説明

加速器

【課題】供用終了後の放射能を低減できる加速器を提供する。
【解決手段】陽子をRFQ12a、DTL12bで加速してターゲット20に照射する加速器10の四重極電極13及びドリフトチューブ14のイオンビームRに対向する内面、ビーム伝送ダクト15の内面、コリメータ電極15bの表面に、金メッキを施す。金は(p,n)核反応で生成する197Hgの半減期が短いので、加速器供用終了後の放射能レベルを低減できる。その結果、廃棄コストを従来よりも安くできる。加速器の前記部分に金メッキを施さない場合には、生成される65Zn、56Coなどの半減期が長いので、放射能レベルが高く、廃棄コストが高くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速器に関する技術であり、特に加速器の低放射化技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PET(Positron Emission Computed Tomography:陽電子放出型CT)を用いた診断用の放射性核種を製造するための医療用加速器、例えば、米国AccSys Technology, Inc.(AccSys社)製のPULSAR(AccSys社の商標)が知られている(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】米国AccSys Technology, Inc. (AccSys) (商標)のウェブサイトhttp://www.accsys.com/products/pulsar.html
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記医療用加速器では、陽子をイオン源で生成して、線形加速器で加速しターゲットに陽子ビームを照射して、所要の核反応により目的の放射性核種を生成している。この線形加速器で陽子ビームを加速する過程、及び加速された陽子ビームをターゲットに伝送する過程で、陽子ビームの一部が軌道から外れて加速器の構成部品、つまり加速器本体の真空容器及び電極、ビーム伝送ダクト、ビーム計測・制御部品に衝突して失われる。このように軌道から外れて失われる一部の陽子ビームを、以下では損失陽子ビームと称する。
【0004】
このような損失陽子ビームは、そのとき持っている陽子のエネルギに応じて衝突した部材を構成する元素と核反応を起こし、放射性核種を生成する場合がある。前記加速器の構成部品の含有している元素によっては、比較的長い半減期の放射性核種を生成する。例えば、銅を用いた電極の場合、銅65(65Cu)の(p,n)核反応により半減期244.1日の亜鉛65(65Zn)を生成する。鉄を含む加速器本体の真空容器やビーム伝送ダクトの場合、鉄56(56Fe)の(p,n)核反応により半減期77.2日のコバルト56(56Co)を生成する。
【0005】
このように半減期の長い放射性核種が生成するので、加速器を供用終了後に廃棄する段階で、まだ強い放射能が残っている。従って、加速器を解体時にその構成部品を放射能レベルに応じて区分して、必要に応じて放射性廃棄物としてドラム缶詰めなどを行い、所定の廃棄手続きをする必要がある。その結果、加速器を廃棄する段階で放射能レベルが高い構成部品が多い程、廃棄コストが増大するという問題がある。
【0006】
本発明は、係る問題を低減することを課題とし、加速されたイオンビームが軌道から外れた損失イオンビームにより生じる放射能を低減することができる加速器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため本発明は、少なくとも真空容器及び電極を備える加速器本体によりイオンビームを加速する加速器において、加速されたイオンビームが軌道から外れて損失イオンビームとして入射する面に金または純アルミニウムを用いてなることを特徴とする。
【0008】
係る構成により、損失イオンビームは金または純アルミニウムの層内でエネルギを失うか安定核種または比較的短い半減期の放射性核種を生成するだけなので、放射能を低減できる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、損失イオンビームにより生じる放射能を低減することができる加速器を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
次に、本発明の実施の形態に係る加速器について、図1から図4を参照しながら詳細に説明する。
図1に示すように、本実施の形態の加速器10は、主にイオン源11、高周波四重極型線形加速器(Radio Frequency Quadrupole、以下、RFQと称す)12aとドリフトチューブ型線形加速器(Drift Tube Linac、以下、DTLと称す)12bとの2段で構成された加速器本体12、ビーム伝送ダクト15及びターゲット20を備える。
【0011】
(イオン源の構成)
イオン源11は、イオンとなる源物質を、ここでは水素をイオン化して陽子のイオンビームRとして引き出す役割をし、その周囲には、質量により陽子のみを選択的に取り出す図示しないマグネットやイオンビームRを整形する図示しない静電レンズ、さらには図示しないイオンビーム発生部などが設けられている。
なお、イオン源11には、熱陰極方式のデュオプラズマトロン型イオン源またはPIG(ペニングイオンゲージ)型イオン源を使用することができる。また、長寿命で大電流を発生することのできるマイクロ波放電型イオン源を使用することもできる。
以下では、イオンビームRとして陽子ビームの場合を例に説明する。
【0012】
(RFQの構成)
RFQ12aは、イオン源11の後段に設けられ、イオン源11から出射されたイオンビームRを所定のエネルギ、例えば約3.5MeVまで加速させるものである。図1に示すように、RFQ12aは、SS材(一般構造用圧延鋼材)で構成された真空容器12dの内部に波形状の四重極電極13を備えている。この四重極電極13により特定の領域でイオンビームRの進行方向と直角な方向に四重極電界が形成され、イオンビームRが集束されながら真空領域で加速される。
【0013】
図2の(a)に示すようにRFQ12aの内部には、略楔形の四重極電極13が4個配置されている。四重極電極13の楔形状の細くなった部分、つまりビーム対向内面13b[(b)参照]が、イオンビームRに面して接近する部分である。四重極電極13を2つ、互いにイオンビームRを挟んで向き合わせて一対になし、イオンビームRの進行方向を軸として、90°回転させた位置に、もう一対の四重極電極13を配置する。
【0014】
ビーム対向内面13bは、イオンビーム加速方向に波形状をしており、前記2対の四重極電極13の間では、波形状の周期が互いに反対になるようにずらしてある。つまり、1対の四重極電極13のビーム対向内面13bが山のときは、他の対の四重極電極13のビーム対向内面13bは谷となる。逆に、1対の四重極電極13のビーム対向内面13bが谷のときは、他の対の四重極電極13のビーム対向内面13bは山となる。
【0015】
四重極電極13は、素地がアルミニウム合金で構成され、図2の(b)の断面図に示すように電極表面13aは、例えば厚さ約80μmの銅メッキが施され、電極表面13aのうちのイオンビームRに対向しているビーム対向内面13bの部分には、約80μmの銅メッキの上にさらに、例えば、厚さ85μmの金メッキを施してある。
なお、金メッキの層の厚さ85μmは、3.5MeVに加速された陽子が入射してもその飛程が金メッキの層内にとどまる、または銅65(65Cu)が(p,n)核反応を生じる閾値2.1MeVより低いエネルギまでエネルギを失うような厚さとして設定してある。
【0016】
四重極電極13の素地にアルミニウム合金を用い、電極表面13aに銅メッキを施すのは、高周波の場合電流は表皮効果により導体の表面だけに流れ内部には流れないので、電極表面13aには、アルミニウム合金よりも比抵抗の小さい銅を使用するものである。また、高周波により熱が発生するので、四重極電極13には素地として熱伝導の良好な材料、この場合はアルミニウム合金を使用している。
【0017】
なお、ここで使用されるRFQ12aに代えて、六極以上の偶数の電極を持つ多重電極型の高周波加速器を用いることも、これら以外の高周波加速器を用いることもできる。
【0018】
(DTLの構成)
DTL12bは、RFQ12aで加速されたイオンビームRを入射されて、さらに約7MeVまで追加加速するものである。DTL12bは、RF共振用のタンクを兼ねた炭素鋼製の真空容器12eの真空領域の中心に、複数個の、例えば17個の小型円盤状のドリフトチューブ14がイオンビームRの加速方向に並んで配置されて構成されている(図1参照)。ただし、図1では模式的に7個のドリフトチューブ14を示す。
なお、真空容器12eの内面は、例えば、50μmの銅メッキが施されている。
【0019】
図3の(a)に示すように、ドリフトチューブ14の内部には、イオンビーム収束用の四極磁石14aが放射状に組み込まれている。イオンビームRは、このドリフトチューブ14の中心に開いた穴を通過する際に、ビームの拡がりを収束される。そして、ドリフトチューブ14の向かい合う端面間で、イオンビームRの加速が行われる。
【0020】
ドリフトチューブ14は、約5mmの板材の無酸素銅で構成され、イオンビームRに対向するビーム対向内面14b[(b)参照]は、85μmの金メッキが施されている。ドリフトチューブ14も、電極として高周波電流が流れやすく、熱伝導度が高いという観点から素地として前記無酸素銅が用いられる。
なお、ビーム対向内面14bの金メッキの層の厚さ85μmは、7MeVの陽子が入射してもその飛程が金メッキの層内に止まる、または65Cuが(p,n)核反応を生じる閾値2.1MeVより低いエネルギまでエネルギを失うような厚さとして設定してある。
【0021】
(ビーム伝送ダクトの構成)
このようにRFQ12a及びDTL12bの2段で構成された加速器本体12は、最終的に約7MeVの高エネルギにイオンビームRを加速する。
加速されたイオンビームRは、内部を真空に保たれたSUS製のビーム伝送ダクト15でターゲット20に導かれる(図1参照)。
DTL12bから出射されるイオンビームRは、長径約2mmの楕円状の強度分布である。イオンビームRがターゲット20の全面を照射するように、ビーム伝送ダクト15の外側に3台のQマグネット15aを配置し、ビーム径を、例えば、10mmまで拡大するように調整する。
【0022】
図1に示すように、ビーム伝送ダクト15内部の終端部には、イオンビームRの広がりを検出し、検出したイオンビームRの広がりが円形に近い分布になるように調整するアルミニウム合金製のコリメータ電極15bが上下左右に4個設けられている(図4参照)。
なお、ビーム伝送ダクト15の内面及びコリメータ電極15bの表面には、30μmの金メッキが施されている。ビーム伝送ダクト15の内面及びコリメータ電極15bの表面に施される金メッキの層の厚さ30μmは、7MeVの陽子が入射してもその飛程が金メッキの層内に止まる、または鉄56(56Fe)が(p,n)核反応を生じる閾値5.5MeVより低いエネルギまでエネルギを失うような厚さとして設定してある。
ターゲット20は、ビーム伝送ダクト15の終端に設定される。
【0023】
以上RFQ12aの四重極電極13のビーム対向内面13b、DTL12bのドリフトチューブ14のビーム対向内面14b、ビーム伝送ダクト15の内面、コリメータ電極15bの表面に金メッキを施すこととしたが、金メッキの代わりに金蒸着を施すこととしても良い。
なお、損失イオンビームが照射される確率は小さいが、さらに真空容器12dの内面に金メッキまたは金蒸着を施しても良い。同様に、真空容器12eの内面に銅メッキの代わりに金メッキまたは金蒸着を施しても良い。
【0024】
(実施形態の作用)
加速器10を作動させるにあたって、事前に、ターゲット20を設定しておく(図1参照)。
図示しない作動スイッチを操作すると、RFQ12a、DTL12bに対して、所定の高周波電力がそれぞれ供給され、各RFQ12a、DTL12bに電界が形成される。その後、イオン源11に所定の電力を供給する。これにより、イオン源11のイオンビーム発生部(図示せず)から出射された陽子のイオンビームRがRFQ12aによって約3.5MeVまで加速される。加速されたイオンビームRは、RFQ12aから出射されて後段のDTL12bに入射され、DTL12bでさらに約7MeVに加速される。
【0025】
次に、イオンビームRの軌道に対面する加速器10の構成部品の放射化を評価し、従来例と比較する。
損失イオンビーム(ここでは損失陽子ビーム)が、加速器10の構成部品の壁面に垂直に入射したときに生成される放射性核種の単位時間当たり(1秒間)の生成量Nr(個/秒)は、板状体系の一次元近似で、式(1)のように近似できる。
なお、ここでは、材料中で陽子が衝突によりエネルギを喪失しないと仮定した。つまり陽子による放射化を過大評価する保守的な評価を行っている。
【0026】
Nr=(η1Ip/e)(σ×10-27)(Naη2ρ/A)Γp ・・・・(1)
ここで、
Ip:入射する陽子ビーム電流(A)
η1:陽子ビーム損失率
e:電荷素単位(1.6×10-19C)
σ:核反応断面積(MB;mbarn=1×10-27cm2
Na:アボガドロ数(6.02×1023/mol)
η2:原子存在率
A:標的元素の質量数
ρ:標的材料の密度(g/cm3
Γp:標的材料中での陽子の飛程(cm)
である。
【0027】
また、陽子ビームの照射をt1秒間継続した場合に生成される放射性核種の数Nd1は、式(2)のように表される。
Nd1=Ns[1−exp(−0.693t1/Tr)] ・・・・(2)
ここで、
Ns:飽和生成量、ただしNs=Nr(Tr/0.693)
Tr:生成放射性核種の半減期(秒)
である。
【0028】
陽子ビームの照射をt1秒間継続した後これを停止し、その後t2秒経過したときの放射性核種の数Nd2は、式(3)で表される。
Nd2=Nd1・exp(−0.693t2/Tr)
=Ns[1−exp(−0.693t1/Tr)]・exp(−0.693t2/Tr)
・・・・(3)
このときの放射線強度Φrは、式(4)のように表される。
Φr=(0.693/Tr)Nd2
=Nr[1−exp(−0.693t1/Tr)]・exp(−0.693t2/Tr)
・・・・(4)
【0029】
以下、式(1)〜(4)を用いて、加速器10の個々の構成部品の中でも、陽子ビームが最大エネルギ約7.0MeVにまで加速されていて、放射化が最も進むと考えられるDTL12bのドリフトチューブ14、ビーム伝送ダクト15の放射能レベルを代表的に評価する。
前記したようにドリフトチューブ14のビーム対向内面14b、ビーム伝送ダクト15の内面の表面は、それぞれ85μmと30μmの厚さの金メッキが施されている。従って、損失陽子ビームは、金メッキされた面に衝突すると考えれば良い。
【0030】
まず、ドリフトチューブ14のビーム対向内面14bの金の放射化を評価する。
陽子ビーム電流がIp=100μA、陽子ビーム損失率η1=0.05、標的材料である金(Au)中での陽子の飛程Γp=101μmとし、陽子エネルギが7.0MeVのときの金197(197Au)の(p,n)核反応の断面積σ=0.8MBを用いると、式(1)より(p,n)核反応により単位時間当たりNr=1.5×107個/秒の放射性核種、水銀197(197Hg)が生成される。
【0031】
次に、ビーム対向内面14bにおける放射性核種197Hg(半減期65時間)の蓄積を評価するが、ここでは、毎日2時間加速器10を運転し、そのような運転による損失陽子ビームの照射を2年間継続と仮定して、蓄積量を評価する。
放射性核種197Hgは、損失陽子ビームの照射により2年間かけて徐々に増加する。式(2)で評価する場合に、損失陽子ビームの照射が1日あたりΔT時間だとすると、Nrを(NrΔT/24)に置き換えて実効的な連続生成量を考えれば良い。従って、2年後の放射性核種197Hgの蓄積量Nd1は、Nd1=4.1×1011個と評価される。
また、損失陽子ビームが2年間照射された後の停止から1ヶ月経過しときの放射性核種197Hgの量と、放射能レベルを評価すると、式(3)、式(4)からNd2=5×102個、Φr=5kBqとなる。
【0032】
同様に、ビーム伝送ダクト15の内面の金メッキの放射化を評価する。
ここでビーム伝送ダクト15における陽子ビーム損失率をη1=0.1に置きなおすだけで前記評価結果をそのまま利用でき、損失陽子ビームが2年間照射された後の停止から1ヶ月経過したときの放射性核種197Hgの量と、放射能レベルを評価すると、Nd2=1.0×103個、Φr=10kBqとなる。
同様に、ビーム伝送ダクト15内のコリメータ電極15bも、基材のアルミニウム合金表面に厚さ30μmの金メッキを施しているので、アルミニウム合金に含まれる56Feから(p,n)核反応により放射性核種56Coが生成されてしまうことはない。
【0033】
これに対し、従来のようにドリフトチューブ14のビーム対向内面14bは無酸素銅の素地のままの場合の放射化を評価する。
この場合は、陽子ビーム電流がIp=100μA、陽子ビーム損失率η1=0.05、標的材料である銅(Cu)中での陽子の飛程Γp=135μmとし、陽子エネルギが7.0MeVのときの65Cuの(p,n)核反応の断面積σ=480MBを用いる。
65Cuの(p,n)核反応による放射性核種65Znの単位時間当たりの生成量Nrは、式(1)よりNr=5.2×109個/秒と求められる。
【0034】
前記した金メッキの場合と同じ条件で放射性核種65Zn(半減期244.1日)の蓄積を評価すると、2年後の65ZnのNd1は、Nd1=1.2×1016個と評価される。
また、損失陽子ビームが2年間照射された後の停止から1ヶ月経過したときの放射性核種65Znの量と、放射能レベルを評価すると、式(3)、式(4)からNd2=1.1×1016個、Φr=350MBqとなる。
【0035】
さらに、従来のビーム伝送ダクト15の内面のSUSむき出し表面の場合の放射化を評価する。陽子ビーム電流がIp=100μA、陽子ビーム損失率η1=0.1、標的材料であるSUS中での陽子の飛程Γp=135μmとし、陽子エネルギが7.0MeVのときの56Feの断面積σ=190MBを用いる。56Feの(p,n)核反応による単位時間当たりの放射性核種56Coの生成量Nrは、式(1)よりNr=1.2×1010個/秒と求められる。
【0036】
前記した金メッキの場合と同じ条件で放射性核種56Co(半減期77.2日)の蓄積を評価すると、2年後の放射性核種56CoのNd1は、Nd1=9.8×1015個と評価される。また、損失陽子ビームの照射停止から1ヶ月経過したときの放射性核種56Coの量と、放射能レベルを評価すると、式(3)、式(4)からNd2=7.6×1015個、Φr=770MBqとなる
【0037】
また、従来の場合ビーム伝送ダクト15内のコリメータ電極15bも、基材のアルミニウム合金がむき出しなので、アルミニウム合金の表面に直接損失陽子ビームが衝突することになる。アルミニウム合金には鉄成分が含まれており、前記56Feの(p,n)核反応により放射性核種56Coが生成されてしまう。
【0038】
RFQ12aにおいて四重極電極13のビーム対向内面13bに金メッキまたは金蒸着した場合の放射化評価を省略したが、陽子ビームは3.5MeVまで加速されるので、65Cuの(p,n)核反応の閾値は約2MeVであるところから、四重極電極13のビーム対向内面13bに金メッキが施されていないと、四重極電極13のイオンビームR加速方向後半部分では、放射性核種65Znが生成される。
従って、四重極電極13のビーム対向内面13bに85μmの厚さの金メッキ、または金蒸着を行うことにより、銅メッキの放射化が防止または低減できる。
【0039】
以上の放射化評価で説明したように、陽子ビームの軌道に面した加速器10の構成部品の、陽子ビーム対向面が銅、鉄を含んだ材料で構成されている場合、損失陽子ビームとの核反応により、65Zn、56Coなどの比較的長い半減期の放射性核種を生成する。これに対し、本実施の形態では、金メッキまたは金蒸着が当該面に施されているので、半減期65時間の197Hgを生成するのみで、使用停止後の冷却時間を2ヶ月とすれば、放射能レベルは前記した値から約1/1000以下にまで低下できる。
【0040】
なお、本実施の形態における、四重極電極13及びドリフトチューブ14は本発明の電極を、コリメータ電極15bはビーム計測・制御部品を構成する。
【0041】
以上のように本実施の形態によれば、加速器10の供用終了時の放射化レベルが低減でき、供用終了後短期日で放射能レベルが著しく減衰する。
その結果、放射能レベルが自然放射能のバックグラウンドレベルまで低下でき、放射性物質としての取り扱い対象から除外され、通常の産業廃棄物としての取り扱いが可能となる。その場合、装置の廃棄コストが大幅に低減可能となる。
【0042】
なお、四重極電極13やドリフトチューブ14の表面は、放電を防止するために滑らかである必要がある。また陽イオンビームのエネルギが高くなるDTL12、ビーム伝送ダクト15では、陽子が(p,n)核反応の閾値以下にエネルギを失うまでの飛程が長くなるので、金メッキや金蒸着の厚さを増す必要がある。
しかし、表面が滑らかな厚い金メッキや金蒸着を行うことが難しい場合は、金の薄板を別途用意して、素地となる部材に圧着しても良い。このようにすることで、所要の厚さの金を素地の上に密着させることができる。
【0043】
これまでの説明では、加速器10の供用終了後の放射能レベルを低減する材料として金を例に説明したが、純アルミニウムでも良い。
以下に、図5の表に基づいて、電極材料及び放射能レベルを低減する材料を選択する考え方をまとめて説明する。
【0044】
図5の表は、イオンビームRの軌道に対面する加速器12の構成部品である四重極電極13、ドリフトチューブ14、ビーム伝送ダクト15、コリメータ電極15bを構成する素地の元素の候補、及び放射能レベルを低減する材料候補の元素、例えば、銀(Ag)、銅(Cu)、鉄(Fe)、金(Au)、及びアルミニウム(Al)の、比抵抗(μΩ・cm)、熱伝導度(W/m・K)、同位体存在比、放射性元素を生じる(p,n)核反応の反応断面積、生成元素とその半減期及び崩壊過程などのデータを示している。
なお、鉄は構造材としての候補であり、電極材として必要な比抵抗の小さいこと、熱伝導度の大きいことは、必要とされないので、それに関するデータは省略してある。
【0045】
電極材料を考えるとき、まず導電性が良好な材料、つまり、図5の表の比抵抗の小さい材料が求められ、銀、銅、金、アルミニウムの順になる。また、電極で生じる熱を伝導しやすい材質であることも求められ、銀、銅、金、アルミニウムの順になる。この点、比抵抗が小さく、熱伝導度が高い銀が最も適当と考えられる。
ただし、銀は腐食しやすいこと、加速器の電極としては放電しやすいこと、電極の素地として使うにしても高価であることから、量を必要とする電極素地には、銅またはアルミニウムがより適切である。
【0046】
損失イオンビームから照射を受ける面に用いる材料としては、陽子ビームの場合、(p,n)核反応により生成する元素が安定か、または放射性核種の半減期が短いものであって、さらに、電極に用いる場合は、比抵抗が小さく、熱伝導度が高い材料が好都合である。その点、これまで説明してきた金と、その次に純アルミニウムが適当である。
アルミニウム27の(p,n)核反応で生成する放射性核種は、半減期4.16秒のケイ素27(27Si)であるので、金がコスト的に高い場合は代わりに純アルミニウムをメッキ、蒸着または純アルミニウム薄板を圧着して用いても良い。
【0047】
純アルミニウムを用いる場合は、例えばRFQ12aで陽子ビームを3.5MeVまで加速、DTL12bで7MeVまで加速する場合は、純アルミニウムメッキ、蒸着若しくは純アルミニウム薄板を、ビーム対向内面13bには50μm、ビーム対向内面14bには140μm、ビーム伝送ダクト15の内面及びコリメータ電極15bの表面には140μmの厚さで設けると良い。
【0048】
前記のように、純アルミニウムの場合、(p,n)核反応で半減期4.16秒の27Siができるだけであり、金を用いた場合よりも、短時間で加速器10供用終了後の廃棄時の放射能レベルを低減できる。
【0049】
なお、陽子ビームに対向する電極表面部分に金や純アルミニウムを用い、電極の素地としては、熱伝導度の良好な銅、アルミニウム合金を用いているので、電極表面部分での高周波による発熱が、良好な熱伝導度を有する電極の素地による伝熱で除熱される。
【0050】
本発明における金メッキ、金蒸着または金薄板、純アルミニウムメッキ、純アルミニウム蒸着または純アルミニウム薄板などのカバー材の所要の厚さは、損失陽子ビームのエネルギが3.5MeVまたは7MeVに対して例示してきたが、これらの厚さに限定されるものではない。
加速器10を運用するときの損失陽子ビームのエネルギに応じてカバー材の厚さを設定すべきものである。つまり、カバー材の下層の材質に含まれる元素との(p,n)核反応で長い半減期の放射性同位体元素を生成する可能性のある場合に、その核反応の閾値以下になるまで陽子がエネルギを失うに必要なカバー材の厚さを設定する。
【0051】
また、線形加速器を例に説明したが、本発明の適用は線形加速器に限定されず、サイクロトロンにも適用できる。
サイクロトロンにおいて損失陽子ビームが照射される、例えば電極(D)の陽子ビームの軌道に面した内面に、電極素地に金または純アルミニウムの、メッキ、蒸着、若しくは薄板の圧着を施すことにより、同様の効果が得られる。
【0052】
なお、これまで陽子を加速する加速器を例に説明してきたが、重水素のイオンビームを加速する加速器に対しても本発明は適用できる。例えば、金は重水素による(d、n)核反応で放射性を持たないのに対し、56Feは(d,n)核反応により放射性核種57Co(半減期271.7日)が生成されてしまうので、図1においてビーム伝送ダクト15の内面に金メッキ、金蒸着または金の薄板を圧着することにより、低放射能化の効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の実施の形態に係る加速器の側面断面の模式図である。
【図2】(a)は高周波四重極型線形加速器の四重極電極の形状を示す斜視図であり、(b)は四重極電極の断面図である。
【図3】(a)は、ドリフトチューブ型線形加速器の電極の正面図であり、(b)はドリフトチューブ型線形加速器の一部側断面図である。
【図4】コリメータ電極の正面図である。
【図5】加速器の構成部品を構成する元素の候補、及び放射能レベルを低減する材料候補の元素の候補の比抵抗(μΩ・cm)、熱伝導度(W/m・K)、放射性元素を生成する(p,n)核反応の反応断面積、生成元素とその半減期及び崩壊過程などのデータを説明する図である。
【符号の説明】
【0054】
10 加速器
11 イオン源
12 加速器本体
12a 高周波四重極型線形加速器
12b ドリフトチューブ型線形加速器
12d、12e 真空容器
13 四重極電極(電極)
13a 電極表面
13b ビーム対向内面
14 ドリフトチューブ(電極)
14a 四極磁石
14b ビーム対向内面
15 ビーム伝送ダクト
15a Qマグネット
15b コリメータ電極(ビーム計測・制御部品)
20 ターゲット
R イオンビーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも真空容器及び電極を備える加速器本体によりイオンビームを加速する加速器において、
前記加速されたイオンビームが軌道から外れて損失イオンビームとして入射する面に金または純アルミニウムを用いてなることを特徴とする加速器。
【請求項2】
前記損失イオンビームが入射する面に、金メッキもしくは金蒸着、または純アルミニウムメッキもしくは純アルミニウム蒸着を行うことを特徴とする請求項1に記載の加速器。
【請求項3】
前記損失イオンビームが入射する面に、金からなる薄板を圧着したことを特徴とする請求項1に記載の加速器。
【請求項4】
前記損失イオンビームとして入射する面は、前記真空容器、前記電極、加速された前記イオンビームを照射するターゲットまで導くビーム伝送ダクト、及び加速した前記イオンビームの拡がりを計測、制御するビーム計測・制御部品、の内のいずれかの、前記加速されたイオンビームの軌道に対向する面であることを特徴とする請求項1に記載の加速器。
【請求項5】
前記電極、及び前記ビーム計測・制御部品を、熱伝導率が高く、かつ比抵抗が小さい材料で構成し、前記損失イオンビームが入射する面に、金からなる薄板を圧着したことを特徴とする請求項4に記載の加速器。
【請求項6】
前記熱伝導率が高く、かつ比抵抗が小さい材料は銅、またはアルミニウム合金であることを特徴とする請求項5に記載の加速器。
【請求項7】
少なくとも真空容器及び電極を備える加速器本体により陽子ビームを加速する加速器において、
前記陽子ビームの軌道に対面する、前記真空容器、前記電極、加速された前記陽子ビームを照射するターゲットまで導くビーム伝送ダクト、または加速した前記陽子ビームの拡がりを計測、制御するビーム計測・制御部品、の内のいずれかが、前記加速された陽子ビームが軌道から外れて損失陽子ビームとして入射する面に金または純アルミニウムのカバー材を用い、
該カバー材の厚さは、カバー材の下層の材質で65Cu(p,n)65Zn核反応を生じる閾値以下、またはカバー材の下層の材質で56Fe(p,n)56Co核反応を生じる閾値以下、にまでカバー材中で陽子がエネルギ損失するに必要な飛程以上の厚さであることを特徴とする加速器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−287538(P2007−287538A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−115247(P2006−115247)
【出願日】平成18年4月19日(2006.4.19)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】