説明

動力伝達装置

【課題】安定に作動するトルクリミッタを備える動力伝達装置を提供する。
【解決手段】第1ねじ連結部32を有する回転軸3と、回転機器のケーシング4に回転可能に装着されるプーリ1と、プーリ1に結合されると共に、中心軸線に沿って形成された第2ねじ連結部234を回転軸3の第1ねじ連結部32に螺合させることにより回転軸3に結合されるハブ2と、過大トルクの伝達を遮断するためにハブ2又は回転軸3に設けられた破断予定部236とを備える動力伝達装置において、ハブ2の第2ねじ連結部234及び/又は回転軸3の第1ねじ連結部32にショットピーニング処理が施される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トルクリミッタ機能を有する動力伝達装置に関するものであり、特にエンジン等の外部動力源からベルト等を介して運転される車両用空調装置の常時運転型圧縮機に適用して好適である。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジン又は電動機等から圧縮機に動力を伝達する動力伝達装置において、圧縮機が焼き付きを起こした際の過大トルクによって動力伝達用ベルトの切断等の不具合を回避するために、トルクリミッタが設けられている。特許文献1に記載された動力伝達装置は、プーリに連結されたハブが圧縮機の回転軸にねじ結合されるタイプである。回転軸には比較的小径の破断予定部(トルクリミッタ部)が形成されていて、過大トルクが作用したとき回転軸の破断予定部が主に引張応力によって破断されるように構成されている。また特許文献2に記載された動力伝達装置は、ハブ側の動力遮断部材(トルクリミッタ)がハブを回転軸に締結する構造となっており、この動力遮断部材に破断予定部(破断部)が形成されている。この破断予定部も、過大トルクが作用したとき主に引張応力によって破断されるものである。
【0003】
特許文献1及び2に記載された動力伝達装置のトルクリミッタは、回転軸と動力遮断部材又はハブとの間のねじ結合部において、過大トルクが過大軸力に変換されて破断予定部を破断させるものである。この種のタイプのトルクリミッタを精確に作動させるための課題としては、ねじ結合部のねじ山間に生じる摩擦力及び座面の摩擦力を安定化させることが挙げられる。このため、特許文献1及び2の動力伝達装置では、摩擦係数の低減と安定化及びねじ結合部の腐食防止のためにねじ結合部に油脂類が塗布されており、さらに塗布した油脂類の流出或いは蒸発を抑制するため及び異物の侵入を防ぐために、ねじ結合部をシールするキャップ又はシール部が設けられている。
【0004】
【特許文献1】特開第2006−153258号公報
【特許文献2】特開第2007−285410号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、そのようなキャップ又はシール部によってもねじ結合部を完全にシールすることはできないため油脂類のねじ結合部からの流出又は蒸発を完全に防ぐことはできず、従って長期にわたってねじ結合部の摩擦係数を安定に維持することができなかった。さらに、過大トルクが発生したときねじ結合部のねじ山面には非常に高い面圧が作用するので、油脂類がねじ結合部に残留している場合であっても油膜が切れてねじ部の凝着を引き起こすことが特に高温下において生じることがある。このような凝着が生じるとトルクリミッタの作動トルクは設定値よりもはるかに大きな値になるので、トルクリミッタとして機能しないこととなる。
【0006】
本発明は、前述した従来技術の課題に鑑みてなされたもので、その目的は、安定に作動するトルクリミッタを備える動力伝達装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を達成するための技術的手段として、特許請求の範囲の各請求項に記載の動力伝達装置を提供する。
【0008】
請求項1に記載された発明は、回転機器の、第1ねじ連結部(32)を有する回転軸(3)と、回転機器のケーシング(4)に回転可能に装着されるプーリ(1)と、プーリ(1)からトルクを受けられるようにプーリ(1)に連結されると共に、中心軸線に沿って形成された第2ねじ連結部(234)を回転軸(3)の第1ねじ連結部(32)に螺合させることにより回転軸(3)に結合されるハブ(2)と、過大トルクの伝達を遮断するためにハブ(2)又は回転軸(3)に設けられた破断予定部(35,236)であって、過大トルクに基づいて生じる引張応力を少なくとも部分的に含む過大応力によって破断が生じる破断予定部(35,236)と、を備える動力伝達装置において、ハブ(2)の第2ねじ連結部(234)及び/又は回転軸(3)の第1ねじ連結部(32)にショットピーニング処理が施されていることを特徴としている。
【0009】
ハブ(2)の第2ねじ連結部(234)及び/又は回転軸(3)の第1ねじ連結部(32)にショットピーニング処理を施すことにより、第2及び/又は第1ねじ連結部のねじ山表面に微細な凹部が形成され、そのような凹部に油脂類が保持されるので、過大トルクが作用した場合の非常に高い面圧がねじ山表面に作用する場合であってもねじ山間の凝着の発生を抑えることができ、さらに、ねじ連結部に保持され得る油脂類の量が増大すると共に、油脂類の流出または蒸発が減少するので、油脂類の効果の持続性が高まるといった効果を得ることができる。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、ハブ(2)が、プーリ(1)に凹凸嵌合により連結されるアウターハブ(21)と、アウターハブ(21)の内周側に結合されたインナーハブ(22)と、インナーハブ(22)の内周側にボス部材(23)とを具備し、ボス部材(23)に第2ねじ連結部(234)と破断予定部(236)とが形成されており、第1ねじ連結部(32)は雄ねじ部(32)から構成され、第2ねじ連結部(234)は雌ねじ部(234)から構成され、ボス部材(23)の雌ねじ部(234)にショットピーニング処理が施されている。前述の効果に加えて、ボス部材にショットピーニング処理実施部を設けることにより、ショットピーニング処理の生産性を高めるという効果を得ることができる。
【0011】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施例に記載の具体的手段との対応関係を示す一例である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施例について図面を参照しながら説明する。本発明の動力伝達装置は、車両用空調装置の圧縮機に組み付けて用いるのに好適なものである。以下の説明では、圧縮機に組み付けられたものとして説明するが、本発明の動力伝達装置は圧縮機以外の回転機器にも適宜利用可能である。図1は本発明の実施例に係る動力伝達装置の縦断面図であり、図2は図1の要部の拡大図である。
【0013】
本発明の動力伝達装置は、エンジンや電動機から駆動力を得るプーリ1と、ハブ2と、圧縮機の回転軸3とを具備しており、前記ハブ2は、プーリ1から回転軸3へ動力(トルク)を伝達するために、プーリ1に凹凸嵌合により結合されると共に圧縮機の回転軸3にねじ結合されている。またプーリ1及びハブ2は回転軸3に同軸に設けられている。
【0014】
図1に示されるように、プーリ1は、外周部にベルトが掛けられて動力を受ける外筒部11と、圧縮機のケーシング4に回転可能に支持される内筒部12と、外筒部11と内筒部12とをつなぐ連結部13とから形成されている。プーリ1は、圧縮機のケーシング4の一端側に設けられた円筒状のボス部41に、軸受5を介して回転可能に装着されている。軸受5は、ボス部41の外周面に形成された溝に嵌め込まれたスリーブリング付き留輪(スナップリング)14と、ボス部41の端部及びスリーブリング付き留輪14内に嵌め込まれたリング材15とによって、軸方向の移動が阻止されている。プーリ1は、好適には熱可塑性の合成樹脂で成形されており、通常はプーリ1、スリーブリング付き留輪14及び軸受5はインサート成形により一体化している。
【0015】
圧縮機の回転軸3が、ケーシング4から図1のフロント側へ突出しており、その先端側から順に、工具に適合するように六角形状に形成された工具形状部31、外周にネジが形成されている雄ねじ部32及びこの雄ねじ部32より大径の大径軸部33とが形成されている。また、雄ねじ部32と大径軸部33との移行部に段部が形成されてそれが軸側座面34となっている。回転軸3には円板状のスペーサ6が挿入され、スペーサ6は軸側座面34とハブ2のリア側の端面であるハブ側座面222との間で挟み込まれている。また、本実施形態では、樹脂製のキャップ7が工具形状部31に冠着されており、このキャップ7はその外周面が後述するハブ2のボス部材23の中心穴233の内周面に当接し、その結果キャップ7とボス部材23との間がシールされている。
【0016】
ハブ2は、図1に示される実施形態では、アウターハブ21と、アウターハブ21の内周側に結合されている金属製のインナーハブ22と、中心部のボス部材23とから構成されている。アウターハブ21は、ゴム又は樹脂等の弾性部材から形成された外周側のハブ側凹凸部211と金属製のアウターリング212と弾性部材から形成された円筒部213とから構成されている。ハブ側凹凸部211は、環状に配置された半径方向の複数の凹凸を具備しており、後述するプーリ側凹凸部16に凹凸嵌合するように形成されている。ハブ側凹凸部211はアウターリング212の外周面に、及び円筒部213はアウターリング212の内周面にそれぞれ接着等の手段によって結合されている。
【0017】
インナーハブ22は、段付き円筒形に形成されており、またその内周面は、ほぼボス部材23の外周面に適合する形状に形成されていて、ボス部材23とインナーハブ22は、インナーハブ21のカシメ部221をカシメることによって結合されている。なお、両者の結合は、カシメによる結合方法以外に、インナーハブ22の内周面とボス部材23の外周面とを同じ多角形状に形成して両者を嵌合して固定してもよい。また、インナーハブ22のリア側端面であるハブ側座面222が、スペーサ6に当接してそれに支持される構造となっている。
【0018】
ボス部材23は、大きな外径の大径筒状部231と小さな外径の小径筒状部232とを一体に連結した構造をしており、ボス部材23の中心軸線に沿って形成された中心穴233のリア側の略後半部分には雌ねじ部234が形成されている。本実施形態ではこの雌ねじ部234のねじ山表面にショットピーニング処理が施されている。一方、ボス部材23の大径筒状部231側には、フランジ部235が設けられており、このフランジ部235が前述したようにインナーハブ22とカシメにより結合されている。このように、ハブ2はボス部材23とインナーハブ22とアウターハブ21とが結合されて一体化したものである。従って、ボス部材23の雌ねじ部234を回転軸3の雄ねじ部32に螺合させることによりにハブ2が回転軸3に結合される。また、ハブ2を回転軸3に結合するときは、雌ねじ部234及び/又は雄ねじ部32に油脂類が塗布される。
【0019】
本実施形態では、ボス部材23はトルクリミッタとしても機能するものであり、このため大径筒状部231及び小径筒状部232の結合部の横断面積が最小となる図中破線で示される部位に破断予定部236が設定されている。破断予定部236は、ボス部材23に過大トルクが作用したときに主に引張応力により破断される。
【0020】
一方、プーリ1の外筒部11のフロント側の内周面には、ハブ側凹凸部211と嵌合するように形成されたプーリ側凹凸部16が設けられており、前記プーリ側凹凸部16は環状に配置された複数の凹凸からなるものである。
【0021】
本実施形態の動力伝達装置はこのように構成されているため、ハブ2は、そのハブ側凹凸部211をプーリ側凹凸部16に嵌合させることによりプーリ1に連結されてプーリ1からトルクを受けることが可能になり、またそのボス部材23を回転軸3に螺合させることによりハブ2から回転軸へのトルクの伝達が可能になる。また、例えば圧縮機が焼き付きを起こしたことにより過大トルクが発生すると、前記雄ねじ部32と雌ねじ部234のねじ結合のためにトルクは軸力に変換されて過大軸力がボス部材23と回転軸3に発生する。本実施形態の場合、破断予定部236がボス部材23に設けられているので、ボス部材23が主に引張応力に基づいて破断予定部236で破断することにより過大トルクの伝達を遮断する。
【0022】
次に、ボス部材23の製造工程について説明する。本実施形態におけるボス部材23は、図3の製造フローチャートに示されるように、段付き円筒状に成形されて焼結された焼結金属を素材として旋削加工した後にショットピーニング処理を施すことにより作られる。旋削加工部分は図4A〜Cのハッチングを施した部分で表され、図4Aの旋削1の工程で素材の小径筒状部232の外周面X11及び大径筒状部231のリア側の端面X11に、及び図4Bの旋削2の工程で中心穴233のフロント側の非ねじ部X2に、及び図4Cの旋削3の工程で中心穴233のリア側の雌ねじ部X3(234)に対して実施される。また各加工の間にスチームによる洗浄、及びジオメット(登録商標)等の防錆表面処理、及びバリ取りが施される。そしてショットピーニング処理が最終工程において雌ねじ部234に対して施される。このショットピーニング処理を施すことにより、雌ねじ部234のねじ山面には微細な凹部が多数形成される。本実施形態におけるショットピーニング処理は、例えば形成される凹部の開口の大きさが10μm〜60μm、深さが約10μmであって、全面積に対する凹部形成面積の比率が10%〜30%となるように実施される。
【0023】
本実施形態においてこのようにショットピーニング処理をボス部材23の雌ねじ部234に施した結果、ねじ部の耐凝着性が高められた。これは、過大トルクを受けて非常に高い面圧がねじ山面に発生している場合であっても油脂類は微細な凹部に保持され、その結果油膜が維持されるためであると考えられる。さらに、前記凹部に油脂類が保持される結果、ねじ部に保持され得る油脂類の量が増大することと流出及び蒸発が抑えられるので、油脂類の長い効果持続時間を得ることが可能になった。
【0024】
前述の実施例では、ショットピーニング処理はボス部材23の雌ねじ部234に施されたが、これに替えて回転軸3の雄ねじ部32にショットピーニング処理を施してもよく、さらに両者に施してもよい。
【0025】
また、前述の実施形態では破断予定部236はボス部材23に設けられていたが、破断予定部を回転軸3に設けることも可能である。
【0026】
また、前述の実施形態では、ハブ2はボス部23とインナーハブ22とアウターハブ23とが結合されたものであったが、ハブ2が一部品から一体的に形成された例えば図5に示す動力伝達装置も本発明において可能である。図5はそのような動力伝達装置の実施形態の縦断面図であり、参照符号は図1の実施形態と同様に付されている。
【0027】
図5に示される動力伝達装置は、プーリ1とハブ2と圧縮機の回転軸3とを具備しており、プーリ1は軸受5を介して圧縮機のハウジング4に回転可能に支持されている。ハブ2は、円筒状に延びる外輪部2aと中央のボス部2bと前記外輪部2aとボス部2bとを接続するために半径方向に延びる円板部2cとから一体に形成されていて、ボス部2bに雌ねじ部234を有しており、この雌ねじ部234にショットピーニング処理が施されている。回転軸3は、その先端側に雄ねじ部32、基端側に大径の大径軸部33、及び雄ねじ部32と大径軸部33の間に雄ねじ部32の谷径よりも小径の破断予定部35が形成されている。また先端面には組立時に工具を挿入するための六角穴36が形成されている。
【0028】
ハブ2はそのボス部2bに設けられた雌ねじ部234を回転軸3の雄ねじ部32に螺合させることにより回転軸3に結合される。そのときボス部2bのリア側の座面がスペーサ6を押圧する。また、過大トルクが発生した場合、回転軸3の破断予定部35が、そこに発生する主に引張応力によって破断されて過大トルクの伝達を遮断する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施例に係る動力伝達装置の縦断面図である。
【図2】図1の要部の拡大図である。
【図3】前記動力伝達装置のハブのボス部材の製造工程流れ図である。
【図4A】前記ボス部材の旋削加工部を示す縦断面図である。
【図4B】前記ボス部材の旋削加工部を示す縦断面図である。
【図4C】前記ボス部材の旋削加工部を示す縦断面図である。
【図5】別の実施形態に係る動力伝達装置の縦断面図である。
【符号の説明】
【0030】
1 プーリ
2 ハブ
3 回転軸
4 ハウジング
5 軸受
6 スペーサ
7 キャップ
22 インナーハブ
23 ボス部材
32 雄ねじ部
234 雌ねじ部
236 破断予定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機器の、第1ねじ連結部(32)を有する回転軸(3)と、
前記回転機器のケーシング(4)に回転可能に装着されるプーリ(1)と、
前記プーリ(1)からトルクを受けられるように前記プーリ(1)に連結されると共に、中心軸線に沿って形成された第2ねじ連結部(234)を前記回転軸(3)の前記第1ねじ連結部(32)に螺合させることにより前記回転軸(3)に結合されるハブ(2)と、
過大トルクの伝達を遮断するために前記ハブ(2)又は前記回転軸(3)に設けられた破断予定部(35,236)であって、前記過大トルクに基づいて生じる引張応力を少なくとも部分的に含む過大応力によって破断が生じる破断予定部(35,236)と、を備える動力伝達装置において、
前記ハブ(2)の前記第2ねじ連結部(234)及び/又は前記回転軸(3)の前記第1ねじ連結部(32)にショットピーニング処理が施されていることを特徴とする動力伝達装置。
【請求項2】
前記ハブ(2)が、前記プーリ(1)に凹凸嵌合により連結されるアウターハブ(21)と、前記アウターハブ(21)の内周側に結合されたインナーハブ(22)と、前記インナーハブ(22)の内周側にボス部材(23)とを具備し、
前記ボス部材(23)に前記第2ねじ連結部(234)と前記破断予定部(236)とが形成されており、
前記第1ねじ連結部(32)は雄ねじ部(32)から構成され、前記第2ねじ連結部(234)は雌ねじ部(234)から構成され、
前記ボス部材(23)の前記雌ねじ部(234)にショットピーニング処理が施されていることを特徴とする、請求項1に記載の動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−257427(P2009−257427A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−105986(P2008−105986)
【出願日】平成20年4月15日(2008.4.15)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】