説明

医療用具および医療用具の製造方法

【課題】 少なくとも抗菌性を有するとともに、それ以外の性能をも備え得る被膜を有する医療用具を提供すること。
【解決手段】 合成樹脂からなる基材の表面に、銀が結合したメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主成分とする被膜を形成する。被膜に結合した銀が抗菌作用を発揮する。また、被膜の主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、ウロキナーゼを結合可能であるので、銀に加えてウロキナーゼなどの抗血栓性物質をメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に結合することにより抗菌性および抗血栓性を備える。さらに、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、アルカリ処理などによってアルカリ金属を結合して塩を形成すれば湿潤時の潤滑性を発現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用具および医療用具の製造方法に関し、特に、合成樹脂からなる基材の表面に、抗菌性などの機能を持つ被膜が形成された医療用具およびこのような医療用具の製造方法に係る。
【背景技術】
【0002】
例えば中心静脈栄養あるいは人工透析などの、体内に挿入して用いるカテーテルは、体内への挿入部分から細菌が侵入することを防止するために抗菌性が付加されていることが好ましい。抗菌性を持つカテーテルとして、特許文献1には、銀イオンと結合可能な化合物をカテーテルに吸収させた後に、銀化合物水溶液に浸漬することによって表面に抗菌剤としての銀化合物を導入したカテーテルが記載されている。
【特許文献1】特開平11−290449号公報
【発明の開示】
【0003】
体内に挿入される医療用具は、上記した抗菌性に加えて、他の性質をも備え持つものであるのが好ましい。例えば、この種の医療用具を体内に挿入する際における粘膜の損傷を防止するためおよびスムーズな挿入を行うためには、医療用具に潤滑性が要求される。また、血管留置カテーテルなどの血液に接触する医療用具は、血液凝固作用による血栓塊の形成を防止するために抗血栓性が要求される。本発明はこのような事情に鑑みなされたもので、体内に挿入される医療用具において、少なくとも抗菌性を有するとともに、それ以外の性能をも備え得る被膜を有する医療用具を提供すること、および、このような医療用具の製造方法を提供することを目的とする。
【0004】
前述した目的を達成するために、本発明の特徴は、合成樹脂からなる基材と、前記基材の表面に形成され、銀が結合したメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主成分とする被膜と、を備える医療用具とすることにある。
【0005】
上記発明の医療用具は、合成樹脂からなる基材の表面に形成される被膜の主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に銀が結合しているので、この銀が抗菌作用を発揮する。また、被膜の主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、ウロキナーゼなどの血栓(フィブリン塊または繊維素)溶解活性を有する酵素が結合可能であるので、銀に加えてウロキナーゼなどの抗血栓性物質をメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に結合することにより抗菌性および抗血栓性を備えた医療用具とすることができる。さらに、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、アルカリ処理などによってアルカリ金属が結合した塩を形成して湿潤時の潤滑性が発現される。このため、さらに潤滑性をも備えた医療用具とすることができる。
【0006】
したがって、本発明の医療用具においては、被膜の主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体には、銀のほかに、血栓の形成を防止または血栓自体を溶解するための抗血栓性物質が結合しているとよい。さらに、アルカリ処理などによってナトリウムなどのアルカリ金属が結合した塩を形成しているものであるとよい。
【0007】
また、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、ポリエーテルブロックアミドを介して基材表面に固定されているとよい。これによれば、ポリエーテルブロックアミドがバインダーとなってメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を合成樹脂からなる基材に強固に固定するため、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主成分とする被膜の基材からの剥離が防止されて、抗菌性、潤滑性および抗血栓性を長時間持続させることができる。
【0008】
また、本発明の他の特徴は、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を溶解した溶液とポリエーテルブロックアミドを溶解した溶液との混合液を合成樹脂からなる基材の表面に塗布し、前記基材の表面に被膜を形成する第1工程と、銀化合物が溶解した溶液を前記被膜が形成された前記基材の表面に塗布し、前記被膜に銀を結合させる第2工程と、を含む、医療用具の製造方法とすることにある。
【0009】
上記発明によれば、第1工程にてメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドが合成樹脂からなる基材表面に塗布されるため、基材表面にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主体とする被膜が形成される。また、この被膜はポリエーテルブロックアミドを介して基材表面に強固に固定される。そして、第2工程では、被膜が形成された基材表面に銀化合物が塗布されるため、銀化合物中の銀が被膜主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に結合する。このようにして結合した銀が抗菌作用を発揮する。また、被膜主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、ポリエーテルブロックアミドを介して基材表面に強固に固定されているため、長時間安定した抗菌作用を発揮することができる。
【0010】
この場合、第2工程後に、抗血栓性物質が含有された液体を前記銀が結合した前記被膜が形成された前記基材の表面に塗布し、前記被膜に抗血栓性物質を結合させる第3工程を行うとよい。この第3工程により、被膜主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に抗血栓性物質が結合するため、抗菌性に加え、抗血栓性を備えた医療用具を製造することができる。また、前記第1工程の後に行われる工程であって、前記被膜が形成された前記基材の表面にアルカリ水溶液を塗布するアルカリ処理工程を行うとよい。このアルカリ処理工程により、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体がナトリウムなどのアルカリ金属を取り込んで塩を形成し、湿潤時の潤滑性が発現する。このため、さらに潤滑性をも備えた医療用具を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
次に、本発明について、詳細に説明する。
【0012】
本発明の医療用具は、合成樹脂からなる基材と、この基材表面に形成され、銀が結合したメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主成分とする被膜とを有する。基材を形成する合成樹脂としては、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル、ナイロンまたはナイロンエラストマーを選択することができるが、基材の材質としてポリウレタンを選択した場合、後述のポリエーテルブロックアミドとの親和性が良好であるので好ましい。
【0013】
被膜の主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、メチルビニルエーテルと無水マレイン酸との交互共重合体である。このメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体には銀が結合している。結合の具体的態様は、メチルビニルエーテル無水マレイン酸の無水マレイン酸基の部分が加水によってカルボキシル基を形成し、このカルボキシル基に銀がイオン結合しているものと考えられる。銀は広範囲の種類の細菌に対して抗菌効果を発揮し、またイオン状態であればより大きい抗菌効果がある。なお、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に形成されるカルボキシル基は、後述の抗血栓性物質に結合したり、ナトリウムなどのアルカリ金属と結合するための部分でもあるため、これらの結合の余地を残すべく、銀はカルボキシル基に部分的に結合しているのがよい。
【0014】
また、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体には、銀に加えて抗血栓性物質が結合しているのがよい。抗血栓性物質とは、血液凝固反応により生成される血栓塊の形成を阻害し、または血栓塊を溶解する物質である。このような抗血栓性物質が被膜に形成されていれば、医療用具を体内に挿入する際あるいは体内に留置している際における血栓塊の形成防止に役立つ。抗血栓性物質としては、ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、組織プラスミノーゲンアクチベーター、プラスミン、プリノラーゼ、ヘパリン、ヒルジン、トロンボモジュリン、抗血小板物質など、様々なものが挙げられる。このうち、血栓溶解活性酵素であるウロキナーゼは、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体の無水マレイン酸基の部分から形成されるカルボキシル基に共有結合可能であるので、好ましい。なお、被膜に潤滑性および抗菌性を持たせるために、抗血栓性物質は上記カルボキシル基に部分的に結合しているのがよい。
【0015】
上記した本発明の医療用具は、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を溶解した溶液とポリエーテルブロックアミドを溶解した溶液との混合液を合成樹脂からなる基材の表面に塗布し、前記基材の表面に被膜を形成する第1工程と、銀化合物が溶解した溶液を前記被膜が形成された前記基材に塗布し、前記被膜に銀を結合させる第2工程とを経て製造される。上記において、「塗布」は、基材表面に混合液を上塗りするという一般的概念として用いており、塗布するための手段は、噴霧、滴下、浸漬などのあらゆる手段を含む。これらの手段のうち浸漬による塗布が、基材の適所にまんべんなく、且つ迅速にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を固定することができるので、好ましい。この場合、浸漬後に基材表面を乾燥させるのがよい。
【0016】
基材に塗布する混合液は、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を溶解した溶液を含む。溶解するための溶媒としては、溶解可能であれば特に限定されないが、アセトンがよい。また、上記混合液は、ポリエーテルブロックアミドを溶解した溶液も含む。溶媒としては、THF(テトラヒドロフラン)がよい。第1工程ではこれらの溶液の混合液が基材表面に塗布される。混合液中の溶解物質のうち、ポリエーテルブロックアミドはポリエーテルとポリアミドとのブロック共重合体であり、合成樹脂からなる基材との親和性が高い(特に基材がポリウレタンである場合は親和性が高い)ので、基材表面に優先的になじみ、基材表面に親和する。また、ポリエーテルブロックアミドはメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とも親和する。このため、物質間に作用する親和力によって、ポリエーテルブロックアミドをバインダーとしてメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体が基材表面に引き寄せられている状態が形成される。この状態から、各物質を溶解する各溶媒を基材表面から除去することによって、基材表面にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主成分とする被膜が形成される。この被膜はポリエーテルブロックアミドをバインダーとして強固に基材表面に固定される。
【0017】
また、上記第2工程は、第1工程にて表面に被膜が形成された基材に銀化合物が溶解した溶液を塗布する。この塗布によって、銀化合物中の銀イオンが被膜主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体の無水マレイン酸基の部分に形成されているカルボキシル基にイオン結合し、被膜中に銀が取り込まれる。このように取り込まれた銀によって抗菌性を発揮する。銀化合物水溶液としては、硝酸銀水溶液、酢酸銀水溶液、過塩素酸銀水溶液などが例示される。
【0018】
また、上記第2工程後に、第3工程として、抗血栓性物質が含有された溶液を基材表面に塗布することもできる。この第3工程により、溶液中の抗血栓性物質が被膜主成分であるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体の無水マレイン酸基の部分に形成されているカルボキシル基に結合し、被膜中に抗血栓性物質が取り込まれる。このように取り込まれた抗血栓性物質によって、抗血栓性が発揮される。抗血栓性物質としてはウロキナーゼが好ましい。この場合、第3工程にてウロキナーゼは無水マレイン酸と共有結合する。一方、第2工程では銀が無水マレイン酸とイオン結合する。共有結合はイオン結合よりも結合力が強いので、第3工程を第2工程よりも先に行うと、銀がイオン結合することができない場合が起り得る。一方、第2工程を先に行い、第3工程を後に行うと、銀が無水マレイン酸基のほとんどの部分に結合している場合であっても、結合力の強いウロキナーゼが銀を脱離して無水マレイン酸と部分的に結合可能である。よって、第3工程は、第2工程よりも後に行う。
【0019】
また、第1工程の直後あるいは第2工程の後に、アルカリ処理工程を行ってもよい。アルカリ処理工程では、水酸化ナトリウム水溶液のようなアルカリ水溶液を、被膜が形成された基材表面に塗布する。すると、被膜中の無水マレイン酸基の部分に形成されるカルボキシル基が例えばナトリウムと結合して塩を形成する。これにより潤滑性が発現する。
【0020】
本発明を、医療用具の基材表面に抗菌性を有する被膜を形成する被膜形成方法と捕らえると、合成樹脂からなる医療用具の基材表面にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を固定する工程と、前記基材表面に固定されたメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に銀を結合する工程とを含む、被膜形成方法と解することができる。また、銀をメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に結合した後、さらに抗血栓性物質をメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体に結合する工程を含む、被膜形成方法と解することもできる。また、基材のメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を固定した後に、このメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体をアルカリ処理する工程を含む、被膜形成方法と解することもできる。
【0021】
さらに、本発明は、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を溶解した溶液とポリエーテルブロックアミドを溶解した溶液との混合液を合成樹脂からなる基材の表面に塗布し、前記基材の表面に被膜を形成する第1工程と、銀化合物が溶解した溶液を前記被膜が形成された前記基材に塗布し、前記被膜に銀を結合させる第2工程とを含む、医療用具の基材表面への被膜形成方法と解することもできる。また、前記工程で銀化合物が溶解した溶液を塗布させた後さらに抗血栓性物質が含有された溶液を塗布する工程を含む、被膜形成方法と解することができる。さらに、第1工程の後であって、前記被膜が形成された前記基材の表面にアルカリ水溶液を塗布するアルカリ処理工程を含む、被膜形成方法と解することもできる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明の実施の形態を示す具体的な実施例につき説明する。
(実施例1)
メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体(商品名:Gantrez AN-169, ISP(INTERNATIONAL SPECIALITY PRODUCTS)社製、以下Aとする)2%アセトン溶液と、ポリエーテルブロックアミド(商品名:Pebax 2533SA, ATOCHEM社製、以下Bとする)2%THF(テトラヒドロフラン)溶液とを、A:B=1.5:1の割合で混合し、被覆用混合液を作製した。また、直径が14Gで全長が20cmのポリウレタン(商品名:Tecoflex, Thermedics社製)からなるカテーテルチューブを基材として準備し、この基材を上記被覆用混合液中に数秒間浸漬した(第1工程)。浸漬後、基材を引き上げ、温度80℃で3時間減圧乾燥した。そして、基材を0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液に3分間浸漬してアルカリ処理を施した。
その後、被膜が形成された基材を5%硝酸銀(ナカライテスク社製)水溶液に温度25℃で24時間浸漬した(第2工程)。浸漬後、基材を引き上げ、乾燥させた。そして、EOG(エチレンオキサイドガス)で滅菌した。このようにして被膜が形成された基材を作製した。
(比較例1)
また、比較例1として、上記実施例1と同一の材質からなる基材に上記第1工程と同一の工程を行って、基材中に被膜を形成した。その後、上記実施例1と同一のアルカリ処理を施し、EOG滅菌した。このようにして、被膜が形成された基材を作製した。なお、比較例1にて作製したものは、第2工程を経ていない。つまり被膜中に銀が結合されていないものである。
【0023】
実施例1および比較例1にて説明した製造方法に従い被膜が形成された基材を1cmの長さに切断して検体とし、以下に示す阻止円試験により抗菌作用が発現しているか否かを確認した。
【0024】
まず、試験対象菌として、スタフィロコッカス・アウレウス(staphylococcus aureus:黄色ぶどう球菌)を用意した。次に、用意した細菌を、SCD(ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト)寒天培地(日水製薬製)上で、温度37℃で24時間培養した。その後、培養した細菌を生理食塩水(滅菌済)で約10CFU/ml相当に懸濁して、菌体の懸濁液(菌体懸濁液)を準備した。
【0025】
次に、阻止円形成用の培地としてのSCD寒天培地(日水製薬製)を三角フラスコ内で蒸気滅菌し、その後湯浴中で50℃にまで冷却した。冷却後、SCD寒天培地上に1/10容の菌体懸濁液をSCD寒天培地に入れて、細菌の菌株を含有した寒天培地(指標菌株含有寒天培地)を作製した。
次いで、8cm径の滅菌済みシャーレに指標菌株含有寒天培地を入れ、シャーレ内でこの寒天培地を固化した。固化後、寒天培地の中央に、検体の外径と同程度の穴を形成し、この穴に検体を挿入した。そして、さらにその上に指標菌株含有寒天培地を入れて、固化した。
【0026】
上記のようにして、検体をはめ込んだ指標菌株含有寒天培地を作製し、温度37℃で24時間培養した。培養後、形成される阻止円の径を測定した。測定結果を表1に示す。
【表1】

【0027】
表1からわかるように、実施例1により作製した検体を嵌め込んだ寒天培地には阻止円が形成されており、有効に抗菌作用を発揮することがわかる。これに対し、銀を付着させていない比較例1により作製した検体を嵌め込んだ寒天培地では阻止円は形成されておらず、抗菌効果が生じていないことがわかる。よって、本実施例の方法によって検体に銀が確実に取り込まれ、かつ取り込まれた銀が有効に抗菌作用を生じていることがわかる。また、実施例1により作製した検体は、基材表面にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主成分とする被膜が形成されており、アルカリ処理によって潤滑性を発現している。よって、実施例1により作製した検体は、抗菌性および潤滑性を発揮する。
【0028】
(実施例2)
メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体(商品名:Gantrez AN-169, ISP社製、以下Aとする)2%アセトン溶液と、ポリエーテルブロックアミド(商品名:Pebax 2533SA, ATOCHEM社製、以下Bとする)2%THF溶液とを、A:B=1.5:1の割合で混合した溶液(以下、A+Bとする)に、トリドデシルメチルアンモニウムクロライド(商品名:TRIDODECYLMETHYLAMMONIUM CHLORIDE, Polysciences社製、以下Cとする)を、A+B:C=5:1の割合で混合し、最終的にA:B:C=3:2:1の割合となるような被覆用混合液を作製した。また、直径が14Gで全長が20cmのポリウレタン(商品名:Tecoflex, Thermedics社製)からなるカテーテルチューブを基材として準備し、この基材を上記被覆用混合液中に数秒間浸漬した(第1工程)。浸漬後、基材を引き上げ、温度80℃で3時間減圧乾燥して基材表面に被膜を形成した。そして、被膜が形成された基材を0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液に3分間浸漬してアルカリ処理を施した(アルカリ処理工程)。
その後、被膜が形成された基材を5%硝酸銀(ナカライテスク社製)水溶液に温度25℃で24時間浸漬した(第2工程)。浸漬後、引き上げ、乾燥させた。次いで、ウロキナーゼ(JCR社製)300IU/mlを含む酸性生理食塩水(pH=4.6)中にヘパリンナトリウム(Diosynth社製)を含有量が0.7%となるように混合した溶液を用意し、この溶液に被膜が形成された基材を温度5℃で24時間浸漬した(第3工程)。浸漬後、引き上げ、減圧乾燥させた。そして、基材表面に40kGyの電子線を照射して滅菌した。このようにして被膜が形成された基材を作製した。
なお、本例では、抗血栓性物質として、ウロキナーゼに加えてヘパリンも基材に結合させている。このヘパリンはトリドデシルメチルアンモニウムクロライドに結合されており、さらにトリドデシルメチルアンモニウムクロライドがポリエーテルブロックアミドに親和力で結合した態様で、基材に結合される。
(比較例2)
また、比較例2として、上記実施例2と同一の材質からなる基材に上記第1工程と同一の工程を行って、基材中に被膜を形成した。その後、上記実施例2と同一のアルカリ処理を施し、さらに上記第3工程と同一の工程を行い、減圧乾燥後、基材表面に40kGyの電子線を照射して滅菌した。このようにして、被膜が形成された基材を作製した。なお、比較例2にて作製したものは、第2工程を経ていない。つまり被膜中に銀が結合されていないものである。
【0029】
(実施例3)
上記実施例2の第2工程において、5%硝酸銀水溶液に代えて80%過塩素酸銀水溶液を用いたこと以外は、実施例2と同一の工程を経て、被膜が形成された基材を作製した。
【0030】
(比較例3)
上記実施例2の第2工程において、5%硝酸銀水溶液に代えて10%炭酸銀水溶液を用いたこと以外は、実施例2と同一の工程を経て、被膜が形成された基材を作製した。
【0031】
実施例2、比較例2、実施例3、比較例3にて作製した被膜が形成された基材を1cmの長さに切断して検体とし、上記実施例1および比較例1に行った阻止円試験と同一の阻止円試験を各例につき行い、抗菌作用が発現しているか否かを確認した。測定結果を表2に示す。
【表2】

【0032】
表2からわかるように、実施例2により作製した検体は阻止円が形成されており、有効に抗菌作用を発揮することがわかる。これに対し、銀を付着させていない比較例2では阻止円は形成されておらず、抗菌効果が生じていないことがわかる。よって、本実施例の方法によって基材表面に銀が確実に取り込まれ、かつ取り込まれた銀が抗菌作用を有効に生じていることがわかる。また、実施例3により作製した検体も阻止円が形成されている。このため、銀化合物として硝酸銀のみではなく、過塩素酸銀とした場合においても、基材表面に形成される被膜中に抗菌剤としての銀が有効に固定されることがわかる。一方、比較例3により作製した検体には、阻止円が形成されなかった。このため、銀化合物として炭酸銀を用いる場合には、被膜中に銀が有効に固定されないことがわかる。
【0033】
また、全ての例に対して表面潤滑性試験を行った。この表面潤滑性試験は、各検体の表面を指で触ったときの感触に基づいて行い、潤滑性が良好であると感じたものを「◎」、潤滑性がやや有ると感じたものを「○」、潤滑性に乏しいと感じたものを「×」として、各検体の表面潤滑性を評価した。その結果、いずれの検体も表面潤滑性は「◎」であった。この結果より、いずれの検体においても、表面潤滑性が良好であることが確認された。
【0034】
また、実施例2、実施例3、比較例2、比較例3にて被膜が形成された基材(チューブ)に対して抗血栓性試験を行った、この抗血栓性試験は、チャンドラーループ法に従って行った。チャンドラーループ法は、基材(チューブ)の内腔に血液を約半分程入れ、両端をつなぎ合わせてループ状としてこのループ状の基材(チューブ)を回転させ、基材(チューブ)を回転させてから血液が流動性を失って基材(チューブ)とともに回転するまでの時間を計測するものであり、この時間が長ければ抗血栓性が良好と判断でき、短ければ不良と判断できる。この試験の具体的内容については公知であり、例えば特開2005−103238号公報を参照されたい。このような抗血栓性試験の結果、試験を行った基材(チューブ)の全てにおいて抗血栓性が良好な結果が得られた。
【0035】
このように、実施例2および3により作製された医療用チューブは、抗菌性に加え、表面潤滑性および抗血栓性を備えていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成樹脂からなる基材と、
前記基材の表面に形成され、銀が結合したメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を主成分とする被膜と、
を備える医療用具。
【請求項2】
請求項1に記載の医療用具において、
前記メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体には、抗血栓性物質が結合していることを特徴とする、医療用具。
【請求項3】
請求項1または2に記載の医療用具において、
前記メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、アルカリ金属が結合した塩を形成していることを特徴とする、医療用具。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の医療用具において、
前記メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、ポリエーテルブロックアミドを介して前記基材表面に固定されていることを特徴とする、医療用具。
【請求項5】
メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を溶解した溶液とポリエーテルブロックアミドを溶解した溶液との混合液を合成樹脂からなる基材の表面に塗布し、前記基材の表面に被膜を形成する第1工程と、
銀化合物が溶解した溶液を前記被膜が形成された前記基材の表面に塗布し、前記被膜に銀を結合させる第2工程と、
を含む、医療用具の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の医療用具の製造方法において、
前記銀が結合した被膜が形成された前記基材の表面に、抗血栓性物質が含有された液体を塗布し、前記被膜に抗血栓性物質を結合させる第3工程と、
をさらに含む、医療用具の製造方法。
【請求項7】
請求項5または6のいずれか1項において、
前記第1工程の後に行われる工程であって、前記被膜が形成された前記基材の表面にアルカリ水溶液を塗布するアルカリ処理工程を含む、医療用具の製造方法。

【公開番号】特開2008−93206(P2008−93206A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−279088(P2006−279088)
【出願日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【出願人】(000228888)日本シャーウッド株式会社 (170)
【Fターム(参考)】