説明

化学物質分解方法

【課題】水溶液中に含まれる化学物質を、これと反応するガスと、触媒を用いて反応させ分解する手法において、触媒を簡便に、通水時に大きな圧力損失が生じない形態で簡便に固定し、これにより反応後の触媒−水溶液分離工程を不要にするとともに、ガス−水溶液の混相流が触媒表面を通過する際に、水溶液−触媒、及びガス気泡−触媒の接触状態を最良な状態に保つことにより高効率で化学物質を分解しうる化学物質分解方法を提供する。
【解決手段】触媒を液体中にスラリー状に分散して、このスラリー状液体を、当該触媒が通過できない大きさの孔径を有する多孔性物質を通過させることにより、当該触媒をこの多孔性物質内部に固定し、これに化学物質を含む水溶液と反応ガスを、その流量を独立に制御しながら最適な流量比で注入し、多孔性物質に固定された触媒表面における水溶液−触媒及びガス気泡−触媒の接触状態を最良な状態に維持することにより、簡便に高効率で化学物質分解反応を進行させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液中に含まれる硝酸イオン(NO3-)、亜硝酸イオン(NO2-)、アンモニウムイオン等の有害化学物質を、これと反応する気体と触媒を用いた化学反応により分解、無害化する手法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、硝酸イオン、亜硝酸イオン等の硝酸性、亜硝酸性窒素による地下水汚染が深刻になっている。これらは、発ガン性であるニトロソアミンに変化する可能性があることや、新生児に対するチアノーゼ発症(メタヘモグロビン症)の原因となるため、飲料水中の許容濃度が厳しく制限されており(厚生労働省水道水質基準における硝酸態窒素及び亜硝酸態窒素:10mg/L以下、厚生労働省水道水質管理目標値における亜硝酸態窒素:0.05mg/L以下(暫定値))、これらの汚染物質除去に対する対応、除去技術の開発が迫られている。この除去技術として従来は、生物学的除去方法や、陰イオン交換法、逆浸透膜法、電気透析法、水素還元触媒脱窒法等が用いられてきた。これらのうち、生物学的除去方法はその反応速度が遅いことや、賦活物質としてメタノール等の有機物の添加が必要なこと、また、陰イオン交換法、逆浸透膜法、電気透析法等は捕集した硝酸イオン、亜硝酸イオン等による高濃度処理水溶液が発生し、この水溶液に対する二次的な廃液処理が必要となるという問題があった。このため、水素と触媒を用いてこれらイオンを窒素まで分解する水素還元触媒脱窒法が注目されていた。
【0003】
この水素還元触媒脱窒法は、硝酸イオンに対してはPdにCuを付着させた金属二元触媒(以下、Pd-Cu触媒と記述する)、亜硝酸についてはPd触媒を用いて、これらのイオンを含む水溶液に水素ガスを吹き込みながらこれらの触媒に接触させ、下記の反応により、これらをN2に分解するもので、反応速度が速く、反応後の水溶液の二次処理も不要であるなどの利点がある。
2NO3-+5H2 → N2+2OH-+ 4H2O (1)
2NO2-+3H2 → N2+2OH-+ 2H2O (2)
この触媒反応により、硝酸、亜硝酸イオンを還元する具体的な方法として、従来は、気−液−固三相スラリー反応器を用いる方法(非特許文献1参照)、すなわち、容器に充填した硝酸、亜硝酸イオンを含む水溶液中に触媒微粉末を分散させてスラリー状の懸濁液とし、これに直接水素ガスを吹きこみながら攪拌して分解反応を起こさせる反応や、触媒微粉末を充填した固定床に試料水溶液を水素ガスと共に通水する方法(特許文献1、非特許文献2参照)、また、グラスファイバ製の織布を用いて、触媒をこの織布表面に担持・固定して、これを試料水溶液を充填した反応槽の中で、水素ガスを吹きこみながら回転させ、反応させる方法(非特許文献3参照)などが用いられてきた。
【0004】
気−液−固三相スラリー反応器を用いる方法は、反応後に水溶液と触媒微粉末を分離する工程が必要となり、稼働効率が悪くなるという問題があった。これに対し、触媒微粉末を充填した固定床に試料水溶液を水素ガスと共に通水する方法では、反応後に触媒微粉末と処理水溶液を分離する必要は生じないが、接触面積を増大させて反応効率をあげるために触媒粒径を小さくすると、圧力損失が大きくなり、遅い流速でしか通水できず、大量の試料水溶液を処理できないという問題があった。グラスファイバ製の織布を用いる方法はこれらの問題を改善するもので、図6に示すごとく、試料水溶液貯槽1内部に試料水溶液2を充填し、これに触媒を担持・固定し羽根車型に加工したグラスファイバ製の織布24を浸漬し、水素ガス注入管23より水素ガスを注入しながら織布24を織布回転装置25を用いて動力で回転させ、水素ガス気泡3を試料水溶液2とともに攪拌し、分解反応を起こさせるものである。この手法では触媒が織布に固定されているので、反応後、処理水溶液と触媒を分離する工程は必要ない。また、触媒を固定した織布は圧力損失も小さく、触媒と大量の試料水溶液とを効率よく接触させることができるので、大量の試料水の処理に適している。しかしながらこの公知例の手法では、織布に触媒を固定するために、触媒となる金属の陽イオンを含む水溶液を織布に含浸させ、これを水素雰囲気中で高温で焼成して還元し、織布繊維表面で金属触媒とする手法が用いられており、触媒を固定した織布製造のために、特別な技術、装置が必要であるという問題がある。また、水素ガスによる反応を効率よく進めるためには、有害化学物質と水素ガスを化学量論比とするだけでは不十分であり、触媒を通過する水溶液の流量、水溶液(液体)と触媒(固体)の接触状態の他、特許文献1にも記載があるように水素ガス(気体)と触媒(固体)との間の接触状態をも最適なものに保つ必要があるが、公知例の装置では水溶液と水素ガスの流動状態を独立に制御できないため、上記の流量や接触状態を精密に最適な値に制御することは困難であり、最良の条件において反応を進行させることは困難であるという問題があった。この他、織布を回転させるため装置が複雑となること、また、装置を大型化すると織布回転のために必要なエネルギーが大きくなるという問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−38114号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Wenliang Gao et al.: Applied Catalysis B: Environmental, 46, (2003)) 341-351.
【非特許文献2】N. Barrabes et al.: Applied Catalysis B: Environmental, 62, (2006) 77-85.
【非特許文献3】Yurii Matatov-Meytal et al.: Applied Catalysis B: Environmental, 27, (2000) 127-135.
【非特許文献4】Volker Holler et al.: Catalysis Today, 60, (2000) 51-56.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は公知例におけるこのような問題の解決、すなわち、触媒を簡便な手法で反応装置に固定することにより触媒反応後の試料水溶液と触媒との分離工程を不要にし、また、試料水溶液を通水するにあたり、圧力損失を小さくしながら大量の試料水溶液を処理することができ、さらに水溶液の流量、流動と水素ガスの流量、流動を任意・独立に制御することにより、これらが混合した混相流が触媒を通過する際の水溶液の流量やこの混相流と触媒との接触状態を最適なものに設定しながら反応を進行させることのできる、新たな化学物質分解方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題を解決するため、鋭意検討した結果、まず、通常の方法で作成した微粉末触媒を水、水溶液等の液相に分散して混合させ、この混合液を、この微粉末が通過できないが液相は通過することの出来る細孔を有する、多孔性セラミック、織布等の多孔性物質を通過させることによってこの細孔周辺に微粉末触媒を固定し、次に、これに、分解対象とする化学物質を含む水溶液及び当該触媒と共に作用して当該化学物質を分解する効果のあるガスを、この水溶液とガス流量を別個に制御して最適な流量比になるよう設定しながら混合し、通水することによって、触媒の固定に特殊な技術を必要とせず、処理水溶液から触媒を分離する工程を必要とせず、通水時に大きな圧力損失を生ずることなく、また、水溶液の流量や気体、水溶液と触媒との接触状態を任意に最良なものに保ちながら化学物質分解反応を簡便に効率よく進行させることができることを見いだした。
【0009】
すなわち、前期課題を解決するため、本発明の請求項1に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、水溶液中に溶存し、この水溶液中に注入された気体成分と触媒との反応により分解する性質を有する化学物質を、この水溶液中にこれを分解する効果のある当該触媒を多孔性物質に固定して配置し、この多孔性物質に、この触媒と共に作用して当該化学物質を分解する効果を有する気体成分を混合した当該化学物質の水溶液を通水し、この水溶液の液相と気相の流速をそれぞれ独自に最適な値に制御することにより、当該化学物質を効果的に分解することを特徴とするものである。
【0010】
本発明の請求項2に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、請求項1に記載した化学物質分解方法において、当該多孔性物質が有機高分子化合物または無機化合物の繊維の集合体により構成される濾過体であることを特徴とするものである。
【0011】
本発明の請求項3に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、請求項1及び2に記載した化学物質分解方法において、触媒が固定された多孔性物質は、触媒微粒子粉末を液体に分散させ、これを当該触媒微粒子粉末が通過できない大きさの細孔を有する多孔性物質に通過させ、当該触媒粉末をこの液体が通過する際に多孔性物質の細孔部に固定することにより形成されたものであることを特徴とするものである。
【0012】
本発明の請求項4に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、請求項1から3に記載した化学物質分解方法において、当該化学物質が硝酸イオンまたは亜硝酸イオン、当該気体成分が純水素、または水素と窒素あるいは他の不活性ガスとの混合気体であることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の請求項5に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、請求項1から3のいずれかに記載した化学物質分解方法において、当該化学物質がアンモニウムイオン、当該気体成分が純酸素、空気、または酸素と窒素あるいは他の不活性ガスとの混合気体であることを特徴とするものである。
【0014】
本発明の請求項6に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、請求項4に記載した化学物質分解方法において、当該触媒がPdあるいはPt、または、PdあるいはPtにCu、SnあるいはNiを添加した二元触媒(Pd-Cu、Pt-Cu、Pd-Sn、Pt-Sn、Pt-Ni、Pd-Ni二元触媒)であることを特徴とするものである。
【0015】
本発明の請求項7に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、請求項5に記載した化学物質分解方法において、当該触媒がPd、Ru、Rh、Mo、Coまたはこれらの酸化物であることを特徴とするものである。
【0016】
本発明の請求項8に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、請求項6または7に記載した化学物質分解方法において、当該触媒が活性炭またはAl2O3、TiO2、SiO2、ZrO2等の金属酸化物に担持されたものであることを特徴とするものである。
【0017】
本発明の請求項9に関わる化学物質分解方法が採用した手段は、触媒として粒径が30μm以上のアルミナ担体に担持されたPd-Cu二元触媒を用い、これを水または水溶液に分散し、多孔性物質として30μm以上の粒子を固定できる樹脂繊維製織布により構成される濾過体に水または水溶液を通過させることにより触媒を当該濾過体に固定し、これに当該化学物質として硝酸イオンを含む水溶液をH2ガス気泡と共に循環通水し、この水溶液流量(L/min)とH2ガス流量(L/min、ただし0℃、1気圧換算)の比を95付近となるように制御することにより硝酸イオンを効率よく分解することを特徴とするものである。
【0018】
本発明の請求項10に関わる化学物質分解装置が採用した手段は、触媒粉末(16)固定用の多孔質物質(17)により内部が仕切られ、一方の内部が流入路と連通し、他方の内部が流出路に連通する触媒反応槽(18)と、分解される化学物質が溶存した水溶液(2)を触媒反応槽(17)へ送る該流入路に設けられ、該水溶液の流速を制御する水溶液流速制御手段(11)と、該化学物質を分解する効果を有する気体成分の該流入路への供給通路に設けられ、気体成分の流速を制御する気体成分流速制御手段(14)とを含む化学物質分解装置において、触媒粉末が分散した触媒スラリー(7)を貯留することのできる触媒スラリー貯槽(8)が該流入路に接続可能に設けられたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明の請求項1及び2に関わる化学物質分解方法によれば、固定床内に触媒が密集して充填される場合と異なり、触媒が広い多孔性物質表面に分散して固定されるために試料水溶液通水時の圧力損失を小さくすることが出来、反応終了後、触媒と試料水溶液の分離プロセスも必要なく、また、これに試料水溶液と、反応ガスを混合した気液混合水溶液を通過させてその表面の触媒と反応をさせる際、その水溶液流量とガス流量を個別に制御し、最適な値にすることにより、最も効率的に反応を起こさせることが出来る。多孔性物質表面に気体と液体の混相流を通過させる場合、非特許文献4に示されるように、その流量によって、多孔体の近傍の流動状態が変化する。これを図2を用いて模式的に説明する。すなわち、図2(A)のようにガス流量/水溶液流量比が小さい場合には触媒を通過する水溶液流量が大きいために、多量の水溶液を処理することが出来る反面、ガスが少ないために、ガス気泡と触媒の固体表面の接触が小さく非効率なため、反応効率が低下する。一方、図2(C)のようにガス流量が大きい場合は、ガス気泡と固体触媒表面との接触は大きいが、混相流に占める水溶液量が小さいために、これを通過する試料水溶液量が小さくなり、反応効率が低下する。従って、図2(B)のごとく、ガス流量/水溶液流量比を制御し適当な値に設定することにより、ガス気泡と固体表面の接触及び水溶液流量が適当なものとなり、反応効率を大きくすることが出来る。
【0020】
また、本発明の請求項1及び2に関わる化学物質分解方法によれば、当該多孔性物質に触媒を固定する場合に、図6の公知例のように、多孔性物質である織布に特殊な化合物を含浸させてこれをそのまま焼成するという特殊な技術・装置を必要とせず、従来の方法で簡便に作成された触媒粉末をそのまま利用して簡便に多孔性物質に固定し、使用することが可能となる。又この場合、多孔性物質の形状が不均一で、水溶液が内部を流動する際に流動に偏りがある場合も、流動の大きい部分に触媒が集まるため、それぞれの多孔性物質の特性に応じて、最も触媒と水溶液の接触が行える形で触媒を固定することが可能となるという効果も有する。この請求項1から3の手法を、請求項4から8に記載したような、水素ガスを用いた硝酸、亜硝酸イオンの分解、並びに酸素ガス、空気等を用いたアンモニウムイオンの分解に適用することにより、これらを分解処理することが可能となる。なお、ここでは触媒を液体に分散させたが、液体のかわりに触媒微粒子を気体中に分散させ、この気体−固体の混相流を多孔性物質に通過させて触媒を固定することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の好適な実施形態に関わる化学物質分解方法を説明するフロー図である。
【図2】本発明に関わる触媒が固定された多孔性物質を、気体/水溶液混相流が通過する際の流動状態を説明する模式図である。
【図3】本発明の多孔性物質の実施形態の例を示す図である。
【図4】本発明の別の実施形態に関わる化学物質分解方法を説明するフロー図である。
【図5】本発明による硝酸イオンの分解効率のH2ガス流量依存性の実測結果を示す図である。
【図6】本発明に関連する公知例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について詳細に説明する。図1は本発明の好適な実施形態に関わる化学物質分解方法を説明するフロー図である。図1を用い、Pd−Cu触媒を用いて試料水溶液に含まれる硝酸イオンを分解する場合を例に取り、本発明を説明する。
分解反応に先立ち、まず、触媒反応槽18内部を一方の内部が流入路と連通し、他方の内部が流出路に連通するように仕切る多孔性物質17に触媒16粒子を固定する操作を行う。触媒は通常用いられる微粉末粒子であり、好適には不規則な形状に粉砕したアルミナ、シリカ、TiO2等のセラミック粒子表面に、触媒活性成分として表面にCuを析出させたPdを担持・固定したもの(Pd-Cu触媒)を用いるが、これは球形等の規則的な形状を持つセラミック粒子を用いてもよく、また、規則的、または不規則な形状を持つ、表面にCuを析出させたPd金属微粒子そのものでもよい。この触媒を触媒スラリー貯槽8内部に充填した液体内部に添加し、攪拌装置6で攪拌して分散させ、触媒スラリー7とする。この液体には好適には分解する目的の化学物質を含む試料水溶液が用いられるが、水、あるいは触媒反応を阻害しない他の水溶液、有機溶媒でもよい。
【0023】
次に弁4、19、22、ガス流調弁14を閉じ、弁9,20,水溶液流調弁11を開いて、ポンプ10を駆動させて触媒スラリー7を触媒スラリー吸入管5から吸入し、前記流入路のポンプ10、水溶液流調弁11、流量計12を通過して触媒反応槽18内部に装置された多孔性物質17に通水し、これを通過させる。この多孔性物質は、触媒16が通過できない孔径の開口部を多数有しており、触媒粒子は触媒スラリーとして液体と共にこれを通過する際にこの開口部周辺に捕捉されて固定される。多孔性物質の開口部の孔径は、通常は触媒粒子より小さいものに設定されるが、開口部より小さい触媒粒子が複数個、開口部に同時に到達してこれらが集積する形で捕捉される場合もあるため、触媒粒子を捕捉できるものであれば、開口部孔径は触媒粒子より大きくても可能である。多孔性物質17を通過した液体は前記流出路を通り、弁20を通過し、排水ドレイン21から廃棄されるが、あるいはこの弁20を閉じ、22を開いて、液体を触媒スラリー貯槽8に戻して触媒スラリーとともに循環し、多孔性物質を複数回通過させて触媒スラリー中の触媒粒子が完全に多孔性物質に捕捉された後、弁22を閉とし弁20を開いて排水ドレイン21から液体を廃棄することも可能である。
【0024】
試料水溶液中の化学物質の分解に際しては、弁9、20,22を閉じ、弁4、19を開いてポンプ10により、試料水溶液貯槽1内部の試料水溶液2を、前記流入路のポンプ10、水溶液流調弁11、流量計12を通過して触媒反応槽18内部に装置された多孔性物質17に通水し、これを通過させる。このときガス流調弁14を開き、ガス注入口15からガス流量計13を通してH2ガスを試料水溶液中に同時に注入し、試料水溶液とH2ガス気泡3の混合した混相流(気液二相流)を触媒反応槽18内部の多孔性物質17に通水し、試料水溶液とH2ガス気泡を触媒16に接触させ、式(1)に基づき、これを分解する。反応後の試料水溶液は試料水溶液貯槽1に戻り、反応生物であるN2や未反応のH2ガスはこの試料水溶液貯槽上部の開口部から排気される。必要があれば、化学物質の濃度が目的の値に減少するまで、試料水溶液を再び循環し、反応を継続して進行させる。この操作において、流量計12を監視しながら水溶液流調弁11を用いて水溶液流量を調整すると共に、ガス流量計13を監視しながらガス流調弁14を用いてH2ガス流量を調整する。多孔性物質17を通過する水溶液の流量、及び水溶液/H2ガス流量比により、分解反応速度は変化するので、これらを用いて分解反応速度が最大となるよう、上記の流量、流量比を最適な値に調整する。この実施例では試料水溶液貯槽1の上部から未反応のH2ガスを排気したが、これを循環し、再びガス注入口15よりこれを再注入することにより、H2ガス使用量を抑制することも可能である。なお、水溶液やガスの流量乃至流速の調整、制御には、流調弁に替えてポンプ(10)を可変容量式のものとする等、公知の任意の手段が採用できる。
【0025】
本発明の多孔性物質には、好適にはグラスファイバー、炭素繊維、有機高分子の繊維等で織られた織布製のフィルターを用いるが、これは、多孔性のセラミック、焼結金属、金属の金網等でも良い。形状は図1に模式的に平板状の物を示したが、これは他の形状で良く、例えば図3に示すような円筒形の形状で、この内面から外面、または外面から内面に通水し、触媒粒子を固定する物でもよい。また、織布を円筒形や直方体の多孔性の支持体周囲に巻き付けて固定した物でもよく、この際、表面積を大きくするため、織布にひだをつけて多孔性支持体周辺に固定しても良い。
【0026】
また、本発明ではH2ガスはポンプ10下流と触媒反応槽18との間において注入しているが、これは他の場所、例えば図4に示すごとく、ポンプ10の上流、または触媒反応槽18内部に直接注入しても良い。
【0027】
本発明による硝酸イオンの分解効率のH2ガス流量依存性の実測結果を図5に示す。ここで硝酸イオン分解率とは、式(3)で表わされる値である。
R=100(1-C/C0) (3)
ここに、
R:硝酸イオン分解率(%)
C0:硝酸イオンの初濃度(mol/dm3)
C:反応後の硝酸イオン濃度(mol/dm3)
この例では、多孔性物質としてセルロース繊維の織布(エポキシ樹脂補強加工処理、開口部孔径:約30μm、面積(幾何学的面積)約4000cm2のものをプリーツ状に加工、通水時圧力損失:19L/minにおいて約2kPa)をメッシュ状の円筒形支持体(ポリプロピレン製)周囲に巻き付けてフィルターとしたものを使用している。このフィルターに、アルミナに担持されたPd-Cu触媒(約12g)を純水中に分散させてスラリー状にしたものを、円筒内面から外面方向に通水してフィルターの内面に触媒を固定した。これに室温で初濃度約20ppmの硝酸水溶液約35Lを、約19L/minで140分間通水して反応させ、反応後の硝酸イオンの濃度と比較し硝酸イオン分解率を算定したものである。この実測に置いて分解率は水素ガス注入量に依存し、注入量が0.2L/min(水溶液流量/H2ガス流量比:約95)付近において硝酸イオン分解率が最大となることが確認された。
【0028】
本発明はPd-Cu触媒とH2ガスを用いて硝酸イオンを分解する場合を例に取り説明したが、これはPd-Cu触媒以外の触媒、例えば、PdにSnまたはNiを添加した二元触媒(Pd-Sn、Pd-Ni二元触媒)や、PtにCu、SnまたはNiを添加した二元触媒(Pt-Cu、Pt-Sn、Pt-Ni二元触媒)等を使用することも可能である。また、純H2ガスではなく、H2と窒素や不活性ガスなど、他の成分ガスを混合したガスを使用することも可能である。この他、本発明は触媒とH2ガスを用いて亜硝酸イオンを分解する場合にも適用できる。その際は上記の二元触媒の他、Pd等の単体金属を触媒とすることも可能である。この他、本発明は、Pd、Ru、Rh、Mo、Coまたはこれらの酸化物触媒とO2ガス、あるいはO2と窒素や不活性ガスなど、他のガスとを混合したものを用いてアンモニウムイオンを分解する場合にも適用できる。さらに本発明は、分解反応の他、H2ガスとPd触媒を用いてパラクロロフェノールからフェノールを製造する反応や、各種ガスと触媒を用いる化学反応についても適用することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
このように本発明は、水溶液中に溶存する化学物質、これを分解する作用のあるガス、及びこの反応を促進する触媒を最適な流動状態で接触させ触媒反応を進行させることにより、この化学物質を効率よく分解し除去することができ、また、この触媒を反応装置に固定する際も、特殊な技術を必要とせず簡便にこれを固定することができるという優れた効果を有し、特にこれを、地下水等の飲料水中の硝酸、亜硝酸、アンモニウムイオン等を簡便に除去し無害化するために使用できる。この他、工業廃水中やイオン交換樹脂等の二次処理水中に存在する、上記のような化学物質の分解処理にも使用できる。この他、本発明は環境浄化のみならず、例えばH2ガスとPd触媒を用いてパラクロロフェノールからフェノールを製造する技術のような、ガスと水溶液中の化学物質の触媒反応により生成した反応生成物を製品として使用するような化学反応の工業プロセスにおいても広く適用することが可能であり、その産業的意義は多大である。
【符号の説明】
【0030】
1 試料水溶液貯槽
2 試料水溶液
3 H2ガス気泡
4 弁
5 触媒スラリー吸入管
6 攪拌装置
7 触媒スラリー
8 触媒スラリー貯槽
9 弁
10 ポンプ
11 水溶液流調弁(水溶液流速制御手段)
12 流量計
13 ガス流量計
14 ガス流調弁(気体成分流速制御手段)
15 ガス注入口
16 触媒
17 多孔性物質
18 触媒反応槽
19 弁
20 弁
21 排水ドレイン
22 弁
23 H2注入管
24 織布
25 織布回転装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液中に溶存し、この水溶液中に注入された気体成分と触媒との反応により分解する性質を有する化学物質を、この水溶液中にこれを分解する効果のある当該触媒を多孔性物質に固定して配置し、この多孔性物質に、この触媒と共に作用して当該化学物質を分解する効果を有する気体成分を混合した当該化学物質を含む水溶液を通水し、この水溶液の液相と気相の流速をそれぞれ独自に最適な値に制御することにより、当該化学物質を効果的に分解することを特徴とする化学物質分解方法。
【請求項2】
当該多孔性物質が有機高分子化合物または無機化合物の繊維の集合体により構成される濾過体であることを特徴とする請求項1に記載の化学物質分解方法。
【請求項3】
触媒が固定された多孔性物質は、触媒微粒子粉末を液体に分散させ、これを当該触媒微粒子粉末が通過できない大きさの細孔を有する多孔性物質に通過させ、当該触媒粉末をこの液体が通過する際に多孔性物質の細孔部に固定することにより形成されたものである請求項1または2に記載の化学物質分解方法。
【請求項4】
当該化学物質が硝酸イオン(NO3-)または亜硝酸イオン(NO2-)、当該気体成分が純水素、または水素と窒素あるいは他の不活性ガスとの混合気体であることを特徴とする請求項1から3のいずれかの請求項に記載の化学物質分解方法。
【請求項5】
当該化学物質がアンモニウムイオン、当該気体成分が純酸素、空気、または酸素と窒素あるいは他の不活性ガスとの混合気体であることを特徴とする請求項1から3のいずれかの請求項に記載の化学物質分解方法。
【請求項6】
当該触媒がPdあるいはPt、または、PdあるいはPtにCu、SnあるいはNiを添加した二元触媒(Pd-Cu、Pt-Cu、Pd-Sn、Pt-Sn、Pt-Ni、Pd-Ni二元触媒)であることを特徴とする請求項4に記載の化学物質分解方法。
【請求項7】
当該触媒がPd、Ru、Rh、Mo、Coまたはこれらの酸化物であることを特徴とする請求項5に記載の化学物質分解方法。
【請求項8】
当該触媒が活性炭またはAl2O3、TiO2、SiO2、ZrO2等の金属酸化物に担持されたものであることを特徴とする請求項6または7に記載の化学物質分解方法。
【請求項9】
触媒として粒径が30μm以上のアルミナ担体に担持されたPd-Cu二元触媒を用い、これを水または水溶液に分散し、多孔性物質として30μm以上の粒子を固定できる樹脂繊維製織布により構成される濾過体に水または水溶液を通過させることにより触媒を当該濾過体に固定し、これに当該化学物質として硝酸イオンを含む水溶液をH2ガス気泡と共に循環通水し、この水溶液流量(L/min)とH2ガス流量(L/min 、ただし0℃、1気圧換算)の比を95付近となるように制御することにより当該硝酸イオンを効率よく分解することを特徴とする化学物質分解方法。
【請求項10】
触媒粉末(16)固定用の多孔質物質(17)により内部が仕切られ、一方の内部が流入路と連通し、他方の内部が流出路に連通する触媒反応槽(18)と、分解される化学物質が溶存した水溶液(2)を触媒反応槽(17)へ送る該流入路に設けられ、該水溶液の流速を制御する水溶液流速制御手段(11)と、該化学物質を分解する効果を有する気体成分の該流入路への供給通路に設けられ、気体成分の流速を制御する気体成分流速制御手段(14)とを含む化学物質分解装置において、触媒粉末が分散した触媒スラリー(7)を貯留することのできる触媒スラリー貯槽(8)が該流入路に接続可能に設けられたことを特徴とする化学物質分解装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−73946(P2011−73946A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230065(P2009−230065)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】