説明

単層カーボンナノチューブを含む炭素繊維集合体の製造方法及び該方法で製造された単層カーボンナノチューブを含む炭素繊維集合体。

【課題】 高強度炭素系線材等をはじめとする工業材料として有用な、直径が制御され、高純度な単層カーボンナノチューブ、特に直径が1.0〜2.0nmの範囲内にある均一な単層カーボンナノチューブおよびその効率的、且つ大量・安価に製造する方法を提供する。
【解決手段】第1炭素源として常温で液体の飽和脂肪族炭化水素を、第2炭素源として常温で気体の不飽和脂肪族炭化水素を用い、流動気相CVD法による炭素源から、単層カーボンナノチューブを製造する方法であり、得られた単層カーボンナノチューブは直径が1.0〜2.0nmの範囲内にあり、且つラマンスペクトルにおけるGバンドとDバンドの強度比IG/IDが200以上であることを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単層カーボンナノチューブの製造方法及び該方法で製造された単層カーボンナノチューブ、並びにこれを含む炭素繊維集合体に関し、更に詳しくは、流動気相CVD法により含炭素源から特定な直径に制御された単層カーボンナノチューブを含む炭素繊維集合体を大量かつ安価に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
単層カーボンナノチューブを合成するための方法として大別してアーク放電法(特許文献1参照)、レーザー蒸発法(非特許文献1参照)、化学蒸着法(CVD法)(特許文献2参照)の3種類の手法が知られている。
【0003】
これらの中でCVD法は、大量・安価に合成するための有効な方法であり、CVD法にも大別すると、基板や担体に担持した触媒から成長させて製造する基板CVD法と、触媒の前駆体若しくは粒径のきわめて小さい触媒を含む含炭素原料をスプレー等で霧状にして高温の電気炉に導入することによって単層カーボンナノチューブを合成する、所謂、流動気相CVD法(特許文献2参照)がある。これらのうち、殊に流動気相CVD法は、基板や担体を用いないことやスケールアップが容易であることなどコストの面で利点が多く、最も大量合成に適した方法の1つとされている。
【0004】
基板CVD法によれば、触媒金属微超粒子の直径を制御によって、単層カーボンナノチューブの直径を2nm超から3nm程度に制御することが可能であるが(非特許文献2参照)、これ以下の直径範囲で直径を精密に制御することは触媒となる金属超微粒子調製の点からみて困難である。
【0005】
また、直径1.0nm未満の極細単層カーボンナノチューブは、レーザー蒸発法において触媒金属もしくは雰囲気温度を調整することによって得られることが知られている(特許文献3参照)。
【0006】
単層カーボンナノチューブあるいはこれを含む炭素繊維集合体においては、力学的特性、半導体的特性、光学的特性などの実用性の観点からみて、その直径が1〜2nm程度の範囲内にあり、純度および均一性に優れたものが有効であるとされているが、従来の方法では、このような均一性と高純度性を備えた直径範囲の単層カーボンナノチューブを得ることはできなかった。
【0007】
このように、工業材料として有用な高純度で均一な直径を有する単層カーボンナノチューブはその製造面での困難性からコストが高く、炭素繊維としての主たる用途の一つである高強度炭素系線材などに応用されることはほとんどなく、やむを得ず、単層カーボンナノチューブに比しそのコストの低廉な多層カーボンナノチューブを用いた炭素系線材が研究されていた(非特許文献3)。
しかしながら、この多層カーボンナノチューブは、直径が5nm以上と太い上に不均一であるため、得られる線材の強度は460MPa程度に過ぎなく、実用に供するものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−197325号公報
【特許文献2】特開2001−80913号公報
【特許文献3】特開平10−273308号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「Science」誌,vol.273,(1996年発行),p483
【非特許文献2】「Journal of Physical Chemistry B」誌,vol.106,2002(2002年2月16日発行),p2429
【非特許文献3】「2006年アメリカ物理学会3月会議予稿集」誌,N32.00001(2006年3月13日発行)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、高強度炭素系線材等をはじめとする工業材料として有用な、高純度で直径が制御された単層カーボンナノチューブ、特に直径が1.0〜2.0nmの範囲内にある均一な単層カーボンナノチューブおよびその効率的、且つ大量・安価に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前期課題を解決すべく鋭意検討した結果、炭素源となる原料として特定な炭化水素を組み合わせた流動気相CVD法を利用すると、高純度で直径が制御された単層カーボンナノチューブが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉第1炭素源として常温で液体の飽和脂肪族炭化水素を、第2炭素源として常温で気体の不飽和脂肪族炭化水素を用いることを特徴とする、流動気相CVD法による炭素源からの単層カーボンナノチューブの製造方法。
〈2〉前記第1炭素源が、一般式Cn2n+2(式中、nは6〜17の整数を示す。)で表される非環式飽和脂肪族炭化水素又は環式飽和脂肪族炭化水素であることを特徴とする〈2〉に記載の単層カーボンナノチューブの製造方法。
〈3〉前記環式飽和脂肪族炭化水素がデカリンであることを特徴とする〈2〉に記載の単層カーボンナノチューブを含む炭素繊維集合体の製造方法。
〈4〉前記第2炭素源が、エチレン又はアセチレンであることを特徴とする〈1〉〜〈3〉のいずれかに記載の単層カーボンナノチューブを含む炭素繊維集合体の製造方法。
〈5〉〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載の製造方法により得られる単層カーボンナノチューブであって、直径が1.0〜2.0nmの範囲内にあり、且つラマンスペクトルにおけるGバンドとDバンドの強度比IG/IDが200以上であることを特徴とする単層カーボンナノチューブ。
〈6〉〈5〉に記載の単層カーボンナノチューブの含有量が全体の90原子%以上であることを特徴とする炭素繊維集合体。
〈7〉形状がリボン状またはシート状であることを特徴とする〈6〉に記載の炭素繊維集合体。
〈8〉〈7〉に記載の炭素繊維集合体を紡績することによって得られる高強度炭素系線材。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る単層カーボンナノチューブは、直径が1.0〜2.0nmの範囲内にあり、且つラマンスペクトルにおけるGバンドとDバンドの強度比IG/IDが200以上であり、極めて高純度で高品質なものであるから、半導体的、力学的、光学的特性が均質なものとなる。
【0014】
したがって、この均一な単層カーボンナノチューブを紡績することによって得られる、たとえば、線材は、線材内部に単層カーボンナノチューブが稠密にパッキングされ、それぞれファンデルワールス力で強く結合した構造をとるため、不均一な直径分布を有する単層カーボンナノチューブや直径の太いカーボンナノチューブを紡績した線材に比べて、非常に強度の高い線材を与えることから、エレクトロニクス分野および高強度炭素材料の分野等で多大な工業的貢献をもたらす。
【0015】
また、本発明の単層カーボンナノチューブまたはこれを含む炭素繊維集合体の製造方法によれば、直径が制御された単層カーボンナノチューブ殊に直径が1.0nm〜2.0nmの範囲内にあり、高純度の単層カーボンナノチューブおよびこれを含む炭素繊維集合体を効率的、且つ大量・安価に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、本発明の製造方法に用いられる代表的な縦型の単層カーボンナノチューブ製造装置の説明図である。
【図2】図2は、試料1〜7の光吸収スペクトルの測定グラフである。
【図3】図3は、試料4の透過電子顕微鏡写真である。
【図4】図4は、試料1〜7のラマンスペクトルにおけるGバンドとDバンドの強度比の測定グラフである。
【図5】図5は、試料4の2次元シートをリボン状に裁断した試料表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】図6は、実施例9で得た炭素系線材の表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】図7は、実施例9で得た炭素系線材の引っ張り強度試験のグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の含炭素源から流動気相CVD法により単層カーボンナノチューブまたはこれを含む炭素繊維集合体を製造する方法は、含炭素源を少なくとも2種類用意し、第1炭素源として常温で液体の飽和脂肪族炭化水素を、第2炭素源として不飽和脂肪族炭化水素を用いることを特徴としている。
【0018】
ここでいう、「流動気相CVD法」とは、「触媒(その前駆体を含む)及び反応促進剤を含む含炭素原料をスプレー等で霧状にして高温の加熱炉(電気炉等)に導入することによって単層カーボンナノチューブを流動する気相中で合成する方法」と定義される。
また、炭素源とは、一般に「炭素原子を含む有機化合物」を意味する。
【0019】
本発明において、第1炭素源となる炭化水素は、常温で液体の飽和脂肪族炭化水素であり、この飽和脂肪族炭化水素には、非環式および環式のいずれもが含まれる。
【0020】
常温で液体の非環式飽和脂肪族炭化水素としては、一般式Cn2n+2で表されるアルカン系化合物を挙げられる。このようなアルカン系化合物としては、たとえば、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、トリデカン、テトラデカン、ペンタデカン、ヘキサデカン、ヘプタデカンが例示される。本発明で好ましく使用される第1炭素源は、n−ヘプタデカンである。
【0021】
環式飽和脂肪族炭化水素としては、単環系飽和脂肪族炭化水素、ビシクロ環系飽和脂肪族炭化水素、縮合環系飽和脂肪族炭化水素等が挙げられ、本発明に使用される第1炭素源は常温で液体の条件を満たすことが必要である。このような環式飽和脂肪族炭化水素としては、たとえば、シクロヘキサン、デカリン(シスデカリン、トランスデカリンおよびこれらの混合物を含む)、テトラデカヒドロフェナントレンが例示される。本発明で好ましく使用される第1炭素源は、デカリンである。
【0022】
本発明において、第2炭素源となる炭化水素は不飽和脂肪族炭化水素である。不飽和脂肪族炭化水素としては、第1炭素源で用いる飽和脂肪族炭化水素よりもより低い温度で熱分解するものを用いることが好ましい。
このような不飽和脂肪族炭化水素としては、二重結合を有するエチレン、プロピレン、三重結合を有するアセチレンなどが挙げられる。本発明で好ましく使用される第2炭素源は、エチレン又はアセチレン更に好ましくはエチレンである。
【0023】
本発明においては、炭素源として、上記第1炭素源と第2炭素源は適宜組み合わせればよいが、第1炭素源と第2炭素源の分解温度と反応制御性の点からみて、デカリンを第1炭素源とした場合には、第2炭素源としてこれより熱分解温度が低い、エチレン、アセチレン等を用いることが好ましい。
【0024】
また、第1炭素源と第2炭素源の使用割合は、目標とする単層カーボンナノチューブの直径によって定められるが、室温における第1炭素源と第2炭素源の体積の比(第2炭素源の体積)/(第1炭素源の体積)で表すと、1.0×100〜1.0×105、好ましくは1.5×101〜6.3×104、更に好ましくは、1.0×102〜1.0×104である。
【0025】
単層カーボンナノチューブの効率的な作製の観点から、その割合(第2炭素源の体積)/(第1炭素源の体積)が1.0×105以下であることが好ましく、第2炭素源の流量制御および均一に反応させるという観点から、その割合が1.0×100以上であることが好ましい。
【0026】
また、第1炭素源と第2炭素源を反応器への導入方法は、副反応制御の点からみて、第1炭素源が導入される前に第2炭素源を導入してはならず、好ましくは第1炭素源と第2炭素源を同時に反応器に導入するのがよい。
【0027】
この場合の流量は、特に制限はなく、反応器の容量および形状、キャリアガスの流量等に応じて適宜選ばれる。
【0028】
また、第1炭素源および第2炭素源は反応を迅速、且つ、均一に行わせるために、キャリアガスと共に反応器に導入するのが好ましい。
【0029】
キャリアガスとしては、従来公知の水素、または水素を含む不活性ガスが好ましく使用される。
【0030】
キャリアガスと第1炭素源の使用割合は、第1炭素源とキャリアガスの室温における体積の比(第1炭素源の体積)/(キャリアガスの体積)が5.0×10-8〜1.0×10-4、好ましくは1.0×10-7〜1.0×10-5である。
【0031】
本発明により単層カーボンナノチューブまたはこれを含む炭素繊維集合体を製造するには、たとえば、触媒と、反応促進剤と、前記第1炭素源と、第2炭素源および好ましくはキャリアガスのそれぞれをあるいはこれらを混合して得られる原料混合物を反応器内における800〜1200°Cの温度に維持された反応領域に供給すればよい。
【0032】
本発明で使用する触媒は金属の種類やその形態の違いに特に制限されるものではないが、遷移金属化合物又は遷移金属超微粒子が好ましく用いられる。
前記遷移金属化合物は、反応器内で分解することにより、触媒としての遷移金属微粒子を生成することができ、反応器内における800〜1200°Cの温度に維持された反応領域に、気体若しくは金属クラスタの状態で供給されるのが好ましい。
【0033】
前記遷移金属原子としては、鉄、コバルト、ニッケル、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン等を挙げることができ、中でもより好ましいのは鉄、コバルト、ニッケルである。
【0034】
前記遷移金属化合物としては、例えば、有機遷移金属化合物、無機遷移金属化合物等を挙げることができる。前記有機遷移金属化合物としては、フェロセン、コバルトセン、ニッケロセン、鉄カルボニル、アセチルアセトナート鉄、オレイン酸鉄等を挙げることができ、より好ましくはフェロセンである。前記無機遷移金属化合物としては塩化鉄等を挙げることができる。
【0035】
本発明に係る反応促進剤としては、硫黄化合物が好ましく用いられる。この硫黄化合物は、硫黄原子を含有し、触媒としての遷移金属と相互作用して、単層カーボンナノチューブの生成を促進させることができる。
【0036】
前記硫黄化合物としては、有機硫黄化合物、無機硫黄化合物を挙げることができる。前記有機硫黄化合物としては、例えば、チアナフテン、ベンゾチオフェン、チオフェン等の含硫黄複素環式化合物を挙げることができ、より好ましくはチオフェンである。前記無機硫黄化合物としては、例えば、硫化水素等を挙げることができる。
【0037】
本発明に係る単層カーボンナノチューブは、直径が1.0〜2.0nmの範囲内にあり、且つラマンスペクトルにおけるGバンドとDバンドの強度比IG/IDが200以上にあることを特徴とする。
【0038】
ここで、ラマンスペクトルにおけるGバンドとは、1590cm-1付近に観測される振動モードでグラファイトのラマン活性モードと同種の振動モードであると考えられている。一方、Dバンドとは1350cm-1付近に観測される振動モードである。グラファイトはこの振動数領域に巨大なフォノン状態密度をもつが、ラマン活性ではないためにHOPG(高配向熱分解黒鉛)などの結晶性の高いグラファイトでは観測されない。しかし欠陥が導入されると運動量保存則に破れが生じ、ラマンピークとなって観測される。そのためこの種のピークは欠陥由来のピークとして考えられる。欠陥由来であるため結晶性の低いアモルファスやナノ粒子において、強い強度で観測されることが知られている。したがって、これらGバンドとDバンドに由来するピークの強度比IG/IDは単層カーボンナノチューブの構造や純度の指標として客観性が高く、最も信頼できる純度評価法の一つと言える。IG/IDの値が高いほど、高純度で高品質なものとされる。
【0039】
本発明の背景技術の項で述べたように、単層カーボンナノチューブとしは、その直径が1〜2nm程度の範囲内にあり、純度および均一性に優れたものが有効であるとされているが、従来の方法では、このような均一性と高純度性を備えた直径範囲の単層カーボンナノチューブを得ることはできなかった。
【0040】
たとえば、基板CVD法によれば、触媒金属微超粒子の直径を制御によって、単層カーボンナノチューブの直径を2nm超から3nm程度に制御することが可能であるが、これ以下の直径範囲で直径を精密に制御することは触媒となる金属超微粒子調製の点からみて困難であり、また、レーザー蒸発法において触媒金属もしくは雰囲気温度を調整することにより、何種類かの直径の単層カーボンナノチューブを得ることができるが、得られる直径は極めて一部の範囲に限られていた。
【0041】
また、いずれの方法においても、ラマンスペクトルにおけるGバンドとDバンドの強度比IG/IDは高くてもせいぜい100程度であり、一部に構造欠陥や不純物を包含するものであって、高品質なものとはいえなかった。
【0042】
これに対して、本発明に係る単層カーボンナノチューブは、従来のものとは異なり、その直径が1〜2nm程度の範囲内にあり、かつ上記IG/IDは少なくとも200以上、より好ましくは300以上を有するものであり、従来のものに比し、電気的、力学的、光学的特性が均質なものである。
【0043】
殊に、その含有量が全体の90at.%以上占める炭素繊維集合体は炭素繊維集合体線材内部に単層カーボンナノチューブが稠密にパッキングされ、それぞれファンデルワールス力で強く結合した構造をとるため、不均一な直径分布を有する単層カーボンナノチューブや直径の太いカーボンナノチューブに比べて、非常に強度の高い線材を与えることから、エレクトロニクス分野および高強度炭素材料の分野等で多大な工業的貢献をもたらす。
【0044】
この炭素繊維集合体はリボン状、シート状、スポンジ状などの形態に加工することが可能である。また、上記リボン状形態に加工した炭素繊維集合体において単層カーボンナノチューブの配向はリボンの2次元平面内でランダムであるが、このリボンを撚ることによって炭素系線材を紡績することによって、紡績の過程で単層カーボンナノチューブが線材を撚った方向に配向させ、擬似的な1次元構造を製造することもできる。
【0045】
この1次元に配向した単層カーボンナノチューブで構成される炭素系線材は、直径が均一であるために、線材内部に単層カーボンナノチューブが稠密にパッキングされ、それぞれファンデルワールス力で強く結合した構造をとる。従って不均一な直径分布を有する単層カーボンナノチューブや直径の太いカーボンナノチューブを紡績した線材に比べて、非常に強度の高い線材を製造することが可能である。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例に基づきさらに具体的に説明する。なお、以下の実施例は、本願発明の理解を容易にするためのものであり、これらの実施例に制限されるものではない。すなわち、本願発明の技術思想に基づく変形、実施態様、他の例は、本願発明に含まれるものである。
【0047】
(実施例1)
図1に示すような、縦型の単層カーボンナノチューブ製造装置を使用して本発明の単層カーボンナノチューブを製造した。
本装置は4kWの電気炉1、内径5.0cm、外径5.5cmのムライト製反応管2、スプレーノズル3、第1キャリアガス流量計4、第2キャリアガス流量計5、マイクロフィーダー6、回収フィルター7、第2炭素源流量計8、ガス混合器9、で構成されている。マイクロフィーダー6には、第1炭素源となるデカリン:有機遷移金属化合物であるフェロセン:有機硫黄化合物であるチオフェンの混合比が、重量比で100:4:2の原料液を貯留し、他方第2炭素源としてエチレンを使用し、第2炭素流量計8、ガス混合器9を経て、流量制御した。
流量7L/minの水素をキャリアガスとして、1200℃に加熱された電気炉中の反応管2に、上記原料液を3.2μL/minの流速で3時間スプレーすることによって流動気相CVD合成を行った。生成物は回収フィルター7で捕集した。第2炭素源流量を0.5sccmに制御して製造した生成物を試料1とした。この試料1の収量は18.5mgであった。
【0048】
実施例1で製造した試料1の直径を評価するために光吸収スペクトルの測定(島津製作所製、UV3150)を実施した。直径が制御されている試料の場合に限って、光吸収スペクトルにおいて明確にS1、S2、M1ピークが観測されることが知られており、さらにSynthetic Metals vol.103、1999年 p.2555に記載されているように、単層カーボンナノチューブの光吸収スペクトルにおいて、観測されるS1のピーク位置によってナノチューブのバンドギャップE11が分かり、このE11s(eV)と直径d(nm)とが、
11s≒1/d
の関係にあることから、単層カーボンナノチューブの直径を概算することができる。光吸収スペクトル用のサンプル調製法はApplied Physics Letters vol.88、2006年 p.093123−1記載の方法を用いた。試料1では、図2に示すように2420nmに明確にS1ピークが観測されたことから、直径が制御された単層カーボンナノチューブが合成されていることが分かった。
観測された2420nmのS1ピークはバンドギャップE11s=0.51eVに対応し、上記の式から単層カーボンナノチューブの直径が、ほぼ2.0nmであると概算される。すなわち、本実施例1により、直径が1.0nm以上2.0nm以下である本発明の条件の中で上限値を満たしており、直径分布が制御された優れた単層カーボンナノチューブからなる炭素繊維集合体を得ることができた。
【0049】
(実施例2)
第2炭素源流量を5.0sccm、反応時間を1時間にした以外は、実施例1と同様にして実験を行った。これによって得られた生成物を試料2とする。
収量は19.5mgであり、実施例1と同様にして単層カーボンナノチューブの直径分布を見積もったところ、図2に示すように2285nmのピークが観測された。これは、直径が1.9nmであることに対応する。
【0050】
(実施例3)
第2炭素源流量を10.0sccmにした以外は、実施例1、2と同様にして実験を行った。これによって得られた生成物を試料3とする。
収量は20.4mgであり、実施例1と同様にして単層カーボンナノチューブの直径分布を見積もったところ、図2に示すように2120nmのピークが観測された。これは、直径が1.7nmであることに対応する。
この実施例2、3の結果から、製造した単層カーボンナノチューブの直径が実施例1に比べて0.1〜0.2nm小さくなっていることが分かる。これは、第2炭素源流量を適切に調節することによって、単層カーボンナノチューブの径を約0.1nm刻みで精密にコントロールできることを意味している。
【0051】
(実施例4)
原料液流量を5.0μL/min、反応時間を5時間にした以外は、実施例3と同様にして実験を行った。これによって得られた生成物を試料4とする。
試料4の収量は123.0mgであり、2次元シート状炭素繊維集合体として得られた。
実施例1と同様にして単層カーボンナノチューブの直径分布を見積もったところ、図2に示すように2000nmのピークが観測された。これは、直径が1.6nmであることに対応する。
試料4を透過電子顕微鏡(日本電子社製、JEM1010)で観察した。この透過電子顕微鏡写真を図3に示す。これによっても、単層カーボンナノチューブが生成していることが確認できた。さらに、単層カーボンナノチューブの平均直径が1.6nmであることを確認することができ、光吸収スペクトルによる直径評価の妥当性を得た。
【0052】
(実施例5)
第2炭素源流量をそれぞれ15.0、20.0、50.0sccm、反応時間を4時間にした以外は、実施例4と同様にして3種類の実験を行った。これによって得られた生成物をそれぞれ試料5、6、7とする。
実施例1と同様にして試料5、6、7の単層カーボンナノチューブの直径分布を見積もったところ、図2に示すようにそれぞれ1700nm、1500nm、1200nm付近にS1に由来するピークが観測された。これは、それぞれ直径が約1.4nm、1.2nm、1.0nmであることに対応する。すなわち、本実施例5により、試料7は直径が1.0nm以上2.0nm以下である本発明の条件の中で下限値を満たしている。
【0053】
(実施例6)
上記のように合成した試料1−7について共鳴ラマンスペクトル(日本分光社製、NRS−2100、アルゴンレーザー514.5nm励起光使用)を測定した。それぞれの試料についてラマンスペクトルとIG/IDを図4に示す。すべての試料についてIG/IDが200以上であることから、本発明の条件を満たしており、特に350以上の値を示す試料もあることから、本発明の技術を用いることによって高純度高品質な単層カーボンナノチューブを合成することができることが示された。
【0054】
(実施例7)
実施例4で用いた第1炭素源であり触媒原料液中の有機溶媒であるデカリンの代わりにシクロヘキサン、n‐ヘキサン、n‐デカン、n‐ヘプタデカン、灯油、LGO(軽質軽油)を用いる以外は、実施例4と同様にして実験を行ったところ、実施例4と同程度の収量で炭素繊維集合体が得られ、透過型電子顕微鏡によって単層カーボンナノチューブであることが確認された。これらの試料について実施例1と同様にして単層カーボンナノチューブの直径分布を見積もったところ、それぞれ2000nm、2300nm、2100nm、2000nmに吸収スペクトルのS1のピークが観測され、また、ラマンスペクトルを測定したところIG/IDの値がそれぞれ200以上を示した。したがってこれらの単層カーボンナノチューブは直径が1.0nm以上2.0nm以下である本発明の条件を満たしている。
【0055】
(比較例1)
実施例1および2で用いた第1炭素源であり触媒原料液中の有機溶媒であるデカリンの代わりにトルエンを用いる以外は、実施例1、2と同様にして実験を行ったが、単層カーボンナノチューブは全く得られなかった。
【0056】
(比較例2)
実施例5で用いた第2炭素源であるエチレンの代わりにメタンを用いる以外は、実施例5と同様にして3種類の流量で実験を行ったが、得られた単層カーボンナノチューブの直径を制御することができなかった。
【0057】
(実施例8)
触媒を鉄の超微粒子にした以外は、実施例1と同様にして実験を行った。これによって得られた生成物を試料8とする。試料8の生成物について実施例1と同様にして、単層カーボンナノチューブの直径分布を見積もったところ、試料1と同様に2420nmのS1ピークが観測され、また、ラマンスペクトルを測定したところIG/IDの値がそれぞれ200以上を示した。これは、直径2.0nmに対応するものである。
この実施例8の場合も、直径が1.0nm以上2.0nm以下であり、IG/IDが200以上であるという条件を満たしており、直径が制御された優れた単層カーボンナノチューブからなる炭素繊維集合体を得ることができた。
また、上記実施例4と同様に透過型電子顕微鏡で観察したところ、単層カーボンナノチューブの平均直径が直径2.0nmであることを確認できた。
以上の実験結果から、本発明の単層カーボンナノチューブからなる炭素繊維集合体の流動気相CVD法による製造方法においては、炭素源として反応器内に導入するアルカン系の有機溶媒よりも、より低い温度で熱分解する炭化水素を第2炭素源とするのが有効である。
また、この第2炭素源の流量を増加させることにより、単層カーボンナノチューブの径を小さくできることが確認できた。
【0058】
(実施例9)
実施例4で製造した単層カーボンナノチューブの2次元シート状炭素繊維集合体の試料4をリボン状に裁断し、表面を走査型電子顕微鏡(日立製作所製、S-5000)で観察した。この電子顕微鏡写真を図5に示す。これによると単層カーボンナノチューブの配向はリボンの2次元平面内でランダムであることと、また、本合成法の生成物は極めて高純度でほとんど不純物を含まないことが分かる。
また、上記リボン状炭素繊維集合体を撚ることによって紡績し、最後にアセトンに含浸させた後、乾燥させることによって炭素系線材を製造した。この炭素系線材の走査型電子顕微鏡写真を図6に示す。炭素系線材の紡績の過程で線材を撚った方向に単層カーボンナノチューブが配向していることが分かる。
上記の方法で得られた炭素系線材(太さ:80μm)の引っ張り強度試験(島津製作所製、島津オートグラフAG−10kNIS MS形)を行った結果を図7に示す。引っ張り強度試験によって1GPaまで応力がかかった後、試験機と炭素系線材との接合部が滑ってしまい破断するまでには至らなかった。従って得られた炭素系線材の引っ張り強度は少なくとも1GPa以上であることが分かった。
【符号の説明】
【0059】
1 電気炉
2 反応管
3 スプレーノズル
4 第1キャリアガス流量計
5 第2キャリアガス流量計
6 マイクロフィーダー
7 回収フィルター
8 第2炭素源流量計
9 ガス混合器


【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1炭素源として常温で液体の飽和脂肪族炭化水素を、第2炭素源として常温で気体の不飽和脂肪族炭化水素を用いることを特徴とする、流動気相CVD法による炭素源からの単層カーボンナノチューブの製造方法。
【請求項2】
前記第1炭素源が、一般式Cn2n+2(式中、nは6〜17の整数を示す。)で表される非環式飽和脂肪族炭化水素又は環式飽和脂肪族炭化水素であることを特徴とする請求項1に記載の単層カーボンナノチューブの製造方法。
【請求項3】
前記環式飽和脂肪族炭化水素がデカリンであることを特徴とする請求項2に記載の単層カーボンナノチューブを含む炭素繊維集合体の製造方法。
【請求項4】
前記第2炭素源が、エチレン又はアセチレンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の単層カーボンナノチューブを含む炭素繊維集合体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法により得られる単層カーボンナノチューブであって、直径が1.0〜2.0nmの範囲内にあり、且つラマンスペクトルにおけるGバンドとDバンドの強度比IG/IDが200以上であることを特徴とする単層カーボンナノチューブ。
【請求項6】
請求項5に記載の単層カーボンナノチューブの含有量が全体の90原子%以上であることを特徴とする炭素繊維集合体。
【請求項7】
形状がリボン状またはシート状であることを特徴とする請求項6に記載の炭素繊維集合体。
【請求項8】
請求項7に記載の炭素繊維集合体を紡績することによって得られる高強度炭素系線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−35750(P2013−35750A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−219575(P2012−219575)
【出願日】平成24年10月1日(2012.10.1)
【分割の表示】特願2008−513225(P2008−513225)の分割
【原出願日】平成19年4月24日(2007.4.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「ナノテクノロジープログラム(ナノマテリアル・プロセス技術)ナノカーボン応用製品創製プロジェクト」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】