説明

動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング方法及び動脈硬化症の予防・治療剤

【課題】歯周病菌に起因する動脈硬化症を改善する有効成分を、簡便かつ高精度にスクリーニングする方法、歯周病に起因する動脈硬化症の予防・治療剤を提供する。
【解決手段】歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング法であって、マクロファージに歯周病菌の内毒素及び被験物質を接触させ、このマクロファージの下記(A)LDL受容体、(B)NO合成阻害因子、(C)MMP、(D)細胞接着分子、(E)血液凝固因子、(F)炎症性サイトカイン、(G)生理活性物質、(H)一酸化窒素(NO)合成促進因子及び(I)酸化LDL分解酵素からなる群から選ばれる蛋白質の遺伝子発現量を測定し、この発現量と被験物質を接触させない場合の発現量とを比較し、歯周病菌の内毒素の接触によって増加する遺伝子の発現量を減少させる物質、又は内毒素の接触により減少する遺伝子の発現量を増加させる物質を選択するスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周病菌に起因する動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング方法、及び動脈硬化症の予防・治療剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、疫学的な研究結果から、歯周病の罹患率と心臓血管系疾患、糖尿病、肥満、早産、呼吸器疾患等の間で相関関係があることが明らかになり、歯周病が全身健康にも大きな影響を及ぼしうることが指摘されている。
【0003】
歯周病の患者では、歯周病原因菌やその内毒素(Lipopolysaccharide:以下、LPSと略す場合がある。)は容易に歯肉を通過し、血中へと入り込み、血流に乗って全身に広がるといわれている。さらに血中に入った歯周病原因菌やその内毒素は、マクロファージ、血管内皮細胞、肥満細胞等を刺激し、炎症性サイトカイン等の炎症性メディエーター産生を促進する。その結果、前述の疾患の原因となることが推察される。
【0004】
また、歯周病患者では、血液中のコレステロール、中性脂肪等の値が高いことが知られている。血液中のコレステロール、特に低密度リポプロテイン(LDL:Low density lipoprotein)の増加は、動脈硬化等の原因となることが知られている(非特許文献1,2、特許文献1参照)。
【0005】
一方、歯周病を治療することにより前述の全身疾患も改善できることが近年示されている。例えば、歯周病患者である妊婦にスケーリング及びルートプレーニングを処置することにより、早産を予防することができるという報告がある(非特許文献3参照)。また、安全かつ有効な量の抗菌剤を口腔に局所適用することにより、身体の健康を増進する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0006】
しかしながら、スケーリングやルートプレーニングは、歯科医でなければ処置できず、通常の生活の中で実施するのは極めて困難であり簡便な方法ではない。また、抗菌剤による処置により、歯周病菌は駆除されても、歯周病菌が産生したLPSは残存することから、効果的な予防方法とは言い難い。
【0007】
一方、一般的に動脈硬化症に対して直接有効な薬剤はなく、血清コレステロール低下剤(脂質低下剤)あるいは血小板凝集抑制剤(抗血栓剤)を投与して、間接的に動脈硬化の危険因子を取り除く療法のみであった。しかしながら、歯周病に伴って生じる動脈硬化症の原因は未解明な部分が多い。従って、上述したような脂質低下剤や抗血栓剤によって、歯周病に伴って生じる動脈硬化症を改善できるか否かは不明である。
【0008】
【特許文献1】特表2004−517038号公報
【非特許文献1】「J Periodontol.」、2002年5月、73(5)、p494−500
【非特許文献2】「J Periodontol.」、2003年7月、74(7)、p1007−16
【非特許文献3】「J Periodontol.」、2003年8月、74(8)、p1214−1218
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、歯周病に起因する動脈硬化症の詳細なメカニズムは不明であり、歯周病に起因する動脈硬化症の改善に有効な成分を特定することが困難であった。本発明は上記事情に鑑みなされたもので、歯周病に起因する動脈硬化症の詳細なメカニズムを明らかにし、歯周病菌に起因する動脈硬化症を改善する有効成分を、簡便かつ高精度にスクリーニングする方法、歯周病に起因する動脈硬化症の予防・治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成するため、歯周病に起因する動脈硬化症のメカニズムの解明の研究を進めてきた。その結果、マクロファージを歯周病原因菌の内毒素(LPS)で刺激すると、LPS無刺激の単球性白血病細胞株と比較して、遺伝子発現が増加あるいは減少する因子群が存在することを知見し、歯周病に起因する動脈硬化症のメカニズムの一つが、これらの遺伝子発現が増加又は減少するによるものであることを知見した。これを利用して歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分を、簡便かつ高精度にスクリーニングでき、このスクリーニング方法を用いて、歯周病に起因する動脈硬化症を予防・改善する有効成分が得られることを知見し、本発明をなすに至ったものである。
【0011】
従って、本発明は下記スクリーニング方法及び歯周病に起因する動脈硬化症の予防・治療剤を提供する。
[1].歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング法であって、マクロファージに歯周病菌の内毒素及び被験物質を接触させ、このマクロファージの下記(A)酸化低比重リポタンパク質(LDL)受容体、(B)一酸化窒素(NO)合成阻害因子、(C)マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)、(D)細胞接着分子、(E)血液凝固因子、(F)炎症性サイトカイン、(G)生理活性物質、(H)一酸化窒素(NO)合成促進因子及び(I)酸化LDL分解酵素からなる群から選ばれる蛋白質の遺伝子発現量を測定し、この発現量と被験物質を接触させない場合の発現量とを比較し、歯周病菌の内毒素の接触によって増加する(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)もしくは(G)遺伝子の発現量を減少させる物質、又は内毒素の接触により減少する(H)もしくは(I)遺伝子の発現量を増加させる物質を、動脈硬化症を改善する有効成分として選択するスクリーニング方法。
(A)オキシダイズド ロー デンシティ リポプロテイン(レクチン−ライク)レセプター1(OLR1、GeneID:4973)
(B)プロテイン アルギニン メチルトランスフェラーゼ1(PRMT1、GeneID:3276)
(C)マトリックスメタロプロテアーゼ1(インタースティシャル コラゲナーゼ)(MMP1、GeneID:4312)、マトリックスメタロプロテアーゼ3(ストロメライシン1、プロゼラチナーゼ)(MMP3、GeneID:4314)、マトリックスメタロプロテアーゼ10(ストロメライシン2)(MMP10、GeneID:4319)、マトリックスメタロプロテアーゼ13(コラゲナーゼ3)(MMP13、GeneID:4322)
(D)インターセルラー アドヒージョン モレキュール1(CD54)、ヒューマン ライノウイルス レセプター(ICAM1、GeneID:3383)、インターセルラー アドヒージョン モレキュール5、テレンセファリン(ICAM5、GeneID:7087)、バスキュラー セル アドヒージョン モレキュール1(VCAM1、GeneID:7412)
(E)コアギュレーション ファクターIII(トロンボプラスチン、ティシュー ファクター)(F3、GeneID:2152)、セルピン ペプチダーゼ インヒビター、クレードB(オボアルブミン)、メンバー2(SERPINEB2、GeneID:5055)
(F)ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド1(メラノーマ グロース スティミュレーティング アクティビティ、アルファ)(CXCL1、GeneID:2919)、ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド2(CXCL2、GeneID:2920)、ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド3(CXCL3、GeneID:2921)、チューマー ネクローシス ファクター(TNF スーパーファミリー、メンバー2)(TNF、GeneID:7124)、インターロイキン1、ベータ(IL1B、GeneID:3553)、インターロイキン8(IL8、GeneID:3576)、コロニー スティミュレーティング ファクター3(グラニュロサイト)(CSF3、GeneID:1440)、ケモカイン(C−Cモチーフ)リガンド4(CCL4、GeneID:6351)
(G)プロスタグランジン−エンドパーオキシド シンターゼ2(プロスタグランジン G/H シンターゼ アンド シクロオキシゲナーゼ)(PTGS2、GeneID:5743)
(H)ジメチルアルギニン ジメチルアミノハイドロラーゼ2(DDAH2、GeneID:23564)
(I)パラオキソナーゼ(PON2、GeneID:5445)
[2].マクロファージが、単球性白血病細胞株にホルボールミリスチン酸アセテート(PMA)を接触させたものである[1]記載のスクリーニング方法。
[3].[1]又は[2]記載のスクリーニング方法により得られる、歯周病菌の内毒素の接触によって増加する上記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、もしくは(G)遺伝子の発現量を減少させる物質、又は内毒素の接触により減少する上記(H)もしくは(I)遺伝子の発現量を増加させる物質を、有効成分として含有する歯周病に起因する動脈硬化症の予防・治療剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分を、簡便かつ正確にスクリーニングでき、歯周病に起因する動脈硬化症の予防・治療剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
まず、歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング方法について説明する。このスクリーニング方法には、歯周病に起因する動脈硬化症のメカニズム解明が必須である。まず、LPSが動脈硬化症の原因の一つであることを確認した(試験例1参照)。さらに、歯周病に起因する動脈硬化症の原因を追究した。すなわち、歯周病原因菌の内毒素(LPS)によるマクロファージへの影響をGene Chip解析により探索した。
【0014】
具体的には、マクロファージと歯周病菌の内毒素とを接触させる、つまりマクロファージを歯周病菌の内毒素で刺激すると、酸化低比重リポタンパク質(LDL)受容体、一酸化窒素(NO)合成阻害因子、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)、細胞接着分子、血液凝固因子、炎症性サイトカイン、生理活性物質の遺伝子発現量の増加が認められ、一酸化窒素(NO)合成促進因子の遺伝子発現量の減少が認められた(試験例2参照)。なお、GeneIDは「NCBI Entrez Gene」での遺伝子IDを表す。
【0015】
下記、(A)酸化低比重リポタンパク質(LDL)受容体の遺伝子発現量の増加が認められた。
オキシダイズド ロー デンシティ リポプロテイン(レクチン−ライク)レセプター1(OLR1、GeneID:4973)
【0016】
下記、(B)一酸化窒素(NO)合成阻害因子の遺伝子発現量の増加が認められた。
プロテイン アルギニン メチルトランスフェラーゼ1(PRMT1、GeneID:3276)
【0017】
下記、(C)マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の遺伝子発現量の増加が認められた。
マトリックスメタロプロテアーゼ1(インタースティシャル コラゲナーゼ)(MMP1、GeneID:4312)
マトリックスメタロプロテアーゼ3(ストロメライシン1、プロゼラチナーゼ)(MMP3、GeneID:4314)
マトリックスメタロプロテアーゼ10(ストロメライシン2)(MMP10、GeneID:4319)
マトリックスメタロプロテアーゼ13(コラゲナーゼ3)(MMP13、GeneID:4322)
【0018】
下記、(D)細胞接着分子の遺伝子発現量の増加が認められた。
インターセルラー アドヒージョン モレキュール1(CD54)、ヒューマン ライノウイルス レセプター(ICAM1、GeneID:3383)
インターセルラー アドヒージョン モレキュール5、テレンセファリン(ICAM5、GeneID:7087)
バスキュラー セル アドヒージョン モレキュール1(VCAM1、GeneID:7412)
【0019】
下記、(E)血液凝固因子の遺伝子発現量の増加が認められた。
コアギュレーション ファクターIII(トロンボプラスチン、ティシュー ファクター)(F3、GeneID:2152)、セルピン ペプチダーゼ インヒビター、クレードB(オボアルブミン)、メンバー2(SERPINB2、GeneID:5055)
【0020】
下記、(F)炎症性サイトカインの遺伝子発現量の増加が認められた。
ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド1(メラノーマ グロース スティミュレーティング アクティビティ、アルファ)(CXCL1、GeneID:2919)
ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド2(CXCL2、GeneID:2920)
ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド3(CXCL3、GeneID:2921)
チューマー ネクローシス ファクター(TNF スーパーファミリー、メンバー2)(TNF、GeneID:7124)
インターロイキン1、ベータ(IL1B、GeneID:3553)
インターロイキン8(IL8、GeneID:3576)
コロニー スティミュレーティング ファクター3(グラニュロサイト)(CSF3、GeneID:1440)
ケモカイン(C−Cモチーフ)リガンド4(CCL4、GeneID:6351)
【0021】
下記、(G)生理活性物質の遺伝子発現量の増加が認められた。
プロスタグランジン−エンドパーオキシド シンターゼ2(プロスタグランジン G/H シンターゼ アンド シクロオキシゲナーゼ)(PTGS2、GeneID:5743)
【0022】
下記、(H)一酸化窒素(NO)合成促進因子の遺伝子発現量の低下が認められた。
ジメチルアルギニン ジメチルアミノハイドロラーゼ2(DDAH2、GeneID:23564)
【0023】
下記、(I)酸化LDL分解酵素の遺伝子発現量の低下が認められた。
パラオキソナーゼ(PON2、GeneID:5445)
【0024】
したがって、歯周病に起因する動脈硬化症の原因が下記であることを知見した。内毒素によってマクロファージにおける(1)(F),(G)炎症性メディエーターである炎症性サイトカインやPTGS2が増加することにより、マクロファージの分化前の状態である単球及びマクロファージを血管に集積しやすくなった。(2)(D)接着分子の発現が亢進し、集積したマクロファージがより血管に接着しやすくなった。(3)(I)酸化LDL分解作用が低下して酸化LDLが増加した。(4)さらには、(A)酸化LDLの細胞内への取り込みが促進することで、動脈硬化の初期病変である細胞の泡沫化が進展した。(5)(C)泡沫化した細胞の破壊(プラーク破綻)を起こすMMPの産生が亢進し、血栓生成のリスクが上昇した。(6)(E)血液凝固系が促進し、プラーク破綻時の血栓生成のリスクが上昇した。(7)(B)(H)複合的に抗動脈硬化作用を示すNOの合成が阻害され、一方で分解が促進することにより、NO産生が低下した。
【0025】
以上の検討結果から、LPSの不活化剤、又はLPSにより変動したマクロファージの遺伝子発現量を、正常なレベルに戻す物質を用いることにより、歯周病に起因する動脈硬化症を改善することができる。
【0026】
本発明の歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング方法は、歯周病菌の内毒素の接触により変動する上記(A)酸化低比重リポタンパク質(LDL)受容体、(B)一酸化窒素(NO)合成阻害因子、(C)マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)、(D)細胞接着分子、(E)血液凝固因子、(F)炎症性サイトカイン、(G)生理活性物質、(H)一酸化窒素(NO)合成促進因子及び(I)酸化LDL分解酵素の遺伝子発現量を正常なレベルに戻すことを選択基準とし、これらの遺伝子の発現量から歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分をスクリーニングするものである。具体的には、歯周病菌の内毒素及び被験物質で刺激したマクロファージの(A)酸化低比重リポタンパク質(LDL)受容体、(B)一酸化窒素(NO)合成阻害因子、(C)マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)、(D)細胞接着分子、(E)血液凝固因子、(F)炎症性サイトカイン、(G)生理活性物質、(H)一酸化窒素(NO)合成促進因子及び(I)酸化LDL分解酵素からなる群から選ばれる蛋白質の遺伝子発現量を測定し、この発現量と被験物質を接触させない場合の発現量とを測定するものである。より具体的には、この発現量と被験物質を接触させない場合の発現量とを比較し、歯周病菌の内毒素の刺激によって増加する(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)もしくは(G)遺伝子の発現量が減少する物質、又は内毒素の接触により減少する(H)もしくは(I)遺伝子の発現量が増加する物質を、前記動脈硬化症を改善する有効成分として選択するスクリーニング方法である。
【0027】
本発明のスクリーニング方法にはマクロファージを使用する。動脈硬化症の初期であるプラーク形成にはマクロファージが関与しており、マクロファージが血管内皮細胞に接着し、LDLを細胞内に取り込んで大きくなり(泡沫化)、プラークを形成する。使用するマクロファージの種類は特に限定されないが、哺乳動物由来の単球性白血病細胞株、哺乳動物由来の末梢血由来単球マクロファージ、哺乳動物由来の腹腔マクロファージ、哺乳動物由来の肺胞マクロファージ、哺乳動物由来の大動脈マクロファージ等が挙げられる(THP−1(ヒト)、U937(ヒト)、J774A.1(マウス)、RAW264.7(マウス)、WEHI(マウス)、P388D1(マウス))。この中でも、単球性白血病細胞株、ヒト単球性白血病細胞株(THP−1及びU937)が好ましい。マクロファージはそのまま用いてもよいが、例えば、単球性白血病細胞株にホルボールミリスチン酸アセテート(PMA)等を接触させ、分化誘導してもよい。
【0028】
歯周病菌としては、歯周病原因菌であるポルフィロモナス・ジンジバリス(P.gingivalis:以下P.g.菌と略す場合がある。)、アクチノバシラス・アクチノミセテムコミタンス(A.actinomycetemcomitans:以下A.a.菌と略す場合がある。)等が挙げられ、これらから抽出した内毒素(LPS)を使用する。
【0029】
具体的には、マクロファージを培養したものを用いるか、あるいは単球性白血病細胞株を培養し、単球性白血病細胞株とホルボールミリスチン酸アセテート(PMA)等とを接触させたものを用いる。PMAの培養液に対する添加濃度は、20〜150ng/mLが好ましく、添加後24〜120時間刺激する。その後、培地を交換し、歯周病菌のLPS及び被験物質を添加し、1〜10%CO2、好ましくは5%CO2、25〜40℃、好ましくは37℃の条件下で0.1〜72時間、好ましくは0.5〜24時間培養する。培養液に対する歯周病菌の内毒素(LPS)の添加濃度は、0.01〜100μg/mLが好ましく、0.1〜105μg/mLがより好ましい。培地等は、マクロファージに通常用いるものを使用する。被験物質の添加時期は特に限定されず、歯周病菌の内毒素の添加前、添加と同時、添加後のいずれでもよいが、添加と同時が好ましく、被験物質と内毒素を予め30分程度混合した後に培地に添加する方法がより好ましい。上記試験の他に、対照として、別途被験物質を接触させない(添加しない)以外は同様の条件で培養を行う。
【0030】
遺伝子発現量の測定には、DNAマイクロアレイ、RT−PCR法を用いた遺伝子発現量の定量法、抗体アレイ、ウエスタンブロッティング等を用いた蛋白質発現量の定量法等を用いることができる。本発明においては、培養後の細胞からRNAを抽出し、抽出したRNAから、(A)〜(I)から選ばれる遺伝子の発現量をDNAマイクロアレイで測定することが好ましい。
【0031】
この発現量と被験物質を接触させない(添加しない)場合の発現量を比較する。具体的には、マクロファージと歯周病菌の内毒素とを接触させる、つまり歯周病菌の内毒素の刺激により増加する(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、又は(G)遺伝子の発現量が減少する結果が得られる物質、又は歯周病菌の内毒素の接触(添加)により減少する(H)もしくは(I)遺伝子の発現量が増加する結果が得られる物質を、前記動脈硬化症を改善する有効成分として選択する。
【0032】
この方法により、歯周病に起因する動脈硬化症改善剤を、簡便に高精度でスクリーニングすることができる。このスクリーニング方法でスクリーニングされる物質は、特に限定されず、例えば、植物抽出物や海藻抽出物、菌由来物質等の天然物、化学合成化合物、遺伝子組み換え産物等が挙げられ、このスクリーニングにより得られた歯周病に起因する動脈硬化症の予防・治療剤を提供することができる。
【0033】
また、上記スクリーニング法のためのキットであって、上記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、(G)、(H)又は(I)遺伝子を有する、歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング用キットを提供することができる。スクリーニング用キットとしては、遺伝子発現の変化を該遺伝子のmRNAの発現量で測定するものであって、発現量を測定する遺伝子に対応する核酸又はその断片が支持体のそれぞれ定められた領域に固定化されたDNAアレイ、蛋白発現の変化を該遺伝子から翻訳されたタンパク質の発現量で測定するプロテインアレイ等が挙げられる。
【実施例】
【0034】
以下、試験例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に制限されるものではない。
【0035】
[試験例1]
(1)供試動物:C57BL/6Jマウス(オス、日本エスエルシー、5週齢、体重18〜20g)各群、n=10で実施した。
投与LPS種:主要な歯周病原因菌であるポルフィロモナス・ジンジバリス(P.gingivalis:P.g.菌)から抽出したLPS(Lipopolysaccharide)を内毒素として使用した。LPSの代わりに生理食塩水を投与したものを比較対照とした。LPS投与量:血清総コレステロール濃度を測定する際には、LPS投与量は3、10μg/匹とした。
【0036】
動脈硬化指数の算出:LPS投与16時間後に、血液をサンプリングし、血清中のコレステロール濃度及びHDLコレステロール濃度を、コレステロール:E−テストワコー、HDL−コレステロール:E−テストワコー(いずれも和光純薬工業(株)製)にて測定した。得られた結果から、下記式に基づいて動脈硬化指数を算出した。この動脈硬化指数が高いほど、動脈硬化の危険率が高い。結果を表1に示す。
動脈硬化指数=(総コレステロール−HDLコレステロール)/HDLコレステロール
【0037】
【表1】

【0038】
歯周病原因菌のLPS投与により、生理食塩水投与群と比較して動脈硬化指数が1.7〜2.1倍増加し、LPSが動脈硬化症の原因の一つであることが分かった。
【0039】
[試験例2]
ポルフィロモナス・ジンジバリス(P.gingivalis)由来内毒素(LPS)のヒト単球性白血病細胞株(THP−1)への影響
(1)方法
25cm2の組織培養用フラスコに、5%牛胎児血清(FBS)を含むRPMI1640に懸濁したヒト単球性白血病細胞株(THP−1)を播種し、37℃のCO2インキュベーターで培養した。細胞がコンフルエントになったところで、30ng/mLのホルボールミリスチン酸アセテート(PMA)で31時間刺激し、マクロファージへの分化を誘導した。PMA処理後、新鮮培地に交換し、19時間培養後、5%FBS及び1μg/mLのP.gingivalis(ATCC 33277)由来LPSを含むRPMI1640に移行し、2,6時間培養した。培養後、細胞を回収し、RNeasy Mini Kit(QIAGEN社)にてRNAを抽出し、逆転写酵素にてcDNAを合成した後、GeneChip Human Genome Focus Array(Affymetrix社)、あるいは定量的RT−PCR法を用いて遺伝子発現量の解析を行なった。結果を、LPS刺激直前(0時間)の細胞を対照とし、LPS刺激直前に対する相対値で示す。
(2)結果
GeneChip解析結果の中から、動脈硬化に関与する遺伝子のデータを抽出してまとめた。その結果、LPSで刺激したTHP−1において、LPS無刺激のTHP−1と比較して遺伝子発現が増加あるいは減少する因子群が存在していた。結果を表2に示す。
【0040】
【表2】

* 遺伝子名称の日本語表記は段落[0011]の記載である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯周病に起因する動脈硬化症を改善する有効成分のスクリーニング法であって、マクロファージに歯周病菌の内毒素及び被験物質を接触させ、このマクロファージの下記(A)酸化低比重リポタンパク質(LDL)受容体、(B)一酸化窒素(NO)合成阻害因子、(C)マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)、(D)細胞接着分子、(E)血液凝固因子、(F)炎症性サイトカイン、(G)生理活性物質、(H)一酸化窒素(NO)合成促進因子及び(I)酸化LDL分解酵素からなる群から選ばれる蛋白質の遺伝子発現量を測定し、この発現量と被験物質を接触させない場合の発現量とを比較し、歯周病菌の内毒素の接触によって増加する(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)もしくは(G)遺伝子の発現量を減少させる物質、又は内毒素の接触により減少する(H)もしくは(I)遺伝子の発現量を増加させる物質を、動脈硬化症を改善する有効成分として選択するスクリーニング方法。
(A)オキシダイズド ロー デンシティ リポプロテイン(レクチン−ライク)レセプター1(OLR1、GeneID:4973)
(B)プロテイン アルギニン メチルトランスフェラーゼ1(PRMT1、GeneID:3276)
(C)マトリックスメタロプロテアーゼ1(インタースティシャル コラゲナーゼ)(MMP1、GeneID:4312)、マトリックスメタロプロテアーゼ3(ストロメライシン1、プロゼラチナーゼ)(MMP3、GeneID:4314)、マトリックスメタロプロテアーゼ10(ストロメライシン2)(MMP10、GeneID:4319)、マトリックスメタロプロテアーゼ13(コラゲナーゼ3)(MMP13、GeneID:4322)
(D)インターセルラー アドヒージョン モレキュール1(CD54)、ヒューマン ライノウイルス レセプター(ICAM1、GeneID:3383)、インターセルラー アドヒージョン モレキュール5、テレンセファリン(ICAM5、GeneID:7087)、バスキュラー セル アドヒージョン モレキュール1(VCAM1、GeneID:7412)
(E)コアギュレーション ファクターIII(トロンボプラスチン、ティシュー ファクター)(F3、GeneID:2152)、セルピン ペプチダーゼ インヒビター、クレードB(オボアルブミン)、メンバー2(SERPINB2、GeneID:5055)
(F)ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド1(メラノーマ グロース スティミュレーティング アクティビティ、アルファ)(CXCL1、GeneID:2919)、ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド2(CXCL2、GeneID:2920)、ケモカイン(C−X−Cモチーフ)リガンド3(CXCL3、GeneID:2921)、チューマー ネクローシス ファクター(TNF スーパーファミリー、メンバー2)(TNF、GeneID:7124)、インターロイキン1、ベータ(IL1B、GeneID:3553)、インターロイキン8(IL8、GeneID:3576)、コロニー スティミュレーティング ファクター3(グラニュロサイト)(CSF3、GeneID:1440)、ケモカイン(C−Cモチーフ)リガンド4(CCL4、GeneID:6351)
(G)プロスタグランジン−エンドパーオキシド シンターゼ2(プロスタグランジン G/H シンターゼ アンド シクロオキシゲナーゼ)(PTGS2、GeneID:5743)
(H)ジメチルアルギニン ジメチルアミノハイドロラーゼ2(DDAH2、GeneID:23564)
(I)パラオキソナーゼ(PON2、GeneID:5445)
【請求項2】
マクロファージが、単球性白血病細胞株にホルボールミリスチン酸アセテート(PMA)を接触させたものである請求項1記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のスクリーニング方法により得られる、歯周病菌の内毒素の接触によって増加する上記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、もしくは(G)遺伝子の発現量を減少させる物質、又は内毒素の接触により減少する上記(H)もしくは(I)遺伝子の発現量を増加させる物質を、有効成分として含有する歯周病に起因する動脈硬化症の予防・治療剤。

【公開番号】特開2009−286736(P2009−286736A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−141793(P2008−141793)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年5月(5月16日以降) http://iadr.confex.com/iadr/2008Toronto/techprogram/abstract_107306.htmを通じて発表
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【Fターム(参考)】