説明

制振構造、及び制振建物

【課題】地震力に対応する適切な制振効果を得るための建物の設計を、建物の各構成部材に過大な付加を与えることなく合理的に、且つ容易に行うことができる制振構造、及びその制振構造を備えた制振建物に関する。
【解決手段】複数の階層からなる建物1の制振構造9において、所定の階層の床7を支持する鉄骨梁5よりも下方に配置されると共に、建物1の鉄骨柱3に両端が支持されて架け渡された補助鉄骨梁11と、鉄骨梁5から補助鉄骨梁11を介して垂下されると共に、鉄骨梁5と補助鉄骨梁11とに軸支された剛な棒体21と、棒体21の下端に固定された重錘体25と、を備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物に入ってきた地震エネルギーを消費することで、建物の振動を低減する制振構造、及びその制振構造を備えた制振建物に関する。
【背景技術】
【0002】
建物に生じる振動を低減する技術として、TMD(Tuned Mass Damper)など建物に付加質量を与える制振構造が知られている。TMDでは、大地震にも有効な制振効果を得るためには建物本体の5〜10%の質量を付加する必要があり、実際の建物に採用するには現実的ではない場合が多い。従って、現状では小質量で済む環境振動対策に多く用いられている。また、その他の付加質量制振構造として、例えば、建物の固有周期と同調して揺れる振り子を利用して建物の振動を消去する振り子型動吸振器(特許文献1参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開平5−47246号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の付加質量制振構造では、地震に対応するための付加質量を所定の階層に集中させる必要があり、そのためには、所定階層の床や梁の性能を他の階層に比べて極端に高め、下階の柱も増加した鉛直荷重に絶えるように性能を高めなければならず、結果的に、建物に載荷できる重量の制約が大きくなって十分な制振効果を得ることは難しかった。また、上述のTMDや振り子型動吸振器では、制振効果を得るために建物の固有周期に応じて周期を同調させる必要があり、例えば、地震によって建物が損傷し、建物の固有周期が変動した場合などには十分な制振効果を得ることは難しかった。その結果として、従来の制振構造では、地震力に対応する適切な制振効果を得るための建物の設計が非常に困難であった。
【0005】
本発明は、以上の課題を解決することを目的としており、地震力に対応する適切な制振効果を得るための建物の設計を、建物の各構成部材に過大な付加を与えることなく合理的に、且つ容易に行うことができる制振構造、及びその制振構造を備えた制振建物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、複数の階層からなる建物の制振構造において、所定の階層の床及びその床を支持する梁の少なくとも一方からなる基準支持部よりも下方に配置されると共に、建物の柱に両端が支持されて架け渡された補助梁と、基準支持部から補助梁を介して垂下されると共に、基準支持部と補助梁とに軸支された剛な棒体と、棒体の下端に固定された錘と、を備えることを特徴とする。
【0007】
地震などの動的外乱を受けて建物が振動するとき、本発明の棒体が垂下された基準支持部(床または梁の少なくとも一方)を基準としてみたときに、建物の基準支持部には、その基準支持部に集中する質量に働く加速度に応じた慣性力が働く。さらに、建物の質量が集中する床に着目すると、建物の変形(基準となる床と下層の床との間の水平方向の相対的な変位、すなわち層間変位)を戻そうとする復元力及び建物の変形速度(層間変形の速度)に応じて床同士の間の相対的な運動を妨げようとする減衰力および建物床部に集約される各階の質量と加速度の積として慣性力が働く。
【0008】
本発明によれば、剛な棒体の下端に固定された錘に働く慣性力が梃子(てこ)作用を奏することで、基準支持部を上記の慣性力とは反対となる方向に戻そうとする力が働き、従って、層間変形を戻す方向の作用が生じることになって、地震などの振動を効果的に抑制できる。さらに、本発明では、制振に要する質量を所定の階層に集中させることなく各階に分散配置できるので、建物の所定階層の構成部材に過大な付加を与える必要がなくなる。その結果として、大地震に対応した適切な質量を適用することができるようになって地震力に対応する適切な制振効果を得易くなる。さらに、従来のTMDや振り子型動吸振器などのように建物の固有周期に同調させる必要がないので、例えば、地震の影響を受けて建物が損傷し、建物の固有周期が変動してしまっても制振効果を継続的に期待できる。その結果として、本発明によれば、地震力に対応する適切な制振効果を得るための建物の設計が、建物の各構成部材に過大な付加を与えることなく合理的に、且つ容易に行うことができる。
【0009】
さらに、補助梁は、柱にピン接合されていると好適である。補助梁が柱に対して剛接合されている場合に比べて、より確実に建物の制振効果を発揮できるようになる。
【0010】
また、本発明は、上述の各制振構造を、上記の複数の階層のうち、少なくとも二以上の階層にそれぞれ設けたことを特徴とする建物である。本発明によれば、制振に要する質量を各階に分散配置させることができるので、大地震に対応する適切な制振効果を得るための建物の設計を、建物の各構成部材に過大な付加を与えることなく合理的に、且つ容易に行うことができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、地震力に対応する適切な制振効果を得るための建物の設計が、建物の各構成部材に過大な付加を与えることなく合理的に、且つ容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態に係る建物及び制振構造を模式的に示す説明図であり、(a)は建物の概略側面図、(b)は、建物のi階を取り出した構造部分に働く力の状態を模式的に示す断面図である。
【図2】本実施形態に係る制振構造の側面図である。
【図3】図2のIII−III線に沿った断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。図1(a)に示されるように、建物(制振建物)1は、鉄骨柱(柱)3と鉄骨梁(梁)5とを剛接合して構成された軸組を有する多層建物である。建物1の床7は、鉄骨柱3に渡された鉄骨梁5によって支持されており、各階層は、下の床7と上階の床7とによって挟まれた領域によって形成される。建物1には、複数階それぞれに制振構造9が設けられている。一つの階層を例に制振構造9を説明する。
【0014】
図2及び図3に示されるように、制振構造9は、鉄骨梁5、補助鉄骨梁(補助梁)11及び振子状制振部材13を備えて構成されており、本実施形態では、鉄骨梁5が基準支持部に相当する。H形鋼からなる鉄骨梁5は、鉄骨柱3間に渡された状態で配置され、鉄骨梁5の両端は鉄骨柱3に剛接合されている。上階の床7は、鉄骨梁5によって支持され、鉄骨梁5の下方には、鉄骨梁5に並ぶようにして補助鉄骨梁11が配置されている。補助鉄骨梁11はH形鋼からなり、補助鉄骨梁11の両端は、鉄骨柱3に溶接されたT字形鋼15に接合されている。補助鉄骨梁11は、T字形鋼15を介して鉄骨梁5にピン接合されている。
【0015】
鉄骨梁5には、振子状制振部材13を支持するためのC形鋼(以下、「荷重点部」という)17が嵌め込まれるようにして溶接されている。また、補助鉄骨梁11にも同様のC形鋼(以下、「支点部」という)19が嵌め込まれて溶接されており、荷重点部17と支点部19とは、上下方向(鉛直方向)に沿って並んで配置されている。
【0016】
荷重点部17には、構面(水平構面)に沿った方向に突き出た上部軸体17aが設けられている。上部軸体17aは、構面に直交する断面が円形であり、さらに上部軸体17aには雄ねじが形成されている。また、支点部19には、上部軸体17aと平行で、且つ、上部軸体17aと上下方向に並んで配置された下部軸体19aが設けられている。下部軸体19aは、構面に直交する断面が円形であり、さらに下部軸体19aには雄ねじが形成されている。上部軸体17a及び下部軸体19aには、鋼材からなる剛の棒体21が取り付けられている。
【0017】
棒体21は、長手方向に直交する方向の断面が長方形であり、上端近傍には、上部軸体17aが、遊びのある状態で貫通する上部貫通孔21aが形成され、さらに、下部軸体19aに対応する位置には、下部軸体19aが、遊びのある状態で貫通する下部貫通孔21bが形成されている。棒体21は、上部貫通孔21aを貫通する上部軸体17aを介して鉄骨梁5に回転自在に軸支されると共に、下部貫通孔21bを貫通する下部軸体19aを介して補助鉄骨梁11に回転自在に軸支されており、その結果として、棒体21は、鉄骨梁5から補助鉄骨梁11を介して垂下された状態になっている。なお、棒体21を貫通して突き出た上部軸体17aの端部及び下部軸体19aの端部には脱落防止用のナット23が螺合している。脱落防止の形態としては、ナットの代わりに脱落防止用ピンを上部軸部及び下部軸部に取り付けた形態とすることもできる。
【0018】
棒体21の下端には、付加質量として重錘体(錘)25が固定されている。振子状制振部材13は、棒体21および重錘体25によって構成される。振子状制振部材13の荷重は、鉄骨梁5または補助鉄骨梁11のいずれか一方で負担するようにしてもよいし、所定の比で分担するようにしてもよい。
【0019】
次に、図1(b)を参照して、制振構造9の作用を説明する。なお、図1(b)は、振子状制振部材が取り付けられている所定の階層(i階)を取り出して示す模式的な断面図であり、地震時にi階の構造部分に働く力の状態を示す説明図である。
【0020】
地震などの動的外乱を受けて建物1が振動するとき、上側の床7、すなわち、棒体21が垂下された鉄骨梁5(基準支持部)によって支えられた床7を基準としてみたときに、その基準となる床7には、その床7に集約される質量に働く加速度に応じた慣性力が働く。さらに、建物1には、建物1の変形(基準となる床7と下層の床7との間の水平方向の相対的な変位、すなわち層間変位)を戻そうとする復元力及び建物1の変形速度(層間変形の速度)に応じて床7同士の間の相対的な運動を妨げようとする減衰力が働く。
【0021】
地震動の振動エネルギーが入力されると、i階の鉄骨梁5は、この鉄骨梁5で支持されたi階の床7と一緒に相対的に左右方向(図1(b)では右方向)に変位する。鉄骨梁5と鉄骨柱3との接合部は剛接合、すなわち、鉄骨梁5と鉄骨柱3とのなす角度が90度を維持される接合なので、鉄骨梁5と鉄骨柱3とは、構面内でS字状にわずかに変形する。
【0022】
一方で、補助鉄骨梁11は、鉄骨柱3にピン接合されているので変形することなく左右方向(図1(b)では右方向)に変位する。i階の鉄骨梁5の変位は補助鉄骨梁11の変位よりも大きいので、振子状制振部材13の棒体21はこの変位に対応して右に傾斜し、重錘体25は棒体21の傾斜に伴い相対的に左方向に変位する。なお、振子状制振部材13全体としては、見かけ上、左に揺動した状態となる。
【0023】
見かけ上、左に揺動した振子状制振部材13の重錘体25には重錘体25の質量と加速度の積としての慣性力が働いて右方向に揺れ戻ろうとし、この動きに応じて右方向に変位したi層の鉄骨梁5及び床7が左方向(図1(b)のS方向)に引き戻されることによって、建物1の振動が抑制される。
【0024】
上述の制振構造9及び制振構造9を備えた建物1によれば、棒体21の下端に固定された重錘体25に働く慣性力が梃子作用を奏することで、棒体21の荷重点部17側の床7(基準)を上記の慣性力とは反対となる方向に戻そうとする力が働き、従って、層間変形を戻す方向の作用が生じることになって、地震などの振動を効果的に抑制できる。
【0025】
また、従来の付加質量制振構造では、地震に対応するための付加質量を所定の階層に集中させる必要があり、そのためには、所定階層の床や梁の性能を他の階層に比べて極端に高めなければならず、結果的に、建物に載荷できる重量の制約が大きくなって十分な制振効果を得ることは難しく、また、構造的なバランスが悪くなって不経済な建物になり易かった。これに対して、本実施形態では、制振に要する質量を所定の階層に集中させることなく各階に分散配置できるので、建物1の所定階層の構成部材に過大な付加を与える必要がなくなる。その結果として、大地震に対応した適切な質量を適用することができるようになって地震力に対応する適切な制振効果を得易くなる。
【0026】
さらに、従来の慣性質量制振構造では、所定階層の床や梁の性能を他の階層に比べて極端に高めなければならないために梁や床パネルなどの部材寸法が共通化された工業化住宅を制振化する場合、制振建物と非制振建物との部材の共通化が困難になり、コストアップにつながり易かった。これに対して、本実施形態では、制振建物と非制振建物との部材の共通化が容易であり、コストダウンに有効である。
【0027】
さらに、本実施形態に係る制振構造9では、従来のTMDや振り子型動吸振器などのように建物の固有周期に同調させる必要がないので、例えば、地震の影響を受けて建物が損傷し、建物の固有周期が変動してしまっても制振効果を継続的に期待できる。その結果として、制振構造9では、地震力に対応する適切な制振効果を得るための建物1の設計が、建物1の各構成部材に過大な付加を与えることなく合理的に、且つ容易に行うことができる。
【0028】
さらに、本実施形態に係る建物1では、多層を構成するそれぞれの階に同様の制振構造9を備えるので、一つの階にのみ制振構造9を設ける場合に比べて高い制振効果を得ることができる。なお、建物1では、必ずしも、多層を構成する全ての階に同様の制振構造9を設ける必要はなく、一部の階層にのみ設けるようにしてもよい。また、一つの階層において、高さ方向または水平方向に複数の制振構造9を設けるようにしてもよく、このような配置によって制振効果を高めることも可能である。
【0029】
さらに、本実施形態に係る制振構造9は、両端が鉄骨柱(柱)3によって支持された補助鉄骨梁11(補助梁)によって棒体21が支持されている。この形態、すなわち、補助鉄骨梁11が両持ち構造で支持されている形態に対して、例えば、補助梁が一方の柱のみによって支持された片持ち構造の形態(第1比較形態)、または補助梁の代わりに、下の床に支柱部を立設し、この支柱部の上端から水平方向に延在する腕部を設け、その腕部で棒体を垂下するように支持する形態(第2比較形態)も考えられる。
【0030】
しかしながら、第1比較形態の場合には、補助梁を剛接合にすることが必須になり、そうすると、地震力(水平力)が作用して建物が変形した場合に、補助梁の自由端(先端)側での上下方向の変位が大きくなってしまい、棒体を軸支する支点位置が不安定になってしまう。また、第2比較形態の場合には、支柱部は、片持ち構造によって地震力(水平力)に対抗すべく棒体を支持する態様となるため、支柱部と腕部との接合部及びその近傍に作用する大きな曲げモーメントに耐え得るように断面設計や接合部の設計を行う必要があり、高コストになってしまう。これらに対して、本実施形態では、補助鉄骨梁(補助梁)11が両持ち構造によって支持されているため、建物が変形した場合にも支点位置は比較的安定しており、強度的にも有利であるため、コストダウンを図り易くなる。
【0031】
以上、本発明をその実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば、建物の階層が少ない場合などでは、いずれか一つの階層にのみ制振構造を設けるようにしてもよい。
【0032】
また、補助梁の設置位置は、構面内の梁の下方に限定されず、例えば、柱にかえて上下の梁間に設置される間柱を利用して補助梁を支持してもよく、構面内の梁(大梁)にかえて、構面外に配置される小梁を利用したりしてもよい。
【0033】
また、上記の実施形態では、振子状制振部材の棒体を梁から垂下させた態様を説明したが、例えば、床の下面に垂下した状態で固定された振子状制振部材支持体を設け、この振子状制振部材支持体によって棒体を垂下させる態様とすることもできる。この態様は、床から棒体が垂下する態様の一例となる。
【符号の説明】
【0034】
1…建物(制振建物)、3…鉄骨柱、7…床、5…鉄骨梁(基準支持部)、9…制振構造、11…補助鉄骨梁(補助梁)、21…棒体、25…重錘部(錘)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の階層からなる建物の制振構造において、
所定の階層の床及び前記床を支持する梁の少なくとも一方からなる基準支持部よりも下方に配置されると共に、前記建物の柱に両端が支持されて架け渡された補助梁と、
前記基準支持部から前記補助梁を介して垂下されると共に、前記基準支持部と前記補助梁とに軸支された剛な棒体と、
前記棒体の下端に固定された錘と、を備えることを特徴とする制振構造。
【請求項2】
前記補助梁は、前記柱にピン接合されていることを特徴とする請求項1記載の制振構造。
【請求項3】
請求項1または2記載の前記制振構造を、複数の前記階層のうち、少なくとも二以上の前記階層にそれぞれ設けたことを特徴とする制振建物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−168794(P2010−168794A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−11995(P2009−11995)
【出願日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【出願人】(303046244)旭化成ホームズ株式会社 (703)
【Fターム(参考)】