説明

分光分析装置

【課題】遠距離から劣化因子の濃度を測定可能であり、かつ、安全性が高く光源での消費電力も抑制可能な分光分析装置を提供する。
【解決手段】コンクリートの測定対象面Sに光を照射する光源2と、測定対象面Sからの反射光を受光する受光部3と、受光部3で受光した反射光のスペクトルを測定する分光器4と、分光器4で測定した反射光のスペクトルを基に、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度を演算する演算手段5とを備えた分光分析装置において、光源2は、レーザ光源からなり、演算手段5は、反射光のスペクトルを基に、ラマンシフトに対するラマン散乱強度の関係であるラマンスペクトルを求め、求めたラマンスペクトルの劣化因子に起因するラマン散乱強度のピーク値に基づき、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度を演算するようにされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリートの劣化因子の濃度を測定する分光分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、コンクリートにおける塩化物イオン濃度などの劣化因子の濃度を測定する際には、図4に示すような分光分析装置111が用いられている。
【0003】
図4に示すように、従来の分光分析装置111は、近赤外光を出射する光源112と、コンクリートの測定対象面に配置され、光源112から出射用光ファイバ113を介して入射された光を測定対象面に照射し、その反射光を入射用光ファイバ114に入射させるプローブヘッド115と、入射用光ファイバ114に入射された反射光のスペクトルを測定する分光器116と、分光器116で測定した反射光のスペクトルを基に劣化因子の濃度を演算する演算手段(図示せず)とを備えている。近赤外光を出射する光源112としては、ハロゲンランプが一般に用いられている。
【0004】
この分光分析装置111を用いて劣化因子の濃度を測定する際には、作業者がプローブヘッド115を測定対象面の任意の測定位置に配置し、光源112から出射された近赤外光を出射用光ファイバ113の出射端から測定対象面に出射すると共に、入射用光ファイバ114の入射端より入射された測定対象面からの反射光を、入射用光ファイバ114を介して分光器116に入射し、分光器116にて反射光のスペクトルを測定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−68969号公報
【特許文献2】特許第3776794号公報
【特許文献3】特開2005−291881号公報
【特許文献4】特開2009−139098号公報
【特許文献5】特開2007−78657号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】戸田勝哉、倉田孝男、喜多達夫、魚本健人、「ケモメトリックス手法を用いた近赤外領域でのコンクリート診断技術開発」、コンクリート工学、社団法人日本コンクリート工学協会、平成19年11月、Vol.45、No.11、pp.20−26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、光源112としてハロゲンランプを用いた従来の分光分析装置111では、測定対象面とプローブヘッド115とをほぼ接触させた状態でないと、劣化因子の濃度を精度よく測定することができない。
【0008】
そのため、例えば、橋梁などのコンクリート構造物において、高所の劣化因子の濃度を測定しようとすると、足場を構築したり、高所作業車を導入する必要が生じ、測定作業が大掛かりとなり、コストと時間がかかってしまう。
【0009】
特許文献1では、光源としてレーザ光源を用い、コンクリート表面にレーザ光を照射してコンクリート含有物質をアブレーションし、アブレーションによりプラズマ化された物質から発光される光のスペクトルを基に、劣化因子の濃度を測定することが提案されている。
【0010】
特許文献1では、光源としてレーザ光源を用いるため、遠距離から劣化因子の濃度を測定可能である。しかし、特許文献1では、プラズマを発生させるために非常に高出力のレーザ光源を用いなければならず、遠距離から劣化因子の濃度を測定するには安全性の観点で問題があり、また、レーザ光源での消費電力も非常に多くなってしまう。
【0011】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、遠距離から劣化因子の濃度を測定可能であり、かつ、安全性が高く光源での消費電力も抑制可能な分光分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、コンクリートの測定対象面に光を照射する光源と、前記測定対象面からの反射光を受光する受光部と、該受光部で受光した反射光のスペクトルを測定する分光器と、該分光器で測定した反射光のスペクトルを基に、前記測定対象面における劣化因子の濃度を演算する演算手段とを備えた分光分析装置において、前記光源は、レーザ光源からなり、前記演算手段は、前記反射光のスペクトルを基に、ラマンシフトに対するラマン散乱強度の関係であるラマンスペクトルを求め、求めたラマンスペクトルの前記劣化因子に起因するラマン散乱強度のピーク値に基づき、前記測定対象面における前記劣化因子の濃度を演算するようにされる分光分析装置である。
【0013】
前記光源からパルス状のレーザ光を出射するように前記光源を制御する光源制御手段をさらに備えてもよい。
【0014】
前記演算手段は、レーザ光を出射したときの前記反射光のスペクトルから、レーザ光を出射しないときのスペクトルを減じたスペクトルを求め、当該スペクトルを基に、前記ラマンスペクトルを求めるようにされてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、遠距離から劣化因子の濃度を測定可能であり、かつ、安全性が高く光源での消費電力も抑制可能な分光分析装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施の形態に係る分光分析装置の概略構成図である。
【図2】本発明において、ラマンスペクトルの一例を示すグラフ図である。
【図3】本発明において用いる検量線を示す図であり、(a)は塩化物イオン濃度に対するケモメトリックス手法による検量線の一例を示すグラフ図、(b)は塩化物イオン濃度に対する差スペクトル法による検量線の一例を示すグラフ図である。
【図4】従来の分光分析装置の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0018】
図1は、本実施の形態に係る分光分析装置の概略構成図である。
【0019】
図1に示すように、分光分析装置1は、コンクリートの測定対象面Sに光を照射する光源2と、測定対象面Sからの反射光を受光する受光部3と、受光部3で受光した反射光のスペクトルを測定する分光器4と、分光器4で測定した反射光のスペクトルを基に、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度を演算する演算手段5と、を主に備えている。
【0020】
コンクリートの劣化要因としては、例えば、塩害、中性化、アルカリ骨材反応、化学的劣化などが挙げられる。分光分析装置1で測定する劣化因子の濃度は、塩害を診断する場合は塩化物イオン濃度、中性化を診断する場合は炭酸カルシウム濃度(中性化度)となる。また、アルカリ骨材反応を診断する場合は、例えばアルカリ度やシリカ成分などの濃度、化学的劣化を診断する場合は、例えば酸性成分の濃度や硫酸成分の濃度を、劣化因子の濃度として測定する。
【0021】
光源2は、レーザ光源からなる。図示していないが、光源2にはコリメータが備えられており、コリメータにより出射するレーザ光の口径を調整するようになっている。
【0022】
また、分光分析装置1は、光源2からパルス状のレーザ光を出射するように光源2を制御する光源制御手段6をさらに備えている。光源制御手段6は、パソコン(パーソナルコンピュータ)7に搭載され、CPU、メモリ、ソフトウェア、I/Oインターフェイスなどを適宜組み合わせて実現される。パソコン7と光源2とはケーブル8により接続される。
【0023】
受光部3は、凹状のミラー3aを有し、そのミラー3aで集光された光を光ファイバ9の一端に入射するように構成される。光ファイバ9の他端は、分光器4に接続される。
【0024】
光源2と受光部3は、走査手段10に搭載される。ここでは、走査手段10として、手動でレーザ光を走査させるもの(図示例では三脚)を用いたが、自動的にレーザ光を走査させる機構を採用しても構わない。本実施の形態では、走査手段10を操作すると、光源2と受光部3の両者が一緒に動くようになっている。
【0025】
分光器4は、測定対象面Sからの反射光を分光分析することにより、反射光のスペクトル(劣化因子による吸収スペクトル)を得るものである。分光器4の詳細な構造については、従来技術に属するためここでは説明を省略する。分光器4とパソコン7とは、USBケーブルなどのケーブル11により接続される。
【0026】
演算手段5は、分光器4で測定した反射光のスペクトルを基に、ラマン分光分析(ラマン分光法)により、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度を演算するようにされる。
【0027】
ラマン分光分析とは、誘導ラマン効果を利用したレーザによる分光分析である。ラマン効果を起こす物質に周波数ω0の高強度のレーザ光を入射させると、誘導ラマン効果によって物質固有の振動数ωrだけ振動数が変化した、ω0−ωrの振動数のストークス光と呼ばれる光が出射される。この振動数の差ω0−ωrをラマンシフトと呼称する。また、このラマンシフトと、波長の変換された散乱光(ラマン散乱光)の強度(ラマン散乱強度)との関係をラマンスペクトルと呼称する。
【0028】
演算手段5は、分光器4で測定した反射光のスペクトルを基にラマンスペクトルを求め、求めたラマンスペクトルの劣化因子に起因するラマン散乱強度のピーク値に基づき、ケモメトリックス手法や差スペクトル法などを用いて、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度を演算するようにされる。ケモメトリックス手法、差スペクトル法については、従来技術に属するため説明を省略する。
【0029】
また、演算手段5は、外乱の影響を除去するため、レーザ光を出射したときの反射光のスペクトルから、レーザ光を出射しないときのスペクトルを減じたスペクトルを求め、当該スペクトルを基に、ラマンスペクトルを求めるようにされる。演算手段5は、パソコン7に搭載され、CPU、メモリ、ソフトウェア、I/Oインターフェイスなどを適宜組み合わせて実現される。
【0030】
以下、分光分析装置1によるコンクリートの測定対象面Sにおける劣化因子の濃度の測定手順を説明する。
【0031】
まず、走査手段10を操作して、光源2と受光部3とを測定対象面Sに臨ませ、光源制御手段6により光源2を駆動して、光源2から測定対象面Sにパルス状のレーザ光を出射し、測定対象面Sからの反射光を受光部3にて受光させる。
【0032】
受光部3にて受光された反射光は、光ファイバ9を通って分光器4に入射する。分光器4は、反射光のスペクトルを測定し、測定した反射光のスペクトルをケーブル11を介してパソコン7の演算手段5に出力する。
【0033】
演算手段5は、光源2が出射するレーザ光の波長と、分光器4からの反射光のスペクトルとを基に、ラマンスペクトルを求める。このとき、演算手段5は、パルス状のレーザ光を出射したときの反射光のスペクトルから、レーザ光を出射しないときのスペクトル(レーザ光のパルス間におけるスペクトル)を減じたスペクトルを求め、当該スペクトルを基に、ラマンスペクトルを求めるようにされる。
【0034】
演算手段5で求めるラマンスペクトルの一例を図2に示す。図2のラマンスペクトルは、所定濃度の塩化物イオンをコンクリートに混入させた試料を用いて得られたラマンスペクトルであり、破線で囲まれた領域A,Bは、塩化物イオン由来のピークを示している。
【0035】
演算手段5は、ラマンスペクトルにおける劣化因子に起因するラマン散乱強度のピーク値に基づき、ケモメトリックス手法や差スペクトル法などを用いて、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度を演算する。ここで、塩化物イオン濃度に対するケモメトリックス手法による検量線の一例を図3(a)に、塩化物イオン濃度に対する差スペクトル法による検量線の一例を図3(b)に示す。演算手段5は、予め求めた図3(a),(b)のような検量線を用い、劣化因子に起因するラマン散乱強度のピーク値に基づいて、劣化因子の濃度を演算する。得られた劣化因子の濃度は、パソコン7のディスプレイなどの表示器に出力される。
【0036】
走査手段10を操作して、光源2からのレーザ光を測定対象面S上で走査させつつ、上述の手順を繰返し行うことにより、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度分布を得ることができる。
【0037】
本実施の形態の作用を説明する。
【0038】
本実施の形態に係る分光分析装置1では、光源2としてレーザ光源を用い、演算手段5にて、反射光のスペクトルを基にラマンスペクトルを求め、求めたラマンスペクトルの劣化因子に起因するラマン散乱強度のピーク値に基づき、測定対象面Sにおける劣化因子の濃度を演算するようにしている。
【0039】
光源2としてレーザ光源を用いることにより、遠距離から劣化因子の濃度を測定することが可能となる。よって、高所の劣化因子の濃度を測定する場合であっても、足場を構築したり高所作業車を導入する必要がなくなり、容易に測定作業を行うことが可能となり、その結果、コストの低減、作業時間の短縮が可能となる。
【0040】
また、ラマン分光分析により劣化因子の濃度を演算することで、特許文献1のように高出力のレーザ光源を用いる必要がなくなる。よって、特許文献1と比較して安全性を向上でき、また、光源2での消費電力も抑制できる。
【0041】
さらに、分光分析装置1では、光源2からパルス状のレーザ光を出射するように光源2を制御する光源制御手段6をさらに備えている。光源2からパルス状のレーザ光を出射するよう構成することで、レーザ光を連続して出射する場合と比較して安全性をより向上することが可能となり、また、光源2での消費電力もより抑制することが可能になる。
【0042】
また、分光分析装置1では、レーザ光を出射したときの反射光のスペクトルから、レーザ光を出射しないときのスペクトルを減じたスペクトルを求め、当該スペクトルを基に、ラマンスペクトルを求めるようにしているため、外乱の影響を低く抑え、精度良く劣化因子の濃度を検出することが可能になる。
【0043】
さらに、上述の「光源2からパルス状のレーザ光を出射する」という構成と、「レーザ光を出射したときの反射光のスペクトルから、レーザ光を出射しないときのスペクトルを減じたスペクトルを求め、当該スペクトルを基に、ラマンスペクトルを求める」という構成を兼ね備えることで、レーザ光のパルス間のスペクトルをリファレンスとしてリアルタイムで外乱の影響を除去しつつ、連続して劣化因子の濃度を検出することが可能になる。つまり、短時間で精度良く劣化因子の濃度を検出可能な分光分析装置1を実現できる。
【0044】
本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の変更を加え得ることは勿論である。
【0045】
例えば、上記実施の形態では、走査手段10に光源2と受光部3の両者を搭載したが、走査手段10に光源2のみを搭載するようにしてもよい。この場合、受光部3は設置位置から動かないこととなるが、ミラー3aをある程度大きく形成したり、あるいは光源2からのレーザ光の走査範囲を限定すれば、受光部3にて反射光を受光することが可能である。
【符号の説明】
【0046】
1 分光分析装置
2 光源
3 受光部
3a ミラー
4 分光器
5 演算手段
6 光源制御手段
7 パソコン
9 光ファイバ
10 走査手段
S 測定対象面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリートの測定対象面に光を照射する光源と、前記測定対象面からの反射光を受光する受光部と、該受光部で受光した反射光のスペクトルを測定する分光器と、該分光器で測定した反射光のスペクトルを基に、前記測定対象面における劣化因子の濃度を演算する演算手段とを備えた分光分析装置において、
前記光源は、レーザ光源からなり、
前記演算手段は、前記反射光のスペクトルを基に、ラマンシフトに対するラマン散乱強度の関係であるラマンスペクトルを求め、求めたラマンスペクトルの前記劣化因子に起因するラマン散乱強度のピーク値に基づき、前記測定対象面における前記劣化因子の濃度を演算するようにされる
ことを特徴とする分光分析装置。
【請求項2】
前記光源からパルス状のレーザ光を出射するように前記光源を制御する光源制御手段をさらに備える請求項1記載の分光分析装置。
【請求項3】
前記演算手段は、レーザ光を出射したときの前記反射光のスペクトルから、レーザ光を出射しないときのスペクトルを減じたスペクトルを求め、当該スペクトルを基に、前記ラマンスペクトルを求めるようにされる請求項2記載の分光分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−13657(P2012−13657A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−153229(P2010−153229)
【出願日】平成22年7月5日(2010.7.5)
【出願人】(509338994)株式会社IHIインフラシステム (104)
【出願人】(000198318)株式会社IHI検査計測 (132)
【Fターム(参考)】