説明

原子炉構造物の溶接部評価システムおよびその評価方法ならびにプログラム

【課題】中性子照射を受けた原子炉構造物を溶接した後の溶接部の継手強度を評価可能としたもの。
【解決手段】原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出手段12と、形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出手段13と、算出された温度・応力の時刻歴とHe含有量とに基づいて溶接近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出手段14と、算出されたHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定手段15と、判定された粒界割れ発生分布から溶接金属近傍における割れ指標を算出する指標算出手段17と、算出された割れ指標により溶接部の強度を予測する強度予測手段18とを有するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉構造物の溶接部評価技術に係り、特に原子炉構造物の溶接部付近の溶接割れ分布を表示し、溶接部強度予測を行なう原子炉構造物の溶接部評価システムおよびその評価方法ならびにプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
原子炉には種々の原子炉構造物が備えられており、原子炉構造物の使用場所や形状・用途に応じてSUS304,SUS316L,SUS304L等のステンレス鋼が用いられる。原子炉構造物のステンレス鋼中には、微量のB(ホウ素)やNiが不可避な不純物として含まれている。
【0003】
原子炉の運転により、原子炉炉心での核反応による発熱作用が生じ、中性子照射を受けたステンレス鋼は、鋼中に不純物として含有するBやNiが中性子と核反応してHeが生成され、生成したHeがステンレス鋼中に蓄積される。
【0004】
一方、原子炉は長期間の運転により、原子炉構造物が劣化するため、原子炉構造物には、その保守・保全を図るため、溶接による補修処理が行なわれ、耐用寿命の延長が図られている。
【0005】
ところが、保守・保全を図る溶接時の入熱でステンレス鋼が高温に加熱されると、ステンレス鋼の粒界にHeが集まり易く、粒界上にHeバブルを形成し、ステンレス鋼が脆化せしめられる。この結果、ステンレス鋼が溶接時の冷却過程で、引張応力や歪みが負荷された時に、ステンレス鋼に割れ、いわゆるHe割れ現象が生じることがあることが知られている。
【0006】
ステンレス鋼のHe割れ現象は、中性子照射を受けた原子炉構造物を補修・保守・保全あるいは改良のため、溶接を行なう場合に問題となる。原子炉構造物に用いられるステンレス鋼に健全な溶接部を得るためには、予めこのHe割れが生じるか否かを予測しておく必要がある。
【0007】
このHe割れの予測方法は、例えば、特許文献1に開示されている。この予測方法は、被診断材料のHe含有量を求める工程と、溶接による溶融金属近傍の温度履歴及び応力履歴を予測する工程と、溶融金属近傍の粒界Heバブルの成長を推測する工程と、このHeバブルの成長挙動から被診断材料の溶接の可否を診断する工程とからなる原子炉炉内構造物の診断方法である。
【0008】
また、Heバブルの成長挙動から溶接可否を診断する方法として、Heバブルを有する粒界が延性破壊に至る限界歪みと、溶接中に評価点に加わる歪みとを比較し、後者の歪みが前者の限界歪みを上回った時に「割れが発生する」と診断する方法が知られている。
【0009】
さらに、He割れの大きさを予測する方法が、特許文献2に開示されている。この方法は、溶接部の任意の点における溶接中の温度、応力及び歪みの時刻歴を計算し、金属中のHe濃度と前記温度及び応力時刻歴から、結晶粒界上に生成されるHeバブルの直径及び密度の計算を行う中性子照射材のHeバブル挙動予測方法である。ここでは、溶接部を2次元又は3次元の結晶粒界モデルとしたときの任意の粒界又は粒界面に垂直な方向における応力成分又は歪み成分の時刻歴を、前記任意の点における溶接中の応力成分又は歪み成分の時刻歴計算結果を用いて計算し、その結果を用いて粒界上に生成するHeバブルの直径及び密度の計算を行う中性子照射材のHeバブル挙動予測方法である。
【0010】
このHeバブル挙動予測方法以前は、溶接部近傍の特定の点が「He割れが生じる」か否かを予測することができるのに対して、上記のHeバブル挙動予測方法によれば、溶接部近傍における特定の長さまたは面積を持った粒界が「He割れが生じる」か否かを予測することができるようになる。そしてこのHeバブル挙動予測方法を溶接近傍の粒界の全てについて行うことにより、どの部分の粒界がHe割れを生じ、割れの長さの合計がいくらになるかを定量的に予測し、溶接部断面における割れの面積または長さ比率を算出することで、溶接部の強度を評価することができることが記載されている。
【特許文献1】特開平10−111380号公報
【特許文献2】特開2004−144657号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1および2には、中性子照射を受ける原子炉構造材を溶接した後、ステンレス鋼の溶接部付近の溶接割れ分布がどのようになっているか、また、ステンレス鋼の溶接部の継手強度を予測する原子炉構造物の診断システムおよびその診断方法については、知られていない。
【0012】
本発明は、上述した事情を考慮してなされたもので、中性子照射を受けた原子炉構造物を溶接した後の溶接部の溶接割れ分布を表示したり、溶接部の強度を予測し、溶接部の継手強度を評価可能な原子炉構造物の溶接部評価技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価システムは、上述した課題を解決するために、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出手段と、原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出手段と、算出された温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出手段と、算出されたHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定手段と、判定された粒界割れ発生分布を表示する分布表示手段とを有するものである。
【0014】
また、本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価システムは、上述した課題を解決するために、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出手段と、原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出手段と、算出された温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出手段と、算出されたHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定手段と、判定された粒界割れ発生分布から溶接金属近傍における割れ指標を算出する指標算出手段と、算出された割れ指標により溶接部の強度を予測する強度予測手段とを有するものである。
【0015】
一方、本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価方法は、上述した課題を解決するために、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出工程と、原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出工程と、解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出工程と、解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定工程と、判定した粒界割れ発生分布を表示する分布表示工程とを有する方法である。
【0016】
さらに、本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価方法は、上述した課題を解決するために、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出工程と、原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出工程と、解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出工程と、解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定工程と、判定した粒界割れ発生分布を溶接金属近傍における割れ指標を算出する指標算出工程と、算出した割れ指標により前記原子炉構造物の溶接部の強度を予測する強度予測工程とを有する方法である。
【0017】
他方、本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価プログラムは、上述した課題を解決するために、コンピュータに、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出機能と、原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出機能と、解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出機能と、解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定機能と、判定した粒界割れ発生分布を表示する分布表示機能とを備えるものである。
【0018】
また、本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価プログラムは、上述した課題を解決するために、コンピュータに、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出機能と、原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出機能と、解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出機能と、解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定機能と、判定した粒界割れ発生分布から溶接金属近傍における割れ指標を算出する指標算出機能と、算出した割れ指標により溶接部の強度を予測する強度予測機能とを備えるものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明においては、中性子照射を受けた原子炉構造物を溶接した際に、溶接部近傍の溶接割れ分布および溶接部近傍の継手強度を精度よく予測することができ、溶接部の溶接割れ分布を観察し、溶接部強度予測することができ、溶接部の状態を正確に精度よく評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の実施の形態について添付図面を参照して説明する。
【0021】
図1は、本発明に係る原子炉構造物の溶接部診断予測システムの一実施形態を示す構成図である。
【0022】
本発明が対象とする原子炉構造物は、沸騰水型原子炉(BWR,ABWR)や加圧水型原子炉(PWR)等の軽水炉、高速増殖炉および核融合炉に用いられる。このうち、沸騰水型原子炉に用いられる原子炉構造物には、炉心シュラウド、シュラウドヘッド、炉心支持板、上部格子板等の炉内構造物の他、原子炉圧力容器、ジェットポンプ等がある。
【0023】
原子炉構造物には、使用場所や形状、用途に応じてステンレス鋼の鋼種が定められており、SUS304,SUS304L,SUS316L等の鋼種のステンレス鋼が用いられる。このステンレス鋼には、B(ホウ素)やNiが不可避な不純物として極く微量含まれている。ステンレス鋼中に含まれるBやNiは、原子炉運転中、中性子との核反応により、Heを生成する。生成されたHeガスはステンレス鋼の粒界中に蓄積されることが知られている。
【0024】
原子炉構造物に使用されるステンレス鋼の鋼種は予め定められているので、原子炉構造物の溶接部評価システム10には、原子炉構造物を模擬したステンレス鋼が用いられる。原子炉構造物を模擬したステンレス鋼の結晶粒度や結晶粒界は、鋼材料の粒界を模擬するシミュレーションにより鋼種毎に知られており、既知である。
【0025】
本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価システム10は、図1に示すように構成され、原子炉のプラットホーム上あるいは中央制御室に設けられるコンピュータ11を有する。原子炉構造物の溶接部評価システム10は、原子炉構造物あるいはこれを模擬した鋼材料の結晶粒度aのデータを入力して原子炉構造物の結晶粒界の配置をモデル化する粒界配置算出手段12と、原子炉構造物(あるいは模擬鋼材料)の形状bおよび溶接条件cを入力して、溶接部の溶接金属近傍の任意点における温度・圧力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出手段13と、温度・応力・歪みの時刻歴計算し、解析された温度・応力・歪みの時刻歴と原子炉構造物(あるいは模擬鋼材料)のHe含有量d、原子炉構造物(あるいは模擬鋼材料)の鋼種eから、溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度を計算するHeバブル直径・密度算出手段14と、計算され、解析されたHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴とから溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHe割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定手段15と、判定されたHe割れ発生に基づき、溶接金属近傍におけるステンレス鋼溶接部の割れ発生分布を表示する(分布)表示手段16と、判定された粒界割れ発生分布から溶接金属近傍における割れ指標を算出する割れ指標算出手段17と、算出された割れ指標に基づき、溶接部の強度を予測する強度予測手段18とを有する。
【0026】
粒界配置算出手段12は、原子炉構造物(あるいは模擬鋼材料)の結晶粒度を入力して原子炉構造物の結晶粒界の配置をモデル化しているが、この結晶粒界のモデル化は、例えば原子炉構造物と同じ材料あるいは同等の結晶粒度を有する材料を用いてステンレス鋼の結晶粒界の配置を電子顕微鏡による金属組織観察により求める。また、ステンレス鋼等のランダムな粒界配置を再現する手法としてボロノイ分割がある。
【0027】
一方、時刻歴算出手段13は、原子炉構造物の形状bと溶接条件(入熱条件、温度・時間等)cとから溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を演算にて算出する。この温度・応力・歪みの時刻歴計算は、例えば有限要素法による熱弾塑性解析が用いられる。
【0028】
Heバブル直径・密度算出手段14は、時刻歴算出手段13で解析された温度・応力・歪みの時刻歴と原子炉構造物のHe含有量d、原子炉構造物の鋼種eから溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度を計算している。原子炉構造物のHe含有量dと原子炉構造物の鋼種eのデータは、Heバブル直径・密度算出手段14に直接入力させるようにしてもよい。
【0029】
Heバブル直径・密度算出手段14で算出されたHeバブル直径と密度とを入力して溶接金属近傍の複数の粒界上における割れの発生の有無を割れ発生判定手段15で判定する。
【0030】
溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生の有無を、任意点における歪みの時刻歴から判定する方法に、特許文献2に記載の方法がある。ステンレス鋼の鋼種は予め知られており、この鋼種の種類が割れの発生の判定に必要なのは、ステンレス鋼の材質により粒界割れの感受性が異なる場合があるためである。例えば、原子炉構造材の材質がSUS304の場合には、SUS316Lに比べて割れが生じにくいように、粒界Heバブル直径・密度の計算式および割れの判定式の少なくとも一方の定数はステンレス鋼の鋼種に応じて種々変化せしめられる。
【0031】
割れ発生判定手段15で判定されたステンレス鋼溶接部の溶接金属近傍における割れ発生分布が表示手段16に表示される。この表示手段16は割れ発生分布表示手段を形成し、CRT、液晶、プラズマや有機ELの表示手段で構成される。表示手段16は、外側からコンピュータ11に接続しても、コンピュータ11に内蔵させてもよい。表示手段16に表示される溶接金属近傍における割れ発生分布の表示例を図2に示す。
【0032】
図2は、表示手段16に表示されるステンレス鋼20の補修溶接部21の割れ発生分布の表示例を示す拡大断面図である。ステンレス鋼20の結晶粒界22は鋼種毎に知られており、既知である。図2には、例えばボロノイ分割により粒界配置手段12でモデル化した結晶粒界22が表示されている。
【0033】
中性子照射を受けたステンレス鋼20の鋼材料には溶接金属23で(レーザ開先)肉盛溶接が施されて補修溶接部21が構成される。この補修溶接部21は周辺の粒界にHeが集まり易く、割れが発生すると判定された粒界24を太い線で表示される。
【0034】
ステンレス鋼20のHeに起因する割れは、高温に晒されるステンレス鋼が冷却されると、溶融金属近傍で割れが発生し易く、割れが発生すると判定された粒界24が溶接部近傍に現われる。He割れの発生は、原子炉構造物の構成材料の融点以下やHeバブルの生成や成長が生じる温度以下では生じない。したがって、構成材料の融点以上や粒界Heバブルの生成と成長が生じる温度、例えば約700℃以下の原子炉構造物の領域における結晶粒界配置のモデル化は省略可能であり、省略しても溶接金属近傍における割れ発生分布評価上問題がない。粒界Heバブルの生成と成長が生じる温度以下の領域に位置する結晶粒界配置のモデル化を省略すると、演算に要する時間が短縮化される。
【0035】
また、原子炉構造物のステンレス鋼の溶接により、鋼材料の融点以上に加熱される領域は、補修溶接部21の溶接金属となり、粒界のHe割れが発生しないために、この加熱領域の結晶粒界配置のモデル化を省略でき、省略しても評価上の問題がない。
【0036】
一方、割れ発生判定手段15で判定されたステンレス鋼粒界割れ発生の有無に基づいて、溶接金属近傍における割れ指標を割れ指標算出手段17で算出する。割れ指標算出手段17で算出された溶接金属近傍における割れ指標と溶接部強度の関係から溶接部強度を定式化したマスターカーブMを用いて強度予測手段18でステンレス鋼の溶接部の継手強度を予測し、この予測結果は表示手段16で表示される。
【0037】
強度予測手段18は、溶接金属近傍における割れ指標からマスターカーブMを用いて溶接部21の継手強度を予測しており、この溶接部強度予測方法については後述する。
【0038】
この原子炉構造物の溶接部評価システム10においては、中性子照射を受けた原子炉構造物であるステンレス鋼を溶接した際に、溶接部近傍の溶接割れ分布および溶接部近傍の継手強度(溶接部強度)を精度良く正確に評価して予測することができ、原子炉構造物の健全性の有無の評価(診断)を容易にかつ迅速に行なうことができる。
【0039】
次に、原子炉構造物の溶接部評価方法について説明する。
【0040】
図3は、本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価方法の実施形態を示すフローチャートである。
【0041】
原子炉構造物には、種々、例えばSUS304,SUS304L,SUS316L等のステンレス鋼が用いられるが、原子炉構造物を模擬したステンレス鋼を用意し、原子炉構造物の結晶粒度aを観察し、粒界配置算出手段12により演算処理して原子炉構造物の結晶粒界の配置をモデル化する(ステップS1)。原子炉構造物の結晶粒度aは、ステンレス鋼の鋼種毎に予め知らせている。
【0042】
一方、原子炉構造物の形状bと溶接条件cからステンレス鋼溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を時刻歴算出手段13で算出する(ステップS3)。温度・応力・歪みの時刻歴計算は、例えば有限要素法による熱弾塑性解析が用いられる。
【0043】
ステンレス鋼の溶接金属近傍の計算された任意点の温度・応力・歪みの時刻歴に、原子炉構造物の鋼種dおよび原子炉構造物のHe量eから、Heバブル直径・密度算出手段14により、Heバブル直径と密度が計算され、解析される(ステップS3−1)。任意点における溶接部近傍(応力)歪みの時刻歴から、溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生を判定する(ステップS3−2)。溶接金属近傍の複数の粒界上における割れの発生を、任意点の歪みの時刻歴から判定する方法として、例えば特許文献2に記載の方法がある。
【0044】
溶接金属近傍で粒界上の割れ発生の有無の判定に基づいて、高温に晒される溶接金属近傍における割れ発生分布を表示手段16に表示させ、この表示手段16での溶接金属近傍における割れ発生分布表示から、溶接部近傍における特定の長さまたは面積を持った粒界がHe割れを生じるか否かを判定し、診断することができる。
【0045】
他方、溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生を判定することにより、割れ指標算出手段17で溶接金属近傍の割れ指標が算出される(ステップS4)。
【0046】
【数1】

【0047】
続いて、溶接金属近傍における割れ指標と溶接部強度(継手強度)の関係から溶接部強度を定式化したマスターカーブMを用いて、溶接部強度を予測する(ステップS5)。
【0048】
【数2】

【0049】
図5は本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価方法で使用される割れ指標と溶接部強度との関係を示すマスターカーブMの他の例を示すグラフであり、縦軸を、溶接部の引張強さsBを無欠陥溶接部の引張強さsB0で規格化した値sB/sB0とし、横軸を、荷重方向に垂直な断面に粒界割れ長さを投影した長さの合計ΣLiと、溶接部に加わる荷重方向に垂直な断面の構造物厚さTとの比ΣLi/Tとするグラフである。
【0050】
図5に示すマスターカーブMを実験的もしくは理論的に求めて定式化し、
[数3]
sB/sB0=f(ΣLi/T) ……(1)
の関係で表すことにより、溶接部の引張強さsBを割れ指標ΣLi/Tから以下の式で計算することができる。
【0051】
【数4】

【0052】
図6は、本発明に係る原子炉構造物の溶接部強度予測方法で使用される割れ指標と溶接部強度との関係を示すマスターカーブMの他の例を示すグラフであり、縦軸を、溶接部の引張強さsBを無欠陥溶接部の引張強さsB0で規格化した値sB/sB0とし、横軸を、荷重方向に垂直な断面に粒界割れを投影した面積の合計ΣSiと、溶接部に加わる荷重方向に垂直な断面の構造物断面積Sとの比ΣSi/Sとするグラフである。
【0053】
図6は、ΣSi/SとsB/sB0の関係を規定するマスターカーブM1の例を示す。このマスターカーブM1を実験的もしくは理論的に求めて定式化し、
[数5]
sB/sB0=f(ΣSi/S) ……(3)
の関係で表せば、溶接部の引張強さsBを、割れ指標ΣSi/Sから以下の式で計算することができる。
【0054】
[数6]
sB=f(ΣSi/S)・sB0 ……(4)
その他の割れ指標として、(1)複数の粒界割れの面積の合計と溶接部近傍の全ての粒界面積との比、(2)複数の粒界割れ長さの合計と溶接部近傍の全ての粒界長さとの比、(3)複数の粒界割れ数の合計と溶接部近傍の全ての粒界数との比のいずれかを用いてもよい。さらに、対象となる溶接部の強度としては、引張強さ、降伏応力、一様伸び、破断伸び、疲労強度が予測可能である。
【0055】
本実施形態によれば、中性子照射を受けた原子炉構造物を溶接した際に溶接部近傍の溶接強度を精度よく予測することができる。
【0056】
本発明に係る原子炉構造物の溶接部強度予測方法の実施形態を説明した。この方法は、コンピュータを実行させることにより実現することが望ましい。
【0057】
なお、本発明の実施形態では、原子炉構造物に用いられるステンレス鋼と同じ鋼材料のステンレス鋼を用いた例を説明したが、本発明に用いられるステンレス鋼は原子炉構造物から採取した試料を用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価システムの一実施形態を示す構成ブロック図。
【図2】原子炉構造物の溶接部評価システムに備えられる分布表示手段にて表示されるステンレス鋼の補修溶接部の割れ発生表示例を示す断面図。
【図3】本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価方法の例を示すフロー図。
【図4】本発明に係る原子炉構造物の溶接部近傍の粒界割れを示すもので、(A)は原子炉構造材の補修溶接部の縦断面図、(B)は図4(A)のA部を拡大して示す縦断面図。
【図5】本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価方法に用いられる割れ指標と溶接部強度との関係を示すマスターカーブの一例を示すグラフ。
【図6】本発明に係る原子炉構造物の溶接部評価方法に用いられる割れ指標と溶接部強度との関係を示すマスターカーブの他の例を示すグラフ。
【符号の説明】
【0059】
10 原子炉構造物の溶接部評価システム
11 コンピュータ
12 粒界配置算出手段
13 時刻歴算出手段
14 Heバブル直径・密度算出手段
15 割れ発生判定手段
16 分布表示手段
17 割れ指標算出手段
18 強度予測手段
20 ステンレス鋼(模擬原子炉構造物)
21 補修溶接部
22 (結晶)粒界
23 溶接金属
24 He割れが予想される結晶粒界

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出手段と、
原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出手段と、
算出された温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出手段と、
算出されたHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定手段と、
判定された粒界割れ発生分布を表示する分布表示手段とを有することを特徴とする原子炉構造物の溶接部評価システム。
【請求項2】
中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出手段と、
原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出手段と、
算出された温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出手段と、
算出されたHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定手段と、
判定された粒界割れ発生分布から溶接金属近傍における割れ指標を算出する指標算出手段と、
算出された割れ指標により溶接部の強度を予測する強度予測手段とを有することを特徴とする原子炉構造物の溶接部評価システム。
【請求項3】
前記Heバブル直径・密度算出手段は、解析した温度時刻歴の最適温度が原子炉構造物の構成材料の融点以下であり、かつ結晶粒界にHeバブル生成および成長が生じる温度以上の結晶粒界を対象としてバブル直径と密度を算出するようにした請求項1または2記載の溶接部評価システム。
【請求項4】
中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出工程と、
原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出工程と、
解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出工程と、
解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定工程と、
判定した粒界割れ発生分布を表示する分布表示工程とを有することを特徴とする原子炉構造物の溶接部評価方法。
【請求項5】
中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出工程と、
原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出工程と、
解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出工程と、
解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定工程と、
判定した粒界割れ発生分布を溶接金属近傍における割れ指標を算出する指標算出工程と、
算出した割れ指標により前記原子炉構造物の溶接部の強度を予測する強度予測工程とを有することを特徴とする原子炉構造物の溶接部評価方法。
【請求項6】
前記Heバブル直径・密度算出工程は、解析した温度時刻歴の最高温度が、原子炉構造物の構成材料の融点以下であり、かつ、Heバブル生成および成長が生じる温度以上である結晶粒界を対象としてHeバブル直径と密度の算出することを特徴とする請求項4ないし5記載の原子炉構造物の溶接部評価方法。
【請求項7】
コンピュータに、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出機能と、
原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出機能と、
解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出機能と、
解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定機能と、
判定した粒界割れ発生分布を表示する分布表示機能とを備えることを特徴とする原子炉構造物の溶接部評価プログラム。
【請求項8】
コンピュータに、中性子照射を受けた原子炉構造物の結晶粒度に基づいて原子炉構造物の結晶粒界の配置を溶接金属近傍で少なくともモデル化する粒界配置算出機能と、
原子炉構造物の形状と溶接条件とに基づいて溶接中の溶接金属近傍の任意点における温度・応力・歪みの時刻歴を計算する時刻歴算出機能と、
解析した温度・応力の時刻歴と原子炉構造物のHe含有量とに基づいて溶接金属近傍の複数の粒界上におけるHeバブル直径と密度をそれぞれ計算するHeバブル直径・密度算出機能と、
解析したHeバブル直径および密度と歪みの時刻歴から溶接金属近傍の複数の粒界上における割れ発生をそれぞれ判定する割れ発生判定機能と、
判定した粒界割れ発生分布から溶接金属近傍における割れ指標を算出する指標算出機能と、
算出した割れ指標により溶接部の強度を予測する強度予測機能とを備えることを特徴とする原子炉構造物の溶接部評価プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−232463(P2007−232463A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−52256(P2006−52256)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】