説明

分析チップ用ガラス基板および分析チップ

【課題】本発明は、分析チップ使用時に各スポットの蛍光強度のS/N比を向上させ、精確で感度の高い測定ができる、バイオチップまたはマイクロ化学チップなどの分析チップ用ガラス基板の提供を目的とする。
【解決手段】ガラス基板がソーダライム系シリカガラスであり、かつFe含有量がFe換算で0.1質量%以下であることを特徴とする分析チップ用ガラス基板。好ましくは、前記分析チップ用ガラス基板の分析チップとして使用する面を表面処理剤で処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、数百〜数万種類以上の遺伝子に対応するDNA、RNA、糖鎖やタンパク質断片などの生体高分子オリゴマを微小量ずつ整列、固定化するバイオチップに好適なガラス素板に関する。また、本発明は、主に化学分析や化学反応用途であって、数百nmから数百μm程度の幅の微細な流路を基板上や基板内部に形成し、流路内で液体試料や液体反応物の輸送、混合、反応、分離精製などを行うことにより、分析の前処理から検出までを同一基板内で終わらせるマイクロ化学チップに好適なガラス素板にも関する。
【背景技術】
【0002】
分析チップの一つである、バイオチップについて最初に説明する。バイオチップの代表的なものとして、多種類のDNAの断片(以下、検出DNAという)を数百〜数万の微小なスポットとして基板上に固定させた、DNAチップがある。DNAチップに人間や動物のDNAで評価したいもの(以下、評価DNAという)を作用させる(ハイブリダイゼーション)ことにより一度に多数のDNAの配列を検出評価し、個体間の配列の違いや、細胞状態の違いによる遺伝子発現量の差などを解析できる。なお、RNA、タンパクまたは糖鎖等についても同様であり、以下の説明では代表例としてDNAについて説明する。
【0003】
バイオチップには、基板上にDNAを固定させる方法により、フォトリソグラフィを利用した固相合成法と、あらかじめ用意した多種類の検出DNAを基板上に並べていくスタンフォード法(スタンピング法または点着法とも称される)とに大別される。いずれの方法によっても基板上に固定化されたDNA(以下、プローブDNAという)に対して、これに作用させるほうの混合DNA断片(以下、検体DNAという)を検出する手段としては、あらかじめ検体DNAに蛍光分子を修飾し、これを蛍光読取装置にかけ、励起光を当てたときの、各スポットの蛍光強度の相対的な強弱を調べるのが一般的である。
【0004】
蛍光強度は励起光強度に対して弱く、また検体DNAの濃度は、最も薄いDNAから最も濃いDNAのものまで千倍から一万倍以上の開きがある。特に、濃度が薄い検体DNAについては、基板自身の表面や付着物(ごみ、有機物汚れ)などからの自家蛍光や反射がノイズとなって、精確な検出が難しい。
【0005】
蛍光強度とノイズの比(S/N比)を向上させるため、凹凸を有する基板上にプローブDNAと親和性の高い膜を形成しておくことでスポット形成の確度を高め、蛍光密度を高くする方法(特許文献1参照)やサンドブラストなどで基板表面に微細な傷をランダムに形成しスポット内の表面積を大きくしてスポット形成の確度を高め、蛍光密度を高くする方法(特許文献2参照)が提案されているが、いずれも基板表面に凹凸を形成する必要があり、そのために特別な材料を使用したり、加工工程および洗浄工程を必要とするなど、原価面で不利である。本発明のように、基板自身によりS/N比を向上させようとする発明はいまだ提案されていない。
【0006】
また、基板表面からの蛍光ノイズ(蛍光バックグラウンド)の低いバイオチップ用基板として、石英ガラス(合成石英、シリカガラスとも称されることがある)やホウケイ酸系ガラスの板が知られているが(特許文献1,2参照)、バッチ処理で製造され、しかも表面を精密研磨するため製造コストが高く、バイオチップ普及の障害の一つとなっている。一方、表面の平坦姓、平滑性に優れ、しかも製造コストの低いガラス板としては、窓ガラスなどに使用されているソーダライム系シリカガラスがあるが、石英ガラスやホウケイ酸系ガラスに比べて蛍光バックグラウンドが高いという問題点があった。
【0007】
すなわち、蛍光バックグラウンドが石英ガラス等と同等の低レベルで、基板として使用する際に精密研磨などを必要とせず、また、基板表面に特段微細な凸凹を形成しなくても充分なS/N比の得られる、低原価な、バイオチップ基板はいまだ提案されていない。
【0008】
同様に、分析チップの一つである、マイクロ化学チップ(microfluidics)においても、チップ上またはチップ内部に形成された流路内を流れる微量の液状分析対象物等を精確で感度の高い蛍光測定ができる低原価なマイクロ化学チップ基板はいまだ提案されていない。なお、本明細書では、以下、バイオチップとマイクロ化学チップを総称して、分析チップという。
【0009】
【特許文献1】特開2003−14744号公報(発明の実施の形態)
【特許文献2】特開2003−107086号公報(発明の実施の形態)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、使用時の蛍光バックグラウンドが低く、各スポットのS/N比を向上させ、精確で感度の高い測定ができる、低原価な分析チップ用ガラス基板の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、ガラス基板がソーダライム系シリカガラスであり、かつFe含有量がFe換算で0.1質量%以下であることを特徴とする分析チップ用ガラス基板を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の分析チップ用ガラス基板をバイオチップ用ガラス基板に使用すると、蛍光バックグラウンドが低いために、検体DNAからの蛍光強度が相対的に高くなり優れたS/N比が得られる。しかもガラス基板のガラスがソーダライム系シリカガラスであるので石英ガラスなどに比べて原料価格が安価で、製造しやすいため原価面でも有利である。平坦で平滑な面が安定して得られるフロート法で製造でき、しかも精密研磨をせずにそのままバイオチップ用ガラス基板として使用できるため、研磨工程や研磨工程後の洗浄・乾燥工程も不要であり、生産性の面でも有利である。そのためバイオチップ診断の普及に大きく寄与できる。
【0013】
また、本発明のバイオチップ用ガラス基板のバイオチップとして使用するガラス面を、プローブDNAと親和性の高い表面処理剤で処理すると、優れたS/N比が得られるようになるほか、バイオチップとしてのデータの再現性がよくなる。
【0014】
このように基板自身により、表面全域にわたって優れたS/N比を有することから、従来のバイオチップの利用方法、測定機器などを特段変更しなくてもそのまま使用でき、しかも、蛍光シグナルを得るための励起光強度を一定に保ったまま、蛍光強度が飽和しやすい高濃度の検体DNAから蛍光強度が微弱な低濃度の検体DNAまでの広い範囲にわたって高精度に測定できる。
【0015】
これにより、バイオチップ上の各試料のスポット径を小さくして、より高密度化、高集積化を図れ、バイオチップ1枚あたりの情報量が向上して、バイオチップの使用枚数を削減できる。1測定で使用するバイオチップの枚数が1枚ですめば、各基板間のデータのバラツキ計算等で補正することが不要となるため測定データの品質、信頼性も向上する。
【0016】
同様に本発明の分析チップ用ガラス基板をマイクロ化学チップに使用すると、チップ上またはチップ内部に形成された流路内を流れる微量の液状分析対象物等を精確に感度よく測定できる。その結果、流路をより微細に設計でき、分析濃度限界を下げ、測定データの品質、信頼性も向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の分析チップ用ガラス基板(以下、本基板という)は、DNAなどの生体高分子オリゴマを固定化するため、または微量の液状分析対象物等を流す流路形成のため、に用いるガラス基板であって、Fe含有量がFe換算で0.1質量%以下であるソーダライム系シリカガラスであることを特徴とする。
【0018】
本発明者は、ソーダライム系シリカガラスにおいて、Fe含有量がFe換算で0.1質量%以下であると、バイオチップに主に利用される、532nmと635nmの励起光に対する、蛍光バックグランド強度が低くなることを見出した。同様に、マイクロ化学チップにおいても、使用される蛍光バックグランド強度も低くなる。なお、本基板においては、ソーダライム系シリカガラスのFe含有量がFe換算で0.07質量%以下であると好ましく、Fe含有量がFe換算で0.05質量%以下であると特に好ましい。
【0019】
本基板において、ソーダライム系シリカガラスのFe含有量以外の組成については、フロート法で製造できるような組成であれば特に制限されないが、酸化物基準でSiOを65〜75質量%、Alを0〜5質量%、NaOを10〜16質量%、KOを0〜5質量%、CaOを5〜15質量%、MgOを0〜7質量%含有すると成形性などの点で好ましい。より好ましくは、さらにKOが0.1質量%、Clが0.1質量%未満であり、Alが1.5質量%以上であるとよい。
【0020】
上記以外の成分として、SrO、BaO、ZnO、ZrO等をガラス基板の機械的特性または熱的特性の調整を目的として、または不純物としてそれぞれ例えば1質量%以下の範囲で含有してもよい。Sb、F、Cl等を清澄剤または不純物としてそれぞれたとえば、0.5質量%以下の範囲で含有してもよい。SnOを、ガラスの還元度調整を目的として、または不純物としてそれぞれ例えば、0.5質量%以下の範囲で含有してもよい。
【0021】
本基板の製造方法としては、特に、制限されるものではないが、フロート法で製造されると平滑性、平坦性に優れた基板を大量に生産できるため原価面で有利となり好ましい。フロート法以外の方法で製造する場合には、必要に応じて精密研磨等を行うことが望ましい。本基板の表面粗さRaとしては、100nm以下であると、シランカップリング剤などの表面処理剤を施しやすく、ハイブリダイゼーションも均一にでき、また検体の蛍光シグナル読み取り時に焦点も均一になるため好ましい。本基板の表面粗さRaが10nm以下であるとさらに好ましく、1nm以下であると特に好ましい。
【0022】
本基板において、分析チップをバイオチップとして使用する場合、その使用するガラス表面に表面処理剤を施して、該ガラス表面にプローブDNAに対して反応性の高い官能基を有するようにすると、プローブDNAをより強固にガラス基板表面に結合できるようになり、優れたS/N比が得られるほか、バイオチップのデータの再現性が高くなるため好ましい。
【0023】
同様に、本基板において、分析チップをマイクロ化学チップとして使用する場合には、流路として使用する部分の表面を、その流路内を流れる液状分析対象物等に対して親和性や反応性のない表面処理剤で処理すると、液状分析対象物等が流路内で閉塞するの防止でき、また、優れたS/N比が得られたり、データの再現性が高くなるため好ましい。
【0024】
このような表面処理剤としては上記のような機能を有するものであれば特に制限されないが、シランカップリング剤が好ましいものとして挙げられる。詳細な原因は不明であるが、ガラス基板とプローブDNAとの結合がシランカップリング剤の仲介により強固になることと、ガラスがソーダライム系シリカガラスであるのでシランカップリング剤との反応点が表面に多く、均一な表面処理がしやすいことと関係しているものと思われる。
【0025】
シランカップリング剤は、有機官能性基をR、無機材料と反応する加水分解性基をXとすると、典型的にはRSiX化学構造を有するもので、有機官能性基Rとしては、ビニル、グリシドキシ、メタクリル、アミノ、メルカプト、アルデヒド、エポキシ、カルボキシル、水酸基などの基を有するものが好ましく挙げられる。一方、Xは塩素とアルコキシ基などが好ましく挙げられる。アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、などが例示される。
【0026】
シランカップリング剤の一例としては、γ−アミノプロピルトリエトキシシランなどが挙げられる。また、シランカップリング溶液としては、上記のシランカップリング剤を、その加水分解性基と同じ構造のアルコール類で希釈し、加水分解性基を活性化させるために、適当量の水分を加えたたものが、好ましく用いられる。
【0027】
本基板において、表面処理剤の使用方法は特に制限されるものではないが、塗布または浸漬などが好ましい方法として挙げられる。例えば、本基板表面を布で拭いたり、アルカリや有機溶剤などで清浄乾燥させた後、当該本基板をシランカップリング溶液中に所定時間浸漬後、乾燥させ、加熱脱水結合させる方法などがよく例示される。ガラス基板上の表面処理剤の厚さとしては、1nm〜100nmであると好ましく、2nm〜50nmであるとさらに好ましく、3nm〜30nmであると特に好ましい。
【実施例】
【0028】
以下に、本発明の実施例を示す。
【0029】
[ガラス基板]
まず、実験に使用した本基板はフロート法で製造した、厚さ1mmのソーダライム系シリカガラス(旭硝子社製)で、約25mm×76mmの長方形にカットされ、表面の付着物を除去するため、10質量%水酸化ナトリウム水溶液に30分間浸漬後、蒸留水でよくリンスして供試体とした。表面粗さ測定機(TAYLOR HOBSON社製、TALYSURF)で測定した、表面粗さRaは約0.6nmであった。
【0030】
一方、比較基板としては市販のソーダライム系シリカガラス(Telechem社製、商品名:SuperClean、約25mm×76mm、厚さ約1mm)を使用した。洗浄法については本基板と同様にした。本基板と同様に測定した、表面粗さRaは約5nmであった。
【0031】
また、本基板および比較基板の組成について、蛍光X線分析装置(リガク社製、商品名:ZSX100e)で測定した値を表1に示す。なお、本基板のガラス組成は本実施例の組成に限定されるものではない。
【0032】
【表1】

【0033】
[評価方法]
供試基板について、蛍光測定装置(Axon社製GenePix4000B)を用いて、励起光のエネルギーを最大値設定(出力100%、エネルギー1000)にし、励起波長532nmおよび635nmに対する基板の蛍光反射を観察した。基板の蛍光反射の観察は、約25mm×76mmの長方形のうち、中央の約25mm×25mmの部位について行った。励起波長532nmおよび635nmに対する観察結果は付属のコンピューターに、それぞれ、単色65536諧調(16ビット)のTIFF形式の画像として取り込んだ。画像の解像度はおよそ1000ピクセル四方になった。
【0034】
得られた画像について、標準的な画像処理ソフトであるGIMPを用い、16ビット階調情報を維持したまま、ヒストグラム解析した。ここでいうヒストグラムとは、画像中の黒(明度0)から白(明度65535)までの各明度の画素が画像中に占める存在比率を、横軸に明度、縦軸にその明度を示す画素の存在数をとってグラフに示したものである。各画素の示す明度が低い(0、すなわち黒に近い)ほど、また、明度の低いところに鋭い分布を有するほど、基板の蛍光バックグラウンドが低く、分析チップ(バイオチップ)用基板として好ましいことを示す。
【0035】
励起波長532nmに対する解析結果を図1に、励起波長635nmに対する解析結果を図2に、それぞれ示す。図1、図2から、本基板(11、21)の方が比較基板(12、22)より明度が低く、しかもピークが急峻で、蛍光バックグランドが低いことから、バイオチップ用ガラス基板として優れていることがわかる。なお、図1、図2について平均明度、標準偏差、中央明度を求めた結果を表2に示す。
【0036】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0037】
本基板は、基板自身からの蛍光バックグラウンドが低いことから、これに対する検体DNA等からの蛍光強度のS/N比が高く、精確な情報が得られる。特に、従来高精度の分析が難しいとされていた、低発現の検体DNAであっても高精度の分析が期待できる。また、S/N比が高いことから、スポットの微小化ができ、高集積化されたバイオチップを提供できる。本基板は前記のような優れた特性を有しながら、フロート法で製造できるガラス基板なので低原価であり、バイオチップの遺伝子関連の研究や遺伝子解析等への普及に大きく貢献する。
【0038】
同様に、本基板は、精確な検出や分析が可能なマイクロ化学チップを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】励起波長532nmに対する蛍光バックグラウンド測定結果。
【図2】励起波長635nmに対する蛍光バックグラウンド測定結果。
【符号の説明】
【0040】
11:励起波長532nmに対する本基板からの蛍光バックグランド特性。
12:励起波長532nmに対する比較基板からの蛍光バックグランド特性。
21:励起波長635nmに対する本基板からの蛍光バックグランド特性。
22:励起波長635nmに対する比較基板からの蛍光バックグランド特性。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基板がソーダライム系シリカガラスであり、かつFe含有量がFe換算で0.1質量%以下であることを特徴とする分析チップ用ガラス基板。
【請求項2】
前記ソーダライム系シリカガラスのFe含有量以外の組成が、酸化物基準でSiOを65〜75質量%、Alを0〜5質量%、NaOを10〜16質量%、KOを0〜5質量%、CaOを5〜15質量%、MgOを0〜7質量%である請求項1記載の分析チップ用ガラス基板。
【請求項3】
前記分析チップ用ガラス基板の分析チップとして使用する面を表面処理剤で処理した請求項1または2記載の分析チップ用ガラス基板。
【請求項4】
前記表面処理剤がシランカップリング剤である請求項1、2または3記載の分析チップ用ガラス基板。
【請求項5】
前記ソーダライム系シリカガラスはフロート法で製造されたガラス板である請求項1〜4のいずれか記載の分析チップ用ガラス基板。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載の分析チップ用ガラス基板を用いることを特徴とする分析チップ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−126179(P2006−126179A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−280007(P2005−280007)
【出願日】平成17年9月27日(2005.9.27)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】