説明

冷凍パン生地及びこれを用いたパン

【課題】生地調製時に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散できて食品工業的な生産に好適であり、しかも、冷凍生地であるにもかかわらず、焼成したとき充分に膨らんだパンを得ることができる冷凍パン生地及びこれを用いたパンを提供する。
【解決手段】植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を配合してなる冷凍パン生地及びこれを用いたパン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物ステロール類を用いた冷凍パン生地、並びに当該冷凍パン生地を用いたパンに関する。詳しくは、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を配合することにより、生地調製時に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散できて食品工業的な生産に好適であり、しかも、冷凍生地であるにもかかわらず、焼成したとき充分に膨らんだパンを得ることができる冷凍パン生地及びこれを用いたパンに関する発明である。
【背景技術】
【0002】
近年、消費者のグルメ嗜好の高まりとともに、焼きたてのパンが販売されるようになってきた。しかし、焼きたてパンを販売するには早朝に生地を仕込んでから発酵・焼成する必要があり、非常に手間がかかっていた。そこで、パンを製造販売する上で生地を冷凍保存し、販売前に解凍、焼成を行い、焼き立てパンを消費者に提供する、いわゆるベイクオフ・ベーカリーがカフェやレストランを中心に展開されている。
【0003】
これらに利用される冷凍生地としては、冷凍段階に応じて、成形前に冷凍した「冷凍玉生地」、成形してから冷凍した「冷凍成形生地」、更に、成形後最終発酵してから冷凍した「ホイロ後冷凍生地」があり、一般的には、冷凍玉生地や冷凍成形生地が用いられている。
【0004】
しかしながら、パン生地は、冷凍すると、酵母が冷凍障害を受けたり、グルテン膜が破壊されてしまったりと、パン生地がダメージを受けてしまうことがあり、これにより、解凍後に焼成したパンが充分に膨らまなくなる等の問題があった。
【0005】
従来、上述の問題点を解決する技術としては、例えば、アルファ化澱粉と糖アルコールを含有する冷凍パン生地(特許文献1:特開2002−186408号公報)、麦麹とアスコルビン酸とセルラーゼ等からなるパン生地改良剤(特許文献2:特開2004−113051号公報)、及び、ペクチンを0.4〜5%添加する冷凍ピザ生地(特許文献3:特開2003−274844号公報)が提案されている。
【0006】
冷凍パン生地を使用したパンが膨らみ難いという問題点を解決する方法は、上記のような様々な方法があるが、これらはいずれも生理活性物質を使用するものではない。生理活性物質で同様の効果を奏することができるならば、得られたパンは、当該生理活性物質の生理活性機能を併せ持つことが期待され、一石二鳥である。
【0007】
そこで、本発明者は、血中の総コレステロール濃度及び低密度リポ蛋白質−コレステロール濃度を低下させる機能を有することが知られている植物ステロール及び植物スタノール等の植物ステロール類に着目し検討を行った。まず、本発明者は、植物ステロールのみを添加してパン生地を調製することを試みた。しかしながら、食品加工原料として市販されている粉体又はフレーク状の植物ステロールは、小麦粉等と混合して生地を調製する際にダマになり易く均一な分散が困難であったことから、攪拌混合装置等を用いて食品工業的に安定して製造することは難しかった。
【0008】
植物ステロールをパンに添加することに関しては、特許文献4(特開2003−259794号公報)に、小麦粉に対する植物ステロールの含有割合を特定量とし、小麦粉の存在下で加熱処理を施して遊離型植物ステロールを減少させるようにすることにより、添加した植物ステロールに由来する食感の悪変化が防止された加工食品、具体的には、ザラザラ感のないパン、スポンジケーキまたは揚げ麺等が得られると記載されている。また、特許文献5(特開2002−84962号公報)には、乳化剤として植物ステロール及びレシチンを併用することにより、ソフトで軽い食感のベーカリー製品が得られると記載されている。しかしながら、これらの特許文献においては、冷凍パン生地に植物ステロールを配合することや、その際に、充分に膨らんだパンを得ることができるという効果については、何ら記載も示唆もされていない。
【0009】
【特許文献1】特開2002−186408号公報
【特許文献2】特開2004−113051号公報
【特許文献3】特開2003−274844
【特許文献4】特開2003−259794号公報
【特許文献5】特開2002−84962号公報
【特許文献6】WO2005/041692
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明の目的は、生地調製時に植物ステロール類を容易に分散できて食品工業的な生産に好適であり、しかも、冷凍生地であるにもかかわらず、焼成したとき充分に膨らんだパンを得ることができる冷凍パン生地及びこれを用いたパンを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、この目的を達成するため、鋭意研究を行った結果、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を配合するならば、意外にも、生地中に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散することができて食品工業的な生産に好適であり、しかも、前記複合体を配合した本発明の冷凍パン生地は、冷凍生地であるにもかかわらず、焼成したとき充分に膨らんだパンを得られることを見出し、遂に、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、
(1)植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を配合してなる冷凍パン生地、
(2)前記複合体の植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対して植物ステロール類5〜232部である(1)の冷凍パン生地、
(3)前記複合体を穀粉に対して0.05〜10%配合してなる(1)又は(2)の冷凍パン生地
(4)(1)乃至(3)のいずれかの冷凍パン生地を焼成してなるパン、
である。
【0013】
なお、本出願人は、既に前記植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を出願している(特許文献6:WO2005/041692)。しかしながら、当該出願には、前記複合体を冷凍パン生地に配合することは一切検討されていない。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、生地調製時に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散できて食品工業的な生産に好適であり、しかも、冷凍生地であるにもかかわらず、焼成したとき充分に膨らんだパンを得ることができる冷凍パン生地、及びこれを用いたパンを提供できる。したがって、冷凍パン生地市場の更なる拡大が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、本発明において「%」は「質量%」を、「部」は「質量部」をそれぞれ意味する。
【0016】
本発明の冷凍パン生地は、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体が配合されていることを特徴とし、これにより、生地調製時に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散でき食品工業的な生産に好適であり、しかも、冷凍生地であるにもかかわらず、焼成したとき充分に膨らんだパンを得ることができるという効果を奏する。ここで、本発明の冷凍パン生地としては、薄力粉、中力粉、強力粉等の小麦粉、ライ麦粉、米粉等の穀粉を主原料とし、これに水と酵母等の膨化源を添加して混捏した後発酵したパン生地を冷凍したものであり、成形前に冷凍した「冷凍玉生地」、成形してから冷凍した「冷凍成形生地」、成形後最終発酵してから冷凍した「ホイロ後冷凍生地」等のいずれの段階で冷凍したものも含まれる。また、本発明の冷凍パン生地を用いたパンとしては、具体的には、例えば、食パン、クロワッサン、テーブルロール、バターロール、コッペパン、フランスパン、バンズ、デニッシュペストリー、ピザ、ベーグル等が挙げられる。
【0017】
本発明の卵黄リポ蛋白質は、卵黄蛋白質と、親水部分及び疎水部分を有するリン脂質、並びにトリアシルグリセロール、コレステロール等の中性脂質とからなる複合体である。当該複合体は、蛋白質やリン脂質の親水部分を外側にし、疎水部分を内側にして、中性脂質を包んだ構造をしている。卵黄リポ蛋白質は、卵黄の主成分であって、卵黄固形分中の約80%を占める。したがって、本発明の卵黄リポ蛋白質としては、当該成分を主成分とした卵黄を用いるとよく、食用として一般的に用いている卵黄であれば特に限定するものではない。例えば、鶏卵を割卵し卵白液と分離して得られた生卵黄をはじめ、当該生卵黄に殺菌処理、冷凍処理、スプレードライ又はフリーズドライ等の乾燥処理、ホスフォリパーゼA、ホスフォリパーゼA、ホスフォリパーゼC、ホスフォリパーゼD又はプロテアーゼ等による酵素処理、酵母又はグルコースオキシダーゼ等による脱糖処理、超臨界二酸化炭素処理等の脱コレステロール処理、食塩又は糖類等の混合処理等の1種又は2種以上の処理を施したもの等が挙げられる。また、本発明では、鶏卵を割卵して得られる全卵、あるいは卵黄と卵白とを任意の割合で混合したもの、あるいはこれらに上記処理を施したもの等を用いてもよい。
【0018】
一方、本発明の植物ステロール類とは、コレステロール又は当該飽和型であるコレスタノールに類似した構造をもつ植物の脂溶性画分より得られる植物ステロール又は植物スタノール、あるいはこれらの構成成分のことであり、植物ステロール類は、植物の脂溶性画分に合計で数%存在する。また、市販の植物ステロール又は植物スタノールは、融点が約140℃前後で、常温で固体であり、これらの主な構成成分としては、例えば、β−シトステロール、β−シトスタノール、スチグマステロール、スチグマスタノール、カンペステロール、カンペスタノール、ブラシカステロール、ブラシカスタノール等が挙げられる。また、植物スタノールについては、天然物の他、植物ステロールを水素添加により飽和させたものも使用することができる。なお、本発明において植物ステロール類は、いわゆる遊離体を主成分とするが、若干量のエステル体を含有していてもよい。
【0019】
本発明に用いる植物ステロール類は、市販されている粉体あるいはフレーク状のものを用いることができるが、平均粒子径が50μm以下、特に10μm以下の粉体を使用することが好ましい。平均粒子径が50μmを超える粉体あるいはフレーク状の植物ステロール類を用いる場合には、卵黄と攪拌混合して複合体を製造する際に、均質機(T.K.マイコロイダー:プライミクス社製等)を用いて植物ステロール類の粒子を小さくしつつ攪拌混合を行うことが好ましい。これにより、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体が形成され易くなり、また、当該複合体を配合したときにパンの食感に影響を与え難くすることができる。
【0020】
本発明の冷凍パン生地に配合するための植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体は、上述した植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質を主成分とする卵黄とを、好ましくは10μm以下の粉体状の植物ステロール類と卵黄を水系中で攪拌混合することにより得られる。具体的には、工業的規模での攪拌混合し易さを考慮し、卵黄リポ蛋白質として、卵黄を水系媒体で適宜希釈した卵黄希釈液を使用し、当該卵黄希釈液と植物ステロール類とを攪拌混合して製造することが好ましい。前記水系媒体としては、水分が90%以上のものが好ましく、例えば、清水の他に卵白液等が挙げられる。また、前記卵黄希釈液の濃度としては、その後、添加する植物ステロール類の配合量にもよるが、卵黄固形分として0.01〜50%の濃度が好ましく、攪拌混合時の温度は、常温(20℃)でもよいが、45〜55℃に加温しておくと複合体と攪拌混合し易く好ましい。攪拌混合は、例えば、ホモミキサー、コロイドミル、高圧ホモゲナイザー、T.K.マイコロイダー(プライミクス社製)等の均質機を用いて、全体が均一になるまで行うとよい。また、上述の方法で得られたものは、複合体が水系媒体に分散したものであるが、水系媒体に分散させた複合体では、冷凍パン生地への複合体の配合量が制限される場合があることから、噴霧乾燥、凍結乾燥等の乾燥処理を施して乾燥複合体を用いることが好ましい。なお、本発明の効果を損なわない範囲で、複合体に他の原料を配合してもよい。
【0021】
本発明で用いる植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体は、当該原料である植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との構成比が、卵黄リポ蛋白質1部に対して植物ステロール類5〜232部であることが好ましく、当該構成比は、卵黄固形分中に卵黄リポ蛋白質は約8割存在するから、卵黄固形分1部に対して植物ステロール類4〜185部に相当する。後述で示すとおり水分散性を有する複合体は、卵黄リポ蛋白質1部に対して植物ステロール類が前記範囲で形成しているところ、植物ステロール類が前記範囲より少ないと複合体を形成できなかった卵黄リポ蛋白質が残存し、パンの風味が卵黄風味により損なわれてしまう場合があり、一方、前記範囲より多いと植物ステロール類が水分散性を有する複合体を形成し難くなるためか、本発明の生地調製時に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散できる効果を奏し難く好ましくない。
【0022】
本発明の冷凍パン生地に用いる植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体の配合量は、穀粉に対して0.05〜10%が好ましく、0.2〜8%がより好ましい。複合体の配合量が前記範囲より少ないと、焼成したとき充分に膨らんだパンを得られ難くなり好ましくなく、一方、前記範囲より多いと、パン全体が粉っぽくなる傾向があり好ましくない。
【0023】
本発明の冷凍パン生地は、小麦粉等の穀粉、水、酵母等の膨化源及び前記複合体以外の原料を本発明の効果を損なわない範囲で配合してもよい。このような原料としては、例えば、クルミ、アーモンド、ゴマ等のナッツ類、レーズン、アンズ、ブルーベリー、クランベリー等の果実類、人参、トマト、ホウレンソウ等の野菜類、粉乳、生乳、練乳、チーズ、生クリーム、ヨーグルト等の乳製品、乾燥卵白、乾燥全卵等の卵類、ショ糖、ブドウ糖、麦芽糖、デキストリン、糖アルコール等の糖類、カカオマス、カカオバター等のカカオ類、菜種油、卵黄油、ショートニング、バター、マーガリン、ラード等の油脂類、蔗糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン等の乳化材、乳酸カルシウム、炭酸カルシウム、ヘム鉄、亜鉛、銅、等のミネラル類、イーストフード、食塩、胡椒等が挙げられる。
【0024】
本発明の冷凍パン生地は、上述の植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を配合する他は、従来の冷凍パン生地の一般的な製造方法に準じて製造することができる。すなわち、まず、公知の直捏法(ストレート法)や中種法等に準じて複合体を配合したパン生地を調製する。ここで、配合原料を混合する際に、本発明においては、複合体を用いることから、本発明の複合体として上述の乾燥複合体を用いても、複合体の調製過程で発生する水系媒体に分散した複合体を用いても、あるいは上述の乾燥複合体を水系媒体と混合したものを用いても、攪拌混合機等の食品加工装置により植物ステロール類がダマにならずに容易に分散混合できる。次に、得られたパン生地を冷凍する。冷凍時期は特に問うものではなく、「冷凍生地」、「冷凍成形生地」、「ホイロ後冷凍生地」等のいずれの段階で冷凍してもよい。また、冷凍方法は特に問うものではなく一般的な冷凍方法であればよいが、好適には、エアーブラストフリーザーを用いて急速冷凍が望ましい。
【0025】
以上のようにして製造した本発明の冷凍パン生地は、生地調製時に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散できて食品工業的に好適であり、しかも、冷凍生地であるにもかかわらず、充分に膨らんだパンを得ることができるものとなる。このような効果が得られる理由は定かではないが、以下のように推察される。まず、植物ステロール類は、水への分散処理を施しても、その後、水面に浮いてしまう性質を有するが、本発明で用いる複合体は後述に示すとおり水に分散する性質を有するため、複合体は両親媒性を有する卵黄リポ蛋白質が当該疎水部分を疎水物である植物ステロール類の表面側に、親水部分を外側に向けて植物ステロール類の表面に付着した状態であると推察される。このような状態の複合体は、互いに固結することなく、むしろ小麦粉等と親和性を示し、その結果、生地調製時に植物ステロール類がダマにならずに容易に分散するとともに、生地中のグルテン膜の中に入り込んでその膜の構造を強化して冷凍による破壊を受け難くして、その結果、焼成したときに充分に膨らんだパンを得ることができるのではないかと推察される。
【0026】
以下、本発明で用いる植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体及びこれを配合してなる冷凍パン生地について、実施例等に基づき具体的に説明する。なお、本発明は、これらに限定するものではない。
【実施例】
【0027】
[調製例1]:複合体の構成成分の解析及び複合体の植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との構成比
まず、卵黄液5g(卵黄固形分2.5g、卵黄固形分中の卵黄リポ蛋白質約2g)に清水95gを加え、攪拌機(日音医理科器機製作所社製、ヒスコトロン)で2000rpmで1分間攪拌して卵黄希釈液を調製した。次に5000rpmで攪拌しながら植物ステロール(遊離体97.8%、エステル体2.2%、平均粒子径約3μm)2.5gを添加し、さらに10000rpmで5分間攪拌し、植物ステロールと卵黄リポ蛋白質とから形成された複合体の分散液を得た(調製例1−1)。
【0028】
得られた分散液1gを取り、0.9%食塩水4gを加え、真空乾燥機(東京理科器械社製、VOS−450D)で真空度を10mmHgにして1分間脱気し、遠心分離器(国産遠心分離器社製、モデルH−108ND)で3000rpmで15分間遠心分離を行い、沈澱と上澄みとを分離した。この上澄みを0.45μmのフィルターで濾過し、さらに0.2μmのフィルターで濾過し、複合体と、複合体を形成していない植物ステロールとを除去した。
【0029】
この濾液の吸光度(O.D.)を、分光光度計(日立製作所製、U−2010)を用いて、0.9%食塩水を対照とし、280nm(蛋白質中の芳香環をもつアミノ酸の吸収)で測定し、濾液中の蛋白質の量を測定した。
【0030】
植物ステロールの添加量を表1のように変え、同様に吸光度を測定した(調製例1−2〜調製例1−8)。この結果を表1に示す。
【0031】
また、調製例1−1の濾液と、調製例1−6の濾液については、更に440nmの吸光度を測定した。ここで、440nmは、卵黄リポ蛋白質中に含まれる油溶性の色素(カロチン)の吸収波長である。この結果を表2に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
複合体の構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対し植物ステロールが5部以下であると、表1より、植物ステロールの割合が増えるに伴い、濾液中の蛋白質あるいはアミノ酸の含量の指標となる280nmの吸光度が小さくなっており、蛋白質あるいはアミノ酸の含量が減少することが分かる。また、表2より、濾液中の油脂含量の指標となる440nmの吸光度において、調製例1−1の濾液は調製例1−6に比べ吸光度が優位に高く、油脂含量が明らかに多いことが分かる。一方、複合体の構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対し植物ステロールが5部以上であると、表1より、濾液中の蛋白質あるいはアミノ酸の含量の指標となる280nmの吸光度は略一定を示し、表2より、濾液中の油脂含量の指標となる440nmの吸光度において、調製例1−6の濾液は調製例1−1に比べ吸光度が優位に低く、油脂含量が明らかに少ないことが分かる。
【0035】
以上の結果より、複合体の構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対し植物ステロールが5部以上であるものの分散液には、複合体以外に、卵黄リポ蛋白質でない遊離の蛋白質あるいはアミノ酸が存在し、一方、複合体の構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対し植物ステロールが5部より少ないものの分散液には、前記遊離の蛋白質あるいはアミノ酸に加え、複合体を形成しなかった卵黄リポ蛋白質が存在しているものと推察される。したがって、卵黄リポ蛋白質1部を余すことなく複合体の形成に使用するためには、植物ステロール類が5部以上必要であることが分かる。
【0036】
[調製例2]:複合体の植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との構成比
鶏卵を工業的に割卵して得られた卵黄液(固形分45%)と清水の量と植物ステロールの量を表3の通りに変更して、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質の複合体の分散液を調製し、この分散液の分散性から、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との好ましい構成比を検討した。
【0037】
すなわち、鶏卵を割卵して取り出した卵黄液(固形分45%)に清水を加え、攪拌機(日音医理科器機製作所社製、ヒスコトロン)で2000rpm、1分間攪拌して卵黄希釈液を調製した後、45℃に加温し、次に5000rpmで攪拌しながら植物ステロール(調製例1と同じもの)を除々に添加し、添加し終えたところで、さらに10000rpmで攪拌して植物ステロールと卵黄リポ蛋白質の複合体の分散液を得た。
【0038】
また、分散液の分散性に関しては、植物ステロールと卵黄リポ蛋白質の複合体の分散液0.5gを試験管(内径1.6cm、高さ17.5cm)にとり、0.9%食塩水10mLで希釈し、試験管ミキサー(IWAKI GLASS MODEL−TM−151)で10秒間撹拌することにより振盪し、その後1時間室温で静置し、さらに真空乾燥機(東京理化器械社製、VOS−450D)に入れ、真空度を10mmHg以下にして室温(20℃)で脱気を行い、脱気後に浮上物が見られない場合を○、浮上物が見られた場合を×と判定した。これらの結果を表3に示す。
【0039】
なお、植物ステロールを加熱溶解し、冷却し、比重の異なるエタノール液に浸けて浮き沈みによりその比重を求めたところ、0.98であったことから、上述の分散性の試験での浮上物は植物ステロールであると考えられる。
【0040】
【表3】

【0041】
表3より、複合体の構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対し植物ステロールが232部以下であると、複合体に良好な水分散性を付与できることが分かる。
【0042】
調製例1及び調製例2の結果より、複合体が良好な水分散性を有し、しかも卵黄リポ蛋白質1部を余すことなく複合体の形成に使用するためには、複合体の構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対して植物ステロール類5〜232部の範囲であることが分かる。
【0043】
[調製例3]
清水17.5kgに殺菌卵黄(固形分45%、キユーピー(株)製)0.5kgを加え、攪拌機(日音医理科器機製作所社製、ヒスコトロン)で2000rpm、1分間攪拌して卵黄希釈液を調製した後、50℃に加温し、次に5000rpmで攪拌及び真空度350mmHgで脱気しながら植物ステロール(調製例1と同じもの)2kgを除々に添加し、添加し終えたところで、さらに同回転数で30分間攪拌して植物ステロールと卵黄リポ蛋白質の複合体の分散液を得た。得られた複合体の分散液を噴霧乾燥機を用いて、送風温度170℃、排風温度70〜75℃の条件で乾燥し、乾燥複合体(殺菌卵黄使用)を得た。なお、複合体の構成比は、卵黄固形分1部に対し植物ステロール8.9部であり、卵黄リポ蛋白質1部に対し植物ステロール11.1部であった。
【0044】
[実施例1]食パン
下記の配合の冷凍パン生地を調製した。つまり、攪拌機(関東混合機工業社製、CS-20)に、上白糖、食塩、清水、水で溶いた生イーストを投入し低速で攪拌しながら、小麦粉、イーストフード及び調製例3で得られた乾燥複合体を投入し、低速で4分、中高速で3分、高速で1分混捏した。次いで、ショートニング投入して、低速1分、中高速2分、高速1分混捏し、生地を得た。この際、乾燥複合体はダマにならずに容易に分散することができた。得られた生地を28℃、湿度85%で80分間一次発酵を行い、ガス抜きをして、28℃、湿度85%で30分間二次発酵を行った。発酵生地を200gずつ丸目を行い、ベンチタイム30分とった後、−1℃/分でパンの中心品温が−15℃となるように冷凍をおこない、冷凍パン生地(冷凍玉生地)を製し、得られた冷凍パン生地を−20℃で一週間保管した。なお、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体の配合量は、穀粉に対して乾物換算で2%であった。
【0045】
保管した冷凍パン生地を20℃で30分間、生地が柔らかくなるまで解凍し、成形し、プルマン型に詰めた(4個詰め、2斤型)。次いで、38℃湿度85%で40分間型の75%程度の大きさになるようにホイロを行い、生地をオーブンに入れ、200℃で30分間焼成し、室温にてあら熱をとり、型からはずし、食パン2斤を得た。
【0046】
<食パンの配合>
小麦粉 2000g
生イースト 40g
イーストフード 2g
上白糖 100g
食塩 40g
ショートニング 80g
清水 1400g
乾燥複合体(調製例3) 40g
【0047】
[実施例2]テーブルロール
下記配合の冷凍パン生地を調製した。つまり、攪拌機(関東混合機工業社製、CS-20)に、上白糖、食塩、清水、全粉乳、全卵、水で溶いた生イーストを投入し低速で攪拌しながら、小麦粉、イーストフード及び調製例3で得られた乾燥複合体を投入し、低速で4分、中高速で3分、高速で1分混捏した。次いで、ショートニング投入して、低速2分、中高速3分、高速1分混捏し、生地を得た。この際、乾燥複合体はダマにならずに容易に分散することができた。得られた生地を28℃、湿度85%で80分間一次発酵を行い、ガス抜きをして、28℃、湿度85%で20分間二次発酵を行った。発酵生地を50gずつ丸目を行い、ベンチタイム30分とった後、−1℃/分でパンの中心品温が−15℃となるように冷凍をおこない、冷凍パン生地(冷凍玉生地)を製し、得られた冷凍パン生地を−20℃で一週間保管した。なお、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体の配合量は、穀粉に対して乾物換算で1%であった。
【0048】
得られた冷凍パン生地を10℃で60分間、生地が柔らかくなるまで解凍し、涙型に伸ばして、太いほうから細いほうへ巻き取って成形し、次いで、38℃湿度85%で40分ホイロを行った後、オーブンに入れ、200℃10分間焼成して、室温にてあら熱をとり、テーブルロールを得た。
【0049】
<テーブルロールの配合>
小麦粉 2000g
生イースト 60g
イーストフード 2g
上白糖 160g
食塩 40g
ショートニング 260g
全粉乳 60g
全卵 160g
清水 1200g
乾燥複合体(調製例3) 20g
【0050】
[実施例3]クロワッサン
下記の配合の冷凍パン生地を調製した。つまり、攪拌機(関東混合機工業社製、CS-20)に、上白糖、食塩、全卵、全粉乳、清水、水で溶いた生イーストを投入し低速で攪拌しながら、小麦粉、イーストフード及び調製例3で得られた乾燥複合体を投入し、低速で2分、高速で3分混捏した。次いで、マーガリンを投入して、低速1分、高速6分混捏し、生地を得た。この際、乾燥複合体はダマにならずに容易に分散することができた。得られた生地を28℃、湿度75%で25分間発酵を行った。発酵生地を厚さ2cmにのばした後、4℃の冷蔵庫で3時間冷蔵した。冷蔵した生地に折込用バターを用いて折込を三回行った後1個45gの三角形にカットし、クロワッサンに成形した後、−1℃/分でパンの中心品温が−15℃となるように冷凍をおこない、冷凍パン生地(冷凍成形生地)を製し、得られた冷凍パン生地を−20℃で一週間保管した。なお、植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体の配合量は、穀粉に対して乾物換算で5%であった。
【0051】
得られた冷凍パン生地を10℃で60分間解凍を行い、32℃湿度75%で60分間ホイロを行った。得られた生地を210℃のオーブンで20分間焼成し、室温にてあら熱をとり、クロワッサンを得た。
【0052】
<クロワッサンの配合>
小麦粉 1000g
生イースト 60g
イーストフード 2g
上白糖 80g
卵 100g
食塩 18g
粉乳 20g
水 510g
マーガリン 60g
乾燥複合体(調製例3) 50g
折込用バター 400g
【0053】
[対照例1〜3]
実施例1〜3において、乾燥複合体を用いることなく、また、パン生地を冷凍しないでそのまま用いた他は、実施例1〜3それぞれと同じ配合と製法で食パン(対照例1)、テーブルロール(対照例2)及びクロワッサン(対照例3)をそれぞれ得た。
【0054】
[比較例1−1〜1−3]
実施例1〜3において、乾燥複合体を用いない他は、実施例1〜3と同じ配合と製法で冷凍パン生地を調製し、各冷凍パン生地を用いた食パン(比較例1−1)、テーブツロール(比較例1−2)及びクロワッサン(比較例1−3)をそれぞれ得た。
【0055】
[比較例2−1〜2−3]
実施例1〜3において、乾燥複合体に換えて複合体の原料である植物ステロール(調製例1と同じもの)を用いた他は、実施例1〜3と同じ配合と製法で食パン用の生地(比較例2−1)、テーブルロール用の生地(比較例2−2)及びクロワッサン用の生地(比較例2−3)をそれぞれ調製した。
【0056】
[試験例]
実施例1〜3、比較例1−1〜1−3及び比較例2−1〜2−3で得られる各生地ついて、生地調製時のダマの有無を目視で確認した。また、実施例1〜3、比較例1−1〜1−3で得られた各パンの膨らみ具合について対照例1〜3を基準として評価を行った。結果を表4に示す。なお、植物ステロール単独を配合した比較例2−1〜2−3は、表4に示すとおり生地に植物ステロールのダマが発生したためその後の調製を中止し、パンの膨らみ具合については評価を行わなかった。
【0057】
【表4】

【0058】
表4より、実施例1〜3の植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を配合した冷凍パン生地を用いた各パンは、生地調製時に植物ステロール類をダマにならずに容易に分散でき、しかも、冷凍生地であるにもかかわらず、焼成したとき冷凍していない対照例1〜3の各パンとほぼ同程度に充分に膨らんだパンが得られたことが理解できる。これに対し、比較例1−1〜1−3の無添加の冷凍パン生地を用いた各パンは、対照例1〜3の各パンと比較して明らかに膨らみが乏しかった。また、複合体に換えて植物ステロールを配合した比較例2−1〜2−3の生地は、生地調製時に植物ステロールのダマが生じた。なお、複合体の原料である植物ステロールを植物スタノールに変更した場合も同様な結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との複合体を配合してなることを特徴とする冷凍パン生地。
【請求項2】
前記複合体の植物ステロール類と卵黄リポ蛋白質との構成比が卵黄リポ蛋白質1部に対して植物ステロール類5〜232部である請求項1記載の冷凍パン生地。
【請求項3】
前記複合体を穀粉に対して0.05〜10%配合してなる請求項1又は2記載の冷凍パン生地。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の冷凍パン生地を焼成してなるパン。