説明

分光光度計及び計測信号補正方法

【課題】大気の揺らぎの影響を考慮した大気成分の吸収の影響の除去補正を行うことで、試料の透過率、吸光度の算出精度の向上を図る。
【解決手段】試料測定時とバックグラウンド測定時とでの大気の揺らぎによる変動の影響を除去する係数Δを設定し、その係数Δを仮に決めた上で、試料スペクトル及びバックグラウンドスペクトルについて不要成分の影響を除去する除去補正を行う。その補正後の両スペクトルについて基準スペクトルに対する透過率誤差をそれぞれ求め、その二乗和が最小になるような値を見つけて係数Δとして決定する(S5)。そして、その係数Δを用いて、不要成分による透過率を表すピークパターンを修正し(S6)、修正後のピークパターンを用いて試料スペクトル及びバックグラウンドスペクトルに含まれる不要成分の影響の除去補正を行う(S7)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フーリエ変換赤外分光光度計等の分光光度計、及び、分光光度計で計測された信号から試料以外の不要な成分による吸収の影響、特に大気中に存在する水蒸気や二酸化炭素などの吸収による影響を除去するための計測信号補正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)等の分光光度計による測定では、一般に、測定光路中に試料がある状態で計測を行って取得した試料スペクトルと、測定光路中から試料を取り除いた状態で計測(いわゆるブランク測定)を行って取得したバックグラウンドスペクトルとを用いてバックグラウンド補正を行うことにより、試料の吸光度や透過率が算出される。赤外領域の光を利用した赤外分光光度計では、測定光路上に存在する大気中の水蒸気や二酸化炭素などによる吸収ピークが試料による吸収スペクトルに重なってしまい、これがバックグラウンドの1つとなる。しかしながら、試料測定時とバックグラウンド測定(ブランク測定)時とで測定雰囲気が変化すると、試料スペクトルをバックグラウンドスペクトルで除算するような演算処理を行っても、上述した水蒸気や二酸化炭素などの不要成分による吸収の影響は完全には除去されないという問題がある。
【0003】
これに対し、特許文献1には、試料スペクトルから上記のような不要成分の影響を精度よく、且つ人手による作業に頼らずに自動的に除去する計測信号補正方法が開示されている。この方法では、まずバックグラウンドスペクトルの外輪郭を求めることにより不要成分による吸収ピークを除去したスペクトルを求め、このスペクトルと元のバックグラウンドスペクトルとから不要成分の透過率スペクトルを表す不要成分ピークパターンを算出する。そして、この不要成分ピークパターンを試料スペクトルのレベルに合わせるための伸縮率を計算し、この伸縮率で以て伸縮させた不要成分ピークパターンを用いて試料スペクトルを補正することにより、試料スペクトルに重畳している不要成分の影響を除去するようにしている。
【0004】
しかしながら、上記従来の計測信号補正方法によっても、不要成分による吸収ピークの除去精度が低下する場合がある。即ち、試料測定とバックグラウンド測定とは或る程度の時間を隔てて行われるため、この間に光路上で大気の揺らぎが発生すると、これが変動成分として不要成分ピークパターンに含まれ、除去補正処理後の試料スペクトルに変動成分が重畳してしまう。特に、不要成分ピークパターンでの水蒸気や二酸化炭素による透過率の変化のピークが小さい場合には、上記のような変動成分の影響が相対的に大きく現れてしまうため、不要成分の影響を除去する補正の精度が低下するおそれがある。
【0005】
【特許文献1】特許第3767490号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、大気の揺らぎの影響も考慮した大気中の不要成分による吸収の影響の除去補正を行うことにより、その除去補正の精度を向上させ、ひいては、より高い精度で以て試料の吸光度や透過率を求めることができる分光光度計及び計測信号補正方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された第1発明に係る分光光度計は、
a)測定光路中に試料がない状態でバックグラウンドスペクトルデータを取得するとともに前記測定光路中に試料がある状態で試料スペクトルデータを取得する分光測定手段と、
b)前記バックグラウンドスペクトルデータから、該スペクトルに重畳されている大気中の不要成分による吸収を反映した不要成分スペクトルを算出する不要成分スペクトル算出手段と、
c)前記不要成分スペクトルを前記試料スペクトルデータのレベルに合わせるための伸縮率を算出する伸縮率算出手段と、
d)大気の揺らぎに起因するスペクトル変動の影響を除去するための係数を、該係数を仮定した上で前記伸縮率と前記不要成分スペクトルとを用い前記試料スペクトルデータ及び前記バックグラウンドスペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響をそれぞれ除去するように補正を行ったときの結果の妥当性に基づいて決定する係数決定手段と、
e)前記係数決定手段により決定された係数により前記不要成分スペクトルを修正した上で、その修正された不要成分スペクトルと前記伸縮率とを用いて前記試料スペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響の除去補正を行う不要成分除去補正手段と、
を備えることを特徴としている。
【0008】
また第2発明に係る分光光度計の計測信号補正方法は、第1発明に係る分光光度計に用いられる計測信号補正方法であり、
a)測定光路中に試料がない状態で取得されたバックグラウンドスペクトルデータから、該スペクトルに重畳されている大気中の不要成分による吸収を反映した不要成分スペクトルを算出する不要成分スペクトル算出ステップと、
b)前記不要成分スペクトルを前記測定光路中に試料がある状態で取得された試料スペクトルデータのレベルに合わせるための伸縮率を算出する伸縮率算出ステップと、
c)大気の揺らぎに起因する変動の影響を除去するための係数を、該係数を仮定した上で前記伸縮率と前記不要成分スペクトルとを用い前記試料スペクトルデータ及び前記バックグラウンドスペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響をそれぞれ除去するように補正を行ったときの結果の妥当性に基づいて決定する係数決定ステップと、
d)前記係数決定ステップにおいて決定された係数により前記不要成分スペクトルを修正した上で、その修正された不要成分スペクトルと前記伸縮率とを用いて前記試料スペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響の除去補正を行う不要成分除去補正ステップと、
を含むことを特徴としている。
【0009】
即ち、第2発明に係る計測信号補正方法を採用した第1発明に係る分光光度計においては、不要成分スペクトル算出手段で算出された不要成分スペクトルを伸縮率算出手段で算出された伸縮率で収縮又は伸張することによりレベル合わせをして試料スペクトルに重畳している不要成分の影響を除去するのではなく、上記不要成分スペクトルの波形を大気の揺らぎの要因を考慮して修正し、その修正された不要成分スペクトルを試料スペクトルの補正に利用する。
【0010】
但し、大気の揺らぎに起因する変動の影響がどの程度のあるのかを直接計算等により求めることはできない。そこで、ここでは、大気の揺らぎに起因するスペクトル波形の変動があるとみなし、その変動の影響を除去するための係数を考える。係数決定手段は、上記係数の値を仮定した上で大気中の不要成分による吸収の影響を除去するようにスペクトルを補正してその結果が最も妥当であると考えられる場合に、その仮定した値が係数の値として適切であるとして係数を決定する。
【0011】
より具体的な態様として、上記係数決定手段は、試料スペクトルデータ及びバックグラウンドスペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響をそれぞれ除去するように補正を行ったときに、その補正後の両スペクトルの基準スペクトルに対する透過率の差分の二乗和を最小にするように係数を決定するものとすることができる。ここで基準スペクトルとしては、例えばバックグラウンドスペクトルから上記不要成分スペクトルに現れているピーク、つまり不要成分による吸収ピークを除いたスペクトルを用いることができる。
【0012】
このように決定された係数は簡易的に得られたものではあるものの、少なくとも、試料測定時とバックグラウンド測定時との時間的な隔たりの間に生じた大気の揺らぎの変動の影響が、最終的に求まる試料の透過率や吸光度において最も軽減されるようにすることができる。なお、大気の揺らぎに起因する変動によって、前述のように算出された不要成分スペクトルは実際のものよりもピークが大きくなる場合もあればピークが小さくなる場合もある。従って、上記係数はプラス、マイナスの両方の値を採り得る。
【発明の効果】
【0013】
従って、第1発明に係る分光光度計及び第2発明に係る計測信号補正方法によれば、試料測定時とバックグラウンド測定時との大気の揺らぎなどに起因する妨害が軽減されるため、従来よりも、高い精度で以て大気中の水蒸気や二酸化炭素などの不要成分よる吸収の影響を除去補正することができる。それにより、試料による透過率や吸光度などの算出精度を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、第2発明に係る計測信号補正方法を適用した第1発明に係る分光光度計の一実施例であるFTIRについて、図面を参照して説明する。図1は本実施例によるFTIRの概略構成図である。
【0015】
このFTIRにおいて、光源1から発せられた赤外光はマイケルソン干渉計等の干渉計2に入射され、この干渉計2において時間経過に伴い振幅が周期的に変動する干渉光、つまりインターフェログラムが生成され、これが測定光3として試料4に照射される。試料4を透過した又は試料4で反射した測定光3は検出器5により検出され、その検出信号がデータ処理部6に入力される。データ処理部6は、機能として、計測スペクトルデータ取得部61、不要成分除去補正部62、吸収スペクトル算出部63を含む。
【0016】
計測スペクトルデータ取得部61は、検出器5で得られた検出信号に対しフーリエ変換演算を行うことで時間要素を波数(又は周波数)要素に変換して横軸が波数、縦軸がエネルギー(強度)であるスペクトルを作成する。このスペクトルはバックグラウンドを含むスペクトルである。不要成分除去補正部62は、試料測定時とバックグラウンド測定時との差により生じる水蒸気や二酸化炭素などの不要成分の吸収による影響を除去する補正を行うものである。また吸収スペクトル算出部63は、上記のように不要成分の影響が除去補正されたスペクトルを用いて、バックグラウンドの影響を除去し、純粋に試料による吸収を反映した吸収スペクトル(又は透過率スペクトル)を作成する。
【0017】
なお、上記データ処理部6における各種のデータ処理機能は、パーソナルコンピュータにインストールした専用の制御/処理ソフトウエアを実行することにより具現化することができる。
【0018】
本実施例のFTIRは、データ処理部6の不要成分除去補正部62で行される信号補正に特徴を有する。図2はこの信号補正を中心とする処理手順を示すフローチャート、図3は図2中のステップS5の具体的な処理手順を示すフローチャート、図4〜図9は信号補正の動作を説明するための波形図である。
【0019】
まず、試料4を測定光3の光路中に挿入した試料測定と試料4を測定光路中から取り除いたバックグラウンド測定とを実行し、計測スペクトルデータ取得部61により、試料4による吸収を反映した試料スペクトルデータと、試料4による吸収のないバックグラウンドスペクトルデータとをそれぞれ取得する(ステップS1)。図4はこれら2つのスペクトルの一例を示す図である。測定光路中には水蒸気や二酸化炭素など、赤外光を吸収する性質を持つ不要成分が存在するため、両スペクトルのいずれにも、こうした不要成分の吸収によるピークが重畳している。
【0020】
これら2つのスペクトルデータは不要成分除去補正部62に与えられ、不要成分除去補正部62は次のような手順で不要成分の影響を除去するための補正処理を実行する。まずバックグラウンドスペクトルデータに基づき、このスペクトルの外輪郭を算出する(ステップS2)。具体的に、外輪郭は例えば次のような手順で求めることができる。
【0021】
まずバックグラウンドスペクトルのカーブを波数の増加方向(又は減少方向)に辿り、その勾配が正から負に変化する点を探索することにより、バックグラウンドスペクトルの全てのピークトップ点を検出する。次に、隣接するピークトップ点の間にある点の値を両側のピークトップ点の値を用いた補間値で置換する。そして、上記ピークトップ点の検出と補間とを、全ピークトップ点の間隔が特定値以上になるまで繰り返す。この特定値については、除去補正対象の不要成分の吸収ピークの波形形状に応じて、その吸収ピークが補間によって埋められるような適宜の値を実験的に求め、これを予め設定しておくようにするとよい。
【0022】
図5は、図4に示したバックグラウンドスペクトル、及びこれから上記手順により求まる外輪郭を示す図である。この外輪郭はバックグラウンドスペクトルから大気中の不要成分による吸収のピークを除去した波形であるとみなせる。そこで、こうしてバックグラウンドスペクトルの外輪郭が求まったならば、各波数位置において外輪郭の値によってバックグラウンドスペクトルデータを除することにより、不要成分ピークパターンを算出する(ステップS3)。即ち、バックグラウンドスペクトルをGB、バックグラウンドスペクトルの外輪郭をBOLとしたとき、不要成分のピークパターンPPは次の(1)式で計算される。
PP=BG/BOL …(1)
図6は図5に基づき求まる不要成分のピークパターンを示す図である。この不要成分ピークパターンはバックグラウンドスペクトルに重畳している不要成分による吸収特性を示すものである。
【0023】
図6で分かるように、ここで得られる不要成分ピークパターンは各波数における不要成分の透過率を表す。従って、その値は比率であるから、この不要成分ピークパターンを用いて試料スペクトルに重畳されている不要成分由来のピークを除去するには、その信号を試料スペクトルの値の大きさに合わせる必要がある。そこで、不要成分ピークパターンを試料スペクトルの各波数におけるエネルギーの大きさに合わせるための比率として伸縮率を考え、この伸縮率Fを次の(2)式により算出する(ステップS4)。
F=Log(PW/BS)/Log(PP) …(2)
ここで、PWは試料スペクトル、BSは基準スペクトルであり、ここでは上述のバックグラウンドスペクトルの外輪郭を基準スペクトルとして定義する。なお、上記伸縮率は不要成分に対応したピークを含むスペクトル領域内に現れる各ピークにおける個別の伸縮率のメディアン値(中央値)とするとよい。ここでは詳しく説明しないが、伸縮率の算出方法は例えば特許文献1に記載のような公知の方法を用いることができる。
【0024】
上述のようにして不要成分ピークパターン及び伸縮率が求まる。この不要成分ピークパターンはバックグラウンドスペクトルに基づいて算出されたものであり、もし大気の揺らぎの影響がなければ、バックグラウンド測定時とは異なる時点で行われる試料測定により得られるスペクトル(試料スペクトル)について、上記不要成分ピークパターンと伸縮率とを用いることで不要成分の影響の除去補正が可能である。ところが、試料測定時とバックグラウンド測定時との間で大気の揺らぎに起因する変動があると、試料測定時には不要成分ピークパターンの波形形状が上記算出されたものとは僅かではあるが異なっているおそれがある。そこで、ここでは不要成分ピークパターンの波形形状を大気の揺らぎによる変動を考慮して修正する。
【0025】
まず、試料スペクトルとバックグラウンドスペクトルとの両方に含まれる不要成分の影響を除去補正する式として、次の(3)式を考える。
SP’=SP/[PP/(1+Δ)] …(3)
ここでSPは試料スペクトルデータ又はバックグラウンドスペクトルデータ、SP’は補正後のスペクトルデータであり、Δは大気の揺らぎを想定しその影響を除去するための係数である。大気の揺らぎを考慮しない場合或いは大気の揺らぎの影響がない場合には、係数Δは0とすることができる。換言すれば、ここでは大気の揺らぎの影響の変動の程度の推定は係数Δを算出する作業に置き換えられる。
【0026】
そこで、次のようにして係数Δを決定する。いま、係数Δとして或る値を仮に設定すれば、(3)式により、不要成分の除去補正後の試料スペクトル及びバックグラウンドスペクトルをそれぞれ求めることができる。ここで、次の(4)式により、透過率誤差ΔTrを定義する。
ΔTr=(SP’/BS)−1 …(4)
即ち、透過率誤差ΔTrは基準スペクトルBSに対する、補正後の試料スペクトル及びバックグラウンドスペクトルの透過率100%からの変化量である。後述のように最終的な試料の透過率や吸光度を求める際には、補正後の試料スペクトルを基準スペクトルで除することによりバックグラウンド補正を行う必要があるから、より高い精度で以て試料の透過率や吸光度を求めるためには、補正後の試料スペクトルと補正後のバックグラウンドスペクトルとの両方で同等に不要成分の影響が除去されている状況が望ましい。そこで、或る係数Δが設定されたときの(3)式による補正後の試料スペクトルをPW’、同じ係数Δが設定されたときの(3)式による補正後のバックグラウンドスペクトルをBG’としたとき、(4)式により求まるΔTrがそれぞれΔTr1、ΔTr2であるとすると、ΔTr1とΔTr2との二乗和が最小になるような係数Δを探索する(ステップS5)。即ち、最小二乗法により係数Δを求める。
【0027】
具体的な手順の一例を図3により詳述する。いま係数Δの変化範囲が例えば+0.05〜−0.05(又は+0.01〜−0.01などでもよい)であるとき、まず係数Δの仮値を変化範囲の下限値である−0.05に設定する(ステップS11)。次に、この係数Δと上記伸縮率Fを用い、(3)式により試料スペクトルに含まれる不要成分の影響の除去補正を行う(ステップS12)。次に同じ係数Δの仮値を用い、伸縮率Fを1として、(3)式によりバックグラウンドスペクトルに含まれる不要成分の影響の除去補正を行う(ステップS13)。ここで伸縮率Fを1とするのは、不要成分ピークパターンはバックグラウンドスペクトルデータに基づいて作成されたものであるから、信号レベルを合わせるための伸縮の必要がないからである。
【0028】
それから、バックグラウンドスペクトルの外輪郭を基準スペクトルBSとし、(4)式を用いて補正後の試料スペクトルの透過率誤差ΔTr1を算出する(ステップS14)。また同様に、バックグラウンドスペクトルの外輪郭を基準スペクトルBSとし、(4)式を用いて補正後のバックグラウンドスペクトルの透過率誤差ΔTr2を算出する(ステップS15)。そして透過率誤差ΔTr1及びΔTr2の二乗和を計算し(ステップS16)、この二乗和がそれまでに求めた二乗和よりも小さいか否かを判定する(ステップS17)。但し、初めて二乗和を計算したときにはそれまでに求めた二乗和は存在しないから、このステップS17をパスしてステップS18に進み、そのときの係数Δをメモリに記憶する。
【0029】
次にその時点での係数Δの仮値が上記変化範囲の上限値であるか否かを判定し(ステップS19)、上限値でなければ係数Δの仮値を所定ステップ、例えば0.001だけ増加させて(ステップS20)ステップS12に戻る。従って、少し増加された係数Δの仮値についてステップS12〜S16の処理を実行することで、新たに透過率誤差の二乗和が求まる。そしてステップS17ではこの透過率誤差の二乗和がそれまでに求めた二乗和よりも小さいか否かが判定されるから、もし新たに求まった二乗和がそれまでの値よりも小さい場合には、ステップS18において既にメモリに記憶されている係数Δの仮値をその時点の仮値に更新する。一方、新たに求まった二乗和がそれまでの値に比べて小さくない場合にはステップS18はスキップされるため、係数Δの仮値の更新を実行しない。
【0030】
このようにして、係数Δの仮値が上限値、例えば0.05に達するまで、所定ステップ増加する毎にステップS12〜S18の処理を繰り返すから、最終的には、設定された範囲内で最小の二重和を与えるような係数Δの仮値がメモリに残ることになる。従って、これを係数Δの値として決定する(ステップS21)。
【0031】
上記のようにして決定された係数Δは、大気の揺らぎなどによる変動の影響をバックグラウンドスペクトル、試料スペクトルの両方において除去しようとする場合に最も妥当な値である。そこで、決定された係数Δを用いて不要成分ピークパターンの波形を修正する(ステップS6)。即ち、これは(3)式中のPP/(1+Δ)を算出することである。この修正により、図6に示すピークパターンは図7に示すようにその形状が若干変化する。
【0032】
続いて、上述のように修正された不要成分ピークパターン、及びステップS4で算出された伸縮率を用いて、試料スペクトルデータ及びバックグラウンドスペクトルデータに重畳している不要成分の影響を除去する補正を実行する(ステップS7)。即ち、決定された係数Δを用いて(3)式による演算を実行する。これにより、図8に示すように、各スペクトルにおいて大気中の水蒸気や二酸化炭素などの吸収によるピークが消失する。
【0033】
その後、補正後の試料スペクトルデータ及びバックグラウンドスペクトルデータを受け取った吸収スペクトル算出部63は、純粋に試料の吸収に由来する透過率スペクトル又は吸光度スペクトルを算出し、その結果を例えば表示部の画面上に出力する(ステップS8)。図9は上記のような補正後のスペクトル結果から求めた透過率、及び補正しないスペクトルから直接算出した透過率の比較を示す図である。
【0034】
以上のようにして本実施例のFTIRでは、自動的に大気中の水蒸気や二酸化炭素の吸収の影響を除去し、しかも大気の揺らぎによる変動要因も考慮して、従来よりもさらに精度の高い試料のスペクトルを算出することができる。
【0035】
なお、上記実施例はFTIRであるが、それ以外の赤外分光光度計や赤外以外の例えば紫外可視分光光度計などの分光光度計全般に本発明を適用することができることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係る分光光度計の一実施例であるFTIRの概略構成図。
【図2】信号補正を中心とする処理手順を示すフローチャート。
【図3】図2中のステップS5の具体的な処理手順を示すフローチャート。
【図4】試料スペクトルとバックグラウンドスペクトルの一例を示す図。
【図5】図3に示したバックグラウンドスペクトルとこれから求まる外輪郭を示す図。
【図6】図4に示したバックグラウンドスペクトルと外輪郭とから算出される不要成分ピークパターンを示す図。
【図7】大気の揺らぎによる変動を考慮して修正された不要成分ピークパターンを示す図。
【図8】修正後の不要成分ピークパターンを用いて大気中の水蒸気や二酸化炭素などの吸収に影響を除去補正した後のスペクトルを示す図。
【図9】除去補正後の結果から求めた透過率及び補正しないスペクトルから直接算出した透過率の比較を示す図。
【符号の説明】
【0037】
1…光源
2…干渉計
3…測定光
4…試料
5…検出器
6…データ処理部
61…計測スペクトルデータ取得部
62…不要成分除去補正部
63…吸収スペクトル算出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)測定光路中に試料がない状態でバックグラウンドスペクトルデータを取得するとともに前記測定光路中に試料がある状態で試料スペクトルデータを取得する分光測定手段と、
b)前記バックグラウンドスペクトルデータから、該スペクトルに重畳されている大気中の不要成分による吸収を反映した不要成分スペクトルを算出する不要成分スペクトル算出手段と、
c)前記不要成分スペクトルを前記試料スペクトルデータのレベルに合わせるための伸縮率を算出する伸縮率算出手段と、
d)大気の揺らぎに起因するスペクトル変動の影響を除去するための係数を、該係数を仮定した上で前記伸縮率と前記不要成分スペクトルとを用い前記試料スペクトルデータ及び前記バックグラウンドスペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響をそれぞれ除去するように補正を行ったときの結果の妥当性に基づいて決定する係数決定手段と、
e)前記係数決定手段により決定された係数により前記不要成分スペクトルを修正した上で、その修正された不要成分スペクトルと前記伸縮率とを用いて前記試料スペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響の除去補正を行う不要成分除去補正手段と、
を備えることを特徴とする分光光度計。
【請求項2】
前記係数決定手段は、前記試料スペクトルデータ及び前記バックグラウンドスペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響をそれぞれ除去するように補正を行ったときに、その補正後の両スペクトルの基準スペクトルに対する透過率の差分の二乗和を最小にするように前記係数を決定することを特徴とする請求項1に記載の分光光度計。
【請求項3】
分光測定により得られた計測信号から大気中の不要成分による吸収の影響を除去する計測信号補正方法であって、
a)測定光路中に試料がない状態で取得されたバックグラウンドスペクトルデータから、該スペクトルに重畳されている大気中の不要成分による吸収を反映した不要成分スペクトルを算出する不要成分スペクトル算出ステップと、
b)前記不要成分スペクトルを前記測定光路中に試料がある状態で取得された試料スペクトルデータのレベルに合わせるための伸縮率を算出する伸縮率算出ステップと、
c)大気の揺らぎに起因する変動の影響を除去するための係数を、該係数を仮定した上で前記伸縮率と前記不要成分スペクトルとを用い前記試料スペクトルデータ及び前記バックグラウンドスペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響をそれぞれ除去するように補正を行ったときの結果の妥当性に基づいて決定する係数決定ステップと、
d)前記係数決定ステップにおいて決定された係数により前記不要成分スペクトルを修正した上で、その修正された不要成分スペクトルと前記伸縮率とを用いて前記試料スペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響の除去補正を行う不要成分除去補正ステップと、
を含むことを特徴とする分光光度計の計測信号補正方法。
【請求項4】
前記係数決定ステップは、前記試料スペクトルデータ及び前記バックグラウンドスペクトルデータに重畳している大気中の不要成分による吸収の影響をそれぞれ除去するように補正を行ったときに、その補正後の両スペクトルの基準スペクトルに対する透過率の差分の二乗和を最小にするように前記係数を決定することを特徴とする請求項3に記載の分光光度計の計測信号補正方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−275326(P2008−275326A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−115601(P2007−115601)
【出願日】平成19年4月25日(2007.4.25)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】