説明

圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末およびその製造方法並びに圧粉磁心

【課題】圧粉磁心用の鉄基粉末中の介在物の量を特定することによって、鉄基粉末自体の保磁力を小さくし、しかも圧粉磁心を形成したときに圧粉磁心の保磁力を小さくすることのできる圧粉磁心用の鉄基軟磁性粉末を提供する。
【解決手段】圧粉磁心用の鉄基軟磁性粉末であって、前記鉄基軟磁性粉末粒子断面を走査型電子顕微鏡で観察したとき、円相当直径:0.1〜3μmの介在物個数が1×104個/mm2以下であり、且つ円相当直径:3μm超の介在物個数が10個/mm2以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄粉や鉄基合金粉末(以下、これらを総称して鉄基粉末と呼ぶことがある)等の鉄基軟磁性粉末を圧粉成形し、電磁気部品用の圧粉磁心を製造する際に用いる圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末、およびその製造方法、並びに圧粉磁心等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
交流で使用される電磁気部品(例えば、モータなど)の磁心(コア材)には、従来、電磁軟鉄やケイ素鋼板等の電気鉄板(電磁鋼板)を積層したものが用いられていたが、近年は、軟磁性の鉄基粉末を圧粉成形し、これを歪取り焼鈍して製造される圧粉磁心が利用されるようになってきた。鉄基粉末を圧粉成形することで、形状の自由度が高くなり、三次元形状の磁心でも容易に製造できる。そのため、電磁鋼板を積層したものを用いたものと比べて小型化や軽量化が可能になる。
【0003】
ところが鉄基粉末を圧粉成形して製造される圧粉磁心は、電磁鋼板を積層した積層磁心と比較すると、例えば1kHz以上の高周波帯域では低鉄損であるが、一般にモータが動作している駆動条件下[例えば、駆動周波数が数10Hz〜1kHzで、磁束密度が1T(テスラ)以上]では、積層磁心と較べて鉄損が大きくなる傾向がある。この鉄損[即ち、磁気変換時のエネルギー損失]は、材料内磁束変化が緩和現象(磁気共鳴など)を伴わない領域であれば、ヒステリシス損と渦電流損の和で表されることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
このうちヒステリシス損は、B−H(磁束密度−磁場)カーブの面積に相当すると考えられている。このB−Hカーブの形に影響を与え、ヒステリシス損を支配する因子としては、圧粉磁心の保磁力(B−Hカーブのループ幅)や最大磁束密度などが挙げられる。つまりヒステリシス損は保磁力に比例するため、ヒステリシス損を低減するには、保磁力を小さくすればよい。
【0005】
これに対し、渦電流損は、磁場変化に対する電磁誘導で発生する起電力に伴う誘導電流のジュール損失である。この渦電流損は、磁場変化速度、つまり周波数の2乗に比例すると考えられており、圧粉磁心の電気抵抗が小さいほど、また渦電流の流れる範囲が大きいほど渦電流損は大きくなる。この渦電流は、個々の鉄基粉末粒子内に流れる粒子内渦電流と、鉄基粉末粒子間にまたがって流れる粒子間渦電流に大別される。そのため個々の鉄基粉末の電気的な絶縁が完全であれば、粒子間渦電流は発生しないため、粒子内渦電流のみとなり、渦電流損を低減できる。
【0006】
ところで鉄損は、一般にモータが動作している低周波数帯(例えば、数10Hz〜1kHz)においては、渦電流損よりもヒステリシス損の方が支配的であるため、ヒステリシス損を低減することが求められている。圧粉磁心は、通常、圧粉成形後に歪取り焼鈍することで、圧粉成形時に導入された歪みが解放され、鉄損、特にヒステリシス損が低減される。しかし歪取り焼鈍によるヒステリシス損低減効果には限界があるため、ヒステリシス損を低減するために更なる工夫が必要とされている。
【0007】
圧粉磁心のヒステリシス損を更に低減する技術として、前記非特許文献1では、高純度化と粒子内歪み低減による磁性粉末の低保磁力化を目指した技術が開示されている。また、この非特許文献1には、絶縁皮膜改良による圧粉成形体の高密度化、高電気抵抗化、耐熱性向上に着目し、特性を改善することも開示されている。しかしながらこの技術では、鉄基粉末中の不純物の形態については何ら考慮されておらず、また鉄基粉末に不可避的に含まれる不純物量を低減し、高純度化した鉄基粉末を用いる必要があるため、一般に市販されている鉄基粉末を使用することができず、汎用性がない。
【0008】
鉄基粉末中の不純物の形態、つまり介在物・析出物の制御技術として、例えば特許文献1には、析出物の組成と大きさを制御し、析出物の粗大化による磁気特性の向上技術が開示されている。すなわち、Nb,Ta,Ti,ZrおよびVよりなる群から選択される少なくとも1種と酸素を主成分とする平均粒径が0.02μm以上、0.5μm以下の粒子を析出させることにより、O,C,N等のガス不純物をFe粉末の母相から取り出して清浄化し、磁気特性の向上を図っている。しかしながらこの技術は、磁気特性を悪化させる析出物・介在物を生成させる技術であるため、磁気特性の向上に限界がある。
【0009】
特許文献2では、純鉄の化学成分組成と非金属介在物の面積率を規定することで、直流磁化条件で使用される磁気特性の改善技術が提案されている。この技術では、JIS−G0555に規定されている非金属介在物の面積率を(dA+dB+dC)≦0.1%に規定するものであるが、介在物の面積率を制御するのみで介在物粒子の大きさの影響については述べられておらず、鉄損低減のためには不十分である。また、直流磁化条件で使用されることを想定したものであり、交流磁化条件で使用される圧粉磁心にはそのまま適用できないものである。
【0010】
一方、特許文献3では、鉄粉末中の不純物量と、結晶粒数、硬さ等を制御することによる磁気特性改善技術が提案されている。また、この技術では、大きさが50nm以上のSiを含む介在物を、Siを含む介在物全個数に対する個数比率で70%以上とすることによって、磁気特性が改善されることが開示されている。この技術では、介在物の大きさと組成制御によって特性を改善するものであるが、介在物が存在する以上、特性改善には限界があり、更に介在物が多い場合には、磁気特性の改善効果が得られないことが推察される。
【0011】
特許文献4では、アニールされた鉄粉末の不純物含有量、酸素含有量、およびBET法で測定した比表面積等を規定することによって、圧粉磁心の鉄損低減を図る技術が開示されている。この技術は、鉄粉の酸素含有量を低減するためのアニール処理を提案するものであるが、介在物については何ら考慮されておらず、介在物の影響によって磁気特性の改善効果が得られないことが推察される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「SEIテクニカルレビュー第166号」、住友電気工業発行、2005年3月、P.1〜6
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2010−10673号公報
【特許文献2】特開平1−139739号公報
【特許文献3】特開2007−92162号公報
【特許文献4】特表2007−505216号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、この様な状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、圧粉磁心用の鉄基粉末中の介在物の量を特定することによって、鉄基粉末自体の保磁力を小さくし、しかも圧粉磁心を形成したときに圧粉磁心の保磁力を小さくすることのできる圧粉磁心用の鉄基粉末(鉄基軟磁性粉末)を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記のような圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末を製造するための有用な方法を提供することにある。更に、本発明の他の目的は、鉄損の低い圧粉磁心を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決することのできた本発明に係る圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末とは、圧粉磁心用の鉄基軟磁性粉末であって、前記鉄基軟磁性粉末の粒子断面を走査型電子顕微鏡で観察したとき、円相当直径:0.1〜3μmの介在物個数が1×104個/mm2以下であり、且つ円相当直径:3μm超の介在物個数が10個/mm2以下である点に要旨を有する。この圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末では、表面に絶縁皮膜が形成されているものであることが好ましい。なお、「円相当直径」とは、測定対象とする介在物について、投影面積に等しい円を描いたときの円の直径を意味する。
【0016】
上記のような圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末を製造するに当たっては、原料粉末を水素含有雰囲気下、1100℃以上で、下記(1)式を満足する温度・時間条件での熱処理を施すようにすれば良い。また、本発明には、上記圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末を用いてなる圧粉磁心も包含される。
熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))≧2400 …(1)
熱処理温度:1100℃以上であって粉末を保持する温度(K)
熱処理時間:上記熱処理温度で粉末を保持する時間(分)
尚、1100℃以上の保持温度を複数持つような多段熱処理の場合、夫々の熱処理温度(保持温度)・熱処理時間(保持時間)について、熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))を計算した合計値を2400と比較し(1)式とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、圧粉磁心用の鉄基軟磁性粉末の介在物量を制御することによって、鉄基軟磁性粉末自体の保磁力を低減することができる。鉄基軟磁性粉末自体の保磁力を低減することで、この鉄基軟磁性粉末を成形して得られる圧粉磁心の保磁力を小さくすることができ、その結果、圧粉磁心のヒステリシス損を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))と介在物個数との関係を示すグラフである。
【図2】介在物個数と鉄損との関係を示すグラフである。
【図3】熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))と温度(熱処理温度)が磁気特性に与える影響を示すグラフである。
【図4】熱処理前の鉄基軟磁性粉末の粒子断面を示す図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】1200℃×90分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末の粒子断面を示す図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】1100℃×450分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末の粒子断面を示す図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】1100℃×90分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末の粒子断面を示す図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】1080℃×90分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末の粒子断面を示す図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、圧粉磁心の保磁力を低減してヒステリシス損を改善するために、鋭意検討を重ねてきた。その結果、圧粉磁心の原材料として用いる鉄基軟磁性粉末自体の介在物に注目し、介在物の個数をその大きさに応じて適正に減少するようにすれば、鉄基軟磁性粉末自体の保磁力を低減できること、およびこの鉄基軟磁性粉末を用いれば圧粉磁心の保磁力を低減でき、ヒステリシス損を低減できることを見出し、本発明を完成した。
【0020】
本発明の鉄基軟磁性粉末は、その粒子断面を走査型電子顕微鏡で観察したときに、(1)円相当直径:0.1〜3μmである介在物個数が1×104個/mm2以下、(2)円相当直径:3μm超である介在物個数が10個/mm2以下である要件を満足するものである。
【0021】
一般的な鉄粉では、1×106個/mm2程度の介在物が存在することになり、その大きさ(円相当直径)は0.01〜3μmに分布している。また、大きさが3μmを超えるような介在物(大きさの上限は10μm程度)もまれに観察され、その存在数は10個/mm2程度までである。介在物は、基本的な作用として磁壁をピンニングするので、保磁力を増加させることが知られている。しかしながら、微細な介在物は磁壁のピンニング力は小さいものと考えられている。
【0022】
本発明者らが検討したところによれば、円相当直径が0.1μm未満の介在物ではピンニング力が小さいこと、また円相当直径が3μmを超えるような介在物もピンニング力が小さいこと、且つ円相当直径で3μmを超えるような介在物は事実上その個数が少なく、磁気特性に対して影響が非常に小さいことが判明した。
【0023】
そこで、円相当直径が0.1〜3μmの介在物に着目し、介在物の個数と磁気特性との関係について検討したところ、粉末粒子断面を走査型電子顕微鏡で観察したときに、円相当直径が0.1〜3μmの介在物の個数を、1×104個/mm2以下、および円相当直径が3μmを超える介在物の個数を10個/mm2以下となるように制御すれば、磁気特性を優れたものとできることを見出した。
【0024】
本発明の鉄基軟磁性粉末で対象とする介在物は、鉄基粉末の合金系の違いによって(後述する)、その主成分が異なるものとなるが、いずれの合金系であっても(たとえ純鉄粉であっても、不純物の影響によって)、Fe,Si,MnおよびCrなどを基本的に含む複合酸化物となっている。本発明者らが、このような介在物を減少させる手段について検討した。
【0025】
その結果、上記のような複合酸化物を還元除去する方法が最適であることを見出した。すなわち、鉄基粉末を水素含有雰囲気下、1100℃以上で、下記(1)式を満足する温度・時間条件での熱処理を行うことによって、鉄基粉末内部の介在物が還元・分解され、ガス成分が除去されると共に、金属元素は鉄中に固溶することになる。
熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))≧2400 …(1)
熱処理温度:1100℃以上であって粉末を保持する温度(K)
熱処理時間:上記熱処理温度で粉末を保持する時間(分)
【0026】
板材や棒材の一般的な材料では、表面から内部までの距離が大きく、雰囲気を還元性に制御しても粉末内部まで十分に還元することは困難である。そのため、複合酸化物を還元除去する方法は通常は行われない。しかしながら、鉄基粉末を対象とした場合には、表面から内部までの距離が小さく、還元性雰囲気で内部まで十分に還元できる。還元反応が1100℃以上で進行することと、反応が酸素原子の拡散律速であるため、雰囲気温度が1100℃未満になったり、熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))が2400未満の場合には、鉄基粉末内部に存在する介在物の還元・分解が進まず、円相当直径が0.1〜3μmの介在物の個数を、1×104個/mm2以下に制御することはできない。
【0027】
上記の通り、本発明の鉄基軟磁性粉末では、介在物の大きさに応じた個数を制御することによって、圧粉磁心の保磁力を小さくでき、ヒステリシス損を低減できるが、圧粉磁心の鉄損を改善するには、ヒステリシス損の他に、渦電流損の低減を図る必要がある。
【0028】
渦電流損を低減するには、上記鉄基軟磁性粉末を圧粉成形したときに、鉄基軟磁性粉末同士の界面に絶縁体が存在していればよい。鉄基軟磁性粉末同士の界面に絶縁体を存在させるためには、例えば、上記鉄基軟磁性粉末の表面に絶縁皮膜を形成したものを圧粉成形するか、上記鉄基軟磁性粉末と絶縁用粉末を混合したものを圧粉成形すればよい。好ましくは上記鉄基軟磁性粉末の表面に絶縁皮膜を形成したものを圧粉成形するのがよい。
【0029】
上記絶縁皮膜や上記絶縁用粉末の種類は特に限定されず、公知のものを用いることができ、例えば、圧粉磁心(成形体)の比抵抗を4端子法で測定したときに、比抵抗が50μΩ・m程度以上、好ましくは100μΩ・m以上になるものであればよい。
【0030】
上記絶縁皮膜としては、無機化成皮膜や樹脂皮膜を用いればよい。無機化成皮膜と樹脂皮膜は、鉄基粉末の表面に夫々単独で形成してもよいし、無機化成皮膜の表面に、更に樹脂皮膜を形成してもよい。無機化成皮膜としては、例えばリン酸系化成皮膜やクロム系化成皮膜などを挙げることができる。
【0031】
樹脂皮膜を構成する樹脂としては、例えば、シリコーン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、スチレン樹脂、アクリル樹脂、スチレン/アクリル樹脂、エステル樹脂、ウレタン樹脂、ポリエチレンなどのオレフィン樹脂、カーボネート樹脂、ケトン樹脂、フッ化メタクリレートやフッ化ビニリデンなどのフッ素樹脂、PEEKなどのエンジニアリングプラスチックまたはその変性品などを使用できる。
【0032】
こうした絶縁皮膜の中でも、特にリン酸系化成皮膜を形成すればよい。リン酸系化成皮膜は、オルトリン酸(H3PO4)などによる化成処理によって生成するガラス状の皮膜であり、電気絶縁性に優れている。
【0033】
本発明で用いることができるリン酸系化成皮膜には、MgやBが含まれていてもよい。このとき、リン酸系化成皮膜形成後の鉄基粉末100質量%中の量として、Mg,B共に、0.001〜0.5質量%が好適である。
【0034】
上記リン酸系化成皮膜の膜厚は1〜250nm程度が好ましい。膜厚が1nmより薄いと絶縁効果が発現し難いからである。しかし膜厚が250nmを超えると絶縁効果が飽和する上、圧粉体の高密度化を阻害するため望ましくない。付着量として言えば0.01〜0.8質量%程度が好適範囲である。
【0035】
本発明では、上記リン酸系化成皮膜の表面に、更にシリコーン樹脂皮膜が形成されていることが推奨される。シリコーン樹脂皮膜は、電気絶縁性の熱的安定性を向上させる他、圧粉磁心の機械的強度も高める作用を有する。すなわち、シリコーン樹脂の架橋・硬化反応終了時(圧粉成形体の成形時)には、耐熱性に優れたSi−O結合を形成して熱的安定性に優れた絶縁皮膜となる。また、粉末同士が強固に結合するので、機械的強度が増大する。上記シリコーン樹脂皮膜の厚みは、1〜200nmが好ましい。より好ましい厚みは1〜100nmである。
【0036】
また、リン酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜との合計厚みは250nm以下とすることが好ましい。絶縁皮膜の厚みが250nmを超えると、圧粉磁心の磁束密度の低下が大きくなることがある。また、圧粉磁心の鉄損を小さくするには、リン酸系化成皮膜をシリコーン樹脂皮膜より厚めに形成することが望ましい。
【0037】
上記シリコーン樹脂皮膜の付着量は、リン酸系化成皮膜が形成された鉄基粉末とシリコーン樹脂皮膜との合計を100質量%としたとき、0.05〜0.3質量%となるように調整することが好ましい。シリコーン樹脂皮膜の付着量が0.05質量%より少ないと、絶縁性に劣り、電気抵抗が低くなる。一方、シリコーン樹脂皮膜の付着量が0.3質量%より多くなると、圧粉磁心(成形体)の高密度化が達成しにくい。
【0038】
上記では、鉄基粉末の表面に絶縁皮膜を形成したものを圧粉成形する場合を中心に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば鉄基粉末の表面に、リン酸系化成皮膜やクロム系化成皮膜などの無機物を被覆した粉末と、上記樹脂からなる絶縁用粉末を混合したものを圧粉成形してもよい。このように混合するときの樹脂の配合量は、混合粉末全体に対して、0.05〜0.5質量%程度とするのがよい。
【0039】
本発明の鉄基軟磁性粉末には、さらに潤滑剤が含有されたものであってもよい。この潤滑剤の作用により、鉄基軟磁性粉末を圧粉成形する際の粉末間、あるいは鉄基軟磁性粉末と成形型内壁間の摩擦抵抗を低減でき、成形体の型かじりや成形時の発熱を防止することができる。
【0040】
このような効果を有効に発揮させるためには、潤滑剤は粉末全量中、0.2質量%以上含有されていることが好ましい。しかし潤滑剤量が多くなると、圧粉体の高密度化に反するため、0.8質量%以下にとどめることが好ましい。なお、圧粉成形する際に、成形型内壁面に潤滑剤を塗布した後、成形するような場合(型潤滑成形)には、0.2質量%より少ない潤滑剤量でも構わない。
【0041】
上記潤滑剤としては、従来から公知のものを使用すればよく、具体的には、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウムなどのステアリン酸の金属塩粉末、およびパラフィン、ワックス、天然または合成樹脂誘導体などが挙げられる。
【0042】
本発明の圧粉磁心用鉄基粉末は、もちろん圧粉磁心の製造のために用いられるものであり、本発明の鉄基軟磁性粉末を成形して得られた圧粉磁心は本発明に包含される。この圧粉磁心は、主に交流で使用されるモータのロータやステータ等のコアとして使用される。
【0043】
本発明の鉄基軟磁性粉末は、上記要件を満足するものであり、粉末形態の製造方法は特に限定されないが、例えば、例えば、アトマイズ法によって製造できる。アトマイズ法の種類は特に限定されず、水アトマイズ法でもよいし、ガスアトマイズ法でもよい。
【0044】
上記原料鉄基粉末は、強磁性体の金属粉末であり、具体例としては、純鉄粉、鉄基合金粉末(例えば、Fe−Al合金、Fe−Si合金、Fe−Si−Al合金、Fe−Ni合金、Fe−Co合金、Fe−Cr合金、Fe−Si−Cr合金)等が挙げられる。
【0045】
本発明では、特に、水アトマイズ法によって得られた粉末であっても、原料鉄基粉末として好適に用いることができる。すなわち、水アトマイズ法で得られた鉄基粉末は、ガスアトマイズ法で得られた鉄基粉末よりも安価であるが、水アトマイズ法で得られた鉄基粉末を用いて作製した圧粉磁心の保磁力は、ガスアトマイズ法で得られた鉄基粉末を用いて作製した圧粉磁心の保磁力よりも大きくなる傾向があった。
【0046】
この理由について本発明者らが検討したところ、水アトマイズ法で得られた鉄基粉末は、溶鋼と水が接触するアトマイズ時に生成する介在物のため、介在物が多くなっていることが分かった。そのためこの鉄基粉末を用いて圧粉磁心を作製すると、圧粉磁心の保磁力も大きくなることが判明した。ところが本発明によれば、水アトマイズ法で得られた鉄基粉末であっても、還元処理を行い、介在物を低減させることによって、圧粉磁心の保磁力を低減できる。
【0047】
なお、圧粉磁心を製造するに当たっては、上記鉄基粉末の表面に絶縁皮膜が形成された粉末(例えば、上記リン酸系化成皮膜を形成した鉄基粉末、或いはリン酸系化成皮膜の表面に更にシリコーン樹脂皮膜を形成した鉄基粉末)を、成形した後、歪取り焼鈍すればよい。
【0048】
圧粉成形法は特に限定されず、公知の方法を採用できる。圧粉成形の好適条件は、面圧で490〜1960MPa(より好ましくは790〜1180MPa)である。成形温度は、室温成形、温間成形(80〜250℃)のいずれも可能である。型潤滑成形で温間成形を行う方が、高強度の圧粉磁心が得られるため好ましい。成形後は、圧粉磁心のヒステリシス損を低減するため歪取焼鈍する。歪取焼鈍の条件は特に限定されず、公知の条件を適用できる。
【0049】
歪取り焼鈍を行う雰囲気は特に限定されないが、窒素等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。歪取り焼鈍を行う時間は特に限定されないが、20分以上が好ましく、30分以上がより好ましく、1時間以上がさらに好ましい。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0051】
鉄基軟磁性粉末として純鉄粉末(神戸製鋼所製 「ML35N」 平均粒径:140μm)を用い、目開き150μm、250μmの篩により抽出した250〜150μmの平均粒径を持つ粉末1kgに対し、メッシュベルト式熱処理炉を用いて、水素雰囲気4000L(リットル)/分、シールドガスとして窒素を炉出入り口に3000L/分導入し、1000〜1200℃の加熱が90分〜450分となるようにベルトスピードを調節して鉄粉を熱処理した。
【0052】
熱処理後、リン酸濃度:1.5質量%のリン酸鉄化成皮膜生成液を5cc添加し、V型混合機を用いて30分以上混合した後、大気中、200℃で30分乾燥し、目開き300μmの篩を通した。なお、200℃程度の温度では、原子の拡散は進まず、鉄粉内部の介在物には変化はない。
【0053】
続いて、シリコーン樹脂「SR2400」(東レ・ダウコーニング社製)をトルエンに希釈させ、4.8質量%の固形分濃度の樹脂溶液を作製した。この樹脂溶液を、鉄粉に対して樹脂固形分が0.1%となるように添加混合し、オーブン炉で大気中、75℃、30分間加熱して乾燥した後、目開き300μmの篩を通した。
【0054】
更に、130℃に加熱した金型にステアリン酸亜鉛を塗布し、130℃に加熱した粉末を、面圧:1176MPaで圧粉成形を行った。成形体(圧粉体)の寸法は、外径:45mm、内径:33mm、高さ:5mmのリング形状である。
【0055】
上記で得られた成形体を、600℃で30分間、窒素雰囲気で焼鈍した。このときの昇温速度は約10℃/分とした。炉冷後、サンプルを取り出した。焼鈍雰囲気が非酸化性雰囲気であるため、鉄粉内部に酸化物すなわち介在物は発生せず、焼鈍工程においても介在物量に変化はなかった。
【0056】
リング状試験片(上記焼鈍後のもの)に、一次巻き線として、400ターン、二次巻き線として25ターンの巻き線を行い、BHカーブトレーサ(理研電子製:「BHS−40S」)で保磁力を測定した。このときの最大励磁磁場は10000A/mとした。また、鉄損を、自動磁化測定装置(メトロン技研製)を用い、励磁磁束密度:1.0T(テスラ)、周波数:400Hzの条件で測定した。
【0057】
一方、熱処理後の粉末について、粉末断面を鏡面研磨し、FE−SEM(Field Emission type Scanning Electoron Microscope)を用い、加速電圧:10kV、倍率:10000倍の反射電子像(走査型電子顕微鏡写真)を観察した。観察面積は、150μm2の視野からなる任意の映像10枚を用いた(合計面積:1500μm2)。画像解析によって、円相当直径が0.1〜3μmの介在物と、円相当直径が3μm超の介在物の個数を算出した。
【0058】
各熱処理条件で得られた粉末の介在物個数と、それらの粉末を用いて得られた成形体(焼鈍後のもの)の保磁力および鉄損を一括して下記表1に示す(試験No.1〜11)。また、各熱処理条件での熱処理温度(Kに換算したもの)、熱処理時間(logt:tは時間(分))および(熱処理温度(K)×熱処理時間(logt))を下記表2に示す。また、この結果に基づき、パラメータと介在物個数の関係を図1に、介在物個数と鉄損の関係を図2に、夫々示す。パラメータと温度(熱処理温度)が磁気特性に与える影響を図3(図中、「○」は磁気特性を満足する実施例、「×」は磁気特性を満足しない比較例)に示す。
【0059】
また熱処理前の鉄基軟磁性粉末の粒子断面を図4(図面代用走査型電子顕微鏡写真)に示す。1200℃×90分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末(試験No.2)の粒子断面を図5(図面代用走査型電子顕微鏡写真)に示す。1100℃×450分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末(試験No.7)の粒子断面を図6(図面代用走査型電子顕微鏡写真)に示す。1100℃×90分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末(試験No.8)の粒子断面を図7(図面代用走査型電子顕微鏡写真)に示す。1080℃×90分で熱処理したときの鉄基軟磁性粉末(試験No.9)の粒子断面を図8(図面代用走査型電子顕微鏡写真)に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
これらの結果から、次のように考察できる。熱処理温度の上昇にしたがって、介在物個数が減少し、1100℃以上で、熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))≧2400を満足する温度・時間条件での熱処理によって介在物は観察されなくなった(図1、図5〜7)。これは、還元処理による介在物低減効果によるものと考えられた。また、介在物個数が低減するにつれて鉄損の低減がみられる(図2)。
【0063】
介在物個数の減少と共に、鉄損と成形体の保磁力も減少していることが分かる(試験No.1〜3、7、8)。実用上求められている鉄損値は27W/kg以下であり、本発明によって低鉄損の圧粉磁心を得ることができることが分かる。
【0064】
これに対して、介在物個数が増加しているものでは(試験No.4、6、9〜11)、成形体の保磁力は増大し、鉄損も十分低減できないことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧粉磁心用の鉄基軟磁性粉末であって、前記鉄基軟磁性粉末の粒子断面を走査型電子顕微鏡で観察したとき、円相当直径:0.1〜3μmの介在物個数が1×104個/mm2以下であり、且つ円相当直径:3μm超の介在物個数が10個/mm2以下であることを特徴とする圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末。
【請求項2】
表面に絶縁皮膜が形成されているものである請求項1に記載の圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末。
【請求項3】
請求項1に記載の圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末を製造するにあたり、原料粉末を水素含有雰囲気下、1100℃以上で、下記(1)式を満足する温度・時間条件での熱処理を施すことを特徴とする圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末の製造方法。
熱処理温度(K)×log(熱処理時間(分))≧2400 …(1)
熱処理温度:1100℃以上であって粉末を保持する温度(K)
熱処理時間:上記熱処理温度で粉末を保持する時間(分)
【請求項4】
請求項1または2に記載の圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末を用いてなる圧粉磁心。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−140679(P2012−140679A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294024(P2010−294024)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】