説明

呼吸器系疾患の治療に使用することができる化合物をスクリーニングする方法

本発明は、哺乳動物における呼吸器系疾患の治療に使用することができる候補分子を同定するためのスクリーニング方法の使用に関し、前記スクリーニング方法は、試験分子の存在下におけるTASK‐2ポリペプチドの機能的活性が、前記試験分子の不在下におけるTASK‐2ポリペプチドの機能的活性と比較して、低減または除去されるかどうかを測定し、試験分子が前記機能的活性を低減または除去する場合に該試験分子は候補分子とみなされることを含むステップを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物の呼吸器系疾患の治療に使用することができる化合物をスクリーニングする方法の使用に関する。特に、本発明は呼吸器系疾患の治療に使用することができる新しい候補分子を同定するために使用可能である。
【0002】
以下の記述において、カッコ内の参照番号(Ref)は実施例の後に提示された参照文献一覧を指す。
【背景技術】
【0003】
生理的必要性に対する中枢性の呼吸の適応は、主として脳幹にある特殊化した神経細胞の電気的活動の変化を伴う、化学感受性の現象である。これらの呼吸神経細胞は小集団をなして分布し、脳幹内で、尾側延髄球の腹外側部から橋背側部まで及ぶ柱状部を形成している(非特許文献1および非特許文献2)。このような理由から、イオンチャネルの欠損が、呼吸器系の生理病理学的状態、例えば高地での長期滞在、または睡眠時無呼吸症候群および乳幼児突然死症候群のような様々な疾病に関与することは驚くべきことではない。
【0004】
哺乳動物では、呼吸は動脈血中の3つの化学的パラメータ:
i)二酸化炭素の増加、すなわち高炭酸ガス、
ii)血液pHの低下、すなわちアシドーシス、
iii)血中酸素濃度の低下、すなわち低酸素、
によって制御される。
【0005】
したがって、呼吸を制御する神経回路網の活動は様々な前記パラメータに適応する(非特許文献3)。
上記パラメータの変化は化学受容体を用いて計測される。これらの化学受容体は、頸動脈小体の化学受容体により末梢レベルで、また縫線核および後部菱形核にある中枢性化学受容体により脳幹において、pHおよび動脈CO分圧における変化を検出する(非特許文献4)。化学受容体の電気信号は、生物体の生理的必要性に対する呼吸活動の適応に関与する。
【0006】
呼吸の調節不全を伴う障害の中でも、睡眠時無呼吸症候群は重大な公衆衛生上の問題である。この症候群は肥満と関係していることが多い。例えば、米国では約300万人の男性および150万人の女性が睡眠時無呼吸症候群を患っている。この症候群は、非特許文献5において示されるように、例えば心疾患を悪化させることにより、該症候群の患者の健康に対して悪影響を及ぼす可能性がある。
【0007】
様々な型の睡眠時無呼吸は、睡眠中の病的な呼吸休止(成人では10秒超過、子どもでは8秒超過)を伴い、脳および末梢組織への酸素供給の低下により低酸素症を引き起こす。睡眠時無呼吸症候群の病因は多様であり、根底にあることが考えられる障害に従って分類可能である。例えば、閉塞性睡眠時無呼吸のサブグループは、適切かつ有効な換気を妨げる上気道の閉塞を特徴とする。中枢性睡眠時無呼吸のサブグループは、脳幹における呼吸調節すなわち一時的にのみ機能する呼吸筋の神経制御の機能不全を特徴とする。混合型無呼吸のサブグループは、閉塞性無呼吸が加わった中枢性無呼吸に相当する。
【0008】
興味深いことに、中枢性の無呼吸のうちの1つ(「非高炭酸ガス性の中枢性睡眠時無呼吸」)は、低炭酸ガス血症と呼ばれる動脈血中二酸化炭素濃度の低下をもたらす換気亢進の期間を特徴とする。二酸化炭素の減少はひいては脳幹の呼吸中枢の刺激の失敗を引き起こし、その結果呼吸はより長く休止し、その結果として動脈中酸素濃度の低下が誘発される。
【0009】
明らかに、この型の睡眠時無呼吸の患者では低酸素による呼吸の刺激が遅延する。
呼吸における刺激の低下をもたらすいくつかの要因:例えばアルコールおよび精神安定剤のような呼吸に影響を及ぼす物質、または高地での滞在は、睡眠時無呼吸症候群を悪化させる可能性がある。
【0010】
現在、睡眠時無呼吸症候群の治療には外科的処置および上気道を陽圧にするデバイスが必要である。
睡眠時の経鼻的持続気道内陽圧法(nCPAP)で構成される呼吸支援による治療は、臨床症状を改善するための現時点で最も有効な方法である。しかしながら、この治療は、患者がマスクによってシステムに恒久的に接続されることを必要とする。したがって、該技術はあまり実際的ではないという事実から、この技術の治療的成功には限界がある。
【0011】
外科手術およびnCPAP治療に加えて、睡眠時無呼吸の患者の呼吸を改善するために、例えばプロゲステロン、テオフィリン、アセタゾラミドおよびプロトリプチリン(protriptylin)の使用によるいくつかの薬学的な手法が試みられている。
【0012】
これらの物質は、少なくとも一部の患者で呼吸を刺激することができるとはいえ、該物質のいずれも睡眠時無呼吸症候群の治療に本当に有効であるとは見出されていない。その上、これらの物質の中には大きな副作用を示すものもある。したがって、多くの製薬企業が睡眠時無呼吸症候群を治療するための新しい分子を捜している。
【0013】
これまで、研究者らは、呼吸を刺激すると思われるTASK‐1カリウムチャネル阻害剤の開発に関心を寄せてきた。TASK‐1チャネルは、TASK1、TASK2およびTASK3チャネルを含むファミリーに属している。該チャネルは、4つの膜貫通ドメインおよび2つのチャネルドメインを備えたK+チャネル(K2Pチャネル)である(非特許文献6)。これらのチャネルは、モノマー、ヘテロダイマーおよびホモダイマーの形で活性を有する(非特許文献7、非特許文献8および非特許文献9)。これらのチャネルはK+電流を生じ、該K+電流は、外界の酸性化により、かつGタンパク質共役型受容体の活性化後に抑制される(非特許文献10)。該チャネルは揮発性麻酔薬(例えばハロタン、イソフルラン)によって活性化される(非特許文献11を参照)。
【0014】
TASK‐1チャネルは、脳、副腎、血管および心臓に豊富である。TASK‐1の「ノックアウト」マウスでなされた観察に基づいて、TASK‐1の遺伝的不活性化は、アルドステロン分泌障害、動脈性高血圧および心電図変化をもたらすことが見出された。さらに、肺高血圧症も観察される場合がある。これらの様々な理由から、TASK‐1阻害剤の使用は、治療的処置に関して受け入れやすい解決法であるようには思われない。
【0015】
近年、二重変異型TASK1/TASK3マウスにおいて高炭酸ガスに応答した中枢性化学感受性は維持される一方、縫線核の化学感受性は排除されることが示された(非特許文献12)。
【0016】
用語「乳幼児突然死症候群」は、説明のつかない幼い子どもの死亡例に使用され、1歳未満の子どもの死亡の主因である。ほとんどの場合、死因は明らかには特定されないが、呼吸障害が主な役割を果たすようである。リスクを有する子どもについて、呼吸監視システムは利用可能であるが、薬物治療はまだ存在していない。
【0017】
高地では、低酸素により換気の増大がもたらされ、換気の増大は次に動脈血中二酸化炭素の減少(低炭酸ガス血症)を引き起こし、その結果動脈血pHが増大する(呼吸性アルカローシス)。呼吸性アルカローシスは呼吸の調節に影響し、特に睡眠相においては不規則な状態の呼吸をもたらす。呼吸性アルカローシスを抑制することができる物質(例えばアセタゾラミド)は、腎臓による炭酸水素塩の排泄を増大させることによって動脈血pHの低下をもたらし、高地での呼吸の状態および随伴症状を改善することが示されている。しかしながら、アセタゾラミドの使用は、例えば電解質のホメオスタシスを乱すことによって副作用を引き起こす可能性がある。
【0018】
要するに、これらの呼吸器系疾患を治療することが現時点で知られている物質はほとんどなく、既知の物質は有効性が不十分であるか、または長期間の治療における使用を制限する副作用を示す。その上、研究者らは呼吸器系疾患の治療用の新たな候補物質を実証する手段を有していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Richter DW,Spyer KM(2001)“Studying rhythmogenesis of breathing:comparison of in vivo and in vitro models”.Trends Neurosci,24,464−472(Ref1)
【非特許文献2】Feldman JL,Del Negro(2006)“Looking for inspiration:new perspectives on respiratory rhythm”.Nat Rev Neurosci,7,232−242.(Ref2)
【非特許文献3】Feldman JL et al.(2003)“Breathing:rhythmicity,plasticity,chemosensivity”:Annu Rev Neurosci,26,239−266(Ref3)
【非特許文献4】Severson et al.(2003)“Midbrainserotonergic neurons are central pH chemoreceptors”.Nat Neurosci,6,1139−1140.(Ref4)
【非特許文献5】Namen et al.(2002)“Increase in Physician−reported sleep apnea:the National Ambulatory Medical Care Survey”.Chest 121(6):1741−1747(Ref5)
【非特許文献6】Goldstein SA et al.(2005),“International Union Pharmacology.LV.Nomemclature and molecular relationship of two−P potassium channels”.Pharmacol Rev,57,527−540.(Ref6)
【非特許文献7】Czirjak G,Enyedi P(2001),“Formation of functional heterodimers between the TASK−1 and TASK−3 two pore domain potassium channel subunits”.J Biol Chem,277,5426−5432.(Ref7)
【非特許文献8】Kang D et al.(2004),“Functionnal expression of TASK−1/TASK−3 heteromers in cerebral granule sells”.J.Physiol,554,64−77(Ref8)
【非特許文献9】Berg AP et al.(2004),“Motoneurons express heteromeric TWIK−related acid sensitive K+(TASK)channels containing TASK−1(KNCK3) and TASK−3(KNCK9) subunits”.J.Neurosci,24,6693−6702(Ref9)
【非特許文献10】Mathie A(2007)“Neuronal two pore domain potassium channels and their regulation by G protein coupled receptors”.J.Physiol,578,377−385(Ref10)
【非特許文献11】Patel AJ,Honore E(2001)“Properties and modulation of mammalian 2P domain K+ channels”.Trends Neurosci,24,339−346(Ref11)
【非特許文献12】Mulkey et al.(2007)“TASK channel determine pH sensitivity in select respiratory neurons but do not contribute to central respiratory chemosensitivity”.J Neurosci,27,14049−14058.(Ref12)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
したがって、呼吸器系疾患の治療のための新たな候補分子を同定するために使用することが可能な、新たな手段が現実に必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
発明の説明
本発明は特に、哺乳動物の呼吸器系疾患の治療のための候補分子を同定するために使用可能なスクリーニング方法の提供により前述の必要性に対処するものであり、前記スクリーニング方法は、試験分子の存在下におけるTASK‐2ポリペプチド(KCNK5)の機能的活性が、前記試験分子の非存在下における前記TASK‐2ポリペプチドの機能的活性と比較して低下または除去されるかどうかを測定することで構成されるステップを含む。
【0022】
本発明の手法の適用時にTASK‐2の活性が低下することが見出されるか、または除去される場合、その試験分子は哺乳動物の呼吸器系疾患の治療のための候補分子であるとみなされる。
【0023】
本発明の発明者らは、KCNK5とも呼ばれるTASK‐2チャネルが脳幹の呼吸中枢のある領域内に存在し、呼吸において驚くべき役割を果たすことを事実上最初に実証した。新生児マウスから得られた脳幹調製物でのin vitroの実験は、酸素欠乏時に呼吸活動の激しい低下を示す。この低下は、TASK‐2チャネルを無効化したマウスから得られた脳幹調製物では観察されない。したがって、TASK‐2の阻害または欠如は酸素欠乏からの保護をもたらす。このデータは、ある種の神経細胞における上記チャネルの発現が直接的または間接的に化学受容に関係していることを示す。
【0024】
本発明の発明者らはまた、直接的または間接的に化学受容に関係することが知られているある種の神経細胞における、上記TASK‐2チャネルの発現も実証した。
本発明者らはさらに、不活性なTASK‐2チャネルについて無効化した突然変異型マウス(TASK‐2ノックアウトマウス)は、低酸素時に、野生型マウスが強い呼吸抑制を示すのに対して顕著な呼吸維持を示すことを実証した。これらの結果は、マウスにおいて、in vivoでは、TASK‐2チャネルの不活性化は低酸素時の換気応答を大きく変更し、結果として呼吸を刺激することを実証している。
【0025】
興味深いことに、in vitroの細胞培養システムの使用により、低酸素に対するTASK‐2プロモータの感度に起因してTASK‐2の発現が低酸素の数時間後に低下することが実証された(Brazier et al.(2005)“Cloning of the human TASK−2(KCNK5)promoter and its regulation by chronic hypoxia”.Biochem Biophys Res Commun 336:1251−1258(Ref13))。
【0026】
そのため、低酸素(例えば高地滞在時)への適応には、TASK‐2チャネルの発現低下による身体の防御機構が含まれる可能性がある。しかしながら、この生理的適応には恐らく数時間を要し、短時間の低酸素への即時型反応には機能しない。
【0027】
このような短時間の低酸素の場合には、TASK‐2の薬理学的不活性化が、TASK‐2発現の負の調節という防御機構を先取りする助けとなる可能性がある。
さらに、複数の化学感受性呼吸神経細胞群において発現することにより呼吸の調節に同様に関与すると思われるTASK‐1チャネルおよびTASK‐3チャネル(Sirois et al.(2000)“The TASK−1 two−pore domain K+ channel is a molecular substrate for neuronal effects of inhalation anesthesic”.J.Neurosci,20,6347−6354(Ref14))とは対照的に、中枢神経系におけるTASK‐2の発現は極めて低く、呼吸回路由来の特定の神経細胞群に限定されている(Reyes R et al.(1998)“Cloning and expression of a novulel pH−sensitive two pore domain K+ channel from human kidney”. J.Biol Chem,273,30863−30869(Ref15))。さらに、TASK‐2は、TASK‐1が非常に強く発現する心臓においては発現しないかまたは発現が非常に弱い。したがって、TASK‐2の中枢神経系における極めて限定された発現および心臓における事実上の発現欠如は、TASK‐2を特異的に抑制するためには大きな利点である。
【0028】
TASK‐2のペプチド配列、細胞膜における構成およびコード遺伝子は、国際公開第00/27871号パンフレット(PCT/IB99/01886、CNRSに帰属、1999年11月9日に出願、2000年5月に公開)に記載されている。この文献には、ヒトおよびマウスにおけるTASK‐2の細胞分布、成体の腎臓におけるTASK‐2 mRNAの分布、TASK‐2の染色体地図、トランスフェクションされたCOS細胞およびツメガエル卵母細胞におけるTASK‐2の発現、pHに対するTASK‐2電流の感度、ならびにpHによるTASK‐2の調節、ならびにTASK‐2の生物物理学的かつ薬理学的特性についても記載されている。これらの要素を、本発明を理解しかつ適用するために本願において使用することができる。
【0029】
「呼吸器系疾患」とは、中枢神経系の機能障害に起因する呼吸障害、特に、脳幹にある脳の呼吸中枢の機能不全に関係した任意の呼吸障害を指す。
呼吸器系疾患の中では、限定するものではないが:睡眠時無呼吸症候群、呼吸器型の乳幼児突然死症候群、高地に起因する病的呼吸のモデル、オンディーヌの呪いすなわち先天性中枢性低換気症候群、薬物による(例えばバルビツール酸系薬物またはモルヒネ系薬物の吸収による)偶発的または自発的な中毒に起因する障害、全身麻酔に関係した呼吸抑制、急性呼吸不全および重度の低酸素血症を挙げることができる。
【0030】
「試験分子」とは、TASK‐2チャネルの活性またはその発現を低減または除去するかどうか測定するために本発明の方法によって試験される分子を指す。
「候補分子」とは、本発明の適用によりTASK‐2チャネルの活性またはその発現を低減または除去するとして同定された分子を指す。
【0031】
本発明は、ヒトであれ動物であれ哺乳動物の呼吸器系疾患の治療用候補分子を同定することができる。
本発明を適用するための試験分子は、例えば分子バンクで無作為に、または例えばイオンチャネルと一体化することができる生物学的に許容可能な分子の中から、選択可能である。
【0032】
TASK‐2活性を低減または除去すると思われる試験分子として、本発明者らは例えば、キニーネ、キニジン、クロフィリウム、リドカイン、ブピバカイン、ドキサプラム、およびハロタンのような揮発性麻酔薬を挙げることができる。
【0033】
候補分子として、本発明者らは、例えばTASK‐2に対する抗体も挙げることができる。この抗体は当業者によく知られた技術によって生産可能である。この抗体は、例えばポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体またはFabフラグメントであってよい。
【0034】
「機能的活性」とは、カリウムチャネルが細胞膜を通り抜けるイオンの移動を実施および制御する能力を指す。
本発明によれば、TASK‐2の機能的活性を測定するステップは、イオンチャネルの活性を測定するための当業者によく知られた方法のうちの1つによって実施可能である。例を挙げると、該ステップは、国際公開第05/054866号パンフレット(PCT/EP/2004/012823、バイエル・ヘルスケアAG、2004年11月12日に出願、2005年6月16日に公開)の文献中にKCNK2チャネルについて記載されているような方法で構成されてもよいし、前述の文献の国際公開第00/27871号パンフレットにTASK‐2、TWIK‐1、TREK‐1およびTASK‐1チャネルについて記載されているような方法で構成されてもよいし、または国際公開第02/00715号パンフレット(PCT/IB01/01436、CNRS、2001年6月27日に出願、2002年1月3日に公開)に記載のTREK‐2チャネルについて記載されているような方法で構成されてもよい。
【0035】
本発明によれば、TASK‐2ポリペプチドの機能的活性が低減または除去されるかどうかを測定することから構成されるステップは、
i)機能的活性を示すTASK‐2ポリペプチドを発現する細胞を前述の試験分子と接触させること、および
ii)前述の試験分子の存在下で、TASK‐2ポリペプチドの機能的活性またはその発現のうち少なくともいずれか一方を計測すること、を含むことができる。
【0036】
このステップの適用例は前述の3つの文献に具体的に記載されている。
本発明によれば、TASK‐2ポリペプチドを発現する細胞は、該ポリペプチドを内在性のものとして発現してもよいし、組換え型として発現してもよい。本発明を適用するために細胞でこのポリペプチドを発現させるのに使用可能な方法は、例えば国際公開第00/27871号パンフレット(COS細胞またはツメガエル卵母細胞)およびその他前述の文献に記載されている。
【0037】
一般に、本発明によれば、機能的活性は、TASK‐2ポリペプチドを横断するイオン流、TASK‐2ポリペプチドを発現する細胞の膜電位の変化、TASK‐2ポリペプチドを発現する細胞の細胞内イオン濃度の変化、からなる群から選択された1つまたはいくつかのパラメータによって計測可能である。本発明で使用可能なチャネルの機能的活性の計測の例は、例えば前述の3つの文献それぞれにおいて提示されている。
【0038】
本発明によれば、機能的活性は、例えばTASK‐2ポリペプチドを横断するイオン流の計測によって測定可能であり、TASK‐2ポリペプチドを横断するイオン流は、例えばルビジウムイオンの流出であってよい。好ましくは、TASK‐2ポリペプチドを横断するイオン流は、ルビジウムイオンの流出の測定により計測され、これは例えば、例としてはギルらの2007年の文献(Gill S et al.(2007“A cell−based rb( +)−flux assay of the kv1.3 potassium channel”.Assay Drug Dev Technol 5,37380(Ref16))に示されているような、原子吸光分析法により測定可能である。
【0039】
本発明によれば、TASK‐2の活性を好ましくは少なくとも10%、好ましくは少なくとも50%、さらにより好ましくは75%、90%または100%低減する試験分子は、TASK‐2の活性を低減するための候補分子として同定される。
【0040】
特に、本発明は、睡眠時無呼吸症候群、呼吸器型の乳幼児突然死症候群、高地に起因する病的呼吸のモデルからなる群から選択された呼吸器系疾患の治療のための候補分子の同定を可能にする。
【0041】
候補分子の同定における次のステップは、例えば呼吸障害を示す動物モデルまたは呼吸器系疾患を引き起こす状態に置かれた動物モデルに候補分子を投与した後に、呼吸器系疾患に対する前記分子の効果を検討するステップであってよい。
【0042】
したがって、本発明の別の態様は、呼吸器系疾患の治療用組成物の調製のために、TASK‐2ポリペプチドの機能的活性を調整するかまたは発現を阻害するかのうち少なくともいずれか一方の分子の使用に関する。
【0043】
本発明の1つの変更形態によれば、TASK‐2の遺伝子発現を増大、低減または除去することができる分子を探索するために分子をスクリーニングすることも可能である。例えば、該スクリーニングは、試験される各分子について、TASK‐2をコードするmRNAのレベルまたは生成されたTASK‐2を測定することで構成される。これは当業者によく知られた任意の方法によって測定可能である。該方法は定性的方法で構成されてもよいし、定量的方法で構成されてもよい。本発明で使用することができる測定方法は、例えば国際公開第05/054866号、同第00/27871号および同第02/00715号パンフレットに見出すことができる。TASK‐2をコードするmRNAまたはTASK‐2の存在は、例えば、当業者によく知られた免疫化学的方法のうちの1つにより、例えばイムノアッセイ、ウェスタンブロット法、または免疫組織化学分析法により測定可能である。
【0044】
本発明のスクリーニングは細胞を用いる系で行われてもよいし、細胞を用いない系で行われてもよい。TASK‐2を発現する任意の細胞を使用することができる。TASK‐2ポリペプチドは、その細胞内で本来発現されるものであってもよいし、当業者によく知られた遺伝子組換え技術により細胞内に導入されてもよい。本発明において使用可能な遺伝子組換えプロトコールの例は、前述の3つの文献に記載されている。
【0045】
したがって、この変更形態によれば、候補分子は例えば、チャネルの転写を阻止すると思われる、TASK‐2(またはKCNK5)をコードするポリヌクレオチド配列の相補配列であってもよい。
【0046】
レトロウイルス、アデノウイルス、ワクチンウイルスもしくはヘルペスウイルス、または他の細菌ウイルスに由来する発現ベクターを使用して、標的とする器官、組織または細胞集団に相補的ヌクレオチド配列を送達することができる。当業者によく知られた方法を、TASK‐2をコードする遺伝子のポリヌクレオチドに相補的な核酸配列を発現するベクターの構築に使用することができる(Scott JK,Smith GP(1990)“Searching for peptide ligands with an epitope library”.Science,249:386−390(Ref17))。当業者によく知られた方法を使用して、TASK‐2をコードする配列と転写および翻訳を制御する要素とを含んでいる発現ベクターを構築することができる。これらの方法には、in vitroの組換えRNA技術、合成技術およびin vivoの遺伝子組換えが含まれる。前述の3つの文献には、本発明の適用のためのベクターの構築に使用可能な方法について記載されている。
【0047】
他の利点については、添付の図面を参照しながら例証として提供された以下の実施例を読めば明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】吻側延髄球の腹側面に存在するTASK‐2チャネルの写真。
【図2】中枢性化学感受性の機構におけるTASK‐2チャネルの介在をin vitroで実証する以下の実施例2の実験結果を表すヒストグラム。図中、縦軸は呼吸リズムの頻度を表し(毎分のサイクル数で表示)、横軸はこの実施例で使用された様々な試験を表す。白色のバーは野生型マウスで得られた結果、黒色のバーは突然変異型TASK‐2マウスで得られた結果に相当する。
【図3】呼吸の機構におけるTASK‐2チャネルの介在をin vitroで実証する以下の実施例3の実験結果を表すヒストグラム。図中、縦軸は1分間あたりの呼吸の流量すなわちMVを体重1gあたりのml/分で表し、横軸はこの実施例で適用された様々な試験を表す。
【図4】ヒトのTASK‐2チャネルをコードするDNAでトランスフェクションしたHEK細胞上でのTASK‐2電流(強度I、ピコアンペア(pA))の「パッチクランプ」記録を示す図。
【図5】成体マウスの脳幹に存在するTASK‐2チャネルの位置について説明する図。A:全脳、顔面神経運動核(VII)近辺の脳幹の腹側面、ならびに後部菱形核および顔面周囲呼吸群(RTN/pfRG)を示す拡大図。B〜E:冠状断面におけるTASK‐2発現細胞の位置。B:中脳、背側縫線(DR)。C:吻側橋、外側上オリーブ核(LSO)。D:尾側橋、腹側面(RTN/pfRG)および小細胞網状核(PCRtA)。E:吻側延髄球、VIIの尾側末端部。F:脳幹の矢状断面におけるTASK‐2発現細胞の分布を示す簡略図。その他の略語:3N、動眼神経核;4V、第4脳室;7N、顔面神経核;10N、迷走神経背側運動核;12N、舌下神経核;Amb、疑核;AP、最後野;CIC、尾側下丘核;ILL、中間外側絨帯核;I0、下オリーブ核;me5、三叉神経中脳路;Sol、孤束核。
【図6】覚醒マウスでの高炭酸ガスおよび短期間の低酸素への応答における、プレチスモグラフ技術によって計測された呼吸の適応を示す図。この適応は野生型マウスまたはTASK‐2無効化マウスにおいて類似している。図中、縦軸は、体重1gあたりのml/分で表示される1分間あたりの呼吸の流量(MV)、呼吸頻度(RF)、および現在の体積(VT)を表し、横軸は、この実施例で使用された様々な試験を時間の関数として表す。
【図7】AおよびBは、長期間の低酸素への応答における、プレチスモグラフ技術によって計測された呼吸の適応を示す図。野生型マウスで観察された大幅な呼吸抑制は、TASK‐2無効化マウスでは全く存在しない。Aでは、縦軸は、現在の体積(VT)、呼吸頻度(RF)、およびml/分/gで表示される1分間あたりの呼吸の流量(MV)を表し;横軸は、この実施例で使用された様々な試験を時間の関数として表す。Bでは、同じパラメータがより長い時間尺度で表わされている;TE、呼気時間。Cでは、様々な時点(Bで最下行に示した1、2、3および4)における個々の動物についての原データ線の例が表わされている。低酸素の雰囲気への変化の直後に、野生型マウスおよび突然変異型マウスは呼吸の増大を示す(時点2)。この応答の後、野生型マウスでのみ観察される抑制(時点3)が続く。12時間の低酸素の後(時点4)、換気状態はすべてのマウスにおいて同様である。
【図8】低酸素環境に12時間維持されたマウスの腎臓および脳幹におけるTASK‐1、TASK‐2およびエリスロポエチン(EPO)のメッセンジャーRNAの発現を表すヒストグラム。このヒストグラムは定量的PCRの結果(1群当たりマウス8匹)で構成されている。
【図9】A:1日齢のマウスの顔面神経運動核の周囲に位置する帯域(後部菱形核および顔面周囲呼吸群)および全脳におけるTASK‐2の発現を示す図。上記帯域は「一括(en bloc)」記録技術で保存される。B:延髄球の構造および橋の最尾側部分の構造が保存されている「一括」調製物の略図。頸根C4に配置された電極は、呼吸活動を表す横隔神経の活性を記録するために使用することができる。C:吸気相(TI)および呼気相(TE)の大きさ、表面および持続時間を計測するために使用された吸気バーストの暗号化(C4)および積分(∫C4)の例を示す図。D:野生型(task2+/+)または突然変異型(task2−/−)マウスの「一括」調製物について得られた酸素正常状態(対照)および酸素欠乏状態における呼吸活動(∫C4)の例を示す図。E:野生型(NT)、ヘテロ接合型(task2+/−)またはホモ接合型(task2−/−)のマウスに関する、対照条件、酸素欠乏、呼吸性もしくは代謝性のアシドーシスおよびアルカローシスにおける呼吸頻度(RF)を示すヒストグラム。
【発明を実施するための形態】
【0049】
実施例
実施例1:脳幹神経細胞におけるTASK‐2発現の実証
本実施例の実験は、脳幹の呼吸中枢に属する主要な神経構造体にTASK‐2チャネルが存在することを実証する。これらの実験はヘテロ接合突然変異型の成体マウス(TASK‐2+/−)を用いて実行された。無効化されるTASK‐2遺伝子には、酵素(βガラクトシダーゼ)をコードする配列への置換が行われる。この酵素のおかげで、加水分解されると青変する基質としてX‐Galを使用する古典的な組織化学的検出技術によって、正常にTASK‐2チャネルを発現する細胞を容易に同定することが可能である。
【0050】
パラホルムアルデヒドを用いた固定処置の後、神経組織の試料が採取され、次いで、クライオスタットを用いて得た厚さ30μmの脳幹横断切片に対してX‐GAL検出技法が行われる。この反応が終わると、TASK‐2チャネルを発現する細胞は青く着色される(図1の矢印)。
【0051】
得られた結果から、脳幹の個々の帯域におけるTASK‐2発現細胞の存在が明らかとなる。例として、図1は吻側延髄球の腹側面に存在するTASK‐2チャネルを示している。同図は、吻側延髄球の腹側面(後部菱形核、RTN)の神経細胞にX‐gal標識が存在することを示す横断切片である。
【0052】
多くの研究で示されるように、この帯域は、体液(血液、脳脊髄液すなわちCSF)の化学的変動に応答した中枢性化学感受性すなわち換気の適応において基本的な役割を果たす。これらのチャネルが呼吸の制御に関与する重要な帯域において特有の位置にあることから、TASK‐2に作用する手法による呼吸の特異的調整を検討することが可能である。
【0053】
実施例2:呼吸の適応の中枢機構におけるTASK‐2チャネルの介在のin vitroでの実証
本実施例において、本発明者らは、野生型マウス(活性を有するTASK‐2チャネル)と、活性を有するTASK‐2チャネルを発現しない(「TASK‐2−/−」)突然変異型TASK‐2マウスとを使用した。上記マウスは、公開状態で米国サンフランシスコのW.スカルネス(W.SKARNES)研究室によって最初に作られた。該マウスは、遺伝的背景をC57BI/6Jとして戻し交配された後、本発明者らの研究室で飼育および繁殖が行われた。
【0054】
本実施例の実験は、酸素欠乏時の呼吸活動の変化を実証する。これらの実験は、「一括」調製により1〜3日齢のマウスを用いて単離された脳幹調製物に対してin vitroで実行された。
【0055】
野生型マウスまたは突然変異型マウス(TASK‐2−/−)の脳幹を氷中で直ちに切り分け、周囲組織から単離し、次いでカルボゲン(95%O、5%CO)中で平衡化した人工CSF(CSFa)の中に入れる。脊髄分節C4の前根は横隔膜に神経を分布させる横隔神経の起始部にある。この神経根を、調製物により自然に生じた周期的な呼吸活動を収集するためにガラス電極の内側に取り入れる。根C4の電気的活動は、呼吸のパラメータ(頻度、大きさ、持続時間)を後に分析するために、フィルタ処理され、増幅され、視覚化され、コンピュータに保存される。この試験は、CSFaまたはその化学組成物に溶解される気体の量を変化させることと、呼吸活動を比較することとで構成された。
【0056】
図2は、本実施例(「一括」調製物:野生型マウスおよびTASK‐2−/−マウスにおいて記録された横隔神経の根C4の呼吸頻度および電気的活動)の実験結果を表すヒストグラムである。対照:人工CSFを95%O、5%COの中で平衡化。酸素欠乏:95%N、5%CO。縦軸は呼吸の周期的活動の頻度(1分間あたりのサイクル数で表す)を、横軸は本実施例で使用される様々な試験を表す。白色のバーは野生型マウスで得られた結果、黒色のバーは突然変異型TASK‐2マウスの結果に相当する。
【0057】
得られた結果は、対照条件(95%O、5%CO)では野生型動物と突然変異型TASK‐2マウスとの間に呼吸頻度の差がないことを実証している。酸素欠乏条件(酸素を含まない気体:95%N、5%COで平衡化されたCSFa)では、野生型マウスの呼吸頻度は約40%減少する。低酸素性呼吸抑制と呼ばれるこの古典的な反応は、突然変異型のTASK‐2−/−マウスでは観察されない(統計比較、***:p<0.001)。
【0058】
これらの実験は、酸素欠乏にさらされたマウスのin vitroでの呼吸活動は、TASK‐2チャネルをコードする遺伝子を無効化した後では有意に頻度が高いことを実証している。したがって、呼吸抑制の状態では、TASK‐2に作用する手法による中枢性の呼吸活動の回復を検討することが可能である。
【0059】
実施例3:呼吸の機構におけるTASK‐2チャネルの介在のin vivoでの実証
本実施例においても、本発明者らは野生型マウスおよび突然変異型TASK‐2マウスを使用した。
【0060】
マウスの呼吸はプレチスモグラフ(フランス国所在のEMKAテクノロジーズ)で計測された。
図3は、低酸素(8%O)への長期曝露による野生型マウスおよびTASK‐2−/−マウスの換気反応を示す本実施例の実験結果を表すヒストグラムである。この図では、縦軸は、ml/分/gで表された1分間あたりの呼吸の流量(MV)を表し、横軸は本実施例で使用された様々な試験を表す。白色のバーは野生型マウスで得られた結果、黒色のバーは突然変異型TASK‐2マウスで得られた結果に相当する。
【0061】
様々な酸素への曝露条件について試験した。1分間あたりの呼吸の流量(ml/分/g)が、対照(con)(21%酸素)および海抜6500mの高地に相当する8%酸素の低酸素状態において計測された。低酸素は1〜6時間について試験された。
【0062】
低酸素は、すべての動物において呼吸の一過性の増加を引き起こした(末梢化学受容器の刺激に伴う呼吸亢進)(図示せず)。第2に、低酸素への長期曝露は呼吸運動の低下すなわち抑制を引き起こし、これは野生型マウスでのみ観察された。最初の呼吸亢進に続く動脈血中二酸化炭素の低減は、野生型マウス(図1のヒストグラム中で白色)においてその呼吸の低減の重要な要因であった。
【0063】
しかしながら、TASK‐2チャネルが無効化された動物は低酸素の期間全体にわたって持続的な換気状態を示した。
TASK‐2チャネルが不活性化された後では、低炭酸ガス(呼吸性アルカローシス)の状態にあるときを含めて低酸素が呼吸の強力な刺激であることは明らかである。呼吸性アルカローシスはもはや中枢神経系のTASK‐2チャネルを活性化することができない可能性が高い。
【0064】
これらの実験の結果は、TASK‐2ノックアウトマウスが低酸素時に野生型マウスと比較して呼吸の増大を示すことを明示している。
したがって、TASK‐2の阻害は呼吸器系疾患の治療の手段であるように思われる。
【0065】
結論として、TASK‐2カリウムチャネルの不活性化は、低酸素状態において呼吸を刺激する手段であると考えられ、先行技術で使用される治療方法とは異なる新しい戦略である。
【0066】
実施例4:脳幹におけるTASK‐2の発現位置
この実験で使用されるマウスおよび条件は、実施例1と同一である。
TASK‐2−/−マウスの作製に使用されたベクターは、Mitchell KJ et al.(2001)“Functional analysis of secreted and transmembrane proteins critical to mouse development”.Nat Genet,28,241−249(Ref18)に記載されているようなβガラクトシダーゼをコードする遺伝子を含んでいる。TASK‐2細胞の発現は、TASK‐2−/+マウスにおいて活性を促すTASK‐2プロモータを使用して視覚化された。驚くべきことに、X‐galによる特異的標識は脳幹のわずかな領域に限定されている。TASK‐2を発現する細胞は、脳の他の領域には見出されなかった。
【0067】
延髄球に見出される標識は、腹側面の腹外側部に限定されている。
TASK‐2を発現する細胞は、閂の前方500−700μmから顔面神経運動核(VII)の吻側極へ、1.5mm以上にわたって伸びる両側性の柱状部を形成する。これらの細胞は、脳幹の表面の周縁帯域、および柔組織中100〜300μmの深さに位置する塊を形成する(図5を参照)。この領域は、後部菱形核および顔面周囲呼吸群(RTN/pfRG)が集まっている顔面周囲領域に相当する。
【0068】
橋では、TASK‐2を発現する細胞は、外側上オリーブ(図5C)、小細胞網状核(図5D)、ならびに背側縫線核および中間外側絨帯において観察される。尾側下丘では部分的な標識が検出される。
【0069】
標識は、横隔膜運動核に相当する頸髄では検出されなかった。
実施例1および本実験において実証されるように、TASK‐2チャネルは、吻側延髄球の腹側面、特に後部菱形核(RTN)および顔面周囲呼吸群(pfRG)に相当する領域に存在する。
【0070】
得られた結果は、脳幹の個別の帯域におけるTASK‐2発現細胞の存在を実証する。
呼吸の制御に関与する重要な帯域中で上記チャネルが1か所に位置することから、TASK2に作用する手法による呼吸の特異的な調整を検討することが可能である。
【0071】
実施例5:in vivoにおけるマウスの呼吸に対する低酸素および高炭酸ガスの影響
この実験に使用されるマウスは、上記の実施例2で使用されたものと同一である。
【0072】
この実験では、10匹のTASK‐2+/+マウスおよび7匹のTASK‐2−/−マウスが使用された。
中枢性および末梢性の化学受容器は、血液中のpHおよび気体の変動を検出することにより、呼吸の適応に寄与する(Vizek M et al.(1987)“Biphasic ventilatory response of adult cats to sustained hypoxia has central origin”.J Appl Physiol,63,1658−1664.(Ref19))。頸動脈小体に位置する末梢性化学受容器細胞は、低酸素に応答した換気の迅速な増大をより特異的に制御する。
【0073】
短期間の低酸素または高炭酸ガスに応答した呼吸の適応について、野生型マウスおよび突然変異型マウス(TASK‐2−/−)で検討が行われた。
マウスの呼吸はプレチスモグラフ(フランス国所在のEMKAテクノロジーズ)を用いて計測された。
【0074】
正常な状態(21%酸素)では、呼吸パラメータはTASK‐2−/−および野生型マウスで同一であった。
いずれの種類のマウスも、5%COを含む環境(高炭酸ガス)に応答して同様の呼吸の増大を示した(図6A)。21%から9%への酸素濃度の低下も、両方の種類のマウスで同一の呼吸の増大を引き起こした(図6B)。
【0075】
この低酸素は一過性であり、数分後に最大の呼吸増大がみられた。
この実験は、頸動脈小体に位置する末梢性化学感受性細胞の酸素感受性と関係する、短期間の低酸素に応答した正常な呼吸の適応を実証している。突然変異型マウスにおける高炭酸ガスに対する応答にも変化はない。
【0076】
実施例6:TASK‐2の転写に対する長期間の低酸素の影響
長期間の低酸素に対する応答についても検討が行われた。この応答は8%酸素で数時間にわたり計測された。
【0077】
この実験で使用されるマウスは、直前の実施例で使用されたマウスと同一である。
8匹のTASK‐2+/+マウスおよび7匹のTASK‐2−/−マウスがこの実験に使用された。
【0078】
2時間の低酸素の間に、対照のマウスにおいて呼吸の低下が観察された(図7A)。ml/分/gで表される1分間あたりの呼吸の流量(MV)についての低酸素による抑制は、特に呼吸頻度(RF)の低下に起因していた。慢性的な低酸素に応答して引き起こされるこの呼吸抑制は、TASK‐2−/−マウスには存在しなかった。
【0079】
この実施例は、低酸素に対する初期応答がTASK‐2−/−マウスにおいて正常であることを示している。この応答は末梢性化学受容器の刺激に相当する(Takakura AC et al.(2006)“Peripheral chemoreceptor inputs to retrotrapezoid nucleus(RTN)CO2−sensitive neurons in rats”.J.Appl Physiol,63,1658−1664(Ref20))。しかしながら、慢性的な低酸素によって引き起こされる中枢性の呼吸抑制はTASK‐2−/−マウスには全く存在しない。
【0080】
したがって、この実験は、TASK‐2チャネルが低酸素に対する延髄の感受性にとって重要な要素であることを明白に示している。
本実験および実施例2で実証されたように、TASK‐2カリウムチャネルの不活性化は、呼吸抑制を阻害しかつ低酸素の状態において呼吸を刺激する方法である。したがって、この不活性化は、先行技術で使用される治療方法とは異なる新しい戦略である。
【0081】
パウエルらの文献(Powell FL et al.(1998)“Time domain of the hypoxic ventilatory response”. Respir Physiol,112,123−134.(1998)(Ref21))に記載されているような慢性的な低酸素に対する呼吸の適応について、以下の条件すなわち5300mの高地に相当する10%酸素で20時間の条件で検討が行われた。
【0082】
低酸素の最初の3〜4時間の間、対照のマウスは、呼気時間の延長を伴う呼吸流量の強い抑制および呼吸頻度の低下を示した。この段階の後に、呼気時間の短縮を特徴とする適応段階が続き、10〜12時間後に正常値に戻った(図8BおよびC)。
【0083】
低酸素の期間全体において、呼吸パラメータはTASK‐2−/−マウスでは変化しなかった。したがって、これらのマウスは適応後の対照マウスに類似した呼吸の表現型を示した。
【0084】
さらに、TASK‐2の発現が計測された。
マウスは10%酸素の環境に24時間置かれ、次いでTASK‐2(ならびに対照のTASK‐1およびエリスロポエチン)のメッセンジャーRNAの発現が計測された。
【0085】
RNAはRNeasy(R)Miniキット(キアゲン(Qiagen))を使用してマウスの腎臓および脳幹から単離された。逆転写については、逆転写酵素(プロメガ(Promega))が製造業者提供のプロトコールに従って使用された。リアルタイムのポリメラーゼ連鎖反応は、SYBR(R)グリーンPCRキット(キアゲン)を使用してLightCycler(R)システム(ロッシュ(Roche))で実施された。TASK‐2、TASK‐1およびエリスロポエチンの遺伝子の転写が計測され、βアクチンの発現に対して標準化された。
【0086】
使用したプライマー、およびリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応の実施条件は以下のとおりとした。βアクチン用プライマー:センスプライマー、5’CCACCGATCCACACAGAGTACTT3’(配列番号1);アンチセンスプライマー、5’GACAGGATGCAGAAGGAGATTACTG3’(配列番号2)。エリスロポエチン用プライマー:センスプライマー、5’AGAATGGAGGTGGAAGAACAG3’(配列番号3);アンチセンスプライマー、5’TGTCTATATGAAGCTGAAGGGT3’(配列番号4)。TASK‐2用プライマー:センスプライマー、5’GCTTTGGGGACTTTGTGG3’(配列番号5);アンチセンスプライマー、5’AAAGAGGGACAGCCAAGC3’(配列番号6)。
【0087】
プライマーのハイブリダイゼーション温度は55℃であった。
結果から、TASK‐2をコードするmRNAの量は低酸素の際に腎臓および脳幹では変化しないことが実証された。(図8AおよびB)。
【0088】
よって、TASK‐2遺伝子の転写は長期間の低酸素の間に変化しない。したがって、TASK‐2カリウムチャネルは、低酸素状態において呼吸抑制を阻害しかつ呼吸を刺激するための新しい標的である。先に実証されたように、したがってTASK‐2の不活性化は、先行技術で使用される治療方法とは異なる新しい戦略である。
【0089】
実施例7:中枢性の呼吸の適応機構におけるTASK‐2チャネルの介在のin vitroでの実証
この実験は、実施例2で使用されたのと同一の条件およびマウスで実施された。
【0090】
この実験は、酸素欠乏、アシドーシスおよびアルカローシスの際の呼吸活動の変化を実証する。
中枢性の化学受容器を含めた新生児マウス由来の脳幹の「一括」調製が行なわれた(図9A〜C)。
【0091】
「一括」調製は1〜3日齢のマウスについて行なわれた。各マウスはハロタンで麻酔された。脳幹および頸髄が単離されて記録用チャンバ内に移され、腹側部を上向きとして人工脳脊髄液を用いて4ml/分の速度でかん流が行われた。
【0092】
呼吸頻度、吸気バーストの持続時間、呼吸の大きさおよび表面積が計測された。
10匹のTASK‐2+/+マウス、8匹のTASK‐2+/−マウス、および7匹のTASK‐2−/−マウスがこの実験に使用された。
【0093】
基礎となる呼吸頻度は正常な条件下では各個体すべてにおいて同一であった。対照のマウスでは、代謝性または呼吸性アシドーシスにより呼吸頻度の増大(約+40%)が引き起こされ、一方アルカローシスおよび酸素欠乏により呼吸頻度の著しい減少(約−40%)が引き起こされた。
【0094】
TASK‐2−/−マウスは、pHの変化に対しては同様の呼吸頻度の低下を示した。しかしながら、酸素欠乏に対する上記反応はTASK‐2−/−マウスでは全くみられなかった(図9DおよびE)。
【0095】
この実験は、TASK‐2−/−マウスにおいて、呼吸頻度の変化を伴わない吸気持続時間の増大によって表される、低酸素に対する反応が存在することを示している。
したがって、TASK‐2カリウムチャネルは、低酸素状態における呼吸抑制を阻害しかつ呼吸を刺激するための新しい標的である。
【0096】
実施例8:本発明によるスクリーニングの適用
成人におけるTASK‐2の分布、TASK‐2の染色体地図、TASK‐2の生物物理学的特性および薬理学的特性ならびに外部pHによるTASK‐2の調節は、国際公開第00/27871号パンフレットに従って検討された。
【0097】
次のスクリーニングが使用される。HEK細胞(ヒト胎児腎臓細胞)は、lipofectamine(TM)法によってヒトTASK‐2チャネル遺伝子由来の相補的DNAを含んでいるプラスミド(pIRES‐CD8‐ hTASK2)でトランスフェクションされる。24時間の培養後、電位固定法(全細胞型のパッチクランプ法)を使用してTASK‐2電流が記録される。−95Vの自然電位から−80〜+45mVの範囲の変数値への電位の急転によって電流が活性化される。
【0098】
電流は、EPC‐10増幅器(ヘカ(HEKA))を使用して全細胞型で記録される。「パッチ」ピペットには、95のKグルコナート、30mMのKCl、4.8mMのNaHPO、1.2mMのNaHPO、5mMのグルコース、2.38mMのMgCl、0.726mMのCaCl、1mMのEGTA、3mMのATP、pH7.2の溶液が入っている。外部溶液はリンゲル液すなわち:145mM NaCl、0.4mM KHPO、1.6mM KHPO、5mMグルコース、1mM MgCl、1.3mM CaCl、5mM HEPES、pH7.4である。
【0099】
様々な薬物を外部浴槽の灌流によって様々な濃度で適用可能であり、該薬物の影響は対照条件と比較した電流の変化によって評価される。
図4の実施例では、バッチ内に0.9mMのドキサプラムを適用すると、電位の急転によって証明されるように電流が25%減少することが示されている。
【0100】
【表1】

【0101】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物における中枢神経系の機能障害に起因する呼吸器系疾患の治療に使用することができる候補分子を同定するためのスクリーニング方法の使用であって、前記スクリーニング方法は、試験分子の存在下におけるTASK‐2ポリペプチドの機能的活性が、前記試験分子の不在下におけるTASK‐2ポリペプチドの機能的活性と比較して低下または除去されるかどうかを測定し、試験分子が前記機能的活性を低減または除去する場合に該試験分子は候補分子とみなされるステップを含むことを特徴とする、使用。
【請求項2】
TASK‐2ポリペプチドの機能的活性が低減または除去されるかどうかを測定するステップは、
i)機能的活性を示すTASK‐2ポリペプチドを発現する細胞を前記試験分子と接触させること、および
ii)前記試験分子の存在下で、TASK‐2ポリペプチドの機能的活性およびその発現のうち少なくともいずれか一方を計測すること
を含む、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記細胞はTASK‐2ポリペプチドを内在性のものとして発現する、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記細胞はTASK‐2ポリペプチドを組換え型として発現する、請求項3に記載の使用。
【請求項5】
前記機能的活性は、TASK‐2ポリペプチドを横断するイオン流の計測、TASK‐2ポリペプチドを発現する細胞の膜電位の変化の計測、TASK‐2ポリペプチドを発現する細胞の細胞内イオン濃度の変化の計測、からなる群から選択される計測によって測定される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
前記機能的活性はTASK‐2ポリペプチドを横断するイオン流の計測によって測定され、TASK‐2ポリペプチドを横断するイオン流はルビジウムイオンの流出である、請求項5に記載の使用。
【請求項7】
睡眠時無呼吸症候群、呼吸器型の乳幼児突然死症候群、高地に起因する病的呼吸のモデルからなる群から選択される中枢神経系の機能障害に起因する呼吸器系疾患の治療に使用することができる分子の同定における、請求項1〜6のいずれか1項に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2011−501657(P2011−501657A)
【公表日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−527497(P2010−527497)
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【国際出願番号】PCT/FR2008/001391
【国際公開番号】WO2009/080910
【国際公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【出願人】(505045610)サントル ナショナル ドゥ ラ ルシェルシュ スィヤンティフィック(セーエヌエルエス) (41)
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE(CNRS)
【出願人】(507302276)ユニヴェルシテ ポール セザンヌ デクス マルセイユ トルワ (3)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITE PAUL CEZANNE D’AIX MARSEILLE III
【Fターム(参考)】