説明

医療用具およびその製造方法

【課題】ポリアミドからなる基材表面に親水性高分子が強固に固定化された医療用具を提供する。
【解決手段】表面の少なくとも一部がポリアミドである基材と、前記基材の表面に形成され、有機溶媒に溶解するポリアミドを含む接着層と、前記接着層の上部に形成され、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有し、かつ架橋されている親水性高分子を含む表面潤滑層と、を含む、医療用具およびその製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、血管や気管支などの狭窄部を拡張するための医療用具として、バルーンを先端に有するバルーンカテーテルが頻繁に使用されている。そして、バルーンカテーテルを目的部位にアクセスするための操作性を向上させることや、血管内壁などへの組織損傷を低減させることを目的として、低摩擦材料をバルーン基材に用いたり、バルーン表面の低摩擦化のために、潤滑剤、低摩擦性樹脂、親水性重合体などの潤滑性物質をバルーン基材にコーティングする方法が検討されている。
【0003】
基材表面にフッ素樹脂やシリコーン樹脂、シリコンオイル、オリーブオイル、グリセリンなどの潤滑性物質を塗布する方法は、簡便な方法ではあるが、潤滑性物質の基材表面からの脱離、剥離、溶出といった安全面や効果の持続性において問題があるものが多い。
【0004】
最近では、親水性ポリマーをコーティングして反応させ、表面にハイドロゲルを形成させることにより、低摩擦性表面を作製する方法が研究されている。例えば、特許文献1では、イソシアネートを用いて親水性ポリマー(ポリビニルピロリドン)を基材表面にコートする方法が開示されている。また、イソシアネートを利用して、反応性官能基を共重合した親水性ポリマーをコートする方法(特許文献2参照)や、ポリエチレンオキサイド(特許文献3参照)をコートする方法などが開示されている。また、特許文献4には、アミノ基、イミノ基、カルボキシル基、メルカプト基の少なくとも1種以上が存在している表面に、ポリイソシアネートを介してポリエーテル、ポリアミド、ポリシロキサン等の共重合体を結合させる方法が記載されている。特許文献5には、反応性官能基を有するポリマー(A成分)を基材表面に塗布した後、該反応性官能基と反応しうる反応性官能基を有する親水性ポリマー(B成分)をコートする方法が記載されている。
【0005】
さらに、特許文献6には、医療用具を構成する基材の表面に接着剤層としてアルコール可溶性ナイロンを塗布し、さらに最表面層として無水マレイン酸共重合体の変性物をコートする技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第4100309号明細書
【特許文献2】特開昭59−81341号公報
【特許文献3】特開昭58−193766号公報
【特許文献4】特公平1−55023号公報
【特許文献5】国際公開第90/01344号パンフレット
【特許文献6】特開2008−279100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の特許文献1〜6に記載の技術では、医療用具の表面に存在する親水性ポリマーが、基材表面から脱離、剥離、溶出するなどの現象が起こり、安全面や耐久性という点において問題があった。特に、基材にポリアミドなどの結晶性の高い樹脂を用いた場合、上記現象が顕著であった。
【0008】
また、さらに、特許文献6に記載の技術では、接着剤層に用いられているアルコール可溶性ナイロンを架橋させるために100〜200℃という高温が必要になり、医療用具の基材の溶融や変形が発生するという問題があった。
【0009】
そこで、本発明は、ポリアミドからなる基材表面に親水性ポリマー(以下「親水性高分子」とも言う)が強固に固定化された医療用具を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明の他の目的は、ポリアミドを含む基材の溶融や変形を抑制できる医療用具の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題に鑑み、鋭意研究を積み重ねた。その結果、表面の少なくとも一部がポリアミドである基材上に、有機溶媒に溶解するポリアミドを含む接着層を形成した後、さらにエポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有する親水性高分子を被覆し、該親水性高分子を低温で架橋することにより、親水性高分子が基材により強固に固定化された医療用具が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、表面の少なくとも一部がポリアミドである基材と、前記基材の表面に形成され、有機溶媒に溶解するポリアミドを含む接着層と、前記接着層の上部に形成され、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有し、かつ架橋されている親水性高分子を含む表面潤滑層と、を含む、医療用具である。
【0013】
また、本発明は、表面の少なくとも一部がポリアミドである基材の表面に、有機溶媒に溶解するポリアミドを含む溶液を塗布し乾燥する工程と、前記塗布し乾燥する工程の後に、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有する親水性高分子を含む溶液を塗布する工程と、前記親水性高分子を10℃以上100℃未満の温度で架橋する工程と、を含む、医療用具の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ポリアミドからなる基材表面に親水性高分子が強固に固定化された医療用具が提供されうる。
【0015】
また、本発明によれば、ポリアミドを含む基材の溶融や変形を抑制できる医療用具の製造方法が提供されうる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】表面潤滑持続性評価に用いられた摩擦測定機を示す模式図である。
【図2】実施例1で得られたチューブ(サンプル)の表面潤滑持続性評価結果を示す図面である。
【図3】比較例1で得られたチューブ(サンプル)の表面潤滑持続性評価結果を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、表面の少なくとも一部がポリアミドである基材と、前記基材の表面に形成され、有機溶媒に溶解するポリアミド(以下、単に可溶性ポリアミドとも称する)を含む接着層と、前記接着層の上部に形成され、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有し、かつ架橋されている親水性高分子を含む表面潤滑層と、を含む、医療用具である。
【0018】
本発明の医療用具は、最表面に存在する親水性高分子が架橋されており、親水性高分子と可溶性ポリアミドとは相互侵入網目構造を形成していると考えられる。したがって、本発明の医療用具は、表面潤滑層が、接着層を介して基材の表面を形成しているポリアミドに強固に固定化された医療用具となりうる。
【0019】
さらに、本発明の医療用具は、潤滑性表面を有するため、目的部位への到達性や生体組織(血管内壁等)への低侵襲性に優れている。加えて、湿潤時にハイドロゲルを形成する表面潤滑層は、薬剤リザーバーとしての機能も有する。したがって、本発明の医療用具は、薬剤投与用のバルーンカテーテルとしても好適に用いられる。
【0020】
また、本発明の医療用具の最表面に存在する親水性高分子は、10℃以上100℃未満という低温で架橋する。そのため、本発明の製造方法は、低い温度で変形や溶融を起こすようなポリアミドを基材表面に用いた医療用具や、バルーンカテーテルのバルーン、マイクロカテーテル、ガイドワイヤなどの薄肉の高温条件下で変形しやすい形状を有する医療用具であっても適用することができる。
【0021】
以下、本発明の医療用具を、さらに詳細に説明する。しかしながら、本発明は下記の形態に制限されるものではない。
【0022】
<基材>
基材の「表面の少なくとも一部がポリアミドである」とは、基材の少なくとも一部の表面がポリアミドで構成されていればよく、基材全体(全部)がポリアミドで構成(形成)されているものに何ら制限されるものではない。したがって、金属材料やセラミックス材料等の硬い補強材料で形成された基材の表面に、金属材料等の補強材料に比して柔軟なポリアミドが適当な方法(浸漬(ディッピング)、噴霧(スプレー)、塗布・印刷等の従来公知の方法)で被覆(コーティング)されているもの、あるいは基材の金属材料等とポリアミドとが複合化(適当な反応処理)されて、表面の少なくとも一部がポリアミドであるものも、本発明の基材に含まれるものである。また、基材が、異なる材料を多層に積層してなる多層構造体、あるいは医療用具の部分ごとに異なる材料で形成された部材を繋ぎ合わせた構造(複合体)などであってもよい。
【0023】
基材に用いることができるポリアミドとしては、有機溶媒に不溶なものであれば、特に制限されるものではなく、バルーンカテーテルなどのカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の用途に応じて最適な基材としての機能を十分に発現し得るものを適宜選択すればよい。その例としては、有機溶媒に不溶であり、かつアミド結合を有する重合体であれば特に制限されないが、例えば、ポリテトラメチレンアジパミド(ナイロン46)、ポリカプロラクタム(ナイロン6)、ポリヘキサメチレンアジパミド(ナイロン66)、ポリヘキサメチレンセバカミド(ナイロン610)、ポリヘキサメチレンドデカミド(ナイロン612)、ポリウンデカノラクタム(ナイロン11)、ポリドデカノラクタム(ナイロン12)などの単独重合体、カプロラクタム/ラウリルラクタム共重合体(ナイロン6/12)、カプロラクタム/アミノウンデカン酸共重合体(ナイロン6/11)、カプロラクタム/ω−アミノノナン酸共重合体(ナイロン6/9)、カプロラクタム/ヘキサメチレンジアンモニウムアジペート共重合体(ナイロン6/66)などの共重合体、アジピン酸とメタキシレンジアミンとの共重合体、またはヘキサメチレンジアミンとm,p−フタル酸との共重合体などの芳香族ポリアミドなどが挙げられる。
【0024】
さらに、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン11、ナイロン12などをハードセグメントとし、ポリアルキレングリコール、ポリエーテル、または脂肪族ポリエステルなどをソフトセグメントとするブロック共重合体であるポリアミドエラストマーも、本発明に係る医療用具の基材として用いられる。上記ポリアミドは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0025】
また、上記ポリアミドは、合成品を用いてもよいし市販品を用いてもよい。市販品の例としては、例えば、RILSAN(登録商標) AECNO TL(ARKEMA株式会社製、ナイロン12)、グリルアミド L25(エムエスケー・ジャパン株式会社製)などのポリアミド、グリルアミド ELY2475、グリルアミド ELG5660、グリルアミド ELG6260(以上、エムスケミー・ジャパン株式会社製)などのポリアミドエラストマーなどが挙げられる。
【0026】
基材に用いられるポリアミド以外の材料としては、例えば、SUS304などの各種ステンレス鋼(SUS)、金、白金、銀、銅、ニッケル、コバルト、チタンおよびそれらの合金などの各種金属材料、各種セラミックス材料などの無機材料、金属−セラミックス複合体、直鎖状低密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレンなどのポリエチレン樹脂やポリプロピレン樹脂などのポリオレフィン樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ジアリルフタレート樹脂(アリル樹脂)、ポリカーボネート樹脂、フッ素樹脂、アミノ樹脂(ユリア樹脂、メラミン樹脂、ベンゾグアナミン樹脂)、ポリエステル樹脂、スチロール樹脂、アクリル樹脂、ポリアセタール樹脂、酢酸ビニル樹脂、フェノール樹脂、塩化ビニル樹脂、シリコーン樹脂(ケイ素樹脂)、ポリイミド樹脂、ポリフェニレンサルファイト、ポリエーテルスルホンなどの高分子材料が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよく、使用用途であるバルーンカテーテル等のカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の基材として最適な材料を適宜選択すればよい。
【0027】
また、特に医療用具がバルーンカテーテルの場合、バルーン基材は、表面にポリアミドが存在していれば、多層構造であってもよい。多層化する場合は、耐圧性を向上させたり、圧力による変形を抑制したバルーン(ノンコンプライアントタイプ)とするため、ポリエステル樹脂、ポリイミド樹脂、ポリフェニレンサルファイト、ポリエーテルスルホンなどを用いて基材を多層化することができる。
【0028】
本発明の医療用具の最表面に存在する表面潤滑層に含まれる親水性高分子は、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有しており、10℃以上100℃未満という低い温度で容易に架橋する。よって、基材として、例えば、融点が約176℃と低く、100〜200℃といった高温条件下では変形や溶融が起こりやすい材料であるナイロン12などを基材として用いることができる。また、基材の形状についても、例えば、バルーンカテーテルのバルーンのような、薄肉の高温条件下で変形しやすい形状を有するものであっても適用することができる。
【0029】
<有機溶媒に溶解するポリアミド>
本発明の接着層で用いられるポリアミド(可溶性ポリアミド)は、有機溶媒に溶解するものである。
【0030】
前記有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、t−ブチルアルコールなどのアルコール類、N,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)、N、N’−ジメチルアセトアミド(DMAc)、塩化メチレン、クロロホルム、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、トルエン、キシレン、ベンゼン、ヘキサンからなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。より好ましくは、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、THFであり、さらに好ましくは、可溶性ポリアミドと後述の親水性高分子の両者が容易に溶解し、両者が絡み合って相互侵入網目構造を形成し易いという点から、THFである。
【0031】
可溶性ポリアミドの例としては、例えば、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン11、ナイロン12などをハードセグメントとし、ポリアルキレングリコール、ポリエーテル、または脂肪族ポリエステルなどをソフトセグメントとするブロック共重合体であるポリアミドエラストマー、N−メトキシメチル化ナイロン、N−エトキシメチル化ナイロンなどのN−アルコキシメチル化ナイロン、水溶性ナイロンなどを例示することができる。
【0032】
これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上併用してもよい。なかでも、有機溶媒、特にTHFへの溶解性および基材との接着性の観点から、ポリアミドエラストマーがより好ましい。
【0033】
前記有機溶媒に溶解するポリアミドは、合成品を用いてもよいし市販品を用いてもよい。市販品の例としては、例えば、TPAE−826(富士化成工業株式会社製)などのポリアミドエラストマー(ポリエーテルエステルアミド)、トレジンF(ナガセケムックス社製)などのN−アルコキシメチル化ナイロン(N−メトキシメチル化ナイロン)、AQナイロン(東レ株式会社製)などの水溶性ナイロンなどが挙げられる。
【0034】
なお、本明細書において、有機溶媒に可溶とは、25℃において、少なくともTHFに対する溶解度が0.1重量%以上であることを意味する。また、有機溶媒に不溶とは、25℃において、THFに対する溶解度が0.1重量%未満であることを意味する。
【0035】
前記可溶性ポリアミドは、架橋されていてもよいし非架橋であってもよい。しかしながら、後述の親水性高分子と絡み合って相互侵入網目構造を形成し易いとの理由から、非架橋であることが好ましい。
【0036】
<親水性高分子>
本発明で用いられる親水性高分子は、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を分子内に有し、かつ架橋されている。該親水性高分子は、例えば、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有する単量体と親水性単量体とを共重合することにより得ることができる。
【0037】
(反応性官能基を有する単量体)
上記反応性官能基を有する単量体の例としては、例えば、グリシジルアクリレート、グリシジルメタクリレートなどのエポキシ基を有する単量体;アクリル酸クロリド、メタアクリル酸クロリドなどの酸クロリド基を有する単量体;アクリロイルオキシエチルイソシアネートなどのイソシアネート基を分子内に有する単量体等を例示できる。なかでも、10℃以上100℃未満の温度において架橋反応が穏やかに促進され、さらに架橋構造を形成することで不溶化して容易に表面潤滑層を形成させることができ、取り扱いも比較的容易であるグリシジルアクリレートやグリシジルメタクリレートなどのエポキシ基を有する単量体が好ましい。エポキシ基を有する単量体を用いた親水性高分子は、イソシアネート基を分子内に有する単量体を用いた親水性高分子に比べて、架橋させる際の反応速度が穏やか(適当な速度)である。そのため、反応性官能基同士の架橋反応の際に、すぐに反応してゲル化したり、固まって表面潤滑層の架橋密度が上昇し潤滑性が低下するのを抑制・制御することができる程度に反応速度が穏やか(適当な速度)であることから、取り扱い性が良好であるといえる。これらの反応性官能基を有する単量体は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0038】
(親水性単量体)
上記親水性単量体としては、体液や水系溶媒中において潤滑性を発現すればいかなるものであってもよく、アクリルアミドやその誘導体、ビニルピロリドン、アクリル酸やメタクリル酸およびそれらの誘導体、糖、リン脂質を側鎖に有する単量体を例示できる。例えば、N−メチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、アクリルアミド、アクリロイルモルホリン、N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、ビニルピロリドン、2−メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン、2−メタクリロイルオキシエチル−D−グリコシド、2−メタクリロイルオキシエチル−D−マンノシド、ビニルメチルエーテル、ヒドロキシエチルメタクリレートなどを好適に例示できる。なかでも、合成の容易性や操作性の観点から、好ましくは、N,N−ジメチルアクリルアミドである。これらの親水性単量体は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0039】
前記反応性官能基を有する単量体と前記親水性単量体とから形成される共重合体(親水性高分子)の形態は、ブロック共重合体、ランダム共重合体、グラフト共重合体、交互共重合体のいずれでもよい。しかしながら、良好な潤滑性を発現するためには、前記親水性高分子が、親水性単量体から形成されるドメイン(ブロック)と反応性官能基を有する単量体から形成されるドメイン(ブロック)とを有するブロック共重合体またはグラフト共重合体であることが好ましい。こうしたブロック共重合体またはグラフト共重合体であると、表面潤滑層の強度および潤滑性がより向上する。
【0040】
親水性高分子の製造法(重合法)については、特に制限されるものではなく、例えば、リビングラジカル重合法、マクロモノマーを用いた重合法、マクロアゾ開始剤等の高分子開始剤を用いた重合法、重縮合法など、従来公知の重合法を適用することが可能である。
【0041】
[医療用具の製造方法]
本発明の医療用具の製造方法は、表面の少なくとも一部がポリアミドである基材の表面に有機溶媒に溶解するポリアミドを含む溶液を塗布する工程と、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有する親水性高分子を塗布する工程と、10℃以上100℃未満の温度で前記親水性高分子を架橋する工程と、を含む。
【0042】
以下、工程順に、本発明の医療用具の製造方法を説明するが、本発明は以下の形態に限定されるものではない。
【0043】
<有機溶媒に溶解するポリアミド(可溶性ポリアミド)を塗布する工程>
本工程では、表面の少なくとも一部がポリアミドである基材に、有機溶媒に溶解するポリアミド(可溶性ポリアミド)を含む溶液を塗布する。塗布は、基材のポリアミド表面部分に行えばよく、必ずしも基材全体に行う必要はない。塗布された溶液に含まれる可溶性ポリアミドは、乾燥することにより、基材の表面に接着層を形成する。
【0044】
溶液に用いられる溶媒は、特に制限されず、例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、t−ブチルアルコールなどのアルコール類、DMF、DMAc、塩化メチレン、クロロホルム、アセトン、THF、ジオキサン、トルエン、キシレン、ベンゼン、ヘキサンなどを例示することができる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上併用してもよい。なかでも、可溶性ポリアミドの溶解性の観点から、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、THFが好ましく、THFがより好ましい。
【0045】
前記可溶性ポリアミドの溶液中の濃度は、特に限定されないが、所望の厚さに均一に塗布する観点から、好ましくは0.1〜20重量%、より好ましくは0.5〜15重量%、さらに好ましくは1〜10重量%である。ただし、この範囲を外れても、本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であれば、十分に利用可能である。
【0046】
可溶性ポリアミドを含む溶液を基材に塗布する方法は、特に制限されず、例えば、浸漬法(ディッピング法)、塗布・印刷法、噴霧法(スプレー法)、スピンコート法、混合溶液含浸スポンジコート法など、従来公知の方法を適用することができる。なかでも、浸漬法が好ましい。
【0047】
浸漬法(ディッピング法)を用いる場合、可溶性ポリアミドを含む溶液への浸漬時間は、特に制限されないが、5秒〜30分であることが好ましく、5秒〜5分であることがより好ましい。
【0048】
塗布後、溶液を乾燥して接着層を形成する。乾燥温度や乾燥時間は特に制限されないが、乾燥温度は20〜80℃が好ましく、乾燥時間は15分〜5時間が好ましい。乾燥する際に用いる装置としては、例えば、オーブン、ドライヤー、マイクロ波加熱装置などが挙げられる。
【0049】
本工程で形成される接着層の厚さは、好ましくは0.01〜10μm、より好ましくは0.1〜1.0μmの範囲である。この範囲であれば、基材と表面潤滑層とを強固に接着することができる。
【0050】
<親水性高分子を被覆する工程>
本工程では、接着層が形成された基材の上に、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有する親水性高分子を被覆する。被覆された親水性高分子は、後述する工程で架橋することにより、基材の最表面に表面潤滑層を形成する。
【0051】
ここで、表面潤滑層は、基材表面全体を覆うように形成されていてもよいが、湿潤時に表面が潤滑性を有することが求められる表面部分のみに形成されていてもよい。
【0052】
特に、医療用具がバルーンカテーテルの場合には、表面潤滑層はバルーン全体に形成する必要はなく、バルーンの先端側や基部側のテーパー部分等に、部分的に形成させてもよい。特に、血管を拡張する際、目的部位での保持を考えた場合は、バルーン全体を親水性高分子で被覆しないほうが好ましい。一方、拡張した血管の再狭窄を抑える目的で薬剤を投与する場合は、バルーン全体を親水性高分子で被覆をしたほうが好ましい。
【0053】
上記反応性官能基を有する親水性高分子からなる表面潤滑層を形成させる場合、上記反応性官能基を有する親水性高分子を溶解した溶液(以下、「親水性高分子溶液」とも略記する)中に、接着層が形成された基材を浸漬した後、乾燥させ、架橋処理等することにより、親水性高分子を含む表面潤滑層を形成するのと同時に、表面潤滑層を基材に強固に固定化することができる。なお、接着層が形成された基材を親水性高分子溶液中に浸漬した状態で、系内を減圧にして脱泡させることで、バルーンカテーテル等のカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の医療用具の細く狭い内面に素早く溶液を浸透させて表面潤滑層の形成を促進するようにしても良い。
【0054】
上記親水性高分子溶液中に接着層が形成された基材を浸漬する方法(浸漬法ないしディッピング法)に代えて、例えば、塗布・印刷法、噴霧法(スプレー法)、スピンコート法、混合溶液含浸スポンジコート法など、従来公知の方法を適用して、基材に親水性高分子を被覆することができる。
【0055】
親水性高分子の溶液に用いられる溶媒としては、例えば、DMF、クロロホルム、アセトン、THF、ジオキサン、ベンゼンなどを例示することができる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上併用してもよい。なかでも、可溶性ポリアミドと親水性高分子の両者が容易に溶解し、両者が絡み合って相互侵入網目構造を形成し易いという点から、THFが好ましい。
【0056】
表面潤滑層を形成させる際に用いられる親水性高分子溶液の濃度は、特に限定されない。所望の厚さに均一に被覆する観点からは、親水性高分子溶液中の親水性高分子の濃度は、0.1〜20重量%、好ましくは0.5〜15重量%、より好ましくは1〜10重量%である。親水性高分子溶液の濃度が0.1重量%未満の場合、所望の厚さの表面潤滑層を得るために、上記した浸漬操作を複数回繰り返す必要が生じるなど、生産効率が低くなる虞がある。一方、親水性高分子溶液の濃度が20重量%を超える場合、親水性高分子溶液の粘度が高くなりすぎて、均一な膜をコーティングできない虞があり、またバルーンカテーテル等のカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の医療用具の細く狭い内面に素早く被覆するのが困難となる虞がある。ただし、上記範囲を外れても、本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であれば、十分に利用可能である。
【0057】
浸漬法(ディッピング法)を用いる場合、親水性高分子溶液への浸漬時間は、特に制限されないが、5秒〜30分であることが好ましく、5秒〜5分であることがより好ましい
<親水性高分子を架橋する工程>
本工程では、基材へ塗布した後の親水性高分子を架橋させ、表面潤滑層を形成させる。
【0058】
本工程における架橋温度は、10℃以上100℃未満である。架橋温度が10℃未満であると、架橋反応が効率良く進行せず架橋反応が終了するまでに多大な時間を要するため、生産性が低下する。一方、100℃以上であると、基材の変形や溶融が起こる可能性がある。該架橋温度は、好ましくは15〜80℃、より好ましくは20〜60℃である。
【0059】
架橋時間は、特に制限されるものではないが、好ましくは15分〜30時間、より好ましくは30分〜24時間である。架橋時間が上記範囲であれば、架橋反応が十分に進行し、未架橋の親水性高分子の量を少なくすることができ、表面潤滑性を長期間維持することが可能となる。また、製造コストの面でも有利である。
【0060】
架橋時の圧力条件も何ら制限されるものではなく、常圧(大気圧)下で行うことができるほか、加圧ないし減圧下で行ってもよい。また、親水性高分子の反応性官能基がエポキシ基の場合、架橋反応を促進することができるように、トリアルキルアミン系化合物やピリジン等の3級アミン系化合物などの反応触媒を、親水性高分子溶液に適時適量添加して用いてもよい。また、架橋反応を促進させるために100℃未満の範囲で加熱を行ってもよいが、この場合の加熱手段(装置)としては、例えば、オーブン、ドライヤー、マイクロ波加熱装置などを利用することができる。
【0061】
また、加熱処理以外の親水性高分子の架橋反応を促進させる方法としては、光、電子線、放射線などの照射が挙げられるが、これらに制限されるものではない。
【0062】
なお、本明細書において、「親水性高分子が架橋している」とは、親水性高分子が溶媒に完全には溶解しない状態になることを意味する。具体的には、25℃における親水性高分子のTHFに対する溶解度が、0.1重量%以下になることを意味する。
【0063】
表面潤滑層の厚さは、使用時の優れた表面潤滑性を永続的に発揮することができるだけの厚さを有していればよく、未膨潤時の表面潤滑層の厚さが好ましくは0.5〜5μm、より好ましくは1〜5μm、さらに好ましくは1〜3μmの範囲である。未膨潤時の表面潤滑層の厚さが0.5μm未満の場合、均一な被膜を形成するのが困難であり、湿潤時に表面潤滑性を十分発揮し得ない場合がある。一方、未膨潤時の表面潤滑層の厚さが5μmを超える場合、高厚な表面潤滑層が膨潤することで、該医療用具を生体内の血管等に挿入する際に、血管等と該医療用具とのクリアランスが小さい部位(例えば、末梢血管内部等)を通す際に、こうした血管等の内部組織を損傷したり、該医療用具を通しにくくなる虞がある。
【0064】
表面潤滑層を形成させた後、余剰の親水性高分子を適切な溶剤で洗浄し、基材に強固に固定化されてなる親水性高分子のみを残存させることも可能である。
【0065】
こうして形成された表面潤滑層は、使用する温度(通常30〜40℃)において、生理食塩水、緩衝液、血液などを吸水し、潤滑性を発現するものである。
【0066】
[医療用具の用途]
本発明の医療用具の用途としては、体液や生理食塩水などの水系液体中において表面が潤滑性を有し、操作性の向上や組織粘膜の損傷の低減が可能となるものが挙げられる。具体的には、血管内で使用されるバルーンカテーテル等のカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等が挙げられるが、その他にも以下の医療用具が示される。
【0067】
(a)胃管カテーテル、栄養カテーテル、経管栄養用チューブなどの経口もしくは経鼻的に消化器官内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0068】
(b)酸素カテーテル、酸素カヌラ、気管内チューブのチューブやカフ、気管切開チューブのチューブやカフ、気管内吸引カテーテルなどの経口または経鼻的に気道ないし気管内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0069】
(c)尿道カテーテル、導尿カテーテル、バルーンカテーテルのカテーテルやバルーンなどの尿道ないし尿管内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0070】
(d)吸引カテーテル、排液カテーテル、直腸カテーテルなどの各種体腔、臓器、組織内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0071】
(e)留置針、IVHカテーテル、サーモダイリューションカテーテル、血管造影用カテーテル、ダイレーターあるいはイントロデューサーなどの血管内に挿入ないし留置されるカテーテル類、あるいは、これらのカテーテル用のガイドワイヤ、スタイレットなど。
【0072】
(f)各種器官挿入用の検査器具や治療器具、コンタクトレンズ等。
【0073】
(g)ステント類や人工血管、人工気管、人工気管支など。
【0074】
(h)体外循環治療用の医療器(人工肺、人工心臓、人工腎臓など)やその回路類。
【実施例】
【0075】
本発明の効果を、下記の実施例および比較例を用いてさらに詳細に説明する。ただし、本発明の技術的範囲が、下記の実施例のみに制限されるわけではない。
【0076】
(実施例1)
ナイロン12(ARKEMA株式会社製、RILSAN(登録商標) AECNO TL)とポリアミドエラストマー(エムスケミー・ジャパン株式会社製、グリルアミドELG6260)とを2:8(重量比)で混合して、押出成形によりチューブを作製した。作製したチューブを可溶性ポリアミド(富士化成工業株式会社製、TPAE−826)が10重量%の濃度で含まれるテトラヒドロフラン(THF)溶液中に1分間浸漬した後、50℃のオーブンで2時間乾燥した。次いで、親水性単量体から形成されたブロックとしてポリジメチルアクリルアミド(DMAA)を、反応性官能基(エポキシ基)を有する単量体から形成されたブロックとしてポリグリシジルメタクリレート(GMA)をそれぞれ有するブロック共重合体[p(DMAA−b−GMA)](DMAA:GMA(モル比)=12:1)を3.5重量%の濃度で溶解させたTHF溶液に、前記チューブを30秒間浸漬させた。その後、一日風乾させることで(25℃で12時間放置)、表面にp(DMAA−b−GMA)からなる表面潤滑層が被覆されたチューブを得た。
【0077】
(比較例1)
実施例1において、可溶性ポリアミド 10重量%のTHF溶液への浸漬を行わなかったこと以外は、実施例と同様の方法で、表面にp(DMAA−b−GMA)からなる表面潤滑層が被覆されたチューブを得た。
【0078】
<表面潤滑持続性評価>
実施例1および比較例1で作製したチューブについて、摩擦測定機(トリニティーラボ社製、ハンディートライボマスターTL201)を用いて、表面潤滑持続性を以下の方法で評価した。
【0079】
すなわち、図1に示すようにガラス製のシャーレ2に両面テープを貼り付け、その接着面に実施例1および比較例1で得たチューブ5を固定した。このシャーレ2を水1で満たして、摩擦測定機に載置した。そして、重り4によりSUS製球状接触子3に荷重300gを印加し、30mmの距離を750mm/minの速度で繰り返し50回摺動させた際の摩擦抵抗値を測定した。この際、測定は実施例1についてはn=2、比較例1についてはn=3で行い、それぞれの測定結果をグラフに示した。
【0080】
実施例1で作製したチューブの表面潤滑維持性測定結果を図2に、比較例1で作製したチューブの表面潤滑維持性測定結果を図3にそれぞれ示す。測定の結果、実施例1では、ほぼ一定の低い摩擦抵抗値(試験力)を示した。一方、比較例1では、初期は低い摩擦抵抗値を示したものの、摺動を繰り返すうちに表面潤滑層が剥離することによって摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑持続性が悪かった。
【符号の説明】
【0081】
1 水、
2 シャーレ、
3 SUS製球状接触子、
4 重り、
5 チューブ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の少なくとも一部がポリアミドである基材と、
前記基材の表面に形成され、有機溶媒に溶解するポリアミドを含む接着層と、
前記接着層の上部に形成され、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有し、かつ架橋されている親水性高分子を含む表面潤滑層と、
を含む、医療用具。
【請求項2】
前記有機溶媒に溶解するポリアミドが非架橋である、請求項1に記載の医療器具。
【請求項3】
前記親水性高分子は、親水性単量体と反応性官能基を有する単量体との共重合体である、請求項1または2に記載の医療用具。
【請求項4】
前記医療用具はカテーテルまたはガイドワイヤである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の医療用具。
【請求項5】
前記医療用具はバルーンカテーテルである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の医療用具。
【請求項6】
表面の少なくとも一部がポリアミドである基材の表面に、有機溶媒に溶解するポリアミドを含む溶液を塗布し乾燥する工程と、
前記塗布し乾燥する工程の後に、エポキシ基、酸クロリド基、およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の反応性官能基を有する親水性高分子を含む溶液を塗布する工程と、
前記親水性高分子を10℃以上100℃未満の温度で架橋する工程と、
を含む、医療用具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−161372(P2012−161372A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−21928(P2011−21928)
【出願日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】