説明

含フッ素カルボン酸エステルの製造方法

【課題】
含フッ素カルボン酸フルオライドと脂肪族アルコールのエステルを製造する場合に、副生するフッ化水素を含まない含フッ素カルボン酸エステルを工業的規模で効率的に製造する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
一般式(1)
fCOF (1)
(式中、Rfは含フッ素アルキル基を表す。)で表される含フッ素カルボン酸フルオライドと一般式(2)
ROM (2)
(式中、Rは一価のアルキル基を表し、MはLi、Na、Kのいずれかを表す。)で表される金属アルコキシドを溶媒の存在下に反応させることからなる一般式(3)
fCOOR (3)
(式中、Rfは一般式(1)での意義と同じ、Rは一般式(2)での意義と同じ。)で表される含フッ素カルボン酸エステルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬中間体、機能性材料の中間体として使用される含フッ素カルボン酸エステルの製造方法に関し、より詳しくは、含フッ素カルボン酸ハライドと金属アルコキシドとのエステル化反応による製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
含フッ素カルボン酸エステルの製造方法としては、含フッ素カルボン酸とアルコールとの酸触媒、塩基性触媒による反応、含フッ素カルボン酸無水物とアルコールとの反応、含フッ素カルボン酸エステルを用いるエステル交換法などのほか、含フッ素カルボン酸ハライドとアルコールとの反応などの方法が知られている。
【0003】
含フッ素カルボン酸ハライドとして含フッ素カルボン酸フルオライドを用いる場合、アルコールとの直接的なエステル化が容易に進行する。しかし、この方法では副生成物として等モルのフッ化水素が生じ、フッ化水素を水洗浄により除去しようとするとエステルは加水分解しやすく、また蒸留分離ではエステルとフッ化水素は共沸する恐れがあり、さらに、フッ化水素とアルコールを含む溶液は、ステンレススチール等の耐食材をも腐食することが知られている。よって、このエステル化反応により生成するフッ化水素を含んだ生成物を精製するのは非常に困難である。
【0004】
そのため、反応装置の保護あるいは生成物への混入を避けるべく、フッ化水素を除去する方法または反応の際に実質上フッ化水素を発生させない手段が講じられている。(1)ジフルオロ酢酸フルオライドとエタノールとの反応系にトリエチルアミンを添加する(特許文献1)、(2)アシルフルオライド基を有する化合物とシラン化合物を反応させる(特許文献2)、(3)FOCCF(CF3)O(CF25COFとプロパノールをモノエステル化する際に反応系にフッ化ナトリウムを添加しフッ化水素を吸着させる(特許文献3)など、また、反応後の反応液に含まれるフッ化水素を除くために、(4)フッ化水素を含むCHF2COOC25を飽和食塩水で洗浄する(特許文献4)方法などが報告されているが、加水分解を完全に防ぐことが困難である。これらと異なり、含フッ素カルボン酸ハライドとのエステル化は反応においてアルコールの代わりにアルコキシドを用いる方法も提案されている。例えば、含フッ素カルボン酸フルオライドについて(5)ペンタフルオロフェノールナトリウム塩を触媒としてパーフルオロエーテルカルボン酸フルオライドとナトリウムフェノキシドからエステルの合成(非特許文献1)、また、含フッ素カルボン酸クロライドについて、(6)パーフルオロカルボン酸クロライドとフェノールのエステル化においてジエチルエーテル中、反応性が高い水素化ナトリウム(NaH)を用いて対応するエステルを合成している(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−92162
【特許文献2】特開平8−20560
【特許文献3】特開2001−131119
【特許文献4】特開2002−179623
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Huaxue Xuebao, 42(6), 541-8; 1984
【非特許文献2】Journal of Fluorine Chemistry, 108(1), 95-109; 2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
含フッ素カルボン酸ハライドとアルコールをエステル化反応させてエステルを生成させる際にハロゲン化水素を副生し、含フッ素カルボン酸フルオライドではフッ化水素が副生するため、前述のように反応系にフッ化水素と塩を形成するアミンやフッ化水素を吸着するフッ化ナトリウムを存在させる手段が用いられている。しかし、アミン塩は蒸留で分離しようとすると分解してフッ化水素を再生するという困難が有り、NaFを用いた場合は、腐食性の高いNaF-HF塩が必然的に生成し、この分離が困難となる。また、含フッ素エステルは非常に加水分解性が高いので、実質的に水接触させない非水式の方法が工業的規模の実施において効率的である。
【0008】
そこで、含フッ素カルボン酸と脂肪族アルコールのエステルを製造する場合に、副生するフッ化水素などのハロゲン化水素を含まない含フッ素カルボン酸エステルを工業的規模で触媒を用いないで効率的に製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ハロゲン化水素の生成しないエステル化反応として含フッ素カルボン酸ハライドと金属アルコキシドとを原料とする方法を検討したところ、アルカリ金属アルコキシドのアルコール溶液を用いると反応は期待通り進行しハロゲン化水素を含まない生成物溶液を得ることができるものの、溶媒のアルコールが生成物の含フッ素カルボン酸エステルと共沸することがあり収率の低下を招くことが判明した。また、飽和食塩水等の水洗によってアルコールの分離を試みたが、界面分離に時間がかかり、その間に、含フッ素カルボン酸エステルが加水分解を受けた。常温で固体のアルカリ金属アルコキシドは、アルコール等のプロトン性溶媒には易溶であるが、非プロトン性溶媒への溶解度が低く、さらに含フッ素カルボン酸フルオライドとの反応ではやはり溶媒に殆ど溶解しないフッ化ナトリウムが生成するため、接触不良によって十分な転化率を期待できなかったが、特定の溶媒を用いると常に固体の分散状態であるにも拘わらず含フッ素カルボン酸ハライドと良好な反応を遂行することができることを見出し、本発明に至った。
【0010】
さらに、含フッ素カルボン酸ハライドとアルコールのエステル化反応においては、これらの原料の比率または反応終了時のpHが反応収率に著しい影響を及ぼすことも見出した。
【0011】
本発明は次の通りである。
[発明1]一般式(1)
fCOX (1)
(式中、Rfは含フッ素アルキル基を表し、Xはハロゲンを表す。)で表される含フッ素カルボン酸ハライドと一般式(2)
ROM (2)
(式中、Rは一価のアルキル基を表し、MはLi、Na、Kのいずれかを表す。)で表されるアルカリ金属アルコキシドを溶媒の存在下に反応させることからなる一般式(3)
fCOOR (3)
(式中、Rfは一般式(1)での意義と同じ、Rは一般式(2)での意義と同じ。)で表される含フッ素カルボン酸エステルの製造方法。
[発明2]含フッ素カルボン酸ハライドがジフルオロ酢酸ハライドである発明1。
[発明3]ジフルオロ酢酸ハライドがジフルオロ酢酸フルオライドである発明2。
[発明4]ジフルオロ酢酸フルオライドが、CHF2CF2OR’(R’は、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解して得られた熱分解生成物である発明3。
[発明5]アルカリ金属アルコキシドが炭素数1〜4のナトリウムアルコキシドである発明1〜4のいずれか。
[発明6]溶媒が、120℃以上の沸点である発明1〜5のいずれか。
[発明7]溶媒が、生成物と同一のジフルオロ酢酸エステルである発明1〜5のいずれか。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によると、高純度のジフルオロ酢酸エステルを収率よく製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、一般式(1)
fCOX (1)
(式中、Rfは含フッ素アルキル基を表し、Xはハロゲンを表す。)で表される含フッ素カルボン酸ハライドと一般式(2)
ROM (2)
(式中、Rは一価の有機基を表し、MはLi、Na、Kのいずれかを表す。)で表される金属アルコキシドを溶媒の存在下に反応させることからなる一般式(3)
fCOOR (3)
(式中、Rfは一般式(1)、Rは一般式(2)におけると意義に同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルの製造方法である。
【0014】
一般式(1)で表される含フッ素カルボン酸ハライドのRfは含フッ素アルキル基であり、炭素数1〜8が好ましく、炭素数1〜4がより好ましい。具体的には、含フッ素アルキル基としては、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、クロロフルオロメチル基、クロロジフルオロメチル基、ブロモジフルオロメチル基、ジブロモフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、ペンタフルオロエチル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、n−ヘキサフルオロプロピル基、ヘキサフルオロイソプロピル基などを例として挙げることができる。これらのうち、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基が好ましく、トリフルオロメチル基、ジフルオロメチル基より好ましく、ジフルオロメチル基がさらに好ましい。Xで表されるハロゲンとしては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素であり、フッ素または塩素が好ましく、フッ素がより好ましい。
【0015】
具体的には、ジフルオロ酢酸フルオライド、ジフルオロ酢酸クロライド、ジフルオロ酢酸ブロマイド、ジフルオロ酢酸ヨージド、トリフルオロ酢酸フルオライド、トリフルオロ酢酸クロライド、トリフルオロ酢酸ブロマイド、トリフルオロ酢酸ヨージド、3,3,3−トリフルオロペンタン酸フルオライド、3,3,3−トリフルオロペンタン酸クロライド、3,3,3−トリフルオロペンタン酸ブロマイド、3,3,3−トリフルオロペンタン酸ヨージド、パーフルオロペンタン酸フルオライド、パーフルオロペンタン酸クロライド、パーフルオロペンタン酸ブロマイド、パーフルオロペンタン酸ヨージド、パーフルオロブタン酸フルオライド、パーフルオロブタン酸クロライド、パーフルオロブタン酸ブロマイド、パーフルオロブタン酸ヨージド、パーフルオロペンタン酸フルオライド、パーフルオロペンタン酸クロライド、パーフルオロペンタン酸ブロマイド、パーフルオロペンタン酸ヨージドなどを挙げられる。特に好ましい一般式(1)で表される含フッ素カルボン酸ハライドとしては、ジフルオロ酢酸フルオライドまたはジフルオロ酢酸クロライドを挙げることができ、ジフルオロ酢酸フルオライドがさらに好ましい。
【0016】
含フッ素カルボン酸ハライドとしては、公知の方法で製造されたものが使用できる。例えば、ジフルオロ酢酸フルオライドについては、(1)ジフルオロ酢酸を五酸化リンや塩化チオニルなどと反応させてからフッ化カリウムなどの金属フッ化物でフッ素化させる方法、(2)CHF2CF2ORで表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを三酸化硫黄とフルオロ硫酸の存在下で分解させる方法(非特許文献1)、(3)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンをハロゲン化アンチモン、ハロゲン化チタンなどの触媒存在下で反応させる方法(特許文献1)、(4)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、触媒の存在下に熱分解させてジフルオロ酢酸フルオライドを製造する方法(特許文献2)が知られている。本発明使用する含フッ素カルボン酸ハライドは、水または含フッ素カルボン酸もしくはその塩を含まないようにするのが好ましい。特に水分の混入は、含フッ素カルボン酸エステルの加水分解に寄与し、その結果副生したアルコールの分離が困難となるので回避すべきである。
【0017】
本発明で使用するジフルオロ酢酸フルオライドは、どの様な方法で製造されたものであってよい。例えば、(1)ジフルオロ酢酸を五酸化リンや塩化チオニルなどと反応させてからフッ化カリウムなどの金属フッ化物でフッ素化させる方法、(2)CHF2CF2ORで表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを三酸化硫黄とフルオロ硫酸の存在下で分解させる方法(非特許文献1)、(3)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンをハロゲン化アンチモン、ハロゲン化チタンなどの触媒存在下で反応させる方法(特許文献1)、(4)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、触媒の存在下に熱分解させてジフルオロ酢酸フルオライドを製造する方法(特許文献2)、また、(5)パーフルオロカルボン酸フルオライドは、対応するカルボン酸またはその塩を電解フッ素化して得られることが知られている。
【0018】
本発明の方法では、ジフルオロ酢酸フルオライドは、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、触媒の存在下に熱分解させて得られたものが好ましく用いられる。この反応は、以下の式で表わされる。
【0019】
CHF2CF2OR’ → CHF2COF + R’F
この反応の出発原料である一般式CHF2CF2OR’(R’は、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンのR’は脱離基であるので特に限定されないが、分岐を有することもある炭素数1〜8のアルキル基、アルキル基を置換基として有することもあるシクロアルキル基、含フッ素アルキル基、アリール基、アラルキル基を挙げることができ、これらのうちアルキル基または含フッ素アルキル基が好ましく、アルキル基がより好ましく、低級アルキル基がさらに好ましい。本明細書において「アルキル基」は、別途限定がない限り、直鎖状、分岐状、および環状を併せ称する。低級アルキル基とは、炭素数1〜4のアルキル基をいう。
【0020】
分岐を有することもある炭素数1〜8のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基を例として挙げることができ、低級アルキル基としては、具体的には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基が該当する。
【0021】
アルキル基を置換基として有することもあるシクロアルキル基としては、シクロブチル基、シクロペンチル基、2−メチルシクロペンチル基、3−メチルシクロペンチル基、2−エチルシクロペンチル基、3−エチルシクロペンチル基、シクロヘキシル基、2−メチルシクロヘキシル基、3−メチルシクロヘキシル基、4−メチルシクロヘキシル基、2−エチルシクロヘキシル基、3−エチルシクロヘキシル基、4−エチルシクロヘキシル基、シクロヘプチル基、2−メチルシクロヘプチル基、3−メチルシクロヘプチル基、3−メチルシクロヘプチル基、4−メチルシクロヘプチル基などを挙げることができる。
【0022】
アリール基としては、フェニル基、2−メチルフェニル基、3−メチルフェニル基、4−メチルフェニル基、2,3−ジメチルフェニル基、2,4−ジメチルフェニル基、2,5−ジメチルフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、3,4−ジメチルフェニル基、3,5−ジメチルフェニル基、3,6−ジメチルフェニル基、2−メトキシフェニル基、3−メトキシフェニル基、4−メトキシフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基などを例として挙げることができる。
【0023】
含フッ素アルキル基としては、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、クロロフルオロメチル基、クロロジフルオロメチル基、ブロモフルオロメチル基、ジブロモフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、ペンタフルオロエチル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、n−ヘキサフルオロプロピル基、ヘキサフルオロイソプロピル基などを例として挙げることができる。
【0024】
アラルキル基としては、フェネチル基、2−メチルフェニルメチル基、3−メチルフェニルメチル基、4−メチルフェニルメチル基、2,3−ジメチルフェニルメチル基、2,4−ジメチルフェニルメチル基、2,5−ジメチルフェニルメチル基、2,6−ジメチルフェニルメチル基、3,4−ジメチルフェニルメチル基、3,5−ジメチルフェニルメチル基、3,6−ジメチルフェニルメチル基、4−エチルフェニルメチル基、4−(n−プロピル)メチルフェニルメチル基、4−(n−ブチル)メチルフェニルメチル基などを例として挙げることができる。
【0025】
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンは、公知の製造方法で得ることができる。例えば、アルコール(R’OH)とテトラフルオロエチレンを塩基の存在下に反応させる方法で合成できる。
【0026】
具体的には、メタノールとテトラフルオロエチレンとを水酸化カリウムの存在下に反応させる方法により1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンが合成できる(J.Am.Chem.Soc.,73,1329(1951))。
【0027】
本発明において使用できる含フッ素エーテルの具体例としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されない。1,1,2,2−テトラフルオロ−1−メトキシエタン、1−エトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(n−プロポキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−イソプロポキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(n−ブトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(s−ブトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(t−ブトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−トリフルオロメトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−ジフルオロメトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(2,2,2−トリフルオロエトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−ペンタフルオロエトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(2,2,2,3,3−ペンタフルオロプロポキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−ヘキサフルオロイソプロポキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンなどを挙げることができる。1,1,2,2−テトラフルオロ−1−メトキシエタン、1−エトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンが特に推奨される。
【0028】
本発明にかかる熱分解に使用する触媒は固体触媒であり、特開平8−92162号公報に記載された金属酸化物、金属フッ素化酸化物を触媒として使用できる。触媒としてはさらにリン酸塩も使用できる。リン酸塩リン酸塩は、担体に担持されたものであってもよい。
リン酸としては、オルトリン酸、ポリリン酸、メタリン酸のいずれであってもよい。ポリリン酸としては、ピロリン酸などが挙げられる。リン酸塩は、これらのリン酸の金属塩である。取り扱いが容易であるのでオルトリン酸であるのが好ましい。リン酸塩とは、これらのリン酸の金属塩をいうが、本明細書では金属が水素原子に置換した酸をも金属塩というものとする。
【0029】
リン酸塩としては、特に限定されないが、水素、アルミニウム、ホウ素、アルカリ土類金属、チタン、ジルコニウム、ランタン、セリウム、イットリウム、希土類金属、バナジウム、ニオブ、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルからなる群より選ばれた、少なくとも1種の金属のリン酸塩が挙げられる。好ましくは、主成分としてリン酸アルミニウム、リン酸セリウム、リン酸ホウ素、リン酸チタン、リン酸ジルコニウム、リン酸クロムなどである。副成分の金属を含むことも好ましい。具体的な副成分としてはセリウム、ランタン、イットリウム、クロム、鉄、コバルト、ニッケル等が好ましいが、セリウム、鉄、イットリウムがより好ましい。これらのうちで、さらに好ましくは、リン酸アルミニウム、リン酸セリウムおよびこれら二種からなるリン酸塩である。
【0030】
触媒の調製方法に特に制限はなく、市販のリン酸塩をそのまま使っても良いし、一般的な沈殿方法でも良い。沈殿方法の具体的な調製方法としては、例えば、金属の硝酸塩(複数の原料塩の場合はそれぞれの原料塩の溶液を調製する)とリン酸の混合水溶液に、希釈アンモニア水を滴下してpHを調節して沈殿させ、必要に応じて熟成させるために放置する。その後、水洗し、洗浄水の電導度などで十分に水洗したことを確認する。場合によっては、スラリーの一部を取り含有するアルカリ金属を測定する。次いで濾過し乾燥する。乾燥する温度に特に制限はない。好ましくは80℃〜150℃がよい。さらに好ましくは100℃〜130℃である。得られた乾燥体は粉砕し粒度を揃えるか、さらに粉砕し成型する。その後、200℃〜1500℃の条件で空気や窒素雰囲気で焼成する。好ましくは400〜1300℃、さらに好ましくは500℃〜900℃で焼成を行うことがよい。
【0031】
焼成時間は温度にもよるが1時間〜50時間程度で、好ましくは2時間〜24時間程度である。焼成処理は、リン酸塩の安定化に必要な処理であるので、上記の温度範囲より低温で処理を行ったり、処理時間が短い場合は、反応初期において十分に触媒活性を示さないことがある。また、上記の温度範囲以上でまたは長時間焼成処理を行うことは、過剰な加熱エネルギーを要するだけでなく、触媒の結晶化を引き起こすことがあるので好ましくない。
【0032】
主成分以外の金属成分の添加の操作は、金属塩で行うことが好ましく、前記金属の硝酸塩、塩化物、酸化物、リン酸塩などが好ましい。中でも、硝酸塩が調製しやすく好ましい。添加量に特に制限はないが、一般にはリン1グラム原子に対し1グラム原子以下であり、好ましくは0.5グラム原子以下である。より好ましくは0.3グラム原子以下である。これらの金属成分の添加は、触媒調製時に行っても良く、また、触媒焼成後のリン酸塩に行っても良い。得られた触媒は、金属塩の種類及び調製方法や条件により物性が異なる。触媒は、そのまま使用してよいが、担体に担持した状態で使用することも可能である。担体としては、アルミナ、チタニア、ジルコニア、硫酸ジルコニア(ZrO(SO4))
などの金属酸化物などの金属酸化物、炭化珪素、窒化珪素、活性炭等が挙げられるが、比表面積の大きい活性炭は特に好ましい。
【0033】
リン酸またはリン酸塩を坦持した活性炭は、リン酸に浸漬して含浸させ、またはスプレーにより被覆もしくは吸着させたものを乾燥させて調製できる。化合物を担持させる場合、担持させる化合物の溶液を含浸させ、またはスプレーにより被覆もしくは吸着させたものを乾燥させて調製できる。また、その化合物の溶液を含浸させ、またはスプレーにより被覆もしくは吸着させた活性炭に対し第二の化合物を作用させて活性炭表面で沈殿反応等を生じさせることで最初の化合物と異なる化合物を担持することもできる。また、先に述べた、リン酸塩の調整方法を活性炭などの担体の存在下で行うことでもリン酸塩担持触媒を調製することができる。具体例として実施例にリン酸アルミニウム担持活性炭を示す。
【0034】
活性炭は、木材、木炭、椰子殻炭、パーム核炭、素灰等を原料とする植物系、泥炭、亜炭、褐炭、瀝青炭、無煙炭等を原料とする石炭系、石油残滓、オイルカーボン等を原料とする石油系または炭化ポリ塩化ビニリデン等の合成樹脂系等のいずれのものでもよい。これら市販の活性炭から選択し使用することができ、例えば、瀝青炭から製造された活性炭(東洋カルゴン製BPL粒状活性炭)、椰子殻炭(日本エンバイロケミカルズ製粒状白鷺GX、SX、CX、XRC、東洋カルゴン製PCB)等が挙げられるが、これらに限定されない。形状、大きさも通常粒状で用いられるが、球状、繊維状、粉体状、ハニカム状等反応器に適合すれば通常の知識範囲の中で使用することができる。
【0035】
熱分解反応の担体として使用する活性炭は比表面積の大きな活性炭が好ましい。活性炭の比表面積は、市販品の規格の範囲で十分であるが、それぞれ400m2/g〜3000m2/gであり、800m2/g〜2000m2/gが好ましい。さらに活性炭を担体に用いる場合、水酸化アンモニウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基性水溶液に常温付近で10時間程度またはそれ以上の時間浸漬するか、活性炭を触媒担体に使用する際に通常行われる硝酸、塩酸、フッ酸等の酸による前処理を施し、予め担体表面の活性化ならびに灰分の除去を行うことが望ましい。
【0036】
また、本発明の酸化物などの担体は、金属成分と酸素以外の他の原子を含んでいてもよく、他の原子としては、フッ素原子、塩素原子等が好ましい。たとえば、部分フッ素化アルミナ、部分塩素化アルミナ、部分フッ素化塩素化アルミナ、部分フッ素化ジルコニア、部分フッ素化チタニア等であってもよい。酸化物触媒中の塩素原子やフッ素原子の割合は、特に限定されない。
【0037】
本明細書および特許請求の範囲においては、特に限定されない限り、前記のように部分的にフッ素化、塩素化などされたアルミナ、ジルコニアなどの酸化物を「アルミナ」、「ジルコニア」などの酸化物名称で表示する。
【0038】
これらの担体としては、アルミナ(Al2O3)、ジルコニア(ZrO2 )、およびチタニア(TiO2 )および硫酸ジルコニアならびにこれらの部分フッ素化酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属酸化物触媒が好ましく、アルミナおよび部分フッ素化アルミナが反応性および触媒寿命の点でさらに好ましい。
【0039】
これらの部分フッ素化酸化物はジフルオロ酢酸フルオライド合成触媒の担体として使用できると共に、触媒として使用することもできる。触媒としての調製、前処置、使用等は、本明細書において担体としての調製、前処理、使用等についての説明がそのままあるいは技術常識に従って適宜変更して適用することができる。すなわち、アルミナ(Al23)、ジルコニア(ZrO2)、チタニア(TiO2)などの金属酸化物を触媒として使用等する際には、金属化合物等が担持された担持触媒と同様に取り扱えばよい。
【0040】
触媒は、通常は粒子または造粒体の形態で用いられる。粒子または造粒体の直径(いずれも、「粒径」ということがある。)は、特に限定されず、通常は、20μm〜10mm程度である。また、触媒が塩素原子やフッ素原子を含む場合、金属酸化物の表面のみに塩素原子やフッ素原子が存在していてもよい。
【0041】
触媒は、使用の前に予めフッ化水素、フッ素化炭化水素またはフッ素化塩素化炭化水素などの含フッ素化合物と接触させて部分フッ素化しておき、反応中の触媒の組成変化、短寿命化、異常反応などを防止することが有効である。
【0042】
特にフッ化水素で処理することで反応の活性を著しく高めることができる。フッ化水素によるフッ素化処理は、少なくとも本発明にかかる反応の反応温度よりも高い温度において、フッ化水素と接触させることで行うのが好ましい。
【0043】
具体的には、リン酸塩単体の場合、200〜700℃程度であり、250〜600℃程度が好ましく、300〜550℃がより好ましい。一方、酸化物または活性炭等を担体とする担持触媒の場合、200〜600℃程度であり、250〜500℃程度が好ましく、300〜400℃がより好ましい。いずれも200℃未満では処理に時間を要し、最高温度範囲を超えて処理を行うことは、過剰な加熱エネルギーを要するので好ましくない。また、処理時間は、処理温度とも関係するので限定できないが、1時間〜10日程度、好ましくは、3時間〜3日間程度である。
【0044】
リン酸を担時しない活性炭の場合、フッ化水素処理を施しても、殆ど活性を示さないが、リン酸処理をした活性炭にフッ化水素処理を行うと、同じ反応条件で、転化率:96.1%、選択率:98.0%という触媒活性を示した。このことからも、フッ化水素処理の効果は容易に見て取ることができる。
【0045】
さらに、反応に先立って、活性化処理を施すのが好ましい。活性化処理としては、250℃〜300℃程度の窒素気流中で充分に脱水し、ジクロロジフルオロメタン、クロロジフルオロメタンなどの有機フッ素化合物、またはフッ化水素、三フッ化塩素などの気体もしくは触媒処理状態で十分な蒸気圧を示す無機フッ素化合物で活性化させるのが好ましい。これらのうちフッ化水素が特に好ましい。この活性化処理によって、触媒の表面または全体に、フッ素原子を含む活性な触媒が生成すると考えられる。
【0046】
また、熱分解の原料である1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(CHF2CF2OR’)のR’が炭素数2以上の基である場合、生成したR’Fが反応領域において分解してフッ化水素を発生することが推測されるが、これが触媒の活性を高める効果を示すことがある。
【0047】
熱分解反応は、気相流通連続方式が最も好ましい形式として推奨されるが、これに限定されない。反応器の形式は固定床タイプまたは流動床タイプが好ましく、反応器の寸法・形状は、反応物の量等に応じて適宜変更できる。
【0048】
熱分解においては、当該反応条件で不活性な不活性ガスを存在させてもよい。不活性ガスとしては、窒素または希ガス類が挙げられ、扱いやすさおよび入手しやすさ等の点から、窒素またはヘリウムが好ましい。不活性ガスを存在させる場合の量は、特に限定されないが、多すぎる場合には回収率が下がる恐れがあるため、通常の場合、原料の1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンの供給速度よりも少ない量が好ましい。
【0049】
熱分解の反応温度は、触媒の種類および原料によって異なる。通常100〜400℃であり、150〜350℃程度が好ましく、180〜280℃がさらに好ましい。反応温度が100℃未満では転化率が低くなる傾向があり好ましくない。反応温度が400℃を超えると反応装置に過酷な耐熱性が必要となり、過剰な加熱エネルギーを要するので経済的に好ましくない。
【0050】
反応時間(接触時間)は通常0.1〜300秒であり、0.5〜200秒が好ましく、1〜60秒がより好ましい。反応時間が短すぎる場合にも、転化率が低くなる恐れがあり、一方、長すぎると生産性が低下するのでそれぞれ好ましくない。反応圧力は、特に限定されず、常圧、減圧、または加圧のいずれであってもよい。0.05〜0.5MPa(0.5〜5気圧)程度が好ましく、通常は、操業が容易な大気圧近傍の圧力が好ましい。
【0051】
触媒は、経時的にコーキングが発生することがあり、触媒の活性が低下することがある。活性の低下した触媒は、200℃〜1200℃、好ましくは、400℃〜800℃において、酸素と接触させることで容易に活性を再生させることができる。酸素処理は反応管に装填したまま又は外部の装置に装填して行うのが簡便である。そこへ酸素を流通させて行う。酸素の流通方法としては他のガスが共存してもよく、酸素、空気、窒素希釈酸素などが使用できるが、窒素で希釈した空気または空気が経済的に好ましい。また、塩素、フッ素等の酸化力のある気体も使用できる。
【0052】
熱分解反応においては、目的とするジフルオロ酢酸フルオライドの他に、副生成物としてフッ化アルキル(R’F)やフッ化アルキルがさらに分解した化合物が生成する。例えば、フッ化アルキルとしてフッ化エチルが生成する場合、エチレンとフッ化水素となることがある。反応によって得られる副生成物を含む粗生成物は、精製処理をしないでフッ化アルキルを含んだまま本発明のジフルオロ酢酸クロライド原料として使用することもでき、主としてフッ化アルキルを除去して得られる粗生成物を使用することもでき、さらに精製して高純度にしたジフルオロ酢酸フルオライドを使用することもでき、あるいはこれらの各種精製程度の異なるガスを冷却または圧縮して耐圧容器に保存することもできる。ジフルオロ酢酸フルオライドの精製は蒸留により行うことができる。
【0053】
次に、本発明に用いる一般式(2)で表されるアルカリ金属アルコキシドについて説明する。Rは、炭素数1〜8のアルキル基または炭素数1〜8の含フッ素アルキル基であり、炭素数1〜4のアルキル基または炭素数1〜4の含フッ素アルキル基であるのが好ましい。具体的には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基を例として挙げることができ、好ましい低級アルキル基としては、具体的には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基が該当し、メチル基、エチル基、イソプロピル基が好ましく、エチル基が特に好ましい。
【0054】
シクロアルキル基としては、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基、などを挙げることができる。
【0055】
含フッ素アルキル基としては、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、クロロフルオロメチル基、クロロジフルオロメチル基、ブロモフルオロメチル基、ジブロモフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、ペンタフルオロエチル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、n−ヘキサフルオロプロピル基、ヘキサフルオロイソプロピル基などを例として挙げることができる。
【0056】
また、アルカリ金属アルコキシドの金属はアルカリ金属が好ましく、アルカリ金属は、ナトリウム、カリウム、リチウムであり、ナトリウムが入手の容易なことから好ましい。
【0057】
アルカリ金属アルコキシドとして具体的に例示すると、ナトリウムメトキシト゛、ナトリウムエトキシド、ナトリウムn−プロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、ナトリウムn−ブトキシド、ナトリウムs−ブトキシド、ナトリウムt−ブトキシド、ナトリウムシクロヘキシド、カリウムメトキシト゛、カリウムエトキシド、カリウムn−プロポキシド、カリウムイソプロポキシド、カリウムn−ブトキシド、カリウムs−ブトキシド、カリウムt−ブトキシド、カリウムシクロヘキシド、リチウムメトキシト゛、リチウムエトキシド、リチウムn−プロポキシド、リチウムイソプロポキシド、リチウムn−ブトキシド、リチウムs−ブトキシド、リチウムt−ブトキシド、リチウムシクロヘキシドなどを挙げることができる。これらのうち、ナトリウムメトキシト゛、ナトリウムエトキシド、ナトリウムイソプロポキシドは特に好ましい。
【0058】
本発明の方法において、アルカリ金属アルコキシドの1モルに対し含フッ素カルボン酸ハライドの当量を用いる。したがって、1価のアルコールのアルコキシドの場合、含フッ素カルボン酸ハライドの1〜2モルであり、1〜1.5モルが好ましく、1〜1.2モルがより好ましい。1モル以下の場合、反応終了時において反応液がアルカリ性となり反応収率が低下する傾向が見られるので好ましくなく、2モル以上の使用は無駄であり廃棄が困難であるので好ましくない。同様の理由で、n価の多価アルコールの場合、含フッ素カルボン酸ハライドのn〜2nモルであり、n〜1.5nモルが好ましく、n〜1.2nモルがより好ましい。本発明に使用する金属アルコキシドは使用に当たって、水、アルコール、アルカリ水酸化物などの含有量を可能な限り低減するのが好ましい。これらは生成物中へのアルコールなどの混入の原因となりうる。
【0059】
本発明に用いる溶媒としては、反応試剤または生成物に不活性な溶媒を用いる。アルコール類は生成したジフルオロ酢酸エステルと共沸する恐れがあり、水はジフルオロ酢酸ハライドを消費するので好ましくない。したがって、このような溶媒としては、非プロトン性の溶媒が好ましく、芳香族系溶媒、鎖状エーテル、環状エーテル、エステル系溶媒、アミド系溶媒、スルホキシド類、パラフィン類等が挙げられ、具体的には、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)、N−メチル−2−ピロリドン(MNP)、ジグライム、トリグライム、テトラグライム、ポリグライム、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルフォラン、o−、m−またはp−ビストリフルオロメチルベンゼン、炭素数8〜20のデカン等の鎖状炭化水素が例示される。アルカリ金属アルコキシドは反応系で溶解していてもあるいは溶解せずスラリー状態でもよいが、極性溶媒はアルカリ金属アルコキシドの溶解度が高く取り扱いが容易で好ましい。沸点は反応には関係しないので任意の沸点の溶媒が使用可能であるが、蒸留精製では沸点が目的のジフルオロ酢酸エステルと近接していないものが蒸留分離に負荷が掛からず好ましい。また、目的のジフルオロ酢酸エステルよりも高沸点の溶媒の方が、蒸留の簡便さの点で推奨され、120℃以上のものが好ましい。溶媒の沸点の上限は特にないが、高沸点化合物は、室温で凝固したり、粘性が高くて取り扱いが不便なことが多い。溶媒は、ゼオライト等による吸着や蒸留で水の含有量を可能な限り低減しておくのが好ましい。これらは生成物中へのアルコールなどの混入の原因となって精製が煩雑になり好ましくない。
【0060】
また、目的化合物と同一の含フッ素カルボン酸エステルを溶媒として使用することも可能であり、好ましい。この目的化合物と溶媒として使用すると溶媒と生成物の分離が不要となるので、プロセスが簡便化され特に好ましい。溶媒の使用量はアルカリ金属アルコキシドの質量の2〜20倍であり、好ましくは3〜10倍である。2倍よりも少ないと攪拌が困難であり反応に長時間を要し、20倍を越えると溶媒の回収等の操作が煩雑になるので、それぞれ好ましくない。
【0061】
また、反応系中に不活性な気体を伴わせることもできる、このような気体としては、窒素、アルゴン、ヘリウムなどが挙げられるが、通常は使用しないのが好ましい。本反応に用いる反応器には、ステンレス鋼、ハステロイ(登録商標)、モネル(登録商標)、フッ素樹脂、ガラス、またはこれらをライニングした材料が用いられる。
【0062】
本発明の製造方法は、反応温度を−50〜80℃として行い、−20〜50℃が好ましい。−50℃未満では冷却のために余分なエネルギーを費やすため経済的でなく、80℃未満で十分反応は進行するため80℃を超える温度とする必要性はない。また、反応圧力は反応に影響を及ぼさないので、あえて加圧、減圧する必要はなく、0.09〜0.12MPa程度の常圧で行えばよい。反応時間は反応温度に依存し極短時間で反応完結させることもでき、通常1秒〜50時間で行い、5分〜10時間が好ましく、10分〜5時間がより好ましい。50時間を越えても非常な低温度で行う場合を除き反応率が向上することはないので、このような時間で行うのは事実上不必要である。
【0063】
反応形式としては、バッチ式、連続式、循環式の何れも適用できる。反応には攪拌を行ってもよく、攪拌は攪拌羽根、循環、振盪その他の公知の手段で行えばよい。
【0064】
本発明にかかる反応が完了した後、反応器に残留する反応器内容物には、含フッ素カルボン酸エステル、ハロゲン化アルカリ、溶媒、未反応の含フッ素カルボン酸ハライドが含まれ、場合によってはアルコールなど副反応に伴う不純物が含まれることがある。反応器内容物はフラッシュ蒸留などで固体のハロゲン化アルカリを分離除去した後、留出した有機物をさらに精留塔を備えた蒸留装置で精密蒸留することで高純度の含フッ素カルボン酸エステルが得られる。
【0065】
本発明の製造方法のうちバッチ式について説明する。連続式等の他の形式についてはこの記載および明細書全体の記載に基づいて詳細事項を適宜変更することで適用できることは当業者にとって明らかである。反応容器にアルカリ金属アルコキシドと溶媒と含フッ素カルボン酸ハライドを導入する。これらの導入の順序は限定されないが、反応器に予めアルカリ金属アルコキシドと溶媒を仕込み、攪拌しながら含フッ素カルボン酸ハライドの沸点以下の温度に保ち、そこへ含フッ素カルボン酸ハライドを徐々に導入するのが好ましい。この時発熱が認められるので反応器の過度の温度上昇を避けながら導入する。所定量の含フッ素カルボン酸ハライドを仕込んだ後、攪拌しながら約1〜50時間にわたり約−20〜50℃に保つ。このとき、反応の状態を把握するため内容物のPH測定を行うのが有益である。PHの測定方法は、電子式のPH測定装置を用いても、簡便なPH試験紙でも良い。もし、PHが塩基サイドであると、フラッシュ蒸留等で加熱する時に内容液がタール化することがある。他方、PHを酸性サイドにすることによって、蒸留分離困難なアルコール分の完全消費が確認される。水分、アルコール分、水酸化アルカリ分を全く含まない、アルカリ金属アルコキシドを使用した場合、系内に分離困難なアルコール分が存在することは理論上ないが、工業品グレードのアルカリ金属アルコキシドを使用した場合、これらを含有していることがありうる。反応により等量副生するNaFは、アルコールが含フッ素カルボン酸フルオライドと反応して生成したHFをトラップする働きも有する。PHは酸性サイドならば十分であるが、特に、PHが6から3が推奨される。もし、PHが塩基サイドの場合は、別途酸性物質を投入して酸性することも可能である。酸性物質としては、硫酸、塩酸、硝酸などの無機酸やトリフルオロメタンスルホン酸などの有機酸を使用できる。PHを確認しながら、反応に使用している含フッ素カルボン酸ハライドを追加投入する方法が合理的で好ましい。その後、反応液を適宜減圧したフラッシュ蒸留にかけ有機物を回収する。ハロゲン化アルカリは残滓として残留する。有機物は必要に応じて精留し通常は低沸点成分として目的とする含フッ素カルボン酸エステルを得る。目的生成物を溶媒として使用した場合は大部分の有機物は流出するが、異なる溶媒を使用した場合、塔底液として残る溶媒を主とする成分は、再度反応に使用することができる。その際、さらに蒸留、乾燥等の溶媒精製として慣用される手段により精製してから使用することもできる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を用いて、本発明を説明するが、本発明はこれらの実施態様には限られない。
【0067】
[実施例1]
温度計、吹き込み管、環流塔を設けた100mlのガラス製三口フラスコに窒素置換後、ナトリウムエトキシド(EtONa:2.5g)、テトラグライム(12.5g)を仕込み、氷浴で冷却し、スターラーで攪拌しながら約0.7g/分の速度でジフルオロ酢酸フルオライド(CHF2COF:3.6g)を吹き込み管よりバブリングさせながら導入し、そのまま1時間攪拌を続けたところ、反応液のpHは7を示した。反応液を10kPaの減圧下でフラッシュして有機物を回収した。その結果を表1に示す。
【0068】
[実施例2−4]
テトラグライムに替えてジグライム(実施例2)、流動パラフィン(実施例3、N,N−ジメチルアセトアミド(実施例4)を溶媒に使用して実施例1と同様の試験を行った。結果を表1に示す。
【0069】
[実施例5]
アルドリッチ製リン酸アルミニウム(Aluminum phosphate)を5mmφ×5mmLのペレットに打錠成形し、窒素気流中700℃で5時間焼成して、リン酸アルミニウム触媒を調製した。これを気化器を有する大型気相反応管(ステンレス製、内径43mmφ×1800mmL)に2200cc充填した。窒素1000cc/分を流しながら反応管を外部に設けた電気炉で加熱した。触媒の温度が50℃に達してから、急激な発熱をしないように監視しながらフッ化水素(HF)を最大6g/分の速度で気化器を通して導入した。HFを流通させたまま、300℃までゆっくりと昇温し、HF供給速度を徐々に12g/分まで上げ、300℃で72時間保持した後、ヒーター設定温度を下げ、内温が250℃になった時点で、HFの流通を止め、窒素流量を2000cc/分に増やして8時間保持した後、1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を40g/分の速度で、気化器を通して導入した。30分後窒素を止めて、HFE−254pcのみを流通させ、定常状態(反応温度:210℃)時に熱分解ガスをガスサンプリングし、ガスクロマトグラフで分析したところ、ほぼ定量的に、ジフルオロ酢酸フルオライド(CHF2COF)とフッ化メチル(CH3F)が含まれていた(転化率:99.8%)。
【0070】
攪拌機を備えた100リットルのステンレス製反応釜にN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc:59.4kg)、EtONa(9.0kg)を仕込み、−15℃の冷媒で外部から冷却しながら攪拌した。ここに、前記の熱分解ガスをバブリングさせた。すなわち、気相反応器に原料であるHFE−254pcを40g/分の速度で19.5kg導入し、その生成ガスを上記の100リットルのステンス製反応釜にバブリングさせた。導入完了後、冷却を止め常温(約25℃、明細書において同じ。)で12時間攪拌を続けたところ、反応液のPHは5以下を示した。10kPaの減圧でフラッシュ蒸留し37.7kgのジフルオロ酢酸エチル(CHF2COOC25)粗体(DMAc溶媒を含む。)を得た(収率:97.2%)。また、同じ実験を繰り返し、37.2kgのジフルオロ酢酸エチル粗体(収率:92.6%)を得た。これらを合わせて74.7kgのDMAc溶液(CHF2COOC25含有量:27.1kg)を缶容量100リットルの蒸留塔(理論段数10段)で減圧蒸留した(13kPa)。その結果、留出温度が31℃〜33℃の留分25.1kgを得た。そのジフルオロ酢酸エチル純度は99.4%であった。
【0071】
【表1】

【0072】
[参考例1]
各々予め氷浴で冷却したジフルオロ酢酸メチル(CHF2COOCH3、10g)とイオン交換水(20g)を混合し、氷浴で冷却しながら5分間攪拌した。水相をNaOH水溶液で中和し、CHF2COOCH3の加水分解によって生成するCHF2COO-イオンをイオンクロマトグラフィで定量し、加水分解率を求めた。その結果、5.0%の加水分解率であった。加水分解率は、CHF2COO-イオン量を、ジフルオロ酢酸メチル重量に換算し、試料のジフルオロ酢酸メチル重量10gで除して加水分解率を求めた。
【0073】
[参考例2]
各々予め氷浴で冷却したCHF2COOCH3(20g)と38%HF水溶液(20g)を混合し、氷浴で冷却しながら5分間攪拌した。水相をNaOH水溶液で中和し、CHF2COOCH3の加水分解によって生成するCHF2COO-イオンをイオンクロマトグラフィで定量し、加水分解率を求めた。その結果、43.0%の加水分解率であった。加水分解率は、参考例1と同様の方法で計算して求めた。
【0074】
[参考例3]
各々予め氷浴で冷却したジフルオロ酢酸イソプロピル(CHF2COOCH(CH32、5g)と38%HF水溶液(10g)を混合し、氷浴で冷却しながら5分間攪拌した。水相をNaOH水溶液で中和し、CHF2COOCH(CH32の加水分解によって生成するCHF2COO-イオンをイオンクロマトグラフィで定量し、加水分解率を求めた。その結果、6.9%の加水分解率であった。加水分解率は、参考例1と同様の方法で計算して求めた。
【0075】
[参考例4]
温度計、吹き込み管、環流塔を設けた1000mlのガラス製4口フラスコに窒素置換後、20%ナトリウムエトキシド(EtONa)/エタノール(EtOH)液(340g)を仕込み、氷浴で冷却し、スターラーで攪拌しながら約0.7g/分の速度でCHF2COF(103.7g,1.06mol)を吹き込み管よりバブリングさせながら導入し、そのまま2時間攪拌を続けたところ、反応液のpHは7以下を示した。10kPaの減圧下でフラッシュ蒸留して内容物を回収した。得られた有機物をガスクロマトグラフィ(FID)で分析したところ、エタノール:82.6面積%、ジフルオロ酢酸エチル(CHF2COOC25):17.4面積%であった。この有機物(170.6g)を理論段数15段の蒸留塔で常圧蒸留した結果、留出温度:73.7℃〜75.8℃の主留分(151.2g)を得た。得られた有機物のガスクロマトグラフ組成はエタノール:81.0面積%、CHF2COOC25:18.8面積%であり、共沸現象を示した。これは、蒸留でのエタノールとCHF2COOC25の分離精製は実質的に困難であることを示唆した。ちなみに、エタノールの沸点は77℃、CHF2COOC25の沸点は97℃である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
医農薬中間体、機能性材料の中間体として有用なジフルオロ酢酸エステルの製造方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
fCOX (1)
(式中、Rfは含フッ素アルキル基を表し、Xはハロゲンを表す。)で表される含フッ素カルボン酸ハライドと一般式(2)
ROM (2)
(式中、Rは一価のアルキル基を表し、MはLi、Na、Kのいずれかを表す。)で表されるアルカリ金属アルコキシドを溶媒の存在下に反応させることからなる一般式(3)
fCOOR (3)
(式中、Rfは一般式(1)での意義と同じ、Rは一般式(2)での意義と同じ。)で表される含フッ素カルボン酸エステルの製造方法。
【請求項2】
含フッ素カルボン酸ハライドがジフルオロ酢酸ハライドである請求項1に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項3】
ジフルオロ酢酸ハライドがジフルオロ酢酸フルオライドである請求項2に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項4】
ジフルオロ酢酸フルオライドが、CHF2CF2OR’(R’は、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解して得られた熱分解生成物である請求項3に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項5】
アルカリ金属アルコキシドが炭素数1〜4のナトリウムアルコキシドである請求項1〜4のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項6】
溶媒が、120℃以上の沸点である請求項1〜5のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項7】
溶媒が、生成物と同一のジフルオロ酢酸エステルである請求項1〜5のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。

【公開番号】特開2011−73984(P2011−73984A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−224262(P2009−224262)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】