説明

分子間の相互作用の検出方法

【課題】蛋白質の安定性、再構成効率、及び比活性に優れ、微量の分子であっても迅速に分子間の相互作用又は接近を検出できる方法を提供すること。
【解決手段】2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを接触させ、上記レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することを含む、分子間の相互作用又は接近を検出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体を用いた分子間の相互作用又は接近の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの生体内プロセスは、非共有結合により形成される蛋白質複合体によって制御されていることから、生体内における蛋白質間の相互作用を解明することは重要である。蛋白質間の相互作用を解析する方法としては、(1)酵母ツーハイブリッド法、(2)蛋白質の再構成と共にレポーター蛋白の切断を介在させる方法、(3)プロテインスプライシングを利用した方法、(4)蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)、及び(5)PCA法(プロテイン・フラグメント・コンプリメンテーション・アッセイ)などが知られている。以下、これらの解析方法について説明する。
【0003】
(1)酵母ツーハイブリッド法
酵母Gal4は、N末端側のDNA結合ドメイン(DBD)とC末端側の転写活性化ドメイン(AD)からなる転写制御因子である。両ドメインは自律的に機能し、DBDは単独でDNAに結合できるが転写の活性化は起こせず、ADはDNAに結合できないが、転写を活性化できる。この性質を応用して開発されたのが酵母ツーハイブリッド法である。即ち、Gal4のDBDに目的の蛋白質を融合した蛋白質(ベイト)と、Gal4のADに別の蛋白質を融合した蛋白質(プレイ)を酵母細胞に導入した場合、ベイトとプレイとが核内で相互作用すれば、酵母細胞内で転写制御複合体が再構成され、Gal4結合部位依存的に転写が活性化されることになる。この活性をレポーター遺伝子を用いて検出することにより、ベイト及びプレイの間の相互作用を容易に評価できる。しかし、酵母ツーハイブリッド法は、核内での人工的な蛋白質会合を反映したものであり、現実の生命現象とは異なる場合もあることや、擬陽性が多い、リアルタイム計測が困難、細胞内でしか測定できないという欠点がある。
【0004】
(2)蛋白質の再構成と共にレポーター蛋白質の切断を介在させる方法
ユビキチンは76アミノ酸からなる小さな蛋白で、プロテアソームを介する不要蛋白質の分解に関係する。真核細胞では、ユビキチンが蛋白質に結合すると、ユビキチン結合蛋白質(UBP)により、迅速にユビキチン−蛋白質結合部位で切断される活性があるが、この際、ユビキチンが正確にフォールディングされている必要がある。そこで、ユビキチンをN末端(Nub)とC末端(Cub)に分割し、NubのC末端とNub のN末端にそれぞれ対象とする蛋白をリンカー介して結合し、さらにCubのC末端にはDHFRなどのレポーター蛋白を結合する。もし、対象の蛋白質間で相互作用がおこると、互いに接近するユビキチンが正しい折り畳みを起こし、UBPにより結合しているレポーター蛋白質が切断され、この切断を電気泳動などで確認することができる。ただし、切断前後でレポーター蛋白質の機能が変化するわけではないので、切断は電気泳動などでアッセイする必要があり、煩雑さが伴う。
【0005】
(3)プロテインスプライシングを利用した手法
これは、酵母の発生期の翻訳産物から内部の蛋白質(Intein)が正確に切り出され、その両側(外側の)2つの蛋白質断片(Extein)がライゲーションされる現象を利用した方法である。すなわち、このInteinを2つに分割し、それぞれにExteinを結合し、他方の末端にプレイとベイトを結合すると、それらが相互作用した場合、2つのIntein由来の断片が接近し、元の形にフォールディングされることにより、スプライシング活性が回復し、Exteinがライゲートされ切り出される。この Exteinにレポーター蛋白質の断片を用いると、これによりレポーター蛋白質が再構成され、その回復した酵素活性などの機能により蛋白質間相互作用が評価できる。ただし、実際に酵素活性が観察される時間が長く、またバックグラウンドが高いといった問題がある。
【0006】
(4)蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)
FRETは、蛍光分子から他の分子へ励起エネルギーが移動する現象であり、これを利用した分子センサーは広く利用されている。エネルギーを与える分子はドナー(供与体)、受け取る分子はアクセプタ(受容体)と呼ばれる。FRETが起こるためには、ドナーの蛍光スペクトルとアクセプタの吸収スペクトルに重なりがあることと、ドナーとアクセプタが接近して存在することが必要となる。FRETが起きた時、ドナーの蛍光は弱まり、アクセプタが蛍光分子であればその蛍光が観察される。そこでドナーを励起した時のドナーの蛍光強度とアクセプタの蛍光強度をモニターすることでFRETの測定が行える。FRETの測定としては、GFP(Green fluorescent protein)などの蛍光蛋白質を利用したFRET測定が広く行われている。蛍光蛋白質は特定の蛋白質と融合させて細胞に発現させることができるため、細胞内で起こる蛋白質間の相互作用を検出する有効な手段となっている。FRETは分子間の距離を測るだけでなく、分子の濃度や活性化状態を知るインジケータとしても使われている。FRETのイメージングは生きている細胞内で起こるさまざまな分子レベルの事象をリアルタイムで可視化することを可能にしている。しかし、ドナーとアクセプタの存在比が適切でなければならず、また蛍光分子も消光するために、測定可能な条件や時間が限られるといった問題がある。また、酵素などによるシグナル増幅効果がないために感度が悪い。
【0007】
(5)PCA法(プロテイン・フラグメント・コンプリメンテーション・アッセイ)
PCA法では、一つの機能蛋白質A(酵素、転写因子など)を二つの断片A1及びA2に分割し、それぞれをベイト及びプレイと融合し、融合蛋白質A1−P及びA2−Qを作製する。ベイト及びプレイが結合すると、機能蛋白質Aの機能が回復し、その活性を検出することで、ベイト及びプレイの相互作用を判定することができる。機能蛋白質としては、例えばβ−ラクタマーゼ、DHFRやβ−ガラクトシダーゼ(β-Gal)、GFP、ルシフェラーゼを利用することができる。
【0008】
ルシフェラーゼを用いる手法は、酵素の発光効率が高いことを特徴とし、もっとも高い感度を実現できる。これまでにFirefly、Renilla、Gaussia由来のルシフェラーゼを用いたPCAが報告されている。Firefly(ホタル)ルシフェラーゼは、2つのドメイン構造から成り立っており、ドメイン間には大きな溝が存在し、活性部位を形成している。PCAには、ドメイン境界付近の、420、437、445、455番目の間で切断した断片を用いることができる(Paulmurugan et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 15608-15613, (2002)、Paulmurugan et al., Anal. Chem. 77, 1295-1302(2005))。Renilla(ウミシイタケ)ルシフェラーゼでは、91、229番目で切断した断片を用いたPCAが報告されている(Paulmurugan et al., Anal. Chem. 75, 1584-1589 (2003)、Kaihara et al., Anal. Chem. 75, 4176-4181 (2003))。Gaussia(海洋性カイアシ類)ルシフェラーゼでは、93、94番目で断片が用いられた。(Remy et al., Nat. Methods 3, 977-979 (2006))
【0009】
ルシフェラーゼによるPCAでは、高いバックグランドシグナルや、酵素活性の回復率が低いことが問題となっている。また、蛋白質の安定性等の問題により、ルシフェラーゼの細胞外PCAは主に細胞内での実施であり、細胞外としては、細胞ライセートを用いた例があるのみで(I. Remy and SW Michnick, Nat. Methods, 3, 977-979 (2006)、Paulmurugan et al., Cancer Res. 15, 7413-7420 (2005))、精製蛋白質では例がない。また、他の酵素断片を用いたPCAでも、試験管内で分子間相互作用を酵素活性として検出可能な系は極めて少ない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Paulmurugan et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 15608-15613, (2002)
【非特許文献2】Paulmurugan et al., Anal. Chem. 77, 1295-1302(2005)
【非特許文献3】Paulmurugan et al., Anal. Chem. 75, 1584-1589 (2003)
【非特許文献4】Kaihara et al., Anal. Chem. 75, 4176-4181 (2003)
【非特許文献5】Remy et al., Nat. Methods 3, 977-979 (2006)
【非特許文献6】I.Remy and SW Michnick, Nat. Methods, 3, 977-979 (2006)
【非特許文献7】Paulmurugan et al., Cancer Res. 15, 7413-7420 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記した従来技術の問題点を解消することを解決すべき課題とした。すなわち、本発明は、蛋白質の安定性、再構成効率、及び比活性に優れ、微量の分子であっても迅速に分子間の相互作用又は接近を検出できる方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを接触させ、上記レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することによって、分子間の相互作用又は接近を検出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明によれば、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを接触させ、上記レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することを含む、分子間の相互作用又は接近を検出する方法が提供される。
【0014】
好ましくは、レポーター酵素はルシフェラーゼである。
好ましくは、レポーター酵素はホタルルシフェラーゼである。
好ましくは、レポーター酵素の変異体は、H245,K529、及び/又はK443の何れかのアミノ酸残基において置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体である。
【0015】
好ましくは、レポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体が、K529又はK443のアミノ酸残基において置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体であり、レポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体が、H245残基においてアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体である。
【0016】
好ましくは、レポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体が、
(i)K529及びH245においてアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体、又は
(ii)K443及びH245においてアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体である。
【0017】
好ましくは、レポーター酵素の変異体のうちH245,K443,K529におけるアミノ酸置換がそれぞれH245D, K443A, K529Aである。
好ましくは、分析対象の2種類の分子が、タンパク質または核酸である。
【0018】
さらに本発明によれば、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子との組み合わせを含む、請求項1から5の何れかに記載の方法により分子間の相互作用又は接近を検出するための試薬キットが提供される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、数個のアミノ酸変異を有する全長のルシフェラーゼを用いるために、安定性や活性は飛躍的に改善され、これまで実用が困難であった試験管内でのルシフェラーゼ発光を用いた蛋白質間の相互作用の測定が可能となる。本発明によれば、DNA結合蛋白質同士の相互作用のほか、同程度のサイズの二つの蛋白質同士、すなわち抗体可変領域VH/VL、2個の一本鎖抗体、抗原と一本鎖抗体、リガンドと受容体など広範な相互作用の検出が可能である。
【0020】
また、本発明の方法は発光を用いた検出法であるため、数nM程度の試料100μl(pmol以下)と通常の基質ルシフェリンおよびATPおよび発光検出器があれば検出を行うことができ、簡易検出系への応用が容易である。また検出時間は1サンプルあたり数秒ですむ。また、サンプルの固定化及び洗浄を省略することも可能であり、更に短時間での測定が可能となる。試験管内で検出可能な均一系蛋白質間相互作用検出系としてはβガラクトシダーゼ変異体Δα/Δω相補性に基づく検出系や、蛍光標識蛋白間のエネルギー移動(FRET)を利用した方法が知られているが、それらと比較しても検出時間とS/B比において、本発明の方が優れている(Ueda et al., J. Immunol. Methods, 279, 209-218, 2003)。また、二種類の全長酵素を用いる蛋白質間相互作用検出系として知られているEnzyme Channeling Assayと比較した場合、Enzyme Channeling Assayでは測定に時間がかかるなどの問題が知られているが、本発明では数秒という短時間での検出が可能である。
【0021】
さらに本発明の検出系は、原理的にありとあらゆる分子間相互作用検出に適用可能であり、特に診断マーカーや農薬、環境汚染物質などの簡易検出キットに応用できる。特に、サンドイッチELISA法の代替とすることも可能である。また、本発明で用いる検出系プローブ(レポーター酵素の変異体)は蛋白質であるため、GFP変異体を用いたプローブと同様これを細胞に発現させることで、高感度な細胞レベルや生体レベルの相互作用検出に基づく画像診断が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、ホタルおよびヒカリコメツキルシフェラーゼの行う二段階の触媒反応(即ち、ルシフェリンLH2のアデニル化反応(LH2-AMP生成反応)、および中間体LH2-AMPの酸化的発光反応)を示す。
【図2】図2は、実施例の概要を示す。特定の二本鎖DNA配列を認識可能な亜鉛フィンガー蛋白質Zif12とルシフェラーゼ変異体の融合蛋白質を作製し、2つのZif12の認識配列が近接している場合は、2つの融合蛋白質が2本鎖DNA上で空間的に接近するため、変異体1から放出された中間体LH2-AMPが効率的に、変異体2へと受け渡され発光反応速度が増大する。
【図3】図3は、Zif12とルシフェラーゼ変異体の融合蛋白質にLH2溶液を添加し、1秒間の発光強度を測定した結果を示す。
【図4】図4は、固定化DNA結合時の二種類のZif12ルシフェラーゼ変異体の融合蛋白質単独ないし混合時(中央)の発光強度を測定した結果を示す。(A)N/Cドメイン混合時の発光活性、(B) K529A/H245D + K529A混合時の発光活性、及び(C) K443A/H245D + K443A混合時の発光活性を示す。
【図5】図5は、変異体ペアK529A/H245DとK529Aについて混合比を変化させて発光強度を測定した結果を示す。
【図6】図6は、変異体ペア(A)K529A/H245D + K529A及び(B) K443A/H245D + K443Aを発光反応液中にて単に混合し測定した時の発光活性を示す。
【図7】図7は、変異体(単独あるいはペア)に基質を添加した場合の発光活性の0.1秒毎の時間変化を示す。IR DNAの添加の有無による活性への影響を示す。
【図8】図8は、変異体ペアにthioredoxin認識抗体を添加した場合の基質添加から2分間の発光活性(積算値)を示す。
【図9】図9は、FKBP12の配列を示す。
【図10】図10は、FRBの配列を示す。
【図11】図11は、変異体ペアにラパマイシンを添加した場合の発光活性の0.1秒ごとの時間変化を示す。実線はラパマイシン(50 nM)添加時を示し、点線はラパマイシン非添加時を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態についてさらに具体的に説明する。
細胞内での高感度蛋白質間相互作用検出系として、発光酵素ホタルルシフェラーゼのN末側(Nドメイン)とC末側(Cドメイン)を目的蛋白質と融合させることで、相互作用の強弱を発光量で検出できるProtein Fragment complementation (PCA)法が知られている。しかし、試験管内でのN/CドメインによるPCAは、断片化ルシフェラーゼの融合蛋白質が不安定であり、再構成効率が低いためこれまで殆ど報告がない。一方、ルシフェラーゼの触媒反応はルシフェリンLH2のアデニル化反応(LH2-AMP生成反応)、および中間体LH2-AMPの酸化的発光反応 (図1)の二段階で進行することが明らかとなっている。これまでに、中間体LH2-AMPを生成することができるが、二段階目の反応が極めて遅いためLH2-AMPを大量に酵素外に放出する変異体としてホタルルシフェラーゼの245番目のヒスチジンをアスパラギン酸に置換した変異体(H245D)が報告されている(Branchini et al., Biochemistry, 37, 15311-15319, 1998、Ayabe et al., FEBS Lett. 579, 4389-4394, 2005)。また、別のホタルルシフェラーゼ変異体として、529番目のリジンをアラニンに置換したK529Aは、第一段階のアデニル化反応はほとんど進行しないが、第二段階目のLH2-AMPの酸化的発光反応を効率よく行うことができることが知られている(Branchini et al., Biochemistry, 44, 1385-1393, 2005)。また,H245Dと同様、第二段階の酸化的発光反応が律速となる(Branchini et al., Biochemistry, 44, 1385-1393, 2005)とされながら、反応中間体アナログとの結晶構造(Nakatsu et al., Nature 440, 372-376, 2006)からはその結果が疑問視されている、443番目のリジンをアラニンに置換した変異体(K443A)も報告されている。そこで、本発明においては、これら変異体の様々な組み合わせの中から、片方の変異体から生成した中間体がもう片方の変異体に消費されて発光するという分子間二段階反応を効率的に行う組み合わせを見つけることを試みた。
【0024】
具体的には、本明細書の実施例においては、上記の変異体と二本鎖DNA配列を特異的に認識可能なZif12を用いて特異的DNA配列検出へ応用した。具体的には野生型、及び作用点のはっきりしないK443Aを含む、各変異体Fluc、N-domain (1-437 aa)、C-domain (394-550 aa)とZif12の融合蛋白質発現ベクターを作製し、大腸菌BL21(DE3, pLysS)で発現させ、融合蛋白質C末に付加したHisタグを利用した金属アフィニティ精製を行った。その後ELISAによるZinc fingerの結合能の確認、および各変異体の比活性が文献通り野生型の1%以下である事の確認を行った。ついで作製した変異体単独、およびその全ての組み合わせのペアで固定化DNAを用いた活性測定を行ったところ、Zif12が特異的に2個結合する配列であるIRを固定化した場合に殆どの組み合わせで二つの変異体の平均の活性が検出され、Zif12が1個のみ弱く結合する配列であるSSを固定化した場合には活性が検出されなかった。しかしすでに報告されているNドメインとCドメインおよびH245DとCドメインの融合蛋白質ペアについて、若干ではあるが平均値以上の活性が検出された。そこで、Cドメイン融合蛋白質に比べ高い発光活性を示すH245Dに更に変異を導入した二重変異体K529A/H245D(5H)およびK443A/H245D(4H)を作製し、バックグラウンド活性を下げることでより高い応答を示すペアが得られることをもくろみスクリーニングを行った。その結果、5Hあるいは4H、およびK529AあるいはK443Aの4つの変異体間ペアが有意に平均以上の発光活性を示すことが判明した。また、発光測定時間を3分から1秒に短くすることで、更に高い活性上昇率を得ることができた。これらの変異体ペアを溶液中で単に混合して反応させた場合にはこのような活性上昇は殆ど見られなかったことから、活性上昇はDNAとZif12を介して二つの変異体同士が近接したことを反映していると考えられた。すなわち、マイクロプレートに固定化した状態ではあるがDNAを介して二つのタンパク質を相互作用させたときに期待値の7倍程度の活性上昇が得られる相互作用検出系が取得できた。また得られた信号強度は従来のN/C相補系の約1000倍かつ野生型の1%以上の強いものであった。また活性上昇の見られた変異体の組み合わせとその反応の早さから、この活性上昇は分子シャペロンのない細胞外では起こりにくいドメイン再構成によるものでなく、H245D変異を持つ変異体が生成した中間体をもう片方の変異体が消費した結果と思われた。すなわち、酸化的発光反応が律速であるH245D変異を持つ変異体が放出する微量の中間体を、アデニル化反応が律速であるK529AないしK443Aが消費することで、発光強度が顕著に増大したと思われた。また、この際H245Dに二重変異を導入することで中間体の生成量が減少することで、中性pHで加水分解しやすい中間体が二重変異体近傍に局在し、近傍にある変異体酵素のみが活性化される条件が実現できたものと推測された。
【0025】
本発明による分子間の相互作用又は接近を検出する方法は、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを接触させ、上記レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することを特徴とする。
【0026】
2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の種類は特に限定されないが、好ましくはホタルルシフェラーゼ、ヒカリコメツキルシフェラーゼ、アセチルCoA合成酵素、グラミシジン合成酵素等のアシルアデニル酸/チオエステル形成酵素スーパーファミリーに属する酵素を挙げることができる。なお、本発明においては生じる反応中間体が共通であれば、検出に用いる二種類の変異体が異なる酵素由来でも構わない。
【0027】
発光(ルミネッセンス)とは励起されたエミッター分子が引き起こす可視スペクトル範囲内の光子放射に与えられる用語である。蛍光とは対照的に、発光のエネルギーは短波長照射の形で外部から供給されるものではない。化学発光と生物発光とは明確に区別されている。化学発光は、励起分子を与える化学反応に与えられた用語であって、その励起分子自体では、励起水準にある電子が正常エネルギー水準に戻る時に光を放射する。生物発光は、この反応が酵素で触媒される時に使用される用語である。この反応に関与する酵素は、一般にルシフェラーゼと呼ばれる。
【0028】
ルシフェラーゼは、その起源またはその基質特異性(もしくは反応機構)に基づいても相互に区別できる。最重要な基質には、セレンテラジンおよびルシフェリン、およびこれら二化合物の誘導体が含まれる。
【0029】
今回用いたアメリカホタル(Photinus pyralis)ルシフェラーゼのアミノ酸配列を以下に示す(配列番号17)。なお、異なる種族由来のルシフェラーゼにおいて対応する残基が異なる場合、以下の記述はその相同配列上、相当する残基に読み替え可能である。
1 MEDAKNIKKG PAPFYPLEDG TAGEQLHKAM KRYALVPGTI AFTDAHIEVN ITYAEYFEMS
61 VRLAEAMKRY GLNTNHRIVV CSENSLQFFM PVLGALFIGV AVAPANDIYN ERELLNSMNI
121 SQPTVVFVSK KGLQKILNVQ KKLPIIQKII IMDSKTDYQG FQSMYTFVTS HLPPGFNEYD
181 FVPESFDRDK TIALIMNSSG STGLPKGVAL PHRTACVRFS HARDPIFGNQ IIPDTAILSV
241 VPFHHGFGMF TTLGYLICGF RVVLMYRFEE ELFLRSLQDY KIQSALLVPT LFSFFAKSTL
301 IDKYDLSNLH EIASGGAPLS KEVGEAVAKR FHLPGIRQGY GLTETTSAIL ITPEGDDKPG
361 AVGKVVPFFE AKVVDLDTGK TLGVNQRGEL CVRGPMIMSG YVNNPEATNA LIDKDGWLHS
421 GDIAYWDEDE HFFIVDRLKS LIKYKGYQVA PAELESILLQ HPNIFDAGVA GLPDDDAGEL
481 PAAVVVLEHG KTMTEKEIVD YVASQVTTAK KLRGGVVFVD EVPKGLTGKL DARKIREILI
541 KAKKGGKSKL
下線:H245,K443,K529
【0030】
ホタル(Firefly)ルシフェラーゼ発光反応は、下図に示すように2段階で進行する。まず、ルシフェリン(LH2)のカルボキシル基がATPのα位のリン酸基を攻撃し、LH2-AMP中間体を酵素内でいったん生成したのち、ピロリン酸(PPi)が放出される。次いで、酵素がこの中間体と反応して、AMP,CO2とともに、励起状態のオキシルシフェリンを生成し、これが基底状態へと移動する。この際、差分のエネルギーが黄緑色の可視光(560nm)として放出される。このエネルギー変換の量子効率は極めて高く、ほぼ90%に達する。ホタル(Firefly)ルシフェラーゼはin vitro培養された動物、細菌、昆虫、植物、酵母やウイルス細胞の活性化を調べるために使用されている。ホタルルシフェラーゼアッセイは、他のレポーター遺伝子アッセイに比べ、極めて高感度、迅速、簡便かつ安全(Non-radioisotopic)である。ルシフェラーゼアッセイはラジオアイソトープを使用したCATアッセイに比べ100-1000倍も高感度で、測定可能範囲も広い。
【0031】
【化1】

【0032】
他のルシフェラーゼとして、Renilla(ウミシイタケ)やGaussia(海洋性カイアシ類)ルシフェラーゼを挙げることができる。Renilla(ウミシイタケ)ルシフェラーゼは、ATP非要求性であり、基質であるセレンテラジンを用いて発光反応を触媒する(下図)。Gaussia(海洋性カイアシ類)ルシフェラーゼもまた、ATPを必要とせず、セレンテラジン酸化の触媒によって発光(470nm)する。GaussiaルシフェラーゼはFirefly、Renillaルシフェラーゼの1000倍以上のシグナル強度を持ち、安定性が非常に高いという特徴を有している。
【0033】
【化2】

【0034】
これまでにホタルルシフェラーゼ活性に関わるアミノ酸残基に関する研究が行われており、245番目のヒスチジン (Branchini et al., Biochemistry, 37, 15311-15319, 1998、Ayabe et al., FEBS Lett. 579, 4389-4394, 2005)、529番目のリジン(Branchini et al., Biochemistry, 39, 5433-5440, 2000))及び443番目のリジンの重要性が明らかとなっている。245番目のヒスチジンをアスパラギン酸に変換したH245D変異体では、反応中間体であるLH2-AMPを大量に生成・放出することが見出されており、二段階の反応(ルシフェリンLH2のアデニル化反応、および反応中間体LH2-AMPを用いた酸化的発光反応)のうち、第二段階目の酸化的発光反応が律速となっていた。よって、245番目のヒスチジンは、酸化的発光反応で重要な役割を果たしているといえる (Ayabe et al., FEBS Lett. 579, 4389-4394, 2005)。また、529番目のリジンをアラニンに変換したK529A変異体では、アデニル化反応速度が大きく低下していたが、反応中間体LH2-AMPを添加することで、すみやかに酸化的発光反応を起こすことから、529番目のリジンはアデニル化反応において特に重要な役割を担っていることが明らかとなった。同様に、443番目のリジンをアラニンに変換したK443A変異体においては、アデニル化反応速度にはほとんど影響がなく、酸化的発光反応速度が低下しており、酸化的発光反応での重要性が示唆されている(Branchini et al., Biochemistry, 44, 1385-1393, 2005)。しかし最近の構造解析の結果(Nakatsu et al., Nature 440, 372-376, 2006)から、この結果の評価はまだ定まっておらず、K443が発光反応にいかに関与しているかは検討の余地がある。これらの実験結果から上記の通り、本発明で用いるレポーター酵素の変異体としては、H245D およびK529A、(及び/又はK443A)の何れかのアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体が好ましい。また、K529およびK443については、他のアミノ酸置換体も同様に好ましいと考えられる。
【0035】
本発明において、相互作用を調べたい2種類の分子の種類は特に限定されないが、生体分子であることが好ましく、例えば、タンパク質または核酸などを挙げることができる。
【0036】
本発明では先ず、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを用意する。
【0037】
分析対象の2種類の分子がタンパク質である場合(第一のタンパク質及び第二のタンパク質と称する)には、通常の遺伝子組み換え技術に従って、第一のタンパク質をコードするDNAとレポーター酵素の第一の変異体をコードするDNAとを適当な発現ベクター中に連結した状態で組み込むことによって、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子を発現することができる第一の組み換え発現ベクターを構築することができる。同様に、第二のタンパク質をコードするDNAとレポーター酵素の第二の変異体をコードするDNAとを適当な発現ベクター中に連結した状態で組み込むことによって、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体を分析対象の2種類の分子の他方に連結した第一の分子を発現することができる第二の組み換え発現ベクターを構築することができる。
【0038】
次いで、上記のようにして構築した第一の組み換え発現ベクターと、第二の組み換え発現ベクターとをそれぞれ個別に適当な宿主に形質転換して、上記宿主を培養することによって、上記第一の分子及び第二の分子を発現させ、培養物から上記第一の分子及び第二の分子を個別に回収することができる。このようにして回収された第一の分子及び第二の分子を用いて、これらを、例えばインビトロで接触させることによって、レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することができる。
【0039】
あるいは、上記した第一の組み換え発現ベクターと、第二の組み換え発現ベクターとを適当な同一の宿主に形質転換して、上記宿主を培養することによって、上記第一の分子及び第二の分子を発現させ、該宿主内でレポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することもできる。
【0040】
上記した発現ベクター、及びそれに適した宿主の組み合わせは当業者には公知である。 発現ベクターとしては、宿主細胞において自立複製可能ないしは染色体中への組込みが可能で、上記目的とするDNAを転写できる位置にプロモーターを含有しているものが用いられる。宿主としては、例えば、細菌(例えば、エッシェリヒア属、セラチア属、コリネバクテリウム属、ブレビバクテリウム属、シュードモナス属、バチルス属、ミクロバクテリウム属等)、酵母(クルイベロミセス属、サッカロマイセス属、シゾサッカロマイセス属、トリコスポロン属、シワニオミセス属等)、動物細胞(ナマルバ細胞、COS1細胞、COS7細胞、CHO細胞等)、又は昆虫細胞(Sf9細胞、Sf21細胞等)等を挙げることができる。なお、組換え発現ベクターの宿主への導入方法も当業者には公知で、宿主の種類に応じて、例えば、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、プロトプラスト法、スフェロブラスト法、酢酸リチウム法、リポフェクション法などを用いることができる。
【0041】
また、相互作用を調べたい2種類の分子が核酸である場合(第一の核酸及び第二の核酸と称する)には、第一の核酸に、レポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体を連結し、第二の核酸に、レポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体を連結する。核酸と、レポーター酵素の変異体との連結方法としては、核酸結合蛋白質を介した方法、ビオチン標識とストレプトアビジンを用いた方法(Sano et al., Science 258, 120-122, 1992), Native chemical ligationを用いた方法(Takeda et al., Org. Biomol. Chem. 6, 2187-2194, 2008)などがある。
【0042】
本発明では、レポーター酵素の第一の変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、レポーター酵素の第二の変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを接触させて、上記レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することによって、上記分子間の相互作用又は接近を検出する。本発明においては、2種類の分子の相互作用を、上記の通り分析することができる。更に本発明においては、上記の分析対象の2種類の分子が結合する別の標的分子を共存させることによって、該標的分子への上記2種類の分析対象の分子の結合を検出することもできる。即ち、レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行が検出された場合には、上記標的分子に分析対象の2種類の分子が結合したことが示され、レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行が検出されなかった場合には、上記標的分子に分析対象の2種類の分子が同時には結合していないことが示される。分析対象の2種類の分子が抗体である場合には、上記標的分子としては、該抗体に対する抗原を用いることができる。また、分析対象の2種類の分子が核酸である場合には、上記標的分子としては、上記核酸の塩基配列に対して相補的な塩基配列からなる核酸を用いることができる。
【0043】
更に本発明によれば、上記した2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを組み合わせることによって、分子間の相互作用又は接近を検出するための試薬キットを提供することができる。
【0044】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
実施例1:
本実施例では、特定の二本鎖DNA配列を認識可能な亜鉛フィンガー蛋白質、Zif12 (図2、Yoshitake et al., Biosens. Bioelectron., 23, 1266-1271, 2008) とルシフェラーゼ変異体の融合蛋白質をいくつか作製した。2つのZif12の認識配列が近接している場合、2つの融合蛋白質は2本鎖DNA上で空間的に接近するため、変異体1から放出された中間体LH2-AMPが効率的に、変異体2へと受け渡され発光反応速度が増大することを期待した(図2)。
【0046】
Zif12と融合するホタルルシフェラーゼ変異体として、H245D、K529A 、およびK443A、さらにK529AとH245Dのアミノ酸置換を組み合わせた変異体K529A/H245D(5H)、及びK443AとH245Dのアミノ酸置換を組み合わせた変異体K443A/H245D(4H)の合計5種類を選び、特異的DNA存在下での発光活性測定を行った。また、従来のPCA法との比較のための参照実験として、ルシフェラーゼのNドメイン(1-437番目)のみもしくはCドメイン(394-550番目)のみとZif12との融合蛋白質を作製、同様に発光活性を測定した。
【0047】
以下の実施例で使われる略語は以下の通りである。
LB:1%バクトトリプトン、0.5% イーストエクストラクト、0.5% NaClを含む液体培地
LBA:100 μg/mlアンピシリンを含むLB
LBAG:100 μg/mlアンピシリン及び 1% グルコースを含むLB
LBAC:100 μg/mlアンピシリン及び 33 μg/mlクロラムフェニコールを含むLB
LBAGプレート:100 μg/mlアンピシリン及び 1% グルコースを含むLB寒天培地
LBACプレート:100 μg/mlアンピシリン及び33 μg/mlクロラムフェニコールを含むLB寒天培地
SOC:2%バクトトリプトン、0.5% イーストエクストラクト、0.05% NaCl、2.5 mM KCl、20 mMグルコース、10 mM MgCl2を含む培地
IPTG:イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド
PBS:137 mM NaClと2.7 mM KClを含む10 mM phosphate buffer(pH 7.2)
PBST:0.1% triton-X100を含むPBS
PBSB:1 % BSAを含むPBS
TAEバッファー:1 mM EDTAを含む40 mM Tris-acetate(pH 8.3)
Extraction buffer: 50 mM Na2HPO4-NaH2PO4, 300 mM NaCl (pH 7.0)
TALON溶出液:50 mM Na2HPO4-NaH2PO4, 300 mM NaCl, 250 mM imidazole (pH 7.0)
蛋白質保存用バッファー: 60 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.8M 硫安, 90 mM KCl, 1 mM MgCl2, 90 μM ZnCl2
発光測定用バッファー:10 mM Tris-HCl, 90 mM KCl, 1mM MgCl2, 90 μM ZnCl2, 50 mM HEPES, 1 mM DTT, 1 % BSA, 2.5 % グリセロール(pH 7.5)
2x LH2溶液:200 mM MOPS, 20 mM MgSO4, 600 μM ルシフェリン(LH2), 20 mM ATP, 2 mg/ml BSA, (pH7.0)
【0048】
すべての実験において、Milli-Q (Millipore Co., Billerica, MA)にて精製した水を用いた。以下、milliQ水と表記する。通常の試薬は特に表記のあるもの以外は、シグマ(St. Louis, MO)、ナカライテスク(京都)、和光純薬(大阪)、関東化学(東京)のものを使用した。オリゴDNAはテキサスジェノミクスジャパン(東京)、またはInvitrogen(東京)にて合成した。
【0049】
Polymerase chain reaction (PCR)には、MJ mini personal thermal cycler (BIO-RAD Laboratories, Inc., Hercules, CA)を、DNA配列決定には、CEQTM 8000 Genetic Analysis System (Beckman Coulter, Fullerton, CA)を使用した。
【0050】
本実験で使用した酵素(AscI、NotI、XhoI、EcoRI、DpnI)は、Takara Bio(大津)、Roche Applied Science(Basel, Switzerland)、New England BioLabs(Ipswich, MA)、Promega Co.(Madison, WI)製のいずれかを使用した。
【0051】
本実験で用いた大腸菌株は以下の通りである。
DH5α: F-, Φ80dlacZΔM15, Δ(lacZYA-argF)U169, deoR, recA1, endA1, hsdR17(rK-, mK+), phoA, supE44, λ-, thi-1, gyrA96, relA1
BL21 (DE3, pLysS): F-, hsdSB(rB- mB-), gal dcm, lacY1, aphC, gor522::Tn10(Tetr), trxB::Kanr (DE3) pLysS(Cmr)
【0052】
本実験で用いたオリゴDNA配列は以下の通りである。
Full-1: 5’-ggcgcgcCTCGAGCTTTCCGCCCTTCTTGGCCT-3’(配列番号1)
Full-2: 5’-ggcgcgccGCGGCCGCCggtggtggtggtagcATGGAAGACGCCAAAAACATAAAG-3’(配列番号2)
Ndomain-1: 5’-ggcgcgcCTCGAGGCGGTCAACTATGAAGAAGTG-3’(配列番号3)
Ndomain-2: 5’-ggcgcgccGCGGCCGCCggtggtggtggtagcATGGAAGACGCCAAAAACATAAAG-3’(配列番号4)=Full-2
Cdomain-1: 5’-ggcgcgcCTCGAGCTTTCCGCCCTTCTTGGCCT-3’(配列番号5)=Full-1
Cdomain-2: 5’-ggcgcgccGCGGCCGCCggtggtggtggtagcGGACCTATGATTATGTCCGG-3’(配列番号6)
M13M3: 5'-gtaaaacgacggccagt-3'(配列番号7)
M13RV: 5'-caggaaacagctatgac-3'(配列番号8)
T7term: 5'-tagttattgctcagcggtgg-3'(配列番号9)
TrxFusBack: 5'-ttcctcgacgctaacctg-3'(配列番号10)
K529A-r: 5'-ctctctgatttttcttgcgtcgagAGCtccggtaagacctttcgg-3'(配列番号11)
K529A-f: 5'-ccgaaaggtcttaccggaGCTctcgacgcaagaaaaatcagagag-3'(配列番号12)
K443A-r: 5'-gccacctgatatcctttgtatGCaattaaagacttcaagcggtc-3'(配列番号13)
K443A-f: 5'-gaccgcttgaagtctttaattGCatacaaaggatatcaggtggc-3'(配列番号14)
【0053】
ターゲットDNAの配列は以下の通りである。配列は水溶液中でヘアピン構造をとり部分二重鎖を形成する(図2)。IRでは、ターゲット配列(Zif12認識配列)が2つ回文配列として存在しているが、SSではターゲット配列は一つのみである。
IR (inverted repeat DNA):
5'-Biotin-ggaTGGGCGCGCCCAgggttttcccTGGGCGCGCCCAtcc-3'(配列番号15)
SS (single site DNA):
5'-Biotin-ggaTGGGCGtatgctgggttttcccagcataCGCCCAtcc-3'(配列番号16)
大文字は、Zif12認識配列を示す。
【0054】
本実験で使用したプラスミドは以下の通りである。
pGEX-WT:野生型ホタルルシフェラーゼ遺伝子を含む(Zako et al., FEBS Lett. 579, 4389-4394, 2005)
pGEX-H245D:ホタルルシフェラーゼ変異体H245Dの遺伝子を含む(Ayabe et al., FEBS Lett. 579, 4389-4394,2005)
pNEB193:New England BioLabs社より購入
pET32-ZiF12-EYFP : Yoshitake et al., Biosensors and Bioelectronics, 23, 1266-1271, 2008.
pET32-ZiF12-LucWT:野生型ルシフェラーゼとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucH245D:H245DとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucK443A:K443AとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucK529A:K529AとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucH245D/K443A:H245D/K443AとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucH245D/K529A:H245D/K529AとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucN:ルシフェラーゼNドメインとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucC:ルシフェラーゼCドメインとZif12との融合蛋白質発現ベクター
【0055】
基本的な実験操作
ライゲーション
ライゲーション反応は、ベクターDNA及びインサートDNAを適量混合し、この混合液と等量の2×Ligation high (TOYOBO. CO., LTD., 大阪)を混合し、16℃で30分インキュベートすることにより行った。
トランスフォーメーション
トランスフォーメーションは塩化カルシウム法で行った。プラスミド(ライゲーション反応物など)と大腸菌を混合し、氷上に30分間静置、42℃で45秒間反応させ、氷上で3分間静置した後、大腸菌液の2倍量のSOC培地を加え、37℃で20分間培養した。培養後、適当な抗生物質を含むLBプレートに塗布し、37℃で一晩培養した。
アガロースゲル電気泳動
DNA断片の確認のための電気泳動は、Agarose S (NIPPON GENE CO., LTD., 富山)を終濃度1%となるようにTAEに溶解して作製したアガロースゲルに、泳動バッファーが終濃度1×となるようにDNA溶液を調整、アプライし泳動を行った。また、その断片を切り出し精製して使用する場合には、バンド周辺のゲルをナイフで切り出し、それをWizard SV Gel & PCR Clean-up System (Promega Co., Madison, WI)を用いて精製した。
【0056】
(1)プラスミド構築の概要
野生型ルシフェラーゼもしくはH245D、Nドメイン、Cドメインの遺伝子をPCRによって増幅し、発現用プラスミドでありZif12遺伝子を有するpET32-ZiF12に組込み、Zif12との融合蛋白質発現ベクター(pET32-ZiF12-LucWT、pET32-ZiF12-LucH245D、pET32-ZiF12-LucN、pET32-ZiF12-LucC)を構築した。その後、pET32-ZiF12-LucWTもしくはpET32-ZiF12-LucH245Dにクイックチェンジ法により443番目、529番目のリジン残基をアラニンに変換することで、Zif12とK443A及びK529A、H245D/K443A及びH245D/K529Aとの融合蛋白質発現ベクター(pET32-ZiF12-LucK443A、pET32-ZiF12-LucK529A、pET32-ZiF12-LucH245D/K443A、pET32-ZiF12-LucH245D/K529A)を構築した。
【0057】
野生型ルシフェラーゼ及びH245D遺伝子をPCRによって以下の様に増幅した。
反応液組成
pGEX-WTもしくはpGEX-H245D 1 μl
プライマー Full-1 (100 nM) 0.5 μl
プライマー Full-2 (100 nM) 0.5 μl
10x ExTaq buffer (Mg2+ 20 mM) (Takara bio Inc., 大津) 10 μl
dNTP Mixture (2.5 mM each) (Takara bio Inc.) 8 μl
5 U/μl ExTaq DNA polymerase (Takara bio Inc.) 1 μl
milliQ 79 μl
【0058】
反応サイクル
1、94℃ 5 min
2、94℃ 30 sec
3、60℃ 1 min 30 sec
4、72℃ 2 min
(2から4を25サイクル)
5、72℃ 10 min
6、15℃で保持
【0059】
ルシフェラーゼNドメインもしくはCドメインをコードする遺伝子を、PCRによって以下の様に増幅した。PCR反応では、プライマーとして、Nドメインの場合にはNdomain-1及びNdomain-2、Cドメインの場合にはCdomain-1及びCdomain-2、用いたほかは、上と同様の条件で行った。
【0060】
増幅したPCR産物は、AscIで切断した後、Wizard SV Gel & PCR Clean-up System (Promega Co)を用いて精製した。また、pNEB193(New England BioLabs)についても、同じくAscIで切断しアガロースゲル電気泳動後、開環状pNEB193に相当するDNAバンドを切り取り、上記の通り精製した。AscI 処理し精製したPCR産物及び開環状pNEB193は、上記の通りライゲーション反応を行い、DH5αのトランスフォームに供し、LBAプレートで培養した。得られたコロニーは、プライマーM13RV、M13M3を用いたコロニーPCRとその後のアガロースゲル電気泳動によって解析した。
【0061】
コロニーPCR反応液組成
プライマー M13RV (5 nM) 1 μl
プライマー M13M3 (5 nM) 1 μl
2x GoTaq (Promega Co.) 5 μl
milliQ 3 μl
【0062】
コロニーPCR反応サイクル
1、94℃ 5 min
2、94℃ 30 sec
3 55℃ 30 sec
4、72℃ 1 min
(2から4を25サイクル)
5、72℃ 2 min
6、15℃で保持
【0063】
コロニーPCRによって、ルシフェラーゼ野生型及びH245D遺伝子に相当するDNAバンドが得られたクローンについては、4 ml LBA液体培地で一晩培養し、回収した大腸菌ペレットからWizard Plus SV Minipreps DNA Purification System (Promega Co.)を用いてプラスミドを抽出し、その後配列を確認した。
【0064】
ルシフェラーゼ野生型及びH245D、Nドメイン、Cドメイン遺伝子が挿入されたpNEB193を、NotI及びXhoI処理によって切断し、アガロースゲル電気泳動後、ルシフェラーゼ野生型及びH245D遺伝子をコードするDNA断片を上記の通り精製した。一方、pET32-ZiF12を同様にNotI及びXhoI処理を行い、上記と同様に開環状pET32-ZiF12を精製し、ルシフェラーゼ野生型及びH245D遺伝子断片とライゲーションし、トランスフォーム、及びLBAプレートで培養後、コロニーPCRを行った。コロニーPCRは、プライマーとして、T7 Term及びTrxFusBackを用いたほかは、上記のコロニーPCRと同様の条件で行った。コロニーPCR産物は、ルシフェラーゼ野生型及びH245D遺伝子内に存在するEcoRIで切断反応後、アガロースゲル電気泳動により解析した。うち正しい切断パターンを与えたクローンを4 mlのLBA液体培地に植菌し、プラスミドを抽出し、pET32-ZiF12-LucWT及びpET32-ZiF12-LucH245Dを得た。それぞれが設計通りのDNA配列を有することは、シーケンシングによって確認した。
【0065】
得られたpET32-ZiF12-LucWT及びpET32-ZiF12-LucH245Dをテンプレートとして用いたクイックチェンジ法により、変異体K443A、K529A、H245D/K443A、H245D/K529Aを得た。以下にプライマーと反応条件を示す。
【0066】
クイックチェンジ反応条件
pET32-ZiF12-LucWTもしくはpET32-ZiF12-LucH245D 1 μl
K443-fもしくはK529A-f (10μM) 1.5 μl
K443-rもしくはK529A-r (10μM) 1.5 μl
Pfu ULTRA Buffer (Stratagene, La Jolla, CA ) 5 μl
dNTP 4 μl
Pfu ULTRA (Stratagene) 1 μl
milliQ 36 μl
【0067】
反応サイクル
1、95℃ 1 min
2、95℃ 30 s
3、55℃ 1 min
4、68℃ 8.5 min
(2から4を18サイクル)
5、16℃で保持
【0068】
得られたクイックチェンジ産物は、1 μl DpnIを加えて1.5時間、37℃で放置した後、数μlをDH5αコンピテントセルに加えて形質転換した。得られたコロニーから上記のようにプラスミド抽出を行い、pET32-ZiF12-LucK443A、pET32-ZiF12-LucK529A、pET32-ZiF12-LucH245D/K443A、及びpET32-ZiF12-LucH245D/K443Aを得た。得られたプラスミドが、設計通りのDNA配列を有することは、シーケンシングによって確認した。
【0069】
(2)蛋白質発現
得られた6種類のベクターによって、大腸菌BL21(DE3)(pLysS)の形質転換を行い、37℃でLBACプレートにて一晩培養し、得られたコロニーをLBAC培地4 mlに植菌し、37℃で一晩培養した。次にその培養液400 μlをLBAC液体培地100 mlに植菌し、37℃で、OD600が約0.5に達したときに、IPTG 1 mMを添加し、蛋白質発現を誘導し、16℃で一晩培養した。
【0070】
(3)蛋白質精製
培養後、菌体を遠心分離操作によって回収し、10 mlのExtraction bufferに再懸濁し、氷上で超音波破砕した後、10000 x g、60 min、4℃で遠心分離し、上清(ライセート)を回収した。
今回発現させた蛋白質にはヒスチジンタグが融合されており、TALON affinity resin (Clontech Laboratories, Inc., Mountain View, CA)を用いて精製を行った。TALON affinity Resin 100 μlにライセート10 mlを添加し、室温で20 min穏やかに反転混合しながら蛋白質を結合させた。卓上遠心分離機によってresinを回収し、上清を廃棄した後、10 ml のExtraction bufferを加えて懸濁するという洗浄操作を3回繰り返した後、Elution Bufferを加えて蛋白質の溶出操作を数回行った。それぞれの溶出液はブラッドフォード法による蛋白濃度測定を行い、濃度が高いと思われるフラクションをNAP5カラム(GE Healthcare UK Ltd., Amersham Place, England)を用いて蛋白質保存用バッファーに置換し、分注して-80℃に保存した。
【0071】
金属アフィニティ精製後サンプルのSDS-PAGEにより、野生型と他変異体 (M.W. 88.3 kDa)、Nドメイン (M.W. 76.7 kDa)、Cドメイン (M.W. 44.8 kDa)とZif12との融合蛋白質が設計したサイズの通り十分な純度で調製できたことを確認した。そこでブラッドフォード法による蛋白濃度測定(プロテインアッセイ,Bio-Rad)にて最終的に各蛋白質の定量を行った。
【0072】
(4)比活性の評価
精製Zif12融合蛋白質を、終濃度10 nMになるように発光測定用バッファーで希釈し、Costar白色96穴プレート(CorningCostar Inc., Corning, NY)に50 μlずつ分注し、2x LH2溶液を50 μl添加し、1秒間の発光強度をAB-2350 ルミノメーターPHELIOS(Atto Co., 東京)を用いて測定した。それぞれの蛋白質終濃度10 nMで発光強度を測定した結果が図3である。これによりNドメイン、Cドメインおよび変異体の発光活性は、野生型の1 %以下であることを確認し、バックグラウンドとして十分に低いことがわかった。
【0073】
(5)DNA結合活性測定
白色96穴プレートにPBS溶液で希釈したストレプトアビジン10 μg/ml を4°Cで一晩固定させた後、PBSBで2時間ブロッキングした後、PBSTで3回洗浄した。次いで10 nMのビオチン化ターゲットDNA(IR、SS)を含むPBSBを50 μlずつ分注し、1時間室温で静置した。PBSTで3回洗浄し、発光測定用バッファーで希釈した様々な濃度の精製Zif12融合野生型ルシフェラーゼを50 μlずつ分注し、1時間静置した。PBSTで3回洗浄し、発光測定用バッファーを50 μlずつ分注した後、2x LH2溶液を50 μl添加して発光強度を測定した。その結果、隣り合った2個のターゲット配列を持つIRを固定化した場合、加えた蛋白質濃度に比例して発光強度が増大したのに対し、ターゲット配列を1個のみ持つSSを固定化した場合シグナルも弱く有意な蛋白質濃度依存性が確認できなった。よって、融合蛋白質のIR特異的DNA結合能が確認できた。
【0074】
(6)2種の変異体混合による発光強度増強
白色96穴プレートにビオチン化IR DNAを上記のように固定し、発現精製して得られたZif12融合蛋白質のうち2つを選び、それぞれを単独で40 nM、あるいは終濃度20 nM(合計40 nM)になるように混合し分注し、上記のように洗浄後発光強度を測定した。発光測定は特に記さない場合基質添加後3秒後から1秒間行い、3サンプルの平均値を求めた。その結果、従来のPCA法であるNドメインとCドメインを組み合わせた場合、それぞれ単独の発光活性から予想される値(平均値)に対しわずか1.3倍の発光強度しか観測されなかった(図4、測定時間3分)。一方、残りの組み合わせのうち、K529A/H245D (5H)+ K529A、5H + K443A、K443A/H245D(4H) + K529A、および4H + K443Aにおいて混合した場合に期待値より顕著に高い活性が観察され、それらの発光強度は5H+K529Aで期待値の7.5倍、4H+K443Aで6.9倍に達した(図4)。また後者で得られた発光強度は、図4で得られたPCA法の場合の1000倍以上でかつ野生型酵素を用いた場合の1%を優に超える強度であった。また活性比率の最も高い変異体ペアである5HとK529Aについてその混合比を変化させて発光強度を測定したところ、図5に示すように混合比が1:1の時に活性が最も高くなった(反応時間3分)。このことから、活性上昇は二種類の変異体がIR-DNAにより単にプレート表面に濃縮されただけでなく、Zif12を介して二種類の変異体同士が1:1で近接したことに起因することが示唆された。さらに、5H と K529A、ならびに4H と K443Aを単に活性測定用バッファー中で1:1で混合(終濃度40 nM)して活性を測定した場合には、両者の平均の発光強度しか得られなかった(図6)。以上より、これらの変異体ペアを用いた場合、従来のPCA法では十分な活性回復が観測されない条件においても、ターゲットDNAと結合して、互いに接近することにより酵素活性が相補され、発光強度が顕著に増大したことが示された。また予想に反して、今回の実験系においてK443A変異体はK529A変異体とほぼ同等の機能を果たすことが明かとなった。
【0075】
実施例2:
実施例1の実験は固定化したDNAに結合した変異体の活性を測定するものであったが、ホモジニアスな溶液中で抗原添加による活性変化が観察されるかどうか検討した。より高い活性変化を得るため、中間体LH2-AMPを多く産生すると考えられるK443A/H245D変異体に対し中間体生成量が高まると期待されるL530R変異(Fujii et al., Anal. Biochem. 366, 131-136, 2007)を、さらに全ての変異体に対して安定性向上が期待される変異E354Kを導入した。すなわち、実施例2で作製したプラスミドは以下の通りである。
pET32-ZiF12-LucK443A/H245D/L530R/E354K : LucK443A/H245D/L530R/E354KとZif12との融合蛋白質発現ベクター
pET32-ZiF12-LucK529A/E354K : LucK529A/E354KとZif12との融合蛋白質発現ベクター
【0076】
(1)変異体プラスミドの構築
pET32-ZiF12-LucK443A/H245Dにクイックチェンジ法を適用し、プライマー1及び2を用いてFlucの354番目のグルタミン酸をリジンに、さらにプライマー3及び4を用いて530番目のロイシン残基をアルギニンに変異させたpET32-ZiF12-LucK443A/H245D/L530R/E354Kを構築した。また同様にしてpET32-ZiF12-LucK529AのFlucの354番目のグルタミン酸をリジンに変異させることで、pET32-ZiF12-LucK529A/E354Kを構築した。プラスミド構築の実験操作は、pET32-ZiF12-LucH245D等と同様に行った。
【0077】
プライマー1:
5'-TTCTGATTACACCCAAGGGGGATGATAAA-3'(配列番号18)
プライマー2:
5'-TTTATCATCCCCCTTGGGTGTAATCAGAA-3'(配列番号19)
プライマー3:
5’- CCGAAAGGTCTTACCGGTAAACGCGACGCAAGAAAAATCA-3'(配列番号20)
プライマー4:
5’- TGATTTTTCTTGCGTCGCGTTTACCGGTAAGACCTTTCGG-3'(配列番号21)
【0078】
(2)蛋白質の発現精製
得られた2種類のベクターを用いて、pET32-ZiF12-LucH245D等と同様に行った。
【0079】
(3)2種の変異体へのDNA添加による発光強度増強
白色Half well 96穴プレート(Costar 3693, CorningCostar Inc., Corning, NY)に、発現精製して得られたZif融合LucK529A/E354KとZif融合LucK443A/H245D/L530R/E354Kをそれぞれ単独で5 nM、 あるいはそれぞれ5 nM (合計10 nM)になるように、100 mM Tricine, 1mg/ ml BSA, pH 8.0で希釈・混合して、50μlずつ分注した。それぞれの混合液に終濃度5 nMの非ビオチン化IR DNAを混合し、対照としてIR DNAを添加しない試料を用意した。ATTO AB-2350ルミノメーターのポンプで200 mM MOPS, 20 mM MgSO4, 2 mg/ml BSA, 75 μM LH2, 20 mM ATP, pH 7.0に調製した基質溶液を各50μl添加し、添加直後から0.1秒ずつ40秒間発光強度を測定し、3サンプルの平均値と標準偏差を求めた。まず、それぞれの変異体単独での測定を行ったところ、Zif融合LucK529A/E354KにIR DNAを混合した場合には、何も混合しなかった場合と比較して、基質添加4秒後に約1.05倍の発光強度が観察された。またZif融合LucK443A/H245D/L530R/E354KにIRを混合した場合には、何も混合しなかった場合と比較して、発光強度の上昇は見られなかった。これらに対し、Zif融合LucK529A/E354KとZif融合LucK443A/H245D/L530R/E354Kとの混合液にIRを混合した場合には、何も混合しなかった場合と比較して、基質添加4秒後に約1.19倍の発光強度が観察された (図7)。以上より、この変異体ペアを用いた場合、ターゲットDNA依存的に両者が接近することによって酵素活性が相補され、発光強度が顕著に増大したことが強く示唆された。
【0080】
(4)2種の変異体への抗体添加による発光強度増強
DNA添加以外の方法で溶液中で二つの融合タンパクを近接させることにより、同様の活性への効果が認められるかどうか検討した。Costar 3693プレートに、発現精製して得られたZif融合LucK529A/E354KとZif融合LucK443A/H245Dをそれぞれ10 nMになるように、100 mM Tricine, 1mg/ ml BSA, pH 8.0で希釈・混合して、50μlずつ分注した。それぞれの混合液にthioredoxin認識抗体 (Trx・TagTM Monoclonal Antibody, Novagen, Cat.No. 71542-3)を1/1000加えたものと、対照として抗体を加えないものを用意し、これらに200 mM MOPS, 20 mM MgSO4, 2 mg/ml BSA, 300 μM LH2, 20 mM ATPを含むpH 7.0に調製した溶液を各50μl添加し、添加直後から2分間の発光強度を測定し、3サンプルの平均値と標準偏差を求めた。thioredoxin認識抗体を混合した場合、混合しなかった場合と比較して基質添加から2分間の積算値で約1.18倍の発光強度が測定された(図8)。以上より、この変異体ペアを用いた場合、融合タンパク中のpET32がコードするthioredoxin部分が抗体と結合し、互いに接近することによって酵素活性が相補され、発光強度が顕著に増大したことが強く示唆された。
【0081】
実施例3:
実施例1、2では、DNA結合ドメインZif12を相互作用ドメインとして利用していたが、DNAによって、異なる変異体同士のヘテロダイマーのみならず、同一の変異体同士のホモダイマー形成も誘導されてしまうという問題があった。そこで、ヘテロダイマーを選択的に形成できる系としてFKBP12とFRBを選び、これらのラパマイシン依存的な二量体形成の発光活性への影響を評価した。
(1)FKBP12およびFRBを融合させた変異体プラスミドの構築
ラパマイシンと結合して二量体形成が誘導されることが知られるFK506結合蛋白質12 kd断片(FKBP12)と、とFKBP-ラパマイシン結合蛋白質FRB(Choi et al., Science 273, 239-242, 1996)を、Zif12のかわりに相互作用ドメインとして使用し、溶液中で相互作用依存的な発光強度増強が得られるかどうか検討した。人工合成したFKBP12ならびにFRB (Mr Gene GMBH, Regensburg, Germany)(図9(配列番号22及び23)、並びに図10(配列番号24及び25))をコードするプラスミドを、制限酵素Sfi IとNot Iで処理し、FKBP12およびFRBをコードする断片を単離した。これらを同じ制限酵素で処理してそれぞれZif12を除去したpET32-ZiF12-LucK443A/H245D/L530R/E354KとpET32-ZiF12- LucK529Q/E354Kに挿入し、pET-FKBP-LucK443A/H245D/L530R/E354KならびにpET-FRBP-LucK529Q/E354Kを得た。なおプラスミド構築の実験操作は、pET32-ZiF12-LucH245D等と同様に行った。
【0082】
(2)蛋白質の発現精製
得られた2種類のベクターを用いて、pET32-ZiF12-LucH245D等と同様に行った。
【0083】
(3)FKBP12あるいはFRBを融合させた2種の変異体へのラパマイシン添加による発光強度増強
ラパマイシン依存的なFKBP12、 FRBの会合により、FKBP12融合LucK443A/H245D/L530R/E354KとLucK529Q/E354Kの近接が誘導され、その結果活性が変化するかどうか検討した。Costar 3693プレートに、FKBP融合LucK443A/H245D/L530R/E354KとFRB融合LucK529Q/E354Kをそれぞれ250 nM (合計500 nM)になるよう、100 mM Tricine, 1 mg/ml BSA, pH 8.0で希釈・混合して、50μlずつ分注した。それぞれの混合液に終濃度1%メタノール中50 nMのラパマイシン溶液を混合し、対照として終濃度1%のメタノールのみを添加した試料を用意した。ルミノメーターのポンプで200 mM MOPS, 20 mM MgSO4, 2 mg/ml BSA, 75μM LH2, 20 mM ATP, pH 7.0に調製した基質溶液を各50μl添加し、添加直後から0.1秒ずつ10秒間発光強度を測定し、3サンプルの平均値と標準偏差を求めた。FKBP融合LucK443A/H245D/L530R/E354KとFRB融合LucK529Q/E354Kとの混合液にラパマイシンを混合しておいた場合に、ラパマイシンを混合しなかった場合と比較して、反応開始0.5秒後に約2.46倍の発光強度が観察された (図11)。以上より、この変異体ペアを用いた場合、ラパマイシンを介したFKBPとFRBの結合によって両者が接近することによって酵素活性が相補され、発光強度が顕著に増大したことが強く示唆された。この際、異なる変異体同士のヘテロダイマーのみが形成されることにより、より高い応答性が得られたものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子とを接触させ、上記レポーター酵素が触媒する酵素反応の進行の有無を検出することを含む、分子間の相互作用又は接近を検出する方法。
【請求項2】
レポーター酵素がルシフェラーゼである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
レポーター酵素がホタルルシフェラーゼである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
レポーター酵素の変異体が、H245,K529及び/又はK443の何れかのアミノ酸において置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体である、請求項1から3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
レポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる第一の変異体が、K529あるいはK443においてアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体であり、レポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体が、H245においてアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体である、請求項1から4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
レポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる第二の変異体が、
(i)H245及びK529においてアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体、又は
(ii)H245及びK443においてアミノ酸置換を有するホタルルシフェラーゼ変異体
である、請求項1から5の何れかに記載の方法。
【請求項7】
レポーター酵素の変異体のうちH245,K443,K529におけるアミノ酸置換がそれぞれH245D, K443A, K529Aである,請求項1-6の何れかに記載の方法。
【請求項8】
分析対象の2種類の分子が、タンパク質または核酸である、請求項1から7の何れかに記載の方法。
【請求項9】
2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって1段階目の反応が律速過程となる変異体を分析対象の2種類の分子の一方に連結した第一の分子と、2段階の酵素反応機構を有するレポーター酵素の変異体であって2段階目の反応が律速過程となる変異体を上記の分析対象の2種類の分子の他方に連結した第二の分子との組み合わせを含む、請求項1から7の何れかに記載の方法により分子間の相互作用又は接近を検出するための試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−268793(P2010−268793A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−99460(P2010−99460)
【出願日】平成22年4月23日(2010.4.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、先端計測分析技術・機器開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】