離させるために減圧等の大がかりな装置を要せず、酸素脱着システムおよびその操作を簡便化する酸素吸着材料を提供する。
【解決手段】 (1)光照射により可逆的に分子構造の異性化を示す光応答性化合物、(2)軸塩基性配位子の有無により可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示すサルコミン類、及び(3)前記光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方のみと相互作用でき、かつ軸塩基性配位子として前記サルコミン類と配位結合できる窒素含有塩基化合物、の三成分を有する光応答性酸素吸着材料であり、好ましくは光応答性化合物がスピロピラン構造を有し、窒素含有塩基化合物が窒素含有ヘテロ環式化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素分子を可逆的に吸着・脱離する光応答性酸素吸着材料、その製造方法、及びその吸着材料を用いて主に大気中または水中の酸素分子濃度を調整する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽電池や燃料電池などを利用した新しいエネルギーが開発されているが、これらの実用化及び普及を待つ間、引き続き化石燃料の利用を余儀なくされている。例えば火力発電では石油・石炭・天然ガス等の化石燃料を燃焼して電気エネルギーを得ているが、これによる大気汚染問題は依然として深刻である。この解決策の一つに気体中の酸素富化による燃焼効率の向上が挙げられる。酸素は大気中に21%含有され、この濃度を上げれば、被燃焼物を完全燃焼できる。
酸素分子を可逆的に脱着できる酸素運搬体の例として、ヘモグロビン中のヘムのような、ポルフィリン−金属イオン錯体が挙げられる。例えば、特許文献1には、生体内で酸素を吸脱着できるポルフィリン構造を有する金属錯体とアルブミンとの複合体の製造方法が提案されている。
しかし、ポルフィリン−金属イオン錯体は、使用できる錯体の種類が限られ、また製造方法、使用方法が煩雑であった。
【0003】
ポルフィリン以外の錯体では、サレーンのコバルト錯体であるN,N´ビス(サリチリデン)-エチレンジアミノコバルト(以下、サルコミンという。)が酸素分子を可逆的に脱着する。特に、コバルトの第五配座に適当な軸塩基が配位すると、空の第六配座への酸素分子の吸着が促進されることが知られている。
例えば、サルコミンのモノピリジン化物を多孔性物質に担持させた酸素吸着分離剤、及びそれを用いた圧力変動式吸着分離法(PSA法)による酸素吸着分離方法が、特許文献2で提案されている。
【特許文献1】特開2005−097290公報
【特許文献2】特開平5−007771号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記のようなサルコミン系酸素吸着分離剤及び分離方法では、酸素を吸着分離剤から脱離させるために減圧する必要があった。
そこで、本発明者は、上記問題点に鑑み、光の照射に応答して可逆的に分子構造が変化する光応答性化合物に着目し、軸塩基を、光応答性化合物とサルコミンとのどちらと作用させるかを変換することにより、酸素分子の脱着を制御できることを見出し、本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(13)に関する。
(1)光照射により可逆的に分子構造の異性化を示す光応答性化合物、
軸塩基性配位子の有無により可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示すサルコミン類、及び
前記光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方のみと相互作用でき、かつ軸塩基性配位子として前記サルコミン類と配位結合できる窒素含有塩基化合物
の三成分を含有する光応答性酸素吸着材料。
【0006】
(2)光応答性化合物が光照射によりスピロピラン構造とメロシアニン構造との異性化を示す前記(1)記載の光応答性酸素吸着材料。
(3)窒素含有塩基化合物が、窒素含有ヘテロ環式化合物である前記(1)または(2)記載の光応答性酸素吸着材料。
(4)窒素含有ヘテロ環式化合物がピリジンまたはイミダゾールである前記(3)記載の光応答性酸素吸着材料。
(5)前記三成分は、固相高分子膜に均一に分散固定されている前記(1)〜(4)いずれか記載の光応答性酸素吸着材料。
【0007】
(6)前記(1)〜(5)のいずれか記載の酸素吸着材料を用いて、酸素分子吸着用の環境中の酸素分子を、酸素分子脱離用環境へ移動させる酸素分子濃度の調整方法。
(7)光応答性酸素吸着材料に、酸素分子を含有する酸素分子吸着用の環境下で可視光を照射して、酸素分子を前記吸着材料中のサルコミン類へ結合させる工程と、
前記酸素分子が結合している光応答性酸素吸着材料を酸素分子脱離用の環境下で紫外光を照射して、酸素分子をサルコミン類から脱離させる工程と
を含む前記(6)記載の酸素分子濃度の調整方法。
(8)酸素分子吸着用の環境中の酸素分子が、気体中の酸素分子または液体中に溶存する酸素分子である前記(6)または(7)記載の酸素分子濃度の調整方法。
(9)前記気体が大気である前記(8)記載の酸素分子濃度の調整方法。
(10)前記液体が水性である前記(8)記載の酸素分子濃度の調整方法。
(11)予め紫外光を照射した酸素吸着材料を、酸素分子を含有する酸素分子吸着用の環境中に設置する工程と、
酸素分子が結合している光応答性酸素吸着材料を、可視光照射を維持しつつ、酸素分子吸着用の環境から、酸素分子脱離用の環境へ移動する工程と
の少なくともいずれかを含む前記(6)〜(10)のいずれか記載の酸素分子濃度の調整方法。
【0008】
(12)光照射により可逆的に分子構造の異性化を示す光応答性化合物、
軸塩基性配位子の有無により可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示すサルコミン類、
前記光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方と相互作用でき、かつ軸塩基性配位子として前記サルコミン類と配位結合できる窒素含有塩基化合物、
及び製膜用樹脂材料を少なくとも使用し、
前記四成分を含む原料を溶媒に溶解して溶液を得る工程と、
乾燥雰囲気下で紫外光を照射しながら溶液の溶媒を揮発させて膜を得る工程と、
を有する光応答性酸素吸着材料の製造方法。
(13)前記溶液を得る工程で、製膜用樹脂材料の重合体と、製膜用樹脂材料及び窒素含有塩基化合物の共重合体と、光応答性化合物と、サルコミン類とを溶解する前記(12)記載の光応答性酸素吸着材料の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の吸着材料は、高分子膜の形態をとれるため、この吸着材料を用いる酸素脱着システムを軽量化、小型化でき、医療用の酸素濃縮装置等に有効に用いられる。
また、酸素分子脱着の操作が簡便で、特に可視光の光源には太陽光を使用できるためコストが軽減される。
さらに、火力発電等において、空気中の酸素を富化した高酸素濃度下で化石燃料を燃焼できるため、不完全燃焼比率が減少し、従来と同等のエネルギーを少ない化石燃料で獲得できる。また使用燃料量が減るため、放出される二酸化炭素量も減少する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
光照射に応答して、可逆的に分子構造の異性化を示す光応答性化合物として、スピロピラン構造やスピロオキサジン構造、アゾベンゼン構造が好ましく、特に、スピロピラン構造が好ましい。
他に、フルギド構造、ジアリールエテン構造、サリチリデンアニリン構造、アントラセン構造ノルボルナジエン構造、シンナモイル構造、ベンズアルドキシム構造、スチルベン構造、レチナール構造、及びアゾメチン構造等を有する化合物が例示される。
光応答性化合物は、単体であっても、重合していても良いが、吸着材料を高分子膜の形態にする場合は、製膜性の点から単体が好ましい。
【0011】
以下、スピロピラン構造を有する光応答性化合物を例に挙げて説明する。スピロピラン構造またはこれに構造及び作用が類似するスピロオキサジン構造を有する代表的な光応答性化合物として、下記一般式(1)で示す化合物が挙げられる。具体的には、1,3,3-トリメチルインドリノ-6´-ニトロベンゾピリロスピラン、1,3,3-トリメチルインドリノ-6´-ブロモベンゾピリロスピラン等が挙げられる。
【化1】

一般式(1)中、RおよびRは独立にH原子またはCH基であり、Rはアルキル基、ヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、アルデヒド基またはアミド基であり、Rは水素原子または一価の基である。Rは、具体的にはメチル基、エチル基、ドデシル基等が例示され、Rは、具体的にはニトロ基、ハロゲン基、シアノ基等が例示される。
Xは炭素原子または窒素原子であり、Yは酸素原子または硫黄原子である。なお、Xが窒素原子の場合はスピロオキサジン構造である。
【0012】
スピロピラン構造は、紫外光照射により可逆的に開環して一般式(1)右側のメロシアニン構造へ異性化される。スピロピラン構造をとっている光応答性化合物は無色であり、以下、無色体ともいう。これに紫外光を照射すると、メロシアニン構造の開環体となる。この開環体は着色していて、以下、着色体ともいう。メロシアニン構造は分子内に双性イオンを有するため、近隣に塩基性化合物が存在していると、イオン部分と塩基性化合物との間に強い相互作用が生じる。
着色体に可視光を照射すると再びスピロピラン構造の無色体へ転移する。無色体になると塩基性化合物との間の相互作用は解消される。
【0013】
本発明において、サルコミン類とは、サルコミンまたはその誘導体とし、軸塩基性配位子の有無により、可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示す。サルコミンの誘導体としては、フルオミン、すなわちN,N´ビス(3−フルオロサリチリデン)-エチレンジアミノコバルトや、2つのベンゼン環の3位、4位、5位または6位の水素がアルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、カルボキシル基、β−カルボキシエチル基、クロロ基、アリル基、ヒドロキシル基などで置換された化合物も用いることができる。特にサルコミンが好適に用いられる。
サルコミン類の中心のコバルトの第5または第6配座に軸塩基性配位子が配位結合していると、残りの配座へ酸素分子が特異的に結合する。
【0014】
このような軸塩基性配位子であって、かつ前記光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方のみと相互作用できる前記塩基性化合物であるものを、本発明における窒素含有塩基化合物として使用する。
窒素含有塩基化合物としては、ピリジン、イミダゾール、ヒスチジン、プリン、及びそれらの誘導体等の窒素含有ヘテロ環式化合物、炭素環式アミン、エチルアミン、ブチルアミン等の脂肪族アミン等が挙げられる。また、部分4級化ポリ(4−ビニルイミダゾール)、ポリ(L−リジン)等のように高分子化されていてもよい。好ましくは窒素含有ヘテロ環式化合物であり、特にピリジン、イミダゾールが好ましい。
【0015】
本発明の酸素吸着材料は、固相高分子膜の形態であるのが好ましく、光応答性化合物、サルコミン類、窒素含有塩基化合物の三成分が固相高分子膜全体に均一に分散固定されていることが好ましい。高分子膜へ製膜するための媒体となる製膜用樹脂材料は、製膜性、加工性等の観点から適宜選択される。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(メタ)アクリレート、ポリアルキル(メタ)アクリレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネイト、酢酸ビニル等の樹脂が例示され、特にポリアルキルメタクリレートが好ましい。固相高分子膜の分子量は製膜性、加工性、酸素吸脱着の作動寿命等の観点から適宜選択される。
【0016】
本発明の酸素吸着材料の製造方法は、少なくとも、光応答性化合物、サルコミン類、窒素含有塩基化合物及び製膜用樹脂材料の四成分を使用し、これら四成分を含む原料を溶媒に溶解して溶液を得る工程と、乾燥雰囲気下で紫外光を照射しながら溶液の溶媒を揮発させて膜を得る工程とを有する。
例えば、まず、製膜用樹脂材料と窒素含有塩基化合物、光応答性化合物及びサルコミン類を、溶媒中で溶解して溶液を得て、次に乾燥雰囲気下で紫外光を照射しながら溶液の溶媒を揮発させて固相高分子膜形態の酸素吸着材料を得ることができる。ここで、予め製膜用樹脂材料と窒素含有塩基化合物とを共重合させた固相高分子膜を合成しておいて、溶解時の原料に使用すると、サルコミン類の酸素吸着能の向上や製膜性などの点で好ましい。また、予め重合させた製膜用樹脂材料の重合体を、溶解時の原料に用いるのが均一性の点で好ましい。
乾燥雰囲気は、具体的には窒素雰囲気が挙げられる。溶媒は、樹脂材料を含む上記四成分を溶解できるものから適宜選択され、ジクロロメタンなどが例示される。
原料には、上記三成分と樹脂材料の他に、本発明の吸着材料の特性を制限しない範囲内で、製膜性、加工性等の観点から、可とう剤、光増感剤等の添加物を適宜添加しても良い。
酸素吸着材料の膜厚は、特に限定されないが、通常は10〜100μm程度の範囲が好ましい。薄すぎると膜になりにくい傾向があり、厚すぎると拡散速度が落ちるので反応が遅くなる傾向がある。
【0017】
本発明の光応答性酸素吸着材料における窒素含有塩基化合物は、光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方のみと相互作用でき、かつサルコミン類とも配位結合できる。窒素含有塩基化合物をどちらと作用させるかにより、光応答性酸素吸着材料を酸素運搬体として機能させて、酸素分子吸着用の環境中の酸素分子を、酸素分子脱離用環境へ移動できる。これにより酸素分子を酸素分子脱離用環境内へ濃縮することができる。また酸素分子吸着用環境内から酸素分子を減少させることができる。
【0018】
下式(2)に、光応答性化合物がスピロピラン構造を有し、窒素含有塩基化合物がピリジン、サルコミン類がサルコミンである場合の本発明の酸素吸着材料の、光照射による作用を示す。以下に、本発明の酸素分子濃度の調整方法を、光応答性化合物がスピロピラン構造を有する場合について下式(2)にそって具体的に説明する。
【化2】

(1)まず、光応答性化合物がメロシアニン構造体である着色体の状態で、本発明の酸素吸着材料を、酸素分子を含有する酸素分子吸着用の環境中に設置する。光応答性化合物が着色体の状態では、メロシアニン構造と窒素含有塩基化合物とが、強い相互作用を生じる為、窒素含有塩基化合物とサルコミン類との結合は希薄になる。従ってこの状態ではサルコミン類への周囲の酸素分子の結合能は弱い。
なお、設置の時点で着色体へ充分に変異していない場合は予め紫外光を照射しておくのが好ましい。
酸素分子吸着用の環境は、酸素分子を含有していて、三成分の各作用が損なわれなければ特に制限されないが、好ましくは、気体中または酸素分子を溶存させた液体中である。特に、前記気体が大気であること、液体が水性の液体であることが好ましい。また、明るさは通常の室内光程度であれば支障はない。
【0019】
(2)次に、酸素吸着材料に可視光を照射する。可視光は太陽光であることが好ましく、照射光の強度は太陽光程度であれば良い。これにより、光応答性化合物がメロシアニン構造から閉環してスピロピラン構造の無色体へ転移し、光応答性化合物と窒素含有塩基化合物との相互作用は解消される。これにより、窒素含有塩基化合物は今度はサルコミン類のコバルトの第5または第6配座へ強固に配位結合する。従って残りの配座へ、周囲の酸素分子が選択的に1:1の比率で結合する。
【0020】
(3)ついで、この酸素分子が結合している酸素吸着材料を、可視光照射を維持しつつ、酸素分子脱離用の環境へ移動する。前記酸素分子脱離用の環境は、例えば酸素濃縮用の燃焼系なら燃焼室、医療用なら患者の呼吸器近辺等が挙げられる。
【0021】
(4)酸素分子が結合している酸素吸着材料へ、この脱離用の環境下で、可視光照射を停止して紫外光を照射する。これにより、光応答性化合物が開環してスピロピラン構造の無色体からメロシアニン構造の着色体へ転移し、光応答性化合物と窒素含有塩基化合物との相互作用が復活する。これにより、窒素含有塩基化合物とサルコミン類との配位結合は希薄になる。従ってサルコミン類と酸素分子の結合能も弱くなり、酸素分子はサルコミン類から脱離し、脱離用の環境内へ遊離する。
本発明の酸素吸着材料はこの(1)〜(4)の工程を繰り返して使用することができる。
【0022】
式(2)中の酸素吸着材料の反応の平衡は、熱、酸素濃度等により移動する。反応系が加熱されると酸素吸着材料の酸素結合能は低くなり、冷却されると酸素結合能は高くなる。反応系の酸素濃度が高くなると酸素結合能は高くなり、低くなると酸素結合能は低くなる。
【0023】
スピロピラン構造を有する光応答性化合物について説明したが、他の光応答性化合物の場合についても同様の方法で酸素分子の濃縮または低減を行うことができる。スピロピラン構造を有する光応答性化合物のように、光照射により呈色が変化するフォトクロミック化合物を使用することが、酸素の吸着と脱離を目視で確認できるため好ましい。
【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例によってより具体的に説明する。なお、本実施例により本発明を限定するものではない。
(合成例1:高分子媒体(メタクリル酸2-エチルヘキシル重合体)の合成)
メタクリル酸2-エチルヘキシル(以下、OMAという。)(東京化成工業社製、99%、品番GH01、分子量[198.3])を9.9g(0.05mol)用意した。
他に、トルエン(5.6ml)、重合開始剤2,2´アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)(関東化学社製、97%、品番01467-30、分子量[164.21])を0.14g(8.3mmol)(OMAモル数の1/60)、重合禁止剤ハイドロキノン(東京化成工業社製、99%、品番H0186)、メタノールを用意した。
まず、二口ナスフラスコの一つの口には玉入冷却機、もう一方の口には窒素供給用のゴム栓付きパスツールピペットを装着し、その中でOMAをトルエンに溶解させた。
前記のフラスコ内に乾燥窒素をパスツールピペットから30分間供給することで、装置内の湿気及び酸素を除去した。
AIBNを加えてから引き続き乾燥窒素を20分間供給した後、オイルバスでフラスコの温度を60℃に上昇させた。さらに、3時間反応させた後、ハイドロキノンを加えて反応を停止させた。
フラスコ内の反応物を、大量のメタノールに少量ずつ滴下して沈殿精製した。この沈殿物を濾紙で濾別し、減圧乾燥してOMAの重合体(以下、P(OMA)という。)2.5g(収率25%)を得た。この高分子のMwは380,000であり、Mw/Mnは2.0であった。
【0025】
(合成例2:ビニルピリジン−高分子媒体共重合体の合成)
OMAを87.3g(0.44mol)用意した。また、4-ビニルピリジン(以下、VPyという。)(和光純薬工業社製、97%、品番225-00276、分子量105.14)を5.3g(0.05mol)を用意した。
他に、トルエン60ml、AIBNを1.35g(8.2mmol)(OMAとVPyの合計モル数の1/60)、重合禁止剤ハイドロキノン、メタノールを用意した。
合成方法及び精製方法は上記合成例1と同様に行った。得られたOMAとVPyの共重合体 (以下、P(OMA-VPy)という。) は37.1g(収率40.2%)であった。この共重合体中の各セグメントのモル比を元素分析の結果から算出したところOMA:VPy=86.5:13.5であった。
【0026】
(高分子固相膜の製膜)
<合成例3:スピロピランを分散固定したP(OMA-VPy)膜の製膜>
上記合成例1で製造したP(OMA)を34mg、合成例2で製造したP(OMA-VPy)を1.2mg、及び1,3,3-トリメチルインドリノ-6´-ニトロベンゾピリロスピラン(以下、SPNという。)0.5mgを石英セル(1cm×1cm×4cm)中でクロロホルムに溶解させ、キャスト法にて溶媒を揮発させることで製膜した。なお、キャスト中に紫外光を10分間照射した。紫外光は光源としてキセノンショートアークランプ(500W)(USHIO社製)を使用し、紫外透過可視吸収フィルター(シグマ光機社製、品番UTVAF-50S-34U)を用いた。
【0027】
<合成例4:SPNを分散固定したP(OMA)膜の製膜>
石英セル中で合成例1のP(OMA)を36mg、 SPNを0.5mg溶解させた他は、上記合成例3と同様にキャスト法にて製膜した。
【0028】
<実施例1:SPNとサルコミンを分散固定したP(OMA-VPy)膜の製膜>
石英セル中に合成例1のP(OMA)を32mg、合成例2のP(OMA-VPy)を3.6mg、SPNを1.5mg、サルコミン(以下、CoSともいう。)としてN,N´ビス(サリチリデン)-エチレンジアミノコバルト(II)(Aldrich社製、品番27,471-2)0.6mgを窒素雰囲気下でジクロロメタンに溶解させ、紫外光を照射しながらキャストした。
【0029】
(高分子固相膜の形状)
上記合成例3、4、実施例1で得られた三種の高分子膜は透明性の高いゴム状のフレキシブルな膜で、膜厚は50μm、ガラス転移点はそれぞれ、-17℃、-17℃、-8℃だった。
【0030】
(合成例3で製造した膜の紫外可視吸収スペクトル測定)
SPNを分散固定したP(OMA-VPy)膜の紫外可視吸収スペクトルを図1に示す。図1に示すように、紫外光照射すると580nm付近にスピロピラン開環体(メラシアニン構造体)由来の吸収帯が出現した。この吸収帯は暗所下放置すると図1中の矢印で示す短波長シフト1を伴った減衰を示した。また、この減衰過程の初期において345nm、その後の遅い過程で320nmにそれぞれ別種の等吸収点2を確認した。一種類のスピロピラン開環体のみが存在していれば吸収帯はシフトしないうえに、等吸収点は1つである。これより、複種類のスピロピラン開環体の存在が明らかとなった。
【0031】
(合成例3、合成例4で製造した膜における蛍光スペクトル測定)
SPNを分散固定したP(OMA-VPy)膜、SPNを分散固定したP(OMA)膜における蛍光スペクトルを図2に示した。図2の(c)に示す、SPNを分散固定したP(OMA-VPy)膜に紫外光照射を照射した後、暗所にてスピロピランの異性化反応が平衡状態に達した後の蛍光スペクトルはλem=570nmの強い蛍光が観測された。この蛍光は可視光(>420nm)(シャープカットフィルター、シグマ光機社製、品番SCF-50S-42L)を照射すると(d)のように減衰した。
一方、SPNを分散固定したP(OMA)膜に紫外光照射した直後に蛍光スペクトル測定すると(a)に示すようにλem=630nmの弱い蛍光が観測された。この蛍光は可視光照射すると(b)のように消失した。光照射により可逆的に変化することからスピロピラン由来の蛍光であることは明らかである。また、一般にスピロピラン開環体(メラシアニン構造)は相互作用すると短波長側に強い蛍光を発することが分かっている。これらより、SPNを分散固定したP(OMA-VPy)膜中において、スピロピラン開環体とピリジンの光可逆的な相互作用が蛍光スペクトルから観測された。
【0032】
(実施例1で製造したSPNとCoSを分散固定したP(OMA-VPy)膜における紫外可視吸収スペクトル測定)
スピロピランの異性化反応が平衡状態に達した後(製膜から12時間後)、減圧下で得られた膜の紫外可視吸収スペクトルを測定した。次いで、各分圧酸素(2.5%、10.5%、21.0%、58.0%、100%)を供給してサルコミンの酸素化反応が平衡状態(10〜25分間)に達した後、紫外可視吸収スペクトルを測定した。なお、恒温装置で膜の温度は常に25℃で一定に保った。続いて、可視光を30分間照射した後に同様の測定を行った。
各分圧酸素雰囲気下における560nmの吸光度から減圧下における560nmの吸光度を差し引いて、下記の数式(1)、(2)からΔAを求めた。このΔAは酸素吸着量に相当し、これをY軸とし、X軸を酸素分圧としたプロットを図3に示す。図3中(a)は紫外光照射後の暗所下平衡状態、(b)は可視光照射下である。ラングミア型の曲線が得られたことから、SPNとCoSを分散固定したP(OMA-VPy)膜における酸素分子との1:1の化学吸着が確認された。また、全ての酸素分圧下においてΔAの値は可視光照射後の方が上回った。さらに、この曲線をDrago式を用いて解析すると可視光照射前において、K=0.14(mmHg-1)、可視光照射後ではK=0.10(mmHg-1)と算出された。これは可視光照射により酸素結合能が約1.4倍増大したことを示している。
(Drago式)
【数1】

ただし、数式(1)、(2)において、[Complex]はサルコミンの濃度、bはセルの光路長、ΔAはある酸素分圧の時の酸素化錯体と脱酸素化錯体の吸光度差、Δεはある酸素分圧の時の酸素化錯体と脱酸素化錯体のモル吸光係数の差、Po2は供給酸素分圧を示す。
0℃以上の温度では、酸素分圧が1気圧であっても酸素化が不完全であるため、100%酸素化した酸素化錯体のスペクトルを必要としないDrago式を用いて、サルコミン部位における酸素結合平衡定数Kを算出した。Drago式によると、錯体に結合している酸素の結合平衡定数は数式(1)で表せる。さらにこの式を変形すると数式(2)となる。
すなわち、数式(2)より各酸素分圧を縦軸、横軸に各酸素分圧をΔAで割った値を横軸にとるときの切片が酸素結合平衡定数の負の逆数となる。
【0033】
(実施例2:SPNとCoSを分散固定したP(OMA-VPy)膜を電極表面に被膜した修飾電極、およびそれを用いた電気化学測定)
合成例1で製造したP(OMA)を20mg、合成例2で製造したP(OMA-VPy)を5.0mg、SPNを2.0mg、CoSを0.8mg、クロロホルム3.0mlに溶解させ、この溶液を窒素雰囲気下で紫外光を照射しつつ、直径3.2mmの水銀電極表面に75μl滴下することで修飾電極を作製した。次に、純水に炭酸水素ナトリウムと炭酸ナトリウムをそれぞれ0.1Mとなるように調整(バッファー)し、前記の修飾電極を用いた純酸素雰囲気下における矩形波ボルタンメトリ(SWV)を紫外光照射後及び、可視光照射後に行った。なお、基準電極にはAg/AgClを用いた。測定結果を図4に示す。
紫外光照射後及び図4中(a)のように可視光照射後において酸素の電解還元電流が-0.26V付近に観測された。この還元電流値は0.063μAと測定された。続いて、(b)のように電極表面に紫外光照射するとこの値が若干減少し0.052μA、(c)のように再び可視光照射すると0.061μAと測定された。以上よりアルカリ水溶液中における酸素の電解還元電流値は光照射によって可逆的に変化することが確認された。この測定結果は電極表面に紫外光照射することにより膜を透過する酸素濃度が低下し、可視光照射によってこの酸素濃度が上昇したことを意味している。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】SPNを分散固定したP(OMA-VPy)膜の紫外可視吸収スペクトルである。
【図2】固相高分子膜の蛍光スペクトルであり、(a)はSPNを分散固定したP(OMA)膜の紫外光照射後、(b)は(a)の膜の可視光照射後、(c)はSPNを分散固定したP(OMA-VPy)膜の紫外光照射後暗所下平衡状態、(d)は(c)の膜の可視光照射後である。
【図3】SPNとCoSを分散固定したP(OMA-VPy)膜の、酸素分圧による酸素吸着量であり、(a)は紫外光照射後の暗所下平衡状態、(b)は可視光照射下である。
【図4】SPNとCoSを分散固定したP(OMA-VPy)膜による修飾電極を用いた、SWVによる電解還元電流値であり、(a)は可視光照射後、(b)は(a)後の紫外光照射後、(c)は(b)後の可視光照射後である。
【符号の説明】
【0035】
1 短波長シフト
2 等吸収点


【特許請求の範囲】
【請求項1】
光照射により可逆的に分子構造の異性化を示す光応答性化合物、
軸塩基性配位子の有無により可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示すサルコミン類、及び
前記光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方のみと相互作用でき、かつ軸塩基性配位子として前記サルコミン類と配位結合できる窒素含有塩基化合物
の三成分を含有することを特徴とする光応答性酸素吸着材料。
【請求項2】
光応答性化合物が光照射によりスピロピラン構造とメロシアニン構造との異性化を示す請求項1記載の光応答性酸素吸着材料。
【請求項3】
窒素含有塩基化合物が、窒素含有ヘテロ環式化合物である請求項1または2記載の光応答性酸素吸着材料。
【請求項4】
窒素含有ヘテロ環式化合物がピリジンまたはイミダゾールである請求項3記載の光応答性酸素吸着材料。
【請求項5】
前記三成分は、固相高分子膜に均一に分散固定されている請求項1〜4いずれか記載の光応答性酸素吸着材料。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載の酸素吸着材料を用いて、酸素分子吸着用の環境中の酸素分子を、酸素分子脱離用環境へ移動させることを特徴とする酸素分子濃度の調整方法。
【請求項7】
光応答性酸素吸着材料に、酸素分子を含有する酸素分子吸着用の環境下で可視光を照射して、酸素分子を前記吸着材料中のサルコミン類へ結合させる工程と、
前記酸素分子が結合している光応答性酸素吸着材料を酸素分子脱離用の環境下で紫外光を照射して、酸素分子をサルコミン類から脱離させる工程と
を含む請求項6記載の酸素分子濃度の調整方法。
【請求項8】
酸素分子吸着用の環境中の酸素分子が、気体中の酸素分子または液体中に溶存する酸素分子である請求項6または7記載の酸素分子濃度の調整方法。
【請求項9】
前記気体が大気である請求項8記載の酸素分子濃度の調整方法。
【請求項10】
前記液体が水性である請求項8記載の酸素分子濃度の調整方法。
【請求項11】
予め紫外光を照射した酸素吸着材料を、酸素分子を含有する酸素分子吸着用の環境中に設置する工程と、
酸素分子が結合している光応答性酸素吸着材料を、可視光照射を維持しつつ、酸素分子吸着用の環境から、酸素分子脱離用の環境へ移動する工程と
の少なくともいずれかを含む請求項6〜10のいずれか記載の酸素分子濃度の調整方法。
【請求項12】
光照射により可逆的に分子構造の異性化を示す光応答性化合物、
軸塩基性配位子の有無により可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示すサルコミン類、
前記光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方と相互作用でき、かつ軸塩基性配位子として前記サルコミン類と配位結合できる窒素含有塩基化合物、
及び製膜用樹脂材料を少なくとも使用し、
前記四成分を含む原料を溶媒に溶解して溶液を得る工程と、
乾燥雰囲気下で紫外光を照射しながら溶液の溶媒を揮発させて膜を得る工程と、
を有することを特徴とする光応答性酸素吸着材料の製造方法。
【請求項13】
前記溶液を得る工程で、製膜用樹脂材料の重合体と、製膜用樹脂材料及び窒素含有塩基化合物の共重合体と、光応答性化合物と、サルコミン類とを溶解する請求項12記載の光応答性酸素吸着材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−312153(P2006−312153A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−136698(P2005−136698)
【出願日】平成17年5月9日(2005.5.9)
【出願人】(800000068)学校法人東京電機大学 (112)
【Fターム(参考)】