説明

光触媒体及び光触媒体の製造方法

【課題】耐熱温度が低い基材を使用することが可能な、紫外光のみならず可視光の照射によっても光触媒活性を発現することができる光触媒膜を有する光触媒体を提供する。
【解決手段】基材とTiON膜の中間層として、TiON膜の結晶化によって形成される結晶相と原子配列が同等または近い相を有する膜を設けることにより、低温でTiON膜の結晶化が促進されるため、耐熱温度が低い基材を用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外光のみならず可視光の照射によっても光触媒活性を発現することができる光触媒体及びその光触媒体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、光触媒作用を発現する材料として、TiO(二酸化チタン)、CdS(硫化カドミニウム)、WO(三酸化タングステン)、ZnO(酸化亜鉛)等、数多くのものが知られている。これらの光触媒材料は半導体であり、光を吸収して電子と正孔を生成し、種々の化学反応や殺菌作用等を呈する。これらの光触媒材料のうち、酸化チタンが光触媒として実用化されている。これは、酸化チタンは、毒性がなく、また水や酸に対する安定性の観点から優れているからである。
【0003】
ところが、この酸化チタン光触媒の動作光は、酸化チタンのバンドギャップ(Eg=3.2eV)の値から、波長λ=380nm未満の紫外線に限られている。しかし、屋内での使用や触媒活性の向上といった観点から、波長380nm以上の可視光照射によっても触媒活性を発現する材料の開発が強く望まれている。
【0004】
そこで、例えば特許文献1には、酸化チタンの酸素サイトの一部に窒素を導入して可視光領域でも作用するように改良する方法が提案されている。
【0005】
特許文献1の可視光応答型光触媒膜は酸化チタン膜に窒素を微量(<1%程度)ドープしたもの(以下、TiON膜あるいはTi−O−Nと呼ぶ場合がある。)であり、通常スパッタリング法等によりガラス等の基材上に成膜される。成膜直後のTiON膜には過飽和(数%程度)の状態で窒素が含有され、その結晶構造はアモルファス状態である。光触媒活性を発現させるためにはTiON膜の結晶化が必要で、通常、窒素雰囲気下500〜550℃程度の高温でTiON膜に熱処理を施し、TiON膜を結晶化させる(結晶相はアナターゼ型とルチル型の混在)。これにより、紫外光だけではなく可視光に対しても光触媒活性を発現するようになる。
【0006】
【特許文献1】特許第3498739号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、特許文献1の方法により得られるTiON膜は結晶化温度が高いため、触媒活性を発現させるためには高温での熱処理が不可欠であるが、そのため用いる基材の材質に制約を受けることになる。例えば、強化ガラス基材や高分子材料基材は一般に耐熱温度が低いため、TiON膜を付与することが困難であった。
【0008】
本発明は、耐熱温度が低い基材を使用することが可能な、紫外光のみならず可視光の照射によっても光触媒活性を発現することができる光触媒膜を有する光触媒体である。
【0009】
また、本発明は、耐熱温度が低い基材にも光触媒膜を付与することができる光触媒体の製造方法である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、基材と、前記基材上に形成された中間層と、前記中間層上に形成された、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部を窒素原子で置換したTi−O−N構成の光触媒層と、を有し、前記中間層が、前記Ti−O−N構成の光触媒層におけるアナターゼ型またはルチル型の酸素原子配列と同等または類似の結晶構造を有する光触媒体である。
【0011】
また、前記光触媒体において、前記中間層は金属酸化物を含み、前記金属酸化物の格子定数Aと前記アナターゼ型またはルチル型の格子定数Bとの差が前記格子定数Bの10%以内であることが好ましい。
【0012】
また、前記光触媒体において、前記金属酸化物は、アナターゼ型酸化チタン、ルチル型酸化チタン、酸化スズ、酸化イリジウム及び酸化ニッケルから選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0013】
また、前記光触媒体において、前記中間層の膜厚は、10nm〜200nmの範囲であることが好ましい。
【0014】
また、前記光触媒体において、前記基材は、強化ガラス基材または高分子基材であることが好ましい。
【0015】
また、本発明は、基材上に中間層を形成する中間層形成工程と、前記中間層上に、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部を窒素原子で置換したTi−O−N構成の光触媒層を形成する光触媒層形成工程と、を含み、前記中間層が、前記Ti−O−N構成の光触媒層におけるアナターゼ型またはルチル型の酸素原子配列と同等または類似の結晶構造を有する光触媒体の製造方法である。
【0016】
また、前記光触媒体の製造方法において、前記中間層は金属酸化物を含み、前記金属酸化物の格子定数Aと前記アナターゼ型またはルチル型の格子定数Bとの差が前記格子定数Bの10%以内であることが好ましい。
【0017】
また、前記光触媒体の製造方法において、前記金属酸化物は、アナターゼ型酸化チタン、ルチル型酸化チタン、酸化スズ、酸化イリジウム及び酸化ニッケルから選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0018】
また、前記光触媒体の製造方法において、前記光触媒層の形成時に前記中間層を形成した基材を150℃〜200℃で加熱することが好ましい。
【0019】
また、前記光触媒体の製造方法において、前記中間層及び光触媒層を形成した基材をさらに200℃〜300℃で加熱して熱処理を行う熱処理工程をさらに含むことが好ましい。
【0020】
また、前記光触媒体の製造方法において、前記中間層をスパッタリング法、真空蒸着法またはイオンプレーティング法により形成することが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明では、紫外光のみならず可視光の照射によっても光触媒活性を発現することができる光触媒膜を有する光触媒体において、基材とTiON膜の中間層として、TiON膜の結晶化によって形成される結晶相と原子配列が同等または近い相を有する膜を設けることにより、低温でTiON膜の結晶化が促進されるため、耐熱温度が低い基材を用いることができる。
【0022】
本発明では、紫外光のみならず可視光の照射によっても光触媒活性を発現することができる光触媒膜を有する光触媒体の製造方法において、基材とTiON膜の中間層として、TiON膜の結晶化によって形成される結晶相と原子配列が同等または近い相を有する膜を設けることにより、低温でTiON膜の結晶化を促進することができるため、耐熱温度が低い基材にも光触媒膜を付与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の実施形態について以下説明する。
【0024】
本発明者らは、鋭意検討した結果、基材とTiON膜の中間層として、TiON膜の結晶化によって形成される結晶相と原子配列が同等または近い相を有する膜を設けることにより、その中間層上にスパッタリング法等により成膜されたTiON膜が中間層薄膜の結晶格子配列に整合するように成長し、その結果、TiON膜の結晶化が促進され、低温条件でもTiON膜の結晶化が可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0025】
<光触媒体>
本実施形態に係る光触媒体の構造の一例の概略断面図を図1に示す。図1に示すように、光触媒体1は、基材10と、中間層12と、TiON膜(光触媒層)14とを備える。
【0026】
基材10としては、青板ガラス、白板ガラス、低アルカリガラス、無アルカリガラス、ソーダ石灰ガラス、石英ガラス、強化ガラス等のガラス基材、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルペンテン、ポリブテン、結晶性ポリブタジエン、ポリスチレン、ポリブタジエン、スチレンブタジエン樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合体(EVA、AS、ABS、アイオノマー、AAS、ACS)、ポリメチルメタクリレート(アクリル)、ポリテトラフルオロエチレン、エチレンポリテトラフルオロエチレン共重合体、ポリアセタール(ポリオキシメチレン)、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリアリレート(Uポリマー)、ポリスチレン、ポリエーテルスルホン、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリオキシベンゾイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、酢酸セルロース、酢酪酸セルロース、セロファン、セルロイド、液晶ポリエステル等の熱可塑性樹脂や、フェノール樹脂、アミノ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ジアリルフタレート樹脂(アリル樹脂)、アルキド樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ケイ素樹脂等の熱硬化性樹脂等の高分子基材、シリコン、ゲルマニウム、砒化ガリウム等の半導体基材、鉄、ニッケル、アルミニウム、ステンレス等の金属基材のいずれか1つまたはこれらの組み合わせを適宜選択して用いることができる。
【0027】
特に、強化ガラスや、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ABS樹脂、AS樹脂、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン等のように耐熱性が低い(例えば、ガラス転移温度Tgが120℃以下)高分子基材を基材10として用いることができる。なお、基材10としてソーダ石灰ガラス等を用いる場合は、基材から中間層12及びTiON膜14へのナトリウム等の不純物の拡散を防止するために、基材10と中間層12との間にSiO膜等の保護層を設けても良い。
【0028】
中間層12を構成する結晶性の中間層薄膜材料としては、TiON膜14が結晶化して形成されるアナターゼ型またはルチル型の酸素原子配列と同等または類似の結晶構造を有するものであれば良く特に制限はなく、金属酸化物の薄膜であることが好ましい。ここで、「TiON膜におけるアナターゼ型またはルチル型の酸素原子配列と同等または類似の結晶構造」とは、X線回折測定により求めた、中間層12を構成する金属酸化物の格子定数AとTiON膜におけるアナターゼ型またはルチル型の格子定数Bとの差が格子定数Bの15%以内であることが好ましく、より好ましくは10%以内である。そのような中間層薄膜材料としては、例えば、TiON膜14におけるアナターゼ型の酸素原子配列と同じ結晶構造のアナターゼ型酸化チタン、TiON膜14におけるルチル型の酸素原子配列と同じ結晶構造のルチル型酸化チタン、酸化スズ、酸化イリジウム、TiON膜14におけるアナターゼ型またはルチル型の酸素原子配列と類似の結晶構造(NaCl型構造)を有する酸化ニッケル等が挙げられ、それらから選択される少なくとも1つを主成分とすることが好ましい。また、中間層12における酸化チタン結晶の結晶相は、ルチル型単独でもアナターゼ型単独でもよく、アナターゼ型とルチル型の混在するものであってもよいが、ルチル型単独またはアナターゼ型単独、特にアナターゼ型単独であると、その上に形成するTiON膜14がアナターゼ相として結晶化して触媒活性が高くなる可能性があるため好ましい。
【0029】
また、中間層薄膜材料は、用いる基材10の耐熱温度以下で、例えば200℃以下の低温で、好ましくは室温(30℃)〜200℃の低温で結晶化するものであることが好ましい。結晶化温度が用いる基材10の耐熱温度を超えると、成膜時に基材が劣化する場合がある。また、結晶化温度が200℃を超えると、耐熱性が低い基材10を使用した場合に、成膜時に基材が劣化する場合がある。
【0030】
中間層12の膜厚は良好な結晶性を得ることができればよく特に制限はない。成膜工程時間等を考慮すれば膜厚は薄い方が好ましいが、良好な結晶性を得るためには10nm〜200nm程度の一定の膜厚が好ましく、10nm〜50nmの範囲がより好ましい。中間層12の膜厚が10nm未満であると、良好な結晶性を得られない場合があり、200nmを超えると成膜時間が長くなり、生産性が低下する場合がある。また、中間層12とTiON膜14との合計の膜厚が100nmを超えると干渉色が発生し、用途によっては適さない場合がある。
【0031】
TiON膜14は、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部が窒素原子で置換されたTi−O−N構造を有している。なお、酸化チタン結晶の格子間に窒素原子がドープされている構造でもよく、両者が混在していてもよいが、酸化チタン結晶中にチタン原子と化学的結合を有する状態でドーピングされた窒素原子を含むことが好適である。また、TiON膜14における各元素の組成比は、例えばTi3167である。従って、TiON膜14は、基本的に酸化チタンの結晶であり、酸化チタン膜中にNが含有された構成となっている。また、酸化チタン結晶の結晶相は、ルチル型でもアナターゼ型でもよく、アナターゼ型とルチル型の混在するものであってもよい。
【0032】
また、窒素の含有率は特に限定はされないが、窒素の含有量X(原子数比%)が0%<X<13%であることが好適である。このような範囲の窒素の含有により、好適な光触媒機能を得ることができる。
【0033】
さらには、窒素が前記のような状態であれば、酸素原子は過剰であっても、不足であってもよい。特に、酸化チタンよりも酸素が少ない状態でかつ窒素が含有された場合においては、より波長の長い可視光域でも光触媒作用を呈する。その組成範囲は、チタン、酸素、窒素の原子数比Y、Z、Xが0.4<Y/(X+Z)<0.6の範囲内にあることが好ましい。
【0034】
また、これを実現するためのTiON膜14の結晶相としては、単結晶、多結晶、あるいはアモルファス+多結晶のいずれでもよい。ただし、単結晶、多結晶の方がアモルファスより光触媒機能が大きい傾向にあるため好ましい。
【0035】
TiON膜14の膜厚は良好な結晶性を得ることができればよく特に制限はない。成膜工程時間等を考慮すれば薄い方が好ましいが、良好な結晶性を得るためには50nm〜200nm程度の膜厚が好ましく、80nm〜200nmの範囲がより好ましい。TiON膜14の膜厚が50nm未満であると、良好な結晶性を得られない場合があり、200nmを超えると成膜時間が長くなり、生産性が低下する場合がある。
【0036】
光触媒体1は、可視光領域においても光触媒機能を発揮する。すなわち、光触媒体1は、紫外光のみならず可視光のみの照射によっても、酸化チタンと同様の光触媒機能を発現し、親水性の向上(水の接触角の減少)や、有機物分解能等が得られる。このため、太陽光の下、さらには蛍光灯の光を受ける室内においても十分な光触媒機能を発揮することができる。また、TiON膜14は、単に可視光を動作光にできるだけでなく、その結果として紫外−可視域にわたる光照射による光触媒機能を著しく向上させることができる。特に、有機物分解機能においては酸化チタン光触媒よりも著しく優れている。また、窒素は、非常に安定安全な物質であり、これを含有させても実際に使用面において、問題が生じることがほとんどない。
【0037】
また、TiON膜14の表面側に酸化チタン膜を有してもよい。この構成により、内部のTiON膜14により可視光を吸収し電子および正孔を発生し、これによって表面の酸化チタン結晶において光触媒作用を発現できる。そこで、従来の酸化チタン光触媒と同様の機能を維持しつつ、可視光を動作光として利用できる。例えば、水の接触角を減少させ、親水性を付与するために、この構成が非常に有利である。
【0038】
上記の通り、本実施形態に係る光触媒体1は、可視光に対しても光触媒活性を有しており、屋内など紫外線が非常に少ない環境下でも触媒活性を発現することができる。そして、耐熱温度が低い基材をも使用することが可能であり、強化ガラス基材や高分子材料基材等上に形成された、紫外光のみならず可視光の照射によっても光触媒活性を発現することができる光触媒膜を有する光触媒体である。
【0039】
<光触媒体の製造方法>
本実施形態に係る光触媒体は、基材上に中間層を形成する中間層形成工程と、中間層上に、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部を窒素原子で置換したTi−O−N構成の光触媒層を形成する光触媒層形成工程とを含む方法により製造することができる。また、必要に応じて、中間層及び光触媒層を形成した基材をさらに加熱して熱処理を行う熱処理工程をさらに含んでもよい。
【0040】
まず前記基材10の表面に中間層12を形成する(中間層形成工程)。中間層12の形成方法としては、例えばスパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法等が挙げられ、基板との密着力等の点からスパッタリング法またはイオンプレーティング法が好ましい。
【0041】
中間層12の成膜温度は、用いる基材10の耐熱温度以下であればよく特に制限はないが、高分子基材、強化ガラス基材等を基材10として用いる場合は、例えば室温(30℃)〜200℃の範囲である。
【0042】
スパッタリング法により中間層12の成膜を行う場合、スパッタリング時の導入ガスは、酸素及び不活性ガスを用いることが好ましい。不活性ガスとしては、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)またはクリプトン(Kr)等の希ガスのいずれか1つまたはこれらの組み合わせを用いることが好ましい。
【0043】
スパッタリングを行う際には、酸素を12体積%以上100体積%以下で導入することが好ましい。このとき、酸素の導入割合に対して相補的に、不活性ガスを0以上88体積%以下で導入することが好ましい。また、スパッタリング時の導入ガスの全圧は、0.5Pa〜2.5Paの範囲とすることが好ましい。
【0044】
スパッタリング、イオンプレーティング時のターゲットには、酸化チタン(TiO)の焼結体、酸化ニッケル(NiO)ペレット、金属チタン(Ti)、イリジウム(Ir)等を用いることができる。
【0045】
次に、中間層12上に、TiON膜14を形成する(光触媒層形成工程)。TiON膜14の形成方法としては、例えばスパッタリング法、イオンプレーティング法等が挙げられ、成膜されたTiON膜14が中間層12薄膜の結晶格子配列に整合するように成長しやすい等の点からスパッタリング法が好ましい。
【0046】
TiON膜14の成膜温度は、用いる基材10の耐熱温度以下であればよく特に制限はないが、例えば室温(30℃)〜500℃の範囲である。本実施形態の方法では、時に低温成膜が可能であり、高分子基材、強化ガラス基材等を基材10として用いる場合は、例えば150℃〜200℃の範囲で成膜可能である。室温成膜直後のTiON膜には過飽和(数%程度)の状態で窒素が含有され、その結晶構造はアモルファス状態である。光触媒活性を発現させるためにはTiON膜の結晶化が必要であるが、中間層12上に成膜することにより、従来形成することが困難であった樹脂等の高分子基材、強化ガラス基材等にも結晶化したTiON膜14を形成することができる。
【0047】
スパッタリング法によりTiON膜14の成膜を行う場合、スパッタリング時の導入ガスは、不活性ガスと窒素との混合ガスを用いることが好ましい。不活性ガスとしては、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)またはクリプトン(Kr)等の希ガスのいずれか1つまたはこれらの組み合わせを用いることが好ましい。
【0048】
スパッタリングを行う際には、窒素を12体積%以上100体積%以下で導入することが好ましい。このとき、窒素の導入割合に対して相補的に、不活性ガスを0以上88体積%以下で導入することが好ましい。また、スパッタリング時の導入ガスの全圧は、0.5Pa〜2.5Paの範囲とすることが好ましく、ガス圧が高いほどTiON膜14の触媒活性、特に紫外光に対する触媒活性が高くなる傾向にあるため好ましい。これは、ガス圧が高くなると、膜が低密度となり、TiON膜がより結晶化しやすくなるためと推定される。
【0049】
スパッタリング時のターゲットには、酸化チタン(TiO)の焼結体等を用いることができる。
【0050】
基材10とTiON膜14との間に、TiON膜14の結晶化によって形成される結晶相と原子配列が同等または近い相を有する中間層12を設けることにより、その中間層12上にスパッタリング法等により成膜されたTiON膜14が中間層12薄膜の結晶格子配列に整合するように成長し、その結果、TiON膜14の結晶化が促進され、低温条件でもTiON膜14の結晶化が可能となるものと考えられる。
【0051】
また、必要に応じて、TiON膜14を加熱して結晶化をさらに進める熱処理を行っても良い(熱処理工程)。熱処理温度としては、例えば200℃〜500℃の範囲であるが、本実施形態の方法では、時に低温での熱処理で十分に結晶化を進行させることができ、熱処理温度は用いる基材10の耐熱温度以下、例えば200℃〜300℃の範囲が好ましい。熱処理温度が低すぎると、結晶化を進行させる効果が低減する場合があり、用いる基材10の耐熱温度を超えると、基材の劣化が起こる場合がある。また、熱処理時間は、熱処理温度にもよるが、1時間〜2時間程度が好ましい。熱処理は、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。このような熱処理を行うことにより、従来形成することが困難であった樹脂等の高分子基材、強化ガラス基材等にも十分に結晶化したTiON膜14を形成することができる。
【0052】
このように、本実施形態に係る光触媒体の製造方法において、基材とTiON膜の中間層として、TiON膜の結晶化によって形成される結晶相と原子配列が同等または近い相を有する膜を設けることにより、TiON膜の結晶化のための熱処理温度を従来よりも大幅に低減することができる。したがって、従来成膜することが困難であった樹脂等の高分子基材、強化ガラス基材等にも可視光応答型光触媒膜を付与することができるようになり、その適用範囲が大幅に拡大する。
【0053】
本実施形態に係る光触媒体は、例えば、大気浄化、脱臭、浄水、抗菌、殺菌、防汚等の用途に用いることができる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
<可視光応答型光触媒体の作製>
(実施例1)
強化ガラス基材(#1737コーニングガラス)の表面に中間層として結晶性の酸化チタン膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+50%O、放電ガス圧は1.0Paの条件で室温(30℃)で成膜した。中間層の膜厚は200nmであった。X線回折装置(理学電機製、RINT1500V)を用いて、CuKα、40kV、350mAで操作し、斜入射法(斜入射角度1°)で測定した。その結果、中間層の酸化チタン膜はアナターゼ型とルチル型の混合層(アナターゼ格子定数a=3.79Å,c=2.51Å、ルチル格子定数a=4.59Å,c=2.96Å)からなることがわかった。
【0056】
中間層を成膜したガラス基材を200℃に加熱して、中間層上にTiON膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+40%N、放電ガス圧は2.0Paの条件で成膜し、光触媒体Aを得た。TiON膜の膜厚は200nmであった。処理条件を表1にまとめた。
【0057】
(実施例2)
実施例1と同様にして、強化ガラス基材上に、中間層及びTiON膜を順次成膜した。その後、TiON膜の結晶化を促進させるためにさらに窒素雰囲気下で300℃、2時間の条件で熱処理を施し、光触媒体Bを得た。
【0058】
(実施例3)
実施例1と同様にして、強化ガラス基材の表面に中間層として結晶性の酸化チタン膜をスパッタリング法で成膜した。中間層の膜厚は200nmであった。X線回折測定を行って確認したところ、中間層の酸化チタン膜はアナターゼ型とルチル型の混合層からなることがわかった。
【0059】
中間層を成膜したガラス基材を200℃に加熱して、中間層上にTiON膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+40%N、放電ガス圧は0.5Paの条件で成膜し、光触媒体Cを得た。TiON膜の膜厚は200nmであった。
【0060】
(実施例4)
実施例3と同様にして、強化ガラス基材上に、中間層及びTiON膜を順次成膜した。その後、TiON膜の結晶化を促進させるためにさらに窒素雰囲気下で300℃、2時間の条件で熱処理を施し、光触媒体Dを得た。
【0061】
(実施例5)
強化ガラス基材の表面に中間層として結晶性の酸化イリジウム膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットは金属Ir、放電ガスは100%O、放電ガス圧は0.5Paの条件で基材を200℃に加熱して成膜した。中間層の膜厚は50nmであった。実施例1と同様にして、X線回折測定を行って確認したところ、結晶性の酸化イリジウムが検出された。酸化イリジウムの格子定数Aはa=4.50Å,c=3.15Å(ルチル型酸化チタンの格子定数Bとの差がBのaは2%以内、cは7%以内)であり、中間層の酸化イリジウム膜はTiON膜におけるルチル型の酸素原子配列と同じ結晶構造を有していることがわかった。
【0062】
中間層を成膜したガラス基材を200℃に加熱して、中間層上にTiON膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+40%N、放電ガス圧は0.5Paの条件で成膜し、光触媒体Eを得た。TiON膜の膜厚は200nmであった。
【0063】
(実施例6)
ガラス基材の表面に中間層として結晶性の酸化ニッケル膜をイオンプレーティング法で成膜した。用いたターゲットはNiOペレット、EB出力は6kV,0.2mA、放電ガスは100%O、放電ガス圧は0.05Paの条件で室温(30℃)で成膜した。中間層の膜厚は100nmであった。実施例1と同様にして、X線回折測定を行って確認したところ、結晶性の酸化ニッケルが検出された。酸化ニッケルの格子定数Aはa=4.20Å(ルチル(101)の格子面間隔と酸化ニッケル(111)の格子面間隔との差が5%以内)であり、中間層の酸化ニッケル膜はTiON膜におけるルチル型の酸素原子配列と類似の結晶構造(NaCl型構造)を有していることがわかった。
【0064】
中間層を成膜したガラス基材を200℃に加熱して、中間層上にTiON膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+40%N、放電ガス圧は0.5Paの条件で成膜し、光触媒体Fを得た。TiON膜の膜厚は200nmであった。
【0065】
(実施例7)
樹脂基材(材質:ポリエチレンテレフタレート)の表面に中間層として結晶性の酸化チタン膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+50%O、放電ガス圧は1.0Paの条件で室温(30℃)で成膜した。中間層の膜厚は200nmであった。実施例1と同様にして、X線回折測定を行って確認したところ、中間層の酸化チタン膜はアナターゼ型とルチル型の混合層からなることがわかった。
【0066】
中間層を成膜した樹脂基材を150℃に加熱して、TiON膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+40%N、放電ガス圧は0.5Paの条件で成膜し、光触媒体Gを得た。TiON膜の膜厚は200nmであった。
【0067】
(比較例1)
強化ガラス基材の表面に中間層を設けずに、直接TiON膜をスパッタリング法で成膜した。用いたターゲットはTiO焼結体、放電ガスはAr+40%N、放電ガス圧は0.5Paの条件で室温(30℃)で成膜した後、TiON膜の結晶化を促進させるためにさらに窒素雰囲気下で300℃、2時間の条件で熱処理を施し、光触媒体Hを得た。TiON膜の膜厚は200nmであった。
【0068】
【表1】

【0069】
<光触媒体の評価>
実施例1〜7で得た光触媒体A〜G及び比較例1で得た光触媒体Hについて、光触媒特性を調べるために光触媒チェッカーを用いて、可視光及び紫外光におけるメチレンブルー分解活性を評価した。評価方法は、60μM(=60μモル/リットル)のメチレンブルー水溶液に、光触媒体A〜Hをそれぞれ浸し、1Wのブラックライト(東芝ライテック社製 FC1V36/100T4)を用いて可視光及び紫外線をそれぞれ20分間照射し、水溶液中のメチレンブルーの分解による濃度減少を吸光度の変化として測定した。ここで、吸光度変化が大きいサンプルほどメチレンブルーの分解活性が高いことを示す。可視光に対するメチレンブルー分解活性の結果を図2に、紫外光に対するメチレンブルー分解活性の結果を図3に示す。
【0070】
(可視光活性)
図2からわかるように、比較例1の光触媒体Hは可視光に対するメチレンブルー分解活性がほとんどないのに対して、実施例1〜7で得た光触媒体A〜Gは、いずれも可視光に対する高いメチレンブルー分解活性を示した。また、300℃の熱処理を施した実施例2,4の光触媒体B,Dはいずれも実施例1,3の光触媒体A,Cに比べてメチレンブルー分解活性が大きく向上した。
【0071】
(紫外光活性)
図3からわかるように、比較例1の光触媒体Hは紫外光に対するメチレンブルー分解活性がほとんどないのに対して、実施例1〜7で得た光触媒体A〜Gは、いずれも紫外光に対する高いメチレンブルー分解活性を示した。時に、実施例1,5の光触媒体A、Eが優れていた。実施例1,3の光触媒体AとCとの比較により、TiON膜成膜時のガス圧が高いほどメチレンブルー分解活性が向上することがわかる。また、300℃の熱処理を施した実施例2,4の光触媒体B,Dはいずれも実施例1,3の光触媒体A,Cに比べてメチレンブルー分解活性が向上した。
【0072】
このように、強化ガラス基材とTiON膜との間に結晶性の中間層を設けることにより、200℃の基材加熱、あるいは200℃の基材加熱及び300℃の熱処理でTiON膜が十分に結晶化し、紫外光だけではなく可視光でも十分なメチレンブルー分解活性を示すことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の実施形態に係る光触媒体の構造の一例の概略を示す断面図である。
【図2】本発明の実施例及び比較例における可視光に対するメチレンブルー分解活性を示す図である。
【図3】本発明の実施例及び比較例における紫外光に対するメチレンブルー分解活性を示す図である。
【符号の説明】
【0074】
1 光触媒体、10 基材、12 中間層、14 TiON膜(光触媒層)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成された、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部を窒素原子で置換したTi−O−N構成の光触媒層と、
を有し、
前記中間層が、前記Ti−O−N構成の光触媒層におけるアナターゼ型またはルチル型の酸素原子配列と同等または類似の結晶構造を有することを特徴とする光触媒体。
【請求項2】
請求項1に記載の光触媒体であって、
前記中間層は金属酸化物を含み、前記金属酸化物の格子定数Aと前記アナターゼ型またはルチル型の格子定数Bとの差が前記格子定数Bの10%以内であることを特徴とする光触媒体。
【請求項3】
請求項2に記載の光触媒体であって、
前記金属酸化物は、アナターゼ型酸化チタン、ルチル型酸化チタン、酸化スズ、酸化イリジウム及び酸化ニッケルから選択される少なくとも1つであることを特徴とする光触媒体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の光触媒体であって、
前記中間層の膜厚は、10nm〜200nmの範囲であることを特徴とする光触媒体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の光触媒体であって、
前記基材は、強化ガラス基材または高分子基材であることを特徴とする光触媒体。
【請求項6】
基材上に中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層上に、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部を窒素原子で置換したTi−O−N構成の光触媒層を形成する光触媒層形成工程と、
を含み、
前記中間層が、前記Ti−O−N構成の光触媒層におけるアナターゼ型またはルチル型の酸素原子配列と同等または類似の結晶構造を有することを特徴とする光触媒体の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の光触媒体の製造方法であって、
前記中間層は金属酸化物を含み、前記金属酸化物の格子定数Aと前記アナターゼ型またはルチル型の格子定数Bとの差が前記格子定数Bの10%以内であることを特徴とする光触媒体の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の光触媒体の製造方法であって、
前記金属酸化物は、アナターゼ型酸化チタン、ルチル型酸化チタン、酸化スズ、酸化イリジウム及び酸化ニッケルから選択される少なくとも1つであることを特徴とする光触媒体の製造方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項に記載の光触媒体の製造方法であって、
前記光触媒層の形成時に前記中間層を形成した基材を150℃〜200℃で加熱することを特徴とする光触媒体の製造方法。
【請求項10】
請求項6〜9のいずれか1項に記載の光触媒体の製造方法であって、
前記中間層及び光触媒層を形成した基材をさらに200℃〜300℃で加熱して熱処理を行う熱処理工程をさらに含むことを特徴とする光触媒体の製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の光触媒体の製造方法であって、
前記中間層をスパッタリング法、真空蒸着法またはイオンプレーティング法により形成することを特徴とする光触媒体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−110320(P2008−110320A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−296331(P2006−296331)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】