説明

化学療法抗癌剤としての環状デプシペプチド

本発明は癌に対する化学療法剤としての環状デプシペプチドの使用に関する。シクロ[(3R)-3-ヒドロキシデカノイル-L-セリル-(3R)-3-ヒドロキシデカノイル-L-セリル]との名もあるセラタモライドはセラチア・マルセッセンスの種の細菌の培養から単離された環状デプシペプチドである。セラタモライドは異なった癌細胞(白血病、骨髄腫、癌腫等々)の生存度を減少させ、該細胞にアポトーシスを誘導し、非癌性細胞には実質的に何ら作用しない。このため、セラタモライド及びその薬学的に許容可能な付加塩及び/又は溶媒和物は化学療法抗癌剤として、特に白血病、リンパ腫、骨髄腫、癌腫、黒色種及び肉腫に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【発明の開示】
【0001】
この発明は既知の天然由来の環状デプシペプチドを使用する腫瘍又は癌の治療に関する。
【0002】
背景
化学療法によってある種の癌を治癒することが可能である。その他多くのタイプの癌でも化学療法は一時的に又は部分的に効果がある。しかしながら、薬物に対して耐性のある癌もある。殆どの抗癌薬はその有用性が限られているので、新しい化学療法抗癌剤に対する需要が存在する。
【0003】
癌の化学療法の一つの問題は、細胞のある割合だけが常に分裂し、殆どの薬物が細胞集団の分裂を受けている部分のみを破壊することができることである。別の問題は、抗癌薬が正常細胞及び組織をもまた損傷することである。また、癌細胞のなかには最終的に薬物耐性になるものもある。
【0004】
プログラム細胞死とも呼ばれるアポトーシスは適当なトリガーに応答して細胞を自己破壊に誘導する機構である。アポトーシスは様々な状況で開始せしめられ、例えば細胞が体内においてもはや必要とされていない場合や、その生物の健康を脅かすようになった場合などである。アポトーシスは胚発生と成熟生物の毎日の維持に必要である。アポトーシスの異常な阻害又は開始が癌を含む多くの疾病の原因となる。アポトーシスは、傷害から生じる壊死と呼ばれる他の型の細胞死とは区別される。アポトーシスは細胞増殖を停止させる正常な生理プロセスである。制御できずに増殖し癌性腫瘍を形成する細胞を含む実質的に全ての組織の細胞が、生物のためにアポトーシスを通して死ぬ可能性がある。
【0005】
アポトーシスは幾つかの化学療法剤の作用に関連している。この数年間にアポトーシスに基づく新規な抗癌薬が幾つかスクリーニングされている。それらは、白血病や肺腫瘍のように高い増殖性を持つ腫瘍に対して、また胃腸腫瘍のように満足できる治療ができないものに対して効果的であることが期待されている。
【0006】
シクロ[(3R)-3-ヒドロキシデカノイル-L-セリル-(3R)-3-ヒドロキシデカノイル-L-セリル]との名もあるセラタモライド(Serratamolide)(CAS RN5285−25−6)は、その4つのキラル中心にある特定の立体化学を持ち、以下に示す式を持つ環状デプシペプチドである。これはセラチア・マルセッセンス培養物から1961年に初めて単離された。セラタモライドの全合成もまた知られている(M.M. Shemyakin等, Tetrahedron Lett. 1964, pp.47-54)。
【0007】
セラタモライドが多くの細菌、酵母及び病原性真菌に対して活性を持っていることは非常に早く見出された(H.H. Wasserman等, J. Am. Chem. Soc. 1961, vol.83, p.4107; 1962, vol.84, p.2978)。更に最近では、セラタモライドの湿潤/伝播及び血球凝集性活性が報告されている(T. Matsuyama等, J. Gen. Microbiol. 1986, vol.132, p.865;Y. Kawai等, Eur. J. Biochem. 1988, vol.171, p.73)。しかし、抗癌剤としてのセラタモライドの使用はこれまでに報告も示唆もされていない。
【化1】

【0008】
発明の概要
次の実施例に示すように、セラタモライドが幾つかの癌細胞(白血病、骨髄腫、癌腫等々)の生存度を減少させ、それらにアポトーシスを誘導し、非癌細胞には実質的に作用がないことがここで初めて開示される。これによって、セラタモライドは化学療法抗癌剤として役立つ。
【0009】
従って、本発明の一態様は、癌の治療及び/又は予防のための医薬の製造のための、セラタモライド又はその薬学的に許容可能な付加塩及び/又は溶媒和物の使用である。好適な実施態様では、癌は白血病、リンパ腫、骨髄腫、癌腫、黒色種及び肉腫からなる群から選択される。
【0010】
癌の治療及び/又は予防のためのセラタモライド又はその薬学的に許容可能な付加塩及び/又は溶媒和物はまた本発明の一部である。同じように、薬学的に許容可能な賦形剤又は担体と共に、治療的に有効量のセラタモライド又はその薬学的に許容可能な付加塩及び/又は溶媒和物を活性成分として含有する、癌の治療及び/又は予防のための医薬組成物もまた本発明の一部である。
本発明を限定するものと解釈すべきではない添付の実施例で例証しているように、セラタモライドは、セラチア・マルセッセンス種の細菌培養物から単離することができる。
【実施例】
【0011】
実施例1:セラタモライドの単離
(バルセロナ大学微生物学部から提供された)細菌セラチア・マルセッセンス2170細胞をメタノールと1NのHClの混合物(24:1)と共に振盪することによってセラタモライドを抽出した。遠心分離(6800xg、15分間)後、上清の溶媒を真空下で蒸発させた。抽出物の大気圧液体クロマトグラフィーを、溶媒としてクロロホルムとメタノールを用いてシリカゲルで実施した。2種の主要な生成物(更にプロジギオシン及びセラタモライドとして特徴付けされる)を含む溶出した有色画分をプールし、クロロホルム/メタノール抽出物を真空蒸発させ、HOに再溶解させて凍結乾燥させた。VG-Quattro(登録商標)三連四重極質量分析計(Micromass, VG-Biotech, U.K.)を使用する熱スプレーイオン化/質量分析法(ESI−MS)によって、またボイジャー遅延抽出(DE)飛行時間型(TOF)質量分析計(Perseptive Biosystems, Framingham, USA)を使用するマトリックス支援デーザー脱離法(MALDI)によって試料混合物を分析した。セラタモライドに対して予想される分子量と一致する分子量データ(m/z 515)の生成物が、2回の連続のMPLC(中圧液体クロマトグラフィー)工程によって有色混合物から単離された。MPLCはCFG(登録商標)Prominent/Duramatポンプ、可変波長検出器LKB(登録商標)Bromma2158UNICORD SD(206nmフィルター)、GilsonコレクターFC205及びPharmacia-LKB REC101レジスターを具備するシステムで実施した。第一の工程では、Lichroprep Cが逆相ガラスカラム(20x4cm)を、0−100%B線形勾配(A:0.01M酢酸アンモニウムpH7、B:100%アセトニトリル)、1000ml全容積、流量240ml/hとして用いた。Nucleosil(登録商標)C18分析用逆相カラム(25x0.4cm)を用いてシマズ機器LC-6AでHPLC(高速液体クロマトグラフィー)によって、またMALDI-TOFによって、溶出した画分を分析した。セラタモライドを含む画分をプールし、真空蒸発させ、凍結乾燥した。第二のMPLC精製工程を、C18逆相ガラスカラム(26x2.5cm)及び35−55%B線形勾配(A:HO 0.045%トリフルオロ酢酸、B:CHCN 0.036%トリフルオロ酢酸)、800ml全容積、流量120ml/hを用いて実施した。溶出した画分をMALDI-TOF及びHPLCによって分析した。所望の画分をプールし、真空蒸発させ、凍結乾燥させた後に、6.6mgの生成物(HPLCで測定して96%純度)を得た。スルホン化ポリスチレンカラム(25x0.4cm、Beckman7300/6300)を備えたBeckman6300自動分析器でのアミノ酸解析によって定量化を実施した。生成物は質量分析法、核磁気共鳴(NMR)分光法及びガスクロマトグラフィー(GC)によって特徴付けした。
【0012】
質量分析:化学イオン化(CI)による正確な質量測定、(AutoSpec磁気セクター質量分析計N/S−X134でメタン使用):m/z 515.335020(M+H)。ESI-MS:m/z 515.2(M+H)。MALDI-TOF:m/z 515.8(M+H)、537.8(M+Na)、553.8(M+K)。分子量データはセラタモライドの分子式:C2646(モノアイソトピックMW:514.3254、平均:514.6599)に一致した。
【0013】
NMR分光分析:NMRスペクトルを、それぞれH及び13Cに対して500MHz及び125MHzで操作して、Varian Inova-500又はBruker DMX-500分光計の何れかで記録した。スペクトルは298KにてCDOH又はCDOD中で記録した。NMRシグナルの割り当ては、H-1D;H-COSY;13C-1D;13C-DEPT及びH-13C-HSQC実験の組み合わせを用いて実施した。結果は過去のNMR実験と一致していた(C.H. Hassall等, J. Chem. Soc. (B), 1971, pp.1757-61を参照)。
【0014】
ガスクロマトグラフィー:
(a)セラタモライドの酸加水分解。− セラタモライド(1.5mg)を110℃で30時間、0.5mlのHCl 6Nで加熱した。試料を清浄な乾燥窒素を用いて蒸発乾固させた。これらの条件でのセラタモライド加水分解産物は2eqのセリンと2eqの3-ヒドロキシデカン酸を生じた。セリンの立体中心を、このアミノ酸をN-ペンタフルオロプロピオン酸イソプロピルエステルへ誘導体化し、キラルカラムでのCGにより粗生成物を分析することによって決定した。誘導体化L-セリン及びDL-セリン基準物との試料の同時注入を実施した。
【0015】
(b)N-PFPイソプロピルエステルへのセリンの誘導体化。− イソプロピルアルコール中2NのHCl 0.5mlを乾燥試料に添加し、100℃で1時間加熱した。反応混合物を清浄な乾燥窒素を用いて蒸発乾固させた。0.5mlの酢酸エチルと50μlのペンタフルオロプロピオン酸無水物(PFPA)を添加し、混合物を100℃で30分間加熱した。乾燥窒素を用いて蒸発乾固を再び実施し、残渣を10μlの塩化メチレン中に溶解しCGによって分析した。
【0016】
(c)分離。− セリン誘導体(並びにアミノ酸一般)のD-及びL-異性体の分離のGC条件は次の通りとした:50mのCHIRASIL−VAL−IIIカラム(Alltechカタログ番号13137)。温度勾配:80℃(3分)−190℃、4℃/分。HP5890ガスクロマトグラフを使用した。一つの主要なピークが、滞留時間がL-セリン誘導体に対応する加水分解し誘導体化したセラタモライドのクロマトグラフィー分析で得られた。D-セリンに対応するピークは観察されなかった。
【0017】
セラタモライドの立体配置研究を分子動力学を用いて実施した。NMRデータとセリンの立体構造を考えると、結果は(R)-3-ヒドロキシデカン酸とのみ一致していた。
【0018】
実施例2:癌細胞の生存に対するセラタモライドの活性
次の癌細胞を使用した:
− ジャーカットクローンE6−1:急性ヒトT細胞白血病細胞。
− Molt−4:末梢血、急性ヒトリンパ性白血病。
− NSO:ヒト骨髄腫細胞。
− GLC−4S:ヒト小細胞肺癌細胞。
− HGT−1:ヒト胃癌細胞。
− HT−29:ヒト大腸腺癌細胞。
次の非悪性細胞株を比較目的に使用した:
− NIH−3T3:スイスマウス胎仔細胞。
− NRK−49F:正常なラット腎臓細胞。
− IEC−18:ラット回腸の正常な上皮細胞。
【0019】
様々な癌細胞株(ジャーカット、Molt−4、NSO、HGT−1、HT−29及びGLC−4S)及び非悪性細胞株(NIH−3T3、NRK−49F及びIEC−18)の生存に対するセラタモライドの作用をMTTアッセイ(J. Mosmann, J. Immunol. Meth. 1983, vol.65, pp.55-63参照)によって決定した。ここで、MTTは3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド、チアゾールブルーの略である。このアッセイでは、100μlの最終体積中、5から40μMの範囲の増大量のセラタモライドの存在下又は非存在下(コントロール細胞)で、96ウェルのマイクロタイター細胞培養プレートで20x10の細胞をインキュベートした。24時間のインキュベーション後、10μMのMTTを各ウェルに加えて更に4時間経過させた。青色のMTTホルマザン沈殿物を100μlのイソプロパノール:1N HCl(24:1)中に溶解させ、550nmでの吸光度をマルチウェルプレートリーダーで測定した。細胞生存度はコントロールに対するパーセントとして表した。生存細胞数の用量依存的減少が実験した全ての癌細胞株で観察されたが、非悪性細胞株の生存に有意な減少は観察しなかった。IC50はジャーカットで15.0μM、Molt−4で12.2μM、NSOで17.1μM、GLC−4Sで17.3μM、HGT−1で25.8μM、HT−29で38.9μMであった。しかしながら、NRK−49Fは、30μMのセラタモライドの存在下で生存細胞数に減少を示さず、NIH−3T3細胞の85%とIEC−18の75%が同用量の存在下で生存した。
【0020】
実施例3:癌細胞におけるセラタモライドのアポトーシスの誘導
観察された細胞毒性効果がアポトーシスによるものであったかどうかを決定するために、セラタモライドがアガロースゲル電気泳動法によるDNA断片化を誘導するかどうかを分析した。このアッセイでは、10細胞/mlを20μMのセラタモライドに暴露し一晩(16時間)インキュベートした。細胞をPBS(リン酸緩衝生理食塩水)で洗浄し、氷冷溶解バッファー(10mMのTris-HCl pH7.4、1mMのEDTA、0.2%のトリトンX-100)に再懸濁させた。4℃で15分間インキュベーションした後、細胞可溶化液を14000xgで15分間遠心分離して無傷のクロマチンから低分子量DNAを分離した。上清を、37℃で4時間、150mMのNaCl、10mMのトリス-HCl pH8.0、40mMのEDTA及び1%のSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を含むバッファー中0.2mg/mlのプロテイナーゼKで処理した。DNA調製物を2回フェノール/クロロホルム抽出してタンパク質を除去した。DNAを、140mMのNaClと2容量のエタノールを用いて−20℃で一晩かけて沈殿させた。DNA沈殿物を14000xgで4℃にて10分間遠心分離して回収し、冷却した70%エタノールで2回洗浄し空気乾燥させた。DNAペレットを15μlのTE(10mMのトリス-HCl pH8.0、1mMのEDTA)中に再懸濁させ、37℃で1時間、DNase非含有RNase(Boehringer Mannheim)で処理した。3.2μlの負荷バッファーを各チューブに添加し、DNA調製物を臭化エチジウムを含む1%アガロースゲルで電気泳動させた。ゲルをUV光ボックスに配してDNAラダーパターンを可視化させた。DNAのアガロースゲル電気泳動はジャーカット造血性癌細胞株においてアポトーシスの特徴的なラダーパターンを示した。しかしながら、DNAラダー化はNIH−3T3非悪性細胞では観察されなかった。更に、アポトーシス体の特徴はセラタモライドでの処置後のジャーカット細胞には観察されたが、NRK−49F処置細胞には観察されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌の治療及び/又は予防のためのセラタモライド又はその薬学的に許容可能な付加塩及び/又は溶媒和物。
【請求項2】
癌が白血病、リンパ腫、骨髄腫、癌腫、黒色種及び肉腫からなる群から選択される請求項1に記載の生成物。
【請求項3】
癌の治療及び/又は予防のための医薬の製造のための、セラタモライド又はその薬学的に許容可能な付加塩及び/又は溶媒和物の使用。
【請求項4】
癌が白血病、リンパ腫、骨髄腫、癌腫、黒色種及び肉腫からなる群から選択される請求項3に記載の使用。
【請求項5】
薬学的に許容可能な賦形剤又は担体と共に、治療的に有効量のセラタモライド又はその薬学的に許容可能な付加塩及び/又は溶媒和物を活性成分として含有する、癌の治療及び/又は予防のための医薬組成物。
【請求項6】
癌が白血病、リンパ腫、骨髄腫、癌腫、黒色種及び肉腫からなる群から選択される請求項5に記載の組成物。

【公表番号】特表2006−501291(P2006−501291A)
【公表日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−540824(P2004−540824)
【出願日】平成15年9月26日(2003.9.26)
【国際出願番号】PCT/ES2003/000489
【国際公開番号】WO2004/031130
【国際公開日】平成16年4月15日(2004.4.15)
【出願人】(505122852)ユニベルシダード デ バルセロナ (3)
【Fターム(参考)】