説明

加熱前後における物体内部の微小温度差を非侵襲的に測定する方法

【課題】 物体内部がわずかに加熱された場合の内部の温度上昇を、温度計などを刺し入れることなく、非侵襲的に測定する方法を提供する。
【解決手段】 物体をその物体の音速に近い音速を持った溶液(例えばグルコース溶液の濃度を変えることで作成)中に置き、加熱前と加熱後の音速分布を超音波CT法で測定する。音速は温度に依存するという性質を利用し、加熱後の音速分布から加熱前の音速分布を差し引き、あらかじめ求めておいた音速と温度の関係式からその音速差を温度に換算して温度上昇を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌や悪性腫瘍等の治療法の一つである温熱療法を行なうハイパーサーミア装置に必要な、被治療患部の温度を非侵襲的に測定するための温度計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の腫瘍部を加熱、昇温することによって癌治療を行うハイパーサーミアでは、生体内の温度計測が重要である。この治療法は正常な組織は加熱すると血流の増加による冷却機能が働くのに対し、癌組織はその機能がないため腫瘍部のみ温度が上昇するという癌本来の性質を利用した治療法である。この治療法では、癌などのターゲットを43〜45℃程度に加温することが、その治療効果を達成する上で重要である。他方、正常組織についてはなるべく温度上昇させないようにする必要があり、温度測定および温度コントロールが大きな課題となっている(例えば非特許文献1参照。)。
【0003】
【非特許文献1】菅原勉、「がんと闘うハイパーサーミア」、金芳堂、1986年
【0004】
その実現のためには任意生体断面の温度分布を非侵襲的に画像計測する技術の開発が望まれている。現在は生体に熱電対やサーミスタ等の温度計を挿入することにより温度を計測しているが、有限個の点について温度の測定ができるにすぎず、2次元での温度分布をとらえることが難しいばかりか、生体に傷をつけるという点で問題である。
【0005】
そこで、これらに鑑み、いくつかの提案がなされている(例えば、特許文献1、2参照。)。これは各種ビームを用いたCT(Computed Tomography)により、加温前と加温後の断層データを求め、その変化より上昇した温度を求めるというものである。
【0006】
【特許文献1】特開昭63−59951
【0007】
【特許文献2】特開昭2001−50823
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの提案は原理的な考えを述べたものであり、実際には実行不可能である。なぜならば、ハイパーサーミアのように加熱前と加熱後で5℃以下の温度差しかない場合は、加熱前後の温度差によるX線などのビームの透過データの差は、資料周囲と資料中の透過データの差に比べて非常に小さく、それぞれを再構成アルゴリズムで再構成しその差をとっても差は現れて来ない。つまり、加熱前後の温度差による透過データの差は再構成アルゴリズムの計算中では誤差の範疇に入ってしまうからである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
X線CT法と同じように超音波CT法は主に生体の断層像を得るための方法であるが、超音波はX線のように放射線障害が起こらないので簡単な装置で測定できる利点がある。超音波CT法では音波の到達時間を測定することによって物体内部の音速分布を得ることができるが、本方法は音速が温度によって変化する性質を利用して、非加熱時と加熱時の音速差から物質中の内部の温度分布を非侵襲的に測定する方法を与える。
【0010】
普通、生体の断層像を求めるための超音波CT法では、生体を水中において行なう。これは、生体の大部分の組成が水分であるため、超音波を透過しやすくするためである。
【0011】
しかし、断層像は現れるが、生体と水では音速差が大きすぎるため、加熱前後の温度変化によるわずかな音速差は再構成アルゴリズム中ではノイズと同じレベルになりその差は現れてこない。
【0012】
微小な音速差を測定するためには、周囲の媒体を水ではなく、生体に近い音速を持った媒体を用いることが必要である。そこで、溶液の濃度を変えることによって任意の音速の溶液を作ることができるので、計測しようとしている生体の音速に近い溶液中に資料物体を浸すことによって、資料物体中の加熱前後の微小な音速差から温度差を非侵襲的に測定できるようになる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、これまで不可能であった生体内のある断面における加熱前と加熱後の微小な温度差を非侵襲的に測定することが可能となる。その分布像を二次元的に表示することにより、患部が所定の温度で加温されているか、また他の部分が無用に加温されていないかを容易に確認できる。よって、癌のハイパーサーミアを安全に且つ効果的に実施することができ、実際の癌の医療に役立つものとなる。
【実施例】
【0014】
図1において、資料(患者)1が超音波発信子5と受信子6に挟まれて置かれている。超音波発信子5と受信子6は水槽2の下にあるX方向パルスステージ3と回転方向パルスステージ4によって、X方向と回転方向に移動することができるようになっており、超音波CTを実行できる。また、資料1はZ軸パルスステージ7によって、垂直方向に移動できる。
【0015】
図2において、パルスステージはパーソナルコンピュータ12によって制御されたパルスコントローラ8によって稼動する。超音波パルスはパルスジェネレータ9によって発信子5で発信され、その波が受信子6に到着するまでの時間をユニバーサルカウンタ10で測定する。水槽内の温度は熱電対13を用い、ディジタルマルチメータ11で測定する。
【0016】
各種資料中の音速は図3に示したように、温度によって変化する。また、図4にグルコース溶液中の音速の温度と濃度による変化を示す。
【0017】
寒天で擬似生体を作り、加熱前と加熱後の音速分布を超音波CTで測定する。図5が加熱前の寒天の音速分布の例である。図6が加熱後の寒天の音速分布の例である。図7が図6から図5を差し引いた音速差を図3の音速と温度の関係から温度に換算した温度分布である。
【0018】
図7から図5、図6に現れている寒天中の孔が消えていることからわかるように、組織構造による音速差や、加熱前の温度分布による音速差は、差引することにより消えてしまい、図7では温度上昇のみが現れる。寒天と水は図3に示すように音速差はほとんどないので、図7に示すように1℃以下の小さな温度差でも計測できる。
【0019】
生体の場合も周囲の液体として水ではなく、生体に近い音速を持ったグルコース溶液を用いれば同様に1℃以下の温度差も測定することができる。
【0020】
図4のグルコース溶液中の音速は次式で表せる。
【0021】
【数1】

ここで、v:音速(m/s)、t:温度(℃)、w:グルコース重量(%)である。
【0022】
周囲の媒体の温度は熱電対で測定しているので、音速差を温度差に変換する際には、図3に示された各生体中の音速と温度の関係式の勾配のみが必要となる。図から見てわかるように、各生体で勾配はほとんど変わらないので各生体の音速と温度の関係式を詳しく求める必要はない。
【産業上の利用可能性】
【0023】
ハイパーサーミア装置における温度測定装置として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明を実現するための実験装置である。
【図2】実験装置の計測制御システムの流れを示した図である。
【図3】水、寒天、生体中の音速と温度の関係を示した図である。
【図4】グルコース溶液中の音速に及ぼす、温度と濃度の影響を示した図である。
【図5】加熱する前の擬似生体の音速分布を示した図である。
【図6】加熱後の擬似生体の音速分布を示した図である。
【図7】加熱後から加熱前の音速を差し引き、その音速差を温度に換算することによって得られた温度分布を示した図である。
【符号の説明】
【0025】
1 資料
2 水槽
3 X方向パルスステージ
4 回転パルスステージ
5 超音波発信子
6 超音波受信子
7 Z軸パルスステージ
8 パルスコントローラ
9 パルスジェネレータ
10 ユニバーサルカウンタ
11 ディジタルマルチメータ
12 熱電対

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度分布を求めようとする物体の音速に近い音速を持った媒質中にその物体を置き、超音波CT法を実行して加熱前後の音速分布を求め、それらを差し引くことにより加熱後の微小な温度上昇を測定する方法

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2006−254977(P2006−254977A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−73207(P2005−73207)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】