説明

土壌・地下水の浄化方法

【課題】 浄化対象となる土壌または地下水に、デハロコッコイデス属に属する塩素化エチレン分解菌を注入してバイオオーグメンテーションによる浄化を行う場合に、注入したデハロコッコイデス属細菌の増殖速度を大きくし、これにより高速で塩素化エチレンを分解し、短時間で効率よく浄化を行う方法を得る。
【解決手段】 塩素化エチレンで汚染された土壌または地下水のデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化方法であって、前記土壌または地下水に予め栄養剤を添加した後、土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した後に、デハロコッコイデス属細菌を注入して土壌・地下水の浄化を行う方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩素化エチレン等の有害物質で汚染された土壌または地下水の浄化方法に関し、特にデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーション(Bio-augmentation:生物増強法)により、塩素化エチレンを分解する浄化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
塩素化エチレン等の有害物質で汚染された土壌または地下水を原位置で浄化する方法として、汚染物質に対する分解活性を有する生物を利用して浄化する方法、すなわちバイオメディエーション(Bio-mediation:生物修復法)がある。このようなバイオメディエーションには、浄化対象となる土壌または地下水に生息する生物を利用して浄化する方法と、外部から植種する生物を利用して浄化する方法とがある。このうち浄化対象となる土壌または地下水に生息する生物を利用して浄化する方法において、栄養剤を注入して生物を刺激する方法として、バイオスティミュレーション(Bio-stimulation:生物刺激法)があるが、土壌または地下水に、汚染物質に対する分解活性を有する生物が生息しない場合には適用できない。
【0003】
外部から分解活性を有する生物を植種する方法は、バイオオーグメンテーション(Bio-augmentation:生物増強法)と称され、土壌または地下水に、汚染物質に対する分解活性を有する生物が生息しない場合に適用されることが多いが、分解活性を有する生物が生息する場合でも、その量が少ない場合には、同種あるいは別の生物を植種して分解活性を高め、浄化することが行われる。どちらの場合も栄養剤を注入して生物を増殖させ、分解効率を高めることが行われる。
【0004】
これらの方法で浄化される汚染物質の塩素化エチレンとしては、テトラクロロエチレン(PCE)、トリクロロエチレン(TCE)、シス−1,2−ジクロロエチレン(cis−DCE)、トランス−1,2−ジクロロエチレン(trans−DCE)、1,1−ジクロロエチレン(1,1−DCE)、塩化ビニル(VC)およびこれらの脱塩素化中間体などがあげられている。
【0005】
デハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化方法については、特許文献1(特開2005−254084号)に、過去に行なった、現場地下水中のデハロコッコイデス属その他の細菌の量の測定結果と実際に要した浄化期間の関係を示す近似式を求めて、浄化期間を推定する方法が提案されており、その実施形態として、デハロコッコイデス属細菌と栄養剤を添加する方法が記載されている。この方法ではデハロコッコイデス属細菌と栄養剤を同時に添加しており、塩素化エチレンの分解に長時間を要している。また特許文献1ではデハロコッコイデス属の細菌によるcis−DCEについては示されているが、塩化ビニル(VC)をさらにエチレンに分解することは確認されていない。
【0006】
特許文献2(特開2002−355055号)には、デハロコッコイデス属に属する塩素化エチレン分解細菌の検出方法、および検出された塩素化エチレン分解細菌による塩素化エチレンの分解方法が示されている。その塩素化エチレンの分解方法としては、浄化対象となる土壌または地下水で検出した塩素化エチレン分解細菌を利用してトリクロロエチレン等の塩素化エチレンを分解する方法、ならびに他の方法として、検出した塩素化エチレン分解細菌を培養し、塩素化エチレン分解細菌の検出されない汚染土壌または地下水に、栄養剤とともに注入して塩素化エチレンを分解する方法、特に塩化ビニルをエチレンにまで分解する方法におけるバイオオーグメンテーションも記載されている。しかしこの方
法ではデハロコッコイデス属細菌と栄養剤を同時に添加しているため、塩素化エチレンの分解に長時間を要している。
【0007】
またデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化方法については、非特許文献1〜3に示すように、海外にて数件報告事例がある。上記非特許文献では、いずれも浄化対象となる土壌または地下水に、栄養剤を添加した後にデハロコッコイデス属細菌を含む培養液を添加して浄化しているが、栄養剤注入してから菌注入までの期間は、非特許文献1で約9か月間、非特許文献2で約3か月間、非特許文献3で約1か月間と一定しておらず、また具体的な指標も示されていない。
【0008】
上記バイオオーグメンテーションによる浄化方法においては、植種する生物の種類によって環境に大きく影響され、浄化対象となる土壌または地下水に含まれる塩素化エチレンの種類によって、増殖速度が左右される。デハロコッコイデス属細菌は広範囲の塩素化エチレンを分解することが知られているが、塩化ビニルをエチレンに分解する活性を有するデハロコッコイデス属細菌は、テトラクロロエチレン(PCE)やトリクロロエチレン(TCE)中では増殖速度が小さく、逆にシス−1,2−ジクロロエチレン(cis−DCE)中では増殖速度が大きいので、バイオオーグメンテーションとしては、このような増殖速度に対応した環境を形成することが求められる。
【0009】
このため従来のバイオオーグメンテーションによる浄化方法では、テトラクロロエチレンまたはトリクロロエチレンで汚染された土壌または地下水を、デハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化を行うに際し、栄養剤を添加した後デハロコッコイデス属細菌を添加して浄化することが行われているが、栄養剤添加後のデハロコッコイデス属細菌の注入時期を決定づける指標が無く、効率の良い処理を行うことができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005−254084号
【特許文献2】特開2002−355055号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Ellisら、2000、Bioaugmentation for accelerated in situ anaerobic bioremediation. Environ. Sci. Technol. 34, 2254-2260.
【非特許文献2】Maiorら、2002、Field demonstration of successful bioaugmentation to achieve dechlorination of tetrachloroethene to ethane. Environ. Sci. Technol. 36, 5106-5116.
【非特許文献3】Lendvayら、2003、Bioreactive barriers: a comparison of bioaugmentation and biostimulation for chlorinated solvent remediation. Environ. Sci. Technol. 37, 1422-1431.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、前記のような従来の問題点を解決するため、浄化対象となる土壌または地下水に、デハロコッコイデス属に属する塩素化エチレン分解菌を注入してバイオオーグメンテーションによる浄化を行う場合に、注入したデハロコッコイデス属細菌の増殖速度を大きくし、これにより高速で塩素化エチレンを分解し、短時間で効率よく浄化を行うことができる土壌・地下水の浄化方法を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は次の土壌・地下水の浄化方法である。
(1) 塩素化エチレンで汚染された土壌または地下水のデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化方法であって、
前記土壌または地下水に予め栄養剤を添加した後、
土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した後に、デハロコッコイデス属細菌を注入することを特徴とする土壌・地下水の浄化方法。
(2) デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度は、注入したデハロコッコイデス属細菌の増殖量が、地下水流によるデハロコッコイデス属細菌の損失量を超える増殖を可能にするシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度である上記(1)記載の方法。
(3) デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度が、事前に対象土壌または地下水を用いた分解試験と対象土壌中の地下水流速の測定を行い、その結果に基づきデハロコッコイデス属細菌が増殖を維持し得ると試算されたシス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値以上の濃度である上記(1)または(2)記載の方法。
(4) シス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値の試算が、分解試験と地下水流速の測定に基づき、下記式〔1〕および式〔2〕を解くことにより行われる上記(3)記載の方法。
d[DCE]/dt=([DCE]−[DCE])/V×Q−Mud/Y×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])・・・〔1〕
d[DHC]/dt=Mud×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])−[DHC]/V×Q・・・・・〔2〕
(式〔1〕および〔2〕中、[DCE]は変数で、cis−DCE濃度(mg/L)を示す。[DCE]はDHC菌注入前のcis−DCE初濃度(mg/L)を示す。Vは処理対象エリアの地下水容量(m)を示す。Qは処理対象エリアに流入する地下水流量(m/day)を示す。MudはDHC菌の比増殖速度(1/day)を示す。YはDHC菌の収率(cells/mg)を示す。[DHC]は変数で、DHC菌濃度(cells/L)を示す。Ksは半飽和定数(mg/L)を示す。)
(5) 栄養剤がクエン酸、乳酸、プロピオン酸、酪酸、ショ糖およびこれらの塩から選ばれる1種以上の栄養剤を含有し、かつ密度1.05g/mL以上に調整された処理剤である上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の方法。
(6) 浄化対象となる土壌または地下水が、テトラクロロエチレンおよび/またはトリクロロエチレンを高濃度で含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い土壌または地下水である上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の方法。
(7) デハロコッコイデス属細菌が、塩化ビニルをエチレンに分解する活性を有するデハロコッコイデス属細菌である上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の方法。
【0014】
本発明において、処理対象となる土壌または地下水は、塩素化エチレン等の有害物質で汚染された土壌または地下水である。汚染物質としての塩素化エチレンには、テトラクロロエチレン(PCE)、トリクロロエチレン(TCE)、シス−1,2−ジクロロエチレン(cis−DCE)、トランス−1,2−ジクロロエチレン(trans−DCE)、1,1−ジクロロエチレン(1,1−DCE)、塩化ビニル(VC)およびこれらの脱塩素化中間体などが含まれるが、本発明では特にテトラクロロエチレンおよび/またはトリクロロエチレンを高濃度で、例えば主成分として含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い、特に増殖維持濃度より低い土壌または地下水が処理対象として適している。
【0015】
本発明においてこのような塩素化エチレンの分解に用いられる生物は、塩素化エチレン分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌であるが、特に塩化ビニル(VC)を単独でエチレンに分解する活性を有するデハロコッコイデス属細菌が好ましい。このような塩化ビニルの分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌は、前記特許文献2(特開2002−355055号)、特にその実施例に記載されている。このようなデハロコッコイデス
属細菌を本発明において用いる場合、デハロコッコイデス属細菌を単独で、あるいは他の細菌とともに培養した培養液を用い、土壌または地下水に注入するのが好ましい。土壌または地下水に注入する培養液中のデハロコッコイデス属細菌の濃度は、10〜1012cell/L程度が好ましく、このような培養液を地下水中に、10〜10cell/L程度の濃度となるように注入することができる。
【0016】
このような塩素化エチレン分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌は、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを高濃度で含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い土壌または地下水では増殖はするが、増殖速度は小さい。これに対しシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が高い土壌または地下水では、増殖速度が高い。デハロコッコイデス属細菌の増殖速度はシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度に比例するので、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が高い状態で、デハロコッコイデス属細菌を注入すると、その増殖速度が大きくなり、浄化効率が良くなる。
【0017】
本発明では、土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した状態で、デハロコッコイデス属細菌を注入してバイオオーグメンテーションによる浄化を行うが、シス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値を、分解試験と地下水流速の測定に基づき試算するために、前記式〔1〕および式〔2〕を準備する。式〔1〕は、微生物の増殖速度をモデル化するモノー式から、上記シス−1,2−ジクロロエチレンの分解反応を数式化するように導いた式である。また式〔2〕は、処理対象地域が完全混合のリアクターに近似するように、シス−1,2−ジクロロエチレンとデハロコッコイデス属細菌の物質収支を表わした式である。
【0018】
本発明で採用するバイオオーグメンテーション(Bio-augmentation:生物増強法)は、外部から塩素化エチレン、特に塩化ビニルに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌を植種して増強し、汚染物質を分解する方法である。この方法は浄化対象となる土壌または地下水に、塩素化エチレンに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌が生息しない土壌または地下水に、上記分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌を植種する場合のほかに、塩素化エチレンに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌が生息する場合でも、その生息数が少ない土壌または地下水に、分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌をさらに植種する場合、あるいは別の、特に塩化ビニルに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌をさらに植種する場合などもある。
【0019】
前述の通り、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを高濃度で含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い土壌または地下水では、本発明で用いる塩素化エチレン分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌(以下、DHC菌という場合がある。)は増殖はするが、増殖速度は小さい。このため土壌または地下水にDHC菌と栄養剤を同時に添加すると、DHC菌は増殖速度が小さい状態で、上流から流れてくる地下水によって希釈されて下流に流出し、注入地点においては希釈されて低濃度になり、増殖を維持できなくなる。
【0020】
ところがテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンは、嫌気状態において土着の一般的な嫌気微生物によるテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンの還元的脱塩素化反応により分解され、シス−1,2−ジクロロエチレン(以下、cis−DCEという場合がある。)が生成し、cis−DCEの濃度が高くなる。このようなcis−DCEの濃度が高い土壌または地下水では、本発明で用いる塩素化エチレン分解活性を有するDHC菌は、還元性雰囲気においては、その増殖速度が大きくなり、効率の良い浄化を行うことができる。
【0021】
このため本発明では、浄化対象となる土壌または地下水に予め栄養剤を添加し、嫌気状態に保つことにより、土着の一般的な嫌気微生物の還元的脱塩素化反応により、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを分解して、cis−DCEを生成させ、還元性雰囲気にする。これにより土壌または地下水のORPが−100mV以下となり、cis−DCEの濃度が高くなり、DHC菌の増殖維持濃度に増加した後にDHC菌を注入して土壌または地下水の浄化を行う。
【0022】
栄養剤としては、土着の一般的な嫌気微生物による還元的脱塩素化反応によりテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを分解して、cis−DCEを生成させるものであればよく、その組成、濃度等は限定されず、公知のものが使用できる。好ましい栄養剤としては、クエン酸、乳酸、プロピオン酸、酪酸、ショ糖およびこれらの塩から選ばれる1種以上の栄養剤を含有し、かつ密度1.05g/mL以上、好ましくは1.2〜1.3mg/mLに調整された処理剤がある。このような栄養剤の注入量としては、地下水当たり0.1〜10g/L、好ましくは0.5〜5g/Lの範囲となるように添加する。また栄養剤の注入頻度としては、1〜6か月、好ましくは3〜4か月間隔で繰り返し添加することができる。
【0023】
前述のように、DHC菌の増殖速度はcis−DCE濃度に比例するため、cis−DCE濃度が低い時点でDHC菌を注入すると、DHC菌の増殖は遅く、前述の通り土中に注入されたDHC菌は、上流から流れてくる地下水によって下流に流されて希釈され、DHC菌の増殖速度は低くなる。このため注入したDHC菌を浄化対象となるエリアにおいて速やかに増殖させるためには、DHC菌注入時におけるcis−DCE濃度は、DHC菌の増殖維持濃度に増加していることが必要である。このDHC菌の増殖維持濃度は、DHC菌の増殖量が地下水流れによる希釈流出量よりも大きくなるcis−DCE濃度の濃度である。
【0024】
このような増殖維持濃度は、事前に対象地下水を用いた分解試験と対象土壌中の地下水流速の測定を行い、その結果に基づき地下水流れによる希釈流出量<DHC菌の増殖量となるcis−DCE濃度の下限値を、前記式〔1〕および式〔2〕を解くことにより試算したうえで、対象地下水のcis−DCE濃度をモニタリングし、そのcis−DCE濃度が上記cis−DCE濃度の下限値以上であることを確認した後に、DHC菌を注入する。この時、一度の栄養剤添加でcis−DCE濃度が十分でなければ、複数回栄養剤を添加してもよい。
【0025】
このように栄養剤添加後、土中のORPと基質(cis−DCE)濃度がDHC菌の生育に適した条件であることを確認したうえで、DHC菌を注入することにより、注入後DHC菌が速やかに増殖し、より高い効果を発揮することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、塩素化エチレンで汚染された土壌または地下水に予め栄養剤を添加した後、土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した後に、デハロコッコイデス属細菌を注入することにより、注入したデハロコッコイデス属細菌の増殖速度を大きくし、これにより高速で塩素化エチレンを分解し、短時間で効率よく土壌または地下水の浄化を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例2の実汚染地下水を用いたcis−DCE濃度下限値の試算における実測値と計算値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明では、塩素化エチレンで汚染された土壌または地下水に予め栄養剤を添加した後、土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつcis−DCEの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した後に、デハロコッコイデス属細菌を注入して土壌・地下水の浄化を行う。このとき上記cis−DCE濃度下限値の試算は分解試験と地下水流速の測定に基づき、下記式〔1〕および式〔2〕を解くことにより行うが、その試算方法は以下の通りである。
【0029】
cis−DCEの上流から下流への移動と分解に伴う濃度変化は、簡易的に式〔1〕で表わせる。
d[DCE]/dt=([DCE]−[DCE])/V×Q−Mud/Y×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])・・・〔1〕
【0030】
この時、DHC菌の上流から下流への移動と増殖に伴う濃度変化は、簡易的に式〔2〕で表わせる。
d[DHC]/dt=Mud×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])−[DHC]/V×Q・・・・・〔2〕
【0031】
式〔1〕および〔2〕中、[DCE]は変数で、cis−DCE濃度(mg/L)を示す。
[DCE]はDHC菌注入前のcis−DCE初濃度(mg/L)を示す。
Vは処理対象エリアの地下水容量(m)を示す。Qは処理対象エリアに流入する地下水流量(m/day)を示す。
MudはDHC菌の比増殖速度(1/day)を示す。
YはDHC菌の収率(cells/mg)を示す。
[DHC]は変数で、DHC菌濃度(cells/L)を示す。
Ksは半飽和定数(mg/L)を示す。
【0032】
地下水流れによる希釈流出量<DHC菌の増殖量となるcis−DCE濃度の下限値は、以下の要領で試算できる。
【0033】
(i) 処理対象の現場地下水100mLを採取し、155mLの密閉瓶に入れた後、cis−DCE(0.1〜10mg/Lの範囲)、栄養剤およびDHC菌を添加し、20℃で分解試験を行う。式〔1〕および式〔2〕を用いて、cis−DCEの分解データを基にカーブフィッティングを行い、MudとYとKsを求める。このとき、地下水流れはないため式〔1〕の第一項と式〔2〕の第二項は削除する。
【0034】
(ii) 処理対象エリアを設定してVを決め、現場の地下水流速を測定してQを求める。
【0035】
(iii) 任意のDHC菌注入濃度を設定し、上記(i)および(ii)において得られた定数を用いて式〔1〕および式〔2〕を解くことにより、異なるcis−DCE初濃度についてDHC菌の濃度変化を求める。本計算結果に基づいて、注入後に地下水流れによる希釈流出量<DHC菌の増殖量となるcis−DCE濃度の下限値を求めることができる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明の実施例について説明する。各例中、%は特に表示しない限り重量%である。
【0037】
〔実施例1〕:
〔ORPの影響〕;
トリクロロエチレン(TCE)、cis−DCE、および塩化ビニルモノマー(VC)で汚染されている地下水100mlを125ml容積のバイアル瓶に入れ、クエン酸塩が10、50、500mg/Lとなるように添加した後ブチルゴム栓で密封し、アルミニウムキャップでシールした。このバイアル瓶を30℃で静置し、10日後にバイアル瓶中の地下水のORPを測定した。この後、DHC菌を含む培養液を1mL添加して、気相のガスを採取し、GC−FID法によりTCE、cis−1,2−DCE、VC、エチレンを測定した。
【0038】
結果を表1に示す。検体1における10日後のORPは50mVであり、DHC菌を含む培養液を添加してもTCEの分解がほとんど進まなかったのに対し、検体2および検体3における10日後のORPは、それぞれ−100mV、−300mVとなり、培養液添加後はTCEが低下し、最終生成物であるエチレンの増加が確認された。
本結果から、地下水中のORPが−100mV以下となった時点でDHC菌を注入することにより、比較的短期間でTCEを分解できることが分かった。
【0039】
【表1】

【0040】
〔実施例2〕:
本発明におけるcis−DCE濃度の下限値の試算方法の妥当性を確かめるため、次の(1)実汚染地下水を用いたcis−DCE濃度下限値の試算、ならびに(2)実汚染土壌および地下水を用いた評価試験を行った。
【0041】
(1)〔実汚染地下水を用いたcis−DCE濃度下限値の試算〕;
(i) 処理対象の実汚染地下水100mLを採取し、155mLの密閉瓶に入れた後、10mg/L相当のcis−DCE、栄養剤およびDHC菌を添加し、20℃で分解試験を行った。次に、式〔1〕および式〔2〕を用いて、cis−DCEの分解データを基にカーブフィッティングを行った。その結果、図1に示したように実測値と計算値は良く一致し、この時Mud=0.7(1/d)、Y=2.6×10cells/mg、Ks=0.1mg/Lであった。
【0042】
(ii) 現場地下水の処理エリアを幅1m×奥行き1m×深さ10mに設定し、間隙率は0.3であったためVは3mと求められた。また地下水流速の測定結果は43.2cm/dayであり、エリア断面積10mより、Qは1.3m/dayと求められた。
【0043】
(iii) 上記(i)および(ii)において得られた定数を用いて式〔1〕および式〔2〕を解くことにより、cis−DCE初濃度0.1、0.3、1.0mg/Lの3条件における、2週間後のDHC菌濃度変化を計算した。なお、DHC菌の注入濃度1.0E+07c
ells/Lとした。その結果、表2に示したように、2週間後のDHC菌濃度はそれぞれ5.8E+06、2.0E+07、4.3E+07cells/Lとなった。
本結果から、注入後に地下水流れによる希釈流出量<DHC菌の増殖量となるcis−DCE濃度の下限値は0.3mg/Lと試算された。
【0044】
【表2】

【0045】
(2)〔実汚染土壌および地下水を用いたカラム試験〕;
本発明におけるcis−DCE濃度下限値の試算結果の妥当性を確かめるため、実施例2と同現場の実汚染土壌および地下水を用いた評価試験を行った。約140mL容のガラス製カラム(φ3cm、長さ20cm)に実汚染土壌180gを入れ、500mg/Lのクエン酸塩を添加した実汚染地下水を通水した。なお、試験は20℃で行い、カラム内液量は44mLであるため、通水量は(1)のQ/V比に合わせて12mL/dayとした。同様の汚染土壌カラムを3系列用意し、それぞれcis−DCEの異なる地下水(約10L)をテドラーバックに密閉し、1週間通水後、通水を一且停止し、土壌カラム内地下水中のDHC菌濃度が1.0E+07cells/Lとなるよう、DHC菌を含む培養液を植菌してから、通水を再開した。
【0046】
通水再開直後において、カラム出口液中のcis−DCE濃度を測定した結果、それぞれ0.09mg/L、0.32mg/L、0.56mg/Lであったため、順にカラム1、カラム2、カラム3とした。
以降は、1週間後、2週間後、1か月後にカラム出口液を採取し、カラム出口液中のcis−DCE濃度およびDHC菌濃度を測定した。
【0047】
カラム出口液中のDHC菌濃度変化を表3に、cis−DCE濃度測定結果から得られたカラム前後におけるcis−DCE分解率(%)の推移を表4に示す。カラム1においてDHC菌濃度は緩やかに減少し、1か月後におけるcis−DCE分解率は6%程度であったのに対し、カラム2およびカラム3では、共にDHC菌濃度が増加し、1か月後におけるcis−DCE分解率はそれぞれ約75および87%にまで到達していることが確認された。
本結果から、事前に試算したcis−DCE濃度下限値を超える地下水にDHC菌を注入することで、塩素化エチレンで汚染された土壌および地下水を効率的に処理できることが確認された。
【0048】
【表3】

【0049】
【表4】

【0050】
テトラクロロエチレンおよび/またはトリクロロエチレンで汚染された土壌および/または地下水のデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化方法に関し、栄養剤を添加した後、デハロコッコイデス属細菌の注入時期を決定づける指標が無かったが、本法により、注入後、デハロコッコイデス属細菌が速やかに定着・増殖し、より高い効果を発揮することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、塩素化エチレン等の有害物質で汚染された土壌または地下水の浄化方法、特にデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションにより、塩素化エチレンを分解する浄化方法に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩素化エチレンで汚染された土壌または地下水のデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化方法であって、
前記土壌または地下水に予め栄養剤を添加した後、
土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した後に、デハロコッコイデス属細菌を注入することを特徴とする土壌・地下水の浄化方法。
【請求項2】
デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度は、注入したデハロコッコイデス属細菌の増殖量が、地下水流によるデハロコッコイデス属細菌の損失量を超える増殖を可能にするシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度である請求項1記載の方法。
【請求項3】
デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度が、事前に対象土壌または地下水を用いた分解試験と対象土壌中の地下水流速の測定を行い、その結果に基づきデハロコッコイデス属細菌が増殖を維持し得ると試算されたシス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値以上の濃度である請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
シス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値の試算が、分解試験と地下水流速の測定に基づき、下記式〔1〕および式〔2〕を解くことにより行われる請求項3記載の方法。
d[DCE]/dt=([DCE]−[DCE])/V×Q−Mud/Y×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])・・・〔1〕
d[DHC]/dt=Mud×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])−[DHC]/V×Q・・・・・〔2〕
(式〔1〕および〔2〕中、[DCE]は変数で、cis−DCE濃度(mg/L)を示す。[DCE]はDHC菌注入前のcis−DCE初濃度(mg/L)を示す。Vは処理対象エリアの地下水容量(m)を示す。Qは処理対象エリアに流入する地下水流量(m/day)を示す。MudはDHC菌の比増殖速度(1/day)を示す。YはDHC菌の収率(cells/mg)を示す。[DHC]は変数で、DHC菌濃度(cells/L)を示す。Ksは半飽和定数(mg/L)を示す。)
【請求項5】
栄養剤がクエン酸、乳酸、プロピオン酸、酪酸、ショ糖およびこれらの塩から選ばれる1種以上の栄養剤を含有し、かつ密度1.05g/mL以上に調整された処理剤である請求項1ないし4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
浄化対象となる土壌または地下水が、テトラクロロエチレンおよび/またはトリクロロエチレンを高濃度で含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い土壌または地下水である請求項1ないし5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
デハロコッコイデス属細菌が、塩化ビニルをエチレンに分解する活性を有するデハロコッコイデス属細菌である請求項1ないし6のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−86191(P2012−86191A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−236789(P2010−236789)
【出願日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】