説明

円筒形スパッタリングターゲット

【課題】スパッタ中の割れを著しく低減できる円筒形スパッタリングターゲットを提供する。
【解決手段】ITOまたはAZOからなる円筒形ターゲット材1の相対密度が90%以上であり、外周面の研削方向2と円筒軸に平行な直線3とのなす角度(前記角度のうち、0°以上90°以下のものを示すθとする)が、45°<θ≦90°またはtanθ>πR/L(Rは円筒形ターゲット材1の外径、Lは円筒形ターゲット材1の長さ)であり、かつ、前記円筒形ターゲット材1の外周面の表面粗さRaが3μm以下である円筒形スパッタリングターゲット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマグネトロン型回転カソードスパッタリング装置等に用いられる円筒形スパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグネトロン型回転カソードスパッタリング装置は、円筒形スパッタリングターゲットの内側に磁場発生装置を有し、ターゲットの内側から冷却しつつ、ターゲットを回転させながらスパッタを行うものであり、ターゲット材の全面がエロージョンとなり均一に削られるため、従来の平板型マグネトロンスパッタリング装置の使用効率(20〜30%)に比べて格段に高いターゲット使用効率(60%以上)が得られる。さらに、ターゲットを回転させることで、従来の平板型マグネトロンスパッタリング装置に比べて単位面積当り大きなパワーを投入できることから高い成膜速度が得られる(特許文献1参照)。
【0003】
マグネトロン型回転カソードスパッタリング装置に用いられる円筒形ターゲットのターゲット材としては、金属材料が主に使用されている。セラミックス材料としては、例えばITO(Indium Tin Oxide)、AZO(Aluminium Zinc Oxide)等の開発が強く望まれているが、未だ実用化に至っていない。その理由の1つとして、スパッタ中の円筒形ターゲット材と円筒形バッキングチューブとの熱膨張量の違いに起因する円筒形ターゲット材の割れの発生が挙げられる。これはセラミックス材料の熱膨張係数が、一般に円筒形バッキングチューブの材料として使用される金属の熱膨張係数より小さいことに起因する。割れが発生すると、パーティクルが発生し膜質に悪影響を与えたり、成膜を中止せざるを得なくなったりすることがある。
【0004】
熱膨張量の違いに起因する割れとターゲット材の研削方向との関係に関しては、平板状ターゲットについては特許文献2に記載の技術が知られている。特許文献2には、平板状ターゲット材の長手方向(即ち平板状ターゲット材と平板状基材の膨張量の差が大きくなる方向)と平行な方向に研削することにより、割れを防止できると記載されている。
【0005】
【特許文献1】特表昭58−500174号公報
【特許文献2】特許第3628554号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、スパッタ中の割れを著しく低減できる円筒形スパッタリングターゲットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、以下のことを見出した。即ち、円筒形ターゲット材が受ける熱膨張量の違いに起因する応力としては、ターゲット材とバッキングチューブの膨張量の差が大きくなる円筒軸に平行な方向の応力と、円筒軸に垂直な方向の応力との2種類がある。例えば、外径150mm、長さ2.5mの円筒形ITOターゲット材をSUS304製の円筒形バッキングチューブに接合した場合、使用時の円筒形ターゲット材と円筒形バッキングチューブとの膨張量を比較すると、円筒軸に平行な方向の膨張量は円筒軸に垂直な方向の膨張量よりも約17倍大きい。しかしながら、円筒軸に平行な方向の応力よりも、円筒軸に垂直な方向の応力の方が、割れの発生に大きく影響していることを本発明者らは見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、セラミックス材料からなる円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ(前記角度のうち、0°以上90°以下のものをθとする)が、45°<θ≦90°であり、かつ、前記円筒形ターゲット材の外周面の表面粗さRaが3μm以下であることを特徴とする、円筒形スパッタリングターゲットである。
【0009】
また本発明は、セラミックス材料からなる円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ(前記角度のうち、0°以上90°以下のものをθとする)が、tanθ>πR/L(Rは円筒形ターゲット材の外径、Lは円筒形ターゲット材の長さ)であり、かつ、前記円筒形ターゲット材の外周面の表面粗さRaが3μm以下であることを特徴とする、円筒形スパッタリングターゲットである。以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明の円筒形スパッタリングターゲットに用いられる円筒形ターゲット材としては、種々のセラミックス材料が使用可能であるが、例えば、In、Sn、Zn、Al、Ta、Nb、Tiの少なくとも1種を主成分とする酸化物等が挙げられ、より具体的には、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)、AZO(Aluminium Zinc Oxide)、IZO(Indium Zinc Oxide)、Ta、Nb、TiO等が挙げられ、中でもITOまたはAZOが好ましい。
【0011】
円筒形ターゲット材の素材は、焼結法、HIP法、溶射法等の公知のセラミックス作製技術で準備できる。一般にこれらの製法では製品の寸法を厳密に制御することは困難であるため、製造後に外周面、内周面等の研削をする必要がある。本発明において、研削とは研磨の意味をも包含する。本発明において外周面の研削には、旋盤、円筒研削機、マシニングセンター、コアドリル、サンドペーパー等の公知の研削技術を用いることができる。例えば旋盤を用いる場合、円筒形ターゲット材の回転速度と研削工具の送り速度を変化させることにより、研削方向を変化させることができ、それにより本発明において規定した範囲内の研削方向にすることができる。他の研削技術を用いる場合も、前記のような研削方法を適宜用いればよい。
【0012】
本発明において、研削方向とは研削時の研削工具の刃先の移動方向であり、具体的には、例えば、円筒形ターゲット材表面に形成された筋状の研削痕の方向である。
【0013】
本願第一の発明では、図1に示すように、セラミックス材料からなる円筒形ターゲット材(1)の外周面の研削方向(2)と円筒軸に平行な直線(3)とのなす角度θ(前記角度のうち、0°以上90°以下のものをθとする)が、45°<θ≦90°となるように研削することが必要である。円筒軸に垂直な方向の応力による割れは、円筒形ターゲット材の外周面の研削方向を円筒軸に垂直な方向に近づけることで著しく低減することができるからである。好ましくは85°≦θ≦90°であり、更に好ましくは89°≦θ≦90°である。更に円筒形ターゲット材の外周面の表面粗さRaを3μm以下とすることで、研削方向を上記としたことにより相対的に大きくなった円筒軸に平行な方向の応力に対する割れ易さを補完し、総合的にも割れを著しく低減することができる。
【0014】
また本願第二の発明では、図2に示すように、セラミックス材料からなる円筒形ターゲット材(4)の外周面の研削方向(5)と円筒軸に平行な直線(6)とのなす角度θ(前記角度のうち、0°以上90°以下のものをθとする)が、tanθ>πR/L(Rは円筒形ターゲット材の外径(7)、Lは円筒形ターゲット材の長さ(8))となるように研削することが必要である。円筒軸に垂直な方向の応力による割れは、このような条件を満たすことで著しく低減することができるからである。研削方向をこのようにすることにより、円筒形ターゲット材の一方の端から始まった研削痕は、円筒形ターゲット上を360°周回してももう一方の端に到達せず、その結果、割れを低減することができる。更に円筒形ターゲット材の表面粗さRaを3μm以下とすることで、研削方向を上記としたことにより相対的に大きくなった円筒軸に平行な方向の応力に対する割れ易さを補完し、総合的にも割れを著しく低減できる。
【0015】
本願第一の発明および第二の発明ともに、外周面の表面粗さRaは3μm以下である場合に、割れ低減効果が認められるが、好ましくは1μm以下であり、更に好ましくは0.5μm以下である。なお本発明において、表面粗さRaの測定は円筒軸に平行な方向で実施する。その他の条件等については、表面粗さRaの測定はJISB0601に準拠する。
【0016】
また本発明において、円筒形ターゲット材の外周面の研削は複数回実施してもよいが、その場合、円筒形ターゲット材の外周面に最終的に研削痕が残るときの研削方向が本発明の研削方向となるようにすることが必要である。
【0017】
円筒形ターゲット材がITOまたはAZOである場合、円筒形ターゲット材の相対密度が高いほど割れ低減効果が認められる。好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、とりわけ好ましくは99%以上である。本発明において、相対密度は、ターゲット材料の理論密度とアルキメデス法を用いて測定した密度とから算出することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、スパッタ中の割れを著しく低減できる円筒形スパッタリングターゲットを提供することができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明の実施例をもって説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0020】
(実施例1)
外径152mmφ、内径128mmφ、長さ202mm、アルキメデス法での測定による相対密度が99.5%の円筒形ITOターゲット材1個と、外径128mmφ、内径122mmφ、長さ400mmのSUS304製円筒形バッキングチューブ1個を用意した。円筒形ITOターゲット材は外径150mmφ、内径130mmφ、長さ200mmとなるように加工し、その際外周面に関しては、最終的に円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と、円筒軸に平行な直線とのなす角度θ、θが89°(tanθ=57.3>πR/L=2.4)となるように、円筒形ターゲット材の回転速度と研削工具の送り速度を調整し、旋盤で研削した。研削後の表面粗さRaは1.2μmであった。この円筒形ITOターゲット材を円筒形バッキングチューブにインジウム半田を用いて接合し、円筒形ITOスパッタリングターゲットを得た。
【0021】
この円筒形ITOスパッタリングターゲットを、回転数6rpm、スパッタリング圧力0.4Pa、パワー密度2.0W/cmの条件で放電評価を実施した。放電開始5時間後、放電を停止し、円筒形ITOスパッタリングターゲットの状況を確認したところ、割れは認められなかった。
【0022】
(実施例2)
円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ、θが90°(tanθ=∞>πR/L=2.4)となるように旋盤で研削し、更に外周面をサンドペーパー(#800)でθが90°となるように研削を施した以外は実施例1と同様にして、円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。この表面粗さRaは0.1μmであった。この円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電評価を実施例1と同様に行った結果、割れは認められなかった。
【0023】
(実施例3)
円筒形ターゲット材の相対密度が90.2%であること以外は実施例2と同様にし、円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。この表面粗さRaは0.7μmであった。この円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電評価を実施例1と同様に行った結果、割れは認められなかった。
【0024】
(実施例4)
相対密度が99.2%の円筒形AZOターゲット材を用いたこと以外は実施例1と同様にして、円筒形AZOスパッタリングターゲットを作製した。この表面粗さRaは1.3μmであった。この円筒形AZOスパッタリングターゲットの放電評価を実施例1と同様に行った結果、割れは認められなかった。
【0025】
(比較例1)
円筒形ITOターゲット材の外周面を、円筒軸に平行な方向に研削して、即ち円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ、θが0°(tanθ=0<πR/L=2.4)となるようにマシニングセンターを用いて研削したこと以外は実施例1と同様にして、円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。この円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電評価を実施例1と同様に行った結果、割れが発生した。
【0026】
(比較例2)
サンドペーパーを#60とすること以外は実施例2と同様にして円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。表面粗さRaは3.1μmであった。この円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電評価を実施例1と同様に行った結果、割れが発生した。
【0027】
(比較例3)
円筒形ITOターゲット材の外周面を、円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ、θが90°(tanθ=∞>πR/L=2.4)となるように円筒研削盤を用いて研削し、その後、円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ、θが0°(tanθ=0<πR/L=2.4)となるようにマシニングセンターを用いて研削したこと以外は実施例1と同様にして、円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。このとき最終的に残った研削痕は、円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ、θが0°(tanθ=0<πR/L=2.4)のもののみであった。この円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電評価を実施例1と同様に行った結果、割れが発生した。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本願第一の発明による研削方向を示す図である。
【図2】本願第二の発明による研削方向を示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1.円筒形ターゲット材
2.研削方向
3.円筒軸に平行な直線
4.円筒形ターゲット材
5.研削方向
6.円筒軸に平行な直線
7.円筒形ターゲット材の外径R
8.円筒形ターゲット材の長さL

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス材料からなる円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ(前記角度のうち、0°以上90°以下のものをθとする)が、45°<θ≦90°であり、かつ、前記円筒形ターゲット材の外周面の表面粗さRaが3μm以下であることを特徴とする、円筒形スパッタリングターゲット。
【請求項2】
セラミックス材料からなる円筒形ターゲット材の外周面の研削方向と円筒軸に平行な直線とのなす角度θ(前記角度のうち、0°以上90°以下のものをθとする)が、tanθ>πR/L(Rは円筒形ターゲット材の外径、Lは円筒形ターゲット材の長さ)であり、かつ、前記円筒形ターゲット材の外周面の表面粗さRaが3μm以下であることを特徴とする、円筒形スパッタリングターゲット。
【請求項3】
円筒形ターゲット材がITOまたはAZOからなることを特徴とする、請求項1又は2に記載の円筒形スパッタリングターゲット。
【請求項4】
ITOまたはAZOからなる円筒形ターゲット材の相対密度が90%以上であることを特徴とする、請求項3に記載の円筒形スパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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