説明

固体潤滑剤および摺動部材

摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に埋め込まれる固体潤滑剤であって、ポリエチレン樹脂5〜30体積%と炭化水素系ワックス20〜60体積%とメラミンシアヌレート10〜60体積%とから成る。斯かる固体潤滑剤は、高荷重条件下で鉛を含有する固体潤滑剤と同等もしくは同等以上の摺動特性を発揮する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、固体潤滑剤および摺動部材に関し、詳しくは、摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に埋め込まれる固体潤滑剤および摺動部材に関する。
【背景技術】
軸受などの摺動面に埋め込んで使用する固体潤滑剤は、摺動面に薄膜として形成されて摺動効果を発揮する。それ故、その被膜形成の巧拙が摩擦係数および被膜の寿命に大きな影響を及ぼす。この種の固体潤滑剤としては、層状構造を持つもの、特に、黒鉛を主成分とするものが挙げられる。黒鉛は、その層状構造に起因して荷重方向に対しては大きい抵抗力を示すけれども、すべり方向に対しては抵抗力が小さい。しかも、軟質で、常温から高温までの範囲で潤滑性能を保つことが出来るという特性を有する。
しかしながら、黒鉛を主成分とした固体潤滑剤は、被膜の形成能がやや不足すると共に、繰り返し摩擦に対するその被膜の寿命の点でも充分でない。そのため、高荷重用途には不向きである。
他方、高荷重用途に使用される固体潤滑剤としては、四ふっ化エチレン樹脂、インジウム、鉛、錫などの軟質金属、ワックスを配合した固体潤滑剤が挙げられる。特に、四ふっ化エチレン樹脂、鉛およびワックスを配合した固体潤滑剤が広く使用されている。この固体潤滑剤は、高荷重条件下の摩擦係数が極めて低く、また、被膜の形成能に優れ、該被膜の寿命も長く、更に、被膜の自己補修性にも優れている。
近年、材料開発の動向は、環境問題への配慮から鉛を含有しない方向に進んでいる。この開発動向は上記固体潤滑剤においても例外ではない。しかしながら、固体潤滑剤において、摺動特性を満足させる上で鉛は重要な構成成分である。特に、軸受などの摺動面に形成された孔または溝に埋め込んで高荷重条件下で使用する場合は、被膜形成能の点からも鉛は重要である。
例えば、鉛を含有しない摺動部材として、特開昭55−108427号公報には、メラミンとイソシアヌル酸との付加物を含有する樹脂を成形して成る摺動部材が記載されている。しかしながら、メラミンとイソシアヌル酸との付加物を含有する樹脂から成る摺動部材組成物を固体潤滑剤として使用した場合は、高荷重条件下における摩擦係数が十分とは言えない。このため、鉛を含有せずに高荷重条件下で充分な摺動特性を発揮する固体潤滑剤の提供が望まれている。
【発明の開示】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、高荷重条件下で鉛を含有する固体潤滑剤と同等もしくは同等以上の摺動特性を発揮し得る鉛を含有しない固体潤滑剤を提供することにある。
すなわち、本発明の第一の要旨は、ポリエチレン樹脂5〜30体積%と炭化水素系ワックス20〜60体積%とメラミンシアヌレート10〜60体積%とから成る固体潤滑剤に存する。
また、本発明の第二の要旨は、摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に、上記固体潤滑剤を埋め込んで成る摺動部材に存する。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明で使用するポリエチレン樹脂は、結合材としての作用を有する。ポリエチレン樹脂としては、高圧法低密度ポリエチレン(HPLD)、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)、超低密度ポリエチレン(VLDPE)、高密度ポリエチレン(HDPE)が挙げられる。
高圧法低密度ポリエチレン(HPLD)は、高圧法により製造されるエチレンの単独重合体で、エチル基などの短鎖分岐の他に長鎖分岐を含み、その密度は通常0.910〜0.940g/cmである。直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)は、中・低圧法により製造されるエチレンとこれ以外のα−オレフィン(プロピレン、ブテン−1、4−メチルペンテン−1、オクテン−1等)との共重合体で、その密度は通常0.900〜0.940g/cmである。このうち、密度が0.925〜0.940g/cmの共重合体は中密度ポリエチレン(MDPE)と称せられる。超低密度ポリエチレン(VLDPE)は、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)をさらに低密度化したもので、その密度は0.880〜0.910g/cmである。高密度ポリエチレン(HDPE)は、中・低圧法で製造されるエチレンの単独重合体で、その密度は通常0.940〜0.970g/cmである。
ポリエチレン樹脂の配合割合は、5〜30体積%、好ましくは10〜25体積%である。配合割合が5体積%未満の場合は、結合材としての作用を充分に発揮することが出来ず、30体積%を超えた場合は、炭化水素系ワックスやメラミンシアヌレートの配合割合が少なくなり、良好な摺動特性を得ることが困難となる。
本発明で使用する炭化水素系ワックスは、摩擦係数を低減する作用を有し、使用される炭化水素系ワックスとしては、パラフィンワックス、ポリエチレンワックス、マイクロクリスタリンワックスが挙げられる。これら炭化水素系ワックスは単独又は2種以上の混合物として使用される。
炭化水素系ワックスの配合割合は、20〜60体積%、好ましくは25〜45体積%である。配合割合が20体積%未満の場合は、所望の低摩擦特性が得られず、また、配合割合が60体積%を超えた場合は、成形性が悪くなると共に、成形体の強度が低下する。
本発明で使用するメラミンシアヌレートは、メラミンとシアヌル酸またはイソシアヌル酸との付加化合物であり、6員環構造のメラミン分子とシアヌル酸(イソシアヌル酸)分子が水素結合により平面状に配列し、その平面が弱い結合力で層状に重なり合っており、二硫化モリブデンやグラファイトの様な劈開性を有すると考えられている。このメラミンシアヌレートは、耐摩耗性、耐荷重性を向上させる作用を有し、その配合割合は、10〜60体積%、好ましくは20〜50体積%である。配合割合が10体積%未満の場合は、所望の耐摩耗性、耐荷重性の効果が得られず、60体積%を超えた場合は、摺動特性が損なわれる。
本発明の固体潤滑剤には、追加成分として、高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド、金属石けん、リン酸塩および/又は高分子量四ふっ化エチレン樹脂を加えてもよい。
高級脂肪酸としては、炭素数が12以上の飽和または不飽和脂肪酸が挙げられる。具体的には、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸、ベヘン酸、セロチン酸、モンタン酸、メリシン酸、ラウロレイン酸、ミリストレイン酸、オレイン酸、エライジン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、ガドレイン酸、エルカ酸などが挙げられる。
高級脂肪酸エステルは、上記高級脂肪酸と一価または多価アルコールとのエステルである。一価アルコールとしては、カプリルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、パルミチルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等が挙げられ、多価アルコールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、グリセリン、ペンタエリスリトール、ソルビタン等が挙げられる。高級脂肪酸エステルの具体例としては、ステアリルステアレート、ペンタエリスリトールテトラステアレート、ステアリン酸モノグリセリド、ベヘン酸モノグリセリド、モンタン酸ワックス等が挙げられる。
高級脂肪酸アミドは、上記高級脂肪酸と一価または多価アミンとのアミドである。一価または多価アミンとしては、カプリルアミン、ラウリルアミン、ミリスチルアミン、パルミチルアミン、ステアリルアミン、メチレンジアミン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン等が挙げられる。高級脂肪酸アミドの具体例としては、ステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、エルカ酸アミド等が挙げられる。
これら高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル及び高級脂肪酸アミドは、摩擦係数を低減させると共に成形性を向上させる作用を有し、単独又は2種以上の混合物として使用される。その配合割合は、通常1〜10体積%、好ましくは3〜10体積%である。配合割合が1体積%未満の場合は、所望の摩擦係数の低減、成形性の向上の効果が得られず、10体積%を超える場合は、成形性が悪化することがある。
金属石けんは、上記高級脂肪酸とアルカリ金属またはアルカリ土類金属との塩である。具体的には、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム等が挙げられる。これら金属石けんは、摩擦係数を低減させると共に熱安定性を向上させる作用を有し、その配合割合は、通常3〜20体積%、好ましくは5〜15体積%である。配合割合が3体積%未満の場合は、所望の摩擦係数の低減および熱安定性の向上の効果が得られず、20体積%を超えて配合した場合は、成形性が悪化することがある。
リン酸塩としては、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の第三リン酸塩、第二リン酸塩、ピロリン酸塩、亜リン酸塩又はメタリン酸塩が挙げられる。具体的には、リン酸三リチウム、リン酸水素二リチウム、ピロリン酸リチウム、リン酸三カルシウム、リン酸一水素カルシウム、ピロリン酸カルシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸マグネシウム、メタリン酸カルシウム等が挙げられる。
リン酸塩は、それ自体では潤滑性を示さないが、相手材との摺動において相手材表面への潤滑被膜の形成を助長するという効果を発揮する。これにより相手材表面に常に良好な潤滑被膜が形成保持され、良好な摺動特性が維持される。リン酸塩の配合割合は、通常3〜15体積%、好ましくは5〜10体積%である。配合割合が3体積%未満の場合は、所望の効果が発揮されず、15体積%を超える場合は、相手材への潤滑被膜の移着が過多になって、耐摩耗性が低下することがある。
上述の高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル及び高級脂肪酸アミドから選択される1種または2種以上と金属石けんとリン酸塩とを併用する場合は、その合計量は30体積%以下であることが好ましい。合計量が30体積%を超えると成形体の強度が不充分となることがある。
高分子量四ふっ化エチレン樹脂は、モールディングパウダーまたはファインパウダーとして主に成形用に使用され、且つ、剪断力を加えることにより繊維化する四ふっ化エチレン樹脂(以下「PTFE」と略称する。)である。この高分子量PTFEは、未焼成形態で、または、融点以上の温度で焼成した後、粉砕した形態で使用する。高分子量PTFEとして、具体的には、三井デュポンフロロケミカル社製の「テフロン(登録商標)7−J」、「テフロン(登録商標)7A−J」、「テフロン(登録商標)6−J」、「テフロン(登録商標)6C−J」など、ダイキン工業社製の「ポリフロンM−12(商品名)」、「ポリフロンF−201(商品名)」など、旭硝子社製の「フルオンG163(商品名)」、「フルオンG190(商品名)」、「フルオンCD076(商品名)」、「フルオンCD090(商品名)」など、喜多村社製の「KT−300M(商品名)」などが挙げられる。更に、上記以外に、例えば、スチレン系、アクリル酸エステル系、メタクリル酸エステル系、アクリロニトリル系重合体などで変性されたPTFEも使用できる。具体的には、三菱レイヨン社製の「メタブレンA−3000(商品名)」などが挙げられる。
高分子量PTFEは、固体潤滑剤の靭性を向上させる作用を有する。すなわち、固体潤滑剤を摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に埋め込んだ後に行う機械加工の際、または、摺動部材の使用時に、固体潤滑剤が摺動面から欠けるのを防止するのに効果的である。その配合割合は、通常0.5〜10体積%、好ましくは0.5〜5体積%である。配合割合が0.5体積%未満の場合は所望の効果を得ることが困難であり、10体積%を超える場合は、摺動特性および成形性の低下を招くことがある。
本発明の固体潤滑剤は、ヘンシェルミキサー、スーパーミキサー、ボールミル、タンブラー等の混合機によって上述の各成分の所定量を混合し、得られた混合物を成形して得られる。成形方法は、特に限定されないが、通常は、前記混合物を押出機に供給し、炭化水素系ワックスが溶融する温度で溶融混練してペレットを作製し、このペレットを射出成形機に供給して、結合材であるポリエチレン樹脂の軟化点以上の温度で成形する方法が採用される。
本発明の摺動部材は、金属材料等から成る摺動部材基体の摺動面に形成された孔や溝に、成形された固体潤滑剤を埋め込んで成る。当該固体潤滑剤は、例えば、接着剤を使用して孔や溝に固定される。
上述の様にして得られた固体潤滑剤は、高荷重条件下で鉛を含有する固体潤滑剤と同等もしくは同等以上の摺動特性を発揮する。
【実施例】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。実施例における摺動特性の測定は下記によった。
<摺動特性>
得られた固体潤滑剤を摺動面に形成された孔に埋め込んで摺動部材試験片とし、スラスト試験により摩擦係数および摩耗量を調べた。試験条件を表1に示す。

実施例1:
ポリエチレン樹脂として直鎖状低密度ポリエチレン(三井化学社製の「ウルトゼックス(商品名)」)28体積%、炭化水素系ワックスとしてパラフィンワックス21体積%とポリエチレンワックス21体積%及びメラミンシアヌレート(三菱化学社製の「MCA(商品名)」)30体積%をヘンシェルミキサーに導入して混合し、押出機を使用し、得られた混合物を炭化水素系ワックスが溶融する温度で溶融混練し、ペレットを得た。次いで、射出成形機にペレットを供給し、ポリエチレン樹脂の軟化点以上の温度で成形し、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。摺動特性を表2に示す。
実施例2〜20:
実施例1において、表2〜表8に示す様に組成を変更した以外は、実施例1と同様の方法により、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。摺動特性を表2〜表8に示す。
比較例1〜3:
実施例1において、表9に示す様に組成を変更した以外は、実施例1と同様の方法により、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。摺動特性を表9に示す。








表中、HDPEとしては三井化学社製「ハイゼックス(商品名)」を、HPLDとしては三井化学社製「ミラソン(商品名)」を、高分子量PTFEとしては喜多村社製「KT−300M(商品名)」を、低分子量PTFEとしては三井デュポンフロロケミカル社製の「TLP−10F(商品名)」を使用した。
以上の結果から明らかな様に、本発明の固体潤滑剤を摺動面に埋め込んで成る摺動部材は、優れた摺動特性を示し、比較例3に示す従来の鉛を含有する固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材と同等もしくは同等以上の性能を示す。他方、メラミンシアヌレートを含有しない比較例1の固体潤滑剤を摺動面に埋め込んだ摺動部材は、摩擦係数が高く、摩耗量も多く、摺動特性に劣り、また、炭化水素系ワックスを含まない比較例2の固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材は、スラスト試験の途中で摩擦係数が0.2を超えたため試験を中止した。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、高荷重条件下で鉛を含有する固体潤滑剤と同等もしくは同等以上の摺動特性を発揮する鉛を含有しない固体潤滑剤および摺動部材を提供することが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に埋め込まれる固体潤滑剤であって、ポリエチレン樹脂5〜30体積%と炭化水素系ワックス20〜60体積%とメラミンシアヌレート10〜60体積%とから成ることを特徴とする固体潤滑剤。
【請求項2】
炭化水素系ワックスが、パラフィンワックス、ポリエチレンワックス及びマイクロクリスタリンワックスから選択される1種または2種以上である請求項1に記載の固体潤滑剤。
【請求項3】
追加成分として、高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル及び高級脂肪酸アミドから選択される1種または2種以上を1〜10体積%含有する請求項1または2に記載の固体潤滑剤。
【請求項4】
追加成分として、金属石けんを3〜20体積%含有する請求項1〜3の何れかに記載の固体潤滑剤。
【請求項5】
追加成分として、リン酸塩を3〜15体積%含有する請求項1〜4の何れかに記載の固体潤滑剤。
【請求項6】
追加成分として、高分子量四ふっ化エチレン樹脂を0.5〜10体積%含有する請求項1〜5の何れかに記載の固体潤滑剤。
【請求項7】
摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に、請求項1〜6の何れかに記載の固体潤滑剤を埋め込んで成る摺動部材。

【国際公開番号】WO2004/046285
【国際公開日】平成16年6月3日(2004.6.3)
【発行日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−553214(P2004−553214)
【国際出願番号】PCT/JP2003/014801
【国際出願日】平成15年11月20日(2003.11.20)
【出願人】(000103644)オイレス工業株式会社 (384)
【Fターム(参考)】